第151話 草原の怪物3

-日没後

@アポター車内


 村の周りに罠を仕掛け終えた俺達は、アポターの車内で飯を食べつつ報告会を行っていた。流石にチャッピーは中には入れない為、彼は外で車の警備を行っている。


「センサーの反応から、村の周りにいるのは12匹くらいの群れだと判明した」

「げっ、そんなにいるの!?」

「あんなのがまだ12匹もいるなんて、ぞっとします。チャッピーがいなかったら今頃……」


 ピューマが10匹以上もこの村の周りに潜んでいるなんて、正直脅威だ。ジュディ達、ミシェル達も既に襲撃されている。

 この村の周りは、奴らの縄張りと化していると言ってよい。


「ねぇ……面倒だし、全部焼き払っちゃえば?」

「それもいいが、ストレスで鶏の肉やら卵の品質が落ちるんだとさ」

「はぁ、鶏の為に? そんな事言ってる場合じゃないと思うけど」

「この村の人達にとって、鶏は財産だ……こだわりがあるんだろ。じゃなきゃ、今頃こんな事態にはなってない筈だ」


 ジュディ達がセンサーの設置を行っていた頃、俺とカティアは村中に散った鶏を捕まえて回っていたのだ。

 村人達に話を聞けば、草原……もとい藪を焼き払う事も考えたそうだが、村にも火が移る危険があった事と、確実にピューマを始末出来るとは限らない上に、鶏達へ悪影響がでる恐れから、実行出来なかったそうだ。

 また、藪を焼き払って一時的にピューマを追い払えたとしても、こんな美味しい餌場を放っておく訳はない。再び奴らは帰ってくるだろう。


あるじよ、パウルと名乗る男が面会に来たが、どうされる?》

《ああ、通してくれ》


 外にいるチャッピーから、通信が入る。奴にはミシェルの面倒を見るように命令したが、張り切っているのかどこぞの武人か何かのような口調で話すようになってしまった。

 いや、元々暴走していたAIだし、元からあんな性格なのかもしれないが……。


「失礼……ッ!? こ、これは驚きましたな……街で噂になってる、装甲トラックの中がこんな風になっているとは! 流石、遺物使いの名を恣ほしいままにするだけある」

「まあ、上がってくれよ会長。茶くらい出すぞ……ミシェル、頼む!」

「はい、今淹れてきますね!」

「悪いが、カティア達は外の見張りを頼む。お前らが外に立ってた方が、村人も商会の連中も安心するだろうしな」


 俺達の依頼主であるブランドール商会の会長、パウルがアポターへとやって来た。恐らく、村の現状報告と今後の対応について話し合いたいのだろうが、アポターの内装に釘付けになっているようだ……。


「キッチン、リビング……それに、トイレにシャワールームもあるのですか!? それと、このドアの奥は……」

「その奥はベッドルームだ。あまり人の家の中をジロジロ見ないで欲しいな?」

「し、失礼しました! 商人の血が騒ぎましてな……して、この車いかほどで?」

「売らんぞ。他をあたってくれ」

「そうですか、残念です。しかし、家……ですか。移動できる家とは、何とロマン溢れる代物でしょう!」

「……車の話はいいから、本題に移ってくれ」


 アポターを譲る気は無いが、村で持て余してるトラックを改造して、キャンピングカーにするのはアリだな……。まあ、面倒だからやらないが。


「……現状、村の養鶏場の柵は応急的ではありますが、全て修理できました。後は、逃げ出した鶏の所有権を巡って、少々揉めているようですね」

「呑気な連中だな。村が壊滅の危機に陥ってるってのに……」

「皆さん、ヴィクターさん達が来てくれて安心してるんですよ。今じゃ、ヴィクターさん達の事は、街を超えて噂になってますから」

「うげ、マジかよ……」

「それで、先程皆さんで何かされていたようですが、何とかなりますか? 頼んだ私が言うのもなんですが、ヴィクターさん達だけで大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、問題無い。明日には片が付くさ」

「ええっ、明日ッ!? そ、そんなに早く!? さ、流石に無理なのでは……」

「まあ見てろって」


 本来なら、藪の中をしらみつぶしに探し回ったりするのだろうが、そんな敵にとって都合の良い場所に入って行くなんて馬鹿げてる。そんな危険を犯すのは、罠を仕掛ける時、一度きりだけで良い。


 人間とは本来、脆弱な動物だ。厳しい自然界では、間違いなく狩られる側……食物連鎖の底辺だ。しかしそんな人間だが、道具を駆使することで食物連鎖の輪を外れ、文明を築き上げ、万物の霊長としてこの世に君臨することに成功した。

 俺達には、アポターがあるしチャッピーがいる。文明の利器を最大限活用させてもらうとしよう……。



 * * *



-翌日

@ケイラン村


《ミシェル……距離2000、方位145にバースト射撃ッ!》

「はい!」


──ドドドドドッ!


