第166話 蘇る悪夢4

-同時刻

@モルデミール ギルド前線キャンプ


── グルォォォォッ!! ヴィィィィぐダァァァァッッ!!


 ギルドの前線基地にて装備を整えていた所、隣接する山の方から、低く唸る咆哮が聞こえてきた……。


「ちょっとヴィクター、これって……!?」

「ああ、例の奴だカティア。俺達が巨人の穴蔵で戦った奴だ! 全員、戦闘準備!」


 間違いない……奴が息を吹き返したのだ。


《ロゼッタッ!》

《……ただいま衛星で確認しました。中継します》

《頼む!》


 衛星の映像が電脳内に中継される。すると、ここからそう遠くない山の中を駆け抜けて、こちらに向かって来る巨大な生物の姿が映し出された……。


《クソ、生きてたにしても瀕死じゃねぇのかよ……》

《恐らく、生体反応が停止した後に復活したのでしょう》


 俺達がヘリで攻撃した時、確かに奴は死んでいた。……いや、死んでいると判断できた。

 ところで“死”の判断とは、実は時代と共に変わったりする曖昧なものだ。呼吸や心臓が止まった時といった古い考えや、大脳新皮質の機能が損なわれた時といった判断が難しい考えもある。少なくともあの時、奴の心肺機能、電脳信号は停止していたので、常識で考えれば死んでいると判断できた筈だ。


 だが、古来より葬式中に死人が息を吹き返した事例や、一度心肺が止まったにも関わらず息を吹き返した事例は山ほどある。

 こうした場合、ヘリのセンサーでは鑑別出来ない。こればかりはどうしようもない。


《また、ヘリを飛ばしますか?》

《いや、ダメだ……ギルドの連中の目もあるし、そもそもヘリの攻撃を凌いでるんだ、効果は薄い》

《ですが……》

《いや、まだ手はある。俺達の上には、いつも天使様がいらっしゃるだろ?》

《まさか! しかし前回と違い、今回はヴィクター様が巻き込まれてしまう恐れが……》

《そこら辺は上手くやるさ。準備頼む!》

《……お気をつけて》


 ロゼッタとの通信を終えると、俺達はテントの外へ出る。キャンプの中は、先程の咆哮が聞こえたせいか、慌ただしい雰囲気になっていた。

 兵士達があちこち走り回り、数台の装甲車が指揮所の周りを囲むように集結していた。


 そこへ、アーノルドが兵士を引き連れてこちらにやって来た。


「ヴィクターくん、戦闘準備はできてるかな?」

「……ああ。向こうからやって来るとは思わなかったがな」

「うむ、どうも先走った輩がいたらしい。スーパーデュラハンを刺激してしまったようだな」

「キャンプ前に集まってた連中か……」

「その中の一部が、愚かにも山の中に入っていくのを目撃した者がいるそうだ」

「クソ……」

「救助は……まあ、絶望的だろう。偵察員の話では、こちらに接近している兆候があるそうだ。来る以上、迎え撃つしかあるまい。君達も配置につきたまえ」

「そうさせてもらうよ」



 * * *



-数十分後

@ギルド前線キャンプ 山側


 スーパーデュラハンの襲撃に備えて、俺達はギルドの兵士達と共に、先程土嚢を積み上げて作った即席の防塁に身を潜めていた。

 不気味な沈黙が続く中、木々の揺れが激しくなり、遂にその時が来た。


「…………来た!」

「ヴァ゛ァ゛ァ゛ォァ゛ッ!!」


──ドンッ! チュドンッ! ボカンッ!


 森から巨大な生物が飛び出し、ギルドの前線基地のキャンプに近づいたその時、その生物の足元が爆発し、その衝撃でその生物は転げ回り、さらに転げ回った先でも地面が爆発していく。

 ギルドの前線基地は、周囲をフェンスと空堀で囲っているが、見通しの悪い山側には、地雷が敷設してあった。森から飛び出して来た生物……スーパーデュラハンは、この洗礼を受ける事となり、その巨体は爆風と共に空堀へと転げ落ちていった……。


「……や、やったか?」


 兵士の誰かがそう呟くが、そんな攻撃で倒せたら苦労はしない。地雷によって巻き上がった土煙が収まってくると、空堀から巨大な爪を持った手がにょっきり出てきて、ゆっくりとスーパーデュラハンがその身を起こした。

