第171話 妹

-モルデミール潜入作戦終了から数日後

@ノア6 ティナの病室


 白い。目が覚めた私の視界に飛び込んできたのは、ひたすらに白い部屋。白い天井に白い壁、白いシーツに白い枕……ここはどこ? 何故私はここに?

 ……ああ、思い出した。乳がデカいだけが取り柄の陰キャ、エルメアに縛られてボコボコにされたんだった。思い出したら腹が立ってきた……! 覚えとけよあの陰キャ、絶対に後悔させてやるッ! てか、本当にどこよここッ!?


「ちょっと、誰かいないの!?」


──ウィーン……コツコツ……


「目が覚めましたか?」

「はぁ!?」


 壁が横開きに急に開いたかと思ったら、金髪の女が立っていた。お姉様と同じくらいの歳だろうか? どこか神秘的かつ高貴な雰囲気を漂わせており、思わずかしこまってしまう。

 怒鳴らなければ良かったと思いつつ、女に話しかける。


「あ……あの、誰……ですか?」

「私は、ロゼッタといいます。以後お見知り置きを」

「あ、はい……。ここはどこ、ですか?」

「病室……と今は言っておきましょう。怪我の具合はいかがですか? 運び込まれた時は、全身アザだらけで酷い有様でした」

「えっ?」


 自分の身体を見るが、特にアザ等は見当たらない。確かに、エルメアの馬鹿にボコボコに殴られたのは覚えてる。鼻血も出たし、口の中に血の味が広がっていたのを覚えている。身体も、相当ダメージを受けだ筈だ。

 だが、今のところ身体はなんともない。強いて言えば、長く寝ていたのか身体が重い事くらいだろう。


「怪我、手当てしてくれたんだ……ですか?」

「立てますか?」

「はい、大丈夫……です」


 女に促されてベッドから立ち上がる。若干、足元がおぼつかない気がするが、問題はない。


「さあ、こちらです。ついて来て下さい」

「あの、何処へ……?」


 女は質問に答えずに、歩き始める。分からないが、ついていくしか無い。部屋の外に出れば、ここがどこかもわかるかもしれない。

 だが、外に出ても自分が今どこにいるのかを知ることはできなかった。何故なら、どこを見ても窓が無いのだ。外の様子を窺うことはできなかった。


「ここはどこ?」

「……」

「あの、ちょっと……」

「こちらです、ついて来て下さい」

(チッ……質問に答えろよッ! よく見たらコイツもデカい……デカい女は陰キャになりやすいとかあるのかしら!?)


 何も答えない女の態度に、若干の苛立ちを覚えながら、着いていく事にする。というより、今はそれしかできない。

 女について行き、部屋を出て少し廊下を歩くと、廊下の奥に両開きの扉があり、その中へと連れて行かれる。


「ここは?」

「さあ、これを着てください」

「ちょっと……」

「着てください」


 女は、何かの服?を手渡すと、私に着るように要求してきた。差し出された服には、何やらベルトのような物が多数付いており、趣味が悪いデザインだった。

 これを着るのか?と女に視線を向けるが、女は何も答えない。


(全く、何だってのよ!)


 心の中で悪態をつくも、この女は私の手当をしてくれたのだ。悪い人間では無い……はず……。

 きっと、何か意味があるのだろう。


 諦めて私が服に袖を通した瞬間、女が私の服に手を掛けると、ベルトを締め始めた。最初は、着替えを手伝ってくれるのかと甘い考えをしていたが、ベルトが私の身体の自由を奪う物だと気がついた時には、もう手遅れだった。

 服のベルトを締められ、あっという間に私は四肢の自由を奪われてしまった。


「ちょ、何よコレッ!?」

「ヴィクター様、どうぞお入り下さい」

「おう」

「あ、アンタは……!?」

「よっ、クソガキ」


 気がつくと、部屋の中に一人の男が入って来た。あのカティアとかいう、ムカつく女の機体の整備をしていた男だ。だが、軍法会議で死んでるはずじゃ……。

 いや、そもそも軍法会議があったのだろうか? 気がつくと、お姉様と一緒に拉致されていたので、時間と場所の感覚が無い。とりあえず、こいつに問いたださないと!


「な、なんでアンタがここに……コレは一体どういう事!?」

「俺は死んだはず……ってか? 残念だったな」

「ちょっと、どういう事か説明しろッ! お姉様は!? ここはどこなの!?」

「ピーピー喚くなクソガキ。まあいい、一から教えてやる。先日、モルデミールは滅んだ」

「…………はぁ?」

「聞こえなかったか? モルデミールは滅んだ。穏健派によるクーデターの後に、ギルドの特殊部隊が要所を急襲……その後は、旧体制派の弾圧に精を出してるみたいだな」

「な、何よそれ……私を揶揄からかうなッ!」

「言っても理解できないよな? まあ、する必要もないぞ」

「おい、ふざけるなッ!! 私を解放して、お姉様に合わせろッ! 聞いてるの!?」

「……お前、自分の立場分かってないのか?」

「はぁ、立場ですって!? 私は仮にも士官よッ! 薄汚い整備兵風情が何言っちゃってるワケ!? 女の子縛って気持ち良くなってんのかもしれないけど、キモいだけだからッ! ほんっとキモい、ぺっ!」

