第146話 荒野の決闘

-夕方

@モルデミール郊外 荒れ地


 一足先にモルデミールを脱したカティア達は、荒れた平野をAMで駆け抜けていた……。


「みんな、もうすぐ集合地点よ!」

《は、はい!》

《つ、疲れました……!》

《ふぉっふぉっふぉっ……何じゃ坊主、だらしないのぅ、男ならもっとシャキッとせんか!》

《お爺ちゃん、ミシェルちゃんは女の子だよ!》

《な、なんと!?》

《あはは……》


 そんな雑談をするくらいには余裕が出た一行であったが、突如それぞれのコックピット内に、美しい女性の声が響いた。


《皆さん、この先に親衛隊のAMが潜伏しています。注意して下さい》

《な、何じゃと!?》

《だ、誰……!?》

「この声は……ロゼッタ?」

《あ、ロゼッタ先生!》

《初めまして、グエン・アイゼンメッサーさん、エルメア・アイゼンメッサーさん。私はロゼッタと申します、以後宜しくお願いします》

「で……ロゼッタ、どうかしたの?」

《電脳通信……はできないので、そちらのコックピットにデータを転送しますね》


 ロゼッタがそう言うと、全員のコックピットの画面が勝手に動き出し、衛星からのライブ映像が映し出された。そこには、カティア達の進路上にU字状の配置で、丘の稜線や岩の影に隠れているAMが映っていた……。


《この先に、AMを8機確認しました。ご注意ください》

《な、何じゃコレは!? い、一体……どこから見ているんじゃ!?》

《こんなの、初めて見た……! まるで、鳥になったみたい……》

「とにかく、ただじゃ通してくれないって訳ね!」

《しかし、信じて良いのか? レーダーには、何も映っとらんぞ!?》

「だったら、確かめてみれば良いでしょ!」


 カティアはガトリング砲を構えると、敵が潜んでいるであろう地点へ向けて、砲撃を開始した。


──ウィィィヴヴヴヴヴヴッ!


 すると、先程まで何の反応も無かったレーダーに、多数のIFF反応が出現した。これは、カティアが模擬戦で披露した、機体を停止させてIFFを切り、他の機体のレーダーから姿を消す手法と、全く同じものだった……。


《なっ、なんと……!》

「ボサッとしないで! お爺さんとミシェルは、車と一緒に後退して。エルメアは私の後ろに!」


 カティアは、普段の彼女からは想像もつかないリーダーシップを発揮して、皆に指示を飛ばす。


《やっぱり来たな、待ってたぜッ!》

《この声は……ロウ少佐!?》

《ギャレットか、お主一体なんの真似じゃ!?》

《おいおい、その機体はジーナとティナの機体じゃねぇか……一体どうなってるんだ? まあいい。おやっさんにエルメア、お前達は離れてな。俺は、そこの女に用があるんでな!》


 ギャレット機は通信でそう呼びかけると、大きな岩の陰から姿を現した。それに呼応するように、他の機体もゾロゾロと姿を現した。


「……私をご指名かしら?」

《おう、カティア! お前、俺とタイマン張れや!》

「一騎討ちって事?」

《そうだ! お前が勝ったら、ここを通してやる!》

「そんな一方的な条件で、勝負する訳ないでしょ!?」

《なんだよ、ツレねぇな……。まあ、それなら一斉に襲いかかるだけだ……おやっさん達には悪いがな》


 ギャレットがそう言うと、周りの機体がカティア達に向けて砲口を向ける。


「くっ……!」

《しっかし、背後から脅かしてやろうと思ったのに、先にバレちまうなんてな……勘が鋭いのか、天才なのか……。で、どうするよ!?》

「受けてやろうじゃない! また、アンタを倒せばいいだけなんでしょ!」

《か、カティアさん……!?》

「エルメア、離れてて……あんな奴、サクッとやっつけてやる!」

《……へへ、そうこなくっちゃなぁ! 漢気のある女は嫌いじゃないぜ!》

「悪いけど私、オッサンはタイプじゃないから」

《んだよ、つれないなぁ。……よし、んじゃおっ始めるかッ!》


 そう言うと、ギャレット機はハチェットを両手で持ちながらゆっくりと歩き出す。カティアも、ガトリング砲をパージして、プラズマカッターを抜く。

 この武装は、人間で言うとナイフに相当する武装だ。要は大型のプラズマ切断機で、敵の装甲を溶断することができる。モルデミール軍では使用されていなかったが、カティア機は巨人の穴蔵で見つけた物を装備していた。これまで秘匿していたが、もう隠す必要はない。


