第167話 蘇る悪夢・完

「……行っちゃった」

「ちょっとカティア、腕時計見て!」

「どうしたのジュディ……って、何これ?」


《それは、私から説明しましょう》


「うわっ、ロゼッタ!? 急に出てこないでよ、ビックリした……!」


《それは失礼致しました》


 カティア達が腕時計を覗くと、この周辺の3D地形図が投影される。そしてロゼッタが、これからヴィクターが行おうとしている事の説明を行う。


《今から、ヴィクター様は対象を無人の山中へと誘導……その後、何らかの手段で対象を無力化し、その後“ガブリエル”による地上攻撃を実施します》


「が、がぶりえる? 地上攻撃? 何それ?」

「ガブリエル……って確か、大天使様の事っすよね?」

「……カイナ、誰それ?」

「ほら、孤児院の教会に絵があったじゃないっすか? カティア、覚えてないんすか?」

「あ〜、なんか背中に羽生えた人……だっけ?」

「……誰かに落書きされてた」

「クソ……誰だか知らないけど、銃持たせて乱射させてたっけ。何でかアタシのせいにされて、大迷惑だった!」

「サングラスもかけさせられてたっす……」

「あ〜あれね。確か昔、写生大会みたいなのあったでしょ? あの時、つまらな過ぎて私が悪戯したのよ」

「「「 えっ……!? 」」」

「ちょうど使い道の無い、黒の絵の具もってたからそれで……そういえば、道具片付けるの面倒くさかったから、集中してたジュディの所にそっと置いといた気が……」

「ちょっと、あれカティアだったの!? あの後、シスターに怒られて大変だったんだけどッ!!」

「あ〜あ〜!! それでロゼッタ、その天使か何だか知らないけど、それがどうしたって?」


《はい。皆様は存じないかも知れませんが、空よりも高い場所……この惑星ほしの軌道上には、崩壊前に建造された兵器が無数に存在します。それらは、今でも地上を見下ろしているのです》


「「「「 ……??? 」」」」


 腕時計のホログラムに“ガブリエル”と呼ばれる人工衛星が表示され、地上に向けて攻撃する様子が投影される。


「な、何なんすかこの禍々しいのは!?」

「……落ちてこないの?」

「んなもん、こっから見えないけど……」

「……よく分からないけど、その攻撃ってヴィクターは巻き込まれないの?」


《……予定では戦術コンテナを投下し、超音速巡航ミサイルを発射します。終末誘導は、ヴィクター様が……つまり、巻き込まれる恐れがあります》


「はぁ!? 何なのよそれッ!」

「アタシら、何も聞いてない!」


《そこで、皆様にお願いがあります。ヴィクター様を、助けて欲しいのです! ガブリエルの操作は現在、ヴィクター様が行っています。私ではもう、止められないのです》


「何ですって!? ミシェル、そっちはどうなの!?」

「だ、ダメです! さっきから呼びかけてますが、応答がありませんッ!」


 ヴィクターが山へと入って行った後、ミシェルは指示を仰ぐべく、ヴィクターとの通信を試みていた。だが、応答は無かった。


《ッ……たった今、ガブリエルの攻撃準備が完了しましたッ!》


「……もうッ!」

「あ、ちょっ……カティア!?」

「ほっとけないでしょ! 追いかけるッ!」

「待って、アタシも行く!」

「ええっと、うちらは……」

「……ご主人様の言ったこと、皆に伝える」

「悔しいですけど、僕が行っても足手まといですし……」


 カティアとジュディは、ヴィクターを追って山の中へ……残ったミシェルとカイナ、ノーラは、ヴィクターの指示通りに、ギルドの兵士達に退避するように伝える為に、前線キャンプの中を走り出した。



 * * *



-数十分後

@軌道上 ガブリエル03号機


 6枚の翼を広げた人工衛星……旧連合陣営の戦略兵器セラフィムの一種、ガブリエルの一機から、円錐状の物体が地上に向けて射出された。円錐状の物体は、光と熱を帯びながら熱の壁を超えて、大気圏へと突入していく。

 そして、大気圏突入が完了すると、円錐状の物体がバラバラに飛び散りながら、突入時の熱で燃え尽きていき、中からは大型の巡航ミサイルが現れた。

 巡航ミサイルはエンジンに点火すると、翼を広げて、目標へと飛翔していった……。



 * * *



-同時刻

@モルデミール 山岳地帯


「はぁ、はぁ、はぁ……!」

「ヴィぐダァヂャん、ま゛っデェェェェッ!!」

「相変わらずキメェんだよ! 2世紀前から思ってたが、自分の性癖を他人に押し付けるんじゃねぇッ!」


──ドゴン、ドゴンッ!!


