第152話 俺達の理想郷5

-某日

@グラスレイク 聖堂


 グラスレイクの村役場の役割と、マスク教総本山としての役割を兼ね備えた……パッと見た所、教会のような雰囲気を醸し出しているこの建物は、村人達から「聖堂」と呼ばれている。

 現在この建物にて、村の定例会議が開かれていた。メンバーは司教をはじめとして、農業や建築などの各分野の代表者の他、元モルデミール軍親衛隊隊長のギャレット・ロウ、亡命技術者代表のグウェル・アイゼンメッサーといった人物達も参加していた。


「それでは、グラスレイク定例会議を始めます。司会進行は、村長夫人であるこの私……フェイ・が務めます。どうぞよろしく」


 フェイが会議の開催を宣言する。……そういえば俺、フェイと結婚してたんだっけか。何か、実感が湧かないというか、変な感じだ……。

 そもそも、彼女とは出会ってからまだ1年も経っていない。もちろん、最後まで責任は取るつもりだったが、こうも急に物事が進むとは思わなかったな……。




「……という訳でして、しばらく家の建築は必要無さそうです。現在は、AMの格納庫の建築に注力しているところでして────」


 最初は、建築関連の議題のようだ。とりあえず亡命者達の為に、仮設の住宅をこしらえたが、これは早々に要らなくなるようだ。

 というのも、亡命者達がグラスレイクの女性達とくっつき始め、その女性達の家で世話になる者達が増えているのだという……。

 これは良い傾向で、新たに家を建てる資材を削減できるメリットがある。また、現在村の人口比率は女性優位になっており、独身率の解消にもつながるだろう。


 その為、仮設住宅はこのまま解体する方向で調整するそうだ。何かに利用することも考えられたが、村の大工曰く、伐採したばかりの木材を使用していた為、長くは保たないそうだ。

 建材に使用する木材は、乾燥などの工程が必要で、伐採したのをそのまま使うと、歪みやヒビ割れなどを起こすらしい。今のところ仮設住宅の残骸は、冬場の薪として村人達に配る予定だ。


「それから、研究所の建築は無事に完了しました」

「うむ……短期間の工事で心配じゃったが、ワシもエルメアも大満足じゃ! これで研究に精が出せるわい!」


 それから、新たな建築物が村に加わった。『アイゼンメッサー研究所』と名付けられたそれは、博士とエルメアの住まいである。彼らにはこの研究所にて、村の技術発展に努めてもらう予定だ。




「では、次はワシの出番じゃな。頼まれとった浄水場の整備は終わったが、肝心の浄水装置に入れる微生物とやらがさっぱり分からんくてな……。アレがないと、上水は何とかなっても、下水の浄化ができんし、燃料の製造もできん。稼働はまだ先になりそうじゃわい……」

「ああ、それなら用意してある。今度持ってくるから、準備しておいてくれ」

「なんと、それを早く言わんかヴィクター!」

「間違っても、原油抽出パイプを浄水槽に突っ込むなよ?」

「分かっとるわい!」


 博士達、技術者達の尽力により、グラスレイクの湖に設置してある浄水場も再稼働できそうだ。あとは、崩壊前のインフラを整備すれば、上下水道が完備される。

 また、下水の浄化に使用される微生物は、水を浄化する際に、光合成を利用して炭化水素を精製する。これにより、燃料の製造も行えるのだ。もちろん、専門の合成石油製造プラントに比べれば製造量は少ないが、こうしたキャンプ場や小さな集落などでは、浄水と燃料製造が出来るという事で、重宝されていた。ノア6でも利用しているくらいだし、その利用価値は高い。


 これで、生活水と村のトラックの燃料は心配要らなくなるだろう。余裕ができたらAM用の推進剤の精製や、暖房などに活用してもよいかもしれない。




「次は俺だな。村の防衛だが、正直言って無防備だ。男達も戦える奴は少ないし、攻めこまれたらお終いだな。今はこの村の存在がまだ知られていないのと、死都とかいうのの奥にあるのが幸いしているが、これから先どうなるか……」


 村の警備主任に就いた、ギャレットからの話によれば、AM無しでの防衛は絶望的だという。自警団を作る構想もあったが、志願者の戦闘経験がゼロの状態なので、一から教育しなければならない。その上、武器も満足に揃っていない状態では、満足に戦闘もできないだろう。

