第187話 アモール観光

-翌日

@アモールの街 広場



──時は今から半世紀ほど遡る。


 統一歴680年……最終戦争を経て、高度文明社会が崩壊し、秩序は失われ、世界は暴力が支配する荒廃した世界となっていた。崩壊前は神の存在が忘れ去られて久しい世の中だったが、人々は再び神に縋った……この不条理な世の苦しみから救って貰おうと……。

 だが、神など何処にもいない。それは、かつて宇宙に進出した人類が証明した。神は人間の創造物に過ぎない。いるのは神を騙る者達と、それを信じるしか無い愚かな者達……利用する者とされる者だ。

 ここアモールの地にも、かつてはそういった神とその奇跡を騙る連中が牛耳っており、人々を神の名の下に苦しめていた。


 だが、いつの世も救世主は現れる……。


『ビーチェ! 今こそ、人々を救う為に立ち上がろう!』

『ジェイク、やっと分かってくれたのねッ!』

『ああ、俺は間違ってた! 今こそ、俺はこの鉄仮面を捨てて、教団に立ち向か───』


「「「「 やめろォォォッ!! 」」」」


『『 へっ!? 』』


「このド下手くそがッ! 貴様のようなヒョロガリが鉄仮面の騎士を演じるなッ! もっと鍛えんかッ!」

「身長も低い、もっと伸ばせッ!!」

「それに、鮮血の聖女は金髪だッ! その女は茶髪じゃないか! せめて染めて出直してこいッ!!」

「それに、アモール解放の年が違うわ! もっと勉強して来なさいよッ!!」


『『 ヒィ〜〜ッ!! 』』


 観客達から盛大なブーイングを受け、広場の中心で演技していた役者の男女が退散する。


「ええっ、続きはどうなるのよッ!?」

「まだ始まってすらいなかったけどな……」


 俺達はリグリア支部の受付嬢、アンナちゃんの勧めで、アモールの街へと観光にやって来た。街の中心部にある広場に着くと、何やら人だかりができていたので覗いてみると、何やら大道芸の様なものが催されていたようだ。

 過去の話をモデルにした演劇だったようだが、観客受けは良くなかったらしい。確かに、三文芝居もいいとこだった。


「しっかし、“ジェイク”に“ビーチェ”ねぇ……」

「ん、なんだ兄ちゃん達、この街の人間じゃねぇな?」

「ああ、そうだが」

「やっぱりそうか! ようこそアモールへ、歓迎するぞッ! おおい、皆んな観光客だぞ!」

「何ィ、観光客だとぉッ!?」

「よく来たな!」


 何やら変なおっさんに声をかけられたかとおもえば、物凄い勢いで俺達の周りを観客の住民達に囲まれてしまった。


「な、なに?」

「嬢ちゃん、ぜひウチの店に来ておくれよ! 嬢ちゃんみたいに可愛い娘に、ピッタリの服があるよ!」

「えっ、私!?」

「ウチのお店にもおいでよ! お嬢ちゃんの瞳みたいに、綺麗なエメラルドのイヤリングが入荷したんだよ、見ていかないかい!?」

「可愛い……綺麗……えへへ♪」

「お姉さんも一緒に来なよ! そんな風邪ひきそうな格好より、いい服が揃ってるよ!」

「え、遠慮するよ……」


「兄ちゃん、昼はウチの食堂に来てくれよ! 腹一杯食わせてやるぜ!」

「何言ってやがる、お前のとこは量だけだろ! ウチのレストランに来い、美味いもん食わせてやっからよ!」

「何だとコノヤロウ!」

「お、やるか!?」

「か、考えとくよ……ところで、さっきの劇だけど───」

「劇? 何言ってる、あんなの劇とは言わねぇぞ!」

「あれは、この街をイカれた連中の支配から解放した、二人の英雄を描いた劇で、この街の名物なんだ。ほら、あそこにも銅像が建ってるだろ? まあ、さっきの奴らは酷い出来だったがな」


