第175話 さらばカナルティア

-14年前

@ウェルギリウス孤児院前


「いい? ここで待ってるのよ」

「うん!」

「ごめん、ごめんね……必ず迎えに来るからね……」


 どんよりとした天気の中、一組の母娘が孤児院の前で何やらやりとりをすると、母親が娘を置いて足早に去っていった。よくある、子捨てである。

 社会保障の無い崩壊後の世界では、この様な光景は珍しくない。むしろ、このカナルティアの街は、孤児院がある上に治安が比較的良いのでまともな方である。本来なら親に捨てられた子らは浮浪児となったり、奴隷として捕まったりと酷く凄惨な目に遭う運命だ。

 この母親も、我が子がそうなるよりは……と考えたのだろうか。孤児院である教会の前に子供を置いて、どこかへ行ってしまった。


「〜〜♪」


 そうとも知らず、置いていかれた女の子は教会の階段に腰掛けながら、ご機嫌に鼻唄を歌っていた。だが、女の子がいくら太陽の様に明るくても、天気は空気を読んではくれなかった。

 ポツリと空から雫が落ちたかと思うと、天気はあっと言う間に雨へと変わった。ずぶ濡れになり、辺りが暗くなりにつれ、女の子は不安に駆られる。


「ぐすっ、おかあさん……」

「おい、こんな所で何してやがる?」

「わっ!? ふぇぇ、こわいぃ……」


 そんな女の子に、教会から出てきた男が声をかける。男は、神父の格好をしてはいるものの、ドスの効いた低い声と厳つい風貌をしており、女の子を驚かせた。そう、あのジェイコブ神父である。


「……あん? テメェ、うちのガキじゃねぇな。ずぶ濡れになって何してんだ?」

「い〜ッだ! こわいひととは、はなしちゃめって、おかあさんいってたもん!」

「……で、そのお母さんってのはどこにいんだ、え?」

「おかあさんはね、ちょっとでかけるって……。だから、わたちおるすばん……」

「チッ、また捨て子か……ウチは慈善事業じゃねぇんだぞ、まったく……」


 男は女の子の手を掴むと、教会へと引っ張っていく。その姿は、側から見れば幼女誘拐の光景であった。


「なに!? やぁッ!!」

「おら、暴れんなクソガキ! こんなとこにいたら、風邪ひくだろうがッ!」

「や〜だ〜ッ!! おかあさんたすけて! ゆうかい〜、らち〜、みのちろきん〜ッ!!」

「人聞き悪い事言うんじゃねぇッ! いいか、良く聞け……お前は親に捨てられたんだよ!」

「ふぇ?」

「あ〜、だからな……お母さんは、お前の事いらないからバイバイしたの! わかる!?」

「やだぁぁぁ、お゛か゛あ゛さ゛ぁ゛ぁ゛んッ!!」

「だぁぁッ、うるせぇッ!!」


 そう言うと、神父は暴れる女の子を抱きかかえると、教会へと帰っていく。


「むーッ、むーッ!?」

「おう、帰ったぞ!」

「神父、どうでしたか……?」

「捨て子だな。テメェの言う通りだったな、フェイ」

「……もっと早く神父を呼んでこれれば」

「コイツが親に捨てられ無かったってか? んな事ねぇよ、どうせ勝手に置いてくか、俺に頼んで置いてくかの違いだ。コイツは結局捨てられただろうよ」

「むっ!? むーッ!!」

「……」


 神父が教会に入ると、眼鏡をかけた少女がタオルを持って出迎えた。幼い頃のフェイ(7)その人である。彼女が教会前で様子のおかしい母娘を見つけ、神父に報告したのだ。フェイは女の子を憐れむように、哀しげな視線を向ける。