「グォッ!? ……マッでぇ゛え゛え゛ッッ!!」

「くそ、徹甲弾だと動きは止められないか……」


 山林の中を、スーパーデュラハンから逃げ回りながら、時に振り返り攻撃を加える。攻撃を当てれば少しは怯むが、奴の動きを止めるには至らない。

 そんな事を繰り返しながら、山を登っていく。


「はぁ、はぁ、ブートキャンプの最終日を思い出すな」

「マでぇ゛え゛えッ!!」

「っと、ここは!?」


 突然森が開け、見渡しの良い場所が現れた。周りの木々が倒されており、よく見れば“ V ”の字の形に開けている。


「……誘導してると思ったら、されてたのは俺の方だったのか。決闘にはおあつらえ向きの場所だな。流石は元サバイバル教官だ、敵わないな」

「グルルルル……」

「来いッ、ここで蹴りをつけてやるッ!!」

「グルォォォッ!!」


──ドゴン、ドゴンッ!!

──ビュン、ブンブンッ!!


 俺が対物ライフルを発射するのと同時に、奴は3本の触手を素早く伸ばして来た。俺は加速装置を起動させて触手を避けると、触手の基部を狙って徹甲弾を放った。


──ドゴンッ!! ブチュッ!!


 三本の触手は根本から千切れ、伸ばした勢いと共に俺の後方へと吹き飛んでいく。これで、奴の攻撃範囲を狭めることができた。

 これで戦闘はこちらに有利になったのだが、もう一つ問題が残されていた……。


「グルォッ!!」

「くっ……!」


 スーパーデュラハンは俺に急接近すると、手を貫手の要領で突き出し、攻撃を仕掛けてきた。

 奴の爪が俺の腹を貫く直前で回避すると、俺は奴の膝めがけて対物ライフルを発射する。膝を撃ち抜かれたスーパーデュラハンは一時的に体勢を崩すが、すぐに立ち上がり攻撃を再開する。


 デュラハンは元々、高い耐久力と再生力を誇るミュータントだ。中でもその上位種たるスーパーデュラハンは、その誕生過程(瀕死に追い込まれたデュラハンが再生する等)で、再生力が桁違いに強化されているらしい。

 先程から攻撃を加えても、すぐに傷口は塞がっているように感じる……。今ほど吹き飛ばした触手も、基部の所の肉が盛り上がり、ドクドクと脈打っていることから、そろそろ再生するのかもしれない。


[戦術カプセル展開。巡航ミサイル、点火。着弾まで残り10分……]


 電脳内に、アナウンスが響く。先程ガブリエルより投下した戦術カプセルが大気圏へと突入した後、中に入っていた巡航ミサイルが無事に起動したようだ。

 確か、奴は昔こう言った筈だ────


(オホホホホ、この私を倒したいなら、巡航ミサイルでも持って来なさ〜い♥)

「だったら、お望みのモン食らわせてやるよッ!」


 だが、着弾まで残り10分。その間に奴の行動を封じ、避難しなければ俺も巻き込まれてしまう……。


──ガコッ……ガシャコン!


 俺は空になった対物ライフルの弾倉を外し、新しい弾倉に入れ替える。


「……勝負だ!」

「グルォォォッ!!」


 それと同時に、スーパーデュラハンも襲いかかってくる。俺は加速装置を起動して、奴の脇をくぐり抜けると、距離を取り、奴の背後目掛けて発砲した。


──ドゴッ!! パァンッ!


「ッ……グォォォォッ!!」

「よし、当たりだ!」


 スーパーデュラハンの背中の着弾部には、何かが爆ぜて焦げた痕と、銃創……そして“火”が付いていた。

 俺が放ったのは、多目的徹甲焼夷榴弾H E I A Pだ。これまでの徹甲弾同様に、超硬合金の弾芯によって高い貫通力を持たせつつ、貫通後に内蔵された爆薬が炸裂して被害を拡大させる。さらに、内蔵された酸化剤とジルコニウム粉末が発火する事で、対象を延焼させる効果もある。


 この弾薬は、本来なら条約等を無視した特殊部隊同士の戦闘で用いられ、防護服を着た敵を確実に葬る為に使用された物だ。

 スーパーデュラハンの銃創は、炸裂により広がり、火がついた事で組織が焼き付き、再生を困難にしているようだ。威力が大きい上に再生を防ぐこの弾は、デュラハンにとってまさに天敵とも言える代物だろう。

 これが俺の切り札だ。トドメとばかりに、俺は奴目掛けて発砲を続ける。


「くたばれゲイ教官ッッ!!」


──ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドゴンッ!!


