第148話 亡命者達

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 黒き者、闇夜の空に発砲し、

辺りに静寂が訪れた。聖所から

偉大な声が我ら子羊に言った。

「静まれ」と……。



「マスク教聖典 第一章 救世主」

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-ヴィクター達が支部長と面会している頃

@グラスレイク ヴィクター邸


 カナルティアの街に帰還したヴィクター達だったが、ギルドでの報告を済ませてすぐに、グラスレイクへと向かう事にした。村には一足先に博士やエルメア、そして元親衛隊と元整備兵達が到着していた。

 ヴィクターは事前にフェイを通じて、彼らの為に寝床や食糧を用意させてはいたのだが、流石に無理があった。特に、AMが村にやって来るのは想定外であり、その巨体をしまう為の格納庫の建造は急務となった。


 しかし、その問題は早急に解決の目処が立った。村では、元親衛隊の面々がAMを使って、山から木を切ってきたり、建築箇所を整地したりしていた。さらにグラスレイクの大工達は、ヴィクターがもたらした崩壊前の建築キットから、ブロック工法やモジュール工法の様な建築方式を学んでいた。

 その為、元親衛隊が原材料を調達し、それを村で加工してブロックを作り、それらをAMと人力で組み立てるという建設方式が採られ、工事は着々と進んでいた。


 グラスレイクの住人達は、かつて狼旅団の被害に遭い、故郷の村を失った者達だ。さらに狼旅団は、モルデミールの策略で誕生した野盗集団だ。

 いわば、かつての敵同士である彼らだったが、今では共に汗を流しているという、なんとも不思議な光景がここでは繰り広げられていた……。


《鉄巨人……いや、AMでの建設作業なんて、教練時代以来だぜ》

《ああ。それも、ほんのちょっと触ったくらいだ。後は、むしろ壊すことにしか使ってなかったよな、俺達……》

《機関砲ぶっ放したり、ハチェットぶん回したり……正直、飽きてきた所だしちょうどいいぜ!》


「コラァァッ、そこ! ズレてるじゃねぇか、もっと慎重にやれッ!!」


 元親衛隊のメンバーが、駄弁りながらAMで作業していると、男の野太い怒鳴り声が聞こえてきた。グラスレイクの大工の親方だ。


『なあ親方、ちょっとくらい大丈夫じゃねぇのか?』

『そうそう。どうせすぐに壊しちまうんだろ?』

「ばっかも〜んッ! 仮設とはいえ、お前達が寝泊まりする所なんだぞ!? 床がガタガタになったり、雨漏りして困るのはどいつだッ!?」

『『 す、すんませんしたッ! 』』

「だったらちゃんとやらんかッ!!」


 親方に怒鳴られた元親衛隊員達は、慎重かつ丁寧に作業していく。そしてしばらくすると、あっという間に仮設宿舎が建った。

 仮設の為、時間がかかる屋根は布張りで済ませているが、野宿と比べたら天国だろう。


『ふ〜、めっちゃ神経使った〜!』

『なんだよ、だらしねぇな……。そんなんじゃ、女も落とせないぞ?』

『はぁ? そういうテメェはどうなんだよ、どうせ口先だけの癖に』

『……』

『おい、何黙ってんだよ……まさか!?』

『へへっ、後で夕飯をご馳走になる事になったぜ!』

『な、なんだと!?』

『儚げな未亡人でな……しかも、双子の子供付きだ! 男の子と女の子でよ、元気で可愛いんだこれが! ま、女もAMも繊細に扱うこったな』

『い、いつの間に……!』


 グラスレイクの人口比は、現在女性の割合が多い。奴隷として高く売れるのは、若い女性だ。その為、狼旅団が捕らえていた人間は、必然的に女性の割合が多くなる。

 その為、グラスレイクには年頃の娘や未亡人などが多数存在し、いわば入れ食い状態となっているのだ。そこへ、亡命して来た男達が出会う……何も起きない筈が無い。


『皆もう、誰かしらに声かけてるぞ? ま、お前も声かけてみるんだな』

『よ、よし今から……』

「コラァァァッ、何終わった気でいるんだッ! まだ一つ出来ただけだろうが! マスク様がお帰りになる前に、後二つは建ててみせろッ!!」

『やっべ、スピーカー入ったままじゃん!?』

『すいませんしたッ!!』


 惚気ている所を親方に怒鳴られ、元親衛隊員達は作業に戻る。



 この後、亡命者達を受け入れたグラスレイクは、飛躍的な発展を遂げる。『崩壊後最も平和な街』と称される事となる、一つの街の序章であった……。



 * * *



-同時刻

@グラスレイク 聖堂地下


 グラスレイクの中心には、村の集会所として建てられた、聖堂と呼ばれる建物がある。ここでは普段、村の会議が開かれたり、新興宗教であるマスク教の説教が行われているのだが、もう一つ役割があった。それは、留置所である。

