第164話 蘇る悪夢2

-翌日 真夜中

@モルデミール山岳地帯 上空


──バタバタバタバタ……


「うん?」

「何だ、ヘリコプターか?」


 モルデミール山岳地帯、旧連合軍の演習場上空に、ヘリコプターの物と思しき風切音が、夜空にこだましていた。ちょうど、警戒に当たっていたギルドの兵士達が、その音に気が付き、空を見上げる。

 ギルド本部では、ヘリコプターをはじめとした崩壊前の遺物を多数整備・運用しており、兵士達は仲間が上空から近辺を警戒しているのだろうと思っていた。


「ついに夜間の警備に、ヘリを持ち出すようになっちまったか」

「仲間が殺られてるんだ、無理もない」

「しかし妙だな……今夜は飛行予定なんて無かったはずだが……」

「一応、司令部に確認しておくか。機体の識別を頼む」

「はいよ」


 モルデミールでは、ヘリコプター等の航空戦力を運用していないのは判明している為、ギルドの兵士達は、どうせ味方だろうと思い込み、特に警戒する事は無かった。


「どれどれ……確かに、2機飛んでるな。機種は【ハンターワスプ】と、その後をつけるように【タランチュラホーク】が飛んでるな。パイロットの連中も、遠くからご苦労なこって……」

「ん? おいちょっと待て、今回の遠征に“ハンターワスプ”なんて来てたか!?」

「そ、そういえば……!」

「言われてみれば、いなかった! 何であんな貴重な機体がここに!?」

「も、モルデミール駐屯司令部より入電! この時間、飛行している機体は無いぞッ!」

「何だとッ!?」

「じゃあ、あれは敵なのか!?」

「まさかモルデミールの奴ら、あんな物を隠し持ってたのか!?」


 残党軍による攻撃や、モルデミールの反抗を疑い、兵士達は急いで戦闘準備をする。兵士達が警戒していたのは、“ハンターワスプ”と呼ばれる偵察ヘリコプターであった。

 このヘリコプターは崩壊前、連合軍が使用していた物で、高精度な偵察・観測機器を搭載しており、例え今が灯ひとつない真夜中であっても、自分達の居場所がバレてしまい、上空から一方的に攻撃されてしまうからだ。

 一方、随伴するタランチュラホークは攻撃ヘリコプターで、搭載している兵器が強力な為、どちらかと言えば対兵器・建造物向きである。搭載するミサイルなども強力だが、ヘリと同じく遺物である為、たかが歩兵に使うのはコストが高すぎる。

