第172話 親衛隊の亡霊

-冬 某日

@モルデミール辺境の村近くの平野


《オラオラオラ、どうしたどうした!》

《撃て撃てッ! 数で圧倒しろっ!》


──ズガガガガッ!

──ドカンッ! ドゴンッ!


《パープル03、通信途絶ッ!》

《クソ!》

《こちら、パープル02! 被弾した、動けないッ!》


 雪が降り辺りが白く染まる平野にて、砲撃や銃撃による爆音が響いていた。

 戦闘を行っているのは、モルデミール残党軍のAM部隊と、背後にある村を守るように立ち塞がる新生モルデミール軍のAM部隊である。戦闘は、数で勝る残党軍が有利なようで、新生軍のAM部隊はその数で圧倒されつつあった……。



《パープル04、パープル02のカバーに入れ! 本部、こちらパープル01……敵は中隊規模ッ! 聞いてるか、敵の大攻勢だ! 至急増援を求むッ!!》

《本部よりパープル01……増援は出せない、現状の戦力で対処せよ》

《ふざけるなッ! こっちは小隊、しかも損害が出てるんだぞッ! 鉄巨人の中隊相手に特攻でもしろってか!?》

《た、隊長……あれをッ!》

《なに!?》


 部下に促され、パープル01はモニターを確認する。すると、敵のAMの背後に複数の車両群が雪煙をあげて、文字通り村に雪崩なだれ込まんと迫っているのが見えた。


《クソ、このままだと村が敵に喰われちまう! 本部、聞こえるかッ! 敵は鉄巨人以外にも、複数の車両を保有しているッ! 俺達だけじゃどうしようもないッ!!》

《現在、ギルドの戦力が撤退中だ……その抜けた穴をカバーすべく、街の防衛に戦力を割いている。現状、増援に回せる戦力は無い…………貴隊の奮……ザザ……武うんを……ザザザ……》

《おい、本部ッ!? どうした、何も聞こえないぞッ!?》

《ザザ……ザザザ……》

《クソ、どうなってやがるッ!》

《た、隊長……どうすれば……!?》

《ぬぐぐぐぐ……!》


 パープル01は、背後の村を見る。自分達が撤退すれば、あの村は残党軍の略奪に遭い、そこに住む者達共々消滅するだろう。

 パープル01は、再び目の前の敵を見据える。平野の向こう、降り注ぐ雪の奥に12機の鉄巨人が見える……とてもじゃないが、自分達に敵う相手ではない。


 本部との通信は何故か途絶してしまった上、味方も生死不明と行動不能になっており、まともに動けるのは自分とあともう一機のみ……戦況は絶望的であった。


(くそぉ……どうすればいいんだ!?)


 その時だった。無線から、聞き慣れない声が聞こえてきた……。


《よお、困ってるみたいだな? こちらゴースト01、助太刀する!》

《な、誰だ!?》

《隊長! 南方より、高速で接近する反応あり! 数は4、この反応は……鉄巨人ですッ!》

《なんだと、援軍か!? 出せないのでは無かったのか?》


 戦況はもはや決した。残党軍が勝利し、村は略奪に遭うだろう……誰もがそう思うであろう中、乱入者達が現れた。


──ゴォォォォッ!!

──ビュォォォッ!!


《な、なんだアレはッ!? た、隊長……アレは一体……》

《と、飛んでる!? 鉄巨人が、飛んでるだとぉ!? お、俺は夢でも見てるのか……!?》


 轟音と共に、4機のAMがパープル小隊の頭上を飛び去ると、敵部隊へと攻撃を仕掛けていく……。

 4機は地表スレスレを浮遊しながら敵部隊に接近し、スラローム走行の如く蛇行しながら所持している機関砲を発砲する。崩壊後のAMでは不可能に近い、移動しながらの射撃に加え、その高速かつ機敏な動きに、残党軍のパイロット達は愕然とした。

 

《な、なんだコイツらの動き……うおっ!?》

《速い! 照準が追いつかない!!》

《動きながら撃ってくるぞッ!? 何だこの動きは、どんな魔法を使ってやがるんだッ!?》

《クソ、味方がやられてるぞ! 何だあの武装は!?》

《囲め! 複数機で仕留めろッ!》

《ま、また飛んだぞ……ギャァァァッ!!》

《ダメだ、包囲できない!》


 飛来した4機は、次々と残党軍の機体を撃破していく。残党軍も奮戦するが、包囲しようとしても、敵はその場から飛び立ち、頭上から攻撃されたり、逆に背後を取られてしまい、まともに相手にならなかった……。