 そして、スーパーデュラハンは空堀をよじ登ると、フェンスを爪で破壊してキャンプ内へと侵入して来た。


 スーパーデュラハンは、俺達がヘリから放ったロケット弾に含まれていた対戦車用のフレシェットや榴弾の破片を身体中に生やしていた。さらにロケット弾やミサイルの爆風、先程の地雷の爆風により、その身体は真っ黒に焦げている。

 また、ビームで切断した筈の左腕を補うように、一本の触手が生えており、不死身の化け物を体現するかのような、非常に禍々しい姿をしていた。


 そして、スーパーデュラハンがキャンプ内へ走り出そうとしたその時、アーノルドの声が響いた。


『撃てッ!!』


──ドドドドドドッ!

──ダダダダダッ!

──ドゴゴゴゴッ!!

──バシュッ……ドガンッ!!


 号令と共に、兵士達が防塁から身を出し、射撃を開始した。防塁は、森に対しL字型になるように並べられており、スーパーデュラハンは十字砲火をモロに喰らう形となった。

 兵士達は、アサルトライフルや分隊支援火器、そしてロケットランチャーなどで武装しており、その火力投射は崩壊後の世界でも優れたものだ。だが……


「……グルルルル」

「クソ、ロケットが避けられたッ!?」

「あれだけ当てても、倒れないだとッ!?」

「ダメだ、弾が弾かれてるんだ!」


 ロケットランチャーから放たれたロケットは、身体の軸をずらして避けられてしまい、銃弾は当たっても弾かれてしまっていた。

 奴の体表は非常に硬いようで、銃弾は弾かれるか埋まるかして防がれてしまっている。


《ロゼッタ、どう思う? 生物があそこまで頑丈になれるのか?》

《曲竜類(アンキロサウルス等の恐竜)には、身体中を骨板の装甲で覆うことで、捕食者から身を守る生物が存在します。哺乳類にも被甲目(アルマジロ等)が存在しています。恐らく、その生物は皮膚が発達して、骨質化しているのでしょう》

《だが、奴は元人間の筈だ。ウイルスか放射線被曝が原因かは知らないが、流石に無理があるだろ!》

《人間にも先天的に結合組織……つまり、筋肉や腱などが徐々に骨組織に変化していく疾患がありますし、後天的に皮膚に骨形成が起きる疾患がありますので、不思議ではないかと》

《何だそれ、怖いな!?》

《崩壊前は、出生前の遺伝子セラピーで先天性疾患の殆どは克服出来ましたが、何らかのトリガーにより、そうした現象は起こり得るのではないでしょうか?》

《……だが、そのせいで前よりもトロくなってるみたいだ。流石に、弾速の遅いロケットランチャーは避けられるみたいだが》

《恐らく、ニューロアクセラレーターの過負荷による行動不能への対処として、スピードを捨て防御力を高める方向に進化したのでは?》

《なるほど……それに、あの触手が気になる。映画じゃ、ああいう化け物は強いからな》


 そんなことをロゼッタと分析していると、スーパーデュラハンが防塁を飛び越えて、兵士達に襲いかかる。


「退避っ! 交代で撃ちつつ下がれッ!」


 兵士達は、射撃してスーパーデュラハンを攻撃する者と、それを背に距離を取る者で分かれて、それぞれ役割を交代しながらスーパーデュラハンから距離を取っていく。そして、スーパーデュラハンから逃げていたはずなのに、いつの間にかスーパーデュラハンを包囲する布陣を取っていた。

 崩壊前でも通用しそうなくらい、統率の取れたその動きから、彼らの力量が窺える。


──ブンッ……グシャ!


「ガハッ……!?」

「グルルルル……オ゛ド……ゴノゴォ゛!」


 ……だが、そんな彼らを嘲笑うかのように奴は兵士達に急接近すると、兵士の一人を触手で貫いた。そして、そのままの状態で自身の目の前に兵士を引き寄せると、その顔を覗き込み、涎を垂らす。その口元は、笑みを浮かべている様に見え、非常に不気味だった。


「クソ、仲間を放せ化け物ッ!」

「全員、奴の触手を狙えッ!」

「ばか、同士討ちになるぞ!」

「だったらどうすればッ!?」

「グ……み、皆構うなッ! 俺ごと撃って……」


──ドゴンッ!! ドゴッ!!


