第188話 砂漠へ
-1週間後
@ルインズランド中東部 砂漠地帯
「……暑い」
「口に出すと余計に暑くなるぞ、カティア。そんなに暑いなら、その水着も脱いだらどうだ?」
「却下!」
レジャーシートの上に寝そべり、パラソルを広げて寛いでいるカティアが、俺にそんな声をかける。ちなみにカティアとコレットは、先日リグリアのビーチで使用する為に買った、水着姿である。
ぱっと見ビーチで
ルインズランド……崩壊前は違う名前だったが、この地域は乾燥帯であり、砂漠もあった。だが、最終戦争の影響か気候変動があったようで、砂漠は崩壊前より拡大しているらしい。
「ねぇ、まだ直らないの? なんだか肌がヒリヒリしてきた」
「日焼けだな。そのままこんがりすると、良いイメチェンになるんじゃないか? 似合いそうだぞ」
「へ〜、そう考えたら悪く無いかも」
「ちゃんと対策しないと、サンバーンで酷いことになるわよ」
「そ、そうね。コレット、日焼け止め塗って〜」
「はいはい、ほらうつ伏せになって」
「は〜い。んしょ、よろしく〜」
カティアとコレットの二人は、アモールでの一件以来急に距離が近くなった。というか、コレットが心を開き出したというか、彼女がカティアを年の離れた妹のように扱いだしたのだ。カティアはカティアで、まんざらでもなく……というより、身の回りの世話を焼いてくれる人間が現れた為に、遠慮なく任せているといった感じだ。
うつ伏せになったカティアがビキニのトップスを外され、コレットに日焼け止めを塗られているのを横目に、俺は作業を再開する。
砂漠の熱砂は、機械にとって天敵である。時に、思いがけないアクシデントが起きる事がある。何が言いたいかというと、現在ドッグハウスのエンジンが故障して、砂漠のど真ん中で立ち往生しているのだ。
ある程度の知識と技術があると言っても、所詮は経験の少ない素人が改造して組み上げた車だ。いきなり砂漠という極限環境に踏み入るべきでは無かったか……。
一応、工具類は揃ってはいるが、この環境では野外の応急処置にも無理がある。部品に溜まった微細な砂を掻き出しても、気がついたらまた砂が溜まっていたり、入り込んだ砂が部品を摩耗させる。
この調子じゃ動けるようになっても、再び車は動かなくなりそうだ。
──キュキュキュキュドゴンッ!! ドッドッドッ……
「よし! 何とかなったか?」
「ヴィクター、直ったの?」
「ああ、とりあえずな」
「何か、前より音が酷い気がするけど……」
「まだ完全に直ったわけじゃない。とにかく、今のうちに人のいる居住地に向かうぞ。早く乗り込め」
「ふぅ、暑くて死にそうだった!」
「あのねぇカティア、アンタはどっからどう見ても寛いでたよ」
「ってか、車の中あっつッ!?」
「そりゃ、何時間も炎天下にいたからな」
「あ、何でエアコンついてないのよ! 最大にしなきゃ」
「うん? あっ、よせカティア! やめ──」
──ゴゴゴゴゴゴ……ボンッ!!
「きゃっ!? な、何……?」
「あちゃー、やっちまった……」
カティアがエアコンをフル稼働させたその時、エンジンが異常な音と振動を上げて、停止した。再起動させようにも、全く動かなくなってしまった……。
「……また、振り出しだな」
「ご、ごめんヴィクター……」
「ん? 今、謝ったなカティア? 申し訳ないと思ってるんだよな!?」
「えっ……」
「だったらほら、ちょうどここに裸より恥ずかしいと言われてる水着があってだな?」
「げっ、何よそれ!? ってか、そんなもの持ち歩いてたの!?」
「ほら、いつかの賭けの借りがあったろ? ちょっと着てみろや!」
「い、嫌よ! 変な日焼け痕ができちゃう!」
「ちょっと、カティアにあたらないでよ!」
「なに保護者ぶってんだコレット? そういえば、ボディピアスがまだ余ってるんだよね〜」
「ひっ……」
「あっ、おい待てッ!」