 そうしている間に、また一機、また一機と残党軍のAMが撃破されていく。そんな状態になってからはじめて、残党軍のパイロット達はようやく敵の正体を掴むのだった。


《こ、コイツらの機体……このカラーリングはまさか、親衛隊……!?》

《まさか、噂の“親衛隊の亡霊”……!?》

《親衛隊!? こ、交戦中の機体のパイロット、聞こえるか! 俺達は味方だ、モルデミールの復活の為に共に……ギャーッ!!》


 敵は、濃いグレーと随所に赤いラインが引かれている特徴的なカラーリングが施されたAM-5であった。そんな機体はモルデミールでも限られており、鉄巨人に乗る者なら誰でも知っている。

 かつて、選抜された者達だけに許された“親衛隊”の機体だ。


 親衛隊といえば、旧体制の象徴……デリック・エルステッドの側仕えであり、その守護者。実態は違うが、一般的にはその認識だった。

 当然、残党軍にとっては志を同じくする同志になる筈だが、親衛隊機は残党軍の話など聞く耳を持たないようで、攻撃を止める事はなかった……。


《クソ、問答無用かよ!?》

《親衛隊は味方じゃねぇのか!?》

《だ、ダメだぁ……親衛隊に敵いっこねぇ! おらぁ、逃げ……ぎゃッ!!》


 戦闘はあっという間に終結した。飛来した4機が、残党軍のAMを駆逐したのだ。しかも彼らは、AMのコックピットブロックを狙い、正確に仕留めていた。敵のパイロットは、皆殺しにされただろう……。


《た、隊長……?》

《助かった、感謝する! それにしても、その機体は一体……》

《そんじゃ、後は任せる! 達者でなッ!!》


──キュィィビュゴォォォォッ!!


《あ、ちょっと!》


 かつての親衛隊のカラーリングもそうだが、あの圧倒的な機動性……まるで人間が動いているような柔軟な動きと、この飛翔能力……自分が知ってる鉄巨人ではない。

 聞きたい事は色々あったが、彼らは颯爽と飛び去ってしまい、降り注ぐ雪の向こうへと消えていった……。


《……ザ……ザザッ……ル01! パープル01、応答しろッ! こちら本部、戦況を報告しろッ!!》

《なんだ、今になって? こちらパープル01、どうぞ》

《パープル01、生きていたか!? 通信が途絶したから心配したぞ!》

《そりゃどうも》

《それより喜べ、増援が認められたぞ! 貴隊は指定のポイントまで後退せよ! ……よく耐えたな、あと少し頑張ってくれ》

《いや、その必要はない。もう増援は来たからな! 全く、あんな部隊がいるなら本部も早く寄越せってんだ》

《……パープル01、何を言っている? 敵はどうした?》

《敵? 敵なら増援に飛んで来た奴らが片っ端からやっつけちまったよ! 車両も、尻尾巻いて逃走中だ! おたくらが寄越したんだろうが?》

《……確認した。パープル01、増援部隊はまだ街を出てないそうだ。貴様は何を言っているんだ?》

《なっ、そんな筈はねぇ! 俺達の所に飛んできたんだぞ、見間違う訳ねぇ!》

《パープル01、鉄巨人は飛ばんだろう……》

《だから、飛んできたって言ってるだろうが! 本部が寄越したんじゃねぇのかよ!? 濃いグレーに、赤いラインの入った機体だよ! ほら、あの親衛隊の機体みたいな!》

《親衛隊……はぁ、またか……》

《確か、そうだ! ゴースト……そう、ゴーストとかいう部隊だ! そう名乗ってた!》

《話したのか、そのパイロットと!? ああ、ちょっと待て…………確認した。パープル01、モルデミールに『ゴースト』なんて部隊名は無い。過去も、現在も含めてな》

《なんだって!?》

《それからパープル01、貴様には虚偽の報告をして軍を混乱に陥れた疑いがある。すぐに帰投して、憲兵隊による事情聴取を受けろとの事だ》

《なっ……俺は嘘なんてついてねぇッ!!》

《黙れッ! 貴様とはもう話したくも無いッ! こんな大事な時に、どいつもこいつも何を考えてるんだ、まったく! 皆、口を開けば親衛隊だと? いい加減にしろ! パープル01、とにかくすぐに帰って来いッ! これは命令だ、いいなッ!! 通信終了だ、このペテン野郎ッ!!》