「グッ、グルァッ!?」

「うわぁ!?」


 捕まった兵士が、自己犠牲の覚悟を決めた所に、俺は用意していた対物ライフルを撃ち込む。対物ライフルの銃弾は、スーパーデュラハンの堅固な体表を貫き、その身体をよろめかせることができた。

 捕まっていた兵士も、触手の魔の手から解放され、地面に放り出された。触手は腹部を貫いていたが、急所を外していたようで、幸いまだ息があるようだ。


 ギルドの連中も、同じ口径の重機関銃は使用してはいたが、その弾は崩壊後の技術で製造された通常弾と曳光弾であり、スーパーデュラハンの身体に微々たるダメージを与えるに留まっていた。

 だが、俺が使用したのは弾芯にタングステンなどの超硬合金を使用した徹甲弾だ。流石に、奴もこの弾は止められず、無視できないダメージを与える事ができるらしい。


「ちょ、ちょっとヴィクター!? まだ予定より早いわよ!?」

「いや、被害者が出た以上、もはや無視できない。よし……皆聞け! こいつは、今から俺達が対処するッ! 負傷者を連れて、撤退してくれっ!」

「ちょっ、マジ!?」

「例のレンジャーか! ……わかった、任せたぞ! 全員、負傷者を回収して一旦退くぞッ!」

「ヴァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ! ヴィィィィぐダァァァァッッ!!」


 現場指揮官の男が、兵士達に撤退を指示し、兵士達が後退する。そこへ、俺達が防塁を乗り越えて姿を表す。

 俺の姿を見たスーパーデュラハンは、目的の獲物を見つけたとばかりに、大きな叫び声を上げる。


 俺は初め、奴はヘリの強襲で負ったダメージを完全に回復できていないと考え、ギルドの連中に攻撃を任せて、弱った所をトドメを刺そうと考えていた。そうすれば、ギルドの大きな大きな手を借りて、スーパーデュラハンを討伐したとアピールする事ができ、変に目をつけられる事もないと思われたからだ。

 何より奴と関わるのを最小限にできるし、俺達も安全だ。


 だが、そうは問屋が卸さないらしい。俺も、自分のトラウマに向き合うべきだとでも言うのか……。


「よし……カティアとジュディは前に、残りはバックアップだ!」

「仕方ないわね!」

「皆さん、頑張りましょう!」

「ミシェル、良い子っすね〜……いでッ!?」

「ほらカイナ、腰が引けてるよ!」

「……邪魔だから、さっさと前に出る」

「皆、厳しいっす〜!」


──ダンッ! ダンッ!

──ダダダダダッ!

──ポンッ……ドカンッ!


 俺の号令と共に、皆が奴に攻撃を加える……。ジュディのショットガンから徹甲用サボット弾が放たれ、カティアとミシェルの銃弾が牽制し、カイナのグレネードランチャーが炸裂。そして、ノーラの狙撃銃が狙いを定める。

 この完璧な女性編成に対して、スーパーデュラハンは特に避けようとする素振りは見せず、攻撃を全てその身で受け止めて、俺を睨みつける。


 奴の行動原理は極めて単純だ。それは、人間の男を捕食する……ただそれだけだ。その反面、女に対しては無視しようと振る舞う。

 奴は人間だった頃から、女性という存在を認めていなかった。どれだけ姿を変えようが、その行動規範は今でも変わらない事は、この前巨人の穴蔵で戦った時から判明している。奴は女性の壁に阻まれ、どうすることも出来なかった。


 だが、これで勝てる訳ではない。奴の身体には、無数の銃弾が命中しているが、殆どが体表で阻まれてしまっていた。辛うじてジュディのサボットや、カイナの狙撃銃の弾が貫通できるくらいで、大したダメージになっている様子はない。



「クソ、硬い……全然効いてないじゃない!」

「このままじゃ、いつか弾切れだな」

「ジリ貧じゃない!? 何か手は無いの?」

「触手はどうだ? 的は小さいかもしれないが、あそこなら……」

「確かに、柔らかそうね。やってやるわ!」


──ダダダダッ!

──ドゴンッ!


 カティアと共に、奴の左腕に当たる触手目掛けて攻撃を加える。カティアのバースト射撃が触手の根元を抉り、俺の対物ライフルが奴の触手を吹き飛ばした。

 ブシッ……と赤い血を噴き出しながら、触手は地面に落下した。


「やったわ!」

「よし、この調子だ! 全員、奴の左膝を狙え。奴の行動の自由を奪う!」

「「「「「 了解! 」」」」」

『そこのレンジャー達、どけぇぇッ!』

「なっ……全員退避ッ!」


──ブロロロロ……ドルンッ、ゴシャァァァッ!