 プラズマカッターの噴射口から、青白いプラズマの噴流が生成され、辺りを閃光が照らす……。


《……ほう、面白いモン持ってるじゃねぇか。なんだそりゃ?》

「さあ……私も知らないけど、火傷じゃ済まないわよ、きっと」

《だろうな……》


 2機は一定の距離で立ち止まり、お互いに睨み合う。辺りは、プラズマが発せられる音のみが響き、緊張感が漂っていた。


 しばらく睨み合っていた両者だが、先に動いたのはギャレットだった。ギャレット機は夕陽が差し込んだ瞬間に、ハチェットを地面に突き刺すと、背部ラックに装備していたアサルトライフルを構え、カティアに向けた。

 接近戦による戦いを想定していたカティアは、敵のまさかの行動に驚いた。


──ズガガガガッ!


《おらおらおら! そっちが来ねえなら、こっちから行くぜッ!》

「ちょっ!? いきなり何なのよ、聞いてないわよ!」

《飛び道具無しなんて、一言も言ってないだろうが! 何を勘違いしたのか、自分から武器を捨てやがって……まだまだ青いな!》


 カティアは、砲撃を左右にステップを踏みながら避ける。そして、ギャレット機の弾が切れた瞬間を見計らい、急接近する。


──ガガガガ……カチッカチッ


「今だッ!」

《よし、来いやッ!!》

(なっ、前より速いッ!?)


──ドゴンッ……! ゴシャアッ!!


 急接近するカティア機に対し、ギャレット機も同様にカティア機へと突進した。ギャレット機は、以前よりも軽くなっており、速度が本来のスペックを出せるようになっていた。

 カティアは、ギャレット機の動きが以前よりも若干速くなっていることに驚き、回避する事が出来ずにギャレット機と正面衝突した。AM-3との戦闘経験があれば、その動きが予測できたかもしれないが、彼女は経験が浅かった……。

 ギャレット機はその場から後ずさる程度で済んだが、カティア機は重量差で弾き飛ばされ、転倒してしまった。


《く〜、りがほぐれるぜ!》

「かはっ……こ、こんのぉッ!」

《おらおら、追撃行くぞッ!》


 ギャレット機は、地面に突き刺したハチェットを引き抜くと、カティア機を追撃する。カティア機は急いで立ち上がると、ギャレット機の攻撃を後ずさりながら避け続ける。

 ハチェットとプラズマカッターでは、前者の方がリーチがあって有利だ。また、ギャレットは行動のキャンセルを利用し、フェイントを織り交ぜながら、不規則に攻撃を放つ。AMでの実戦経験に乏しいカティアは、隙を見つける事が出来ず、苦しい状況に立たされていた……。


「く、くそぉ……!」

《おらおら、どうしたどうしたッ!?》

「こ、このままじゃ……」


『警告、後方に障害物あり』


「なっ!?」

《よぉ、追い詰められた気分はどうだ?》


 カティア機のコックピットに、警告のアナウンスが流れる。後退を続けたカティア機の後方には、大きな岩があり、そこに追い込まれたカティア機は逃げ場を失ってしまったのだ……。

 ギャレット機は、ハチェットを槍のように構えると、カティア機の胸部目掛けて突き出した。


《勝負あったな、カティアッ!》

《跳べ、カティア!》

「うわぁぁぁッ!!」


──ガコッ……キュイィィゴォォォッ!!