 神父は抱えた女の子を床に放り投げると、フェイの持っていたタオルで濡れた頭を拭く。


「びぇぇぇんッ!! ゆ゛う゛か゛い゛さ゛れ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

「うるっせぇな、なんだこのガキ!? フェイ、コイツを風呂に入れてこい。テメェが見つけたんだ、テメェの班で面倒見ろや」

「えっ……は、はい!」

「びぇぇぇッ! みのぢろぎんどられで、せいどれいにざれぢゃうぅぅぅ!」

「……変な言葉知ってんな、このガキ」


 神父は、女の子の言動に呆れながら自分の部屋へと帰っていく。残されたのは、泣き喚く女の子とフェイの二人であった。


「びぇぇぇッ! うぇぇぇぇんッ!」

「泣かないで、大丈夫だから! あ、そうだお菓子食べる?」

「ぐすっ……おかち?」

「ちょうどさっき、ベアトリーチェさんがクッキー持ってきてくれたの。ほら、食べる?」

「くっきー!? くっきーたべる!」

「よかった、泣き止んでくれた……。はい、お一つどう……」

「ありがとう、おねえたん!」

「えっ……あっ、ちょっと! 一つだけだって……」

「バリボリ……う〜ん、おいちい♪」

「ああ、私のクッキーが全部……楽しみにしてたのに……」

「あいがと、おねえたん!」

「ど、どういたしまして……。ところで、あなたのお名前はなんて言うのかな?」

「わたち? わたち、カティア!」



 * * *



-某日

@レンジャーズギルド 支部長室


「いやはや、こうして君の元気な姿を見れて安心しましたよ」

「どうだかな……。で、話って何だ?」

「まずはスーパーデュラハンの討伐、ありがとうございました。詳しい話を聞きたいところですが……」

「いや〜驚いたよ。まさか、山ん中に崩壊前の爆弾があったとは……」

「……報告では、地殻変動だったと聞きましたが?」

「あ〜、そうだったかもしれん」

「はあ……もういいです」


 ふっ、勝ったな。これも日頃の行いの賜物だろう。俺はいつも支部長に対してはこうして、答えたく無い事や都合の悪いことは、適当な事を言ってきた。それはつまり、俺の報告には嘘が多分に含まれており、あてにならないという事になる。そんな報告をいちいち聞いてるほど、彼も暇ではないのだろう……今もこうして、聞き取りを断念したようだ。

 とは言え、それだけだとクソ野郎だ。その点、俺は結果を残している。何の文句もあるまい。


 それにしても、復帰早々に呼び出されるとは……こいつには怪我人を思いやる心が無いのか? まあ、もう完治してリハビリも済んだので、以前と変わらずに動ける。だが、崩壊後の世界だと、まだ治っているか怪しい所だと思うのだが……。


「それで、本題は?」

「君の活躍がギルド本部に認められました。今日付で、君はAランクに昇進です」


 そう言うと、支部長は呼び鈴を鳴らす。すると、部屋の中にトレーを持ったアレッタが一礼して入ってくる。そのトレーの上には、つやのない淡い鉛色のドッグタグが載せられていた。

 かつて、ガラルドも付けていたAランクの証……チタン製のドッグタグだ。それを手に取り眺めた後、俺はそれを首に付ける。


「お似合いですよ、ヴィクターさん!」

「ありがとう、アレッタ」

「おめでとう……と、言いたいところですが、君の昇進には少々問題がありましてね?」

「何だよ、水差しやがって」

「君はこの一年で、FランクからAランクまで異例の昇進を果たしました。その実力は私も確かだと思いますが……」

「そう思わない連中もいるって事か?」

「概ねその通りですね。そこで、君にはやっていただきたい事があります」


 そう言うと、支部長は一通の封筒を俺に手渡した。


「何だこれは?」

「ギルド発行の通行証です。実は、君はギルド本部……ギルドマスターから、名指しで呼び出しを受けています」

「ギルドマスターね……」


 ギルドマスター……レンジャーズギルドの最高権力者ってやつだ。ギルドは謎が多い組織だ……何が目的で動いているのか、気にはなっていた所だ。

 ギルドマスターとやらに会えれば、分かることはあるかもしれない。


「そいつは何処にいるんだ?」

「ギルド本部……アメリア大陸、ポートバベルです。分かりますか?」

「ああ、海を越えなきゃならんな。例の飛行機は使えないのか?」

「申し訳ないですが、あれはそう簡単には飛ばせないので……。そこで、その通行証です」

「これか?」

「オカデル回廊を抜けて、鉄道で東のセデラル洋に出ます。そこからはギルドの連絡船でアメリアへ向かって下さい。その通行証があれば、鉄道も船も便宜を図ってくれるはずです」