 村のギルド出張所にも牢屋などはあるが、その目的は捕まえた賞金首や、生け捕りにされた野盗など、主にレンジャーやギルドが関与する者に使われる。だから、村の内部で発生した犯罪者などには通常適用されない。

 そこで場所にもよるが、村や街の治安組織は独自の収容施設を備えている場合が多い。ちなみにヴィクター達も以前、カナルティアの街で警備隊の牢屋に入った事がある。


 そして、村の牢が設置された聖堂の地下にて、女の甲高い怒鳴り声がこだましていた……。



「出せッ! この裏切り者めッ! 卑怯者ッ!」

「私達にこんな事して、ただじゃおかないわよッ!!」


 元親衛隊第三小隊のメンバー……ジーナとティナである。彼女達姉妹は、クーデター勃発時に眠らされ、グラスレイクへと拉致されてきていた。

 姉妹は、モルデミール陥落が信じられず、牢の中で縛られながら喚き散らしていた……。


「誰もいないのか!? ティナ、大丈夫だ。私が何とかするからな! くそ、ティナの顔に傷をつけて……許せんッ!」

「……お姉様」


 ティナの顔は何者かに殴られたのか、所々腫れていたり、唇が切れていた。ここ数日で大分マシにはなったが、目が覚めた時には鼻血で血塗れになっており、痛々しい状態だったのだ。

 そして、周りには裏切り者の元整備兵達と元親衛隊員達がいた……奴らなら何か知っている筈だ。そう考えて、ジーナは憤る。


「クソ、モルデミールを裏切るなんて……絶対にとっちめて、ティナに暴力を振るった奴を見つけ出してやる!」

「ふふっ、相変わらず気持ち悪い姉妹愛ですね」

「そ、その声は……!」


 姉妹の前に、二人がよく知る人物が現れた。同じ隊で、味方であった筈のエルメアだ。


「エルメア、助けに来てくれたのか! 裏切りは許せんが、今回は不問にしてやるぞ!」

「おい陰キャ、さっさと縄を解けッ! グズグズすんな!」

「……薬の副作用で健忘があるって聞きましたが、こうも姉妹揃ってボケてると面白いですね……ふふっ♪」


 ヴィクターの使用している麻酔薬には、副作用として健忘状態が見られる事がある成分が配合されている。その為、姉妹は眠らされた時の記憶が無かった。

 彼女達の中では、ほんの数日前までモルデミールの選ばれた人間である親衛隊として、姫様の警護に当たっているのだ。モルデミール陥落の話を聞いても、とても信じられなかったのだ。


 また、カティアに裏切られたり、エルメアにボコボコにされた記憶も無い様子で、姉妹の中では直接二人に裏切られた感覚が無かった。

 そんな姉妹の前に、エルメアが姿を表した。姉妹は、エルメアが自分達を助けてくれる筈だと確信していた。あの気の弱いエルメアの事だ……モルデミールを裏切るなんて大層な事など、出来る訳がないと……。


