第191話 犬小屋救出作戦1
-数日後
@ローシュ 作業場
オアシスの集落、ローシュ。ここには、砂漠から回収した遺物や機械をレストアする事を生業としている、スカベンジャー達共用の作業場があった。
ヴィクターがここローシュに流れ着いて、はや数日……彼の姿はこの作業場にあった──
──ギュィィィィッ!!
──ガンガンガンッッ!!
辺りに、機械の作業音やら鉄を叩く音が響き、機械の排熱や炉の熱が辺りに漂い、汗が額から滴り落ちる。あれからというもの、俺はここローシュで働いていた。というのも、車を回収する為の協力を取り付ける為だ。
衛星で確認したが、ドッグハウスは今、例のイカれ集団に奪われて、奴等の前哨基地の様な所まで持ち去られたらしい。……砂漠の中、ほとんど人力だけでご苦労な事だな。
それだけならば、俺が敵を殲滅してくればいいのだが、回収となるとそうはいかない。あの車は今、故障中だ。直すには、ここローシュまで引っ張ってくる必要がある。その為には、ここの連中の協力が不可欠だ。
幸か不幸か、俺がコレットを孕ませたとミルダ婆さんに勘違いされているせいか、俺を未来の跡継ぎ候補として扱いだしたので、何とかなりそうではあるが……。とはいっても、
作業がひと段落ついて休んでいると、カティアがやってきた。カティアも、コレットの様な臍だしスタイルにポンチョの様なものを着ている。この辺りの民族衣装のような感じだろうか? 日焼けしたおかげか違和感はなく、むしろ似合っている。
「お疲れ様、ヴィクター。仕事はどんなかんじ?」
「カティアか。そうだな……最低限の工具はあるが、碌な資材が無いなここは。このままじゃ、ドッグハウスを回収しても直せるか怪しいところだ」
「へぇ、大変なのね」
「……そういうお前はどうなんだ?」
「私? 私は順調よ! 皆かわいいし」
『あっ、カティアねぇちゃん見つけた!』
『おねえちゃん、遊んで遊んで〜♪』
カティアは、この集落の子供達の遊び相手をしているらしい。よく言えば、保母の様な事をしているのだろう。
カティアに家事スキルは皆無なので、出来る事といったら、子供達の世話くらいなのだろう。まあ、戦闘のセンスは崩壊後の世界でもピカイチなので、いざという時は子供達を守る事は出来るだろうが……。
『あっ、セーヨクダイマオーがいるよ!』
『としまをみさかいなくはらませたって!』
『カティアねぇちゃん、近づくと危ないよ!』
『にんしんしちゃう!』
「誰が性欲大魔王だガキどもッ!!」
『『『『 うわ〜怒ったぁぁ、にげろぉぉッ!! 』』』』
「ちょっと、ヴィクター! 子供達に大きな声出さないでよッ! それに事実でしょうが!」
「一部事実とは異なるだろうが! 俺はそういうの、ちゃんと気にしてるの! ファクトチェックはちゃんとしろやッ!」
「皆、待って! 足元気をつけるのよ!」
そう言うと、カティアは子供達を追いかけて、走って行った。
「はぁ、この暑さの中で元気なこった……」
「お疲れだね、性欲大魔王さん?」
「うん? おやこれはこれは、好き者のコレットさんじゃないか。年下の若い男に、何か用か?」
「ちょっと、変な事言わないでッ! 誤解されるでしょうがッ!!」
俺とコレットの絡みを、周りの人達がニヤニヤと眺めている。それに耐えられなかったのか、コレットは俺の手を引いて、その場を離れる。
「おいコレット、急にどうしたんだよ!?」
「アンタ、お婆さまから聞いたんでしょ!? なのに、毎日毎日……お腹の子にも絶対悪い! もういい加減にしてッ!」
コレットは下腹部をさすりながら、俺を睨みつける。はて、いったい何の話だろうか?
「……何の話だ?」
「ッ……このクソ野郎! アンタ、少しは父親になる自覚しなさいよッ!!」
「だから何の話だ? 父親? いったい何の話をしてるんだ?」
「こんのォ……!!」
「おいおいおい、落ち着けって! 少し
「最低よッ! アンタ人間じゃない!」
コレットがブチ切れて、短機関銃を取り出した。すかさず取り押さえるが、コレットは怒りに任せて俺への呪詛を吐き出している。
流石にもうネタばらしした方がいいだろう……俺の為にも。このままだと、殺されかねない。
「落ち着けって! ほら、これ見ろよ。何だか分かるか?」
「なによ、話を逸らさないでッ! 栄養剤でしょ! それが何なのよ!? 関係ないでしょッ!!」
「違う違う、これ避妊薬」
「もういい加減に…………え、えっ?」
「これ、避妊薬。わかる?」
「……は?」
突然の事に呆然とするコレット。俺は、ちゃんと一から説明した。一度では彼女が理解出来ないので、何度も説明した。その結果、コレットは段々と冷静になってきて、話ができる状態になった。
「……つまり、私はアンタに騙されて、今までしなくていい心配をしてた。そういうこと?」
「まあ、そういう事だな」
「このクソ野郎ッ! なんでそんなことを!? 本当に最低よッ!」
「あ? 最初に騙したのはお前だろうが。だいたい、この話も何回目だよ、いい加減にしろよ」
「な、何よ……それはそうだけど、そこまでする!? 何なのよもう!」
「はぁ、なんか面倒くさいな」
「ねぇ……アンタにとって、私って何?」
「都合の良い女」
「ッ!」
──パチンッッ!!
