第154話 野良猫と堕ちた姫君2
ー数分前
@ノア6近郊
──ブロロロロ……
ミリアを連れた男達が、テトラローダーに遭遇した頃、死都の廃墟の中を1台のバイクとテトラローダーが走っていた。ミシェルとチャッピーである。
ミシェルは、ヴィクターにおねだりして手に入れたバイクを受領し、訓練を終えて、ノア6から街へと帰る途中であった。
このバイクは、ガラルドガレージで眠っていた廃車のバイクをノア6でレストアした物だ。
ミシェルはモルデミールから帰ってからというもの、バイクに夢中になり、チャッピーやジュディ、ロゼッタらと共に訓練に明け暮れていた。憧れの女性であるジュディに、少しでも近づけるようにと……。
『……むっ?』
「どうかしたの、チャッピー?」
『侵入者の排除をしていたのだが、気になる事が……』
「気になる事?」
チャッピーは現在、ヴィクターが死都に配置したテトラローダー達の管制機能を担っている。本来であれば、同じAIであるロゼッタがこの機能を担っていた。
だが彼女は現在、ノア6の管理の他に、セラフィム(連合の戦闘衛星群)の管制も行っている為、ヴィクターの夜の相手が出来ない程、非常に多忙な状態であった。そんな状況を、ヴィクターが看過できる筈もなく、同じAIであるチャッピーにも仕事を割り振っていたのだ。
彼の仕事はヴィクター達の大事な仲間であると同時に、ガフランク農園連合のお嬢様でもあるミシェルの身辺警護と、死都のテトラローダーを駆使してのミュータントの駆除や、ノア6直通路周辺への侵入者の排除であった。
『現在、侵入者の排除をしている機体があるのだが、侵入者の中にミシェルの名前を呟いた奴がいてな……』
「えっ、誰だろう?」
一瞬、自分の元師匠であるクエントの顔がよぎったが、すぐに首を振った。失恋したからといって、弟子である自分を放って失踪するような男など、どこかで野垂れ死んでいるに違いない……。そんな事を思いつつ、その人物の特徴を尋ねるミシェル。
崩壊前の技術の塊とも言えるノア6の存在は、何としても隠蔽する必要がある。それはミシェルも理解していたが、自分の知り合いとなると話は別だ。できる事なら助けてあげたいと思うのが、人情だろう。
「それって、どんな人? まだ殺してないよね?」
『映像を回すから、見てみて欲しい。射撃許可は取り消したから、まだ生きてる』
「分かった、バイク停めるね」
ミシェルは、バイクのギアを落として停車すると、腕時計を操作する。すると、チャッピーから送られてきた映像がホログラムで映し出される。
「これは……ミリア!? 何で、死都に」
『その娘、拘束首輪が付けられているようだが犯罪者か? 崩壊後の世界でも、犯罪者には首輪を付けるのだな』
「えっ……本当だ、前に外したはずなのにどうして……」
『うん? 他にもいるようだが、その娘の連れか?』
映像が、ミリアの背後に移る。すると、路地裏からこちらを伺う男達と、何かを喚きながら近づいてくる男が映し出されていた。
近づいてくる男は何やらニヤけた顔をしており、その顔がズームになった事で、思わずミシェルは引いてしまう。
「うわっ……な、何この人!?」
『ミシェルを不快にさせるとは、許せんッ!』
すると、チャッピーが即座にテトラローダーに射撃許可を出して男を蜂の巣にした。
「チャ、チャッピー?!」
『むっ、逃げる気か? させぬわ、挟み撃ちにしてくれるッ! ミシェルを不快にさせた罪を償えッ!』
AIデバイス:チャッピー……彼に設定された人格は“面倒見の良い長男”である。それも、暴走して自らの意思を持っている状態だ。
彼は、自分の守るべき存在であるミシェルに対して、つい熱くなってしまう傾向があった。まるで妹が好きすぎて堪らない、お兄ちゃんのように……。
「チャッピー、落ち着いてよも〜ッ!」
『ふんが〜ッ!』
そして、ミシェルはそんなチャッピーの態度が、実の兄達の様に感じながら、懐かしいような勘弁してほしいような気持ちになるのだった……。