「そんな物まで運営してるのか……」

「それから君にはその道中、各地の支部で依頼を受けていただきたいのです」

「実績作りってやつか?」

「その通り。本来、Aランクに昇進するようなレンジャーは、各地を旅して実績を作るものです。順序は異なりますが、君にもやっていただきたい」


 本来、Aランクに昇進するような困難な依頼というものは少ない。むしろ、あったら困る。向上心のある奴らは、各地を旅してそうした依頼を探すのだろう。

 俺の場合は運のいい事に……いや、不運にも様々な事件が連続して起きた為に、カナルティアの街を出ることなく、実績が作れてしまった訳だ……。だが、そうは問屋が卸さないのだろう。


 しかし、俺にはわざわざそんな危険を冒してまでギルドマスターに会う気はない。多少、ギルドの行動には疑問を抱くことはあるが、それらは全て世界の秩序を守ろうとしていると考えれば、納得できる事だ。

 崩壊前の兵器、遺物を多数運用しているからといって、世界の敵になるような連中では無いように思える。少なくとも、俺とノア6には害は及ばないだろう。無理に連中の目的を知る必要は無いのだ。知らぬが仏という言葉もある、今回は辞退しよう。


「悪いが、この話は無かった事にしてくれ」

「え? いやいや、それは困ります!」

「困ってるのはこっちの方だ。怪我人を呼び出したかと思えば、世界の裏側まで旅をしろだ? こっちは嫁だっているんだぞ!」

「ああ、そう言えばフェイ嬢との結婚、おめでとうございます。式はいつあげるんです?」

「……そのうちな。とにかく、今回の話はナシだ。じゃあな」


 そう言うと、俺は貰ったドッグタグを置いて、部屋を出ようとする。


「……そうそう、アーノルド君から君へ伝言がありました」

「ん、誰だそいつは?」

「お、お忘れですか? 治安維持部のアーノルド・ブラウン……スーパーデュラハンの件で、本部から来た」

「ああ、あいつか……覚えてる。そいつが俺になんだって?」

「ギルドマスターから君に伝言だそうです。『腹筋は割れたかな?』だそうですよ」

「……はあ?」

「何かの暗号ですかね? 心当たりありますか?」

「何を言ってるんだそいつは? ……いや待てよ」


 そういえば、一つだけ心当たりがある……。


(まあ、軍で体を鍛えれば、新しいアイデアも生まれるでしょ! あっ、腹筋バキバキになったら触らせてネ♪ じゃ、バイバイ〜!)


 あれだ。俺が大学の教授に騙されて、軍に売られたあの時だ。だが、俺にとっては1年ちょっと前の話でも、実際には211年も昔の話だ。人間はそう長生きできない。

 崩壊前なら不可能ではないのかもしれないが、今は崩壊後だ。サイボーグ化や、臓器の新規再生置換などをしていても、それらを維持する為の医療機器や装置は、そのほとんどが失われているはずだ。