「……テメェの身の上話とか、色々と聞きたかったんだが、そういう事なら仕方ない。ロゼッタ」

「はい」

「やれ。もう知らん、好きに使ってくれ。……ああ、そいつには冤罪とかで世話になってるから、お礼しといてくれ」

「心得ております」

「はっ、女の子イジメて楽しもうってワケェ? このクソ野郎がッ!!」

「はいはい、そりゃどうも! 相変わらず口悪いな……」


 男は、何故だか知らないが部屋を後にした。いくら薄汚い整備兵でも、自分の犯した罪の重さが理解できるだけの知能はあるのだろう。

 誘拐だかなんだか知らないが、准尉とはいえ士官に対してこの扱い……まして私は鉄巨人を操る者だ。即座に射殺の上、家族や友人まで捜査(処刑か懲罰部隊行き)される事は間違いない。

 私が睨んだのも効いたのだろう。母譲りのこの美貌で睨みをきかせると、大の大人でもたじろぐ。気の弱い男なら尚更だ。後で、鉄巨人で踏み潰してやる!


「さあ、始めましょうか」


 女の声が背後から響く。女は、私を抱き抱えると、更に奥の部屋へと私を運び、部屋の中央にある変な形をした椅子に私を拘束した。


「ねぇ、ちょっと何してるの? あなた、あの男とは関係ないんでしょ? 今なら、あなたも被害者って事にしてあげるから、助けてくれない?」

「ヴィクター様は、私の主人であり大事なお人です」

「うそ! あなた絶対に騙されてるわよッ! 私を逃してくれたらあなたも……」

「準備できました。では、私もこれで……」

「え……あ、ちょっと……待って!」


 女は、背後で何やら作業をした後に部屋を後にしてしまった。だが、感触は悪くなさそうだ。上手く抱き込めば、ここから逃げる事も出来るだろう……。

 そんな事を考えていると、座っている椅子が動き出し、横向きに膝を抱き抱えるような姿勢を取らされる。


「な、ななな何!? なんなのよ!?」


 その時、私の視界に何かの液体の様なものが入った注射器が、機械の腕のような物の先についているのが目に入った……。


『では、施術を始めます……』



 * * *



-数時間後

@手術室 モニタールーム


『あああッ、やめろやめろやめろやめろぉッ!! 私の中に入ってくるなァァァッ!!』


 マイクロマシンの投与後、ティナの身体は異変を訴え始めた。マイクロマシンが、脳の神経細胞に入りこみ始めたのだ。脳を直接蝕まれる事で、ティナは強烈な吐き気、頭痛、羞明感、めまい、全身の痒みなど、およそ生きている上で感じることの無い苦しみを味わっていた……。


『があ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! じぬ゛ッ、だずげでぇぇッッ!!』


「……分かってはいたが、これは見てられないな」

「これからLSD(幻覚剤)と副腎皮質ステロイドを用いて症状の緩和を図る予定ですが、上手くいったとしても、これでは後遺症が心配ですね」

「幻覚剤か? なんでそんな物を投与するんだ?」

「幻覚剤により、定着率が向上するという仮説がありましたので試してみようかと。それから、過大なストレスに晒されますので、ステロイドはその緩和に必要かと……」

「確かに……テロリストに拉致された少女が、帰ってきた時は老婆の様な姿になってた、なんて話もあるしな……」


 あれから数時間……俺とロゼッタは、窓越しに手術室の様子を伺っていた。手術室は、隣にモニタリングルームがあるので、患者のバイタルや状態をモニターしたり、遠隔手術、投薬等ができるのだ。

 今のところ、ティナは極度の興奮状態にあり、気絶をしても、更なる強烈な刺激により無理矢理目覚めさせられているようだ。


『ぐぞがァァァッ! 嘘つきッ! 味方だと思ったのにッ!』


 こちらの姿に気が付いたのか、ティナがこちらに怨念のこもった視線を向けてくる。……相変わらず怖い。


「……とか言ってるぞ、ロゼッタ?」

「全く、都合の良い考えはやめていただきたいですね」


『んぎぎぎッ!?』


「おお、凄ぇ跳ねてるな! 拘束衣が無かったら、自分の背骨折ってるだろうな、あれ……」

「ショック死しても困りますし、そろそろ投薬開始します」


『あがッ!? ぐぎぎぎ……何これなにこれナにこレナにィッ!?』


 ティナは薬剤を投与されると、段々と回ってきたのか錯乱し始める。今頃、サイケデリックな楽しい夢を見ている事だろう。想像したくもないが……。


「このザマじゃ、他の奴らに電脳化は無理そうだな。仮に可能でも、こんなの見せられたらやらせる訳にはいかないな」

「そうですね……後遺症なども出るかもしれませんし、リスクは高いですね」

「まあ、それが分かっただけでも収穫か」

「この娘、今後いかがしましょう?」

「ん? そういや、考えてなかったな。崩壊後の人間を電脳化したらどうなるか。それが知りたかっただけだし……。まあ、奴には潜入中色々されたからな、好きにしてくれ。まあ、もし成功したら色々使い道もあるだろ」

「かしこまりました」


 その後、手術室からは少女の悲鳴が響き渡り、それはその声が枯れ果てるまで続いた……。



 * * *



-数週間後

@ノア6 隔離病室


「……かはぁッ! はぁ、はぁ、はぁ……ここは?」


 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう……時間の感覚が曖昧だ。重くなった頭を起こすと、周りを見渡す。いつもの白い、殺風景な部屋だ。変わった事といえば、壁や床は全面がクッション剤で覆われていて、枕代わりのクッションが一つ置かれているだけ……。

 恐らく、壁に頭を打ちつけたり、首を吊ったりしないようにしているのだろう。確かに、あったらやってたかもしれない……。


 例の処置の後、始めは頭の中をグチャグチャにかき回される様な痛みに苦しんだが、最近はマシになってきている。だが、視界に文字やら変なのが浮かぶ様になってしまい、気が滅入っている。これは治るのだろうか? もしかして、一生このままなのでは……。


(クソッ……クソクソクソッ!! よくもよくもよくも私の事をッ!!)