車から飛び降りた二人の女を追いかける。念の為に、水も食糧も余裕をもって準備してきている。砂漠のど真ん中だとしても、しばらくは大丈夫なはずだ。
この時の俺は、暑さでどうかしていたとしか思えない。だから、数日前にギルドで受けた忠告を完全に失念してしまっていた……。
* * *
-4日前
@リグリアの街 レンジャーズギルド
あれから数日、アモールからリグリアに帰ってきた俺達は、ルインズランドへと旅立つべく、準備を進めていた。ギルドに来たのは、周辺の情報を手に入れる為と、アンナちゃんに挨拶をする為だったのだが……。
「き、貴様ぁぁッ!!」
「おっ、アンナちゃん! 今日は受付?」
「そうなんですよ〜、アモール楽しかったですか?」
「あ〜……うん、まあまあ? 瓦礫の街に人が住んでるって感じで、独特な雰囲気だったな。あ、料理は美味しかったよ」
「美味しいですよね、アモール料理! 私も最近、練習してるんですよ。今度、食べに来てください♡」
「へ〜、行く行く〜」
「おい、無視をするなッー!!」
「何だ、俺に話しかけてるのか? うるさいぞオッサン、引っ込んでろよ。ここは、レンジャー用の受付だ。銀行とか郵便の受付はあっちだぞ?」
「なっ……き、貴様、人を
「あれ、降格になりませんでしたっけ?」
「なっ!? あ……アンナ君、少し黙ってて!」
せっかく、アンナちゃんと会えたというのに、変なオッサンが絡んできた。そういえば、ここの支部長で前にも絡んできたな……。
「あ〜、確かそんな奴いたな。で、何の用だ?」
「何の用だと!? 貴様、私の言った事を覚えておらんのか!? 何故、列車に乗らなかったのだッ!! お陰で私は、とばっちりを受けて降格になったではないかッ!!」
「はぁ、降格ねぇ……そうやって、テメェの無能を他人のせいにしてる時点で、なんかお察しだな」
「な、なんだとぉ!!」
「ほら、見てみろよ。皆に笑われてるぞ? これ以上、恥を晒す前にその口を閉じた方がいいんじゃないか?」
「なっ……」
オッサンが周りを見回すと、周りにいたレンジャー達や職員などが、こちらを見ながらヒソヒソと話している様子に気がついたようだ。突然、怒鳴り声を上げる男がいれば、注目されるのは無理もない。
「くっ、いいか! 予定では、明日には次の列車が到着する。それでさっさと、この街から出て行け! いいなッ!!」
そう喚くと、オッサンはギルドの奥へと消えて行った。
「なんなんだ、アイツ?」
「さあ、相当ヴィクターさんにおこみたいですよ? それで、この後の予定はどうするんですか? 先程も言っていたように、明日には列車がリグリアに到着する予定ですが……」
「いや、列車には乗らないんだ」
「えっ、そうなんですか!?」
「ああ、ルインズランドに行こうと思ってる」
「なっ!? あ、あそこはやめておいた方が……あそこは、ギルドの支配が及ばない無法地帯ですよ! 住んでる人も、野蛮人ばっかりって話も───」
(ねぇ、コレットってルインズランド出身なんでしょ? 野蛮人なの?)
(何か、腹立つわね……)
「通貨も使えなかったり、“敵”だって……あっ、その……襲ってくる危ない人達も多いって」
「まあ、心配してくれるのも分かるよアンナちゃん。でも、最近鉄道の襲撃増えてるじゃん? だから、誰かが内情偵察とかしてきた方がいいと思うんだよね」
「そ、それはそうかもしれないですけど!」
「ってな訳で、行ってくるわ。またいつか会った時は遊ぼうな、今度は二人きりで!」
「あっ……♡ じゃなくて、ちょっと待って下さいッ!」
軽いノリで危険地帯へと赴くヴィクター達の背中を、呆れたような、信じられないといった顔で見送った受付嬢のアンナであった。しかし、すぐにその表情を消すと、ヴィクター達がギルドから出た瞬間にアンナは席を立つ。向かった先は、支部長室だ。
*
*
*
「ええ、ええ! しっかりと“V”は列車に乗せますので! ええ、その通りに致しますッ! そ、それで降格の件は……」
──バンッ!
