第159話 遺跡の守護者2
-夜
@ギルドの宿泊施設
「無視された? デュラハンにか?」
「ハァ……ハァ……え、ええ、私の事なんかまるで眼中に無いみたいに、遺跡の奥に消えてったわ……」
あの後、調査隊唯一の生き残りであるエマに、その時何があったのかを尋ねた……身体に……。対マリアさん用に、未亡人の攻略を勉強していたのが功を奏したらしい。エマは簡単に落とす事ができた。
……まあ、肝心のマリアさんには効かなかったのだが。
それで話を聞いた結果、調査隊は残党軍にやられた訳ではなく、遺跡の中に生息していた“岩グモ”や“デュラハン”といったミュータントによる襲撃を受け、全滅してしまったらしい。
エマも、仲間を殺された挙句、目の前で婚約者を喰い殺されたそうだ。そんな過酷な経験をすれば、塞ぎ込んでしまうのも無理はない。
だが、話が妙だ。俺が知ってるデュラハンは、獲物を執拗に追跡し、目の前の獲物を放っていくなんて事は絶対にしないはずなのだ。それに、俺達が入った時にはデュラハンはいなかった。
「しかし、デュラハンが無視したなんて、そんな事あるのか? 奴は、獲物をみすみす逃すような奴じゃない筈だが……」
「な、何よ……疑ってる訳!? わ、私は確かに、奴の背中にナイフをブッ刺したのよッ! でも、でも奴は……私の事を無視して、コナーを……うわぁぁぁんッ!」
「ああ、クソ……こら、泣くんじゃない」
「グスッ……ふぇっ!? ちょっと、まだヤるのッ!?」
「ほら、いいから脚開け」
「や……あんっ! コナー、ごめんなさいぃぃッ♡」
* * *
-翌日
@巨人の穴蔵 入り口
「で、そのエマって娘どうした訳?」
「今頃、気持ち良くお寝んねしてるだろうよ。お陰で俺は寝不足だよ……ふわ〜あ……」
「ほんっとサイテーねッ!」
「昨日、隣の部屋まで声聞こえてましたよ……」
傷心の女性は、とても落ちやすい。悪い男に目をつけられる前に俺と寝たことで、冷静になれたことだろう。
エマには悪いが、彼女とは一夜だけの関係とさせてもらう。正直、リピートするほどでは無いし、何か特別な技術がある訳でもない。それに、みだりにハーレム要員を増やして、遺物やらをばら撒くのもどうかと思う。崩壊前の技術を手にした人間の末路が、先日の残党軍なのだ。
人間、力に溺れたらどうなるか分かったもんじゃない。それに彼女はまだ若い、俺以外に良い人を見つけられる筈だ。
「っと、着いたな」
「しっかし、また来るとは思わなかったわね……」
「岩グモに囲まれた時は、生きた心地がしませんでしたよ……」
「てか、何か凄い事になってるわね?」
「なんか、収穫祭みたいですね」
「まあ、間違ってないだろ。獲れるのは遺物だけどな」
巨人の穴蔵の前では、グラスレイクに亡命して来た元整備兵達が、エルメア指揮の下でキャンプを張っていた。トラックやトレーラー、テントが並ぶ様は、先日のガフランクの収穫祭を連想させる。
巨人の穴蔵から色々と頂戴するに当たり、どうしても人手は必要だ。丁度、グラスレイクの浄水場と下水処理施設の稼働が終わり、ひと段落した所だったので、暇そうにしていた彼らを連れてきたという訳だ。
たが、昨日会ったパイセンには悪いが、彼らをモルデミールの街中に入れる事は出来ないし、知人と会わせる事も出来ない。それは彼らも承知している。
「お、ヴィクターの大将!」
「どうだったんです、街の様子は!?」
「残った連中、元気でやってましたかい?」
「ああ、連中も何やらデカい事やるって意気込んでたぞ」
「なに!? そいつは負けられねぇな!」
俺達の到着を見て、整備兵達が集まって来た。皆、モルデミールに置いてきた仲間達が気になるらしい。
「ちょっと皆さん、急に持ち場を離れてどうした……あ、お帰りなさい!」
「エルメア、今戻ったぞ。準備はどうなってる?」
「チャッピーさんと一緒に、中の照明をつけて来たところ。昔来た時は暗くて不気味だったけど、明かりがつくと雰囲気変わるね!」
エルメア達は先に巨人の穴蔵の前で、資材搬出の準備と、施設の照明を点けるなどの準備をしていた。調査隊は真っ暗な状態で中に入ったそうだが、そんな状態でミュータントに襲われれば、全滅するのは必然だ。
当然、俺達はちゃんと明かりをつけてから入る。チャッピーは、元々この施設の管理マザーコンピューターにリンクしていたのだ。そんな事は容易い。
これからの予定は、カティアとエルメアがAMで先陣を切って中に入る。その後ろを車列が追従し、中の遺物を回収していく。ジュディ達は、回収時の護衛を担う。
ミシェルにはチャッピーの護衛を受けつつ、稼働できるAMに搭乗し、トレーラーまで運んでもらう。AMをトレーラーに乗せるより、AMがトレーラーに乗った方が効率が良いのだ。幸いミシェルには、モルデミール脱出時にAMを操縦させた事があるので、問題ないはずだ。