 本部との通信を打ち切られたパープル01は、呆然と先程までの戦場を眺める。そこには、コックピットに穴が空いた無数のAMが、煙を上げながら転がっているのだった……。


《ゴースト……俺は、幽霊でも見てたってのか?》



 * * *



-某日

@モルデミール東部丘陵地帯 残党軍の拠点


「クソ、このままじゃ食糧が底をつくのも時間の問題だな……」

「こうなったら、打って出るしかあるまい」


 季節は本格的な冬へと突入し、残党軍は食糧や弾薬などの物資の枯渇に悩まされていた。クーデターから逃げる為に、持ち出せた物資は限られていたので、このままでは新生モルデミールと対決する前に、彼らは滅びてしまうだろう。

 そんな状況と、ギルド駐留部隊の早すぎる撤退により、モルデミール各地では残党軍の蜂起……各地の村への侵攻・略奪が頻発していた。


 そんな中、彼らの部隊もまた、近隣の村へと攻め入ろうと会議を開いていたのだ。


「しかし、攻め入るにしてもギルドの存在が厄介だ。襲撃を察知され、反撃されたら堪らん」

「二度も我らは、奴らに煮湯を飲まされておりますからな」

「知らんのか? 潜伏させてる諜報員の話では、ギルドは現在撤退作業中との事だ」

「それは本当か? だとしたら、今はまさに好機だな!」

「……それに、うちには切り札もいるだろう? ギルドが相手でも、不足は無かろう」

「確かに。期待してるぞ、ラムセン少佐。序列2位のその腕前、見せてやれ!」


 皆の視線が、一人の士官に集中する。かつて、あのギャレット・ロウに次ぐ腕前を持つと呼ばれた男……ラムセン少佐だ。彼は、皆の視線に応えるように、立ち上がる。


「我が隊の戦力は、敵の1.3……いや、1.5倍だと仮定してくれて構わない」

「「「 おおっ! 」」」

「だが、数の不利は覆らない。各個撃破ならともかく、総力戦ではこちらが不利になる。今は、散り散りになった仲間達との合流を急ぐ必要があるでしょう」


 ラムセン少佐……彼の腕前は確かであり、配下の隊員達も親衛隊程ではないが、精鋭揃いだった。

 そして、序列1位のギャレット・ロウが居なくなった今、ラムセン少佐が最強のパイロットであるのは確かであり、彼の部隊の存在は、残党軍にとっての切り札と言える存在となっていた。


「ラムセン少佐の言う通り、長期的に見て今の状況はよろしくない。局地戦では我々が有利な場面はあっても、モルデミールの市街地を落とすには、戦力不足だ」

「もし、逆に我らが各個撃破に至れば……」

「なに、案ずるな。敵も、この現状なら街をそう離れられまい。それに、我らにはラムセン少佐がいるではないか」

「それもそうだな……まずは散り散りになった同志との合流を急がなくては!」

「それに先立って、まずは食糧やら物資をかき集めなくてはな……」


──カンッカンッカンッカンッ! ピーーッッ!!


『敵襲だッ!! 鉄巨人の不明機が4機、こちらに接近中!』


 会議が終わらんとしていたまさにその時、監視台から敵襲を知らせる鐘とホイッスルが鳴り響く。


「敵襲だとッ!?」

「街を離れられないのではなかったか!?」

「ギルドか!? もうお終いだ〜!」


 指揮所が浮き足立つ中、ラムセン少佐がテーブルをドンッと叩くと立ち上がる。


「焦るな! 敵はたったの4機だ、どうにでもなる! それより、お偉方は避難した方がよろしい!」

「そ、そうだ! 我らには、ラムセン少佐の一個中隊がいるではないか!」

「そ、そうだったな……た、頼んだぞ少佐! 2位……いや、今や1位の腕前、期待してるぞ!」

「おい、私の鉄巨人を出す! 他の者も用意させろッ!!」



 * * *



-数分後

@モルデミール東部丘陵地帯


 スクランブル発進した残党軍のAM部隊は、丘陵地帯を走り抜け、不明機をその視界に捉えた。監視台の報告通り、不明機は4機……レーダーのIFF(敵味方識別装置)にも応答は無かった。