 ミシェルがアポター内にて端末を操作し、砲塔を動かす。その後、チャッピーの指示で射角などを調整し、機関砲を5発のバースト射撃で発射する。

 機関砲から20mm口径の榴弾が発射され、それらが目標地点に到達すると、炸裂して破片を撒き散らす。その威力は藪を吹き飛ばし、その地点にいるであろうピューマを殺すには充分な威力があった。


《……反応消失! 次……距離1200、方位098!》

「了解! 照準よし、次いきます!」

「こ、これは一体何の騒ぎですか!?」


 ミシェルが第二射を撃とうとしたその時、アポターに慌てた様子のパウル会長が入ってきた。


「何って、ピューマ狩りだよ。アンタが依頼したんだろうが……」

「で、ですが……闇雲に撃っても当たるはずが……」

「心配すんなって、アンタは依頼主らしく堂々としててくれ、少し騒がしくなるだけだ。撃て、ミシェル!」

「は、はい! 第二射、発射!」


──ドドドドドッ!


 第二射が発射されると、また一つ反応が消えた。昨日、モーションセンサーを設置した瞬間から、この藪は奴らの狩場から俺達の狩場へと変わった。

 反応のある地点に対し、アポターの20mm機関砲による榴弾が降り注ぎ、ピューマ達はなす術なく倒されていく。


 だが、敵もやられてばかりではない。何匹かは異常に気がつくと、村へと急接近を始める。

 彼らの脳内では、銃声や砲声は餌である人間の抵抗であり、餌がいる場所は既に把握しているのだ。このままむざむざやられる訳もなく、彼らは人間への報復の為に、村へと迫る……。


「来たぞ、全員戦闘準備だ! 会長、アンタはこの中にいろ、安全は保障してやる」

「は、はい……!」



 その後、アポターの外部スピーカーや、チャッピーを使って、村人達に屋内に退避するように警告し、敵の来襲に備えた。


「よし……ミシェルは引き続き、チャッピーの指示に従って攻撃してくれ。俺はカティア達と外で待機する」

「はい、お気をつけて!」


 俺はアポターの外に出ると、既に外で待機しているカティア達の元へと向かった。



 * * *



-数刻後

@村の中心部


 村の中は、来た時と同じように静まり返っていた。家に避難するよう勧告したおかげか、皆家に閉じこもり、息を潜めているようだ。

 そんな村を中心に向かって歩いて行くと、カティア、ジュディ、カイナの3人が既に戦闘の準備を進めていた。


 カティアとカイナは昨夜支給したポンプアクション式ショットガンを担いでいる。これは、今回の依頼の為に用意した物で、今回は俺も同じ物を装備している。

 狩りには、昔から散弾銃かライフルと決まっている。特に、ピューマの動きは素早い……散弾銃はピッタリの装備だろう。


「よし、揃ったな。準備はできてるな?」

「もちろん!」


──ジャキッ!


 カティアは、ショットガンのグリップをスライドさせると、自信げにそれを掲げる。

 崩壊後の世界でも、同じような銃は流通している。だが、俺達の持っている物はノア6から持ち出した物で、厳密には遺物にあたる。遺物は、崩壊後の人間にとって羨望の物だ。カティアは、新たな遺物を手にして嬉しいのだろう……。


「む〜〜〜ッ!!」

「何だカイナ、装備に不満でもあるのか?」

「せっかく、ジュディに教えてもらったテクでおねだりしたのに……何でカティアにも渡しちゃうんすかぁ!?」

「何言ってるんだ? そもそもこれは、今回の任務で全員に配る予定だったんだぞ。ジュディはともかく、ショットガンは色々と使い道があるからな、持っていて損はないだろ?」

「そ、そんな……昨日の夜頑張ったのに、世知辛いっす……」


 昨晩はジュディを抱こうとしたのだが、どうしてもと言うので、カイナと寝た。そういえばその時、カイナはたかが一回戦終わっただけでドヤ顔を放ち、俺の耳元で新しい武器が欲しいとか言っていた気がする……。

