第168話 目覚め
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……ここはどこだ? 確認しようとするが、目が開かない。いや、開こうとしても、力が入らないので上手く開かない。そんな感じだ。辛うじて薄目になるが、眩しさで目が眩む。
手で覆おうにも、手も動かない……一体どうなっているんだ?
「あら、起きたのかしら?」
女の声が頭上から響いてくる……。薄目を凝らしてよく見ると、どこか懐かしさを感じる金髪の美しい女性が、俺の顔を覗き込んでくる。その顔は慈愛に満ちた微笑みを浮かべており、幸せそうに見える。
周りを見れば、白い部屋に白いベッド……女性が着ている服も白いパジャマの様なもので、ここが病室だという事が理解できる。
──タッタッタッ……バンッ!!
「ヴィッキー、産まれたのッ!?」
突如、病室の扉が勢いよく開き、スーツ姿の童顔の女性が飛び込んで来た。
「ちょっとミコト! 病院で騒がないでちょうだい」
「ご、ごめんなさい……知らせを受けて、学会を飛び出して来ちゃって」
「……あの人は?」
「先生は、今ちょうど講演中で……その……。ひ、一足先に私だけ来ちゃった!」
「そう……貴女はいつも騒がしいものね」
「あ〜酷い! そんな風に思ってたの!?」
「こらこらミコト君、酷いのはどっちかね? 私の事を、妻より仕事を優先した、ひとでなしのように表現するのはやめたまえよ……」
「あら、あなた……!」
「あれ、先生!? 学会の講演はどうしたんですか?」
「明日に延期してもらった。なに、学会の期間はあと2日あるんだ。知り合いの研究者と、時間を交換してもらったよ」
「まあ! 世紀の天才科学者ともあろう人が、そんな急に講演時間を変更して、会場は混乱しませんでした?」
「多少はな。だが、過ぎたことだ……どうせ、講演後は他の研究者との意見交換会や、製薬企業との会食しか無かったからな。それもキャンセルしてきた」
「……ヴィッキー、しれっと凄い事言ってるよこの先生」
「あらあら……」
今度は、初老前といった感じの男が病室の中へと入って来た。話の内容から、この金髪の女性の夫なのであろう。年齢差はあるかもしれないが、別に不思議な事ではない。
「と・こ・ろ・で、先生とヴィッキーの赤ちゃんは?」
「ほら、ここに……見て、あなたに似て落ち着いてるでしょ? 全然泣かないし、凄くいい子よ」
視界が高くなり、初老の男の顔と、童顔の女の顔が眼前に来る。二人は、俺の顔をマジマジと眺める。すると、童顔の女が興奮したようにはしゃぎ出した。
「ふむ、予定通り……か」
「〜〜♪ 可愛い〜♡ 見てくださいよ先生! ヴィッキーに似た、フサフサの金髪! それに、半目開けてる〜可愛い〜♪」
「ちょ、ちょっと……叩くのをやめないかミコト君! 分かった、分かったから!」
「ヴィッキー、抱いてもいい!?」
「はい、優しくね?」
「うわぁ〜〜凄い! は〜い、お姉ちゃんですよ〜♪」
「どちらかと言えば、おばさんという表現の方が……あいたッ!?」
「先生の意地悪! 別にいいじゃないですか、家族みたいな付き合いなんですしっ!」
「ふふふ、うるさいお姉ちゃんですね」
「ヴィッキーも酷い!」
「ははは……」
「あ、そうだ! 私、カメラ持ってきたんだ! さあ、撮るから並んで下さい先生!」
「カメラ? そんな前時代的な物を持ち歩いてたのかね君は? まあ、帝国の文化らしいが……」
「さあ、ヴィッキーも! あ、赤ちゃんも見えるようにね!」
「はいはい」
──パシャ! パシャパシャ!
童顔の女は、カメラを取り出すと、写真を撮り始めた。
「どうですか? 上手いもんでしょ!」
「まあ、上手に撮れてるわね!」
「現像したら二人にもあげますね!」
カメラには、ベッドに寝た赤ん坊を抱いた女性と、その脇に立つスーツ姿の男が写し出されていた。その姿は、幸せそうに見えた。
だが、俺は知っている……いや、覚えている。これは……この幸せはまやかしだと……。
「それで二人とも、この子の名前は?」
「実は、もう考えてある。ヴィクトリア、君の名前からも頂戴した。我々人類の希望……これからの新時代に、我々人類の進化に勝利をもたらすであろう、この子の名前は────」
* * *
-3日後
@ノア6 病室
「うぅ……ここは?」
何だか変な夢を見ていた気がする。身体が重い……確か、スーパーデュラハンとの戦闘の後、気を失って……。
「すぴ〜、むにゃむにゃ……おむ、らいす……」
「……」
足元を見ると、カティアがベッド脇の椅子に座りながら、俺の寝るベッドに突っ伏して寝ていた。なので、頭を叩いて起こす事にする。
──バシッ!
