第156話 収穫祭

-ミリアの加入騒動の数日後

@レンジャーズギルド


──カラカラカラ……カチッ!

──カラカラカラ……


「何だ、ご機嫌だなカティア?」

「にひひ……あっ、分かる?」

「そんなニヤついた顔でシリンダー回してりゃ、そらそう思うだろうよ……」


 カティアはソファーに腰掛けながら、新しく手に入れた回転式拳銃リボルバー のシリンダーを回している。その顔は、新しい玩具を手に入れた子供のようにご機嫌な様子だ。

 この銃は、モルデミールの巨人の穴蔵から回収した物で、ボリスにレストアを依頼していたのだが、先日ようやくカティアに納品されたのだ。


 カティアが拳銃を見せつけてくるのを横目に見つつ、ギルドの売店で買った新聞に目を落とす。ミリアの登録が終わるまで、しばらくかかるだろうから、その暇つぶしだ。


「ねえヴィクター、何か面白い話とかないの?」

「そうだな……。これなんかどうだ?」

「何々……“ブラックマーケットで大捕物、ノーマン隊長大手柄!”……へぇ、あのおっさんもやるじゃない、組織を丸々ぶっ潰すなんて!」

「それよりこの“ブラックマーケットに転がる男達”って記事も気になる。なんでも、大勢の男が道端で気絶してたらしい……」

「あっ、それ知ってる! 何か、皆して『赤毛の女に手を出すな』って言ってるらしいわよ?」

「う〜ん、新種の伝染病か? 後でロゼッタに調査を頼むか……」

「ヴィクターさん、アレッタさんが呼んでます! ミリアの事で話があるって……」

「分かったミシェル、今行く」


 俺達は今日、ミリアのレンジャー登録に来ていた。とは言っても、彼女に戦闘行為などは求めていない。彼女は色々とテストした結果、知能がかなり高い事が判明した為、グラスレイクの運営事務やら、今後予定しているビジネスで活躍してもらおうと思っている。

 また、ミシェルにも同い年くらいの娘が近くにいた方が良いだろう。ミシェルは俺達の中では最年少だから、俺達年上相手だと相談しにくい事とかもあるだろうしな……。


 では、何故レンジャー登録をするのかと言うと、ミリアの身分を作る為だ。レンジャーズギルドは、崩壊後の世界で最も影響力のある組織だ。その組織が発行するドッグタグは、身分証として充分機能する……例え、それがプラスチック製であったとしても……。

 ギルドの本質には未だ色々と疑問があるが、利用できる物は利用させてもらう。


「あの、ヴィクターさん……」

「何だ、アレッタ? そういえば、ケイラン村のその後はどうなった?」

「あ、はいお陰様で……ってそうではなくて、あの方ってモルデミールの関係者ですよね? レンジャー登録するなんて正気ですか!?」

「おいおいアレッタ、何言ってるんだ? コイツは、そこらの浮浪児……それをウチで引き取ったんだ、な、ミリア?」

「そ、そうですの!」

「で、でも……」


 ギルドからしたら、ミリアことミリティシア・エルステッドは敵だった人間だ。レンジャー登録をすると、ギルドの傘下に入ることになるので、抵抗があるのだろう。

 だが、俺だってこうなる事は予想してある。なので、事前に手は打たせてもらっているのだ……。


「どうかしたの、アレッタ?」

「フェイさん!? あの、ヴィクターさんが……」

「夫がどうかした?」

「あっ……」


 俺とアレッタが、ミリアの登録で揉めていると、受付の奥から俺の嫁さん……フェイがやって来た。フェイが俺と籍を入れた事は、同じギルド職員のアレッタが知らない訳がない。

 何かに気がついたアレッタは、何かを諦めたような顔を浮かべる……。


「アレッタ」

「はい……」

「やりなさい」

「……はい」


 こうして、ミリアは無事にFランクのレンジャーとして、登録が行われる事となった。



 * * *



-数十分後

@ギルド前の広場


 フェイのおかげで、ミリアのレンジャー登録が済んだ。ミリアはまだ14歳だったので、慣例通りにFランクのドッグタグを受け取った。

 ドッグタグと言っても、例のプラスチック製のお粗末な物で、ミリアも不思議な様子で眺めている。


「本当にこんな物が、身分証明になりますの? まるで子供のオモチャですわ……」

「使える事は、俺自身が立証済みだ。口座の開設も出来る。見た目が嫌なら、活躍してランクを上げるしかないな」

「活躍……って言っても、わたくし戦えませんのよ?」

「今はそれでいい。……だが、その内出来るようになって貰わなくちゃ困る」


 俺の関係者という事で、今後狙われる可能性もあるし、そもそもミリアは旧モルデミールの関係者だ。今後は、守られてばかりとはいかない。崩壊後の世界で生きている以上、最低限自衛する力が無くてはならない。

