第182話 裏切る女

-数日後 夕方

@ローアンの街 駐車場


 あれからはや数日……俺たちは列車の到着を待っていた。通常なら、2〜3日に一度のペースで列車が来るそうなのだが、何らかのトラブルで到着が遅れているらしい。

 だからといって、ダラダラ過ごしていた訳ではなく、毎日ギルドの依頼やら任務をこなしていた。どうも、他の連中には難しい依頼やら、厄介な任務があったらしく、俺たちに押し付けられた形だ。

 まあ、そうした依頼や任務は、報酬が高く評価も高い。例の実績作りや、路銀の足しにもなるだろう。


「ん〜、今日も働いたぁ! シャワー浴びた〜い」

「……」

「ん、どうしたコレット?」

「いや、なんでもないよ……」


 コレットの方も、この数日で新しいライフルに馴染んだようで、そこそこの活躍をしていた。俺達の受ける依頼に付いて来ている為、報酬やらギルドの評価も稼げている。この調子なら、Cランクへの昇格も近いだろう。

 もっとも、本人にその気があるかは別だが……。


「それにしてもコレット、随分と動きが良くなったな」

「確かに、前と比べたら別人って感じよね。もうCランクに上がってもいいんじゃない?」

「そりゃ、アンタらの無茶な依頼に連日連れ回されたらね……」


 この数日で、コレットの戦闘力は上がっていた。ライフルにスコープを取り付けた事もあるが、射撃精度は段々と上昇してきて、最終的に移動中の車から遠距離の敵を仕留められるくらいには成長した。……まあ、一発でとはいかないが。

 俺の教え方が上手かったのか、彼女が元々才能を持っていたのか、それとも高難度の環境に適応したのか……。いずれにせよ、俺達の旅の貴重な戦力として働いてもらうとしよう。


「あ、働くで思い出した。なぁ、コレット?」

「何?」

「もう終わってるよな? ヤらせろよ」

「ッ……本当に女の敵よ、アンタ! 大体、そんなに女を抱きたいなら、カティアもいるでしょうがッ!」

「ふぇっ!? わ、私は……その……」

「……は? ええっ、アンタらデキてるんじゃないの!? カティアの態度からてっきり……」


 たいていの女性レンジャーは、同じチーム内の男性と恋仲にある事が殆どだ。時にはそれが原因でトラブルが起きたり、チームが崩壊したりするらしい。ちょっとした風物詩のようなものだ。

 俺とカティアは、普段からかなり距離が近い。ボディタッチも多い。そもそも、カティアが俺に好意を抱いているので、そういう勘違いをされても仕方がないだろう。


「まあ、そういう事だ。って訳で、今夜から働いてもらうからな」

「……」

「わ、私……先に宿に帰ってるから!」


 カティアは顔を真っ赤にさせつつ、その場から駆け出して行った。ああいう所は生娘らしいな。揶揄からかいがいがある。


「ああいう所はウブなのね……」

「揶揄うと面白いぞ」

「それ、セクハラって言うのよ。まあいいわ……ちょっと準備してくるから、アンタも先に帰ってて」

「準備? 何の?」

「チッ……今夜の! どうせ生でヤりたがるんでしょ!? 言い訳できないように、ちゃんと買ってくるから!」

「え〜」

「え〜、じゃない! ほら、行った行った!」

「まあ、そう言うなら先に帰ってるわ。あんまり遅くなるなよ?」


 ヴィクターは、カティアを追って宿へと向かう。その背を、コレットはジッと見つめていた……。



 * * *



-数十分後

@ローアンの街近郊 フラー平原


──ブロロロロッ……


 夕陽が差し込む中、一台の車が街を離れるように走っていた。ヴィクターが今回の旅の為に用意した小型キャンピングカー、ドッグハウスである。


「よし……よしっ! 上手くいった、上手くいった!」


 そして、そのハンドルを握っているのは、コレットであった。そう、彼女はヴィクターを裏切り、ドッグハウスを盗み出したのだ。

 彼女は車を駆って街を出ると、街から距離をとる。もうすぐ日没だ、ローアンの街は封鎖される。ヴィクター達が追ってくる事はできないだろう。それに、こちらは車だ……そもそも付いてこれる筈はない。


「……ふふ、あの男の詰めが甘くて助かったわ。新しい銃にお金、それからこの車までくれるなんてね。まあ、さんざんヤらせてあげたんだし、別にいいわよね」

「そうか? 俺は全然ヤり足りないけどな?」

「ッ!? あ、アンタ……何でここに!?」

「自分の車の中にいて何が悪いんだ? それにしてもコレット……詰めが甘いな?」


──キキーッ!!


