第147話 独裁者の娘

-数日後

@レンジャーズギルド 支部長室


──コンコンコンッ!


「どなたかな?」

「受付嬢のアレッタです。ヴィクターさんがお帰りになられまして、至急支部長に取り次ぐようにと……」

「……そろそろだと思いました。どうぞ」

「入るぞ、支部長」


 モルデミールに別れを告げて数日後、俺達はカナルティアの街に帰還した。街は相変わらず復興中だったが、以前よりも元の景観に戻っているように感じられた。

 俺は、支部長室に入るとソファーに促される。


「どうもご苦労様でした……。貴方達の働きで、敵性都市を一つ無くす事ができましたよ。新生モルデミールも、今後ギルドと共に歩む姿勢を示してくれましたし、近隣地域の治安も良くなるでしょう」

「はっ、よく言うぜ……。クーデターに乗じて、ギルドの兵隊を空挺降下させて、穏健派将校達の喉元にナイフ突きつけておいてよ。そういうの、脅迫って言うんじゃないのか?」

「昔、似たような状況になった際に、モルデミールでクーデターがありましてね……。ご存知ですか?」

「アンタの口からは初めて聞くな。全く、最初からそのつもりなら、先に話しておいてもらいたいね」

「まあまあ、その時の失敗を踏まえて、事前に手を打たせてもらいました。しばらく、モルデミールはギルドにより管理させて頂き、後はクランプ氏に任せる予定です」

「……傀儡かいらいって言うんじゃないのか、そういうの?」

「秩序を守るのが、我らの使命ですので」

「はっ、どうだかな?」

「……ところで、ヴィクター君?」

「なんだ?」

「君は、奴隷をそんな風に連れ回すのが趣味なのかな? 見たところ首輪も付いてないし、まさか違法奴隷に手を出したんじゃないだろうね?」


 支部長は、俺の背後に視線を向ける。そこには、目隠しと猿轡をされた上に、両手を縛られて、カティアとミシェルに腰をロープで引っ張られている少女の姿があった。モルデミールの独裁者、デリック・エルステッドの娘……ミリティシア・エルステッドである。

 彼女は抹殺対象者だったが、ミシェルの精神衛生を考えて、殺さずにこの場に連れてきたのだ。ここまで厳重なのは、うるさかったのと、ここまで来て逃げられる訳にはいかなかったからだ。


「そんなんじゃない。この娘は、モルデミールのお姫様だ。敵の首領、デリック・エルステッドの娘さ」

「……ほう? それはそれは、意外な方がここにいますね?」

「ッ!? むーっ、むーっ!!」


 その瞬間、支部長から物凄い殺気が発せられ、鋭い眼光がミリアの身体を貫く。目を閉ざされているミリアであるが、その殺気を感じ取ったようで、ブルブルと震えだす。


「どういう事かな? 依頼では、独裁者とその関係者を抹殺する事になっていたはずですが?」

「ッ!? む、むーっ!?」

「いや、確かにそうだったが、流石にこんな子供を殺すのははばかられるというか、趣味じゃないというか……。ほら、ウチにはミシェルもいるし……ちょっと抵抗あるんだよ」

「なるほど……。分かりました、彼女の身柄はこちらで預かります。目隠しと、猿轡を外して貰えますか?」


 そう言われて、カティアとミシェルがミリアの縄を解いた。


「ぷはっ……ひっ……!」

「さて、貴女……まずは自己紹介して頂きましょうか?」

「み、ミリティシア……エルステッド……です。14歳……です……趣味は読書……あ、あとは……」

「結構、すぐに処刑の準備をしましょう」

「ひっ!? ど、どうか……どうか、御慈悲を……」


 処刑宣告を受けたミリアは、その場にヘナヘナと座り込み、両手を胸の前で組むと、神に祈るように慈悲を求める。その目尻からは、一筋の涙が流れている。

 だが、支部長は容赦なくデスクの上の呼び鈴を鳴らした。すると、いつか俺と対峙した黒服の執行官二人が部屋の中へと入って来た。


「その娘を縛って独房に閉じ込めたら、すぐさまギルド前の広場を封鎖して、処刑の準備をして下さい。この娘は今日中に吊るします」

「ど、どうか……どうかお赦しを……」


 執行官達は、ミリアを処刑すると聞いて、お互いに顔を見合わせた。まさか、こんな少女を処刑するとは思わなかったのだろう。

 だが、彼らは仕事に忠実だった。ゆっくりとミリアの肩を掴むと、乱暴に引きずって行く。


「や……やだッ、放してッ! し、死にたくないですのッ! 助けて……助けて、ミシェルッ!」

「くっ……!」


 引き摺られるミリアは、ミシェルに助けを求める。ミシェルは拳を固め、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「お、おい支部長! ちょっとやり過ぎじゃないか?」