 最近では、非戦闘員であるモニカやフェイも、定期的にノア6にて、ロゼッタによる護身術の訓練や、拳銃の射撃などの手ほどきを受けている。二人は、以前の拉致事件や7日間戦争時の経験から、いざという時に動けた方が良いと痛感していたようだ。


 ミリアにも、今後この訓練を受けてもらい、最低限身を守る術を身につけてもらう予定だ。


「ヴィ、ヴィクター……ど、どうしよう?」

「どうしたんだ、ジュディ?」

「何か、アタシの口座に大金が振り込まれてて……」

「ああ、ランク上がってから口座確認したらビックリするよな! しばらく見ないと、めっちゃ溜まっててさ」

「いや、そんなレベルじゃないんだってばッ!」


 先日のジュディのブラックマーケット襲撃では、何人か賞金首が混じっていた。さらに、手柄を横取りした形になった警備隊により、口封じ……もとい、特別ボーナスが上乗せされた結果、ジュディの口座には得体の知れない大金が振り込まれていたのだ。


 そんな事情を知らないヴィクター達は、ジュディの訴えを適当に流すと、そのまま駐車場へと歩き出した。そのまま車やバイクに乗り込もうとする一行であったが、突如それを呼び止めるような声がかけられた。


「見つけたぞ、ヴィクター・ライスフィールドッ! ……と、ジュディさ〜ん♡」

「あん?」

「えっと、確かミシェルの……」


 何者かと振り返って見てみると、馬に乗った金髪碧眼のイケメンが、こちらに近づいて来ていた……。確か、ミシェルの兄貴の一人だったか?


「も、モーリス兄さんッ!? 何でここに?」

「ミシェル、元気そうでよかった! ……マシュー兄さんから頼まれて、これをヴィクターに渡せってさ」

「何だ?」

「受け取れハーレム野郎ッ!」


 モーリスが俺に封筒を渡してくる。


「これは……招待状か?」

「そうだ! わざわざ渡しに来たんだ、絶対に来いよ、じゃあなッ! ……チッ」

「……なに、お子ちゃま?」

「お前も来いよちんちくりんッ!」


 モーリスは、チラリとノーラの方を見ると、舌打ちしながら去って行った……。


「ヴィクター、何の招待状だったの?」

「収穫祭だと……。色々とあったから、今年は延期になってたみたいだが、来週に開催されるみたいだな」

「収穫祭!? まさか、あのガフランクの収穫祭!?」

「知ってるのか、カティア?」

「そりゃあもう有名よ! 美味しい料理が食べ放題で、参加できた人は一生の自慢になるって! 私、子供の頃から夢だったのよ!」


 後から知った事だが、ガフランクの収穫祭は内輪の農家同士で、作物の実りに感謝する祭りであり、基本的に部外者は参加できない。できるのは、有力者や付き合いの長い商人などの、限られた人間だけだそうだ。

 それだけに、ガフランクの収穫祭はカナルティア市民の憧れであり、それに招待されたという事は、非常にステータスが高いとみなされる。カティアが興奮するのは、無理もない事だった。


「今年は流れると思ってたんですが、やるんですね! 楽しみです!」

「何だ、テンション高いなミシェル?」

「はい、収穫祭はガフランクで唯一の楽しみなんです! 目玉は競技会で、競馬とか射撃大会があって、皆でガフランクいちの腕前を賭けて競い合うんです。それに美味しい食べ物も食べ放題なんですよ! 夜は皆んなで踊って、大騒ぎするんです!」

「それは楽しそうだな。招待状にも、俺達に是非競技会に参加してくれって書かれてる」

「皆さんなら、入賞間違いなしですよ! 賞品も出ますし、行きましょうッ!」


 ミシェルの“賞品”という言葉に、皆の目が輝いた。ミシェルの態度も完全に行く事が前提だし、今さら行かないとは言えないだろう。……まあ、これと言ってやる事も無いし、ちょっとした旅行がてら行ってみるか。