 まあ、ジュディあたりに何やら吹き込まれたのだろう……。結局その後、何発かヤったらカイナは気絶してしまったのだが、そう言うのは俺を満足させてから言うべきだ。


「テク……ってなに? ヴィクターから遺物を巻き上げる方法があるの!?」

「あっ……」

「カティア、うるさいよ……」

「何よジュディ、知ってるなら教えなさいよッ!」

「し、知らない知らないッ! アタシに聞くな!」

「何よケチ……じゃあカイナ、アンタから聞くわ」

「えっ!? えっと……」

「カイナ、絶対言わないで! 本当に殺すよ!?」

「ぎゃあ! じゅ、銃口向けないで欲しいっす〜!」


 カティア達は、同じ孤児院出身だ。その関係は、家族のいない彼女達にとって、家族に匹敵するものに違いない。一時は、カティアと仲直りできるか不安だったが、こうしてじゃれあっている所を見るに、その心配は無用だったらしい。

 だが、そんなことをしている間も敵は待ってくれない。仕掛けたセンサーが捉えた反応が5つほど、俺達の元へと近づいていた。


「お前達、そろそろ来るぞ。集中しろ!」

「「「 ッ! 」」」


 カティア達は一斉に武器を構えると、警戒態勢に入る。先程のやり取りとは打って変わって、張り詰めた空気が辺りに漂う。

 戯れあっていた事で軽く息抜きができたのか、彼女達も落ち着いている様子だ。


 そんな事を考えていると、村の中へ3匹のピューマが一斉に飛び出して来た。


──シャーッ!

──ダンダンダンッ!


 ……ところ、ジュディがショットガンを乱射して、その出鼻を挫いた。気が立っていたのだろうか?

 散弾の雨が降り注ぎ、散開するピューマ達だったが、一頭が被弾して倒れた。


「よし、そっちは任せた!」


 ジュディのショットガンはセミオートだ。コレの利点は、低反動かつ速射性が高い事だが、その分弾の減りが早く、リロード中は無防備になってしまう。

 俺はカティアとカイナに、弾切れになったジュディのカバーを頼むと、現在戦闘が起きている場所とは反対側の方を向き、銃口を向ける。なぜならセンサーにまた新たな反応があったのだ、それも二つ……。

 見れば、村の民家の上からピューマがこちらを見下ろしていた。


 セルディアンクーガは、かなり知能が高い動物だ。本来なら単独で狩りをする事が多いが、この2世紀近い年月で生態が変わり、仲間と連携して狩りをするようになったのかもしれない。

 現に、同じネコ科のライオンなどは、集団で狩りをする。可能性はあるだろう。


──ミ゛ャ゛ー゛ッ!

──ニ゛ャ゛ー゛ッ!


「コイツら……鳴き声は、まんまデカい猫だな」


──ダンッ! ジャキッ! ダンッ!


 敵は屋根から飛び降りると、高速で接近して来た。俺は加速装置を使用して、その脳天にスラッグ弾を撃ち込んでいく。カティア達は散弾を使用しているが、加速装置が使用できる俺は、殺傷力が高いスラッグ弾を使用していた。

 例え相手が速くても、加速装置を使用すれば問題なく照準を合わせることができるからだ。


 銃弾を受けたピューマは、地面に倒れるとそのまま動かなくなった。


──ギャオッ! ギャオギャオッ!


 すると俺の前に、他の個体よりも一回り体格の大きなオスのピューマが、威嚇しながら踊り出して来た。恐らく、群れのボスだろう。

 というのも、先程から戦っていた個体は全てメスであり、オスはこの個体しか確認していなかったのだ。どっかの誰かみたいに、ハーレムでも築いていたのだろうか……まあ、俺の事なんだけどな。


──カティア、カバー!

──了解! ……よし、仕留めた!

──こっちも1匹仕留めたっす!


 背後から、カティア達がピューマを仕留めた声が聞こえてくる。その様子を見ているようで、ボスは低い唸り声をあげる。


「グルルルル……」

「お前とは気が合いそうだが……仕事なんだ、悪く思うなよ?」


──ジャキッ!


