第189話 砂嵐の戦い

「コレット、何だアイツら? いったい、何をわめいてるんだ?」

「奴らは、【デメテル】ってタチの悪い連中よ! 説明は後、いいから早く撃って!」

「あれ、当たらない! なんでよッ!?」

「落ち着けカティア! 陽炎とか色々あるだろ。距離もまだ遠い、近い奴を狙ってけ!」


 コレットが発砲するのを見て、俺とカティアもライフルを構えると、こちらに向かってくる連中へと発砲する。だが、距離が遠く陽炎で視界が歪む為、狙いは逸れてしまう。また、当たっても敵はなかなか倒れない。麻薬か何かやってるのかもしれない。


「よし、この距離なら! って、当たっても倒れないんだけどッ!?」

「カティア、頭か心臓を狙って!」

「ゾンビか何かかよ……」


『機械の悪魔を倒すのだッ!!』

『我ら人の未来のためにッ!!』

『うぉぉぉぉッ!!』

『自然回帰ィィッ!!』


 デメテルの連中は、叫びを上げながら着実に接近して来ている。コレットの言う通り、脳幹や心臓を撃ち抜けば敵は倒れるが、敵は損失を物ともせずに屍を踏み越えて来て、その進撃は止まる事がなかった。


「このままじゃ、マズいな……」

「ちょっと、何か無いのヴィクター!?」

「そうだ、アレを使おう! カティア、車の中から例の武器を持って来い!」

「例の武器って!?」

「鉄道襲撃してた連中が使ってた無反動砲だ! 固まってる奴らに撃ち込んでやれ!」

「ああ、アレね! ちょうど撃ってみたかったのよ」


 カティアは、車の中からサンダーボルト(無反動砲)を持ってくると、片膝をついて構えた。使い方は、以前コレットから習っていたので、そのまま任せる事にした。


「カティア、大丈夫!?」

「任せて! 確かこうして……よしっ!」


──ボシュッ!! ……ドガァンッ!!


『うわぁぁぁッ!?』

『怯むなッ! 押し返せ!』


 カティアが発射した砲弾は、弧を描きながら飛翔して、敵の集団近辺の地面を吹き飛ばした。敵も何人か吹っ飛んだが、それでも奴らは足を止めることはなかった。


「ウソでしょ!? ビビりすらしてないじゃないの!」

「いいから次だ! カティア、とにかく撃ちまくれッ!」

「言われなくても!」


──ドガァンッ!!

──ダダダッ!

──バキュンッ!!


『恐れるなッ!! 突っ込めぇぇッ!!』

『悪魔を討ち取れぇぇッ!!』

『『『『 うぉぉぉぉッ!!! 』』』』


 敵は、俺達の総攻撃をものともせずに、着実に接近しつつある。さらに、悪い事というのは続くものだ。


「これじゃ、射的のまとだな!」

「笑えないよッ!」

「ヴィクター、そろそろこれの弾無くなってきた!」

「くそ、ちょっとマズいかもな……」


《ヴィクター様……》

《なんだロゼッタ? 今、取り込み中だぞ!》

《それが、悪い知らせが……》

《何だ?》

《砂嵐がヴィクター様のいる地点に接近しています》

《なんだと!?》

《地形の影響か、予測と違う方向に進んでしまったようです》


 この戦闘が始まる前から、砂嵐が発生しているのは分かっていた。予測では、俺達のいる地域は通過しない事になっていた。だが、自然現象に絶対はない。精度をいくら高めても、ズレが生じる事はいくらでもある。

 襲ってきた連中の背後を見ると、砂丘の向こうからモクモクとした大きな茶色い塊が、こちらに向かって来ているのが目に入った。


「マズい、砂嵐だ!」

「ゴーグルとマスクつけて! 目と喉がやられるよッ!」


 そう忠告するコレットは、いつの間にかゴーグルを装着して口元にバンダナを巻いていた。……どこに持ってたんだ?


「カティア、コレつけろ!」

「何コレ? ああ、前もこんなのつけてたわね……」


 カティアにガスマスクを手渡す。コレは、俺が『マスク様』と呼ばれる原因になった物だ。とりあえず、砂嵐ならコレで防げる筈だ。

 そして、マスクを着用したその時、突如空気を切り裂く轟音が轟いた。


──ブンッ、ドガァンッッ!!


「な、何だ!?」


《ヴィクター様、戦車です! 西方に、戦車を確認しました!》

《戦車ぁ!? 数は?》

《分かりません。砂嵐の影響で観測が困難で……距離は最低でも2kmです》


 突如、数量の戦車や車両が砂煙を巻き上げ、機銃や戦車砲を放ちながら、デメテルの連中へと迫る。デメテルの方も、俺達から狙いを変えて戦車へと走っていく。


「クソッ、【ウェルタウン】の連中まで!? 最悪よッ!!」

「ウェルタウンって、確かコレットが人質になったっていう……」

「そうよ! 連中を相手にするのはマズいよ、早くここから逃げないと!」


 コレットがそう言っている間に、デメテルとウェルタウンの戦車隊が接触した。戦車は集団を轢き殺そうと、辺りを走り回りながら機銃掃射を加えている。デメテルの方も、戦車に取り付いたりしているが、仲間の戦車の機銃で振り払われたりしている。


 そんな光景を見ていると、一台の戦車の主砲がこちらに向けられているのを確認した。


「マズいッ!!」

「カティア、伏せてッ!」

「むぎゅ!?」


──ズガァァンッ!!