* * *
-その夜
@ヴィクター達のテント
「なるほどね、それで今日はコレットがいないのね」
「……」
「ヴィクター、顔大丈夫なの?」
「ああ、はたかれる直前に衝撃を受け流したから、見た目よりはダメージ入ってない」
「い、一瞬で凄いことしてるわね……」
あんな事があってか、流石に今夜はお預けのようだ。というより、コレットとはもうこれっきりかもしれない。
あの時、別に避けられたのだが、敢えてビンタを喰らった。その方が、コレットに踏ん切りがつくと思ったのだ。
コレットは、ここローシュが故郷だ。ずっと帰りたがっていたのだろうが、過去の事もあり、帰れないで何年も過ごしていたのだろう。
ところが俺たちと出会い、こうしてここへと舞い戻って来ることになった。この前のミルダ婆さんとの会話から、彼女はここに残るつもりだろう。ならば、俺はその背を押してやろうと思う。
コレットに何の感情も無い訳ではない。仲間とまではいかないが、ここまで行動を共にしてきている仲だ。危ない橋も渡ってきたし、熱い夜も過ごしている。カティアも親しくなってきている。だが、こうしたある種の仲間意識のようなものが、コレットの思いに迷いを生むようなら、断ち切ってやるのが優しさだろう。
……だから、客観的には最低な事をしている様に見えるかもしれないが、本当は凄く優しい事をしていたのだ!
「はぁ、惜しい事したかな……」
「コレットの事? もうちょっと言い方あったでしょ」
「いや、あれで吹っ切れただろ。これで後腐れ無く、おさらばできるって感じだな」
「やってることは最低だけどね」
カティアに目を向けると、自分のアサルトカービンを分解して、整備していた。ルインズランドは、吹き
もっとも、自分の車の性能を過信して砂漠に突っ込み、遭難するハメになる奴もいるのだが。……反省しよう。
*
*
*
──ブロロロロ……ドルンッドッドッドッ
──お、おい大丈夫か!?
──大変だッ! すぐに医者を呼べ!
「何だ? 外が騒がしいな」
カティアを見習い俺もライフルの整備をしていると、外からサンドワームのエンジン音と、人が集まっている様な気配を感じた。
「私、見てくる!」
先に整備を終えていたカティアが、様子を窺うべくテントの外へ出る。俺も分解したライフルを急いで組み立て、動作に異常が無いことを確認する。
何やら嫌な予感がしたので、予備の弾倉に弾を込めていると、カティアが急いだ様子で帰ってきた。
「たいへん! 大変よ、ヴィクターッ!」
「どうした?」
「私達の車が燃やされちゃうかも!」
「俺の車だ! 勝手にドッグハウスを共有財産にするな!」
「いいからとにかく来て! ミルダ婆さんも呼んでる!」
* * *
-数刻後
@ローシュ 広場
カティアに連れられ、集落の中央にある広場にやって来ると、一台のサンドワームの周りに、人だかりができていた。そのサンドワームは、車体に血糊がべったりついており、その持ち主と見られる男も服が血まみれだった。負傷しているのだろう、ぐったりとした様子で担架に乗せられて運ばれていく。
俺は、手招きするミルダ婆さんの元へと向かう。当然近くにコレットもおり、目が合うがすぐに視線を逸らされる。気まずいが、話を聞くしかない。
「来たかね、跡取り殿」
「そんなものになった覚えはない。それで、何があった?」
「デメテルの連中を偵察してた者達が、奇襲に遭ったらしくてね」
「ああ、例のイカれた連中か」
「他の偵察員もやられたり、捕まってしまったらしい」
「それで、俺に何をして欲しいんだ?」
「おや、話が早くて助かるねぇ」
「わざわざ呼び出しておいて、今さらとぼけるな。どうせ、その捕まった奴を助けてこいってんだろ?」
「そういう事さね。場所はコレットに案内させる」
「ん? まさか、今から行けってか!?」
「そりゃそうさ、早く行かないと捕まった者は殺されちまうよ」
「……身代金とか、そういうのは無いのか」
「それから、跡取り殿が乗ってきた車も一緒らしいよ」
「そうか」
「どうだい、気になるだろう?」
「……分かったよ、行けばいいんだろ? 捕まった奴の情報は?」
「流石、跡取り殿。そうこなくちゃねぇ!」
「車の回収は、ちゃんと手伝ってもらうからな」
