第176話 再会と賭け

-2日後 昼前

@オカデルの街


 カナルティアの街を旅立ってから、2日が経つ。俺達は、セルディア盆地の外へと出るべく、唯一の玄関口であるオカデル回廊を目指していた。そして今、その進路を塞ぐようにできた街、オカデルの街へと足を踏み入れた。


「ここに来たのは、例の人喰い共の一件以来か?」

「げっ……嫌な事思い出させないでよ!」

「悪かったな。さて、まずは買い物だな……」

「このまま通過するんじゃないの?」

「一人だったらそうしたさ。誰かが増えたせいで、食糧とかが足りないんだよ!」

「ご、ごめん……」

「はぁ……もう気にするな、こうなったら仕方ないさ。それから、後でギルドにも顔を出す。俺は各地の支部で依頼をこなしていかなきゃならないらしいからな。付いてくる以上、お前にも手伝ってもらうぞ?」

「任せて、腕が鳴るわ♪」



 * * *



-数時間後

@オカデルの街 レンジャーズギルド支部


「お、おい……あれって……」

「まさか、“遺物使い”のヴィクターか!?」

「って事は、隣にいるのが例の“乱射姫”!? ……って、意外と可愛いじゃん」

「バカ、見た目に騙されるな! あの女は何件もの酒場を穴だらけにしたり、爆破したって言われてる凶悪な女だぞ! 絶対に関わるんじゃないッ!」

「ヤベッ、こっち来るぞ!?」


 一通り弾薬やら食糧やらの買い物を済ませ、軽く昼食を取った後、ギルド支部へと入る。一瞬注目を集めたかと思ったら、あっという間に顔が割れたらしい。俺達の噂は、隣の街にまで響いているらしく、皆俺達を遠巻きに眺めている。

 以前来た時は、血気盛んな荒くれに絡まれたりして楽しかったが、もうそういうのとは縁が無いのだろうか。……そういえば、あの時会ったお姉さん……元気かな? できたら、もう一回くらいヤりたいなぁ。


「……何か、心なしか警戒されてるわね?」

「俺達の噂は、この街にまで広まってるみたいだな」


 そのまま受付まで歩いて行き、依頼を確認する。だが、大した依頼は無いようだった。


「……う〜ん」

「どうするのヴィクター?」

「まあ、無理に受ける必要もないだろ。前にこの支部で依頼は受けているし、このまま依頼は受けずに通過しよう」

「分かった」

「とは言っても、出発するには微妙な時間だな……」


 この街に到着したのが昼前で、それから買い物で数時間費やしている。出発するには、少し遅い時間だ。次の街や村に、明るい内に到着できるとも思えない。

 今日のところは宿を取って、屋根のある所で休むとしよう。


「よし、今日は宿を取ろう」

「やった、シャワー浴びれる!」

「一応、簡易シャワーはドッグハウスにもあっただろ?」

「それとこれとは違うのよ!」


 俺達の車、“ドッグハウス”にもシャワーはあるが、あくまで簡易的なものだ。シャワー室がある訳ではなく、車外で浴びる必要がある上に、搭載している水を使用する。個室で浴びれて、かつ水の残量を気にしなくて良いホテルや宿のシャワーには勝てない。

 それに、車内はどうしても狭い。寝る環境も、お世辞にも良いとは言えない。街にいる時は、極力宿泊施設を利用しておいた方が良いだろう。金はいくらでもある事だしな。



 * * *



-日没後

@オカデルの街 歓楽街


 宿を取ってしばらくくつろいだ俺達は、食事を取るべく歓楽街へと繰り出した。


「ねぇヴィクター、あれ見て!」

「うん? ……どっかで見た格好だな」

「忘れたの? 自治防衛隊よ! それにあっちには、モルデミール軍の制服着てるのもいる!」


 カティアが、見覚えのある格好の人間を見つけて指をさす。それを目で追うと、赤いシャツに鎖帷子という出立ちの男達や、旧連合軍の制服姿の男達がいた。共通しているのは、皆ボロボロに制服を着崩している事だ。

 敗残兵だろうか? まさに、着の身着のままで逃げ出してきたような感じだな……。


「どうする?」

「ほっとけよ。カナルティアの街ならともかく、ここはオカデルの街だ」

「それもそうだけど……何かモヤモヤする!」

「まあ、どうせ何もできやしないさ」


 カナルティアの街やモルデミールでは、元自治防衛隊員や旧モルデミール軍の敗残兵は、取り締まりの対象になっており、賞金が懸けられている。レンジャー達も、街や周辺に潜む奴らを捕まえて稼ごうと、躍起になっている状況だ。