 現実的に考えれば、ギルドマスターとやらがあの時の教授である可能性は低い。だが思い出せば、ギルドは崩壊前の遺物を潤沢に揃えていた。

 そして、ギルドマスターは俺を名指しでこの意味深なメッセージを伝えている……少なくとも、奴は俺の事を少なからず知っていると考えていい。


「どうされました?」

「いや、何でもない。気が変わった」


 俺は、置いたドッグタグを再び手に取った。



 * * *



-翌日

@ノア6 会議室


「ええっ!! ほ、僕……また捨てられちゃうんですかッ!?」

「ミシェル、人聞きの悪い事を言うな! 誤解だ、落ち着け!」

「ぼ、僕の何が悪かったんですか!? ま、まさか……昨日のステーキの焼き加減が、お気に召さなかったんですか!?」

「ミシェルの事がいらないなら、わたくしが貰い受けますのッッ!!」

「違う、あれは美味かった! じゃなくて落ち着け! それからミリア、お前は黙れッ!」

「ヴィクターさん、僕の裸見といてそれは酷すぎます! 僕、もうどうしたら……グスッ……」

「ミシェル、誤解を招く言い方はやめような? 泣くなって、本当に落ち着いてくれ!」


 今回、俺はギルド本部へと旅立つことを決めた。当然、行くのは俺一人だ。危険な旅になるので、カティアやミシェルを連れては行けない。正直に言えば、足手まといになる恐れもある。もちろん、ミリアは論外だ。

 俺が抜ける事にはなるが、彼女達は俺無しでもやっていける筈だ。カティアは元々ソロだったし実力はある、ミシェルにはチャッピーがいる、ミリアも頭が良い。皆には、ノア6での訓練の他に、装備も揃えている。相応の活躍はできるはずだ。

 別にだからと言って、解散する訳ではない。俺が帰ってくるまで、一時的に別行動をとってもらうだけだ。


 その旨を伝えるべく皆を招集したが、ミシェルが過剰に拒否反応を示した。恐らく、クエントに捨てられた事がトラウマになっているのだろう。普段の彼女からは見られない、酷く焦った態度だ。

 一方、酷く取り乱すと思っていたフェイは、意外にも落ち着いている。


「そう、やっぱり行くのね。いってらっしゃい、あなた。留守は任せてね」

「……なんか、随分と落ち着いてるな? もっと驚くと思ってたが」

「実は、ギルドでそんな話は聞いてたの。黙っててごめんなさい」


 フェイはギルドの受付嬢だ。今は、グラスレイクの出張所に正式に転属になったようだが、俺がギルド本部から呼び出しを受けているのを知っていてもおかしくない。

 俺に伝えなかったのは、守秘義務というやつだろうか? もし事前に知っていたら、ギルドに顔を出すのがもっと遅れたかもしれない。


 もう冬も明け、春が訪れる時期だ……。旅立つには丁度いい頃合いだろう。


「……ねぇ、ヴィクター」

「なんだカティア?」

「決める前に、少しは皆に相談しても良かったんじゃない? 本当に一人で行く気?」

「ああ、そのつもりだ。悪いが、ミシェルを頼むぞ」

「そう……もう知らないから!」

「色々と楽しかった。世話に……いや、世話をしたのは俺の方な気がするな……」

「このバカ! ふんっ!」

「……何イラついてんだ、アイツ?」


 カティアは苛立った態度を隠さずに、部屋を出て行った。確かに、初めはカティアと組んでいて、一緒に仕事をした時間は一番長い。きっと、自分が一番のパートナーとか思ってたのだろう。正直、助かった場面もあったが、それ以上に彼女の尻拭いをした方が多かった気がする……いや、多かった。

 彼女は、ガラルドの忘れ形見という事で色々と目を掛けてやったが、もう充分だろう。一人でもやっていけるはずだ。それにジュディ達もいるし、何かあった時は頼れるだろう。俺がいなくても大丈夫なはずだ。義務は果たした。


「てな訳で、急に悪いがそう言うことでよろしくな!」

「でも、旅立つ前にやる事はやってもらうからね?」

「ん、なんだフェイ?」



 * * *



-現在

@ウェルギリウス孤児院 教会


──リンゴーン、リンゴーン!