「よし、準備ができたら作業開始だ!」
「「「「「 おうッ!! 」」」」」
「うるさっ!?」
「カティアさん、皆さんに悪いですよ!」
森の中に、男達の気合いを入れる声が響いた……。
* * *
-5時間後
@巨人の穴蔵 梱包センター
《ヴィクターさん、この機体で最後です!》
《お疲れ様、ミシェル。んじゃ、サクッとよろしくな!》
《はい!》
結局、あれから岩グモやデュラハンの襲撃もなく、遺物の回収作業はスムーズに進んでいる。今、梱包センター内に眠っていた最後のAMを、ミシェルがトレーラーに乗せているところだ。
そんな中、チャッピーが例のプレハブ小屋の近くで佇んでいるのに気がついた。
『……』
「どうしたんだ、チャッピー?」
『いえ、昔の事を思い出しまして……出してな……』
「ここの所長か? ……死体を見た限りじゃ、安らかな最期だったと思うぞ」
『……左様か』
「なあ、そういやその喋り方……お前、そんなキャラだったか?」
『……ミシェルに、“僕のテトラ君”だと言われたのです。彼女を失望させる訳にはいきませんから』
「いや、そこまでしなくても……」
『否、吾輩に妥協は許されぬのだ! ……どうです、なかなか似ているでしょう? シーズン4あたりのを参考にしてるんですよ』
「観たことあるのかよ……」
『昔、ここの職員が休憩中に観ていたので、ある程度は』
どうやら、チャッピーは「正義のロボット テトラ君」というミシェルが大好きな、崩壊前のアニメのキャラを演じているらしい。なかなか健気な奴だな……。
だが、元の主人に対するこの態度を見れば、その気持ちも分からないでもない。彼なりに尽くしてくれているのだろう……。
「まあ、無理するなよ? 演技は疲れるからな」
『いえ、私も楽しんでいますので……。主よ、心配ご無用! ミシェルは吾輩がお守りいたす!』
「……頼むぞ」
《ヴィクターさん、作業終わりました!》
「分かった、撤収だ! チャッピーも行くぞ」
ここの所長が眠るプレハブ小屋は、手を付けずそのままにする事にした。彼は安らかに眠っている……この前彼の拳銃を頂戴したのだ、眠りを妨げるのはもう充分だろう。
そのままトレーラーを引き連れて、施設の入り口を目指す俺達だが、途中で例のT字路に差し掛かった。片方は入り口、そしてもう片方は訓練施設……岩グモの巣だ。
調査隊の生き残りであるエマの話では、大きなドーム型のホールで戦闘が発生したらしい。話の内容からして、この先の訓練施設で間違いないだろう……。
「ジュディ、どうだった?」
「こっちは何も無かったよ」
「そうか……。《カティア、デュラハンが獲物を見逃す事なんてあるのか?》」
《何言ってんのヴィクター、そんな事ある訳ないでしょ! そりゃ、たまに縄張り持たずに徘徊する奴はいるけど、基本的に見つかったら追いかけ回されるわよ》
《だよな……》
やはり、エマが見たのはデュラハンではなく、別のミュータントだったのだろうか? それか、精神的に不安定だったので、彼女の妄想という線も考えられる。
《あ、そういえばデュラハンには、上位種がいるって噂よ》
《上位種?》
《何か普通のと違って、身体が鎧みたいに硬くなったりとか、銃弾を避けたりするらしいわよ?》
《何だそりゃ、もう別の生物だろそれ》
《さあ? あくまで噂よ、私も見た事無いわ》
《とにかく、確認するしか無いな……。エルメアは、車列の護衛、カティアは万一に備えて後ろに控えてくれ》
《分かった、気をつけてねヴィクター君》
《ま、いざとなったらこのガトリング砲で、薙ぎ払ってやるわ!》
《……俺達の避難が終わってからにしてくれ》
* * *
-数分後
@巨人の穴蔵 訓練所
車列を先に下がらせ、俺達は訓練所の中へと足を踏み入れた。中は以前と違い、岩グモの死体が所々転がっており、独特な悪臭を放っていた。
「うっ……」
「く、臭いっす……」
「だらしないよ二人とも、そんなんでヴィクターの役に……」
──グシャ……
「あっ……」
「ジュディ、その……ドンマイっす……」
「死体踏んでる」
「きゃあッ、アタシのブーツがぁ!?」
「後で新しいのやるから、我慢しろ! それより集中しろ、全員いつでも撃てるようにしとけ」
皆で互いの背中を守りながら、訓練所の奥へと進む。そして、前に来た時は確認できなかった扉の前に到達した。
「……“絶対に開けるな”ね。チャッピー、この中には何が入ってるんだ?」
『吾輩の記憶では、訓練所の制御室だったと思うが……。だが、200年以上使用された形跡は無いな』
所長の日記から、この施設は最終戦争後も人が住んでいた。そんな中、訓練所はその役割を終えたのだとしても、他の目的に利用出来たと思うのだが……。