* * *
-数十分後
@死都
「な、何なんですの……これは……?」
首輪の無力化装置の影響から復活して、なんとか動ける様になったミリアであったが、先程から二台のテトラローダーに見下ろされ、身動きが出来ずに混乱していた。
何故あの下郎共は殺しているのに、自分は殺さないのか? 普通なら、意味不明な事を言いつつ発砲してくるはずなのにと。
そこへ、バイクのエンジンの音が聞こえてくると、一台のバイクとおかしなテトラローダーが停車した。
「あっ、やっぱりミリアだ! どうしてこんな所に?」
「その声……まさか、ミシェル!?」
バイクに跨っていたのは、線の細い金髪の少年であり、頭のゴーグルを外しながら近づいて来る。その顔は、まさしくミリアの王子様であるミシェルその人であった。
お互い、何故死都のど真ん中にいるのか疑問であった。だが、ミリアにとってはそんな事どうでも良い事であった。憧れの人を前にして、ミリアはミシェルに飛びついた……。
「……ミシェルッ!」
「わっ、ちょっとミリア!?」
『……』
と思ったら、チャッピーがミリアの襟をマニュピレーターで保持して、その動きを封じる。ミシェルの知り合いだからと、安易に接近を許すようでは護衛失格である。
「グエッ……な、何するんですのッ!」
『ミシェル、その娘は知り合いか?』
「うん、友達……かな?」
「まさか……か、会話してる!? ミシェル、ソレは一体何なんですの?」
「えっ……と、僕の友達のチャッピーだよ」
「そ、そうではなくて……」
どう説明したらよいかと困るミシェルの様子を見て、チャッピーが機転を利かせて話を変える。
『それよりも小娘、その首輪はどうしたのだ?』
「た、確かに……ヴィクターさんに外して貰ったはずだよね? それにこの人達、ミリアの知り合い?」
「この下郎達が? まさか! こいつらに拉致されて奴隷にされましたの」
「ど、どういう事!?」
『ミシェル、移動しながらでも話はできるぞ?』
「そうだね……死都のど真ん中だし、移動しよう。ミリア、チャッピーの背中に乗って。街まで送るから」
「……ミシェルの後ろじゃダメですの?」
「悪いけど、まだ練習中だから
『何だ、私では不満か小娘?』
「いいえ? よろしくお願いしますの」
ミリアが、少し残念そうな面持ちでチャッピーの背中の座席に座ると、一同はカナルティアの街へと発進した。
* * *
ー夕方
@カナルティアの街 市街地
「そんなこんなで、散々な目に遭いましたの!」
「ミリア……まさかそんなことがあったなんて……」
ミリアは道中、これまであった事をミシェル達に語った。とはいえ、ミシェルの同情を誘うべく色々と嘘を織り混ぜたり、誇張していたのだが……。
ミリアは、ヴィクターから受け取った財布を奪われた挙句、友達となった猫……レオーナと共に街のギャングに酷い仕打ちを受けて、娼館に売り飛ばされそうになったり、さらには奴隷として売り飛ばされたと語ったのだ。
その結果、ミリアの思惑通りミシェルの同情を誘うことができたようだ。
後は、このままミシェルにお持ち帰りされるだけ……。ホームレス生活卒業&好きな人に抱かれるという、一石二鳥の完璧な作戦だった。
「ヴィクターさんにも、君のことを相談してみるよ。夜には帰ってくる筈だから、その首輪も外せる筈だよ」
「もう、この首輪はウンザリですの! で、でも……ミシェルが付けろって言うなら、付けててもいいんですのよ♡」
『う〜む……』
「どうしたの、チャッピー?」
『この娘の性格診断を行ったら、危険人物だと出たのだ。本当に拠点まで案内してもいいのかと考えていてな』
「ミリアが危険人物? まっさか〜、そんな訳ないよねミリア?」
「そ、そうですの! 失礼しちゃいますの!」
『再測定……やはり危険なのだが、崩壊後の人間では測定結果に誤差があるのだろうか?』