 俺達がスーパーデュラハンの四肢を封じるべく、攻勢に出ようとしたその時、ギルドの装甲車が俺達の前を横切り、奴へと突っ込んだ。スーパーデュラハンは、装甲車の突進を抑えようと踏ん張るが、パワーは装甲車が勝っているらしく、そのまま押し切られていた。

 地面には、スーパーデュラハンの踏ん張った足が作った2本の線が伸びる。


「グググ……グオオオオオッ!!」

「クソ、なんてパワーだッ! おい、もっとアクセル踏めッ!」

「もうベタ踏みでさぁ、車長ッ!」

「おい、お前達何を!?」

「ハッハッハッ、レンジャーだけにいいところ持ってかれるのは癪だからなぁ!」

「待てッ!」

「グァァァッ!!」

「しゃ、車長ッ! 止められました! 車体が動きませんッ!」

「何ィ!? そのままアクセルは踏んどけよ! よし、総員降車ッ! 俺達、機械化猟兵の力を見せてやれッ!」


 そう車長が言うと、装甲車の後部ハッチが開き、8人程の武装した兵士達が降りてきた。そうしてスーパーデュラハンを取り囲むと、一斉に射撃を始めた。


「よし、そのまま押し込めッ!!」

「勝てる、勝てるぞッ!」


「ヴィクター、もう勝負ついたんじゃない?」

「……いや、待て! 奴の左腕のとこ、よく見ろ!」

「そこって……さっき触手があったとこじゃない」


 スーパーデュラハンの左腕基部……先程まで触手が生えていた箇所は、肉が盛り上がったような感じに変貌しており、ビクビクと蠢いていた。すると突然、肉をかき分けて三本の触手が飛び出し、素早く近くにいた兵士達を突き刺したり、絡め取って投げ飛ばした。


「グハァッ!?」

「な、何だと!?」

「まさか、再生したのか!?」


「ちょ……ヴィクター、あれ増えてない?」

「見りゃ分かるわ! くそ、厄介だな……」


 先程まで1本しか無かった触手が、なんと3本に増えた。スーパーデュラハンは、周りの兵士達を触手を駆使してなぎ倒すと、触手を装甲車のペリスコープに突き刺す。


「うわっ!?」

「ぬおおおおッ!?」


 急に視界を奪われた操縦士は、装甲車のハンドルを切り、スーパーデュラハンの脇に逸れ、急蛇行した後急停車する。その勢いに、ハッチから身を乗り出していた車長が、装甲車から振り落とされてしまった。

 そこへ、スーパーデュラハンの触手が伸び、車長の首を絡めながら宙に持ち上げ、顔の近くまで引き寄せる。スーパーデュラハンは、何処か不気味な笑みのようなものを浮かべているように見えた。


「グググ……お゛ドご……ズきィィィッ!!」

「ぬぐぐぐぐ、こ……この、ばけも……」


──ドゴンッ!! バチュンッ!


 車長を掴んでいる触手と、スーパーデュラハンの右膝を狙撃する。すると、車長は地面に投げ出され、スーパーデュラハンは片膝をついた。


「グルル……ヴィぐダァァッ!!」

「おわっ、はぁはぁ……た、助かった!」

「よし、お前達は撤退してくれ!」

「だ、だがしかし……」

「いいから退いてくれ、俺に策がある!」

「……くっ! わかった、後は頼むぞ!」

「ちょっとヴィクター、どうやって倒す気なのよ!?」

「カティア、皆にここから離れるように伝えてくれ」

「はぁ?」

「よしゲイ教官! 俺が相手だ、ついて来やがれッ!」

「グルォォォォッ!!」

「ちょっと、私達はどうするのよッ!?」

「離れといてくれ! 詳しくは、腕時計見てくれッ!!」

「あっ、ちょっと……待ちなさいよッ!!」


 カティアの呼び止める声を背に受けながら、俺はスーパーデュラハンの脇を加速装置を駆使して潜り抜け、そのまま奴が来た方向……山に向かって走り出す。


「グオオオオオヴィぐダァヂャん、ま゛っデェェェェッ!!」


 スーパーデュラハンは、膝へのダメージなどまるで無いかの如く立ち上がり、ヴィクターの追跡をはじめ、山の中……深い木々の中へと姿を消した……。

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