 奴の膝や肘など、活動を阻害するように、切り札の弾薬を撃ち込んでいく。すると、遂に奴は膝を突き、地面に倒れ込むと、こちらを睨むだけで動かなくなった。


──カチッ、カチカチッ!


「クソ、まだ仕留めきれないかッ!」

「ヴィぐ……だぁ……!!」


 俺は、手榴弾をとりだすと思案する。今持ってる、最高威力の武器はこれだ。やるなら、奴の動きが止まった今しかない!

 このまま投げる? ……効果があるとは思えない。ならば口の中か? いや危険だ、そのままかぶりつかれる恐れがある。どうしたものか。


「……ッ、あれは!?」


 その時、俺は奴の背中の突起に気がついた。



(わ……私は確かに、奴の背中にナイフをブッ刺したのよッ!)


「……確か、エマだったか? 使わせてもらうぞ!」


 俺は、スーパーデュラハンの背中に飛び乗ると、背中の突起……ナイフの柄に手をかける。ナイフの刃は、周囲の組織と同化しているのか、完全に埋没していた。

 だが、その部分だけ装甲に穴が空いている為に、強度は他と比べて弱そうだった。


「……はぁッ! ぬぐぐぐぐッ!!」


──ベキッ! バキバキッ、グジャッ!!


 力を入れてナイフを抜こうとすると、周囲の装甲に徐々にヒビが入り、一部が剥離しつつ、ゆっくりとその刃が姿を表した。


「グォォォォッ!?」

「痛いか? この後、もっと痛くなるから覚悟しろよッ!」


──ピンッ! グチャッ!


 ナイフを抜き取ると、俺はナイフを抜いて出来たその穴に、ピンを抜いた手榴弾を押し込み、急いで離れる。


「はぁ、はぁッ……」


──ボガァンッ!!


「うおっ!? ……ッ!?」


 手榴弾は、スーパーデュラハンの体内で爆発した。スーパーデュラハンは、前のめりに倒れたまま苦しそうにもがいたかと思うと、そのまま動かなくなった。

 死んではないかも知れないが、これで巡航ミサイル着弾までの時間が稼げた筈だ。


 だが、ここで一つ問題が発生した。手榴弾の爆風で転んでしまい、運の悪い事に倒木の枝に右手を貫かれてしまったのだ。

 強烈な痛みが襲いかかってきて、身体中から汗が噴き出る。


「いってぇぇぇぇッッ!! クソ、まずはこいつを抜かないと……ッ!」


 倒木から刺さった手を引き抜くと、真っ赤な血が吹き出して、辺りを赤く染める。どうも、動脈を傷つけてしまったらしい……。抜かずに、刺さった枝を倒木から切り離すべきだったか。

 左手で、緊急用の鎮痛剤を取り出し、口でキャップを外すと、急いで注射する。次は止血だ……。再び左手で止血用スプレーや、包帯を取るが、手が震えて落としてしまう。


[着弾まで、残り8分……]


 刻一刻と迫る巡航ミサイルに、焦りが強くなる。


「ちくしょう、上手く出来ねぇ……」


 まごついている間も、巡航ミサイルは迫る。更に、噴き出る血と共に、意識も薄くなって来ている気もする。

 そんな時、背後から声がかけられる。


「ヴィクター、大丈夫ッ!?」

「……カティア?」

「ヴィクター、血が……どうしたらいい!?」

「ジュディ、お前も? ……そこのスプレーを傷に吹きかけて包帯巻いてくれ」

「分かった!」


 ジュディが、止血用スプレーを傷口に吹きかける。すると、スプレーのゲル化発泡剤により傷口が埋まり、出血が抑えられた。カティアは、俺の右手を取ると、手際良く包帯を巻いていく。


「助かった……それにしてもお前達、どうしてここに?」

「ロゼッタに頼まれたの。ヴィクターを助けてくれって」

「ロゼッタが?」

「全く、後で感謝しときなさいよ?」

「……ああ、そうだな」

「それで、スーパーデュラハンは倒したの?」

「分からん。とりあえず動きは封じた筈だ」


 スーパーデュラハンは、うつ伏せに倒れており、関節部を中心に、先程の銃撃と爆発により全身に火がついていた。


[着弾まで残り6分……]