 * * *



-1週間後

@エルハウス農園 


「……来たか、ヴィクター」

「よっ、お義兄ちゃん!」

「その呼び方はやめろと言っただろうッ!」


 そんなこんなで、ここガフランクへとやって来た俺達だったが、いざ到着してみると、ガフランク農園連合の長でありミシェルの兄でもあるマシューによる出迎えを受けた。

 挨拶がてらマシューを弄ってやるが、その背後にどこかで見たような中年の男が立っているのに気がついた。護衛と見られる男達に囲まれて、なんだか偉そうだ。


「ん? あんた……どこかで会ったか?」

「……アルバート・クランプだ。モルデミールの件では世話になったね。覚えてないかね?」

「ああ、あの時の! 何でガフランクに?」

「今、私はギルドの助けもあって、モルデミールの臨時代表を務めていてね……。モルデミールを代表して、ガフランクに謝罪しに来たんだ」

「それと、今後のウチとの関係を話し合ってたところでな。ヴィクターが来るって話になったら、クランプさんも出迎えたいと仰ってな……。まさか、ヴィクターと顔見知りだったとは思わなかったがな。全く、世界は狭いものな……」


 マシューの側にいた男は、7日間戦争の際に、警備隊に配下の部隊を引き連れ投降した指揮官……クランプ元准将だったのだ。

 話を聞けば、この前のガフランクへの侵攻の謝罪に来ているとのことだ。


 まあ、目的はそれだけでは無さそうだが……。

 モルデミールは、慢性的な食糧不足に陥っている。セルディアにおける、食料の一大生産地であるガフランクとの関係構築は、モルデミールの今後に関わるに違いない。


「しっかし、壮観だな……」

「ああ。毎年、この景色を見るたびに、働いた実感を得られるんだ」

「全く、羨ましい限りです。モルデミールでは、こうはいきませんから……」


 ガフランクに到着してからそうであったのだが、戦場にもなっていた小麦畑は、刈り取りが終わり、所々に麦稈ばっかんロール(麦藁をまとめた車輪状の塊)が転がっている。

 広大な敷地でこの景色が広がっていると、どこか感動すら覚える。


「ここではなんだ、とりあえず家に入れ。ヴィクター、貴様とはミシェルについて、キッチリと話させてもらうからな……!」

「お、おいおい……そんなに怒るなって」

「ああ、その話が終わったら、私からもいいですかな?」

「アンタもか? 何の用だクランプさん?」

「いえ、仕事の相談ですよ」

「?」


 そんなこんなで、静かに怒っているマシューに連れられ、俺はエルハウス邸へと連行されるのだった……。



──行こうミリア、案内するよ!

──まあ、ミシェルってばお嬢様だったんですのね! 道理で波長が合うと思いましたわ♪


「うん? あの少女……どこかで……」


 背後から聞こえてくる少女達の楽しげな声に、思わず振り返ったクランプ……。その目に映ったミリアに、どことなく既視感を感じながら、首を傾げるのだった……。



 * * *



-数時間後

@エルハウス農園 小麦畑


『す、スコア200ッ! 優勝は……狙撃の妖精、ノーラちゃんだァァッ!』

「「「「「 うおおおおッ!! 」」」」」

「……やった」


 収穫を終えた小麦畑にて、例の競技会が開催されていた。今この会場で行われているのは“狩人杯”と呼ばれる、ボルトアクション式小銃を用いた射撃大会だ。

 狩人杯の概要は、小麦畑に50m間隔で的が設置された最長1000mまでの計20個の的を小銃ライフルで狙って、どれだけの数を撃ち抜けるかを競うものだ。この競技はとても人気があり、設置された観覧席には多くの見物客が押し掛けているが、その人数に対し、会場は静かだった。

 狙撃は、集中力が要求される行為であり、観客には沈黙が求められるのだ。ただ、皆その手に掛札を握りしめていることは、ご愛嬌だ。


 弾薬の制限は30発、的1つにつき10点の計算だ。つまり、ノーラは全ての的を撃ち抜いた事になる。この結果に、掛札を握りしめた者達は勝負けに関わらず、ノーラの腕前を称賛していた。