 あれからはや数日……俺は正装して、教会にいた。目の前には、ジェイコブ神父が立っている。今日はいつもの革ジャンや、サングラスをしておらず、きっちりと神父の格好をしている。


「……何これ?」

「テメェらの結婚式だろうが、何言ってやがる?」

「いや、それは分かるが……」

「ほら、しゃんとしやがれ! もう来るぞ」

「慣れてるんだな?」

「そりゃ、神父だからな」


 そう、俺は結婚式に参加していた……しかも主役として。俺は、神父の前で新婦を待っている。ダジャレではない。

 まさか出発前に、フェイに結婚式をねだられるとは思わなかったが、彼女とは書類の上では既に夫婦だ。正直、未だに実感が湧かないのだが、周りに女が多い為仕方がない。こんな事になるとも思わなかったし……。


 そんな最低な事を考えていると、背後の教会の扉が開かれ、参列者達の拍手と共に、フェイと支部長がヴァージンロードを歩いてくる。フェイは、いつぞやモニカが仕立てていたウェディングドレスを身に纏っており、その普段と違う美しさに思わず息をのんでしまう。

 その前後をフラワーガールやトレーンベアラー役の子供が付いている。この子達は孤児院の子供達らしく、それなりにギャラを要求された。聞けば、こうしたイベントは孤児院にとって稼ぎどきらしい。

 フェイが段々と歩いてくるにつれて、心臓が高鳴ってきた。


「や、やべえ……なんか緊張してきた」

「そういう時はな、自分が一番うんざりした時の事を考えるといい」

「うんざりした事ねぇ……」


(ヴィ〜クタァ〜ちゅわ〜〜ん♥)


「……うげ」

「あん、どうした?」

「何でもない、ちょっと嫌なこと思い出した。だが、確かに落ち着いたな」


 よりにもよって、ゲイ教官の事を思い出しちまった……。まあ、奴はもうこの世にはいないので、もはやどうでもいいのだが。

 そんな事をしている内に、フェイが俺の隣に立った。


「お待たせ♡」

「あ、ああ……」

「どうしたの?」

「い、いや……綺麗だなって思って」

「ふふ、ありがとう♡」

「あ〜……ごほん、始めるぞ? この度、二人は結ばれん。今ここに、神の御前にてその契りを示せ。汝ら、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか? 新婦フェイ」

「誓います」

「新郎ヴィクター」

「誓います」

「よろしい。今この瞬間から、汝らは神の名のもとに夫婦となった。死が二人を別つまで、その契りは破られる事はないだろう……」




 その後、誓いのキスやら指輪交換を済ませ、列席者の拍手を受けながら退場する。列席者は、ロゼッタを始めとしてノア6関係者一同の他、警備隊のおっさんや、ブランドール商会のパウル、グラスレイクの司教など、俺と関わりのあった面々が参加してくれている。

 この式の後、俺は直ぐに旅立つ事になっている。正直言って、式など挙げたりしたら、その後色々と(フェイとイチャイチャしたりで)出発が遅れてしまいそうだったので、帰ってからにしたかった。