 エルメアは牢の扉を開けて姉妹にゆっくりと近づいていく。そして、ティナの前に立つと、その顎を掴み、顔をじっくりと眺めた。


「おいエルメア、一体何を……?」

「おい、何触ってんだよッ!!」

「……本当に覚えてないんですね?」

「何の事だよッ!? いいから汚ない手を放せ、吐き気がすんだよ! さっさと縄を解けッ!」

「……」

「な、なんだよ……ぶッ!?」

「ティナッ!?」


 何の脈絡もなく、エルメアはティナの頬を平手で叩いた。突然の出来事に、二人は困惑した。


「な、何してんだよクソ陰キャが! よくも私の顔を……」

「ふふ……あはははは!」

「え、エルメア……?」

「ひっ……な、なんなのよ?」

「また一からお仕置き出来るんなんて……夢みたい♪ けど、ダメ……ヴィクターくんの実験が終わってからにしなくちゃ」


 普段のエルメアとは違う病的な雰囲気に、二人は背筋が震えた。


「ちょっと、いい加減にして! 何一人でブツブツと……気持ち悪い!」

「へぇ……まだそんな口が叩けるんですか?」

「……ひっ!?」

「ほら……頭で覚えていなくても、身体は覚えているみたいですよ?」


 エルメアは以前と同じように、ティナの頬を軽くペチペチと叩いた。

 ティナは、何故だか分からないがとても嫌な感覚に陥った。この女はヤバい……そう身体が警鐘を鳴らしているかのように、彼女の身体はふるふると震えだした。


「あ、ああ……」

「怯えてるんですか、ティナさん? その顔、とっても可愛いですよ♪」

「え、エルメア……その、妹が無礼を働いていた事は謝る! だが、今はそんな場合ではない筈だ。すぐにここから出よう! 話はそれからでも……」

「あはははは! ジーナさん、まさか私が助けてあげるとか思ってました? 私はとっくにモルデミールを捨ててるんですよ?」

「な、なんだと!?」

「今はここ……グラスレイクの一員です。残念でしたね♪」

「こ、この……裏切り者ぉッ!」

「さてと、余興はこのぐらいにしてと……」

「やっ……は、放せッ!」

「ティナ!? エルメア、ティナを何処に連れて行く気だッ!」

「そうですね……ティナさんは、色々悪い事してきてるじゃないですか? 悪い子には、お仕置きして分からせないと……身体に」

「ひっ!? お、お姉様、助けてッ!!」

「待て、何をする気だッ! 妹に手を出すなぁ! エルメアァァァッ!!」


 エルメアはティナに目隠しをすると、ティナを連れて牢屋を出て行く……。そして、姉のジーナが制止する声も虚しく、ティナは何処かに連れて行かれてしまった。


「クソ……待ってろティナ、すぐに助けに行くからな!」

「助ける? 何を言われるのですか、彼女は懺悔をしに行くのです」

「な、今度は誰だッ!?」


 エルメアが出て行くのと入れ替わりで、今度はニコニコとした表情の男が牢屋の前に立った。


「はじめまして。私は、マス……ヴィクター村長様から、村の管理を任されている者です。皆からは“司教”と呼ばれています」

「つまり、敵の幹部かッ! さっさと私を解放しろッ! ティナを助けなくては……!」

「ですから、その必要はありませんよ」

「なんだと!?」

「彼女は悪しき心の持ち主……偉大なるマスク様の下で自らの罪を懺悔し、悔い改める必要があるのです」

「さ……さっきから、お前は何を言ってるんだ?」

「ふむ……どうやら、貴女も悔い改める必要がありそうですね」

「くっ……!」


 司教はそう言うと、持っている鞄に手を入れる。拳銃が出てきて銃殺されると思い、覚悟を決めたジーナだったが、司教が取り出したのは一冊の本であった。


「な、なんだそれは!?」

「ああ、これですか? ついこの間できた、マスク教の聖典なんですよ! 今後村の収入で増刷して、色んな方が入信できるように無料で配る予定なんです!」

「マスク教だと……なんだそれは!?」

「偉大なる我らが救世主、マスク様の教えの下、皆で仲良く平和に暮らす為の教えです。モルデミールの方々の心にも響いたようで、既に何人も入信されてるんですよ?」

「だ、大丈夫なのか……それ?」

「きっと、貴女の心にも響く筈です。今から貴女も、過去のあやまちを反省して、心を入れかえましょう! その為の準備もできてます!」


 司教がそういうと、鞄の中からヘッドホンと何かの装置を取り出した。


「な、なんだそれは!?」

「録音装置……って言うらしいですよ? モルデミールの方々が作ってくれたんです。私も彼らの熱意に当てられて、説教にも熱意が入ってしまいましたよ……」


 録音装置には、司教によるマスク教の聖典の朗読や、説教が録音されており、それがヘッドホンを介してエンドレスにループ再生される物となっていた。ちなみに、この存在を知ったヴィクターは、この装置に“洗脳装置”と名付けるのだが、それはまた別の話……。