 新生モルデミール軍のAMは、残党軍との識別を図る為に既に全機がIFFを切り替えているので、残党軍のレーダーには応答が無い事が知られている。つまり、目の前にいるIFF反応の無い鉄巨人は敵として認識されるのだ。


《隊長、見えました! ッ……あ、あのカラーリングはまさかッ!?》

《し、親衛隊!? それに、先頭の機体……何だアレは!?》

《ま……まさか、噂の親衛隊の亡霊ッ!?》

狼狽うろたえるな! 総員、陣形を崩さずそのまま待機!》


 4機の不明機の内、1機は皆が初めて見るタイプの鉄巨人だった。機体はどことなく“AM-3 サイクロプス”の様だが、自分達のものと違い、背中によく分からない装置が取り付けられている他、左手が手ではなく、3本の爪やはさみの様な奇怪な物になっていた。

 さらに奇妙な事に、その取り巻きと思われる機体は“AM-5 アルビオン”であるが、かつての親衛隊機そのままのカラーリングをしており、装備している武装も見た事が無い物だった。


(まだ見つかっていないタイプの鉄巨人やその武装が、新たに発掘されたのだろうか?)


 そのようにラムセンが考えている内にも敵は接近を続け、お互いに機体を視認できる状態になった。しばらく睨み合っていると、意外にも敵機の方から通信が入った。


《どっかで見たエンブレムだと思ったが、もしやラムセンか?》

《なにっ……その声はまさか、ギャレットか!? 死んだと聞いていたが……》

《ははっ……死んでるさ、あの時の俺はな。今の俺は、さしずめこの世に未練を残した亡霊ってとこかな?》


 驚いた事に、声の主はラムセン少佐にとって長年のライバル……元親衛隊隊長、ギャレット・ロウその人であったのだ。


《ふん、去年の御前試合以来か……一応聞くが、私達と戦うつもりか? 仲間になる様には見えないが?》

《当たり前だろ。俺の未練は、強い奴と戦う事だぜ?》

《ならば容赦は不要だな! 全機、撃ち方用意ッ!!》


 ラムセンの号令で、全ての機体がギャレット達に砲口を向ける。


《悪いが俺は現実主義者でな。御前試合のような一騎討ちならともかく、戦場で貴様には負けん! 悪く思うなよ?》

《いいぜ、かかって来いッ! ファントム隊、作戦通りだ!》

《全機、撃ち方始めッ!! 撃ちまくれッ!》


 ラムセンの掛け声と共に、ギャレット機の前に他の機体が集まり、それぞれ大きな板の様な物を構える。


《盾のつもりか? だが、無駄な事だッ!》


──ドドドドドッ!!

──ズガガガガッ! ドゴーンッ!!


 十数機のAMによる一斉射撃が、親衛隊機を襲う。残党軍のAMは、その殆どが“30mmアサルトライフル”を装備していた。AM相手には若干火力不足ではあるが、十数機の一斉射であれば話は別だ。

 親衛隊改めファントム隊機に弾幕が張られ、機体の待つ盾に被弾して爆発、そして爆煙と土煙が舞い上がった。


《撃ち方やめッ!》

《やった……やったぞ!》

《親衛隊をやっつけた!? 俺達に敵はねぇ!》

《隊長、やりましたね! ……隊長? ラムセン少佐?》

《……ッ!? 全機、撃ち方用意ッ! 油断するな、来るぞ!》


──ドシ、ドシ、ドシ……


 土煙の向こうから、4機のAMが歩いてくる……親衛隊機だ。

 ギャレット機と思しき例の奇妙なAMの前方に、3機の“AM-5 アルビオン”が盾のような武装を構え、さながら太古のファランクスの様な格好で再び進撃を開始する。一斉射撃でも、彼らを撃破する事は叶わなかった様だ。


《クソッ、化け物めッ! 撃ち方始めッ!》

《うっし、反撃開始だ! ファントム全機、新装備の有効性を試す。兵装使用自由ウェポンズフリー、派手に行こうやッ!》


 両雄の号令の下、戦闘が再開される。ファントム隊機は、盾を構えながら、逆にある機体は盾を投棄して他の武装に持ち替えたりし、スラスターを吹かせながら地上を滑走し、残党軍に迫る。