 ハチェットの刃先が迫る中、突如ヴィクターの声が聞こえてきた。すると突如、カティア機の背部と大腿後部の装甲が開き、青い炎が吹き出し、辺りは爆発したように土煙に包まれた。


《な、なんだ? 何が起こった!?》

《隊長! う、上を見て下さいッ!》

《なにッ!?》


《ヴィクターめ……言われた通りの配合で、変な燃料を作らせたと思ったが、まさかアレに使う為じゃったのか……!?》

《と、飛んでる……鉄巨人が……!》

《か、カッコいい!》


 ギャレットは土煙に包まれて分からなかったが、周りで見ていた者達は目撃した……カティア機が突如急上昇し、空へと舞い上がる光景を……。

 AM-5には本来、限定的ながらスラスターを利用した飛翔能力がある。モルデミール軍では、この機能の存在自体が既に忘れ去られており、マニュアル操縦では利用できない為、使用される事は無かった。

 だが、ヴィクターは博士に推進剤を用意させて、カティア機の飛翔能力を復活させていたのだ。カティアが感じていた機体の重さは、この推進剤が原因だった。

 当然、推進剤は崩壊前の物と比べて低品質であるが、カティアの窮地を救うには充分な働きをした。


 カティア機はギャレット機の後方に飛び降りると、振り向きざまにプラズマカッターを振り抜いた。ギャレット機もすぐに振り向いて、ハチェットの柄で防御しようとするが、振り抜かれたプラズマカッターにより柄は溶断され、体勢を崩した。


《ぐっ……!?》

「はぁぁぁっ!!」


 形勢は完全に逆転し、カティアの連撃がギャレット機を襲う。ギャレット機は装甲を溶断され、片腕を切り落とされ、片膝を負傷し、遂に膝をついた。


《隊長ッ!?》

《皆、撃ち方用意!》

《やめろ、手を出すなッ! ……カティア、やっぱりお前、面白い女だな。考え直して、俺の女にならないか?》

「言ったでしょ……オッサンは論外、生理的に無理だから!」

《なんか、さっきより酷くなってねぇか!?》

「……それに、相手はもう決めてるから」

《あん?》

「じゃあ、覚悟は出来てるわね……!」


 カティアが、ギャレットにトドメを差そうとしたその時、ギャレットの部下達が一斉に騒ぎ出す。


《隊長、不明機……いや、ジャミル様の機体が接近中です!》

《俺達を追ってきたのか!?》

《もう後には退けん! 迎撃しろ、撃て撃てッ!》


 モルデミールの方角から、1機のAMが接近してきていた。それは、狂犬王子ジャミルから奪い、ヴィクターが乗り込んだ機体だった……。

 親衛隊の機体が次々に発砲するが、ヴィクター機はアクロバティックな動きで砲弾を避けながら、次々と親衛隊所属機の武装に向けて発砲し、破壊していく。


《うわぁッ!?》

《な、何だアイツは……!?》

《バケモノめ……!》


 そして、ものの数秒で全機の武装解除に成功すると、ゆっくりとカティア機とギャレット機に近づいて来る。


《ようカティア、遅くなって悪い》

「ヴィクター!」

《ヴィクター……あの整備兵の兄ちゃんか?》

《カティア、プラズマカッター貸してくれ。この武器じゃ、こいつら殺すのに一苦労だからな》

「わ、分かった……」

《おい、ちょっと待ってくれ!》

《何だ、命乞いか? 悪いが、お前達全員には死んでもらう。話は聞けないぞ》


 ヴィクター機が、カティア機からプラズマカッターを受け取ったその時、ギャレットが命乞いをしてきた。聞く耳を持たないヴィクターだったが、意外な人物がヴィクターの説得を始めた。