「いや〜、流石ノーラっす! 百発百中っすね!」

「……今日は調子良かったから」

「認めない、俺は認めないぞッ!」

「な、何っすか!?」

「……お子ちゃま」


 ライフルを片付けているノーラの元へ、残念ながら2位となってしまったモーリスがイチャモンをつけに来た。

 彼はここ数年の優勝者であり、この狩人杯で、ガフランク防衛戦でノーラから受けた雪辱?を晴らそうとしていた。しかし現実は非情であり、再びノーラに負けたモーリスは、その悔しさが爆発していたのだ。


「満点なんて、馬鹿げてるだろッ!? 1000m先なんて、そうそう当たるもんじゃないッ!」

「……当たるよ?」

「クッ……それもこれも、お前のライフルが良いからだ! 遺物だか何だか知らないが、卑怯なモン持ち込みやがって!」

「……ボルトアクションなら何でも良いって言ってた」

「ふん、認めたな? 自分の腕で勝負しようって気概は無いのか!」

「な、何言ってるんすかコイツ……!?」

「……チッ、貸して」

「は?」

「……そのライフル貸して!」


 モーリスの言う通り、ノーラの使ったライフル…… GW-422Rは、普通の小銃より強力な弾丸を用いる。この時点でノーラは有利になるが、だからと言ってノーラの腕前が良くないと言い切る事は出来ない。

 狙撃は、風向きや重力、時には惑星の自転などを考慮しなくてはならない。そしてそれは、決して一朝一夕で身につく技術ではない……。


 ノーラは、モーリスのライフルを奪い取ると、射撃位置に伏せて、射撃を始めた。


──バキュン! ……ガシャ

──バキュン! ……カンッ!


「な……そんなバカな……!?」

「……そのスコープ、造りが雑。多分、600mくらいからおかしくなる。変えた方がいい」

「……」


 ノーラは、最遠の1000m先の的に向けて発砲した。初弾は外してしまったが、ノーラは初弾で弾道特性を把握して、次弾で見事に命中させる事に成功した。

 狩人杯において、大体の選手は600m〜700mまでを確実に当てるように射撃する。そして、残った弾でそれより先を狙うという戦法を採っていた。なので、1000mの的など狙うことはなく、当たったとしてもほぼマグレ……奇跡のようなものだったのだ。

 その奇跡を2回も引き起こした時点で、奇跡は平常となり、ノーラの腕前は証明された。ノーラは、ライフルにモーリスに突き放すように返すと、撤収して行った。


「はい」

「あっ……」

「ノーラ、さっさとご飯食べに行くっすよ!」

「うん」

「ま、待ってくれ!」


 自らの愚かさに気がついたモーリスだったが、ノーラに謝るタイミングを逃し、ノーラ達はエルハウス邸前で振る舞われているビュッフェに向かってしまったのだった……。



 * * *



-同時刻

@エルハウス邸前 ビュッフェ会場


 エルハウス邸前の広場では、至る所に食事の乗ったテーブルが設営されており、参加者は好きな物を食べることができる、ビュッフェ会場と化していた。

 会場は様々な装飾が施され、華やかな音楽と、人々の歓談で賑わっていた。


 そして、その中でも競技会は行われていた……。


『優勝は、神速の乱射姫……カティアちゃんだッ!』

「「「「 うおおおおッ!! 」」」」

「まっ、私にかかればこんなの楽勝よッ♪」

「か、歓声がうるさいですの……」

「カティアさん、おめでとうございますッ!」


 ビュッフェ会場の一角では、リボルバー式拳銃による競技会……“牧童杯”が行われていた。こちらは狩人杯とは違い、選手が観客から揶揄からかわれたり、それに選手が答えたりと自由な雰囲気だ。

 牧童杯は、特設のステージにて、飛び出してくる的や動く的を狙う競技になっている。この競技に求められるのは、空間把握能力と正確な照準、そして素早くリロードする能力だ。