 あれから私は、大勢の乱暴で汚い男達に犯されたり、嬲られたり、痛めつけられたりと酷い目に遭った。またある日は、凄惨な拷問の果てに殺されたりと散々な目に遭っていた。さっきだって……いや、もう思い出したくもない……。

 だが不思議な事に、そんな酷い目に遭っている筈なのに、目が覚めると頭が重く、例の文字が視界に浮かぶくらいで、身体はなんともない。そして、決まって同じ部屋にいるのだ。

 あれは夢……? でも、あの時感じた痛み、苦しみ、恐怖は未だに覚えている……とても夢とは思えない。もう、何がなんだかわからない……。


「なんなのよ……私、一体どうなってるの?」


──ガチャガチャ、キィィ……


 柄にもなく弱みを口にしてしまったその時、部屋のドアが開き、あの金髪デカ乳女が入ってきた。その手には、例の悪夢の装置が握られている。

 あの装置を頭につけられると、直ぐに悪夢が始まる……きっと、また私を酷い目に遭わせる気だ……!


「嫌ぁぁぁぁッ! 来ないでッ、それ嫌だ!! こっち来んなぁ!!」

「それは出来ませんね、まだまだプログラムは続きますので……」

「どうして……どうしてあんな酷い事ができるの!? この人でなしッ!!」

「あいにく、私はバイオロイドなので、厳密には人間ではありません。仰る通りです。それに、ティナさん……貴女は感謝すべきですよ?」

「感謝!? 感謝って何よ、人の事を散々弄んで!」

「ヴィクター様に手を出しておいて、生かして頂けているではありませんか。それどころか、電脳化用のマイクロマシンまでインプラントして貰えるなんて……ありがたいとは思いませんか?」

「ふざけんなッ! こんなのどうかしてる!」

「さあ、お喋りはこれくらいにして、今日のプログラムの続きをしましょうか」

「あ……やだッ! やめろォォォッ!!」

「では、良い夢を……」



   *

   *

   *



 あれから、一体どれくらいの時間が経ったのだろう……時間の感覚が曖昧だ。重くなった頭を起こすと、周りを見渡す。いつもの白い、殺風景な部屋だ。変わった事といえば、壁や床は全面がクッション剤で覆われていて、枕代わりのクッションが一つ置かれており、唯一の出入り口であるノブのないドアが開いている事──。


「あれ、開いてる……?」


 そう、ドアが開いているのだ。あの女が閉め忘れたのか?


「に、逃げなきゃ……!」


 急いでドアの向こうへと飛び出すと、無機質な通路を駆け抜ける。早くここから出なくては……! 私は、部屋を出ると適当に通路を駆け出した。

 だが、自動で開くドアを何枚もくぐり、ひたすらに走るが、出口が見当たらない。そもそも窓が見当たらないのだ。外の景色らしきものが見れる窓はあるのだが、窓に触れると景色が消えたり、他の景色に切り替わるのだ。恐らく、崩壊前の遺物か何かだろうが、この場所は一体……見方によっては、巨人の穴蔵と似た雰囲気を感じる。

 


「はぁ、はぁ……ま、まさかここって!?」


 しばらく走り、私は信じられない光景を目にした。先程まで、私が閉じ込められていた部屋の扉がある区間に躍り出たのだ。どうも、私が逃げ出した際に向かった方とは、逆の方からスタート地点について帰って来たらしい……。