 だが、周りの視線が痛かったのと、フェイがせがんだ事、ロゼッタも賛同したことから、式を挙げる事になった。まあ、確かにケジメは必要だろう。

 式を終えた俺は、列席者と挨拶を交わしつつ、教会前に停めてある車へと向かう。



「それじゃ行ってくるな、フェイ」

「行ってらっしゃい、あなた」

「寂しくなるな」

「いつでも連絡できるから、大丈夫よ。グラスレイクの事は任せてね」

「ああ、またな」

で、待ってるからね」




「おめでとうございます、ヴィクター様。結婚は、人生における一つの通過点と聞きます。貴方様の旅路に、幸のあらん事を……」

「ありがとう、ロゼッタ」

「それに、結婚を控えた兵士が死亡する確率は、それ以外の兵士と比べて有意に高いという統計があります。今の内に、既婚者になるのは得策だったかと」

「え、そうなのか!? そんなデータあったかな……」

「映画ではそうでした」

「ああ、そっちの話か……もう、統計取れるくらい観てるのか。道中暇な時に、映画の話でもしよう。そういや、まだあまり話した事無かったな」

「ええ、是非! それでは、行ってらっしゃいませ」




「うぉぉぉ、弟子ぃぃぃッ! 見せつけてくれやがって!」

「アンタももう歳なんだから、そろそろいい女見つけるんだな、おっさん」

「俺はまだ30代だ! それに今は市長の仕事が忙しくて、それどころじゃねぇよ!」

「隊長、流石にその歳で独り身ってのは誇れないと思いますよ? あいたっ!?」

「うるさいぞ新入り! まあ、なんだ……寂しくなるな」

「そうか? 別に今生の別れって訳じゃないんだ。ちょっと、ギルド本部まで行って帰ってくるだけだ」

「そうは言うがなぁ……」

「大丈夫ですよ、隊長! ヴィクターさんは、あのガラルドさんのお弟子さんなんですから!」

「ん、んな事は分かってるよ! だ〜とにかくだ、無事に帰ってこいよ!」

「ああ、街の事は任せたぞ!」

「へっ、言われなくても! それが、俺達の仕事だからな」




「ヴィクター様、どうかお気をつけて……」

「ああ、グラスレイクの事は任せたぞ司教」

「はい。今は、ミリア様のお力添えもあり、事業が軌道に乗りつつあります。マスク教も、教典が増産されて布教の用意も整っております。ご安心ください」

「あ〜、ミリアな……あいつには気をつけろよ? 絶対に目を離すなよ!」

「は、はぁ……?」

「それから、宗教活動はほどほどにしろよ?」

「はい、もちろんです! ほどほどに布教する予定です」

「ならいいんだが……」

「ええ、ほどほどですよ。ほどほどに……ふふ」

「……本当にほどほどにな?」




「帰って来たら、是非の話を聞かせて下さいね」

「何だ、この街の商売だけじゃ物足りないってか?」

「いや〜、商会も今忙しいですからね。今ウチに、そんな余裕はないですよ、ハッハッハッ」

「皮肉か? ライフルの販売を押し付けて悪かったな」

「いえいえ、お陰で大繁盛ですよ! ……まあ、連日入荷はまだかと色々な方々が押し寄せていますがね」

「そりゃ悪かったな」

「それから、グラスレイクとの交易はお任せを。ですが、今更ながら我がブランドール商会に独占させて良かったので?」

「他の奴らは知らん。少なくとも、知ってる奴の方が信用できるだろ?」

「そんなものですかねぇ……」

「とにかく、よろしく頼む」

「ええ。最近じゃ、ウチのアレッタがお宅のミリアちゃんと、随分と仲が良いみたいで。きっと上手くいきますよ!」

「ああ、遅かったか……」

「えっ……」




「ヴィクターさん、フェイさん、おめでとうございます!」

「ありがとう、ミシェル。その……急に悪かったな」

「いえ、ヴィクターさんなら大丈夫ですよ! 信じてますから、無事に帰って来てくださいね! ……次は、僕の番ですから」

「ん、何か言ったか?」

「い、いえ何でもないです! 帰ってくるまでに、ミリアとランク上げ頑張りますね!」

「無理はするなよ? 困ったらロゼッタとか、ジュディ、チャッピーを頼るんたぞ」

「はい!」




「ジュディ」

「無理しないでね? また怪我したら承知しないから!」

「分かってるよ。んじゃ、ガレージとモニカ、ミシェル達を頼むぞ」

「……待って!」

「うん?」

「……チュ♡」

「プハッ! お、おい離れろ……俺は新郎だぞ、一応!」

「関係あるかそんなの! ヴィクターは、アタシのだかんな! 絶対帰って来てね!」

「お、おう……任せとけって! またな」



 挨拶もそこそこに、車に到着した。今回は一人旅だ。車は、今回の旅用に新たに用意した。“ハウンド”をベースに改造した、小型のキャンピングカーだ。

 カイナには、【ドッグハウス】と言う名前をつけられてしまったが、我ながら良い出来だ。悪路も走破できそうだし、居住性もアポターと比べれば劣るが、車体が小型な分小回りがきく。