 そんな、敗残兵にとって肩身の狭いセルディアであるが、唯一存在を許されていると言えるのが、このオカデルの街という訳だ。彼らは、ここからセルディアを離れたり、今後どうするか迷っていたりしているのだろう。


 オカデルの街は先の紛争に関与しておらず、中立の立場だ。流石に、取り締まり元の一つでもあるレンジャーズギルドには近づけないだろうが、他の街よりかは過ごしやすいのだろう。そうした格好の連中がチラホラ見える。

 また、ある程度の人数で固まっているからか、捕まる事もないのだろう。人数がいれば、取り締まる側もそれだけ頭数を揃える必要がある。少なくとも、この街の治安組織に取り締まる気はないらしいし、大人しく固まっていれば捕まる事はないだろう。

 まあだからといって、見る限り生活は苦しいようだが……。


「さてと、ここにするか」

「いいわね、入りましょ!」


 適当な酒場に入り、夕食をとる事にする。テーブルにつくと、注文を取りにウェイトレスがやって来る。


「いらっしゃいませ♪ ご注文は……あっ」

「カティア、何食べる? ああ、酒はダメだぞ」

「分かってるわよ! 私、これとこれ」

「じゃあ、俺はこれだな。って事でよろしく!」

「あ、あんた……何でここに!?」

「うん?」


 ウェイトレスの様子がおかしいので、視線を向ける。制服のエプロンから伸びる魅力的な生脚……日に焼けており、浅黒く小麦色の肌をしており、健康的な肌艶だ。

 そして視線を上げると、どこかで見た顔が──


「あっ、あの時のお姉さん!」

「ああッ、ヴィクターに抱かれてた人!」

「しーっ、声が大きいんだよッ! 何でアンタらがここにいんのさ!?」

「そりゃ、レンジャーだからな。依頼で色んなところ行くだろ? それより、お姉さんも何してるんだよ? アンタもレンジャーじゃなかったのか?」

「何言ってるの? 暇な時間は、仕事するでしょうが普通!?」

「あ〜、ランク低いと色々大変かもね……」

「どういう事だ、カティア?」

「ほら、ランク低いと大した依頼受けられないでしょ? 報酬も低いし、大抵の人は他の仕事と掛け持ちしたりするのよ」


 なるほど、低ランクレンジャーあるあるというやつか……。俺の場合、色々と恵まれていたから、そうした苦労は経験していない。良く分からないな。

 まあ、そんな事態に陥っていたら、間違いなくノア6に帰っていたはずだが。


「どうでもいいけど、そう言う事だから! 注文は済んだ? それじゃ……」


──ギュ……


「……ちょっと、困りますお客様」

「いやいやいや、せっかく再会できたんだしさ……ねぇ?」

「ひっ……ちょっ、ちょっと店長ッ! こっち来て!」


 逃げようとするお姉さんの手を掴むと、引き留める。せっかくまた会えたのだ。是非とも、今夜もお突き合い……じゃなかった、お付き合い頂きたいものだ。

 だが俺の意図を察したのか、お姉さんは店の奥へと声を掛けて人を呼ぶ。すると店主だろうか、壮年の厳つい男が飛んできた。


「どした!? おうおう困るぞ兄ちゃん、うちの従業員に手を出しちゃ!」

「ああ、誤解してるよアンタ。俺達はこういう関係だから」

「なっ、ちょっ……どこ触って……!」

「えっ……そ、そうなのか?」

「いやいやいや、違うからッ! 店長、早くコイツ何とかして!」

「こ、コイツ……からかいやがったな!」


──ドン、ジャララ……


「ちょっ、ヴィクター何でお金出してるの!?」

「まあまあ、いいからいいから……」

「「 ッ!? 」」


 俺は財布からメタル通貨を適当に掴むと、テーブルに広げる。


「な……き、金貨!? 一枚10マン……それが、ひいふうみい……」

「は、初めて見た……!」

「なあおっさん、このお姉さんを俺達のテーブル専属にしてくれないか? もちろん、その代わり金は払う」

「なんだと!?」

「て、店長! ここはただの酒場だよ、こんな話……」

「わっかりました〜♪」

「はぁ、店長!?」

「それで、ご注文は? 好きなの食べて飲んでってくだせぇ♪」

「んじゃとりあえず、これとこれ……ああ、あとこれも頼む」

「かしこまりましたぁ!」

「ちょっと、店長!」

「あ〜、そうだった。お前……明日から来なくて良いから」

「はぁ!? ちょっと、急にそれどういう事よ!?」

「実は、もっと若い新人の応募があってな。明日から来てもらう事になったんだ。やっぱり、ウェイトレスは若い方が良いからね♪」

「なっ……ふ、ふざけんな!」

「ま、最後くらいお前も客として楽しんでいきな。ああ、それからそのお客様の機嫌は絶対に損ねるなよ! 良いな!?」