 ギルドでは偵察ヘリを対人用途、攻撃ヘリを対物用途に使用していた為、兵士達は偵察ヘリであるハンターワスプに対して、恐怖を感じていた。


「くそ、このままじゃ文字通り蜂の巣にされるぞ!」

「た、退避だッ!」

「馬鹿、奴から逃げられる訳ないだろッ!」

「攻撃される前に撃ち落としてやる! ロケットランチャー持って来い! 無駄かもしれんが、重機関銃も用意しろッ!」

「ん? おい皆、ちょっと待てッ!」


 今にもヘリコプターに向けて攻撃をしようとしていたギルドの兵士達であったが、無線機に耳を傾けていた通信兵が声を上げた。


「ちゅ、中止ッ! 撃つな、攻撃するなッ!」

「何だと、どういう事だッ!」

「先程、治安維持部からモルデミール駐屯本部に緊急の連絡があったそうだ! 今夜、自衛戦闘以外の全ての戦闘行為を禁ずるとの事だッ!」

「何、どういう事だ!?」

「要するに、向こうが攻撃しない限り、勝手に攻撃するなって事だ!」

「んな事は分かってる! だが攻撃を受けたら蜂の巣だ、そもそも反撃できるかッ!」

「誰だ、そんなふざけた命令を出したのはッ!?」

「ち……治安維持部、アーノルド・ブラウン部長だそうです……」

「な、何だと……!」

「ど、どうする?」

「知るか、命令には従うしかないだろ! 幹部クラスの人間が考える事は分からん!」


 兵士達は銃を下ろすと、上空を通過して行くヘリコプターを呆然と眺める事しか出来なかった……。



 * * *



-同時刻

@モルデミール山岳地帯 上空


《機体の調子はいかがですか、ヴィクター様?》

《良好だ。とても200年以上前の機体とは思えん》

《軍のマニュアルに則り、使用実績の無い機体は保管処理モスボールしていましたからね》

《下の連中の攻撃も無いな……俺達の事、味方だと思ってるのか? まあ、味方にはなるんだろうが》

《欺瞞情報に踊らされてるのでは?》


 今回、俺はゲイ教官……もとい、スーパーデュラハンを確実に仕留めるべく、ヘリコプターを投入する事にした。奴にはもう、これぐらいしなければ死なないだろう。


 だが、ヘリを使う以上、一つの障害があった。それは、モルデミールに駐屯しているギルド本部からの駐屯兵達だ。

 連中は崩壊前の兵器に精通しており、モルデミールの上空を飛ぼうものなら、不審機として攻撃を受けてしまう恐れがある。反撃をしてもいいが、万が一俺が関与している事がバレたり、それを口実にモルデミール駐屯部隊が増強され、モルデミールの負担になる事は避けたい。

 そこで、昼間ガレージに来ていた男の名前を騙り、ギルドの通信に介入し、攻撃をしないように通達した。素直に下の連中が言う事を聞いたあたり、あのアーノルドとかいう男……相当偉い奴だったんだな。


《それより、そっちはどうだ? ハンターワスプのセンサーに反応はあるか? そろそろだと思うんだが……》

《随時確認しておりま……いました、11時の方角です。何やら木を倒しているように見えますが……》

《よっし、今度こそトドメを刺してやるッ! さっさとくたばりやがれ、ゲイ教官ッ!!》


 ターゲットを発見した2機のヘリが、高度を下げつつ移動する。その先には、怒りをぶつけるように木々を自慢の爪で斬りつけている、デュラハンの姿があった。そして、何回も斬りつけられた木がバランスを失って倒れ、月明かりがデュラハンを照らし出した。

 その姿は以前とは異なり、身体が一回り大きくなり、爪も伸びているように見える。何よりも特徴的なのは、身体の表面が所々角張っており、いかにも硬そうな感じがするようになっていた事だった。


「グォォォォッッ!!」


 そして、ヘリの接近に気がついたのか、両腕を広げながら威嚇の姿勢を取った。


《ロゼッタ、誘導しろ!》

《かしこまりました》


──ガシャ……ウィーン、ドドドドドドッ!


 ロゼッタの駆るハンターワスプの機首から、重機関銃が飛び出し、デュラハンめがけて火を吹いた。デュラハンは、それを回避しつつ森の中を複雑に逃げ回るが、ハンターワスプは持ち前の機動性と索敵能力を活かし、デュラハンを追い詰めていく。


「ッ!? グォォ……!!」


 そうして暫く追い回していると、デュラハンは動きを止めてその場に倒れる。


《ヴィクター様、バーンアウトしたようです》

《この時を待ってたぜ! 喰らいやがれッ!!》


 デュラハンは、以前のように加速装置を酷使したのか、再びバーンアウト状態になった。その場にうつ伏せになり、こちらに向けて怒りを表すように腕を伸ばしている。

 俺はデュラハンに照準を合わせると、引き金を引く。すると、自分の駆るヘリの機体下部から伸びたビーム砲から、デュラハン目掛けて光の筋が伸びた。


──ジュイィィィィィンッ!!


「グギァァァッ!!」


 俺の操縦しているヘリ……タランチュラホークは、機体の後方に中口径のビーム砲を搭載している。照射時間は短く、リチャージまでの時間は長いが、それでも戦車の装甲を一瞬で撃ち抜ける威力はある。

 デュラハンの伸ばした腕を吹き飛ばし、デュラハンは顔を地面に打ちつけ、突っ伏した。


《ロゼッタ、全弾発射だッ! まだまだいくぞ、撃ちまくれッ! 確実に奴を始末しろッ!!》

《了解致しました》


──ドドドドドドッ!!