 街の住民達が、広場の中心を指さす。そこには、十字架を踏み越える仮面の男と、それに寄り添う美女の銅像が建てられていた。


「……ねぇヴィクター、あの二人ってやっぱり───」

「奇遇だなカティア、俺も同じ事考えてた」


 アサルトライフルを乱射するファンキーな神父と、デカい刃物を握った婦人が、凶悪な笑みを浮かべている光景が脳裏に浮かぶ……。


「観光なら、あの大聖堂跡地も観た方がいいぞ!」

「まあ、今となっちゃ瓦礫の山だけどな。あるとしたら、“天使”の死体が転がってるだけだな」

「大聖堂?」

「天使……?」

「おうよ。鮮血の聖女と鉄仮面の騎士が、最期に教皇を打ち破った所だ。教皇は天使を使って二人に挑んだが、返り討ちにされたらしい」

「最期……ってことは、その二人はどうなったんだ?」

「分からん。死んだかもしれないし、何処かに行っちまったのかもしれん。だが、そんな話をここですると───」


『二人は生きてるのよ! 二人で戦いの後、駆け落ちしたんだわ〜〜!』

『何言ってやがる! 二人は、アモールの為に殉じたに決まってるだろッ! 駆け落ちだと? そんなロマンのカケラも無い、頭の中お花畑なのか?』

『だが、あの二人は厳重な警備を突破して、教皇を倒したんだ! 簡単に死ぬわけないだろッ!』

『いやしかし、あの大聖堂の惨状で生き残れるとはとても───』


「……とまあ、ああやって生きてる生きてないで大揉めになる」

「厄介なファンだな」

「あ〜こりゃ、昼飯まで終わらないな。悪い事は言わない、今のうちに離れた方がいい」

「そうさせてもらうよ。行くぞ二人とも」

「そうね、なるべく静かにいきましょ」

「待ってよヴィクター!」


 天使……いったい何のことだろうか? これは確認する必要があるな。



 * * *



-数十分後

@アモールの街市街地 大聖堂跡


 あれから広場をこっそりと抜け出した俺達は、街の観光を再開した。向かった先は、先程話でも上がっていた大聖堂の跡地だ。

 ここは、かつてこの地を支配していたカルト教団の総本山だった所らしい。今は瓦礫の山と化し、何故か胸部に十字架が突き刺さったAMの残骸が、仰向けに倒れながら、もがくように空に手を伸ばした状態で停止していた。


「ちょっとちょっと、あれAMじゃない! どうしてこんなところに!?」

「ああ、アルビオンだ。頭部も欠けているようだが……」

「なんであんなとこに……しかも、何か刺さってるし」

「AM、アルビオン? アンタらさっきから何言ってるのよ……。ねぇ見て、何か看板立ってるよ」

「なになに」



[教皇vs鮮血の聖女と鉄仮面の騎士、最終決戦跡地]



「……何だかなぁ」

「そういえば、神父が昔巨人をぶっ殺した話してたけど……まさかね?」

「そういや、カティア。そっちの進捗はどうなんだよ?」

「は、何が?」

「何がって、お前の母親探すって話だったろうが。それで無理矢理付いてきたんじゃないか」

「ああ、その話ね……。時間あるときに街の人に話を聞いたりしてるけど、あまり進展は無いわよ。街の人も、緑色の瞳の人は少ないし」

「そうか、それは残念だな」

「……状況がよく分からないけど、カティアは誰かを探してるの?」

「ああ、コレットには話してないんだっけか。カティア、話してやれよ」

「ええ、なんか恥ずかしいんだけど」

「別にいいじゃない、聞かせなさいよ」



   *

   *

   *



「──って訳で、私はヴィクターについて来たって話よ」

「……ッ」

「コレット、どうしたんだ?」


 コレットは、口元を抑えて何やら震えている。かと思えば、急に泣き出してカティアに抱きついた。


「カティア、あんたって子はッ!」

「むぎゅッ!?」

「バカな娘だと思ってたけど、なんて健気なの! グスッ、寂しかったね、甘えていいんだよ?」

「ちょっ……何するのよコレット!?」

「おいおい、マジで泣いてるのか……。っと、おいやめろコレット! 注目されてるぞ」

「うわぁぁん! ぇぐっ、ううぅぅ!!」

「ぎゃぁぁ! 私の服で涙拭かないでよッ!!」



 * * *



-数時間後

@アモール市街地 広場


「……ごめん」

「落ち着いたか、コレット?」


 その後、人気の少ない広場があるのを見つけ、そこにコレットを引っ張っていった。コレットはしばらく話せない状態だったが、それも落ち着いてきたようだ。


「それでコレット、話してもらうぞ?」

「……分かった」


 コレットは、諦めたような表情で語り出した。


「まずは、私の出身からね。と言っても、アンタにはもう見当がついてると思うけど」

「これまでの事からして、ルインズランド……鉄道の内側ってところか? 例の無反動砲についても、やけに詳しかったしな」

「はぁ、正解……。私は、あの土地を捨てて逃げたの」

「逃げた?」

「あそこは、ギルドの力が及んでない地域よ。色んな勢力が争ってる。その中でも、最大の勢力を誇るのが“ウェルタウン”ってところなの。周りの村とか居住地は、奴らのいいなりになるしかない。そんな中、私達姉妹は……」

