第177話 愛人契約

-翌朝

@オカデル回廊


 あれから俺達はオカデルの街を後にして、オカデル回廊へと繰り出した。左右を見れば、セルディアを囲う山脈が見える。ここは、それらの山脈のちょうど切れ目に当たり、セルディア盆地と外とを結ぶ道となっている。

 ひとまずはここから北上して、鉄道を目指す。


「……ねぇヴィクター」

「なんだ、カティア?」

「あの人、付いてくるなんて聞いてないんだけど?」

「お姉さんの事か?」


 カティアが、助手席から後方のキャビンを指さす。そこには、昨夜のお姉さん……コレットが、不貞腐れた様子で折り畳みベッド兼ソファに腰掛けている。

 本来、連れて行く予定はなかったが、なんか昨夜生でヤったら急に付いて来るとか言い出した。責任取れとか言っていたが、何のことやら……。俺はちゃんと、事が終わった後薬を飲ませているので、そういう心配はない。まあ、その時彼女は気絶していたので、何をされたか分かっていないと思うが。

 

「まあ、この辺りに詳しいらしいからな。道案内して貰おうぜ。カティアも、セルディアから出た事無いんだろ?」

「それは、そうだけど……」

「それに、お姉さんがいればお前を抱かなくて済むしな」

「…………あっそう!」

「なんだよ、不満そうに」

「何でもない!」


 コレットは、この辺りの地理や事情を知っている。しばらく、同行してもらうのはアリだ。

 それに、しばらく俺の夜の相手にもなってくれる事が期待できる。


「ねぇ、ちょっといい?」

「なに、お姉さん?」

「……コレットでいい」

「あんれぇ? 昨日は、名前で呼ぶなとか言ってたじゃん」

「もういいの! で、この先だけど気をつけた方がいいよ」

「何かあるのか?」

「カナルティアで色々あったのは……って、アンタらが関わってたんだっけ」

「人を首謀者みたいに言うな」

「はいはい。それで、その時の残党がたまにこの辺でキャラバンとか、商人を襲ってるのさ」

「なるほど……」

「まあ、犯人は憶測だけどね」


 そういえば、オカデルの街にもそんな連中がいたな。元いた組織を追われて、野盗になったとかそんな感じだろう。

 確かにここは一本道だ。襲撃するにはもってこいの地形だ。警戒しておいた方がいい。


「それで、いざって時の話がしたい。私のポジションはバックアップ……アンタらは?」

「ポジション? そういや、そんなのあったな……悪いが、いつもそんなの気にしてないんだ。なあ、カティア?」

「そうね。いつも、ヴィクターが突っ込むからその援護とか、場合によっては逆の時もあるし……」

「はぁ!? そんなので良く……いや、AランクとかBランクだとそんなもの? それで、アンタ達の得物は?」

「俺はこれ」

「私はこれ」

「……どっちも高そうなの持ってるね。羨ましい限りで」

「そういやカティア、お前武器変えたよな?」

「前もらった物でも良かったけど、スーパーデュラハンの時に火力不足を感じて……。すっごい高くついたけど、ボリスのとこで買ってきたの。前のはミシェルに預けてきた」


 カティアは、かつて同盟軍が使用していたアサルトライフル、RKシリーズのカービンモデルと思しき銃を掲げる。

 確かに以前与えた銃は、対ミュータント戦では威力不足かもしれない。補給の点でも、使用する弾薬はあまり有利とは言えなかった。

 武器を変えたのは正解だろう。

 

「ヴィクターも、エルメアの作ったやつにしたの?」

「ああ、愛情こもった逸品だぞ」

「はいはい」


 一方、俺も装備を変えていた。今まで使っていたブルパップ式のアサルトライフル(MAR-06)が一番使いやすく強力だ。だが、使用する弾薬が崩壊後の世界では流通していない為、俺もカティア同様に旅先での補給に難がある事が予想された。

 そこで、流通量の多い弾薬に合わせるべく、例のエルメアライフルを装備することにした。当然、俺に合わせてエルメアと一緒にカスタムしたり、調整を施してある。


「それで、コレットは?」

「私はこれ……」

「ボルトアクションライフルか……なんか、ボロいな」

「中古なんじゃない?」

「ぐっ……中古よ! 悪い!? それからコレ!」

「何かまたボロいのが出てきたぞ……」

「それに、着てるものも軽装過ぎじゃない?」


 コレットの装備は、どこかボロいボルトアクションライフルと、これまたボロの短機関銃?と思しき銃だった。

 それから格好も、カティアの言う通り軽装だ。半袖短パン……と言うよりホットパンツにへそ出しキャミソールという露出の多い服装に、身体を覆うフード付きのポンチョの様な物を羽織っている。……やばい、見てたらなんか興奮してきた。