──バシュシュシュシュッ!


 2機のヘリコプターからロケットやミサイル、重機関銃弾の雨がデュラハンに降り注ぐ。山は爆音に包まれ、空気が振動した。

 ほんの数秒の事ではあったが、一人の元人間……元兵士を始末するにはオーバーキルと言える火力を集中したのだ。今度こそは葬れただろう……。


《ロゼッタ、どうだ?》

《着弾後のノイズがありますが、生体反応は観測できません。心音も感知ありません》

《……やったか? まあ、これで死ななきゃ今度はセラフィム使うしか無いな》

《……ヴィクター様、ギルドの通信が活発になってます。そろそろ帰投させた方がよろしいかと》

《本来なら今のうちに、奴がちゃんと死んでるか確認したいが仕方ない。まあどうせ、近いうちにこの目で直接見る事になってるし、大丈夫だろう。帰投させよう》


(……それにしてもあの怪物、何故あのような事を?)


 煙が立ち上る山と、月明かりを背景に、2機のヘリコプターは南へと飛んでいく。ロゼッタは、上空から暗視装置を起動させると、山の斜面の木々が倒されて、ちょうど大きく“ V ”の地上絵が出来ている事に気がついたが、特に気にする事は無かった……。



 * * *



-数分後

@ノア6


「ふぅ〜、疲れた……」

「お疲れ様でした、ヴィクター様」

「んじゃ、後は頼むロゼッタ」

「はい、お任せ下さい」


 俺は、頭についていたヘッドセットを外し、ヘリコプターの遠隔操縦用の筐体の座席から立ち上がる。

 先程、ゲイ教官ことスーパーデュラハンをヘリで狩りに行ったが、別に俺達が直接乗っていた訳ではない。奴がいるモルデミールは、ギルド本部からの駐屯部隊に新生モルデミールの部隊、そして残党軍がしのぎを削っている魔境だ。

 最悪の場合、ヘリを撃ち落とされるという事があるかもしれない。そんなところに、わざわざ地上砲火に弱いヘリに乗って行く馬鹿な行為をする訳が無かった。


 崩壊前の兵器は、遠隔操縦可能な物があるのだ。今回使用したヘリコプターもそうだった。無人であれば、万が一撃ち落とされたりしても、誰がやったか分からないだろう。

 直接奴の死体を確認できる訳では無いが、今回はこの方法が最適だろう。それに奴の討伐の為に、例のギルドのお偉いさんを連れて、モルデミールに行く事になっている。確認はその時でいいだろう……。



 * * *



-数時間後

@レンジャーズギルド 支部長室


「何? 私はそんな指示を出した覚えはないが……」

「ですが、確かにモルデミール駐屯司令部には、確かにアーノルド部長からの命令が来たと……」

「分かった。それについては、こちらで対応する……下がってくれ」

「はっ、失礼します!」


 連絡係を下がらせ、支部長室の中は支部長とアーノルドの二人だけとなる。


「デロイト支部長、本部と連絡したい。部屋をお借りしても?」

「ええ、どうぞ。装置はその本棚の裏にあります」

「ありがとう」

「いえいえ、では私は退席します。ギルドマスターによろしくお願いします」


 支部長が部屋を出て行くのを確認すると、アーノルドは支部長室の本棚を動かす。すると、そこには椅子と机がある小さなスペースが現れた。そして、机の上には電話の受話器がポツリと置いてあった。

 これは衛星電話の一種であり、ギルドが管理している崩壊前の通信衛星を介して、ギルド本部へと連絡ができる物だった。各地にあるギルド支部では、こうした通信設備を備えており、支部長による定期連絡や、緊急時の応援要請などを行うことができるのだ。