「他のドアは開かないみたいだし、一体どうすれば……」

《……んで……》

「うぅ……こんな時に頭が……」

《このまま進んで、そうしたらエレベーターに乗ってください》

「な……に、この声……?」

《案内は私がします。……さあ、行ってください》

「い、一体なんなの!?」


 途方に暮れていると、突如頭の中に声が響いた。いや、響いたというより、感じると言った方がいいだろうか? よく分からない、不気味な感じだ。

 声の主は分からないが、他に頼るものもない。私は、声に従って動く事にした。


「あなた、誰!?」

《私が誰かはその内分かります》

「何よそれ!? ばっかじゃないの!」

《声に出す必要はありませんよ。心の中で念じるだけで、私と会話できます》

《……こう?》

《そうです! それから、地図も表示します。これで迷わないでしょう》

《何よコレ? 全く、私も遂におかしくなったのかしら……》

《そんな事よりアレがエレベーターです。乗ってください》

《これ、さっきも乗ったけど動かなかったわよ?》

《そこの壁に触れてみてください》

《ここ……? わっ!?》


 エレベーターであったが、先程は操作盤が見当たらずに使うのを諦めていた。だが、壁に手をかざすと、エレベーターの操作盤の様な紋様の光が現れた。


《何なのこれ!? こういう仕組みだったわけ?》

《そこの“1F”を押してください》

《言われなくても! てか、ここ地下だったのね》

《エレベーターを出たら、次はココです》

《よくわからないけど、頼りにしてるわよ?》

《これからはずっと一緒ですよ》

《何よそれ? まあ、いいわ。よろしくね》




 その後も、内なる声に導かれつつ、順調に歩みを進めた……。そして遂に、私は外に出る事に成功したのだった。


《……外、外にでれた!?》

《油断しないでください。追っ手が来る可能性も──》

《分かってるわよ!》

《でしたら急いで──》

《待って、お姉様を探さなきゃ!》

《……お姉様?》

《そう、ジーナお姉様よ! あんた、私の心の声なら知ってるでしょ!?》

《気持ちは分かりますが、今は逃げましょう。捕まったら元も子もありません》

《それは……そうなんだけどさ……》

《ここからモルデミールまではすぐです。助けを呼んで、また戻って来ましょう!》

《くそ……お姉様、待ってて。必ず助け出すから! 行くわよ、相棒!》



   *

   *

   *



 あれから10年の時が過ぎた。どうも、モルデミール軍内部でクーデターの動きがあったらしい。私とお姉様は、あのエルメアとかいう陰キャに拉致され、危うく奴らの慰みモノになる所だった。

 無事にモルデミールへと帰還した私は、鉄巨人を駆り、部隊を引き連れて例の施設を強襲……お姉様も救い出すことに成功した。


 だが、クーデターの参加者にエルメアが入っていたせいで、親衛隊はその任を解かれてしまった。エルメア達は全員処刑されたが、拉致された姫様が心を病んでしまい、話せなくなってしまったらしい。

 お姉様は家を守る為に、名家の三男坊を婿にもらい、エスパリア家の復興に力を入れている。昔、お父様とお母様が亡くなった時にお姉様に擦り寄ってきたクソオヤジ共とは違い、まともそうだから結婚を認めたが、なんか複雑な気分だ。


「ままー! ……どしたの、ぽんぽんいたいの?」

「何でもないのよ。さあ、遊んでらっしゃい」

「は〜い」


 まあ、私も家庭を持った今となっては、あの時義兄を排除しなくて良かったと思っているが……。あのチャンスを逃してたら、お姉様の性格上、確実に行き遅れていただろう。


《……どうしました?》

《いや……今更ながら、自分の人生について後悔してるって言うか……》

《後悔?》

《ほら、お父様とお母様が亡くなってから、お姉様がエスパリア家を継ぐ事になったじゃない? そしたら、エスパリア家の家名を狙ったり、お姉様を愛人にしようとクソ共が大勢来たでしょ?》

《ええ……》

《そいつらからお姉様を守る為に、色々と後ろ暗いこともしたけど、手にかけた奴らだって、こんな風に幸せがあったんじゃないかって……》

《その割には楽しんでいたのでは?》

《まあね……正直、今更何でこんな風に考えてるか不思議だわ》


 この、内なる声……もう一人の私との付き合いも長い。こいつとは、あれ以来良いパートナーとなっている。いつだって的確な助言をくれ、何度も危機を乗り越えてきた。

 こいつの言うことに従っていれば、絶対に上手く行く。今の伴侶も、こいつが提案したのだ。結果は大成功で、夫婦仲は良好だし、子供にも恵まれている。言う事無しだ。


「ん、んーっ! ちょっと疲れてるのかしら?」

《でしたら、少し昼寝しては? 家事は終わってますし、夕飯の仕込みにはまだ早いかと》

《そうね。じゃあ少し昼寝する、おやすみ》

《おやすみなさい》


 幸せな気持ちに包まれたまどろみの中、私の意識はだんだんと遠のいていく……。起きたら、夕飯の仕込みをしなくては。あの人がお腹を空かせて帰って来るんだ。ああ、その前にあの子に部屋を片付けさせなくては……………。











 * * *



-数時間後

@ノア6 隔離病室


「……はっ!? えっ、どういう事!?」


 あれから昼寝をしたはずだが、気づいたらここにいる。何なのだ、何なのだこれは……!?


「プログラム終了です、お疲れ様でした」

「あ、アンタは……!!」

「今回のプログラムは優しかったですね。ですが、このプログラムでティナさんがどういう人か、性格審査に利用できそうなデータが取れましたよ」

「何よ、何なのよコレ!?」

「夢を見た時、何日間・何年間と冒険してたのに、目が醒めると1時間も経っていなかった……そんな経験、ございませんか? あれと同じような仕組みらしいです。今まで見てたのは、これまでにティナさんが経験したものと同じ類のものです」

「あ、ああああッ! う、嘘よッ! あの人は、子供は!? 返して、私の幸せを返してよッ!!」

「と、言われましても……」

「そ、そうだ!」


 私は、心の中に呼びかける……彼女なら、もう一人の私なら、なんとかしてくれる筈だ!


