第145話 独裁者の最期
-数刻後
@モルデミール軍基地 第一ハンガー
ミリアとジーナ、ティナを眠らせたカティア達は、腕時計を使用して、ハウンド(ヴィクター達が乗ってきた車)とチャッピーを召喚した。そして、車に眠らせた三人を押し込むと、ハンガーまで急いだ。
何故なら、クーデター軍にハンガーを制圧される前に、自身のAMを確保する為だ。
「おお、遅かったではないか!」
「ごめん、お爺ちゃん! み、皆は!?」
「他の連中は、とっくに基地を出たわい。後はワシらだけじゃ! もうクーデター軍がすぐそこに迫っておる、皆急いで鉄巨人に乗るんじゃ!」
無事、一行はクーデター軍が抑える前にハンガーに到着できた。ハンガーでは、ギリギリまで準備を整えていた博士が、皆の到着を待っていた。
「お爺さん、準備は……」
「おお!? なんじゃこの車は! 自動で動くのか!?」
「そうなの、ヴィクター君の遺物なんだって!」
「ほほー、奴にエルメアをやったのはやはり正解じゃったな!」
「も、もう……お爺ちゃんったら……♡」
「二人とも、今はそんなことしてる場合じゃないでしょうがッ!」
「おっと、そうじゃった! 機体の準備はできとる、さっさとズラかるぞい!」
カティアとエルメアは、それぞれ自分の機体に乗り込むと、AMを起動させる。博士は、自宅から持ってきた荷物を車に詰め込み、ミシェルもその手伝いをする。
しかしその時、クーデター軍の兵士達がハンガーに侵入してきた。
「む……あれは、鉄巨人!? しまった、起動してるぞ!」
「しかも親衛隊の機体だと!? マズい、一度退避して応援を呼べ!」
《遅かったみたいね……エルメア、二人で足止めするわよ!》
《了解です! お爺ちゃん達も、早く準備してね》
カティア機とエルメア機は、ハンガーの外に出ると、クーデター軍に向けて攻撃を始める。
クーデター軍は、ヴィクターの暗躍と博士の協力により蜂起した、穏健派の将校ら率いる集団である。だが、ヴィクター達の味方かと言えば、そうではない。
クーデター軍も、戦後の復興を見据えて、博士の知識と技術を確保しようとしていたのだ。
また、クーデター軍からしてみれば、親衛隊は敵の首領の直属の配下である。確実に敵として認識されていた。
エルメアと博士を亡命させる為には、戦闘は避けられなかった……。
(ん? なんだか、機体がいつもより重いような……。気のせいかしら?)
《カティアさん、2時と11時の方向に敵の機体を2機確認しました!》
《了解、足止めするわ! エルメアは車両の方をお願い!》
《はい!》
前方から、クーデター軍の所属するAMや、車両が接近して来る。カティア達に向け、無線やスピーカーなどで投降を呼びかけてくるが、その言葉からは恐れを感じる……。
親衛隊は、モルデミールのエリート部隊だ。その戦力は、モルデミール中に轟いていたのだ。
《と、止まれ! 止まって下さい、お願いします!》
《と、投降して……頂けませんか?》
カティア機はガトリング砲を構えると、クーデター軍のAMに対して返答する。放たれた砲弾は、敵機の脚部や腕、首に命中すると、それらを破壊したり吹き飛ばして戦闘力を奪った。
《ヒィィ、ごめんなさい! すいませんでしたぁ!》
《で、ですよねぇ〜……》
一方のエルメア機は、迫ってきた車両群の前列に向けて、携行していたショットキャノンと呼ばれる砲を放つ。砲からは、鉄製の無数のペレットが拡がりながら飛んでいき、車のタイヤやエンジン、キャビンなどに穴を開ける。
すると、車両群の前列がスリップしたり、運転手が死亡して隣の車両と衝突したりと、さながら大規模な交通事故のような光景が出来上がった。
「に、逃げろ! 逃げろぉ〜ッ!!」
「親衛隊なんかに、勝てる訳ない!」
「こっちの鉄巨人が、手も足も出ないなんてッ!?」
2機の親衛隊所属機の登場に士気が低下して、クーデター軍の侵攻が一時的に止まる。それだけ、モルデミールでは親衛隊の知名度が高く、畏れられているのだろう……。
《カティアさん、お待たせしましたッ!》
《ミシェル、操縦は大丈夫そう?》
《な、なんとか歩くだけなら……!》
《今から走るから、ちゃんとついて来るのよ?》
《が、がんばります……!》
その時、ハンガーの中からさらに2機のAMが出てきた。ジーナ機と、ティナ機である。
ジーナ機には博士が、ティナ機にはミシェルが乗り込んでおり、その足元には拉致した3人の娘が乗った車と、その護衛のチャッピーが付いてきていた。