 アーノルドは電話を取ると、番号を入力して、ギルド本部……ギルドの最高権力者である、ギルドマスターへと連絡をかけた。


「……お疲れ様です、治安維持部のアーノルド・ブラウンです」

《……》

「……はい、ええ。やはり、スーパーデュラハンで間違いは無いかと。シュレーマンも、そう言ってます」

《……?》

「はい、ギルドマスターの言う通り、“V”に任務を科しました。後ほど、私も同伴し、モルデミールに出発する予定です」

《……》

「分かりました。しかし、本当に彼らだけに任せて良いのですか? 実力があるとは言っても、まだBランク……他のメンバーも、全員女子供でしたが……」

《……!》

「ああ、いえ……決して女性をバカにした訳ではなく……!」

《……♪》

「冗談はよして下さい、ギルドマスターが言うと、心臓に悪いです。では、報告は後ほど……ああそれと、モルデミール駐屯司令部に、私を騙った通信があったそうです。心当たりはありませんか?」

《……?》

「分かりました、こちらでも調べてみます。では、報告は後ほ……」

《……》

「え、何です?」

《……》

「はぁ……それを“V”に聞けばいいんですか? それは何かの暗号でしょうか?」

《……》

「はっ、出過ぎた真似をして、申し訳ございませんッ! では、失礼します!」


 アーノルドは、ガチャリと受話器を置くと、大きく溜息をついた。


「ヴィクター・ライスフィールド……奴が何者か、見極めなくてはな……」


 そう呟くと、アーノルドは通信室を後にした……。





□◆ Tips ◆□

【RV-99  ハンターワスプ】

 連合軍制式武装偵察ヘリコプター。高精度の観測機器を備えており、偵察や観測に用いられていた。また、武装を用いた対地攻撃や、自衛戦闘、威力偵察も可能であり、かつ遠隔操縦システムを用いて、これらの任務を無人で行うことも可能である。座席は小型化と、システムの省力化に伴い、一人席となっている。

 ステルス性を考慮して、機体内部にウェポンベイを備えており、そこにロケット弾ポッドや、ミサイルを搭載する。また、ステルス性を考慮しないのであれば、スタブウィングにこれらを追加で搭載する事もできる。固定武装として機首に埋没展開式の重機関銃ターレットを備えているが、主に牽制目的であり、威力は心許ない。

 新規ヘリコプターの導入に対し、軍内部で疑問の声が上がった為、本来の調達数が大幅に削減されており、生産数も少なかった事から、崩壊後では貴重な機体となっている。運用しているのは、レンジャーズギルド本部くらいである。



【BV-68 B2 タランチュラホーク】

 連合軍制式大型攻撃ヘリコプター。交差反転式ローターと、機体後部の推進用プロペラが特徴的な複合ヘリコプターで、かなりの重武装。設計自体は古い物だが、世界の制空権をセラフィムによって支配した連合にとって、攻撃ヘリコプターを新規開発する意義が薄れていた為、改修を重ねて使用され続けていた。

 元々、多数の国や地域で運用される事を前提に開発されていた為、余裕のある設計を持ち、崩壊前の世界でも長年主力攻撃ヘリの座に就いていた傑作機。

 B2型は、従来のターボシャフトエンジンの他に、無線給電システムにも対応しており、ビーム砲等のエネルギー兵器の運用も可能となっている。機体の中〜後部に機関砲用のターレットと、弾倉が内蔵されている。このスペースは、前述したビーム砲に換装する事ができ、その場合は弾倉部に専用のコンデンサーと加速器を搭載する。他にも、左右に張り出したスタブウィングのハードポイントに、対地ミサイルやロケット弾ポッド、翼端には対空対地両用の多目的ミサイルまで搭載している。

 操縦はほぼ自動化されている為、パイロット一人での運用が可能である。だが、通例として座席は前後に2つ用意されている。近代化改修を施された最新モデルは、遠隔操縦も可能である。

 ペットネームの由来は、ベッコウバチであり、仮想敵の同盟軍が使用する多脚戦車をクモに見立て、それを狩る姿から取られている。


[武装]・2連装多目的ミサイル×2

    ・4連装対地ミサイルポッド×2

    ・ロケット弾ポッド×2

    ・30mm機関砲 or 中口径対装甲ビーム砲

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