 万一に備えて、武器や弾薬なんかも積んである。備えはバッチリだ。


「あっ、ご主人様っす!」

「おめでとうございます」

「車の番任せて悪かったな、カイナ、ノーラ」

「大丈夫っすよ、車の中で中継映像観てたんで!」

「二人とも素敵でした」

「う、ウチらも期待して良いんすよね!? あいたッ!」

「そう言うのは、俺を満足させてから言うんだな」

「むぅ、頑張らないと……」

「そ、そんな……酷いっす!」

「そういや二人とも、カティア見てないか? 式の時も見かけてないんだが……」

「え? い、いや〜ちょっと分かんないっすね! ははは……」

「……」

「そうか。あいつ、まだ怒ってるのか……しばらく会えなくなるから、最後くらい挨拶したかったが……。まあ、仕方ないな」


 カティアとは、喧嘩別れになってしまったようだ。別に喧嘩した訳では無いが、ちょっとモヤモヤする……。

 そんな事を思いつつ、車に乗り込んでウィンドウを開ける。


「んじゃ、行ってくるな!」

「お土産よろしくっす!」

「旅行じゃないんだぞ、まったく……。二人とも元気でな!」



 * * *



-日没

@セルディア平原部


 あれから車を飛ばしてしばらく、日も落ちてきた頃合いだ。近くの村や居住地までは、まだ距離がある。今日はもう、休むとしよう。


「しまった、晴れ着のままだったな……。さっさと着替えちまわないと」


 気づけば、先程の結婚式の格好のままだった。車を道から外れた所に停めて、服を着替える為にキャビンに移る。

 そこで俺は、見慣れない箱を目にした。いつぞや、ジュディを閉じ込めた例の軍用コンテナだ。


「あれ、こんなの積んだっけか?」


 こんな物積んだ覚えはない。少なくとも、出発前の最終チェックでは無かった。……とにかく、嫌な予感がする。何故なら、車のエンジンが停止しているのに、箱が小刻みにカタカタと揺れているのだ!

 しかし、確認しない訳にはいかないだろう……。


「な、何だこれ?」


 試しに箱を蹴って見ると、中からは人間が出てきた。しかも、見知った顔だ。


──ガバッ!


「うおっ!?」

「おっそ〜いッッ!! さっさと気付きなさいよッ!」

「か、カティア!? お前、何やってんだよ?」

「そ、そんな事より、と、トイレ……漏れそう……」

「……さっさと行ってこい!」



   *

   *

   *



「……で、一体何の真似だ?」

「私も一緒に行く! どうせ一人で寂しいでしょ?」

「ふざけるな! 俺一人で行くと言っただろうがッ!」

「じゃあ、勝手に付いてくから!」

「はぁ、あのなぁ……仕方ない、この際ハッキリ言うぞ。足手まといだ、付いてくるな!」

「ッ!? そ、そうね……分かってるわよ、そんな事……」

「分かってるなら、今すぐ帰れ! 全く、どういう顔して戻ればいいんだ……」

「待って! カナルティアには戻らないで」

「何だ、歩いて帰る気か? もう、結構な距離来ちまってるぞ?」

「帰らないわよ」

「はぁ?」


 するとカティアは俺に向き直ると、意を決したように話し出す。


「お願い、連れてって!」

「だからダメだって言ってるだろ、しつこい奴だな」

「お願いします……」

「畏まってもダメなもんはダメだ」

「足手まといなのは分かってるわよ。でも、ホントにそう?」

「どういう意味だ?」


──パチ、パチ、シュルル……


「お、おい何脱いでるんだ!?」

「ど、どうせ一人だとその……処理とかもできないんでしょ? わ、わたしがや……やってもいい……わよ……」

「お前、大丈夫か? 顔めっちゃ赤いぞ」

「うるさいッ!」

「だがそうだな……」

「あっ……」


 カティアの顎に手を添えて、顔を上げさせる。頬を紅潮させ、緑色の瞳が潤みながらこちらを覗いている……。


「確かにカティアの言う通り、女旱おんなひでりが続く可能性もあるよな。その時は容赦しないぞ? それでもいいのか?」

「あ、あぅ……」

「何だったら、今からヤられても文句ないよな?」

「きゅう……」

「まあ、冗談だけどな」


 カティアを解放する。彼女はガラルドの忘れ形見だ、手を出す予定は無い。

 解放されたカティアは、後退りすると俺のことを一瞬睨み、ハッとすると、その後また真剣な眼差しに戻った。どうも、本気で付いてくるつもりらしい……。


「何でそうまでして……お前もランクアップしたいとかか?」

「それもあるけど……ある人をね、探したいの……」

「人探し? 一体誰を……」

「……私の、お母さんよ」


 カティアは孤児だ。何らかの理由で親と死別するか、捨てられるかしているのだろう。この場合は、後者だろうか?