 主砲から発射された砲弾は、ドッグハウスの上を超えて、遠くの砂丘に命中して炸裂した。そしてその砲声を最後に、戦車と集団は砂嵐の中に飲み込まれていった……。


「今がチャンスよ! デメテルとウェルタウンがいるって事は、偵察員も近くに来ているはず……」


──パシュ……パッ!


 そう呟いたコレットは、何処からか大きな拳銃を取り出すと、空に向けて発射した。それは信号拳銃のようで、空に赤色の光が打ち上がる。それと同時に、俺達の視界が茶色に染まった。

 そう、俺達も砂嵐の中へと飲み込まれたのだ。


「うわ凄い、何も見えない!」

「カティア、この中ではぐれたら大変だよ! 近くにいらっしゃい」

「くそ、視界が悪すぎる! 辛うじて、サーマルや一部のセンサーが機能するくらいか。それでコレット、何か策があるのか? さっき打ち上げた信号弾、あれは何だ?」

「あれは、救難用よ。運が良ければ……ッ! 気をつけて!」


『いたぞおお、いたぞおおおおおおっ!!』

『散開して囲めッ!』


 先程の信号弾についてコレットに問い詰めたその時、怒号が聞こえてきたかと思うと、デメテルの一団が砂嵐の中から現れた。


『うぉぉぉぉッ!!』

「クソッ! オラァッ!」

『なっ!? ガハッ』


──ダンッ! ダンッ!


 気づいた時には、斧を持った敵が俺に急接近しており、斧を振りかぶっていた。ライフルを構え直したり、拳銃を抜くよりも回避を優先した俺は、逆に敵に近づくと、体当たりで敵の攻撃の軌道を逸らし、突き飛ばした。

 そして、体勢を崩して倒れた敵の頭と心臓にライフルの弾丸を見舞う。


「この環境じゃ、どうしても接近戦になるな」

『くたばれ悪魔めぇぇッ!!』

「しかも、キリがない!」


──ダダダダダッ!! カチッ……


「ちょっとヴィクター、弾ない? そろそろ無くなってきた!」

「ほらよ、無駄に撃ちすぎじゃないか?」

「視界が悪いから、上手く狙えないのよ!」

「ッ……カティア、危ないよ!」

「えっ!?」


──バババババッ!


 カティアの背後から迫る敵を、コレットが短機関銃で仕留める。


「あ、ありがとうコレット」

「集中して! この砂嵐の中じゃ、同士討ちだってあり得るんだからね!」

「ん? おい、何の音だ?」


──ブロロロロッ!

──ギュィィィィンッ!

──この辺りだったか?

──いたぞ、あそこだ!


「来た、助かった!」

「くそ、敵の増援か!?」

「待って、敵じゃないよ!」


 コレットが打ち上げた信号弾の位置を頼りにしたのか、何処からともなく甲高いエンジン音が聞こえて来て、スキーの部分がタイヤに置き換わったスノーモービルの様な乗り物に乗った一団が近づいて来た。


「お前たち、大丈夫か!?」

「その車、ウェルタウンの奴らかと思ったぞ。動かないのか? 災難だったな」

「ん? そこの女、お前何処かで……」

「とにかく退くぞ、早く乗ってくれ!」


 そう促され、俺達はスノーモービルもどきに乗せてもらう事になった。


「ヴィクター、ドッグハウスはどうするの?」

「どうせあのままじゃ動かせないんだ、今はどうしようもない。ここは言われた通りにしよう!」

「行くぞ、捕まれよッ!!」


 そう言うとスノーモービルもどきは、唸りを上げて発進し、砲声と怒号の飛び交う戦場を後にする。俺は、砂嵐に消えていくドッグハウスを眺めながら、いつか迎えに行く事を誓うのだった。