《なっ、何だあの動きは!?》

《飛んでる!? て、鉄巨人が飛んでいるだとぉ!?》

《ダメだ、照準が合わないッ!》

《た、隊長!?》

《各自、白兵戦用意ッ! 各自、敵1機に対して複数機で対処せよ! 親玉は私がやる!》


 ラムセンは冷静に指示を下すが、その内心は焦っていた。敵機の見た事が無い機動、兵装……不確定要素の多いこの現状は、現実主義者の彼にとって混乱を生じさせる要因になっていた。


《なんだよラムセン? 一騎討ちはしないんじゃなかったか?》

《状況が変わった。貴様を倒せば、どうにでもなる!》

《頭とるってか? まあ、悪くない考えだ……だが、そうやすやす取れると思ったら大間違いだぜ!?》

《いくぞ、ギャレットォーッ!!》


 ラムセンの駆るAM-5と、ギャレットの駆るAMが対峙する。先に動いたのはラムセンだった。

 ラムセン機は、アサルトライフルを投棄すると、ハチェットを構えて突撃する。そしてそれに呼応する様に、ギャレット機は背部から青白い炎の噴流を噴き出したかと思うと、ラムセン機に迫った。

 ギャレット機は、“AM-3 サイクロプス”の改造機であり、背中の装置は推進剤タンクと、専用のスラスターだったのだ。まさかのギャレット機の行動に、ラムセンも驚愕した。


《なっ……貴様、その図体で飛べるのか!? だが、その図体では急には曲がれまい!》

《鋭いな、だがな……!》


──ガコンッ!!


 ギャレット機の特性を瞬時に見抜いたラムセンは、すれ違いざまに斬りつける様に位置どりする。

 だが突如、ギャレット機は背中の装置類を脱ぎ捨てた。そして、投棄寸前までに得たスラスターによる推進力を活かして、ラムセン機に肉薄すると、左腕を突き出す。

 ギャレット機の左腕は、大きな爪や鋏の様な物に換装されており、それがラムセン機のコックピットブロックを挟み込むと、メキメキと音を立てて装甲を引き裂いた。


《グオッ!? な、何だこれは!?》

《油圧式の圧砕機だ》

《圧砕機!? それではまるで建設用の重機ではないか!?》

《知ってるか? コイツらの装甲は、被弾した時の瞬間的なダメージには強いが、持続的な圧力だとか、振動切断とかには弱いらしい……ま、詳しくは知らんがな。だが、こうして使い方次第じゃ、立派な武器になるってわけよ》

《ふっ、だが私には届かなかった様だな。甘いぞギャレット!》

《いや、甘いのはお前だラムセン》


 そう言うと、ギャレット機は右腕に装備していた機関砲をラムセン機のコックピットブロックに向ける。


《装甲が歪んだ今、果たして本来の性能が発揮できるか試してみようぜ!》

《なっ、ギャレット貴様ァァァ!!》


──ズガガガガッ!


 こうして、残党軍最強と言われたパイロットは、モルデミールの地に散ったのだった……。




《た、隊長がやられたぞッ!?》

《おい、目の前に集中しろッ! うおっ!?》

《くそ、また1機喰われたッ!》


 一方、他の残党軍AMはファントム隊の餌食になっていた。ギャレット率いるファントム隊は今回、アイゼンメッサー研究所が開発した新型装備の実戦テストを兼ねており、その有効性を実戦で証明していた。

 ある者は、盾で敵機に体当たりし、その際に盾にびっしりと貼り付けられた爆発反応装甲を起爆させて相手の姿勢を崩した。またある者は、30mmアサルトライフルを再設計した機関砲を二丁持ちして弾幕を張り、ある者は旧式の対空機関砲の設計を利用して作られた新型のライフルで、敵を次々と葬っていく。