 しばらくの間、有事の際には彼ら元親衛隊に防衛を一任する事になるだろう……。




「それから、以前マス……ヴィクター様が提案された、農業計画ですが……」

「確か、養蜂と甜菜てんさいの栽培だったか……どうだった?」

「大変申し上げにくいのですが、上手くいっておりません。以前、養蜂家だった者がいると申しましたが、この辺りにいる蜂は養蜂に適さないらしく……かと言って、他の村から巣分けをして貰えそうにはなさそうです……」


 養蜂を営んでいる村からしてみれば、巣分けをする事は、既得権益を損ねる恐れがある。まず無理な話だろう。養蜂は諦めた方が良さそうだな……。


「そういや、設置したビニールハウスはどうだ?」

「はい、そちらは順調に作物が育っています。……ですが、やはりどれも他に特産としている場所がありますので、グラスレイクの売りにはならないかと」


 街や村を発展させるには、その地域にしかない特産品を売りにするのが定石だ。産業の発展には順序があり、まずは農業、林業、鉱業などの一次産業が発展し、その上で製造業などの二次産業が発展するのだ。

 その為にも、まずは一次産業の地盤を固める必要がある。村には、何か特産になる作物を模索する為に、俺がノア6から持ち込んだ作物を育てる温室を建てていた。だが、どれもパッとしなかったらしい……。