 特に、リボルバーはリロードに時間がかかる。選手達は、この時間を少しでも縮めようと、スピードローダーやクリップを用いている。

 カティアも、先日手に入れた拳銃に合わせて、ヴィクターより専用のクリップを支給されており、リロードはリボルバーにしては素早く行う事ができた。


 また、普段はあまり目立たないが、カティアの射撃能力はかなり高い。近中距離での戦闘なら、ガラルドガレージでヴィクターの次くらいに強いのだ。

 そこに、遺物の拳銃が加われば、まさに鬼に金棒、乱射姫に酒……カティアは誰よりも早く多くの的を撃ち抜き、優勝を勝ち取った。


『優勝者には、なんと……30年物のシェリー樽をプレゼントだッ!』

「「「「 ヒューッ! 」」」」

「やったぁっ♪」

「げ、マズい……!」

「何がマズいんですの?」

「ミリア、あっちに僕の友達がいるから紹介するよ、行こうッ!」

「ミシェルの友人……それは食べ頃ですわね……」

「そうだね、早く何か食べようッ! とにかく、ここから離れないと……!」



 * * *



-同時刻

@エルハウス農園 アポター車内


 エルハウス農園の一角に、ヴィクター達が乗ってきたアポターやビートルなどが停まっている。その車内にて、凶悪な肉食獣を狩るべく、一人のレンジャーが動き出した……。


「ふふ……やっと、やっと二人きりになれたね。猫ちゃん……?」

「ミュ〜ン……」


 レンジャーは肉食獣に対峙すると、狂信的な瞳で獣を見下ろす。獣は身の危険を感じ、全身の毛を逆立てながら、ビクビクと後退りする。


「さあおいで、レオーナッ!」

「ウミャアッ!?」


 『おいで』とは言うが、自分からレオーナに飛びかかるジュディ……。レオーナは、恐怖を感じて素早く逃げ回る。


「ふふふ、逃げないでよ。怖くないよ?」

「シャーッ!」

「……よしっ、捕まえた♪」

「ニャッ!?」


 逃げ回るレオーナの首根っこを、持ち前の反射神経で掴む事に成功したジュディ。彼女は、レオーナを掴んだままベッドルームに入ると、無言で部屋の鍵を閉めるのだった……。



『うん? 中が騒がしいような……気のせいか』


 一人、ヴィクター達が乗ってきた車の警備をしていたチャッピーは、アポター内から聞こえてきた異音をキャッチするが、特に確認することは無かった。というか、チャッピーの身体では、車内に入れない。


『ミシェル……。くっ、あの小娘と一緒に出て行くなど、完全に一本取られてしまった! ミシェル、どうか無事にいてくれ……!』


 そんな事よりも、ミリアと一緒に行動しているミシェルの事が心配なチャッピーであった……。



 * * *



-同時刻

@エルハウス邸 応接間


 あの後、マシューとミシェルの処遇について話し合った。以前はカナルティアの街が襲撃を受けていたので、飛び出して来てしまったので、ハッキリとさせたかったらしい。

 ミシェルは、ガフランクのしきたりであれば、俺と結婚しなくてはならないらしい。だが、妹大好きな兄達からの猛反発を受けており、マシュー自身も反対のようだ。正直、俺も反対だ。


 せめて成人してからにしてくれと言ったら、第三者のクランプさんが妥協案を提案してくれた。

 それは、ミシェルが成人するまでに、良い相手が現れなかったらそのまま俺の嫁になり、それまで俺はミシェルに対して一切手を出さないというものだ。

 それから、ミシェルはこれまで通りにカナルティアの街で過ごしてよいが、定期的にエルハウス家に顔を見せに来るようにと言われた。まあ、家族で会いたいだろうし、お見合いとかあるだろうし、それには賛成だ。


「よし、んじゃそれで頼む」

「ふんっ! ……ヴィクター、改めてミシェルを頼んだぞ」

「任せろ義兄ちゃん!」

「その呼び方はやめないかッ!」

「では、我々モルデミールへの食料提供の件も、よろしくお願い致しますよ」

「あ、ああ……。だが、勘違いしないで頂きたい。これはあくまで貸与……今後、何らかの形で返して頂きます」

「もちろん。……侵攻の時の賠償も、忘れておりません。だが、市民が冬を越せるなら安いものだ」


 モルデミールは、クーデターの争乱のせいで冬の備えができていない状況だ。クランプさんは、ガフランクへの謝罪と共に、食料の提供をお願いしに来ていたようだ。

 自分達が攻め込んだ上、返り討ちに遭った所に頼み事など、一蹴されてもおかしくないのだが、マシューの懐は広かったようだ。


 だが、現在これといった産業の無いモルデミールに、返済する能力があるとは思えないが……。それに、あそこでは今、かつてのモルデミール軍の残党が各地で暴れているという。

 まだまだ問題は多そうだ……。


「ではマシュー会長、ヴィクターさんをお借りしてもよろしいですかな?」

「ああ。私は、収穫祭の様子を見てくる。お前達も後で来いよ?」

「ああ、もちろんだ」


 そう言うと、マシューは部屋を出て行った。気を遣わせてしまったかな?