チャッピーの診断通り、ミリアは危険人物であった。平然と嘘を吐き、自らの行動に対する罪悪感が皆無で、自尊心が過大で自己中心的、口が達者で表面は魅力的なその様は、まさしく
「あっ、そうでしたわ! ミシェル、ちょっと寄りたい所がありますの。待たせてる者がおりますの」
「待たせてる者?」
「わたくしのしも……友達ですの! ミシェルにも紹介しますわ」
だが、そんな彼女でも他者への共感や、感情は持ち合わせていた。自分の
* * *
ー数分後
@カナルティアの街 路地裏
「レオーナ、どこですの〜?」
ミリアは、自分が寝泊まりしていた路地裏を訪れると、レオーナを呼んだ。いつもなら、名前を呼べば何処からか現れる筈なのだが、今日は何故か現れなかった……。
「レオーナ、レオーナ〜! ……おかしいですの、いつもなら呼べばすぐ来る筈ですのに」
「レオーナって、どんな娘なの? 髪は長い? 背はどのくらい?」
「ああ、レオーナは猫ですの」
「ね、猫!?」
「とっても可愛いくて、寝るとき抱きつくと温かいんですのよ。全く、何処に行ったんですの?」
『その箱の中にいるのは違うのか? 生体反応があるが……』
「箱って言うか、ゴミ箱だよね……これ?」
「失礼な! レオーナは、ゴミを漁るほど浅ましくはありませんの!」
チャッピーが、路地裏のゴミ箱から生体反応が発せられている事を指摘するが、ミリアが否定する。レオーナは、自分の僕らしく高潔なのだ。
口にするのは、猫好きのおじさんがくれた残飯とか、猫好きのおばさんがくれた残飯とか、自らに献上された物だけだったのだ。決して、ゴミ箱にダイブするなんて事はしない筈だ。
そういえば、いつも自分より良い物を食べてたような気がするが、気のせいだろう。……いや、やっぱりそうだ。後で誰が主人なのか思い知らせなくては……。
そんなことを思いつつゴミ箱の中を覗くと、そこにはなんと傷だらけのレオーナが入っていた。
「ミュ〜ン……」
「レ、レオーナッ!? な、なんでこんな姿にッ!?」
「猫……じゃない! まさか、これってジュディさんが話してた、セルディアンクーガーの子供じゃ……」
『……データ一致。間違いない、ミシェルの言う通りだ。だが、何故人間の居住地に?』
レオーナを抱きかかえるミリア。レオーナは、所々殴られている様に血が滲み、腫れていた。太い尻尾は力無く垂れ下がり、耳も垂れ、弱々しい鳴き声を上げていた。
「ニャン……ミャオ……」
「レオーナ、どうしたんですの!? 何でこんな事にッ!?」
「酷い……傷だらけだ!」
「レオーナ……ご、ごめんなさい……わたくしが、わたくしが側にいなかったから……!」
「チャッピー、ヴィクターさんに連絡して! 緊急だって!」
『ミシェル、まさかこの前襲われたばかりの動物の子供を助ける気か?』
「こんなの見て、放って置けないよッ! ミリア、ガレージに行くよ!」
その時、ポツポツと雨粒が落ちたかと思うと、だんだん雨が降り出し始めた。
* * *
-数時間後
@ガラルドガレージ
「どうしたんだ、ミシェル!?」
「ヴィクターさん、この子を助けて下さいッ!」
突如チャッピーを介して、ミシェルからの緊急の呼び出しを受けた俺達は、大急ぎでノア6を出発すると、本降りの中車を爆走させつつガラルドガレージへと帰って来ていた。
そして、呼び出したミシェルが俺に差し出したのは、斑点が特徴的な傷だらけの猫……じゃない! セルディアンクーガーの幼獣だよな、これ!?
「セルディアンクーガーの幼獣!? どうしてこんな所に!?」
「お、お願いしますわ……どうか、どうかレオーナを助けて下さい!」
「お前は……確か、モルデミールのお姫様か?」
困惑していた俺の前に、見覚えのある少女が顔を出した。モルデミールの姫君、ミリティシア・エルステッド……いや、彼女はもう死んでる筈だ。この少女は、ただのミリアだ。
いったい、この娘とセルディアンクーガーに何の関係があるのか?