「まあそんな事言われたら、絶対に開けちまうよな……。現にもう開いてるし」
絶対に開けるなと書かれた扉は、おそらく調査隊により開かれてしまっていた。
カリギュラ効果だったか? 人間、何かを制限されたら反発するものだ……。
《……》
「ん? チャッピー、何か言ったか?」
『いや、何も言ってないが?』
《カティア、何か言ったか?》
《何、どうかしたの?》
《ロゼッタ……?》
《どうかされましたか、ヴィクター様?》
何だろう、電脳が何かの通信をキャッチしたような、そんな感じだ。そういえば、以前も似たような感じがあった……。
そうだ、いずれもデュラハンと遭遇した時だ。奴らは何らかの電波でも発しているのだろうか? とにかく、中に入る時は、警戒する必要がある。
中には、俺とジュディが入る事になった。室内に大勢で入ると、退路を塞いだり、邪魔になる。
「……何もないね?」
「あるのは箱に、あとは訓練所のコンソールか?」
この部屋は、チャッピーが言った通り訓練所の制御室のようだ。休憩室や倉庫の役割もあったのだろう、部屋の中はベンチや箱が散乱していた。
そして、訓練所の制御を行う為の端末があり、電源がついていた。そして、その端末の上に古ぼけたクリップボードを見つけた俺は、それを手に取った……。
────────────────
[患者]ゲイル・タートルヘッド
[性別] 男性
[年齢] 不明
[職業] 連合軍下士官:曹長
[所見] 施設外で行き倒れて
いた所を保護。軍服の階級章より
氏名と階級が判明。
〔統一暦522年1月10日〕
#. 放射線曝露の疑い
S.サバイバル訓練中、山脈の頂上
にて、隣国領内で核爆発を目視。
急いで下山するも次第に体力低下
を感じ、行き倒れの状態の所をパ
トロールに出ていた職員に救助さ
れる。
O.体温39.8℃。皮膚の火傷、脱毛
A.放射線曝露による、放射線障害
の恐れあり
P.精密な検査が不可能な為、火傷
に対する処置を行い、経過観察。
〔統一暦522年1月12日〕
#.何らかの感染症の疑い
S.患者は意識が混濁しており、意
思疎通ができない。
O.体温40.2℃。紅斑の拡大、皮膚
の炎症あり
A.体力低下から、何らかの感染症
に罹患している恐れあり。四肢が
壊死を起こしかけている。
P.消毒を徹底し、抗生剤を投与
〔統一暦522年1月15日〕
#. 急性脳症の疑い
S.意識不明。時折、奇声を上げる
O.体温41.0℃。右腕の黒変。咳こ
んだり時折吐血する。
A.患者の様子から、既に脳神経ま
で侵されていると考えられる。電
脳による応答もない。
P.打つ手なし。
〔統一暦522年1月22日〕
#.ヤバい
そろそろ亡くなったかと思って
様子を見に来たら、身体が赤黒く
変色して、何か化け物みたいにな
ってる!
これはヤバい! 手にも何かデ
カい爪みたいなのが生えてきてる
し、もう人間じゃないッ! 隔離
だ! とにかく、この部屋を封鎖
しよう! 幸い、訓練所のドアは
耐爆の電子ロックだし、二度と出
られない筈だ!
悪く思わないでくれ軍人さん!
恨むなら、同盟か共和国を恨んで
くれよ!
────────────────
それは、カルテのような物だった。内容から、ここを隔離部屋として使っているのは分かった。しかし──
「この名前、どこかで……それに、患者はどうなったんだ? ……まさか!?」
「はっ!? ヴィクター、危ないッ!」
「うおっ!?」
──ドガァンッ!
「……ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」
俺達が立っていた場所に、デュラハンが降ってきた。どうも、天井に張り付いていたようだ。加速装置を使って、なんとか回避できた。
その背中……右肩甲骨のあたりには、エマの話通り、ナイフの柄が飛び出していた……。
「エマの話通り……こんな事なら、昨夜はもっと優しくしてやればよかったな!」
「ちょっとヴィクター、また違う女の話!?」
「心配しなくても、お前はロゼッタの次にお気に入りだよ」
「ふ、ふざけてないで集中しろ!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」
俺は何となく理解した……デュラハンが元人間である事を、そして目の前の敵が、ここに隔離されていた人間であった事を……。
同じ崩壊前の人間として、彼を葬ってやろう。そんな上から目線で物を考えていた俺は、後に後悔する事になるのだった……。
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