「逆に、アンタらそんな姿で大丈夫なの? これから北に行くと、もっと暑いところが……って、アンタ目が怖いんだけど!?」

「へ〜北に行く程寒くなるって、この前習ったけど」

「セルディアは、周りの海流とか、山に囲まれた低地だからとかで気候が安定してるんだ。これから北に行って、大陸中央部とか沿岸部に行くと、亜熱帯とか乾燥帯の気候もあるぞ」

「ねぇ、ちょっとこっち見んな! 聞いてるの!?」


 俺達も半袖だが、カティアは例のモニカ作のレザーアーマーにチェストリグ、俺も肘当てやら膝当てと言った防具を装備しており、暑苦しく見える。

 だが、俺達は下に強化服を着ており、これの体温調節機能のおかげで、ある程度快適に過ごせている。


 コレットの格好は、暑い日中でも涼しく、寒い夜中でも快適に過ごす為の工夫なのだろうか? どちらかと言えば、砂漠向きな格好にも見える。日差しが強い時や、寒い時はローブを羽織り、そうでない時は脱ぐと言った具合だろうか?

 また、ポンチョは野宿する時もそのまま寝れそうだし、いざという時にタープも作れそうだ。


《ヴィクター様、そちらに接近中の車両を確認しました》

《何!? 数は?》

《3両です。モルデミールで使われている車両に酷似しています》

《なる程、噂は本当だったって訳か》


 突如、ロゼッタから警告の通信が入る。どうやら敵襲らしい。街を出る時につけられてたか。

 敵にとっては、キャラバンを組んでいない単独の車両など、いい獲物だろう。


「おい、さっそくだが戦闘になりそうだ。準備してくれ!」

「分かった!」

「はぁ!? ちょっと、それってどういう……」

「ねぇ、貴女……」

「何? それから、コレットでいいわ」

「そ……私はカティア、よろしく。これから一緒に過ごすなら、これだけは覚えて」

「な、何よ……」

「戦いに関しては、ヴィクターの指示に従ってれば上手くいくから。分かった?」

「は、はぁ……」

「じゃあ、準備して」



 * * *



-数十分後

@オカデル回廊 


 ロゼッタの警告通り、ウルフパック(モルデミール軍の車両)が3両、バックモニターに映し出された。


「よし、来たぞ!」

「そういえばこの車、どんな武器積んでるの? 私撃ちたい!」

「そんな物ないぞ」

「はぁ、嘘でしょ!?」

「その代わり、キャビンに銃眼があるから、そこから攻撃出来るぞ」

「何か原始的……」

「そもそも、最初の頃は窓開けて戦ってたろ! それよりは何倍もマシだろ!」


 そう。ドッグハウスには、固定武装は存在しない。というのも、鉄道で運ぶ際に武器を積んでいるとややこしくなるらしいのだ。

 そこで、敢えて武装は積まず、こうした車内から戦闘出来るような仕掛けを組んでいるのだ。


「カティア、敵とは距離はどのくらいだ?」

「300ってとこ! あ、撃ってきた」

「よし、敵で間違いないな。こっちも反撃だ!」

「あ、そうだ! せっかくだし、新人の腕を試してみましょ?」

「それもそうだな。じゃ、コレットよろしく! 敵のドライバー狙えよ?」

「はぁ!? クッソ!」


 コレットは、銃眼を開くとライフルを構える。


──バキュンッ! ガシャ……カランッカラカラ……


「……ダメね」

「まあ、動いてる車の中だしなぁ……」

「うるさいわね、次は当てるわよ!」


 動いている車内から、動いている車を狙う。コレットの場合、スコープも何も付いていないので、難しいだろう。難易度は高く、普通ならほぼ当たらない。

 ノーラだったら当てていただろうか?


──バキュンッ! ガシャ……バキュンッ!