「なっ!? っと、ちょっと失礼します……あ、アンナ君! 今は取り込み中だ、すぐに出ていき───」
「ちょっとどいて!」
「は? あ、アンナ君一体何を……うわっ!?」
アンナは、電話の受話器に向かう元支部長を突き飛ばすと、受話器を奪い取った。
「“クインビー”より緊急報告、“V”が進路を変更しました……ルインズランドです!」
「なんだと!? 奴め、どこまで私に迷惑をかける気だッ! ……ってちょっと待って、アンナ君なんで本部と会話してるの!?」
「ええ、はい……申し訳ございません! はい、私も追跡に当たりますので。……ありがとうございます。とりあえず、悪路に強いバンを一つ、他に必要な物は後ほど」
「なんで無視するのッ!?」
喚く元支部長を、普段の姿からは考えられないような、羽虫を見るようなどぎつい視線で見下しつつ、アンナはしばらく受話器と会話する。そして、会話を終えると受話器を下ろした。
「……」
「あ、アンナ君?」
「この支部には、新たに支部長に相応しい人材が送られる事になりました。貴方はお役御免です、今までお疲れ様でした」
「なっ!? こ、降格は一時的なもので、支部長業務はそのまま引き継ぎ、期間を経て降格解除となるはずではないのか!? い、いやそもそもアンナ君、一体何のマネだね? 急に電話を奪ったり、あまつさえ本部と怪しげな会話まで──」
「ああ、私実はこういうもので……」
「なっ、年頃の娘がそんな事をするんじゃないッ! ……って、それは!?」
アンナは、突然制服の上着をはだけると、首から下げたメダルのような物を露わにする。
「と、【特務執行官】!? な、なんで本部の……アンナ君、いや、あなたは一体……!」
「世の中には、知らない方がいい事ってあるんですよ?」
「は、はい……」
「せっかく忙しい身分から解放されるんですから、楽しみましょうよ。あ、そういえば娘さんも、パパが最近家にいないって嘆いてましたよ? 可愛いですよね、娘さん♪」
「ひぃ、娘には手を出さないで下さい! わ、私が何をしたと!?」
「ふふ、守秘義務について確認したくて。……わかってますよね?」
「は、はひぃぃぃぃッッ!!」
* * *
-3日後
@ルインズランド中東部 砂漠地帯
「……性格にギャップがある娘って、良くない?」
「どういう事、ヴィクター?」
「いや、普段はのほほんとしてるけど、仕事の時はキリッとするようなさ。なんだろう、普段から怒らなくてニコニコ優しい人が、何かのきっかけでニコニコとえげつない事をするような」
「はぁ? そんなの、絶対にヤバい奴でしょうが……絶対に何かの病気よ」
「ただ、猫被ってるだけでしょ」
「そうかぁ……」
「「「 …… 」」」
砂漠での立ち往生も、すでに3日が経過していた。あれから、車は直ったり壊れたりを繰り返して、今では手の施しようのない状態にまで陥ってしまった。ここまで悪化すると、本格的な施設が無いと直すのは不可能だ。
俺達は外にタープを張って、炎天下の中グダっていた……。
「ああ、もうッ! シャワー浴びたいぃぃッ!! 汗とか日焼け止めで、ベタベタするぅッ!!」
「却下だ! 俺達の飲む分も考えろッ!」
「ちょっと、喧嘩しないでよ! 暑苦しいッ!」
そして、時に険悪な空気が漂いつつ、水や食糧は確実に消費されていく。余裕をもって用意はしたとはいえ、このままでは流石に苦しくなってきた。
最悪の場合、ノア6からロゼッタにヘリや航空機で助けに来てもらうしか無い。だができることなら、そんな事態は避けたいものだ。色々と、無理を言って出てきたから恥ずかしい……。
「はぁぁぁ……ん、何あれ?」
そんな事を思っていると、砂漠の彼方からおかしな影が近づいてくるのが目に入った。カティアにも見えたようで、彼女が声を上げる。
「ねぇヴィクター、あれ見える?」
「ああ、蜃気楼か何かか? ほらカティア、双眼鏡」
「ん〜、んんっ!? あれ、人よヒト! これで助かるかもッ!」
「人?」
「うん。けど変ね、みんなボロ切れみたいな服装で、なんか持ってこっちに走ってきてる」
「あ、あれは……ッ! 敵よ、準備してッ!!」
コレットが焦ったようにライフルを取ると、砂の上でうつ伏せになる。俺は、カティアから双眼鏡を受け取り確認する。そこには斧やら棍棒、刃物などを持った集団が、何かを叫びながらこちらに向かって来ているのが確認できた。
『悪魔を討ち取るのだぁッ!!』
『うぉぉぉぉッ!!』
『テクノロジーには死を!』
『自然回帰ッ!!』
……どうも歓迎されていないらしいな。
□◆ Tips ◆□
【特務執行官】
執行官の中でも特別な役割を持つ者。各支部への内偵調査の他、敵地への潜入活動、暗殺、誘拐等、ギルドの汚い仕事を担っている。その存在が、執行官に対する畏怖や風評の原因である。
全員がギルドマスターの直属であり、ある程度の権限を有している。ギルドマスター直属を示すメダルを持っており、これを見せる事は、ギルドマスターの意向を示す事と同義であり、『特務執行官の命令=ギルドマスターの命令』が成立する。
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