《ヴィクターよ、ワシからも頼む。ギャレットの話を聞いてやってはくれぬか?》

《博士? 何でまた……そういや、コイツの専属だったな》

《こやつとは長い付き合いでな……。ほれ、もう此奴らは抵抗できまい? それに、まだワシの部下達も到着しとらんじゃろ? それまで、聞くだけ聞いてやってほしいのじゃ》

《……分かった、聞くだけだぞ》



 * * *



-数十分後

@モルデミール郊外 荒れ地


 博士からの頼みもあり、俺は親衛隊隊長……ギャレット・ロウの話を聞く事にした。

 カティアやエルメアに他の連中を見張らせつつ、俺達は機体から降りて、対話をすることになった……。


「で、話って何だ?」

「まあ早い話、降伏したいって話なんだけどよ」

「……話は終わりだ、今すぐ殺してやる」


 俺は、拳銃を引き抜くと薬室に弾が込められているのを確認する。


「おいおい、物騒だな……話は最後まで聞くもんだぜ?」

「悪いが、さっさと済ませたいんだ。手短に頼む」

「分かった。……お前、俺達を雇う気はないか?」

「……どういう意味だ?」

「想像してみろ。この戦いは、クーデター軍が勝つだろうさ。だが、その後はどうする? 間違いなく、負けを認めない残党が出てくる筈だ。そんな奴らが、鉄巨人を使わないとも限らないだろ?」


 確かに、残党の発生は予想される。残党が野盗と化してセルディア中で暴れ回る事もあるだろう。さらに、そいつらがAMを使う事もあるはずだ。


「鉄巨人を倒すには、同じ鉄巨人をぶつけるしかない。あんたの村とかいうのに、そんな連中が攻めてきたら堪らないだろ?」

「ん? まて、その話……どこで聞いた?」

「人の口に戸は立てられぬって言うだろ? それに、俺は耳がよくてな……面白い話には事欠かないんだ」

「そうかよ……悪いが、間に合ってる。大体、そこまでしてお前達をギルドに隠すメリットを感じられない」


 正直、グラスレイクはモルデミールからかなりの距離がある。残党が攻めて来る可能性は低い。

 第一、俺かロゼッタが出撃すれば済むし、最悪の場合はセラフィムもある。まあ、使わないに越したことは無いが……。

 それに、コイツらをギルドから匿うには、それだけでは足りないと思う。


「そうか? 他にも、俺達は生身でも戦えるから、村の警備やら、戦闘訓練、あとは雑用でも何でもするぜ?」

「う〜ん……」


 確かに、ちょうどグラスレイクでは、ミュータントや野盗の襲撃に備えて、自警団を組織しようとしていた所だ。だが、肝心の戦闘経験豊富な指導者がおらず、編成は難航していたのだ。

 確かに、彼らなら即戦力になるし、村人達のインストラクターもこなせるだろう……。


「それから、こんな物があるんだけどよ……」

「何だそれは?」

「支配者のリストだ。親衛隊を組織するにあたって、隊長の俺に渡されてよ……中には、一人一人の最新データが載ってる。当然、機密文書だ」


 ギャレットが、とあるファイルを渡してきた。表紙には『機密文書』と記されており、紐で閉じられている。

 中を見てみると、なんとモルデミール軍のAMパイロット達全員の詳細な情報が、顔写真入りで記されていた。俺でも、ここまでは調べる事はできないだろう。

 この資料があれば、今後のギルドの指名手配書を作るのに役立ち、ひいてはセルディアの安寧につながるだろう……。


「だが、いいのか? こんな、仲間を……故郷を売るような事をして?」

「仲間? 俺の仲間はアイツらだけだぜ」


 そう言うと、ギャレットは親衛隊の機体を見つめる。


「アイツらは、腐った軍の中でもまともだった連中だ。それに、今のモルデミールには正直ウンザリしててな? 丁度、クーデターで居場所も無くなるし、新天地でも目指そうと思っててよ」

「そうか……」

「で、どうなんだ?」

「……はぁ。分かった、お前達を受け入れよう」

「よっしゃ、話がわかるじゃねぇか! 交渉成立だな!」


 そう言うと、俺とギャレットは握手を交わす。


「よろしくな、村長様!」

「ヴィクターでいい。さて、アンタの機体は後で調達するとして、とりあえず整備兵連中の到着を待つか……」


 ギャレットの機体は、先程カティアがズタズタにした為、行動不能に陥っている。捨てて行くしかない。

 それよりも、気掛かりな事がある……。


『ヴィクター、何かレーダーに映ってるわよ!?』

「手を出すな! 全員、AMを停止させろ!」


 しばらくすると、赤く染まった空に多数の航空機がモルデミールへ向けて飛んで来ているのが目に入った。そして俺は、その全機にギルドのマークが施されているのを確認したのだった……。

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