「来い、一瞬で終わらせてやる!」

「グルル……ギャオッ! ……ニ゛ャッ!?」

「えっ……」


 ボスが俺に飛びかかろうとした、まさにその時……バチンッと風を切る音がしたかと思うと、ボスの額に風穴が空き、地面にガクリと倒れ伏した……。


 なんだろう、以前も似たような事があった気がする……。そうだ、アポターを入手する為に、死都のショッピングモールに行った、あの時だ。

 振り返り目を凝らすと、民家の屋根の上から、ノーラがスコープを覗いているのが見えた。どうも彼女は、決闘を潰すのが好きらしい……。まあ、対峙して睨み合っている時など、絶好の狙撃チャンスだ。スナイパーとしては、撃たない訳にはいかないだろう。


《ヴィクターさん、終わりました!》

《ミシェルか、分かった。コッチも片付いた》


 ミシェルから通信が入る。皆の活躍により、ケイラン村を悩ませていたセルディアンクーガーを殲滅する事が出来たようだ。

 あれ、今回俺活躍してないのでは……? まあ、セルディアンクーガーは崩壊前は保護動物だったので、殺すのに抵抗があったのは否定できないが……。今回は、カティアやジュディ達の戦力が、確かなものになっている事を再確認したという事にしておこう。


《主よ》

《ん、チャッピーか……どうした?》

《先程、ミシェルと気になる反応を補足した。セルディアンクーガーでは無いようだが、小さな反応が集まっているようだ》


 電脳で周囲の地形と、仕掛けたセンサーの情報を確認する。すると、小さな動物のものと思われる反応が、次々と集まっているのが確認できた。

 先程の戦いで、村の鶏が逃げ出したのだろうか?


《……確認した。これから見に行ってくる。チャッピーはミシェルと共に、撤収の準備をしてくれ》

《心得た!》



 * * *



ー数十分後

@ケイラン村近郊 草原


 俺は、カティア達を伴って、先程の反応があった地点へと赴いていた。


「しっかし、なんなのよこの草! 邪魔くさい!」

「そろそろこの辺のはずだが……。ん、何か聞こえるぞ?」


 目標地点に近づくにつれ、何かの鳴き声らしきものが聞こえてきた。ニャーとか、ミーとか、人間の庇護欲を掻き立てるような、そんな感じのものだった……。


──ニャーン、ニャーン

──ミー、ミー!


「「「 か、可愛いッ! 」」」

「……セルディアンクーガーの幼獣か」


 藪をかき分けると、そこにはセルディアンクーガーの幼獣が何十匹もいた。ケイラン村がピューマの被害に遭ったのは、この幼獣が関係しているのだろう。

 ハーレムのボスがサカりまくった結果、多くの子宝に恵まれた。冬が迫るなか、大量の食糧が必要になった彼らの前に、ケイラン村が……とか、恐らくそんな所だろう。


 幼獣達はお互いに戯れついていたり、遊んでいたりと、どったんバッタン大騒ぎしている……。何匹かが、俺達に興味を持ったのか、足元にすり寄って来て、顔を擦り付けている。

 カティアとカイナ、そしてジュディまでもがその愛らしい姿に魅了されているようだ……。


「ヴィクター、ど……どうする? まさか、殺す気じゃ……」

「ま、待って欲しいっす! こんな可愛い生き物を殺さないで欲しいっす!」

「だが、1年も経たない内に成長して、さっき戦った奴らと同じ状態になるんだぞ?」

「そ、そうだけど……」

「抵抗あるっす……」

「……ヴィクター。アタシ、この子欲しい……飼う」

「ミャ〜ン」

「ダメだ、放しなさい」


 セルディアンクーガーの幼獣は、一回り小さな猫のような姿で、大変愛らしい姿をしている。カティア達もその姿に釘付けになってしまっているようだ……殺したら恨まれる。

 殺すのはマズいだろうな。それに、幼獣ならわざわざ殺す必要は無いし、他の手段はある。


「で、本当にどうするのよ?」

「コイツらは頭がいい。人間の恐ろしさを教えてやれば、二度と村には近づかなくなるはずだ……」


 俺は、ショットガンを空に向かって撃ちながら、セルディアンクーガーの幼獣達を追い回す。


「オラオラ、人間様のお通りだゴラァ!」

「ちょっ、ヴィクター!?」


──ミャミャッ!?

──ニャーン!