「そうよ、せめて私達が帰った後にしなさいよ!」

「元は……と言えば、君達が始末しなかったのが問題でしょう? 君達がとやかく言う資格は無いと思いますが」

「そ、それはそうだが……」


 正直、このミリアという少女は、調べた限りは特に罪は無い。このまま殺した事にして、身分を偽りつつ暮らしていく事も可能だったかもしれない……。

 だが、クーデターが勃発したのを見計らうように、ギルドはモルデミールへと特殊部隊を投入した。あまりにもタイミングが良すぎる。俺達以外に潜入していた者や、住民に紛れていた工作員がいたのかもしれない……。


 過激派の将校達や、デリック・エルステッド、およびジャミル・エルステッドは、死んだ光景を目撃した者もいるし、死体も残っている。

 だが、彼女は俺達が拉致した為に、行方不明という事になっている。その生死をハッキリさせないと、残党がその名を騙り過激な行動に打って出るかもしれない。そうなると、新生モルデミールにとっても脅威になるし、カナルティアにも脅威となるかもしれない。


 また、彼女を生かしているのが露呈すれば、俺達がギルドに咎められる。ギルドを敵に回す訳にはいかない……。彼女には悪いが、ここは正直にギルドに突き出すことにした。

 ……したのだが、これじゃまるで俺達が悪者だ。罪も無い少女を見殺しにする訳だし、良い気持ちはしない。ミシェルなんて、今にも泣き出しそうだ。仮にとはいえ、彼女の友人として接していたのだから無理もない。

 支部長には、そこら辺の空気を読んで欲しかったが、爺さんには無理な話か……。後で、ロゼッタにミシェルのメンタルケアを頼むとしよう……。


「ま、待ってくださいッ!」

「ん?」


 ミシェルが両手を広げて、執行官達の進路を阻む。


「ミリアは……ミリアは、悪い子じゃありません! ちょっと変な所も多いけど、絶対に処刑されるような事はしていませんッ!」

「み、ミシェル……!」

「確か、ミシェル君と言ったかな? 私だって、好き好んでこの娘を殺そうとしてる訳じゃない。彼女は、今回の事件の関係者……仕方のない事なんですよ」

「でも、ミリアは何もしてません! これまで、ほとんど屋敷に幽閉されていたんですよ!? 罪も無い人間を処刑するって言うんですか!?」

「だとしても、独裁者の関係者です。生きていれば、いずれ危険な思想を持った人間に利用されるでしょう。それに、“7日間戦争”で家族や財産を失った人も大勢います。彼女の処刑が彼らの気持ちの区切りにつながるなら、彼女の死も無駄にはならないでしょう?」

「ミリアは見世物じゃないッ! ギルドは秩序を維持する、正義の味方じゃないんですか!? こんなの、絶対におかしいですよ! これが正義だって言うなら、僕はレンジャーを辞めますッ!」


 ミシェルは激昂し、首から下げたドッグタグを引きちぎり、床に叩きつけた。ミシェルは、嗚咽を抑えながら、涙を流していた。

 その様子を見ていたら、何だか胸の内側が熱くなるような感覚に陥った。だからだろう……俺は立ち上がると、ミシェルの肩を抱いた。


「そうだな……ミシェルが辞めるなら、俺も辞めるわ」

「「「「 ……えっ!? 」」」」


 俺が発言したら、ミシェルと姫様を除く部屋の中の全員が、素っ頓狂な声を上げた。……てか執行官の連中、お前ら喋れたのかよ!?


