第153話 野良猫と堕ちた姫君1

-某日

@カナルティアの街 路地裏


「……お腹空きましたの」

「ニャ〜ン」

「はぁ、お金を持ってたあの時が懐かしいですの。お金があれば、レストランで何でも食べられましたのに……」

「ニャ〜ン……」


 カナルティアの街の路地裏にて、一人の少女と猫?が、腹を空かせていた。少女は、今は亡きモルデミールの姫君……ミリティシアであった。

 彼女は、これまで街で仕事を探して転々としていたが、どれも長続きせずにその日のうちに仕事を辞めていた。……というより解雇されていた。


 これまでの人生を、屋敷で過ごしてきた彼女に、力仕事や手仕事の技術など無く、大抵の場合は使えないからとその日のうちに見限られてしまっていたのだ。


「お金……元手があれば、幾らでも増やせそうですのに……。貧乏だとますます稼げないですの」

「ニャン……」

「お、こんなとこにいやがったかッ!」


 何やら資本主義の真理を悟りつつあったミリアの元に、眼帯をつけた男が声をかけた。


「なんですの? あっ、お金はその中に入れてくださるかしら」


 ミリアはそう言うと、自身の前に置いてある空き缶を指差した。……当然、一銭も入っていない。


「って、こんな所で物乞いしてんじゃねぇよッ! やんなら、もっと人通りのいい所でやれや!」

「やってたら、邪魔だって蹴られましたの……」

「それを耐えるのが物乞いの仕事だろうが……」


 どうやら、ミリアには物乞いも向いていないようだ。


「それより誰ですの? お金入れる気がないなら、さっさと帰って下さらない?」

「なんだと! この目、忘れたとは言わせないぞッ!」

「……本当に誰ですの?」

「ま、マジで覚えてないのか!?」

「下郎の顔なんて、いちいち覚えていませんの!」


 男は自分の眼帯を指差す。この男は、先日ミリアに絡んだ末に、目元を猫に引っ掻かれて逃げ出した酔っ払いであったのだが、ミリアは首を傾げるだけだった。

 レズ寄りのバイセクシャルであるミリアにとって、そこらのどうでもよい男の顔など、覚えておく価値は無いのであった。


「見ろッ! この傷は、この前テメェの猫に引っ掻かれた時につけられたんだよッ!」

「……はぁ。そういえば、そんな事もあったような気もしますの」

「そのせいで1ヶ月程眼帯生活だとよ! お陰でこっちは、毎日不便な生活だよッ!」

「あら、治るんですの。良かったではありませんの」

「良くねぇよッ! テメェ、どう落とし前つけてくれんだ、えぇッ!?」

「まったく……無教養の馬鹿程、語彙力が無いからよく怒鳴るってのは、本の通りですのね……」

「あん?」

「で、何の用ですの?」

「だから、慰謝料払えってんだよッ! 1000万Ⓜ︎だ!」

「あら、前と桁が違う気がしますの」

「覚えてんじゃねぇかよ!?」


 男がミリアに掴みかかろうとしたその時、ミリアの側にいた猫が男の前に飛び出して威嚇した。


「シャーッ!」

「うおっ!? やめろ、猫は苦手なんだ!」

「やりますの、レオーナ!」


 この猫は、ミリアに『レオーナ』と名付けられ、ここ数日一緒に過ごしていた。今ではすっかり仲良しさんだ。


「と……とにかく! 払えないなら、身体で払って貰うぜ! 大人しく娼館までついて来なッ!」

「……娼館? 娼館って、女性が身体を使って殿方を性的に満足させる商売をしているという──」

「そ、そんな直接的な表現しなくても……ま、まあそうなんだけどよ。中には女の客もいるらしいがな……娼館なんざ行かなくても、俺が相手してやるってのによ」

「……!?」

「まあ、分かってるなら話は早いや……へっへっへっ、どうだぁ……恐ろしいだろぉ!?」

「なんて素敵な所なんですのッ!」

「ううぇッ!?」


 何で早く気がつかなかったんですのッ! 娼館……まさにわたくしの天職ッ!