「で、話って何だ?」

「巨人の穴蔵……は、ご存知ですね?」

「……ああ」


 巨人の穴蔵……旧連合の汚点、敵対する同盟側のテロリスト達に訓練とAMを密輸出する為の施設だ。今のチャッピーの故郷であり、カティアのAMを手に入れた地でもある。


「ご存知の通り、今モルデミールでは旧軍の残党が暴れておりまして……。これから、選定の儀が行われる冬になる事を考慮して、鉄巨人の調達を防ぐべく、先日ギルドと共に巨人の穴蔵へと調査隊を送ったのですが……」

「ですが?」

「レンジャーが一人が帰還しただけで、詳しい事は……」

「なんだそりゃ? そいつから詳しい話を聞けばいいだろ?」

「それが、話を聞こうとすると泣き喚いてしまって……」

「あ〜、なんかショッキングな事があったんだろうな……」

「ええ、我々も調査隊は全滅したと考えています。最悪、既に残党軍に占拠され、要塞化されていた可能性もあると」

「それは厄介だな……」


 あそこは、崩壊前の技術で建造された、強固なバンカーだ。敵の手に落ちたら、かなり厄介だ。


「で、話っていうのはまさか……」

「はい。ヴィクターさん、もう一度モルデミールの為に、働いては頂けませんか!?」



 * * *



-夕方

@エルハウス邸前 ビュッフェ会場


「まあ! 可愛い猫ちゃんですね、ミシェル様!」

「え、猫? ……う、うん。レオーナって言うんだ」

「このロボットさんも、お喋りできるなんて不思議ですわ!」

『我はチャッピー、ミシェルの身を守るのが役目である』

「まあ、ミシェル様の騎士ナイト様なんですね♪」

「ミリア様のその御髪みぐし、桃色で素敵ですね♪」

「あら、見る目ありますわね貴女。……よく見れば、好みの顔立ち……名はなんと?」


 ビュッフェ会場の一角に、他のテーブルとは明らかに違い、豪華な席が用意されていた。そこでは、紅茶やら菓子が並び、さながら貴族のお茶会のような雰囲気となっていた。

 ここは、いわゆるVIP席であり、ガフランク農園連合に属する各農園主の子女の為の席であった。


 ガフランクはその名の通り、農園同士の繋がりだ。各農園にはそれぞれ農園主がおり、その下に多数の小作人を従えるという、寄生地主制だ。そして、農園主の家族は、エルハウス家を見れば分かる通り、かなり裕福だ。

 だからだろうか、皆他の者よりも上質な服を着ており、どことなく上品な振る舞いをしている。


 ある少女はジュディから逃げ出したレオーナを膝の上で撫で、またある少女はチャッピーとお喋りしている。彼女達はミシェルの友人達であり、久しぶりに会ったミシェルとの会話を楽しんでいた。