「あっ、何か一台逸れて行くわよ?」

「多分、タイヤを抜いたんじゃないか」

「なるほど、やるじゃないコレット!」

「……運転席狙ったんだけど」

「あ〜、なんかごめん」

「ま、結果的に良かったじゃねぇか。……おっ、連中もどうやら退くみたいだ」


 敵も退き際が分かっているのか、速度を落としていく。おそらく、3両で囲むつもりだったのだろう。だが、1両抜けたせいでそれができなくなった以上、襲撃の成功率は低下する。

 もしかしたら、タイヤを撃ち抜いた車にリーダーが乗っていたのかもしれないし、この車が見慣れないもので警戒したのかもしれない。


 ひとまず、緊張は解いて良さそうだ。しかし、コレットの戦闘力はあまり期待しない方が良いかもしれない。まだ早い判断になるが、長年Dランクということはそう言う事なのだろう。それに関しては、暇な時にでも面倒を見てやろう。

 そう考えるとカティアをはじめ、あの孤児院の英才教育には目を見張るものがあるな……。



 * * *



-その夜

@オカデル回廊 


 あれから夜を迎えた俺達は、少し道を逸れた所に佇んでいた大岩の近くに車を停め、野宿の準備に入った。この辺りには村や居住地は存在しないそうで、次の街まで野宿するしかないらしい。野宿といっても俺達の場合、寝泊まりは車の中でするので、焚き火やら夕食の用意だけで済む。


 適当にフリーズドライのスープや、固形食料、街で仕入れた肉などを焼いて、夕食を済ます。これらは、ノア6から持ってきた物だったり、街で買った食材であり、崩壊後の世界では上等な物だ。

 だが、アポターでのミシェルの食事に慣れ切った俺達の舌には、何だか物足りなく感じる。街での食事も、美味いには美味いが、ミシェルのものには劣る。

 やはり、ミシェルを同行させた方がよかったのだろうか? いや、彼女を連れて行くと、もれなくチャッピーも付いてくる。目立つことこの上ない。

 それに、ミリアも何だかんだ理由をつけて付いてくるに違いない。どこかに置いてきても、いつの間にかついて来ている。そんな事になる気がする。奴はヤバい女だからな。


「……なんか、物足りないわね」

「そりゃ、ミシェルのと比べたらな……」

「アンタら、普段何食べてるの!? これ、凄く美味しいでしょうが!」

「まあ、美味しいんだけどさ……」

「全く、高ランクは羨ましいね」


 そんなこんなで食事を済ますと、カティアが立ち上がる。


「んっと、じゃあ私シャワー浴びるから!」

「はぁ!? こんな荒野のど真ん中で何言ってるのアンタ?」

「ああ、あの車にシャワーがついてるんだ。コレットも後で浴びるといい」

「い、遺物使いって名前も納得だわ……」

「あ、そうだ! 分かってると思うけど、絶対に覗かないでねッ!」

「俺が覗いた事あったか? 大体、覗くなんて事するくらいなら襲ってるぞ。いいから、さっさと浴びてこい」

「それもそうよね、なんかごめん……」


 カティアにはああ言ったが、当然覗いている。とは言え、直接見ている訳ではない。俺には車の車外センサーや、スカウトバクがある。カティアの裸を拝む事など容易いのだ!


[んしょっ……と……]


 そうとは知らず、カティアは車のシャワー台を展開し、カーテンを閉じると服を脱ぎ始める。覗かれてるとも知らず、呑気なもんだな。録画して、いつか揶揄からかってやるとするか。


──シャァァ……


[ふぅ……ふんふふん♪]


(ほほう、これは中々……今日は一段とご機嫌だな。……やべっ、何か興奮してきた)


「ねぇ。二人きりになったし、昨夜の話がしたいんだけど……って、アンタ何ニヤついてるの?」

「いや、なんでもない」

「そ、そう? それで昨夜の話だけど、このままデキちゃったらどうする……って、何してんの!?」

「何って、これからナニする為に決まってるだろ? 今さら何言ってるんだ、ほらコレットも脱げよ」

「昨日あれだけやって、まだヤる気!? それに、昨日の話がまだ……」

「昨日は昨日、今日は今日だぞ」

「こ、このケダモノッ! それに私、そんなつもりでついて来たんじゃ……」

「あれ、さっき俺の用意した飯食ったよね? まさか、タダで飯食えると思ってるの?」

「はぁ!?」

「そういえば昼間は野盗の襲撃もあったけど、俺の車だったから助かったんじゃないの?」

「そ、そもそもアンタがあんな事しなきゃ、ついて来なかった!」

「まあまあ……この際だからハッキリさせとこうか? 俺はコレットの身体が目当てだ。付いてくるなら、好きにさせてもらう。そもそも、賭けで負けてイカサマまでしてたんだろ? 殺されてもおかしくないだろ? それであれこれ言うのは筋違いだ、自業自得だろ?」

「ぐっ……そ、それは……」

「まあ俺は優しいから、同行してる間の面倒は見てやるよ。俺達は、旅の間にギルドの依頼を受ける予定だし、その間パーティーを組んどけば、コレットの実績にもなるだろ? よく考えるんだな」