「まずい、急いでここを離れないと……くッ!?」

「ヴィクター、大丈夫!?」

「くそ、こんな時に! すまん、足を挫いたみたいだ」

「ほらカティア、そっち頼むよ」

「はいはい」

「全く、我ながら情けないな」

「弱音吐くなんて、珍しいじゃない」

「ほら、しっかりしな!」

「悪いな、二人とも……」


 ジュディとカティアに肩を持ってもらいながら、足を引きずって移動を始める。


「もうすぐ、ここら一帯は吹っ飛ぶ……さっさとずらからないと巻き込まれる」

「知ってるわよ! 全く、無茶するんだから……」

「せめて、アタシらにも言っといて欲しいよ……」

「すまん、悪か……ッ!?」


──ビュンッ! グチャ!


「ガハッ!?」

「「 ヴィクター!? 」」

「ゔぃ……グ……ダァ……」


 突如、腹に冷たいような熱いような感覚が襲いかかって来た。見ると、腹からウネウネとした何かが飛び出していた。

 振り返ると、全身に火を纏い、手榴弾で背中の肉が剥き出しになったスーパーデュラハンが、触手を伸ばしてゆっくりと這って来ているのが見えた。


「ま……デェ……」

「何コイツ、まだ生きてるの!?」

「カティア、ぼけっとしない!」


──ダンッ、ダンッ、ダンッ!!

──バンバンバンッ!


 カティアが拳銃で、ジュディがショットガンで応戦する。その間に、俺は触手を先程抜いたエマのナイフで切り落とし、触手を引き抜く。

 先程注射した鎮痛剤のおかげで、そこまで痛みは感じないが、身体のダメージは大きいのか、先程から視界がボヤけて、手も震えている。いつの間にか、意識も遠のいている。



「グォォォォ……!!」

「ダメ、効いてない!」

「背中! ジュディ、背中の剥き出しの所狙って!」

「分かった! だったら、とっておきを食らわせてやるよ!」


 そう言うとジュディは、腰のホルダーからショットシェルを4つ掴むと、そのままショットガンに装填し、射撃した。


──ダンッ、パァンッ!!


「ッ……ヴァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」


 放たれた弾は、スーパーデュラハンの背中に命中すると、小さく爆発を起こし、周りの組織を吹き飛ばした。ジュディが装填したのは、ショットガン用の榴弾で、本来は遮蔽物に隠れた敵や、軽車両に対して使用する物だ。

 背中の肉を抉られたスーパーデュラハンは怯み、ジュディを睨みつける。


──ダンッ、パァンッ!! ダンッ、パァンッ!!


「……アタシの男に、手出すな! 引っ込んでろ化け物ッ!!」


──ジャキッ……ダン、パァンッ!!


「キェェェェェッ!! グォォォォン…………」


 最後の一発が脊柱を損傷させたのか、今度こそスーパーデュラハンは動かなくなった。


「ジュディ、大変……ヴィクターが!!」

「はっ……ヴィクターッ!!」



 俺の意識は、先程から遠のいてきている。カティアとジュディが、何やら身体を揺すっているのは分かるが、何を言っているかは分からない。


[着弾まで残り4分……]


 そんな中でも、巡航ミサイルのアナウンスだけはハッキリと聞こえてくる……。俺は、力を振り絞って呟く。


「みんな……俺の事はいいから……早く、逃げろ……」

「ちょっと、ヴィクターしっかりしてッ!」

「カティア、時間が無いよ! 手を貸して!」




[着弾まで残り3分……]



[着弾まで残り2分……]



[着弾まで残り1分……]



[5……4……3……2……1……弾着]



 * * *



-数刻後

@ギルド前線キャンプ


──ドゴォォォォッ!! ドガァァァンッッ!!


「な、何の音だこれは!?」

「た、隊長! アレを……!!」

「な、何だアレは!? まさか、山が噴火したのか!?」

「こ、ここら一帯には火山はない筈ですが……!?」


 突如、ギルド前線キャンプに轟音が響き渡り、強烈な突風のような衝撃波が襲いかかる。通過した巡航ミサイルによって発生したソニックブームである。皆、突然の轟音に耳を塞いでいて気がつかなかったが、彼らの上空を巡航ミサイルが飛行していたのである。

 直後、彼らが目撃したのは、ヴィクター達が入って行った山が噴火したかのような煙と土煙が上がっている光景だった……。

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