 ミシェルは、その容姿から大変な人気者であり、家出をしてレンジャーになったという話は、刺激の少ない田舎暮らしの彼女達にとって、非常に食い付きの良い話であったのだ。


「それでミシェル様……その殿方とは、もう夜を共に?」

「えっ!? いやいや、まだそんな事してないよ!」

「あら、そうなのですか? そういう話でしたから、てっきり……。その……こ、今後の参考に、お話を伺えればと……♡」

「そりゃ、あれから一緒にお風呂には入ってるけど……。そういえば君は? この前、結婚したって聞いたけど?」

「はぁ……まあ、しましたけども、あの人ったら私よりも牛とか豚が大事みたいでして……」

「あはは、仕事熱心でいい人だね」

「本当、子供なんですから!」

「あら、マシュー様よッ!」

「きゃーッ、こちらにいらっしゃるわッ!」


 ミシェル達が談笑していると、マシューとヴィクターがVIP席にやって来た。


「皆様、お楽しみいただけているようで……」

「「「「 きゃーッ、マシュー様ぁ! 」」」」

「……凄い人気だな、マシュー。全く、モテモテで羨ましいな」

「こんな目で見られて良い気はしない」

「それは悪かったな」

「逆に私はお前が羨ましいがな」

「だろ?」

「くそ! それよりも、あの娘は大丈夫なのか?」

「カティアの事か? ……まあ、いつもの事だ。何か、大暴れしたみたいですまないな」

「いや、いい余興になった。気にするな……」


 ヴィクターとマシューは、席に着くと運ばれて来た料理を食べながら、何やら話し合っている。ちなみにVIP席では、係の者が料理を運んでくれる。

 その光景を眺めるミシェル達であったが、ミシェルの友人が口を開いた。


「ミシェル様? あのマシュー様の隣にいる殿方が、ミシェル様の想い人で?」

「まあ、そうなのですか!?」

「え、えと……うん」

「まあ! でも、ミシェル様のお相手にはちょっと……」

「悪くないですけど、ちょっと役不足感が否めません」

「そ、そんな事ないよ! 強くて、凄く良い人なんだ!」


 その時、会場にメガホンでアナウンスがかかった。


『え〜、会場の皆様! 本日最後の競技会、“漢気杯”を開催しますッ!』

「「「「「 うぉぉぉぉぉッ! 」」」」」

「「「「「 きゃーッ!! 」」」」」


 その声に、会場は大盛り上がりとなり、男も女も歓声を上げる。ミリアは周囲の異常な熱気に、これから何が起きるのかミシェルに尋ねる。


「ミシェル、漢気杯って何ですの?」

「この後舞踏会があるんだけど、そこでガフランク一の美女と踊る権利を賭けて、ガフランク一の男を決めるんだ! 一番最後の競技会で、一番人気なんだよ!」

「舞踏会……ミシェル、もし良かったらエスコートして下さる?」

「えっ、いいよ! 一緒に行こう!」

「あっ、ミリア様ずるい!」

「私もミシェル様と踊りたかったのに…!」

「おほほ、早い者勝ちですわ!」



   *

   *

   *



「何の騒ぎだ?」

「ああ、漢気杯だ。ガフランク一の美女と踊る権利を賭けて、男達が熱い闘いを繰り広げるんだ」

「熱い闘い?」

「早い話、アームレスリングだ」


 会場を見れば、会場の中心に酒樽が運ばれてきており、その上で腕相撲をするようだ。確かに、熱い闘いになるのは間違いない。


「へ〜。ちなみに、ガフランク一の美女って誰だ?」

「マリアだ」

「なんだと!?」


 会場の中心を見ると、ミシェルの姉……マリアさんが、皆に手を振りながら会場へと歩いて行き、まるで賞品のように椅子に座らせられていた。


「……マシュー、俺も参加していいか?」

「別に構わんが、やめておけ。ほら、あいつを見ろ。去年の優勝者だ。普段は馬の世話をしてる奴なんだが、馬一頭を軽く持ち上げるって話だ。いくらお前でも、あの腕には敵わないだろ?」


 マシューが指した方を見ると、筋肉ムキムキマッチョマンの熊野郎がいた。ぶっとい腕を見れば、馬を持ち上げられると言われても信じてしまいそうだ。

 だが、あんな熊野郎にマリアさんをやるものかッ!


「……それはどうかな? アームレスリングは、腕力だけが全てじゃないぜ」

「あ、おい! ……本当に参加するのか」


 俺は、肩を回しながら会場へと歩いて行く。会場の男達には悪いが、マリアさんは俺が頂く……どんな手を使ってもな!



 * * *



-1時間後

@漢気杯会場


『勝者、ヴィクターッ! 決勝進出だぁッ!』

「マジかよッ、ハンスが負けた!?」

「どうなってる!? 去年の準優勝者だろ!」

「ハンスより身体が小さいのに、どこにそんな力が……!?」


 あれから漢気杯とやらに参加した俺だが、順調に勝ち進み、遂に決勝戦に進出した。そもそも俺は軍のトレーニングや、ロゼッタとの特訓で、常人以上の筋力がある。また、定期的にノア6で筋トレをしており、筋力の維持にも努めている。

 さらに、服の下には“強化服”を着込んでいる為、そのパワーに生身で勝てる奴など、そうそういない。だが、決勝で通じるかは分からない……。何しろ、相手は馬を持ち上げる程の腕力があるらしいからな。


『決勝戦ッ! 絶対王者にして厩の怪力モンスター、グリーズッ!!』

「ごっつぁんです!」

『対するは、ガフランクを救ったレンジャー、ヴィクターだッ!』

「よろしく」


 決勝戦に現れたのは、先程見ていた男だった。近くで見ると、男の身長は2m近くあり、その腕は丸太のように太い。

 普通なら、勝つ事は出来ないだろう。そう、普通なら……。


『用意……始めッ!』


──バンッ!