「そういえば、生簀いけすの方はどうだ?」

「は、はい。その、順調だとは思いますが……本当に食べるんですか?」

「ああ、そうだが?」


 あと一つ、村で試験的に行っていた事がある。それは、食用魚の養殖だ。

 グラスレイクには、その名の通り大きな湖がある。巨大ワニを退治した後、湖に網を貼って生簀を作り、崩壊前に養殖されていた魚を放したのだ。

 だが、この辺りの人間には魚を食べる習慣が無いらしく、抵抗があるようだ。そもそも、魚を見るのも初めてという者もいるのかもしれない。商品化は難しいか……。


 ひとまず、特産品に関しては街で色々とリサーチをした方が良さそうだな。



 * * *



-数日後 昼前

@街中央地区 レストラン・ベアトリーチェ


「はぁ……」

「どうしたのよヴィクター、そんな溜息ついて? ご飯が不味くなるわよ?」

「お前は気楽でいいな、カティア。責任ある立場ってのは、色々と大変なんだよ」

「へ〜」

「……お前、絶対分かってないよな?」

「ま、私には責任とか一生関係ない話だし? 人間やっぱり自由が一番よ!」

「自由には責任が伴うんだよ! テメェはそれを自覚しやがれッ!」


 村での定例会議を終えてはや数日……。今日は、親睦を深めるべく、ガレージの皆で外食に来ている。こうした機会は定期的に設けており、このレストランにも何回か来ていた。


「どこの料理が不味いって?」

「げっ……!」

「あら、げって何? カティアちゃん、何かやましい事でもあんのかい?」

「な、何も無いわよ! てか、気配消して来ないでよッ!」

「Bランクに昇格したらしいけど、そんなんじゃまだまださね」


 カティアと自由と責任について話していると、店主のベアトリーチェがカティアの肩に手を乗せながら会話に入ってきた。

 普段、彼女は店に出る事は少ないらしいが、今回は彼女に用があったので店員に呼んでもらったのだ。


「ごほん……で、何か用かいヴィクターさん?」

「ああ、これなんだが……この店で調理できないか?」

「……これは、サーモンかい!?」

「いや、ヒメマスの一種だな」


 俺は、持参したクーラーボックスを開けて、ベアトリーチェに見せる。中には、グラスレイクで養殖した魚が入っていた。

 この魚は、ヒメマスを品種改良したもので、成長を早めたり、小骨を無くしたりと、食用に適した魚になっている。


 グラスレイクで試しに水揚げしたは良かったものの、誰も調理が出来ず、あのミシェルでさえサジを投げたので、このレストランに持ち込んでみたのだ……。


「魚なんて久しぶりに見たね……この辺じゃ流通してないよ」

「みたいだな。で、料理してもらえるとありがたいんだが……」

「お安い御用さね。魚なんて久しぶりだし、腕が鳴るよ。今回は私が包丁を握るよ、ウチの料理人は魚を触った事が無いしね」

「あ、あの……料理する所、見学しても良いですか?」

「ミシェルちゃんだっけ? まあ、別に構わないよ」

「ありがとうございます!」

「とりあえず、ムニエルにフライ……あとはテリーヌとかも作れるかね……。時間がかかるけど、大丈夫かい?」

「ああ、よろしく頼む」


 幸いな事に、ベアトリーチェは魚を調理することができるらしい。最近肉ばかり食べていたので、たまには魚料理が食べたかったのだ。

 カティア達も興味があるようで、皆ソワソワしている。


 そんな時、レストランの扉が勢いよく開けられ、一人の男が中へと入って来た。カティア達の育ての親とも言える、ジェイコブ神父だ。


「ビーチェ、邪魔するぜ!」

「あらジェイク、いらっしゃい」

「何だ、まだ早いのに客いんのかよ? 騒がしくして悪かったなぁ……って、ヴィクターじゃねぇか。それにカティアとジュディ達も一緒なのか……何の集まりだこりゃ?」

「それよりジェイク、これ見て!」

「あん? おいおい、マスじゃねぇかよ! もう一生見ねぇと思ってたが、どうしたんだそれ?」

「ヴィクターさんが持って来てくれたのよ」

「へ〜、この辺りじゃ北の山岳地帯の川とかか? にしても、やけに鮮度いいな? 美味そうだぜ」

「ああ、俺の村で獲れたんだ」

「なんだと!?」

「なんですって!?」


 二人が俺に詰め寄って来た……。養殖の件は、いくら神父が相手でも控えた方が良さそうだ。二人の食いつきからみて、これは売れそうな気配を感じる。


「お前の村で獲れたって事は、いつでもコレが食えるってのか!?」

「あ、ああ……そうだが?」

「ヴィクターさんの村……話には聞いてたけど、まさか魚が取れるなんてね……」

「だが、多分廃業するな。この辺りじゃ、魚が食卓に並ぶ事は無いみたいだしな」

「ジェイク、ちょっと……」


 二人はヒソヒソと何やら話し出すと、再び俺に詰め寄って来た。


「ヴィクターさん。その魚、ウチに卸して貰えないかい?」

「何だったら湖ごと買うぜ! いくらだ!?」

「おいおい、流石にそれは……。しかし、すごい食いつくな?」

「……俺たちの故郷、アモールは海が近くて川も身近にあった。当然、魚料理もよく食ってたが、この辺じゃあありつけねぇ。たまには食いたくもなる」

「ウチの常連の金持ち達も、目新しい物には目がないからね。メニューに追加したらきっと流行るよ」


 つまり、自分達で食べる用と、金持ち用の高級食材として確保したい訳か……。金持ち達の間で流行れば、今度は民衆でも流行るかもしれないし、悪い話では無い。


「まあ、そういう事なら味見をしてからにしてくれよ。後で文句を言われても困るからな」

「それもそうだ! んじゃビーチェ、俺のも頼むわ」