「俺も、一時は辞めようと考えてたしな。こんな所辞めて、冒険の旅に行くってのも悪くない」

「ヴィクターさん……!」

「ちょっと待ってください! 君は今、ギルド本部にAランク昇格の手続きを取っている所です。冗談でもそう言うのは……」

「冗談に聞こえるか?」

「え、Aランク……!? ヴィクター、早まらないで! AランクよAランク! もったいないわよッ!」

「……カティア、お前はもうちょっと空気読め!」


 騒ぎを聞きつけたのか、手すきの職員達も野次馬にやって来て、支部長室の開いた扉から中を窺っている。

 バツの悪くなった支部長は、野次馬を追い払い、扉を閉めた。


 そしてその後、姫様の身柄を巡って支部長と1時間程争う事となった。

 だからだろう、俺は気がつかなかった。下を向き、怯えながら俯いていた筈の姫様の口角が上がっていたのを……。



 * * *



-1時間後

@レンジャーズギルド 支部長室


「……いいですか、貴女はただのミリア。ミリティシア・エルステッドとは無関係です」

「は、はい……」

「それから、ミリティシア・エルステッドはクーデターに焦った、モルデミール軍過激派将校により殺害された。……違いありませんね?」

「ああ、俺は見たぜ。間違いない!」

「……そこまで堂々と嘘をつけるのは、一種の才能ですね」

「アンタ程じゃないさ」

「嬉しくありませんよ」


 話し合いの結果、ミリアは過激派将校に殺害された事になった。いや、殺害されたのだ。だって、俺が目の前でその光景を見ていたのだから……。

 それから、哀れに思った俺は、AMの火炎放射器で兄もろとも火葬してやった。骨? あー、どっかに埋めたっけな? いや、AMで踏ん付けたかな?


 とにかく、そういう事だ。目の前の少女は、街で万引きしていたのを偶々捕まえた娘だ。名前はミリアというらしい。気が向いたから捕まえてみたのだ。


「処刑は中止です。首輪を持って来てください」


 支部長は、執行官達に拘束首輪を持って来させると、ミリアの首に装着する。この娘、捕まえたはいいが、身寄りがなく、罰金を支払う事ができなかった。

 しかも盗みに入った店が、ギルドの系列だった為に、罪が厳罰になった。その為、こうして奴隷落ちになってしまったのである。


「……さて、任務ご苦労様でした。君達の口座に報酬は振り込ませていただきました」

「あの、その娘……僕に下さい!」

「ギルドの犯罪奴隷は、オークションにて引き渡されるルールです。この娘は、まだ若く顔立ちも整っています。恐らく、高額で売れるでしょうね」

「さ、先程僕の口座に振り込まれた金額では不足でしょうか? 足りないなら、実家から……」

「ミシェル、そこまでやる必要は無い。おい支部長、ウチのミシェルをあんまり虐めるんじゃない。オークションをやるにしても、街の復興に手がいっぱいのこの状況じゃ、そこまで金を出す輩がいるように思えないが?」

「……はぁ、一つ貸しにしますよ? では、今回ミシェルさんに振り込まれた報酬で手を打ちましょう」

「ケチだな……」

「街の復興にも資金が必要です。このお金は、街に寄付させて頂きますよ」


 そして、ミリアはミシェルの前へと連れ出される。


「さあ、君の新しいご主人様だ。せいぜい、感謝するといい」

「ミシェル、ありがとう……この恩は一生忘れませんの……!」

「んじゃ、行くぞ」

「また何かありましたら、宜しくお願いしますよ?」

「それじゃ、それで貸し借り無しな?」

「いや、任務とはそういうものでは……行ってしまいましたか……」


 俺達はミリアを連れると、ギルドを出て、駐車場へと向かった。



 * * *



-数分後

@レンジャーズギルド 駐車場


(だ……駄目ですの、まだ笑っては……。堪えるんですのよ、ミリティシア……!)