「ごっつぁんです!?」

「……おい、勝敗は?」

『はっ! ぜ、絶対王者のグリーズを破り、今新たな伝説が始まったぁ! 優勝は、ヴィクターだぁぁッ!』


「「「「「 うぉぉぉぉぉッ!! 」」」」」



 勝負が始まると共に、俺は加速装置を発動。その後自身の筋力と、強化服によるサポート、そして電脳にインストールしたアームレスリングの技術を全て活かし、瞬時に叩き込んだ。

 人間は、筋肉を動かすまで神経伝達に僅かなラグがある。俺はその瞬間をついたのだ。周りには、勝負が始まってから決着がつくまで一瞬に見えた事だろう。相対した男も、何が起こったか分からない様子だ。


 卑怯かもしれないが、勝ちは勝ちだ。俺は、賞品……マリアさんの所まで歩いていき、膝立ちになって手を差し伸べた。


「えっと……ヴィクターさん、本気なんですか? ミシェルも見てますけれど?」

「もちろん! 俺と踊ってくれますね?」

「……はい」

「ヴィクター、あの馬鹿! ミシェルだけでは飽き足らず、マリアまで……!」


 その後、会場では陽気な音楽が流れ、舞踏会が始まった。俺は、ガフランク一の美女と一緒に踊る事が出来て、大変満足だった。やはり、金髪は最高だ! 今度、ロゼッタとも踊ってみよう。

 しかし、大急ぎで電脳にダンスの技術をインストールしたが、適合して良かった。正直、ダンスなんて今までやった事ないし、バイクの時みたいに適合しなかったらヤバかった。存在するのか分からないが、神に感謝って奴だな!



 この時の俺は知らなかった……。異性をダンスに誘うというのは、ガフランクにおいて求愛行動の一種である事を。そして漢気杯の勝者は、ガフランク一の美女とのダンスを辞退して、自らの愛する者の元へダンスを申し込む事で、自分の愛が本物である事を示すのが慣しである事を……。



 * * *



-その夜

@エルハウス邸 マリアの私室


「ふぅ……久々に踊ると疲れちゃうな。ヴィクターさんも、すごく情熱的だったし……ミシェルとあの人に悪いけど、つい興奮しちゃったわ♡」

「「 ママ、お帰り!! 」」

「あら、まだ寝てなかったの? 良い子は寝る時間よ」

「でも、きょうはしゅ〜かくさい!だよ」

「おまつりおまつり!」

「まあ、今日くらい夜更かしは許してあげても良いかしら?」

「「 やったー! 」」

「……あ、そうだ!」

「「 なに、ママ? 」」

「あなた達、弟と妹……どっちが欲しい?」





□◆ Tips ◆□

【ドラゴンヘッド】

 崩壊前に製造された、回転式拳銃。発砲時の跳ね上がりを抑える為、銃身がシリンダー下方に設けられているという、独特なデザインをしている。シリンダーも、角の取れた六角形型であり、従来のリボルバーの外観とは一線を画する。

 巨人の穴蔵にて、カティアによって回収され、ボリスによるレストアを経て、カティアのサイドアームとなった。

 リロード時には、ヴィクターより支給されたリンククリップを使用している。このクリップは常に湾曲して輪状になるようテンションがかかっており、弾薬が円状に並ぶフルムーンクリップのように振る舞うが、開いて板状に伸ばす事が可能であり、携帯性にも優れている。使用時はクリップを専用のホルダーから引き抜くだけで、弾が円状に並ぶので、クリップをそのままシリンダーに装填した後、クリップを引き抜くだけでリロードが完了する。


[使用弾薬]9×29.5mR弾/9×33mR弾

[装弾数] 6発

[モデル] Chiappa Rhino 30DS

[使用者] カティア

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