   *

   *

   *



「……てな訳で、俺達はこれから【鉄道】に乗って、海を渡る事になったんだよね〜」

「へースゴイデスネー」

「良かったら、お姉さんも来ない? きっと毎晩楽しいよ?」

「アッ、キョウミナイデスー」

「……式挙げたばかりで、よくもまあ堂々と口説けるわねヴィクター」


 あれからお姉さんは俺達のテーブルにつくと、生気を失った目で呆然と佇たたずんでいる。まあ、先程の店主の言葉通り、このお姉さんはだ。

 カティアや、俺より歳上だと思われる。崩壊後の世界では、キャピキャピした若い娘と比べると見劣りしてしまうのかもしれない。まあ、崩壊前出身の俺は気にならないが……。むしろエルメアの時もそうだったが、俺はお姉さんに歳上の魅力というか、色気のようなものをバンバン感じていた。

 まあ、要するにヤりたい。ただそれだけだ。


「……ヴィクター、目が血走ってるわよ」

「そ、そうか? まあ、とにかくだ……お姉さんこれからどうするんだよ? ここクビになったんだろ。他に稼ぎ口あるのかよ?」

「ッ、バカにすんな! そんなのレンジャーの仕事に専念して、依頼をこなしていけば……!」

「ねぇ、貴女ランクいくつなの?」

「……D」

「それだと、ちょっと厳しいんじゃない? 毎日の食費に宿代とか考えると、少なくとも貯金はできないと思うけど……」

「うっ……そ、そう言うアンタらはどうなのさ!?」

「俺? 俺はAランクだ」

「はっ、バカにしないでくれる!? Aランクがこんな所にいるわけ……」

「ほら」

「ない……えっ、嘘でしょ……? こ、これ本物!?」


 俺は、首に下げていたドッグタグを取り出すと、お姉さんに掲げる。お姉さんはドッグタグを見るなり、身を乗り出して俺の胸元へと顔を近づける。

 そして、俺の持つドッグタグが本物なのを確認すると、今度はジュースを飲むカティアに視線を向ける。


「ん、私? 私はBランクよ」

「び、B……こ、こんな小娘に越されてるなんて……。まさかアンタ達、噂の“遺物使い”と“乱射姫”!?」

「へ〜お姉さん、俺達の事知ってるんだ? じゃあさ、早い話今晩またどう? 有名人と過ごせるなんて機会、中々無いよ〜、それも2回もなんて」

「ふっ、ふざけ……」


──ジャラ……


「今ならお姉さんに、してあげてもいいんだけどな〜? ほら、その様子じゃ色々と入り用でしょ?」

「ッ!?」

「……私、こんなクソ男に付いて来たの後悔してきたかも」

「なんだカティア、文句あるなら帰ってもいいんだぞ?」

「分かったわよ、このクソ男!」


 俺は先程と同じように、財布からいくつかの硬貨を取り出して、テーブルに広げる。するとお姉さんは、目の色が変わったように金を凝視する。

 お金の効果はばつぐんのようだ。


「い、いいわ……なら、勝負しましょう!」

「ん? またお酒でも飲む?」

「あれはもうやらない! 今度はこれよ!」


 そう言うと、お姉さんは胸元からサイコロを3つ取り出した。


「これで勝負よ!」

「別にいいけど……お姉さんは何賭けるの?」

「……私の身体。初めからそれが目当てなんでしょ!?」

「分かってるじゃん。それじゃ、暇だし10回勝負でどう?」

「……乗った!」



   *

   *

   *



「……12!」

「お姉さん、またそれ? その数字好きだね〜」

「う、うるさいッ! で、アンタは?」

「う〜ん……じゃあ、3で」

「ば、バカね! そんな1が3つ揃う事なんて、確率的に低いのに」

「いいから開けな? お姉さん」

「ほら、私の勝……えっ!? なっ、なんで……!?」


 お姉さんがカップを開くと、そこには1の目が出たサイコロが3つ並んでいた。ゾロ目というやつだ。

 お姉さんが提示した勝負……それは、サイコロを3つ使ったギャンブルだった。二人で出る目の合計を予想して、実際の出目が予想より近い者の勝利という、単純なものだ。

 ……だが、この勝負には裏がある。お姉さんが、イカサマをしているのだ。先程から、お姉さんは特定の数値とそれに近い数値しか提示していない。

 恐らく、サイコロに重りか何かが入っていて、特定の目が出やすいようになっているのだろう。


 なぜ分かったかと言うと、例の如くスカウトバグを使って、カップの中身を覗いているからだ。確かに先程から、サイコロが特定の目を出している。普通なら、お姉さんの独り勝ちになるのだろうが、俺の場合はスカウトバグを使って、中のサイコロを都合の良い目に変えさせてもらっているので、絶対に勝てる。