「はいよ。それから魚料理は時間がかかるから、他に何か注文するかい? 魚よりは早く出せるよ?」

「そうだな……とりあえず、サラダとかスープ適当に出してくれ。それから……みんな、他に何か食べたい物あるか?」

「私、オムライス食べたい!」

「……カティアちゃん、今何て言った?」

「カティア、テメェ今“ライス”っつったよなぁ、ああん!?」

「えっ、ええ……」


──シュイン……

──チャキ……


「ちょっ……な、何のつもりだ!?」


 俺に詰め寄っていた二人が何故かカティアに気を取られ、離れたかと思ったその時、俺の首筋に巨大な刃物の刃が添えられ、頭に拳銃が突きつけられた。

 あまりに素早く、突然の事だったので反応できなかった……。


「ヴィクター……テメェそういや、“ライスフィールド”とか言ったよな? だったら持ってんだろ、“米”をよ?」

「はぁ!?」

「米があれば、パエリアにドリア、リゾット……ウチのメニューが増えるね……。さぁ、どういう事か説明してもらおうかい?」


 いい歳したこの二人が、ここまでの反応を示すとは……。確かに、米料理は美味いし腹持ちもいい。売り出したら、流行りそうな気はする。

 俺も、長いことセックスできないとおかしくなるし、似たようなものか? いや違うか……。


 米は、そもそもセルディアでは生産されていなかった作物だ。特産品にするにはもってこいかもしれない。



 その後、出来上がった魚料理に舌鼓を打った俺は、魚の養殖を続けることを決定した。また、グラスレイクでは水耕栽培の準備を進め、春から米の生産を始める事が決定した。



 * * *



-同時刻

@グラスレイク 聖堂地下


「もう、やだ……限界だ! 最近じゃ、頭痛が酷くなって来て、頭がおかしくなりそうなんだ! 頼む、もうやめてくれッ! 後生だからッ!!」


 グラスレイクの聖堂の地下……牢屋の中で、縛られた一人の女性が怯えていた。元モルデミール軍親衛隊、第三小隊長のジーナである。

 彼女の目の前には、司教が洗脳装置を持って立っていた。


「それは、貴女がまだマスク様の教えを拒んでいるという事ですか?」

「あ、当たり前だ! 誰がこんな得体の知れない新興宗教なんかに……」

「……聖典第一章 救世主!」

「く……黒き者、闇夜の空に発砲し、辺りに静寂が……なぁッ!?」

「ご覧なさい、口ではそう言いながら、身体はマスク様の教えに従いつつあるではないですか?」

「ち、違う違うッ! これはただの条件反射だ! 違う、絶対にそんな事は無いッ!」

「本当に? 何百回……いや、何千回とマスク様の教えを聞いた貴女には分かるのではないですか? マスク教がその辺の宗教と違うという事が……」

「し、知らない知らない! 分かりたくもないッ!」

「マスク教は、この荒廃した世界で、人間が人間らしく生きていけるようにする規範のようなものです。この間、村を見学させましたよね? その時、ジーナさん……貴女は何を感じましたか?」

「そ、それは……」


 この前、健康に悪いからと言って、ジーナは久しぶりに太陽の下に出して貰った。その時見た光景は、まさに夢かと思うような光景だったのだ……。


 一面に広がる花畑、村人と共に汗を流す亡命者達、AMで土木作業や建築作業に勤しむ元親衛隊員……そして、皆の顔には笑顔があった……。

 こんな光景、モルデミールにいた頃には見た事が無かった。そして、正にマスク教の教え通りに、人々が協力して笑顔で生活するという光景そのものだったのだ。


「……」

「言いたくないようですね? では、お喋りはここまでにして、今日もマスク様の教えを心に刻みましょう!」

「はっ……ま、待て! ティナに、妹に会わせろッ! やだやだやだ、やめてーッ!」


 ジーナの抵抗虚しく、彼女は目隠しをされると、その耳にはヘッドホンが装着されるのだった……。



 * * *



-同時刻

@ノア6


「……結果が出ました。特に身体に異常は見られませんでしたが、栄養バランスが偏っているみたいですね。食事の際は気をつけて下さい、エルメアさん」

「は、はいロゼッタさん!」


 現在、ノア6にてエルメアの健康診断が行われていた。エルメアも、ヴィクターのハーレムに加わったので、福利厚生はしっかり保証されているのだ。


「それから、ティナさんでしたか……。ここに来る前までエルメアさんがお世話していたそうですが、一体何を?」

「そ、その……恥ずかしい話なのですが、あの娘の顔を見ると抑えられなくなって、つい……」

「大丈夫です、ゆっくり治していきましょう」

「ロゼッタさん……!」

「では、次はティナさんの番ですね。エルメアさんは、明日グラスレイクにお送りしますので、それまでノア6にてごゆるりと……」

「あの、見学とかしてもいいですか?」

「はい。ガイドにロボットを付けますので、それについて行って下さい」

「ありがとうございます!」


 崩壊前の施設……遺跡であるノア6に、エルメアは興味津々といった感じで、ガイドに来たロボットについて行った。

 そして、エルメアを見送ったロゼッタは部屋の隅に目を向ける。そこには、麻袋に包まれたナニかが無造作に置かれていた。そして、それは時々モゾモゾと動いていた……。


 ロゼッタが袋を開くと、目隠しと猿轡、そして耳栓を詰められ、全裸で全身を縄でギチギチに縛られたティナが入っていた……。


「さて、実験の準備をしましょうか……」

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