 適当に大声上げれば、店の用心棒がやって来る筈ですし、そこらの男は適当に追い払って、わたくしは刺激を求めに来た子猫ちゃんの相手をすれば良いんですの! お金も手に入るし、女も抱ける!

 男は、本当はミシェルがいいのですけれど……まあ気に入った奴がいたら、処女をくれてやってもいいですの。その時は、大金をせしめればウハウハですわッ!


 ……などと考えたミリアは、ニヤニヤが止まらなかった。


「……ウヘヘへ」

「お、おい! 普通、娼館に売り飛ばされるってなると、嫌がるもんじゃないか!?」

「まあ! そんな娘もいるんですのね……楽しみが増えますの、グヘヘへへ」

「ま、まあいいや……ほら行くぞ、ついて来い!」

「さっさと案内しますの! レオーナ、行ってきますの! お土産持って来ますの〜」

「ミャン♪」


 ミリアがそう言うと、レオーナはミリアを見送るように一鳴きした。



 * * *



-数日後

@カナルティアの街 路地裏


「……お腹空きましたの」

「ニャ〜ン」


 カナルティアの街の路地裏にて、一人の少女と猫?が、腹を空かせていた。少女は、今は亡きモルデミールの姫君……ミリティシアであった。

 彼女は、これまで街で仕事を探して転々としていたが、どれも長続きせずにその日のうちに仕事を辞めていた。……というより解雇されていた。


 そう、。それは天職と思われた娼館でも例外ではなかった。

 ミリアは、あの後娼館にて新人研修を受けたのだが、研修を担当した先輩娼婦を骨抜きにするという、前代未聞の事件を引き起こした。その後、そのまま客を取る事になったはよいものの、客の顔を見て「チェンジ」要求したりと、もはやお前は客なのか娼婦なのか分からない態度を取った為、めでたく解雇されてしまったのだ。


「はぁ……そういうお店だから色々期待しましたのに、教える側があの程度では話になりませんの……。まあ、久々に色々と出来てスッキリしましたけど」

「ニャ〜ン?」

「しかも、聞けば娼館に来る女は皆ババアだそうですの……そんなの、こっちから願い下げですのッ!」

「てんめぇぇッ、よくもやってくれたな!」


 ミリアが悪態を吐いていると、昨日の男が怒り心頭といった感じでやって来た。そしてその顔には、何故か傷が増えていた……。


「何ですの? ああ、お金ならその缶に……」

「誰が入れるかこのクソガキッ! テメェ、なんて事してくれたんだ! お陰で俺はアニキにボコボコにされたんだぞ!」

「はあ……」

「俺たちの商売は舐められたらお終いだ……覚悟して貰うぜ!」


 男がニヤリと嗤うと、口笛を吹いた。すると、路地裏にワラワラと男達が集まってきた。


「シャーッ!」

「な、なんですの……かはッ!?」


 男の一人が、ミリアの腹に拳を叩き込んだ。強烈な痛みと吐き気がミリアを襲い、ミリアは咳き込みながら座り込んでしまった。

 男はミリアに近づくと、彼女の首へ拘束首輪を取り付けた。


「こ……これは、あの時の……!?」

「あん? 知ってるなら話が早い……なッ!」

「〜〜ッ!?」


 眼帯の男は、リモコンを使ってミリアの首輪の無力化装置を起動する。ミリアは、体内を無数の針が這い回るような気持ちの悪い感覚と共に、全身の筋肉を動かせなくなり、その場に倒れた。


「な……なん、ですの……これ……!?」

「最近、ブラックマーケットの情勢が急変してな? 違法奴隷の売買をしてた一味がぶっ潰されて、この首輪が流出したんだよ」

「ミャ〜ン、ミャ〜ン……」

「レ……オーナ……逃げて……」

「まさか、テメェみたいなクソガキ相手に使うとは思わなかったが……まあ、顔と身体は良いし丁度いい。大人しく娼館に売られなかった、テメェが悪いんだ。せいぜい高く売れてくれよ?」