《ねぇ、一体どうなってるのよ!?》

《まだ不十分ですが、電脳通信は使えるようになったみたいですね?》

《通じた! やっぱり、嘘よね? こんなの嘘だって、悪い夢だって言って!》

《ですから、これはプログラムの一環で……》


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!」


《なるほど、夢と現実の区別がつかなくなってしまっているのですね》


 何がなんだか分からない! 思わず、頭を掻きむしる。ヒリヒリとした痛みが頭皮に現れ、髪が数本抜け落ちる。


「返して! 夫と子供、お姉様を返せッ!」

「……ティナさん、落ち着いて下さい。その人達の顔、思い出せますか?」

「当たり前だろうがッ!! 私の大事な人なんだぞ! いつも心に……こ、心に…………あ、あれ?」


 夫と子供の顔を思いそうとするが、その姿は地面にできる影のように、輪郭がおぼつかない真っ黒い姿だった……。気がつけば、先程まで感じていた愛情やら母性のような感情が急速に喪失していく。


「な、なんで……」

「ですから、全てはVR機器による仮想現実なのです。今までも、散々酷い目に遭わせましたが、身体には傷一つ残ってないでしょう? まあ、崩壊後の人間であるティナさんには、理解できないかもしれませんが」

「どうして……どうしてこんな酷い事をするの?」

「乳幼児期を過ぎてからの電脳化は、データが非常に少ない為、ティナさんは貴重なサンプルなのです」

「サンプル……何よそれ……私、モルモットじゃない」

「それに、貴女はヴィクター様に手を挙げましたね?」

「ヴィクター? あの男が何だってのよ……」

「ティナさん、貴女は今までに何人殺しました?」

「はぁ?」

「直接手を下さなくても、何人も死に追いやってますよね?」

「だ、だから何? まるで見てきたように……」

「記憶を覗かせて頂きました。本来なら違法ですが、不可能ではありませんので」

「な、何を言って……」

「貴女にとってはどうでもいい人間かもしれませんが、誰かにとっては大切な人で、それぞれの幸せがあったかもしれませんよね?」

「だから、だから何だってのよッ!」

「先程まで、貴女もそう考えていたではないですか?」

「う、うるさいうるさいッ!」

「そして……少なくとも、ヴィクター様を大切に想っている存在が貴女の目の前にいます。あとは、もうお分かりですね?」


 そう言うと、ロゼッタは例のヘッドセットを取り出す。


「ひぃ!? まだ、まだやる気なの!?」

「ええ、まだ電脳化は不完全ですので。それと、色々と反省する必要もあるでしょうしね?」

「ごめんなさい! あ、謝るから……もうやめてッ!」

「謝る相手を間違えてますよ、ティナさん」

「だったら、そのヴィクターにも謝るから! か、身体でも何でも好きにしていいからッ! 謝るから会わせて!」

「それは話が通じませんね。貴女の自由はこちらが握っています。交渉の材料として、貴女が挙げる事ができるとでも?」

「ぐっ……」

「それにヴィクター様は、例外はありますが成人女性しか抱きません。ティナさん、まだ16を超えていないでしょう? そもそも話になりませんよ」

「ううう……」


 似たような?境遇のジュディ達が殺されずに済んだのは、ヴィクターが女を欲しがっていた事に依る所が大きい。だが、ティナはまだ15歳なので、その手段でヴィクターから許しを得るのは難しいだろう。

 どうしたらいいか分からなくなったティナは、心の中に呼びかける。彼女なら何かアドバイスをくれるはず。先程も返事があったから、答えてくれるはずだ……そう信じて。


《どうしよう、どうしたらいいの!?》

《まだ保身を考える余裕があるとは、感心しますね》

《ね、ねぇ……さっきからどうしたの? まるで、この女みたいな……みたいな……ッ!?》


 ティナは、ハッとした表情を浮かべ、ロゼッタを見つめる。赤い瞳がこちらを覗き込んでいた……。


《まさか、そんな……そんな……!?》

《たった数時間の介入で、あれだけ信頼して頂けるなんて思いませんでしたよ。お陰で貴女の過去や、性格、判断基準が把握出来ましたので》

《ヒッ!? なんで、どうして……》

《まだ信じられませんか? 先ほども言いましたよね? これからはずっと一緒ですよ》


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」



 * * *



-スーパーデュラハン戦後

@ノア6 隔離病室


「ぶつぶつ……」


 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう……時間の感覚が曖昧だ。最近は、電脳化は成功した?とか言われて、酷い目に遭わされる事は少なくなった。

 だが、いつもの白い殺風景な部屋に一人で居ると、頭がおかしくなるみたいで、気がつけばぶつぶつと何かを呟く自分がいる……。


「……はぁ」


 自分の現状を嘆き、ため息を吐く。これから私はどうなるのだろうか? ここのところ、あのロゼッタとか言う女はこの部屋に来ていないが、何かあったのだろうか?


「貴女が気にかける必要はありませんよ」

「げっ……」


 と思ったら、部屋の中にロゼッタが入って来た。考えている事が、奴に筒抜けなのだ。気持ち悪いったらありゃしない。


「随分と久しぶりな感じね?」

「そうですか? たった数日ですよ」

「まあ、頭の中のカレンダー見れば分かるんだけどさ」

「この数日で、貴女の処遇が決まりましたので報告させて頂きます」

「……そっか」


 覚悟はしていた事だ。もう既に、酷い殺され方は何度も体験している……今更なんだと言うのだ。


「で、どうやって殺すの? せめて、楽に死なせて欲しいけど……そんなつもりないんでしょ?」

「殺す? そんな事しませんよ」

「はぁ? だったら、一体……」

「記憶を消します」

「えっ……」

「正確には、記憶の封印と言った方がいいですね。本来は、トラウマになってる記憶などを不意に思い出さないようにする処置ですが……」

「な、なんでそんな事を……」

「ティナさんの反抗心がいつまでも残っていますので、その対処法を思いついたのです。ティナさんの反抗心は、貴女の過去に由来しています。今までの記憶を消して、カバーの記憶を植え付ければ、貴女も我々の仲間に入れるでしょう」

「そ、そんなの望んでない!! そんな事されるなら、死んだ方がマシよッ!!」


 記憶を消す? 冗談じゃない……それじゃ、今の私が消えるのと同義ではないか! 何としても阻止しなくては!