「姉妹? 前にクロエとか呟いてたが……」

「そう、妹よ……今から8年くらい前、ウェルタウンの権力者が色んな所に人質を要求して、酋長の娘だった私達は人質になって……それで───」


 コレットは苦虫を噛み潰したような表情をして、しばらく押し黙ってしまった。


「そ、それで……?」

「……ごめん、詳しくは話せない。とにかく、私達姉妹はあそこはから逃げ出した。けど、最後の最後にヘマをして、妹は私を逃すために……ううっ、ぐっ……どうして! どうして私なのッ!? どうして私が助かって、クロエが犠牲にならなきゃいけないのよッ!!」

「おい、落ち着けコレット!」

「……何やってんのよ?」

「カティアか、おかえり」


 コレットが取り乱したせいで、再び周囲の注目を集めてしまう。彼女を宥めていると、買い出しに行っていたカティアが帰ってきた。カティアは、先程のコレットとのやり取りで汚れた服を買い替えるのと、何か飲み物やらを買いに行かせていたのだ。


「なるほどね……。まあ、飲み物でも飲んで落ち着きなさいよ、はいコレ!」

「……ぐす、ありがとう」

「……なあ、カティア。これ、どこで売ってたんだ?」

「すぐそこの露店よ。崩壊前の飲み物らしいわ。何か、カッコいいわよね!」

「賞味期限大丈夫なのか?」


 カティアから缶入りの飲料を渡される。崩壊前にも流通していた、エナジードリンクだ。【ニーズヘッグ】という商品名のそれは、崩壊前に連合で流行していたものだ。

 この飲料は、高濃度の糖分とカフェイン、アルギニン、タウリンといった成分を配合しながら、独自のフレーバーで爽やかに飲みやすくしているドリンクで、1日に必要な糖分と仕事に必要なカフェインを摂ることができると謳っていた。だが、その実態は超高濃度の砂糖に加えて、カフェインといった各種化学成分を法に抵触するスレスレに濃縮している毒物だ。膵臓や肝臓に負荷をかけるばかりか、含まれる成分により依存症を引き起こす。


 ちなみに、気になる賞味期限だがあと100年は大丈夫らしい。崩壊前の加工食品は期限が無いなんてものも存在するが、飲料は基本的に短くなる傾向にある。ノア6で飲んでいる飲料も、酒類を除いて基本的にノア6の設備を用いて再生産した物だ。

 カティアを見ると、あまり気にしてはいない様子なので、崩壊前の食品を口にするのは抵抗がないのだろう。


 改めて手元の缶を眺める。飲料にしてはやたらと長い賞味期限は、含まれる毒……もとい成分に由来するのだろう。ハチミツなんかは、その高い糖度で期限が限りなく長いこともあると聞く。……つまり、それだけの何かがこの飲料には入っているという事だ。やはり毒だな。


「まあ、大丈夫でしょ! 死都だと崩壊前の缶詰とか食べてたし」


──プシュ!


「んくっ……うん、美味しい♪」

「まあいいや、俺は飲まないからな」

「これ、私の故郷でも飲まれてるのよ。懐かしい……」

「なんだ、帰りたいのかコレット?」

「……分からない。分からないから、今まで色んな所を彷徨ってたのよ。まあ、結局のところ何年も無駄にした挙句、女たらしのクソ野郎に捕まっちゃったんだけどさ」

「言うじゃないか。それで、その妹……クロエって、まだ生きてるのか?」

「分からない……けど脱走してるし、タダじゃ済まないはずよ。きっともう……私の仲間達だって、無事かどうかも分からない」

「そうか……。よし、なら行ってみるか、ルインズランドに!」

「は? アンタ、何言ってるのよ」

「ウェルタウンだったか? その連中も気になる。例の鉄道襲撃にも関係してるかもしれないだろ? それを解決できたら、ポイント高いだろうしな」

「あ、あのねぇ! アンタは知らないかもしれないけど、連中は本当にヤバいのよ!? それに、今更どうしようもないわよ……クロエはもう……」

「まあ、ついてこないならそれまでだ。お前とは、ただ行動を共にしてるだけだしな。リグリアでアンナちゃんでも言いくるめれば、これからの出先でも困らないかもしれないしな?」