 無事、処刑を回避する事に成功したミリアであったが、この結果は彼女の狡猾な策略の賜物であった……。


 彼女はヴィクター達に捕まった際に、わざと逃げ出す素振りを見せて、自身の縄をキツくした。話の流れから、ヴィクター達が自身の生殺与奪を握っていないのは理解できた。

 ならば、握っている者の同情を誘い、慈悲を得る。自身の身を守るには、それしか無い。だったらやれる事は徹底的にやるべきだ。

 彼女は縛られた後も、ヴィクター達にあえて口煩く様々な事を要求した。その結果、猿轡やら目隠しをされるに至り、か弱い少女に対してやり過ぎとまで言える拘束を手にする事ができた。


 だが、自身の生殺与奪を握っていたのは、鋭い眼光を放ち、油断ならない雰囲気を放つ不気味なジジイであった。睨まれた時には、漏らしそうになりながらも、必死でか弱い少女になり切ってみせた。

 だが、奴には感情的な働きかけは効かないようだった。そうなったら作戦変更で、周りを抱き込んでしまえば良い。

 そして、自分に同情を誘うように振る舞い、寸でのところでミシェルを味方につける事に成功し、周りも抱き込むことに成功した。


 奴隷……という屈辱的な身に落とされはしたが、愛しのミシェルの所有物となれば話は別だ。まさか、こうも都合よくミシェルの物になれるとは思わなかった。これはもう、運命を感じざるを得ない……!

 首輪も窮屈ではあるが、ミシェルの所有物である事を自覚できるので、悪い気はしない。これまで搾取する側だったが、搾取される愉しみも体験できるのかと思うと、心が躍る。


(ああ、ミシェル……さっきはカッコ良かったですの……。先ずは今晩、ミシェルのベッドに潜り込んで既成事実……じゃなくて、御礼をしなくては……ふひっ)


 そんなことを考えていると、ついつい口元が緩んでくる。そしてすぐに気がつき、演技がバレないように気を引き締める。

 それを繰り返す内に、自分達が乗って来た車の元へと辿り着く。


(運が良いと言えば、ミシェル達のリーダー格のこの男……一体何者ですの? こんな車まで所有し、所属する組織からの信頼も厚い。まあ、生活には困らなそうですし、媚を売って損は無さそうですわね)


 そう考えていたミリアであったが、それは甘い考えだったと後で後悔する事になる……。


「よし、グラスレイクに行くぞ。……っと、その前に」

「あ……ミシェル様の奴隷になりましたミリアです。今後は、誠心誠意ご奉仕させて頂きます」

「ああ、そういうのいいから。待ってろ」

「……?」


 そう言うと、ヴィクターは電脳でミリアの首輪を操作して、そのロックを外した。カシャンという音と共に、首輪が地面に落ちる。


「はっ? えっ……はっ……?」

「ほら、これで自由の身だ。これからは、達者に生きろよ〜」

「ミリア、良かったね!」


 ミリアは首輪を拾い上げると、首輪とヴィクター達を交互に眺める。


「えっ……あの、一度つけられたら死ぬまで奴隷という話は……?」

「ああ、俺は外せるんだ。だから奴隷にはならなくていいぞ」

「そ、そんな……」


 ミリアが呆然としている間に、ヴィクター達はさっさと車に乗り込んでしまう。


「ま、待ってほしいですの!」

「なんだ、まだ用があるのか?」

「あの、わたくしも一緒に……」

「あ〜、悪いな。これから行く先は、ちょっと問題があるんだ……連れては行けないな」

「そんな! わ、わたくし、これからどうしたら……」

「まあ他の子達も一人で頑張ってるし、何とかなるだろ」


 そう言うと、ヴィクターはギルド前の道路を指差す。そこには、何処かの店の小間使いと見られる少年が、ギルドに書類を届けるべく歩いていた。


「そんな……わたくし、無理矢理連れてこられて無一文な上に、住む所も無いんですのよ!? み、ミシェル!」


 ミシェルなら、この男を説得してくれるはず。そう期待するが、ミシェルからは冷たい返事が返ってきた。


「ミリア、ちょっと厚かましいよ……。僕もこの街に来た時は大変だったけど、何とかなったし……まあ、何とかなるよ!」

「そんな適当な!?」

「あ〜、分かったよ。ほら、受け取れ」


 ヴィクターは財布を取り出すと、ミリアに渡す。


「そいつでしばらく生活できるだろ。街も復興で建築改築ブームだし、仕事もあるはずだ。んじゃ、達者に生きろよ〜!」

「ミリア、またね〜!」

「あっ、ちょっと待つんですの!」


──ブロロロロ……


 ミリアの制止虚しく、ヴィクター達の乗った車は走り去ってしまった……。


「こんな……こんなはずでは……!」


 駐車場に取り残されたミリアは、しばらく呆然とするしか無かった……。

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