「そうですか? ……おっと、ヴィクター様のバイタルが変化しましたね。様子を見てこないと」

「ッ……あの男が帰ってるの!? 会わせてッ!」

「……会って何をする気ですか?」

「あ、謝るのよッ! 許してもらえればいいんでしょ!」

「反抗心が残っている中会わせたら、何をしでかすか分かったものではありませんね。ダメです」

「そんな事しない! 謝るだけだからッ!!」

「では、私はこれで……」

「あ、待ちなさいよ! ねぇ!」

「会わせるにしても、まずは反抗心がない事を証明する必要がありますね」


 そう言うと、ロゼッタは部屋を後にした。ティナは、今の言葉にできない不安や怒りをぶつけるように、壁を殴り始めた。


──ボフッ、ボフッ!


「ちくしょう、ちくしょぉッ!! こんなの……こんなのあんまりよ……! 記憶を消す? 私で遊ぶのも大概にしろッ!」


──ボフッ、ボフッ、ポフッ……ポフ……


「はあ、はあ、はあ……」


 殴り疲れ、ティナはその場に倒れ込む。そして、膝を抱えて丸くなると、メソメソと泣き始めた。


「ぐすっ……嫌、やだぁ……嫌だよ……確かに、悪いことしたかもしれないよ? でも、こんなのって無いよ……」


 今更泣いたところでどうしようもない。そんな事は分かっているが、涙が止まらなかった。


「お姉様ぁ……ぐすっ……ッ!?」


 そんな時、彼女は気づいた……。


「あ、開いてる……」


 そう、部屋のドアが開いているのだ。どこかで見た光景だ……。


「に、逃げなきゃ……! 今ならッ!」


 彼女は部屋を出ると、いつかの記憶を頼りにエレベーターまでたどり着いた。だが、壁に触れても反応する事は無かった……。


[この機器の操作は許可されていません]


「くそ、動け! 動けよぉッ!」


[この機器の操作は許可されていません]


「なんで……くそくそくそッ!」


 ティナは、エレベーター内でへなへなと座り込んでしまう。


「ここまで来たってのに……このまま終わってたまるか!」


 ティナは自分の頬を叩くと、がむしゃらに走り出した。ドアが開く所には入り、行き止まりと悟ったら出る、これを繰り返していると、とある部屋に躍り出た。

 中は病室のようで、ベッドに寝る男と、女の姿があった。女は、知っている……カティアだ。そして、男の方はヴィクターとかいうあの男だ!


「はぁ、はぁ……あ、アンタ達は!?」

「誰だお前?」

「あ、貴女……もしかしてティナ!? こんなとこで何してるのよ?」

「ティナ……って、確かモルデミールの時の……」


 これは好機だ……今なら彼に許しを乞える。この状況から何とかしてくれる! ティナは、なりふり構っていられなかった。

 だが、そんな時でも心の奥で燻っていた反抗心が、再び燃え上がろうとしていた。


(ヴィクターは怪我をしている? カティアを何とかすれば、人質にとれる……。やるか? やるなら今しかない……!)


《それはいけませんね……》

「あぐッ!?」

《ティナさん、貴女の行動は全て私の管理下にあるのですよ? 貴女の反抗心を調べるために、あえてドアを開けておいたら、行動で示してくれましたね。まあ、そんな事させませんが》

「あ、頭が……アタマが……私の頭の中が、覗かれてる!?」

《では、今から参りますね。ヴィクター様も目覚められた事ですし……》

「マズい……奴が、奴が来るッ!」

「ちょ、ちょっとティナ? どうしたのよ?」

「あ、アンタ……いや、ヴィクター様ぁ! どうか、どうかこの私を許してください!! 何でも……何でもします、させて頂きます! だから、どうか許してくださいぃ……!!」

「な、なんだ……?」

「ティナ……貴女、ホントにティナなの? 貴女の口から出そうにない言葉が聞こえたけど……」

「許して……もう、許して下さい……」


──コツ、コツ、コツ……


「あ……あああああッ!! 来る、奴が来ちゃうッ!! は、早く……早く私を許してッ!!」

「お、おい何なんだ!?」

「ティナ、一体どうしたのよ!?」

「許して……いいから許せよぉッッ!! 早く、早く早くッッ!! お願いだから、助けてぇぇッ!!」


──ウィーン……


「ヴィクター様、お目覚めですか?」

「ひぃぃぃッッ!!」



 * * *



-数時間後

@手術室 モニタールーム


『お願いしますッ! 本当にやめてくださいッ!!』

「今更どう取り繕っても手遅れです。今は良くても、この調子だと裏切ったりするでしょうし……」

『しませんッ! 本当にしませんからッ!! だから、こんな事やめてッ!! お願いだからッッ!!』

「と、言われましても信用出来ませんね」


 ティナは、その後すぐに例の手術室へと運ばれ、手術台に拘束された。その際に激しく抵抗したが、ロゼッタに敵うはずもなく、全身を拘束された後、頭に専用の装置をつけられてしまい、後は処置を待つだけの状態であった。

