第178話 野犬の襲撃

-翌日 昼

@旧オーレリア-マンゴラ国境 フラー平原


 オカデル回廊を抜けてしばらく車を走らせると、隣国のオーレリアとマンゴラの国境に跨る平原地帯……フラー平原へと躍り出た。この地域は、古くから鉄鉱石が産出する資源豊かな土地であり、かつては鉄鉱石の露天掘りが行われたりしていた。

 一方で近世頃までは鉱山の利権をめぐり、オーレリアとマンゴラが度々衝突を起こした、争いの絶えなかった地でもある。


「ねぇコレット、この辺にはどんなミュータントが出るの?」

「そうだね……よく依頼があるのは【ポルデッドハウンド】とか」

「なんだそいつは? 名前からして、犬か狼か?」

「まあそんなとこ。単体の危険度はDランク。集団で襲い掛かってくる、厄介な奴らだよ。そういえば、これから行く【ローアンの街】はコイツらの討伐に力を入れてて、討伐した頭数に応じて報奨金が出るよ」

「へ〜、丁度良いから出会ったら狩っとくか」

「はぁ……簡単に言うけどね、本当に厄介よ? トラックの運転手が、ドアを食い破られて引き摺り出されたり、応戦したレンジャーの腕が噛みちぎられたりしてるんだから」

「へぇ」

「何よ、緊張感のない……ってそういえば、アンタら高ランクだったわね……」

「何だよ、まだ疑ってるのか? まあ、いつか俺の腕前を見せてやるよ」

「厄介事はごめんだよ!」

「それより、この分だと着く前に夜になっちまいそうだ。今夜もキャンプになるな……」

「ええっ、このままバーっと街まで行けばいいんじゃないの? どうせ、夜でも走れるんでしょ?」

「行けないことも無いが、コレットの話だとローアンの街は日没と共に門が閉じられて、出入りできなくなるらしい。門の前で立ち往生しても良いなら行ってもいいが、お前の好きなシャワーは浴びれないぞ」

「どうして?」

「目立つからな。それに、もし見張り台とかあったら、上からお前のシャワーシーンを見られる事になるぞ?」

「そ、それは嫌! うう……宿のシャワーは諦めるしかないわね」


 夜でも自動で走れるが、アポターと違い今乗っているドッグハウスは居住性が悪い。ガタガタの崩壊後の道で揺れる車内で寝る事など、俺にはできない。

 それにコレットの話では、次の目的地であるローアンの街は、陽が落ちると完全に閉め切られて、街への出入りが出来なくなるらしい。というのも、ローアンの街の主要産業は鉄鋼業らしく、鉄の採掘や製錬などに各地から集めた“奴隷”を使役しているらしい。

 夜になると奴隷の逃亡を防ぐ為に、街の出入りが禁じられるという訳だ。


 カティアには悪いが、今夜も野営させてもらうとしよう。



 * * *



-夜

@フラー平原


「じゃ、私シャワー浴びてくるから!」

「昨夜も言ったが、無駄使いするなよ?」

「なッ……わ、分かってるわよ!」


 あれから俺達は、早めに野営準備を済ませて、夕食を済ませた。その後、カティアがシャワーに行くと例の如く、コレットが詰め寄って来る。


「ねぇ、昨日もあれだけ出して! 本当にどうする気よ!?」

「えっ、何が?」

「何がじゃないでしょッ!? 本当に……はぁ、本当にどうしよう……」

「まあまあ、そうそうデキるもんじゃないって言うし。ま、大丈夫じゃねぇの、知らんけど。それに今日、生理来たんだろ? 少なくとも、今回は大丈夫だったって事じゃん」

「うぅぅぅぅ、こんな……こんな奴にぃ……。絶対コイツのせいで、周期狂わされてるよ……」


 困り顔のコレットだが、俺は彼女のこの顔が気に入ってしまったので、敢えて本当の事(避妊薬をコレットが服用している事)を伝えないでいる。今回も、生理が早まったらしいが、飲ませた薬の影響だと思われる。コレットには栄養剤だとうそぶいて、これから薬を毎日飲むように言い聞かせたので、しばらくしたら毎日生でも大丈夫になる。

 それに、こうしてグチグチとありもしない責任を追求しているうちは、俺の元から離れられないだろう。旅先の愛人として、しばらくお世話になるとしよう。


──ワオォォォォン!

──タタタタタッ!


「ん、何だ?」

「マズいッ! ポルデッドハウンドよ!」


 犬の遠吠えの様なものが聞こえてきたかと思えば、何かが地面を物凄い速さで蹴り上げるような音が聞こえてきた。そして、暗闇から一匹の毛の無い犬のような生物が飛び出し、こちらに飛びかかってきた。

 俺はすかさず加速装置を起動すると、腰のホルスターから拳銃を引き抜き、犬の眉間に銃弾を撃ち込む。


「バウッ!」

「ひゃあッ!?」


──パンッ!