「んにゃッ!? な、なにッ!?」
「それはこっちのセリフだ」
「ヴィクター、目が覚めたの!?」
「説明してもらうぞカティア、あの後どうなったんだ?」
「ええと……気を失った貴方を、私とジュディで担いで山を降りたのよ」
「そうだったのか……。巡航ミサイルは? 奴はどうなった?」
「あれ、凄かったんだから! 真後ろで大爆発が起きて……慌ててその場で伏せたけど、身体が千切れるかと思ったんだから!」
「で、奴は? スーパーデュラハンはどうなったんだ!?」
「さあ? ギルドの人達にも問い詰められたけど、私達じゃ詳しい事分かんないし……まあ、あの爆発じゃ生きてないでしょうけど……」
「そうか……」
巡航ミサイルの直撃に、生物が耐えられる訳はないか……。流石に、心配しすぎか?
「ああ、それから……」
「何よ?」
「ありがとう……助かったよ」
「な、何よ……改めて言われると、恥ずかしいわね……。仲間なんだし当然でしょ! まあ、貸しひとつって事で!」
「じゃあ、この前格ゲーの負けで決まったストリップショーの話は無しにしてやるよ」
「げっ……まだ覚えてたのそれ?」
「ちなみに、『全裸より恥ずかしい下着を着てポールダンス』の件は別件だからな」
「うっ……」
「ゴタゴタで機会が無かったが、その内やってもらうから覚悟しろよ?」
「……助けるんじゃなかった」
──タッタッタッタッタ……ウィーン……
「ん?」
そんな会話をしていると、突如病室のドアが開き俺と同じ検診衣を着た少女が入ってきた。何やら酷く焦った様子で、憔悴しきって怯えた顔をしている。
「はぁ、はぁ……あ、アンタ達は!?」
「誰だお前?」
「あ、貴女……もしかしてティナ!? こんなとこで何してるのよ?」
「ティナ……って、確かモルデミールの時の……」
モルデミール潜入時、親衛隊第三小隊にいた少女……もといクソガキだ。俺を暗殺しようとした挙句、冤罪で陥れ、背中に鞭打ちされるという事態に追い込んだ張本人。
まあこの一件のお陰で、あの時は軍法会議とかいうのに出ることができ、敵の親玉……ミリアの親父を討ち取る事が出来たので、結果オーライだったのだが。
その後、拉致した彼女は、俺に手を上げたということでエルメアの怒りを買ったらしく、しばらく彼女のサンドバックとして過ごした後、このノア6にて電脳化を施した。本来であれば、彼女の年齢(15歳)で電脳化を行うことは無いのだが、今後仲間たちにも電脳化が可能か検討するべく、人体実験して確かめることにしたのだ。
ちなみに、この計画はロゼッタが発案し、推進していた。彼女が何故かやる気満々だったのと、このクソガキの処遇にも困っていたので、俺はOKを出したのだが……。
「あぐッ!? あ、頭が……アタマが……私の頭の中が、覗かれてる!? マズい……奴が、奴が来るッ!」
「ちょ、ちょっとティナ? どうしたのよ?」
「あ、アンタ……いや、ヴィクター様ぁ! どうか、どうかこの私を許してください!! 何でも……何でもします、させて頂きます! だから、どうか許してくださいぃ……!!」
「な、なんだ……?」
「ティナ……貴女、ホントにティナなの? 貴女の口から出そうにない言葉が聞こえたけど……」
「許して……もう、許して下さい……」
──コツ、コツ、コツ……
「あ……あああああッ!! 来る、奴が来ちゃうッ!! は、早く……早く私を許してッ!!」
「お、おい何なんだ!?」
「ティナ、一体どうしたのよ!?」
「許して……いいから許せよぉッッ!! 早く、早く早くッッ!! お願いだから、助けてぇぇッ!!」
──ウィーン……
「ヴィクター様、お目覚めですか?」
「ひぃぃぃッッ!!」
何故か、ティナが俺に必死に許しを乞うという謎な展開に呆然としていると、病室にロゼッタが入ってきた。
「お身体の具合は如何でしょうか?」
「ああ……3日も寝てたんだ、バキバキだよ。それで……」
「あ……あああ……」
「治療経過自体は良好です。傷も、幸い急所は外れていましたので。今は、幹細胞移植と投薬で様子を見ておりますが、今後はリハビリも取り入れていきましょう」
「そ、そうか……。それで、この状況はどうなってるんだ?」
「いや……もういや……」
先ほどから、ティナが酷く震えながら俺の足元に縋り付いている。この前までの、クソガキ感は見る影もなくなっている。察するに、ティナはロゼッタに対して怯えているようだが……。
「ヴィクター様もご存知の通り、彼女の電脳化は不完全な物でしたので、色々と荒療治を……」
「ぐ、具体的には?」
「VRゴーグルなどの装置にて、仮想空間を体験していただいてもらってます。以前、ヴィクター様に報告した内容通りですが……」
「……ちなみに、どんな内容なんだ?」
「先ほどまでは、心理学と電脳神経科学の博士号を持つ大学教授が監修した、
「そ、そこまでする必要あるのか?」
「あります。彼女の精神状態は、常に私がモニタリングさせて頂いているのですが、まだ反抗心があります。現に今も脱走していますので、それは明らかでしょう? それに、この1週間で電脳の稼働率も向上しています。電脳への慣熟の為にも、今後も続ける必要があります」