 司教は装置を持つと、身動きのできないジーナへと近づく。本能的に危機を感じたジーナは、縛られた身体を捩よじらせる。


「や、やめろ……ち、近づくんじゃないッ!」

「変化は誰もが恐れます……ですが、恐れてはいけません。受け入れるのです。貴女にもきっと、マスク様のお導きがあるでしょう……」

「や、やめろォォォッ!!」



 * * *



-同時刻

@グラスレイク 花畑


 花畑のど真ん中で、一人の男が大の字になって寝転んでいた。元親衛隊隊長、ギャレットである……。


「ふぁ〜あ……お空が綺麗なこって……」

「おお、ギャレットよ……こんな所におったのか!」

「うん? なんだよ、おやっさんじゃねぇか」


 昼寝をしていたギャレットの元へ、博士が近づいてきた。


「全く……部下達はせっせと働いておるというのに、隊長のお前さんときたら……」

「仕方ねぇだろ? 俺の機体、カティアにぶっ壊されちまったんだからよ」

「そんなお主に朗報じゃ。ワシらの荷解きを手伝ってくれんかの? 部下達も建設作業に回ったせいで、人手が足らんのじゃ」

「げ……ったく、人がせっかく気持ち良く昼寝してたのによ」

「その分、お前さんの機体も早く直せるじゃろ? それに、働かざる者食うべからず……モルデミールの外でも、それは変わらんわい」

「まっ、それもそうだな……。よし、手伝うぜ!」


 そう言うと、ギャレットは勢いよく立ち上がり、深呼吸した。


「しっかし、ここはまるで天国だな。期待以上だったぜ」

「……そういえばお主、何故ヴィクターに降ったのじゃ? いつものお前さんらしくなかったぞい」

「そうか? 俺はどうなってもいいから、部下達だけは……とか期待したか? まあ最悪そうしたけどよ……交渉ってのは初めはデカい事要求して、段々と要求を引き下げていくもんだぜ? まあ、ヴィクターの奴は気前良かったけどよ」

「ふむ……。じゃが、何故お主らもここまでついてきたのじゃ?」

「そりゃ、ここにいた方が強い奴と戦えそうだと思ったからよ! ヴィクターの動き……あんな奴と、俺も闘いたい!」

「相変わらず、戦闘狂じゃな……」

「まあ、それは理由の一つだ。……それとな、俺自身に戦う理由が無くなっちまってたってのがある」

「どういう事じゃ?」


 ギャレットは飄々とした態度から一転して、真面目な顔つきになる。


「教練を終えた俺の初任務は……収穫だったんだ。それでそん時の上官がクソみてぇな奴でよ……村人を血祭りにあげやがった。あん時に、俺の忠誠心は失われたね」

「ギャレット……」

「そして時が経ち、俺も部下を持つようになった。俺は奴らを一人前にしようと張り切ったさ。だがよ、奴等も気づけばもう一人前だ……。俺は、何のために鉄巨人……AMに乗ってたか分かんなくなっちまったんだ」


 ギャレットは、遠くで働くAMの姿を眺め、悲しいような嬉しいような表情を浮かべる。


「人間ってのはよ、ただ生きれば良いってモンじゃない。俺には何か……そう、目的が欲しかったんだ。強い奴と戦うとか、平和な村を一つ守ってみせる……とかな」

「……まったく、いつものお前さんらしくもないの」

「ま、冗談なんだけどな!」

「な、なんじゃと!? ワシの感動を返せ!」

「だったらさっさと荷解きしようぜ? ほら、行くぞ」

「ま、待て……お主はもうちょっと年寄りを労らんか! 歩くのが速すぎじゃ!」


 ギャレットは博士を置いて、せかせかと村へと歩いていく。


(新しい目的……か。今度は長持ちしろよ!)