 ……まあ、見つからないようにサイコロを振ってる最中とか、テーブルに振り下ろす瞬間に侵入したり、目を離した瞬間に脱出させたりする必要はあるが。


 そもそも、この勝負はお姉さんから仕掛けてきて、道具もお姉さんが用意している。その時点で、怪しむべきだ。いくら性欲に支配されようと、冷静さは失ってはいけない。

 そして、イカサマを仕掛けたのはあちらだ。ならば容赦はしない! ……まあ、どちらにせよ容赦してなかっただろうが。今夜は寝かせないぞ!


「お、おかしい……なんで……」

「あっれ〜お姉さん、後がないじゃ〜ん? さっきまでの余裕はどうしたのかな〜?」

「ぐっ!? う、うるさいッ! まだ、まだ負けてないッ!」

「まあ、次の勝負で俺が勝ったら覚悟しなよ?」

「ッ……次! 13!」

「また、その辺の数値だね? じゃ、俺また3でいいや」

「ふっ、本当にバカね! またゾロ目が出ると思ってるの? 今度は私がいただき……えっ……う、嘘!?」


 お姉さんがカップを開くと、そこには再び1の目が3つ揃っていた。


「な、なんで!? そ、そんなことって……あり得ない! あ、アンタ……イカサマしてるわね!?」

「いやいや、そんな事してないよ! だったら、そのサイコロ調べてみようぜ! イカサマしてないの分かるからさ」

「えっ!? あ、いや……それは……」

「ほら、ちょっと貸してみろよ。試しに割ってみようぜ!」

「あっ、ちょっと待……!」


──ザクッ……コロコロコロ……


「あっ……」

「おんやぁ? あれあれあれぇ〜、何だろうコレは〜? サイコロ割ったら、何か出てきたぞ〜!」

「ああ……」

「コレって、もしかしてイカサマじゃ無いの〜? このサイコロって、誰の物だったっけ〜?」

「……ヴィクター、すっごいキモいんだけど」

「うるせぇなカティア、もう少しだけ我慢しろよ!」


 わざとらしく、お姉さんに詰め寄る。お姉さんは、イカサマがバレて顔面蒼白だ。やはり、お姉さんは負け顔がイイ。屈服させてる感じがして好きだ。

 まあどうでもいいが、イカサマは崩壊後の世界では撃ち合いになる程のトラブルだ。崩壊後では、よく酒場で撃ち合ったり、殺し合いに発展する揉め事が起きるが、その多くにギャンブル中のトラブルがある。


 お姉さんは、これまでうまくやれていたのかもしれないが、年貢の納めどきだろう。観念するんだな。


「ほら、来いよ!」

「あっ、その……ゆ、許して! ほ、本当にやめて下さい……」

「今さらしおらしくなってもダメダメ! ほらカティア、宿に帰るぞ」

「私、別の部屋にしてよね……」

「ほ、本当に堪忍して……!」

「だ〜め♪」



 * * *



-その夜

@オカデルの街 宿


(あっ……やっ……あんっ!)

(お姉さん、そういえば名前何て言うの?)

(んぎゅ!? こ、コレットォ……)

(コレット? へ〜、意外と可愛い名前してるじゃん。それで、歳は? いくつ?)

(ひんっ♡ に、24……あああっ!)

(嘘つけ、サバ読むんじゃねぇ!)

(に、にじゅ……はちぃ!)

(へ〜、俺史上抱いた女で一番歳上だ。よかったね♪)

(な、何が……良いわけ……あっ、あっ♡ あ、あるかぁ!)


「この宿、壁薄すぎでしょッ!!」


(おいカティアうるさいぞ、気が散るだろうが! 隣の部屋まで聞こえてるぞ)

(あっ、あっ、あんッ♡)


「こっちのセリフなんだけどッ!?」





□◆ Tips ◆□

【セデラル大陸循環鉄道】

 セデラル大陸に存在する、大規模環状線。世界大戦時代に、ローレンシアに対抗する為の物資、兵器、人員を超国家的に円滑に輸送する為に建設された。

 元々軍用路線である為、基礎はしっかりしており、崩壊後の現在も、生き残った線路をギルドが整備して運用している。

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