「キャンッ!」

「ふぅ……危なかったな。これが例のミュータントか? 何か、キモいな」

「なっ!? え、嘘……よく倒せたね、今の……」

「まあ、Aランクだからな。見直したか?」

「そ、そんな事よりマズイよ、多分囲まれてる!」


──タタタッ! タタタッ!

──グルルルル……


 耳を澄ませば、俺達の周りをグルグルと何かが駆け回っている音や、何かの唸り声のようなものが聞こえてくる。コレットが言っていた、ポルデッドハウンドとかいうミュータントだ。彼女の言う通り、囲まれているらしい……。

 しかも、今夜は新月だ。辺りはキャンプファイヤーの弱い灯りだけで、ほとんど暗闇が広がっている。敵も素早く、何処にいるか分からない状態だ。


「そうだ、カティアは!?」


──ガウッ、ガウガウッ!

──バンバンッ! キャイン……


「ちょっと、何なのよこれッ!? せっかくシャワー浴びる所だったのにぃ!」


 シャワーを浴びに行ったカティアが、下着姿のまま拳銃を握りしめて、こちらに駆け寄って来る。どうも、カティアの方も襲撃され、迎撃した様子だ。

 俺はカティアのライフルを取ると、カティアに投げ渡す。


「ほらよ、お前も応戦しろ!」

「せめて服くらい着させて欲しいわね!」


──ガシャ、ダダダダッ!

──ガウガウッ!

──ワオォォォォンッ!!


 カティアが暗闇に向け、ライフルを乱射する。ライフルの銃口から放たれる強烈なマズルフラッシュが辺りを照らし、一瞬だが敵の目のタペタム層に反射して、暗闇に二つの光を浮かび上がらせて、その存在を知らせる。

 俺もライフルを構えると、カティアにより位置が露呈した敵に向けて発砲し、一匹ずつ片付けていく。


──ダダダダッガチッ!


「ヴィクター、弾切れ!」

「ほらよ、使えッ! 次は、こっちに撃て!」

「了解、任せて!」


 カティアに俺の予備弾倉を投げ渡すと、カティアは素早く再装填を行い、射撃を再開する。

 武器を変えた恩恵で、こうして、仲間と使用する弾薬を合わせられるようになった。思わぬ恩恵だったが、悪くない。しかもカティアが使っているライフルと、俺のライフルは同じ規格の弾倉を使用しているので、俺の持つ弾倉を渡すだけで済むのだ。逆に今後は弾が足りなくなったら、カティアから貰うこともできるだろう。

 以前より武器は扱いにくく、威力も劣るが、総合的な戦略性は増しているだろう。


──タタタタタッ、バウッ!


「ぐっ、クソッ……離してよぉ!」

「グルルルルッ!」

「コレット!? 今助ける!」

「やめろカティア! 近すぎる!」


 俺達の背後から、一匹のポルデッドハウンドが急接近し、コレットに飛びかかった。コレットはライフルを構えて防御するが、ライフルを噛まれてしまったようだ。敵は首を振ってライフルを引き剥がそうとするが、コレットもライフルを放さないよう全力で耐える。

 だが、敵はライフルを引き剥がすのを早々に諦めたのか、突如険しい顔つきになったかと思うと、何とコレットのライフルを噛み壊したのだ。先程のコレットの、車のパーツを噛みちぎるという説明も、あながち嘘ではないらしい。

 ライフルを破壊され、体勢を崩したコレットは尻餅をつく。


「ッ、しまったッ!?」

「ガウッ!」

「ひっ……」

「……オラァッ!!」


 大急ぎでコレットの元へ走り、飛びかかった敵の横顔に、助走と体重を乗せた拳を叩き込んで、その軌道をそらす。ちょうど吹っ飛ばされた形になった敵を、着地と同時にカティアがトドメを刺す。


「キャンッ!」

「任せて!」


──ダダダダッ!


「よし、次だカティア! コレット、大丈夫か?」

「う……うん」

「ヴィクター、また新手が来たみたい! あと弾ちょうだい!」

「はいよ!」



   *

   *

   *



「……うえ、食事の後でよかったぜ」

「私もシャワーの前で良かった……」


 あれからしばらく戦っていたが、ポルデッドハウンドの群れは、俺達に敵わないと悟ったのか、散り散りに去っていった。そして今、残された敵の死体から牙を抜く作業に没頭している。

 というのも、この牙をローアンの街へ持ち込むと、賞金と交換して貰えるらしい。俺は7日間戦争や、モルデミール潜入工作、スーパーデュラハン討伐と言った、数々のギルドの任務……それから、グラスレイクでの事業や、銀行から頂戴した金塊の山などで金には困っていない。だが、貰える物は貰っておこう。もしかしたら、例の実績にもなるかもしれないしな。