 驚いた猫……じゃなくてピューマの幼獣達は、蜘蛛の子を散らすように藪の中へと逃げ出していく。


「ニャン!」

「あっ、待って! ああ、アタシの猫ちゃんがぁ……」

「ジュディ、目を覚ますっす! あれは猫じゃないっすよ!」


 幼獣達が逃げ出し始めると、ジュディの抱きかかえていた個体も身を捩ってジュディの胸から飛び出した。そして、他の個体を追うように藪の中へと消えていく。


 彼らはまだ子供だが、肉食獣だ。幸い、セルディアの草原には彼らの捕食者になるような動物は存在しない。まあ、崩壊前の話ではあるが……。

 アナウサギやネズミなど、食糧になる動物も多い。親がいなくても、生きていく事は不可能ではない筈だ。彼らとはもう二度と再会しない事を願いつつ、俺達はジュディを引きずりながら村へと帰る事にした。



 そしてヴィクター達を追うように、トテトテと付いてくる小さな影があった事に、この時気付く者はいなかった……。



 * * *



-翌日

@カナルティアの街 ブランドール商会


「まさか、こんな短期間で依頼を終えられるとは……貴方達に頼んで正解でした。これで、ケイラン村は救われました。つきましては……今回の報酬とは別に、商会から感謝の品を贈らせて頂きます」

「な、何かしら……?」

「気になるね、チャッピー!」

『うむ!』

「……甘いものがいい」

「……猫ちゃんがいい」

「ジュディ、お前は昨日の夜慰めてやったろ。いい加減、元気出せよ」

「うしし、猫かわいがりって奴っすね!」

「……カイナ、後でシメてやる」

「な、なんでっすか!?」


 ケイラン村を襲っていた、セルディアンクーガーの群れを殲滅した俺達は、カナルティアの街へと帰ってきた。そして、ブランドール商会の建物の前にて、依頼達成の書類を処理していると、パウル会長からサプライズがあった。

 どうも俺達の活躍に対して、ボーナスをくれるみたいだ。


 パウル会長が手を叩くと、荷馬車の荷下ろしをしていた従業員達が慌ただしく動き出し、俺達の前に布のかけられた台車が運ばれてきた。

 皆が機体の眼差しを向ける中、パウル会長が布に手をかけると、一気に剥がして中身を見せびらかした。


「ケイラン村名物、新鮮な卵と、鶏肉です!」


 台車の中には、箱いっぱいに詰まった卵と、羽根をむしり首を落とした鶏肉が山積みになっていた。


「おい、俺達にどれだけ食わせる気だ!?」

「ヴィクターさんは、例のグラスレイクの村長をやられているとか……。今後、そちらの商品をウチの商会でも取り扱う事もあるでしょうし、これは商会から村への挨拶の品でもあります」

「……なるほどな」


 確かに、この街で商売する以上、何らかの後ろ盾は得ていた方が良いだろう。このパウル会長は、フェイも信用しているし、今回の贔屓ひいきにしている村への対応から見ても、信用できる人物だろう。