「や、やだ……やだやだやだやだ、もうやめて下さいッッ!! 許して下さいッッ!!」
そう言うと、ロゼッタはティナの肩を掴み、俺から引きはがした。
「さあ、戻りますよティナさん?」
「ひぃッ!? 放してッ、助けてぇぇッ!!」
「では、申し訳ありませんが、ティナさんを収容してまいりますのでしばらくお待ちください、ヴィクター様」
「お、おう……」
「ヤダァァァァァァァッッ!!」
──ウィーン……コツ、コツ、コツ……
ロゼッタはティナの手を引くと、病室を後にした……。
「……カティアも、電脳化してみるか?」
「い、嫌に決まってるでしょ!!」
おそらく、主人である俺に対して手を上げたのが許せないのだろう。止めるにしても、別にただティナを甚振っているわけではなく、結果も出ている。ティナに同情する気はないので、わざわざ止める理由も無い。
俺にできることは、ティナの今後をどうするか考える事くらいだろう……。
ともかく、仲間の電脳化は現実的では無さそうだ。
* * *
ー同時刻
@レンジャーズギルド 支部長室
「……それで、スーパーデュラハンは討伐されたと考えて良いのでしょうか?」
「ええ。調査では、周囲の森ごと消滅していたようです。我々もこの3日間、周辺の調査を実施していますが、特にスーパーデュラハンのものと思しき痕跡は見つかっておりません」
「それは……一体、彼は何をしたのでしょうね?」
「さあ、詳しい事は……。本人が回復して、ここに出頭してから聞き出す他無いようだデロイト支部長」
ギルドの支部長室にて、アーノルドと支部長が、先のスーパーデュラハン討伐のデブリーフィングを行っていた。机の上には、調査結果などの資料が並べられている。
「そういえば、ヴィクター君はどちらに?」
「何でも、信頼できる医者に診せるとかで、仲間が連れていってしまった……。正直、生きてるかも分からない状態だ」
「そうですか……」
「ともかく、スーパーデュラハン討伐は成功と、マスターには報告させて頂く」
「分かりました。後は、彼の無事を祈るばかりです」
「私とシュレーマンは、一足先に本部へ帰還する。モルデミールに駐屯している部隊も、春が来るまでに順次撤退する予定だ」
「未だ、残党軍の脅威が残っている状況ですが?」
「すまないが、来年はここも忙しくなるかと」
「やれやれ……いざという時は、本部からまた援軍を派遣させて頂くかもしれませんよ?」
「気持ちは分かるが、あまり期待しないで欲しい……。知っての通り、他の敵性都市や地域への派兵で忙しいのでね」
「レガル大陸の方も、最近戦闘が活発になっているそうですね?」
「……あまり詳しい事は言えないが、マスターは打開策を計画している。それが上手くいけば、事態は収束する筈だ」
「そうですか……」
「では、そろそろお暇しよう……世話になりました、デロイト支部長」
そう言うと、アーノルドは席を立つ。
「……ああ、そうだった。彼が来たら伝えて欲しいのだが」
「何でしょう?」
「ギルドマスターからの伝言だ────」
*
*
*
-数日前
@支部長室
「……お疲れ様です、治安維持部のアーノルド・ブラウンです」
《ハロハロ〜、ギルドマスターだよ〜♪ それで、やっぱりスーパーデュラハンって事で間違いないのかな?》
「……はい、ええ。やはり、スーパーデュラハンで間違いは無いかと。シュレーマンも、そう言ってます」
《そういえば、“彼”には会えたのかな?》
「はい、ギルドマスターの言う通り、“V”に任務を科しました。後ほど、私も同伴し、モルデミールに出発する予定です」
《ほいほ〜い、気をつけてね〜。くれぐれも、彼の行動評価を忘れずにね》
「分かりました。しかし、本当に彼らだけに任せて良いのですか? 実力があるとは言っても、まだBランク……他のメンバーも、全員女子供でしたが……」
《酷いッ! 君は女性を蔑視しているのかな!? 私に向かって、酷い言い草じゃないかッ!》
「ああ、いえ……決して女性をバカにした訳ではなく……!」
《なんちゃって、テヘペロ〜♪》
「冗談はよして下さい、ギルドマスターが言うと、心臓に悪いです。では、報告は後ほど……ああそれと、モルデミール駐屯司令部に、私を騙った通信があったそうです。心当たりはありませんか?」
《さあ、特にこちらからは何もしてないけど?》
「分かりました、こちらでも調べてみます。では、報告は後ほ……」
《あっ、そうだったそうだった、一つ言い忘れてたよ!》
「え、何です?」
《スーパーデュラハンをやっつけたらさ、“彼”に聞いて欲しいんだよね……『腹筋は割れたかな?』って》
「はぁ……それを“V”に聞けばいいんですか? それは何かの暗号でしょうか?」
《…………君は知る必要、あるのかな?》
「はっ、出過ぎた真似をして、申し訳ございませんッ! では、失礼します!」
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