「く、車が……ブレーキ踏んでないのに、どうなってるの!?」


 俺は、遠隔操作で車を停めると、コレットに詰め寄る。


「さてと、ゆっくりと話を……」

「くそッ!」


 コレットは、車外へと逃げ出した。俺も車外へと出るが、そこでコレットがライフルを取り出して、空へ向けて発砲した。


──バキュンッ!


「動かないで!」

「おいおい、物騒だな……」

「何でアンタが……確かに宿に帰ったはずなのに!」

「一度はな。お前が怪しいから、途中で路地に入って引き返したのさ」

「なっ……」

「それから後は、コレットに気が付かれないように車に忍びこむだけって訳よ」

「そんな……出発前にキャビンも確認したのに……」


 実際は、コレットと別れた後にすぐ光学迷彩を使用して車に戻り、カティアが入ってきた例のコンテナに身を潜めていたのだ。


 くどいようだが、コレットは俺達の仲間チームではない。あくまで、一時的に協力関係にある同業者だ。

 俺のチームは、信頼第一だ。カティアはガラルドの忘れ形見だし、ミシェルは親友?のクエントに任された娘だし、ガフランクのお嬢様で身元もしっかりしている。ミリアは……奴は監視対象だが、ノア6に縛られている点で信用はできる。

 一方のコレットだが、彼女には俺との肉体関係しかない。流石に俺でも、そこに愛が無いのは分かる。つまり、コレットを信用できる根拠は一つも無いのだ。


 そもそも、彼女が俺達を信用していない。彼女がどういった過去を過ごし、何者なのか未だに謎が多く、それを頑なに語ろうとしない。まあ、普通のレンジャー同士ならそれで良いかもしれないが、俺はダメだ。受け入れられない。


「……どうして私が裏切るって分かったの?」

「そりゃ、一度ハメようとしてきた女だからな。二度目、三度目が無いとは言い切れないだろ?」

「なるほどね……」

「それに、この前の採掘場の戦いの後、普段は消極的なお前がやけに積極的にトラックを運転したがってただろ? だって考えたら、対策は立てられるだろ」

「……流石はAランク、ってとこ? でも、だからってどうする訳? もうローアンの街は閉まってる、カティアもいない、それに、アンタも見たところ武器は持ってない……いくらAランクでも、この状況はマズいんじゃない?」


 そう言うと、コレットはライフルを俺に向けると、引き金に指をかける。

 確かにコレットの言う通り、俺は拳銃とナイフしか持ってない。対するコレットはライフルと短機関銃を持っており、普通なら勝ち目はない。


「ほら、街に帰って! 今なら逃がしてあげるよ」

「ん? もしかして、自分が有利になってると思ってるのかコレット?」

「はっ、アンタこそ何言ってるの? ああ、もしかして堂々としてれば、私がビビると思ってるの? 残念だけど、その手には乗らないよ。誰がどう見たって、アンタには勝てる状況じゃないんだ! いくらAランクだからって、この状況は覆せるもんかッ!」

「そうかい」


──キュキュドルンッ! ブロロロロ……


 俺はドッグハウスを遠隔操作して、その場から走らせる。遠隔操作は、コレットの前では初披露になるため、コレットはひとりでに動く車に驚いた。


「なっ、車が……! まさかカティアもいるの!?」

「よそ見してていいのかよ?」

「ッ!?」


──バキュンッ! ドカッ、カラララ……


 俺は、コレットが車に気を取られた一瞬で距離を詰めると、左手で彼女のライフルを掴む。コレットは焦って引き金を引くも、既に俺に銃身を掴まれているので当たるはずが無い。

 コレットが発砲してすぐに、銃口付近を左手で抑え、右肘をライフルに振り下ろす。すると、ライフルはコレットの手を離れて、俺の左手を支点にくるりと空中を回転し、地面に落下する。


「くっ!?」


 コレットは素早く後ろに飛び退くと、もう一つの得物……短機関銃に手を伸ばした。


「喰らえッ!」


──ババババッ!