 決着はものの数分でついた。もちろんギャレット達、ファントム隊の完勝であった……。


《よし、今日も張り合い無かったな……帰るぞ》

《隊長、何か忘れてないですかい?》

《ん、何がだ?》

《隊長だけ歩いて帰る気ですか?》

《あっ……パージしてたの忘れてた》


 ギャレット機が僚機にスラスターやタンクを再装備してもらうと、ファントム隊は飛び立った。



 その後、モルデミール各地で残党軍のAMが何者かに撃破されるという事態が多発した。そして、そこには必ずと言っていいほど“親衛隊の亡霊”の影があるのだった……。





□◆ Tips ◆□

【ER-02 ギガス】

 操縦支援システム“ヘカトンケイル”を導入し、アイゼンメッサー研究所により魔改造されたAM-3 サイクロプス。グラスレイク守備隊AM部隊の隊長機。

 元モルデミール軍親衛隊の隊長、ギャレット・ロウの乗機であり、彼の要望にアイゼンメッサー研究所が全力で応えた結果、原型を留めないほどの大幅な改造が施されている。

 具体的には、隊の主力機であるAM-5Bとの歩調を合わせるべく、ノア6より供与された“ドラコーン”と呼ばれる外装式スラスターと推進剤タンクを背部と腰部に装備し、限定的な飛翔能力を獲得している。だが、その結果機体が大型化し、操縦が難しくなっている。また咄嗟の近接戦闘に備え、ドラコーンは戦闘中にパージする事が可能であり、僚機の手助けがあれば再装備も可能である。第1.5世代AMとでも言うべき代物。

 さらにAM-3に存在する油圧機構を活かして、固定武装として左腕に、油圧式の3本爪タイプの大割圧砕機を装備している。平時は、建築作業などに使われている。




【AM-5B アルビオン改】

 操縦支援システム“ヘカトンケイル”を導入した、AM-5 アルビオン。グラスレイク守備隊の主力機。

 元はグラスレイクに亡命した、旧モルデミール軍親衛隊のパイロット達の乗機である。グラスレイクで塗料が不足している事から、カラーリングはかつての親衛隊機ほとんどそのままの状態で、エンブレムのみ、グラスレイク守備隊のもの(吠えるピューマ)に置き換わっている。

 基本構成は、量産型ヘカトンケイルを導入しただけのAM-5であるが、運用上の都合(モルデミールの内紛に秘密裏に介入する事)から、ECMを増設しており、戦域の通信やレーダーを遮断・制限する機能が付与されている。

 また、元々AM-5が搭載していたスラスターも復活しており、短時間・短距離の飛翔や、地上スレスレを水平飛行(俗に言うホバー)して敵機との距離を詰めると言った、高度に戦術的な機動も可能となっている。

 モルデミール各地で目撃されており、その外観(親衛隊のカラーリング)から、“親衛隊の亡霊”と噂され、残党軍から恐れられている。




【30mmサブマシンガン】

 産廃と化した、モルデミール軍の30mmアサルトライフルを再生利用するべく開発された武装。アイゼンメッサー研究所製。人間で言う、サブマシンガンに相当する。が、対応する拳銃などは存在しない為、厳密にはサブマシンガンとは言えない。

 銃身の短縮化や冷却機能の追加、ハンドガードやストックの撤廃、機関部の見直しなど、大規模な設計変更や軽量化により、元とは別物の武装になっている。

 片手で構える事が出来る為、ウェイストシールドと一緒に構えたり、両手で二丁持ちすることも可能である。

 また使用弾薬の見直し(高硬度鋼製弾芯のAPCR)により、AMへもダメージを与える事ができるようになっている。




【40mmコンバットライフル】

 モルデミール軍残党の使用するAMに対抗する為に開発された武装。アイゼンメッサー研究所製。人間で言う、バトルライフルに相当する。

 崩壊前の対空砲や、歩兵戦闘車の主砲に使用された砲を元にしており、徹甲弾や榴弾などの各種弾薬を発射できる。モルデミール軍で使用していた30mmアサルトライフルよりも、装甲目標に効果的なダメージを与える事ができる。

 グウェル・アイゼンメッサーがモルデミール軍在籍中に研究していた装備であり、グラスレイクで万能製造機とコンピューターを与えられて、すぐに完成に漕ぎ着けた経緯を持つ。

 基本は単発、もしくは3〜5発のバースト射撃(過熱防止と銃身保護の為に、連射に制限が設けられている)で用いる。




【ウェイストシールド】

 AM用の盾。アイゼンメッサー研究所製。廃棄されたAMなどの崩壊前の兵器から剥いだ装甲材を利用している。表面に爆発反応装甲のタイルが貼られており、実弾兵器に高い耐性を持つ。その反面、被弾時に周囲に破片が飛ぶ為、主に外征する部隊がAMと対峙する際に使用する。

 30mmサブマシンガンと併用する事で、攻防一体の運用が可能。また、緊急時には投棄する事も可能となっている。

 応用技として、白兵戦時に盾で敵機に体当たり(シールドバッシュ)する事で、盾表面の爆発反応装甲を誘爆させ、一時的に視界を塞いだり、体勢を崩す事が可能。

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