「って言ってもな……まだカナルティアの街にいるかもしれないだろ?」

「探したわよ! 依頼で色んなところも回った。けど、それらしい手がかりはなかったわ。残るは……」

「セルディアの外……って訳か」

「正直、一人だとお手上げだった……。けど!」

「俺が旅に出ることになったと」

「ええ、そうよ……。この機会を逃したら、もうチャンスは無いかもしれない。私はヴィクターの話を聞いて、今しかないと思ったの」


 生き別れになった母親を探す、か……。言うのは簡単だが、この崩壊後の世界で、何の手がかりも無く探すのは困難だ。


「で、探すにしても手がかりはあるのか?」

「……正直ないわ、別れた時はまだ小さかったしね。ただ、私と同じで瞳が緑色をしてた。それは覚えてるわ」

「それだけか? 確かに珍しいが、緑色の瞳の人間なんて探せばそれなりにいるだろう」

「それは……そうなんだけど……」


 それに、口にはしなかったが生きているかも怪しい……。野盗やミュータント、病気など、崩壊後の世界には死亡原因は腐るほどあるのだ。

 さらに、よくある話だが、今はその母親とやらも幸せに暮らしているかもしれない。そこへ、過去の汚点とも言えるかもしれないカティアがやって来て、どうなるか考えたくもない。


「第一、自分を捨てた親だろ? 今更会いたいとは思わないけどな、俺は」

「私は会いたい。会って何かをしたいとか、そういうのじゃなくてね? 何かこう……自分が何者なのかとか、父親はどういう人なのかとか、どんな思いで私をこの世に産んだのか……そういう事がわかる気がするの」

「……想像の何百倍も酷い答えが返ってくるかもしれないぞ?」

「それならそれで良いの……私は実の親がクソで捨てられた、孤児院で育った娘ってだけ。もしお母さんが死んでるなら、それはそれで踏ん切りがつくわ。知らないのが一番モヤモヤする」

「そうか」

「……自分でも何言ってるかよく分からないんだけど、とにかくそういう事。だから、お願い……私を連れて行って!」


 カティアの母親を探したいという想いと、俺の旅に同行させる事は全く関係がない。俺の旅の目的と、カティアの目的は異なる。まあ、ついでのようなものではあるが……。


「……ああくそ! 分かった、勝手にしろ!」

「本当に!? ありがとう、ヴィクター!」

「ただし、ふざけた真似したら速攻で送り返す! いいな!?」

「わ、分かった……」


 多分、彼女は俺が首を縦に振るまで折れない。確かに彼女の言う通り、しばらく一人になる。気を紛らわせるのにはいいかもしれない。

 最悪、いざという時の性的な非常食にはなるか。何度も言うが手を出す気は無いが……。


 こうして、カティアが旅の仲間に加わった。まあ、元から仲間なんだけど。





□◆ Tips ◆□

【ドッグハウス】

 ヴィクターの、ギルド本部までの旅に使用するべく用意された車。ハウンドをベースに改造しており、居住性を向上させるべく、後部座席と荷台を撤廃し専用のキャビンを設置しており、小型のキャンピングカーと化している。

 その経緯と外観から、ドッグハウスと名付けられた。命名者はカイナ。

 ヴィクターの一人旅を想定しているが、愛人を現地調達する事を想定して、3〜4人位は同乗できる。(ヴィクター以外は女性である事が条件)

 ウィンドウは偏光加工してあり、外から中は見えないようになっている。


[モデル]ジープ・ラングラー Outpost Ⅱ

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