 ここは素直に受け取っておくとしよう……。


「よし、ギルドで報告を済ませたら、グラスレイクに向かうぞ。今夜は鶏肉パーティーだ!」



   *

   *

   *



 ヴィクター達が商会を去った後……。商会の前では、従業員達が荷下ろしに追われていた。

 彼らは商人である。行きは救援物資を積んでいたが、帰りは手ぶらなど許されない。ケイラン村で、積めるだけの卵と鶏肉を積み込んできていたのだ。


「しっかし、高ランクレンジャーってのは仕事が早いんだなぁ……」

「ったく、お前も口より手を動かせよ! 少しは見習えってんだ!」

「分かってるよ! あ〜、次はこの馬車だな」


 従業員達が、次の馬車の荷下ろしをしようと、馬車の布を外す。


「ニャーン?」

「何だ、野良猫か?」

「あっ、コイツ! 商品を食い荒らしてやがるッ!」

「シャーッ!」


 布を外すと、荷台には1匹の斑ぶち模様の猫が丸くなって眠っていた。そしてその側には、商品である鶏肉を貪ったのか、骨やら肉の破片が散らばっている状況であった。

 従業員達に気がついた猫は、彼らに対して威嚇をする。


「このドラ猫め、よくも商品をッ!」

「ウミャ?」

「おらっ、どっか行きやがれってんだッ!」

「ニャニャニャッ!?」


 従業員の一人が猫の首根っこを掴むと、道路に向けて放り投げた。放り投げられた猫は、驚いたのか街の中へと走り去っていった……。


「しっかしあの猫、変な猫でしたね。猫にしちゃ、ガッシリしてるというか……」

「知るかよ、どうせ鶏肉食って太ったんだろ? それにしてもこれ、旦那様にどう報告したら……」


 荒らされた商品を眺めつつ、従業員達はため息をついた……。



 * * *



-その夜

@カナルティアの街 路地裏


「ぐへへへ! お嬢ちゃん、ちっこい癖に良いモン持ってんじゃねぇか、えぇ〜?」

「何するんですの、この酔っ払い!」


 カナルティアの街の路地裏にて、少女が酔っ払いに絡まれていた。酔っ払いは、少女の背にのしかかるようにして、背後から片腕で少女の胸を揉みしだいていた。


「痛いッ、離しなさいこの下郎ッ!」

「おいおい嬢ちゃん、こんな所で一人で何してんだ〜? 危ないだろ〜、レイプされても文句言えね〜ぞぉ?」

「よ、余計なお世話ですの!」

「にしても、良い乳してるじゃねぇか! デケェ訳じゃねぇが、身長に比して大きいというか……トランジスタグラマーって言うのか?」

「……なんで人の身体をレビューする時だけ、酔いから醒めた感じなんですの……というか、いつまで触ってるんですの、この変態ッ!」

「いでぇッ! ……この、やりやがったなッ!」


 少女は、男の脇腹に全力で肘打ちを喰らわせる。少女にのしかかっていた男は、それをモロに受ける。強烈な痛みと衝撃で酔いが飛んだ男は、少女を見据えると、その顔や身体を眺めて、ニヤリと嗤う……。


「あ〜ん……よく見りゃ、いい顔立ちだなぁ? それに、何だその髪は……珍しいな、天然か?」

「……」

「おい、染めてんのかどうか聞いてんだよボケ!」

「うるさいですの! ぎゃあぎゃあ騒がないで欲しいですの!」


 少女の髪は、世にも珍しいストロベリーブロンドと呼ばれるものだった。光の当たり方によってはピンク色に見える、非常に珍しい髪色だ。


「まあ、んな事はどうでもいい。嬢ちゃんよ、テメェのせいで怪我しちまったじゃねぇか、どう責任とってくれんだよ、えぇ!?」

「はぁ!? そ、それは貴方が……」

「こりゃあ、高くつくなぁ……とりあえず、100万Ⓜ︎支払ってもらおうか?」

「100万Ⓜ︎!? そんな大金……」

「払えないぃ? なら、テメェの身体で稼いでもらうしかねぇな?」

「無理ですの! 仕事はどれもクビになりますし、そもそもわたくしは力仕事なんてできませんの! もう、限界なんですのッ!」

「うるせぇ、つべこべ言わずについて来い! 娼館に売り払うか、金持ちのペットとして売っぱらってやる! 来い!」

「痛っ、放しなさい無礼者ッ!」


 男が少女を引っ張って行こうとすると、積まれた箱の上に乗った1匹の猫と目が合った。


「あん、猫か? んだよコラ?」

「シャーッ!」


──ブツッ


「へ? ……ンギャーッ、いっでぇ! 目が、目がァァッ!」


 男の口から漏れた酒臭い臭いを不快に思ったのか、猫は爪を立てると、男の顔面を引っ掻いた。そして、当たりどころが悪かっのか、爪は男の目を直撃し、男は悶えながら捨て台詞を吐いて去って行った。


「クソ! 覚えてやがれッ!!」

「一々、下郎の名前なんて覚えませんのッ!」


 そして、少女は自分を助けてくれた猫に近づいて、挨拶をする。


「さっきは助かりましたわ!」

「にゃ〜ん♪」

「貴方、中々見所ありますのね。わたくしの僕しもべにしてあげますわ!」

「にゃ〜?」

「どれどれ……ふふん、メスですのね! やっぱり、動物も人間もメスに限りますの!」

「ゴロゴロゴロ……」

「よくお聞き、わたくしはミリティシア・エルステッド……貴女のご主人様ですのよ!」





□◆ Tips ◆□

【ズルッキーム ZU-322】

 長い歴史を持つ老舗銃器メーカー、ズルッキーム社の誇るポンプアクション式散弾銃。崩壊前の時点で200年近い歴史があり、警察、軍、民間で使用されてきた。ショットガンといえば、コレが頭に浮かぶほど認知度は高い。

 ポンプアクション式の利点を活かして、ゴム弾やスタン弾などの非致死性弾薬や、その他特殊な弾薬にも対応することが出来る。モジュール化された設計により、使用者の好みに応じたカスタムが出来るのが大きな特徴となっている。

 崩壊後の世界でも、これのデッドコピーが流通している。


[使用弾薬]12ゲージ

[装弾数] 6発

[モデル] ベカス12M

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