「…………」


──カチャカチャ……シュル……


「そうこなくっちゃ」


 コレットはしばらく無言で俯くと、諦めた目をしながら服を脱ぎ始める。


 最低な事をしている自覚はある。だが、付いて来るなら相応の対価というものが必要だろう。

 彼女は、現時点で俺達よりもランクが下だ。そんな人間が俺達と同じ依頼を受けるという事は、自分で受けるよりも遥かに稼ぎがいいし、実績も作れる。ハッキリ言えば寄生に近い。

 だが、そんな事をタダでさせるほど俺はお人好しではない。コレットは、俺をハメようとした。思えば、初めて会った時もそうだったのかもしれない。だから、俺がハメても問題ない……字面じづらは違うが、因果応報というものだ。


「って、ちょっと……やるならちゃんとゴムは着けて!」

「いいからいいから♪」

「この馬鹿! ナマは……んっ♡」


 これは、ある種の契約のようなものだ。俺が楽しむ分は、コレットに稼がせてやるとしよう。どうも崩壊後だと、コレットの歳はかなり行き遅れらしいからな。

 それにしても、これだけ騒いでいるのにカティアはどうした? いつもなら、サカるな!と怒鳴り込みに来る筈だが……。


 そんな事を思いつつ、電脳でカティアの様子を窺うと、カーテンの隙間からこちらを窺いながらモゾモゾしていた。とりあえず、録画しておこう……。

 それから、シャワーで音を誤魔化しているつもりだろうが、水が勿体ない。後で注意しよう。





□◆ Tips ◆□

【エルメアライフル:ヴィクター仕様】

 エルメアライフルのカスタム品。旅に出るヴィクターが旅先での弾薬調達の利便性を考えて、これまで使っていたMAR-06から持ち替えた品。

 銃身が通常モデルよりも若干肉厚になっており、射撃精度や連続射撃能力を高めている。機関部も、エルメアが選別した高精度の部品を使用して、耐久性・信頼性を向上させている。他にもフォアグリップや、センサーなどが取り付けられており、操作性を向上させている。


[使用弾薬]5.45×39mm弾

[装弾数] 30発

[発射速度]750発/分

[有効射程]300m

[モデル] スターム・ルガー AC-556F




【RKS-U】

 かつて同盟軍の採用していた傑作アサルトライフル、RKシリーズのショートカービンモデル。かつてはどこかの戦争博物館に収蔵されていたが、レンジャーとして活動していたボリスが発見し、ギルド製RKのパーツを用いてレストアしていた品。

 銃身を切り詰めた結果、軽量で取り回しが良くなり、CQBに向いた構成となっているが、短銃身の代償として、発砲時のマズルフラッシュが大きいのが欠点。

 Bar.アナグマの秘蔵商品であり、店主のボリスが大事に管理していたが、新しい装備を探していたカティアに見つかり、奪うように購入された経緯を持つ。


[使用弾薬]5.45×39mm弾

[装弾数] 30発

[発射速度]700発/分

[有効射程]300m

[価格]  5,000,000メタル(購入時)

[モデル] AKS-74U




【バルパー】

 ギルド製ボルトアクションライフル。単純な構造で安価かつ精度も良い。狙撃に適しているが、狙撃技術を持つ人間が限られる上、狙撃用のスコープは別売で高価な為、銃剣を装着し、近~中距離で使用する人間が多い。

 単純な構造なので、民間でも類似の製品が売られているが、精度はギルド製に大きく劣る。

 同価格帯の散弾銃「ズルッキーム」と、どちらを購入するかが、下位ランク上がりのレンジャーの悩みどころ。

 ちなみにコレットの物は、同業者の死体から頂戴した中古品である。


[使用弾薬]7.62×51mm弾

[装弾数] 5発

[有効射程]800m

[価格]  80,000メタル

[モデル] Kar98k




【サンドストーム】

 主に、セデラル大陸中央部……通称ルインズランドで広く用いられている短機関銃。

 砂漠の土や砂が機関部に入りこんでも、それらを自動排除する仕組みが施されていたり、車両に搭乗していても扱いやすいように、折り畳み式のストックを採用していたりと、見た目は粗雑だが意外と完成度は高い。

 少ない資材で作れるように、部品点数の削減と、生産性を向上させる工夫が随所に凝らされている。


[使用弾薬]10×22mm弾

[装弾数] 30発

[発射速度]550発/分

[有効射程]150m

[モデル] スターリングサブマシンガン

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