 そんな中、彼女は最後の命乞いを行なっていたが、相手がロゼッタでは効果は無いに等しかった……。


『いい子になるからッ! 何でもする! 何でもするから許してッ!! お願いだからやめて下さいッ!! ね? ね? ねぇ!?』

「そうでした、カバーの記憶と人格の調整がまだでしたね……」

『お願いッ! お願いだから、私の話を聞いてッ!! ねぇ、ねえったらッ!! ……うわぁ〜ん、やだやだやだッ! お姉様、助けてぇぇッ!! えぇ〜んッ!!』

「お姉様……これは使えるやもしれませんね」



 * * *



-数週間後

@ノア6 正面出入口


「ヴィクター、もう外出ても大丈夫なの?」

「心配すんな、昨日もロゼッタとヤリまくれるくらいには回復してるさ」

「その減らず口、何とかならないのかしら」


 スーパーデュラハンとの闘いで負った傷は、殆ど回復したと言ってもいい。まだ以前と同じくらいに動けるようになるにはリハビリが必要だが、日常生活を送る分には支障はない。

 今日は、グラスレイクで博士とエルメアが何かやらかしたらしいので、散歩がてら様子を見に行く予定だ。


 いつもの厳重な対爆ドアの開閉を待っていたその時、ロゼッタがこちらにやって来た。


「ヴィクター様、お気をつけて」

「見送りか、ロゼッタ? 大丈夫だって、こっからならすぐ着くさ」

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん♪」

「おう! ……って、お兄ちゃん!?」


 ロゼッタの背から、一人の少女が飛び出して来て、笑顔で手を振っている……。一瞬誰か分からなかったが、コイツはあのティナとかいうクソガキだったな。


「げ……ティナ!? あんた何言ってるのよ!?」

「カティア、ついて行くならお兄ちゃんの足引っ張らないでよね!」

「はぁ、『お兄ちゃん』ですって!? え、ヴィクターが? ティナ、一体どうしちゃったの!?」

「お、お兄ちゃん……だと? お、おいロゼッタ! これはどういう事だ!?」


 この少女……どうやらあのティナとか言う娘らしい。だが、以前とは随分と印象が違う。ロゼッタが電脳化の成功後に色々やってたみたいだが、これはその影響なのだろうか?

 そういえば、俺が目覚めてすぐに彼女が病室に押し入って来た気がするが、あの時はまだこんな感じでは無かったな……。


「ヴィクター様に対して、害が及ばないようにしました」

「というと……?」

「彼女の記憶を消した後に、カバーとなる架空の記憶をVRゴーグルで体験してもらった後に、暗示をかけました」

「うわ、エッグいな……それで、何を暗示したんだ?」

「ヴィクター様の妹であると、そう暗示をかけました」

「な、何でそんなことを?」

「彼女には姉がいるようなので、都合が良かったのです。すぐに彼女は疑問を抱かなくなりましたよ、ですが……」


 ティナに目をやると、カティアと揉めているようだ。


「痛い、カティア何するのよ!」

「ティナ、貴女にはジーナがいるでしょうが! 寝ぼけてないで、目を覚ましなさい!」

「ジーナ……なんか聞いた事ある……何だっけ?」

「自分の姉でしょうが、何言ってるのよ?」

「姉……お姉……様……? あれ……でも、私にはお兄ちゃんが……あれ、あれ? 何で私、こんなキモい事……うぅ……分からない……うぅぅぅ、分からない分からない」

「ちょ、ちょっとティナ? 大丈夫!?」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 カティアの言葉に、ティナは青い顔をして過呼吸気味になる。一種のパニック状態だろう。若干正気に戻っている気もするが、封じた記憶を思い出しているのだろうか?