 * * *



ー同時刻

@ノア6 訓練場


《……という訳で、何とかなりそうだ》

《そうですか、もう少しでセラフィムを投入する所でした》

《いや、俺達も巻き込まれるからやめて!?》

《ふふ、冗談ですよ》

《何だよ、脅かすなよ。……そういえば、ロゼッタも冗談とか言うようになったんだな》

《お嫌いですか?》

《いや、いいと思う。続けてくれ》

《はい。それで、ドッグハウスにはヴィクター様の装備が積まれていたかと思いますが、よろしいのですか?》

《ドッグハウスは、仕方ないな。だが、必ず取り返す。中の装備は、ロックをかけてあるから大丈夫だと思う。まあ、車両ごと奪われたとしたら時間の問題かもしれないが……》

《補給に参りましょうか?》

《いや、今のところは大丈夫だ。だが、もしかしたら今後必要になるかもしれないな》


「ぜーぜー、も、もう死にそう……です……の……はぁ、はぁ」

「ミリア、お疲れ! 凄い、前より記録のびたよ!」

「はぁ、はぁ、も、もっと褒めても……いいんです……のよ?」

「うん、頑張ったね!」

「はぅ、笑顔が眩しいですの……♡」

「終わりましたか? では、次は射撃訓練に移って下さい」

「お、鬼ですの……悪魔ですの……!」

「自分の為だからね、頑張ろう!」


「ウニャー!」

「レオーナさん、それは地雷ではなくてエサです。私は、地雷を選べと命じましたよね?」

「ニャゴニャゴ!」

「食べたい? 自制心が無い動物は、ただの獣です。罰として、今日のオヤツは抜きです」

「ンニ゛ャ゛ーッ!??」


(ミシェル、あのオッパイ悪魔……レオーナと会話してる気がしますの)

(ミリア、ロゼッタさんに失礼だよ! なんか、マイクロマシン?っていうので、レオーナの考えてる事が分かるみたいだね。腕時計でも見れるんだって)

(まあ、便利ですのね)


《……何かしてたのかロゼッタ? 忙しい時に悪いな》

《お気になさらず、ヴィクター様が最優先ですので。今はミシェルさんと、ミリティシアさんの訓練の監督です。それから、レオーナさんの調教を》

《なるほど、進捗はどうだ?》

《ミシェルさんは素晴らしいですね。身体がまだ未熟なのは否めませんが、射撃も正確ですし、座学の成績も優秀です。むしろ、戦闘訓練よりも座学を優先した方が良い気もします》

《まあ、やりたい事をやらせてやってくれ。それで、ミリアの方は?》

《ミリティシアさんは、正直微妙ですね。元々、体力がある方ではありませんでしたので、基礎体力を向上させるトレーニングを定期的に行なっております。本人は嫌がっていますが……》

《無理にでもやらせろ。監視も忘れるなよ》

《かしこまりました》

《それで、例のビジネスとやらはどうなってる? 投資した金は返ってきそうか?》

《それに関しては、順調のようですよ。少なくとも、儲けは出ているようですので、ヴィクター様の投資資金は回収出来るかと》

《まあ、ほどほどにさせろよ。それから、二人が……特にミシェルが危険な目に遭わないように、見守り頼むな》

《はい。その点は、チャッピーさんにも全面的に協力して頂いておりますので、ご安心下さい》

《おっと、こっちも状況に変化があった。また連絡する》

《かしこまりました》


「こら、レオーナ! 主人の命令を聞くんですの!」

「にゃ〜ん、ゴロゴロ」

「えっと、『撫でるのを許可するニャ』……だって」

「何か偉そうですの! お前は、わたくしの下僕なんですのよ!?」

「ミリアさん、次は射撃訓練です。早くお着替え下さい」

「わ、分かってますの! ……くっ、いつかその胸を──」

「何か言いました?」

「な、何でもないですのー!!」





□◆ Tips ◆□

【デメテルのゆりかご】

 ルインズランドの覇権を争う、三大勢力の一つ。カルト教団。

 かつて最終戦争により、人類が自らを滅ぼしかけた事から、機械や科学技術といったテクノロジーを憎んでおり、独自のカルト宗教を熱烈に信奉している。その為、勢力下の住民たちは皆、みすぼらしいまでの質素な服装に身を包み、毎日自らが自然に回帰できるように、教団の管理の下に人権を無視された集団生活を送っている。三大勢力の中でも、最大の人口を誇る。

 その教義上、銃器や車両といった兵器は使用できない為、彼らは刃物や棍棒、弓矢などの原始的な武器を用いて、人海戦術で戦いに臨む。その戦法から、砂嵐や闇夜に乗じて襲ってくる事が多く、「砂嵐の民」や「宵闇の民」と呼ばれたり、単に「デメテル」と呼ばれる。

 戦闘時は、巫女と呼ばれる女性達が戦う男達を鼓舞する他に、指揮をとる。巫女はヒエラルキーの上位に位置しており、教団の支配者である。その為、女性が支配している勢力でもある。



【ウェルタウン】

 ルインズランドの覇権を争う、三大勢力の一つ。正式名称は“油井ゆせい都市連盟”。

 三大勢力の中で最大の軍事力を誇り、発掘された戦車や車両などの兵器をレストアして戦闘に投入している。ルインズランド西部にある油井を独占しており、そこから得られる石油と水を背景に、覇権主義を掲げて、ルインズランド統一を目指す。また、レストアから得られた技術を駆使して、兵器の開発にも力を入れている。

 鉄道襲撃も彼らの仕業であり、レンジャーズギルドに警戒されている。

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