 まあ貰った賞金は、コレットの壊れたライフルを買い換える資金の足しにでもするとしよう。


「……私のライフルが」

「まあ、命が助かったんだ。良かったじゃないか」

「うう……武器の買い換えにお金使ってられないし、どっかに死体が転がってれば……」

「おいコレット、口より手を動かしてくれ! どうせさっきのライフルも、死体から剥いだ中古品だろうが」

「うるさいよ!」



 * * *



-翌日 朝

@ローアンの街近郊 フラークレーター


「ヴィクター、あれ見て! 凄い地形ね!」

「グラウンド・ゼロか……」


 俺達が走る道の側、広がる平野に突如として大きく陥没した地形が現れた。ここは、最終戦争時に同盟の核ミサイルが着弾した爆心地である。生み出された巨大な火球は大地を抉り、大規模なクレーターを作り出したのだ。


「あれ、よく見たら人がいっぱいいるわね?」

「あれは奴隷よ。各地から集められた奴隷が、ああして地面を掘って、鉄を集めてるって訳。朝っぱらからご苦労なことね」


 カナルティアの街ではそこまで見かける事は無かったが、おそらくこの近辺の犯罪奴隷やら借金奴隷は、ここで働かされるのだろう。皆、ツルハシやらドリルを持って、黙々と地面に打ちつけている。中には、動きが悪いのか、監督者のような男に殴られている者もいる……。

 確かに、ギルドから買った犯罪奴隷を、商人が輸送しているのを見た事がある。何処かで強制労働させるとは聞いていたが、おそらくここに運んでいたのだろう。


 しかし、核ミサイルのクレーターで採掘とはな……。確かに、この辺の地下は、鉄がかなり埋蔵されているらしい。それが核爆発で地上に出てきたとすれば、まさにここは天然の露天掘り鉱山だろう。


「よし、そろそろ街に到着だな」

「私、まず買い物したい!」

「ん、何か買う物あったか?」

「別に? 強いて言えば、昨日使った弾の補充くらいかしら。ただ、店を見歩きたいだけよ」

「あのな、観光に来た訳じゃないんだぞ」


 確かに、他の街の様子というのも気にはなる。時間があれば、見て回ってもいいかもしれない。


「まずはギルド、それから駅だ。鉄道の時刻とか調べないとな」

「あ、あの……私も買い物行きたい」

「コレットも? ああ、ライフルか……」

「いや、下着とか……急だったから……」

「………なんか聞いてすまん」





□◆ Tips ◆□

【ポルデッドハウンド】

 最終戦争後、核汚染を経て変異を遂げた野犬。非常に凶暴かつ攻撃的であり、車両相手でも容赦なく襲い掛かってくる。顎が非常に発達しており、ハイエナのように狩った動物の骨ごと喰らい尽くす。その力は、キャラバンの車のパーツを容易に引き剥がし、破壊してしまうほど。また、繁殖力も高い為、時に大規模な群れを形成することもある。

 野犬らしく群れで狩りを行う為に、キャラバンや商人にとって脅威となっている。ローアンの街では、採掘中の奴隷が被害に遭う為にその討伐に力を入れており、討伐の証拠として牙を提出すると、街から報酬金が支払われる。

 セデラル大陸の全域、特に最終戦争時に核爆発が発生した地点の近郊に多く生息しており、平原や荒野に出現する。核攻撃を逃れ汚染の影響が少なかったセルディアには生息していない。

 単体の危険度はDランク。




【ローアンの街】

 オカデル回廊より北方、旧オーレリア-マンゴラ両国の国境にあたる位置に存在する街。かつてはフラー平原の利権を巡り、争いの絶えない両国だったが、近世以降の融和政策により、鉄鋼業の共同事業を展開。その為の拠点として建てられたのがローアンである。

 セデラル大陸循環鉄道が通過しており、駅が存在する。世界大戦時代には、ここで製造した鉄鋼を鉄道で大陸全土に送り届けていた。また、産業革命期の街並みを色濃く残しており、崩壊前は鉄道旅行のツアーに組み込まれていた事もあり、観光地として賑わっていた。

 ローアンの街は、かつてのローアンの地に建てられているが、最終戦争時に近隣に核ミサイルが着弾している為、かつての街並みは一部を除いて失われてしまっている。

 崩壊前時点において、連合の環境保護政策により鉱山は閉鎖されていたが、崩壊後は近辺での採掘が再開され、再び鉄鋼業が盛んになっている。また、それらの採掘や製錬には各地から集められた奴隷を使うのが一般的となっており、奴隷の街としても名高い。



【HP-98 メタルカスタム】

 連合軍制式採用拳銃、HP-98のカスタム品。旅に出るヴィクターが、より耐久性と信頼性の高いサイドアームを求めて、独自の改造を施した物。

 フレームがポリマー等で形成されていた元のHP-98と比べ、カーボンや高耐久ステンレス、レガルチタン等の金属製パーツがふんだんに用いられており、耐久性が増している。

 重量は元と比べて若干増加しているが、そのおかげで射撃時の反動相殺に役立っている。


[使用弾薬]10×22mm弾

[装弾数] 14発+1

[有効射程]50m

[モデル] P320 AXG PRO

[使用者] ヴィクター

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