「……あのように、何かのきっかけで精神が不安定になります」

「何だかなぁ……。普通に拘束首輪とかで良かったんじゃないか?」

「できれば被害はゼロに止めようかと」

「……確かに、首輪を発動する前にAMの機関砲ぶっ放されたりしてたら遅いか」

「さて、あのままではまずいので、少し失礼しますね」


 そう言うと、ロゼッタはティナの肩に手を置いた。


「ティナさん」

「ひぃっ!? あ、ああロゼッタさんか……ビックリした」

「そろそろお薬の時間です。飲まないと、今みたいに発作が出てしまいますよ?」

「あ、そうだった……すぐに飲むから」


 ティナは、ポケットから小瓶を取り出すと、中から数粒の錠剤を取り出し、口に入れるとバリバリと噛み砕き出した。


「はぁ、はぁ……ふぅ、落ち着いてきた」

「お、おいロゼッタ……アレ、何飲ませてるんだ?」

「ベンゾジアゼピン系の精神安定剤」

「なっ……」

「に、見せかけたブドウ糖の塊……要はラムネですね」

「脅かすなよ……あんなに飲んでて、大丈夫なのか心配したぞ……。でも、効果あるのかそれ?」

「偽薬効果も侮れないみたいですよ? 実際、ああして不安定になったらアレを飲ませると、落ちつきます」

「でも、一時しのぎだろ?」

「その時は、“お兄ちゃんスイッチ”を使います」

「お兄ちゃんスイッチ……だと!? なんだそりゃ?」

「もう一度、ティナさんに再暗示をかけるプログラムです。万一、元の人格を取り戻しても、これでしばらくは大丈夫です」

「何だかなぁ……。しかし、記憶全消しか……」

「共感しますか?」

「ん、何がだ?」

「ヴィクター様も、幼少期の記憶を消しているようですが」

「……ロゼッタ記憶を消してるのは、過去に囚われない為だ。できれば、思い出したくない……その意味、分かるよな?」

「はっ……出過ぎた真似をして、申し訳ございませんでした」

「気にしないでくれ。しかし、ティナはどうしたものか……。電脳化に成功してるなら、使い道は色々とあるか?」


 チラリとティナの方を見る。


「カティアのば〜か、あ〜ほ、ドジ間抜け!」

「こら、待ちなさいよティナ!」

「べーっだ!」

「……あいつら、ああなっても仲悪いのな」



 * * *



-後日

@グラスレイク アイゼンメッサー研究所


「今日から、私達の小隊に新人が配属されます」

「新人? 一体誰なんだエルメア」

「ごほん!」

「……さん」

「ジーナさんも知ってる人ですよ。では、入ってきて下さい!」


 現在、グラスレイクの自警団的存在である、グラスレイク守備隊に所属するAM小隊……“クーガー小隊”の会議が行われていた。メンバーはエルメアとジーナ、それからカティアである。

 そして今、彼女達に新たな仲間が加わろうとしていた……。


「ティナです、よろしくお願いします!」

「ティナ! 生きてたのか!? 心配したんだぞティナ!」

「えっ、な……何ですか急に?」

「連れ去られてから、どれだけ無事を祈った事か! ああティナ、良かった……うぅ……」

「えと……先輩? あんまりベタつかないでくれますか、気持ち悪いです……」

「えっ……今、なんて……?」

「初対面でベタつかないでくれますか? あれ、どこかで会ったかな?」

「ティ、ティナ……一体どうしたんだ……私だ、ジーナ・エスパリアだ! お前の姉だ!」

「お、お姉様……お姉さ……ガッ!?」

「ど、どうしたティナ!? 大丈夫か!?」

「お、おくすり……薬飲まなきゃ……」


 ティナは頭を抱えると、懐から小瓶を取り出して数錠ほど錠剤を取り出すと、口に放り込んだ。明らかに異常な妹の行動に、姉のジーナは一抹の不安を覚えた。


「ティナ……?」

「ジーナさん」

「え、エルメア? ティナの様子がおかしいんだ!」

「“さん”が抜けてますよ? 隊長に対し、それでは示しがつきませんね?」

「も、申し訳ございませんエルメアさん!」

「ジーナさん、今ティナさんはマスク様の試練の最中です。決して邪魔しないように」

「試練?」

「新たな気持ちで頑張るべく、皆とは初対面という事にして過ごすそうです。まあ、いつまでも姉にベッタリという訳にもいきませんしね?」

「そ、そうなのか!? たが、何だか寂しいな……」

「ジーナさんも、この際に妹離れしては? これからは、ジーナさんはティナさんの先輩として過ごすようにしてくださいね」

「なるほど、わかった! 後で私も、聖堂でティナの試練成就を祈るとしよう!」


 その光景をカティアは横目で見ると、完全に他人事のように菓子を口に運ぶ。


(……エルメアもノリノリね)


「さあ、カティアさんも行きますよ!」

「へっ!?」

「ヘカトンケイルの優位性が無くなったんですから、真面目にやって下さいね? この前も、ロウ隊長にぼろ負けしましたよね?」

「うっ……まさかあいつも飛ぶなんて思わなくて……」

「言い訳しない! さ、訓練するから着替えてください」

「でも、私達の機体は改造中でしょ? 訓練って何するのよ?」

「AM脱出後の戦闘訓練です。撃破されないとは言い切れませんからね。さあ、準備して下さい!」

「いやでも、私レンジャーの仕事で普段から──」

「それはそれ、これはこれです! 守備隊からお給料も出てるんですから、ちゃんとやって下さい!」

「いい小遣い稼ぎだと思ったのに、入らなきゃ良かったかも……」


「ふぅふぅ……落ち着いてきた……」

「大丈夫か、ティナ?」

「だ、大丈夫です先輩……さっきは失礼な事を言ってごめんなさい」

「気にするな。さあ、これから一緒に頑張ろうな!」

「はい、おねぇ……先輩!」





□◆ Tips ◆□

【グラスレイク守備隊 クーガー小隊】

 グラスレイク守備隊が保有するAM小隊。他のゴースト、ファントムの二つの小隊と合わせて、1個AM中隊を組織している。メンバーは、旧親衛隊第三小隊と全く同一であるが、人員の立場の変遷や、人格の変化があり、その内容はかなり異なっている。隊長は、エルメア・アイゼンメッサー。

 主な任務は、グラスレイクの直接防衛であるが、今のところ出番は無く、主にアイゼンメッサー研究所で試作・改造された機体のテストを行なっている。現在、隊員の乗機はアイゼンメッサー研究所にて改造中である。


〈隊員〉

・エルメア・アイゼンメッサー

・ジーナ・エスパリア

・ティナ

・カティア・ラヴェイン

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