 コレットが短機関銃を腰だめで発砲する。


「ふんッ!」

「よ、避けたッ!?」


 俺も加速装置を駆使してコレットの懐に入ると、短機関銃をはたき落とし、コレットを投げ技で地面に叩きつけ……るように、優しく倒す。女の子……って程若くはないが、女性には優しくしなければな。


「へ……はへ?」

「お前の負けだ、コレット」


 俺はコレットに馬乗りになると、暴れる彼女を抑えて、結束バンドで手脚を拘束する。


「クソッ、放して! 放せ、このクソ野郎ッ!」

「さてと、どうしよっかな〜。溜まってるし、まずはこのまま一発……かな?」

「こ、このゲスが……!」

「なら、ここにこのまま放置しておくか。そうすりゃ、ポルデッドハウンドの餌になるだろうしな」

「ッ!?」

「ついでに、スピーカーで呼び寄せてやるよ。早い方がいいだろ?」

「じょ、冗談でしょ?」

「冗談に聞こえるのか? お前、本当に状況が理解できてないよな」

「……ふん!」

「それで、何でこんな事したんだ?」

「……」

「おい、答えろ!」

「……」

「そうか、なら仕方ないな」


 コレットは俯いて、口をつぐんでしまった。何やら複雑そうな顔をしているが、答える気は無いらしい。

 俺はドッグハウスを呼び戻すと、例のスピーカーを作動させた。


『ワオーンッ!!』


「え……ちょっ、本当にやるッ!?」

「答えないお前が悪い。それじゃあな」

「ま、待って! 私とヤりたいんじゃないの!?」

「あ〜、街に帰って娼婦でも買うわ。お前を側に置いとくとまた裏切るだろうしな」

「ちょっ、ちょっと待って! 本当に洒落にならないってッ! ねぇッ!!」

「自業自得だな」

「悪かった、私が悪かった! 謝るからッ! 待ってッ!」


──バタンッ! ブロロロロ……


「ちくしょぉ、待てって言ってるでしょ! 本当にヤバいって!!」


 ヴィクターは、コレットを置き去りに車に乗ると、そのまま走り去った。


「マズいマズいマズいッ!」


──ウオーンッ!


「クソッ、動けないッ!」


 コレットの目に、夕陽を背にこちらに向けて駆けてくる野犬の群れが映る。コレットは、拘束を解こうともがくが、ヴィクターが施した拘束は固く、とても解けそうになかった。

 そもそも拘束を解いたところで、あの群れから逃げる事は叶わないだろう。


「こんな……こんな所で、終わってたまるかぁッ!! くそ、ぬぐぐぐ……!」


 身を捩るが、腕や脚にプラスチックが食い込む。気がつけば、身体には一匹のハエのような虫が纏わり付き、コレットが死体になるのを待っているように見える。


「はぁ、はぁ、はぁ……ダメなの? ……ここまでなの? せっかくクロエが逃してくれたのに……」


 コレットの目前に、野犬の群れが迫る。


「……ごめん、ごめんねクロエ。お姉ちゃん……なんにもできなかったよ……」


──プァン! ブロロロロ……


「……え?」


 コレットが諦めたその時、何故かドッグハウスが引き返してきて、ヴィクターがライフルを担いで降りてきた。


「コレット、助けて欲しい?」

「……アンタ、性格最悪!」

「あっ、助けて欲しくないんだ? じゃあ、やっぱり置いてくか」

「ご、ごめんなさい助けて下さい!」

「……」

「ねぇ、ちょっとどうしたのよ。流石にヤバいって、ふざけてる場合じゃ──」

「いやさ、何か言葉が足りないなぁ〜って」

「はぁ!? あ、後でいくらでも謝るから! とりあえず、何とかして!」

「……何でもする?」

「はぁ!?」

「何でもするかって聞いてるんだよ」

「い、嫌よ! 絶対、碌でもないこと考えてるでしょッ!?」

「あっそ、じゃあさよなら〜」

「ま、待ってッ! 何でもする! 何でもするから助けてッ!」

「それが聞きたかった」


──キャインキャイン! キューンッ!