 * * *



-夕方

@グラスレイク ヴィクター邸


 ギルドでの報告を終えた俺達は、グラスレイクへと足を運んでいた。村には亡命者用の仮設宿舎が建っており、村の広場では仮設宿舎完成と、亡命者達の受け入れを祝った宴会が催されていた。

 子供達はAMが珍しいのか、元親衛隊員達にAMの手に乗せられたりして遊んでいた。


 そんな光景を横目に見つつ、俺の別荘のような存在である村長邸へと向かう。だが、そこで目にしたのは、以前と比べてさらにグレードアップした屋敷であった……。


「……何か、また大きくなってない?」

「奇遇だな、カティア。お前と意見が一致するとは思わなかった」


 そんな感想を述べつつ、ガレージに車を停める。ガレージには、ビートルとアポターも停まっている。というのも、事前にフェイに皆でグラスレイクに集合するよう言われていたのだ。話では、ロゼッタも来ているらしい。

 しばらくレンジャーの仕事は休んで、ゆっくりするとしよう……。そんな事を考えつつ、屋敷の中に入ると、メイドさん達が出迎えてくれた。


「「 お帰りなさいませ、ご主人様! 」」

「なあ……何か、また家がデカくなってないか?」

「ご主人様の愛人様が増えたと聞きましたので、その部屋をと……」

「今後も増える可能性を考慮して、改築をお願いしました。奥様が許可されたのですが……お気に召しませんでしたか?」

「いや……気に入ったよ、ありがとう……」


 ロゼッタ、フェイ、モニカ、ジュディ、カイナ、ノーラ……そして今回、新たにエルメアが俺のハーレムに加わった。今後も増える……かもしれない。

 その為の保険と考えれば、改築も無駄ではない。村人達にも仕事を与えられたと考えれば、悪いことでもない筈だ。


 ……もう、無為に増やすのは控えよう。7人いれば一週間取っ替え引っ替えできる……充分過ぎる筈だ。


「皆様、食堂でお待ちです」

「奥様もお待ちになってますよ!」


 そんな事を考えつつ、メイドさん達に促されて食堂の扉を開く。

 すると、そこには純白のウェディングドレスに身を包んだフェイが立っていた……。


「ふ、フェイ……?」

「お帰りなさい、ア・ナ・タ♪」

「ブッ!? ちょっとフェイ、何してんのよ!?」

「カティア、ちょっと黙ってて! ジュディ!」

「はいさ、姉さん!」

「モガモガ……!」


 ジュディが、カティアの口を塞ぐとズルズルと何処かへ引きずって行った。


「ど、どうしたんだ……そのドレス?」

「これ? 実は前からコッソリ、モニカに頼んでたの。ね!」

「はい! ヴィクターさんが出張中のうちに、コッソリ仕上げました!」


 モニカが自信に満ちた表情で、フンスと鼻息を荒くしている。確かにその自信通り、フェイのドレスは似合っている。

 だが、俺が聞きたいのはそうではない。


「はい、これにサインしてヴィーくん♪」

「こ、これは?」

「婚姻届。ギルド職員は、結婚したら届けなくちゃいけないの」


 フェイが渡してきた書類を見る。そこには妻の欄に、フェイの字で『フェイ・ライスフィールド』と署名があった。


「きゅ、急にどうしたんだ?」

「……もしかして、私と結婚したくない?」


 その瞬間、食堂の空気が張り詰める……。気のせいか、周りから鋭い視線を向けられている気がする……。


「ヴィクター様……まさか、肉体関係だけを御所望だったのですか?」

「そ、そんな訳ないだろロゼッタ! いや〜俺から提案しようかと思ってたのに、先を越されたな……あはは」

「そ、そうだったの……♡ じゃあはい、サインして♪」

「……ああ」


 理由は分からないが、サインするしか無さそうだ……。俺は書類に名前を書いた。

 そして名前を書き終えた瞬間、フェイが書類を素早く奪い取り、皆に掲げた。


「いよっしゃぁぁあッ!! これで私にもファミリーネームが! 夫が、家族が、大事な人ができたんだ! ううっ、やっだぁ……」

「フェイさん、おめでとうございます」

「フェイ姐さん、おめでとうございます!」

「おめでとうっす!」

「……おめでとう」

「おめでとうございます!」

「「 おめでとうございます、奥様! 」」

「お、おめでとうございます……?」

「も、モガモガッ!?」


 全員がフェイを取り囲み、祝いの言葉をかけている。


「ゆ、指輪は用意しておくよ……そのうち……」


 完全に蚊帳の外に追いやられた俺は、自分の部屋へと帰るのだった……。

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