まあ、ここで世話になっている以上、手を貸さない訳にはいかないだろう。それに、ドッグハウス回収の良い機会かもしれない。
利用されているのは分かっているが、俺は人質の救出とやらに協力する事に決めた。
* * *
-数刻後
@ローシュ 集落のはずれ
俺達は装備を整えると、すぐに出発の準備に取りかかった。今回、コレットが案内してくれるそうだが、俺は衛星でドッグハウスの位置を捕捉しているので、正直なところ居なくても辿り着く事はできる。
だが、ルインズランドに来たばかりの俺が、案内無しというのは流石に不自然だ。気まずいが、コレットに案内してもらうしかない……。
「ほら、さっさと乗って。カティア、大丈夫? ちゃんと乗れる?」
「すごいすごい、見た時からいっぺん乗ってみたかったのよね!」
「なんか、対応に差を感じるな……」
「何、文句あるの? いいから、早く乗って」
「はいはい」
カティアがコレットに手伝われながら、ラクダに騎乗する。そう、ラクダだ。砂漠とセットで想像される、あのやたら
この地方は元々、ラクダの生息地として知られており、彼らも保護指定を受けていた。崩壊後の現在は、彼らの極限環境への適応力を存分に発揮し、人や荷物を運ぶ荷役動物として利用されているようだ。
ローシュは、オアシスが側にある為、ラクダを家畜として飼育していた。今回は、騎乗用のラクダを2頭借り受け、コレットとカティア、そして俺が騎乗して、目的地まで行く。
救出作戦だが、正面から挑むなんて愚の骨頂だ。その為少人数……具体的には、俺達3人で敵陣に乗り込み、人質を救出し、敵を撹乱する。その内容から、必然的に隠密作戦になるので、エンジン音の大きいサンドワームは使えない。その為、今回はラクダで移動する事にしたのだ。また、ラクダは背が高いので、だだっ広い砂漠の見晴らしを良くする効果も期待できる。
そして、人質の救出が済んだ後は、控えている本隊が乗り込み、敵を殲滅もしくは撤退に追い込むという予定だ。まあ本隊と言っても、例のサンドワームに乗った戦闘員だ。数もそこまで多い訳では無いし、あまり期待しない方が良いだろう。
「よっこらせ」
俺はラクダに騎乗すると、手綱を握る。
「……なんで乗れるのよ。アンタ、初めてじゃないの?」
「なんだコレット、俺が乗れずに困る所でも見たかったのか? そりゃ残念だったな」
「チッ、行くわよ」
「うわっ、意外と高い!」
俺は、事前に電脳にラクダの騎乗方法をインストールしておいたので、経験のないカティアと違い、こうして一人でラクダに乗ることができる。……バイクの時みたいに、失敗しなくてよかった。
ラクダを立ち上がらせると、若干肌寒い星空の下、俺達は目的地へと出発する。
「ん? う〜ん……」
「どうしたのカティア?」
「何か、揺れが……うっ、ちょっと気持ち悪いかも」
出発してからすぐに、カティアが不調を訴える。
「ああ、多分あれだ。ラクダは馬と違って側対歩なんだ」
「即逮捕? 私、悪い事してな……うぷっ」
「とにかく、お前が慣れてる馬とは歩き方が違うんだ。だから、身体が慣れてないんだろうな」
「ほ、本当だ……何で同じ方の脚を動かしてるのよ! オエッ!」
「カティア、大丈夫? はい、これ飲みな。酔い止めにもなるから」
「あ、ありがとうコレット……」
──プシュ!
「ん? あっ、それは!?」
「えっ? あっ……カティア弱いの忘れてた!」
「んくっ、んきゅ、ぷはぁぁぁっ生き返るぅ!!」
コレットがカティアに、缶入りの飲料を渡した。それは、例の“ニーズヘッグ”というエナジードリンクであり、カティアはそれを飲み干した。その次の瞬間には、彼女はつま先から頭頂部にかけて、ブルブルと筋肉を震わせ、気がつけば頬を赤らめ、鋭い目つきをしていた。
「……よし!」
「よし……じゃねぇ、良くないわ! あ〜ダメだこりゃ、今にも翼を授かって飛んできそうな顔してるわ」
「ねぇ、コレット! もっと早くできないの!? スピード出してよ!」
「ちょっ、カティアやめ……あっ、胸はやめて!」
「行くわよ! 敵はみんな、やっつけてやるから!」
「うるせぇぞカティア! 隠密作戦なんだから、静かにしやがれッ!!」
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