 ヴィクターは、車のスピーカーから「退却」の咆哮を流し、野犬の群れへと突っ込んで行った。



 * * *



-2時間後

@ドッグハウス車内


「はぁ、はぁ……中は……ダメだって……言ったのにぃ……」

「裏切り者が指図するんじゃない! 少し休んだら再開するからな」

「く、くそぉ……」

「そういえば、クロエって誰だ?」

「ッ、なんでその名を!?」


 あれからポルデッドハウンドを追い返し、コレットを回収したが、既に陽は落ちて街に入れなくなっていた。俺は、コレットへの折檻と、この数日で溜まった猛りを鎮めるべく、コレットを抱いた。薬は飲ませているので、遠慮なく楽しめる。

 ついでに、先程コレットを放置した時にしていた独り言の内容について、尋問する事にした。あの時、俺はスカウトバグを使って、彼女の言葉を聞いていたのだ。

 だが、「何でもする」とか言っておきながら、コレットは質問に答えようとしない。これはお仕置きが必要だろう。


「……」

「またダンマリか? まあいいや、それより選んでくれよ」

「何これ、ピアス? ……まさか!?」

「上と下、どっちに付けたい?」

「なっ、私の身体で何する気よ!?」

「いや、反省するまで付けてもらおうと思ってさ?」

「そんなニヤけた顔で言われても説得力無いわよ!」

「あ、嫌なの? そういえばこの間の採掘場で、爆弾首輪の予備手に入れたんだけど、もしかしてそっちの方がいい?」

「!?」

「スイッチはカティアに持たせるか。押すなよ、絶対に押すなよ……って念を押してな?」

「……クソッ!」

「まあ、へそにはもう穴あいてるんだし、ちょっと増えるだけだよ♪」

「このクソ野郎……!」


 そう言うヴィクターの手には、先日の奴隷用品店で購入した、ボディピアスが光っていた……。



 * * *



-翌朝

@ローアンの街 宿


「ちょっと、二人ともどこ行ってたのよ!?」

「悪かったな、カティア。詳しい話はまた後でする」

「ふん! ん、どうしたのコレット、胸なんて押さえて?」

「な、何でも無いよ……」


 朝になり、ローアンの街へと帰ると、カティアが頬を膨らませながら待っていた。だが、そこまで怒った様子はなく、どこか興奮したように落ち着きがない感じだ。


「そんな事より聞いて! 明け方に来たの、列車が来たのよ!」

「ほう、遂に来たか」

「もう凄かったのよッ! グワーッて来て、キキーップシューッて!!」

「子供かお前はッ! まあいい、搭乗手続きに行くぞ」


 カティアの語彙力に不安を感じつつ、俺達は駅へと向かった。



 * * *



-数十分後

@ローアンの街 鉄道駅


「こ、コイツは……確かに凄いな……!」

「でしょ! さあ、早く乗りましょッ!」

「カティア、出発は明日だよ。荷下ろしとか、積み込みがあるんだから」

「え〜、そんなぁ……」


 駅には、何両もの車両から成る列車が停まっており、貨車から積荷を下ろしていた。また逆に、商人と思しき者達が自分達の馬車やトラックから積荷を下ろし、貨車へと積み込んでいき、列車から下ろされた積荷を自分達の荷台へと積み込んでいく。

 崩壊後のセデラル大陸の物流の中心…… セデラル大陸循環鉄道、その一端を垣間見た。


「ねえねえヴィクター、あの大砲の口径って何ミリ位あるのかしら!」


 だが、驚いたのは崩壊後の世界で列車が運用されているからではない。

 目の前に停まっているものが、列車は列車でも『装甲列車』と呼ばれる類の重武装兵器であったからだ。

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