「シャーッ!」


 眼帯の男がミリアに近づこうとすると、レオーナがミリアの前に立ち塞がった。


「うおっとぉッ! クソ、その猫追い払ってくれッ!」

「ったく、だらしねぇな……ガキと野良猫に舐められるなんて、アニキに殴られて正解だぜ」

「う、うるせぇ! あの時は酔ってたんだよッ! とにかく、ソイツをなんとかしてくれ!」

「まあいいや……ほら、シッシ!」

「ギャオッ!」

「ンギャーッ、いってぇッ!」


 レオーナを追い払おうとした男が、その手を噛まれて飛び跳ねる。噛まれた男は、痛みに悶えながらレオーナを引き剥がすと、地面にレオーナを叩きつけた。


「クソッ、この野良猫がッ! 離せッ!!」

「ミギャンッ!」

「いてぇ……血塗れだ。なんて力だよ、本当に猫か?」

「レオーナッ! あがッ!?」

「ふん、俺達【スナッチファミリー】を舐めた事を死ぬまで後悔するんだな! おら、連れてけ!」


 ミリアは、目隠しと猿轡を噛まされると、ずた袋に入れられ、そのまま拉致されてしまった……。


 ミリアに絡んできたこの男達は、最近カナルティアの街で台頭して来た“スナッチファミリー”と名乗る犯罪集団であった。

 現在カナルティアの街では、7日間戦争の前後でこれまでこの街を牛耳っていた組織の殆どが瓦解してしまい、新興の犯罪組織同士が覇権を巡って、静かにしのぎを削っていた……。


 中でも、違法奴隷は美味しい商売であり、スナッチファミリーが得意としており、独占しようとしていた。

 7日間戦争のおかげで、奴隷は復興作業などの労働力としての需要があり、また身寄りの無くなってしまった人間はいくらでもいるので、供給も楽というこの状況は、彼らにとって正にウハウハであった。

 ……ミリアに手をだす、この時までは。



 * * *



-数日後

@死都


 ミリアが拉致されて早数日……彼女の姿は、何故か死都にあった……。その背には大きな背嚢を背負わされており、フラフラであった。


(レオーナ……)

「おら、チンタラ歩いてんじゃねぇッ!」

「ったく、使えない奴隷だな! なあ、やっぱりコイツ、俺達に押し付けられたんじゃ……?」

「まあまあ、使い道は幾らでもあるだろ? いざという時は売っ払えばいい……中古品としてな」

「ぎゃはは! まあ、中古でも売れそうな見た目だわな!」

「あと2年くらい待てば、かなりの女になりそうだしな!」


 違法奴隷に落とされたミリアは、その後別の犯罪組織への親睦の証として、引き渡された。この組織は、かつての狼旅団が死都に遺していった武器や、遺物などを偶然発見した事で、それらの武力を背景に成長している組織だった。

 スナッチファミリーにとって、この組織の持つ武力は魅力的であり、ミリアをはじめとして、他の奴隷や金品を親睦の証として、犯罪組織同士の同盟を結成しようとしていたのだ。


「スナッチファミリーも、俺達を舐めてるのか? こんな使えねぇ奴を差し出すなんてよ」

「やっぱり性奴隷目的だったんじゃねぇか? 俺達が必要なのは荷物持ち兼、いざという時の囮なのによ」


 彼らが死都で何をしているのかというと、死都で狼旅団が残していった物を捜索していたのだ。

 自分達を成功に導いてくれた事や物、それらをもう一度この手に……と考えるのは自然な事だろう。彼らは、定期的に死都に捜索隊を派遣して、まだ残っているであろう狼旅団の遺品を見つけようとしていた。


 そんな彼らが必要としていたのは、奴隷であった。死都という超危険地帯に、組織の仲間を派遣する以上、その損失はなるべく抑えたい。そうして考え出されたのが、いざという時に奴隷を囮にして逃げる事だった。