「……お前とコイツ、どういう関係なんだ?」
「しも……お友達ですの……。ああ、わたくしが目を離したばっかりに……!」
「そういえばお前、また首輪付けたのか? 前に外しただろ?」
『主よ、この娘……街の犯罪組織に違法奴隷として拉致されたらしい。先程、死都でそれらしき連中から救出した』
「マジか、身分剥奪の末に奴隷落ちとは波乱万丈だな」
『……巻き込んだのは主では?』
「それは否定できないが、最善は尽くしただろ?」
しかし、どうしたものか……。セルディアンクーガーの幼獣の怪我は、アポターに積んでるメディカルポッドで何とかできるが、問題はその後だ。
今でこそ普通の猫くらいの大きさだが、成長すれば2m近くなる。とても街に置いては置けないだろう。それに、あの時は面倒で適当にあしらったつもりだが、ミリアの惨状を目にした以上、放っては置けないだろう。本当にどうしたものか……。
そんなことを考えて悩んでいると、一足遅く到着したジュディ達がやってきた。
「いや〜、急に降ってくるなんてビックリっすね〜」
「……日頃の行いが悪い」
「なっ!? うちのどこが悪いんすか、ノーラ!?」
「……武器で遊んでるでしょ?」
「アレは塗装っす! 高尚な趣味ってやつっすよ! ね、ジュディ?」
「……」
「ん? ジュディ、どうしたんすか? う〜ん、アレは!?」
「……セルディアンクーガー?」
「猫ちゃんだッ!」
ジュディが俺達を見て固まったと思うと、雨で濡れた髪も拭かずに急に駆け寄って来た。どうも、セルディアンクーガーの幼獣が目当てらしい。
意外にも、ジュディは可愛い物が大好きらしく、ノア6にあてがった私室もぬいぐるみでいっぱい……という一面があるのだ。特に猫は大好きらしく、よく街中でも野良猫を見つけると可愛がろうとする。……まあ、殆ど逃げられるのだが。
「あっ、怪我してる!? ……猫ちゃんを虐めるなんて、許せないッ! 誰にやられたのッ!?」
「ジュディ、ガチギレっすね……」
「……怖い」
ジュディは、ミリアの襟を掴みながら、激しく揺さぶる。相当頭に来てるのだろう……めっちゃ怖い。
「グエ……そ、そういえば……スナッチファミリーとか言うのに、レオーナに恨みがある男がいましたの。わたくしも、その組織に拉致されて首輪をつけられましたの」
「スナッチファミリー? カティア、知ってるか?」
「さあ? 新興の組織じゃないの、最近そういうの増えてるらしいし」
「なるほどな……っておいジュディ、お前何してんだ?」
「行ってくるッ!」
「はぁ!?」
──ドゥルン、ギャギャギャッ! ブロロロロ
「ええ……」
「ジュディ、ブチ切れると怖いっすからね……」
「そう? 普通でしょ、何ビビってるのよ」
「それはカティアだけっす……」
「……カイナは昔漏らしたよね」
「な、ななな何の事っすか!? 誰かと間違えてるっす!」
ジュディは武器を担ぐと、ガレージを飛び出して、雨の中をバイクで爆走して行った。
しかし飛び出した所で、目的地が分かるのだろうか? まあ、どうせ直ぐに帰って来るだろう。それまで、ちょうど雨だし頭を冷やしてもらうか。
「よし、とりあえずその猫……じゃないけど、面倒だから猫でいいか、その猫をアポターに運んでくれ」
「ヴィクター、まさか手当てする気?」
「仕方ない……。逆に何もしなかったら、ジュディが怒るだろ? それに、アレをみたらやらない訳にはいかないさ……」
「……そうね」
チラリとミリアの方を見ると、地面にぺたりと座り込み、ミシェルになだめられながら泣いていた。
このまま何もしなければ、ミシェルの気分を害してしまい、俺達の食卓が大変なことになる恐れがある。それは何としても避けなくてはならない。
それから、ミリアの事も何とかしなくてはならない。少なくとも、本来殺す筈だったのを俺達の都合で生かしたのだ。俺達には、多少なりとも彼女に対して責任がある筈だ。
□◆ Tips ◆□
【ユニコーン】
ミシェルのバイク。ガラルドガレージにて眠っていたスクラップ同然のバイクを、ノア6にてレストアしたもの。
名前の由来は、単気筒のマフラーを角に見立て、処女であるミシェルが駆っている事から、伝説の一角獣から名付けた。ちなみに名付けたのは、カイナである。
排気量は少ないが、軽量かつ燃費が良く、相棒のチャッピーの移動速度に問題なく随伴できる。尚、当のチャッピーからしたら、ミシェルに乗ってもらう機会を奪われたので、少し悲しみを覚えているようだ。
[排気量]250cc
[モデル]Mutt HILTS 250
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