「ひ、人の身体を散々使っておいてそれ!? ヤれなくなったら、ポイする気!?」

「何度も言うが、お前に他人の事をどうこう言う資格は無いからな? カティアも、ルインズランドに母親がいるかもしれないし。な、カティア?」

「……」

「ん、カティア?」

「う〜ヴィクター……なんか、身体がヘン。ソワソワ?ムズムズ?するの……んッ! な、何かキタ……!」

「その顔で言うと、何かエロいな……」

「だ、大丈夫カティア? 弱い子は、お酒みたいに酔っちゃうからね、それ」


 カティアにもルインズランド行きを同意してもらおうと話を振ったが、何やらカティアは顔を赤らめ、モジモジしていた。おそらく、エナジードリンクの影響だろう。


「何か、冴えてきたというか、身体の奥から力が湧いてきたような感じ! 今なら、どんな奴相手でも勝てる気がするッ!」

「まあ、そんな気がするだけだからな? 変な気は起こすなよ?」


 そういえばカティアはアルコールNGだし、カフェインなどにも敏感なのかもしれない。カフェインには中枢興奮作用があり、耐性のない者は、過度な興奮状態になる事がある。今後、注意が必要かもしれないな。



 * * *



-同時刻

@リグリアの街 ギルド支部・支部長室


《それで、彼はまだそこにいるのかな?》

「いえ、先日アモールに発ちました。観光するようですね。まあ、ここの支部長がうるさかったので、私が誘導したのもありますが……」

《へぇ! あそこは崩壊前、観光地だったからね〜♪ ワタシも昔はよくナンパされて……っと、それより支部長のその態度は問題だね、少しお灸を据えないと。それにしても、随分彼と仲が良さそうだね?》

「ええ、まあ……。それにしても彼、経験豊富なのか凄く上手ですね! 情報を聞き出す側なのに、思わず色々聞き出されちゃいましたよ。ああ、私の正体とかはバラしてないので安心して下さい」

《経験豊富? ふ〜ん、そんな子じゃ無かったんだけどねぇ》

「仕事忘れて、もう一度遊びたいな〜♡  あっ、それでどうしますか? しばらくしたらリグリアに帰って来ると思いますが、また列車に乗せますか?」

《そうだね。その調子じゃ、リグリア周辺での功績は難しいだろうし。そういえば、鉄道襲撃も増えてるんだよね?》

「そうですね、年々増加しています。特にここ最近は酷いです。やはり、ルインズランドの情勢が影響しているかと。そういえば、“V”の一行にルインズランドの者が混じっているようですが……」

《あー、それね。報告は受けたけど、身元がよく分からないんだよね。詐欺とか娼婦の真似事してた小物みたいだけど、なんで連れてるんだろうね? どんな娘なの?》

「さあ? 少なくとも、ウェルタウンの者では無いようですが……」

《まあいいや。とにかく、彼が帰ったらよろしくね》





□◆ Tips ◆□

【ニーズヘッグエナジー】

 崩壊前に流通していたエナジードリンク。製造販売元はニーズヘッグ・ゲトレンク社という、レガル共和国の飲料会社である。

 カフェインをはじめとした各種化学成分を、法に抵触するスレスレまで濃縮している他、多量の糖分を含んでいる。ヴィクター曰く、毒物。

 元は共和国の傭兵向けに作られた飲料であり、戦闘時や任務の際の集中力向上、疲労軽減、栄養補給等の目的で開発された戦闘糧食の一種である。味覚が士気に直結するという考えから、その味にはこだわりがあり、様々な種類のフレーバーが存在し、非常に美味らしく好評を博していた。

 共和国の傭兵から民間に広まった他、共和国の傭兵と交流をもった連合軍兵士から連合内に持ち込まれ、若者を中心に流行した。だが、含まれる成分により依存症や、各種生活習慣病のリスクを高める為、ヴィクターのように嫌う者も一部存在する。

 ニーズヘッグ社は広告活動に多額の出資をしており、モータースポーツや、共和国内で盛んなAM競技のスポンサーとして君臨していた。また、連合内に製造工場と一体化したテーマパークを運営しており、飲料会社の中では存在感を放っていた。

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