 この作戦は意外な事に上手くいっており、高脅威度ミュータント相手に逃げ帰って来れた者も多く、実績もあった。


「ま、いざという時は俺達の代わりに、ミュータントの腹の中に入ってくれよ、嬢ちゃん?」

「くっ……このゲスがッ!」

「「「「 ギャハハハハッ! 」」」」


 奴隷がいる限り、自分達がミュータント相手にやられる事はないと過信する彼らは忘れていた……死都には、ミュータント以外にも脅威となる存在がいるという事を……。



「なあ……そういえば、さっきからミュータントもそうだが、動物を見かけてないよな?」

「動物?」

「ほら、鹿とか鼠……鳥なんかがいないんだ、さっきから」

「……言われてみれば、そうだな」


 辺りは、200年以上前に滅んだ街の廃墟だ。普通なら、鳥の鳴き声や虫の音などが聞こえてくるものだが、何故か先程からは静まり返っている。

 男の一人が、この静寂に違和感を感じ取り、武器を構える。


「気をつけろ、何かいるのかもしれない!」

「お、おい……怖い事言うなよ」

「へっへっへっ、忘れたか? 俺達にはこのガキがいる、何があっても大丈夫だ!」

「そ、そうだよな……」

「しっ、静かに! 何か聞こえるぞ!」


 すると、ビルの影から4本脚と人間の上半身を組み合わせたような、奇妙な外観のロボットが現れ、こちらへと向かってきていた。

 そう、ヴィクターが死都に配置していたテトラローダーである。彼らが今いる場所は、運の悪い事にノア6への直通経路に当たり、常にテトラローダーが巡回していたのだった。


「あ、アレは!? マズい、逃げるぞ!」

「待てよ、レンジャーのガキにアレに乗ってた奴がいたろ? もしかしたら、俺達も……」

「バカ言え! 俺はゴメンだぜ、やるならテメェがやれ!」

「な、ならよ……この奴隷にやらせればいいんじゃないか? どうせ、短い命なんだしよ」

「そ、それもそうだな……」


 全員の視線が、ミリアに集中する。


「な、なんですの? ……あがッ!?」


 男の一人が、ミリアの首輪を起動させる。そして、動けなくなったミリアを道路のど真ん中に放置すると、自分達はテトラローダーから逃げるように、来た道を引き返していき、路地裏へと隠れた。


「あばよ!」

「どうやるかは知らんが、上手くいけばソイツを手に入れられる筈だ。死にたくなけりゃ、何とかするんだな!」

「そ、そんな……“支配者の腕輪”も無しに、どうしろと……!?」


 モルデミール出身のミリアは知っていた。テトラローダーやAMなど、崩壊前の機械を動かすには、対応する腕輪が必要であると……。

 迫りくるテトラローダーに対し、ミリアは自らの死を感じた。


『不審者発見、身分の提示をお願いします。従わない場合、軍の命令に従い排除します』


(い、嫌ですの……助けて、ミシェルッ!)


 命の危機に迫ったミリアが、最期に縋った者は、ミシェルであった。

 自分の誘惑にも流されない理想的な男性であるミシェル……本来なら暗殺される筈であった自分を見逃してくれたミシェル……打算があったとは言え自分を処刑の危機から救ってくれたミシェル……死を目前に、ミリアの頭の中はミシェルで一杯であった。


「助けて……ミシェル……」


 その言葉を口にした時、ミリアに迫るテトラローダーの動きがピタリと止まった……。



「な、何だ……急に止まったぞ?」

「もしかして……本当に手に入ったのか!?」

「あ、アレは俺のだ!」

「お、おい待て!」


 テトラローダーの捕獲を口にしていた男が、路地裏から飛び出した。


(あ、アレが有れば……こんなチンケな組織なんて目じゃねぇぜ! 俺が大組織のボスになる夢が現実に……!)


 男がその様な妄想に浸りながら走っていると、テトラローダーの腕が男に向けられ、内蔵されている機関銃が火を吹いた。


──ダダダダダダッ!


「なっ!? 止まってたハズじゃ……」

「クソ、アイツのせいで気付かれた! こっちに来るぞ!」

「早く逃げるんだ!」

「お、おい……後ろ……!」


 飛び出した男が蜂の巣になり、そのせいで気が付かれた男達が逃げ出そうと背後を振り返ると、そこにはもう一台のテトラローダーがいたのだ……。


『身分の提示をお願いします』

『排除、排除、排除』

「「「 ヒィィィィッ!! 」」」


 その後、死都に機関銃の銃声が響いた……。

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