本来、AMは登録されているパイロット以外は操縦することができない。だが、ヴィクターの権限を行使すれば、ミシェルの腕時計を対象に、新たなパイロットとして登録することなど造作もなかった。
そして幸いなことに、ミシェルはカティアよりも頭が良く、AMのマニュアル操縦を最低限理解できた。最悪、博士の身柄とカティア機、エルメア機が確保できれば良かったので、4機も奪えたのは収穫と言えよう。
……ちなみに、博士は元からAMに対して造詣が深く、操縦に必要な腕時計を渡したら、自分から乗りたいと言い出した。
やはり、整備や作るだけでは面白くなかったのだろう。博士はコックピットで大はしゃぎしていた。
《おお、凄い……本当に動かせておる! それにしても、“支配者の腕輪”までポンッとくれるなんて……ヴィクターめ、一体何者なんじゃ?》
《皆、揃ったわね? エルメアは先行して。お爺さんとミシェルは車の横に……私は殿で追手を撃退するわ!》
《わかりました!》
《が、頑張って付いていきます!》
《まさか、この歳になってこんな事をするとはの……》
こうして誕生したAMの即席小隊は、モルデミールの外を目指して基地を脱した……。
* * *
-数刻後
@モルデミールスタジアム
狂犬王子ジャミルを殺して機体を奪い、将校達の席を爆破させた後、俺の前に1機のAMが対峙した。機種はAM-5だが、外装には豪華な装飾が施されていた。
あんな機体は、基地には無かった筈だ。
「その機体……親衛隊じゃないな?」
《親衛隊? 奴等は、とっくに何処かへ行ってしまったよ。全く、名ばかりで何の役にも立たん連中だ……》
「お前……何者だ?」
《デリック・エルステッド……このモルデミールの支配者にして、君達ギルドの敵である男だ。まったく、人に名前を尋ねる時は、まず名乗るのが礼儀だろう、ヴィクター・ライスフィールド君?》
「なんだって……何故ここにいる!?」
先程の爆破に巻き込まれたかと思ったが、どうやらまだ生きていたらしい。いや、俺が貴賓席を爆破した際にはもうこのAMに乗り込んでいたのだろう。
まさか、コイツもAMを操縦出来るとは思わなかったが……。
《……ふん、息子を潰したのか?》
「ああ、気に障ったか?」
《いや、むしろ何故早く楽にしたのか気になるくらいだ。てっきり、燃え尽きるまで眺めるものだと思ったが……》
「……俺に男の汚い悲鳴を聞く趣味はない。それに、そんな悪趣味なことしたら、こいつと同類になるだろうが。第一、無警戒すぎる」
《ふっ、なるほどな……。確かに、そんな事をしていたらいい的だ》
「しかし、意外だな。息子を殺されて、怒り心頭かと思ったが……」
《ふふ、確かに奴は私の息子だったが、所詮は駒に過ぎん》
「……どういう意味だ?」
《権力者というのは難儀なものでね。時に命を狙われたり、政策が失敗すると色々と面倒なのだよ》
「……息子を後継に指名することで、裏から操る算段か? もし何か政策が失敗すれば、息子を排除して、アンタが返り咲くと……」
《ほう、惜しいな……。だが、大体そんなところだ。流石はギルドの回し者、中々賢いようだ。ジャミルは愚か者で、己の快楽に忠実だった。だからこそ、御し易いし、都合の良い方へ誘導しやすいと思ったのだが……君のせいで台無しだな》
ジャミルの行動は、指導者の後継者としてはめちゃくちゃだった。普通なら、放置しておくのはおかしい。
だが、政策失敗時のスケープゴートにするならば、むしろ乱暴者や馬鹿の方が都合が良い。平時は操り易いし、都合が悪くなれば切れば良い……国を脅かす悪者として。
そして、切った側は高らかに正義を宣言できる。要はマッチポンプの一種だな……。
『……我々は、モルデミールの現状を真に憂いる者達である! 我々の目的は、モルデミールを破滅に追いやる独裁者……デリック・エルステッドの打倒と、新たな政府の樹立である! 既に我々は、基地を制圧した。全軍に通達する、これ以上の抵抗は無駄な血を流すだけである! 武器を捨て、投降せよッ! 繰り返す……』
どうやら、クーデター軍が基地を制圧したようだ。コックピットの中に無線が流れ、同様の放送が大音量で街中に流れている。
カティア達も、予定通りならば既に脱出しているだろう。後は、目の前の敵を始末して、俺も脱出するだけだな。
「だとよ、独裁者さん?」
《ふっ、下らぬ……実に下らぬ……。どのような理想を持ち、どのような主張をしようが、勝てなければ意味はない。正義とは、常に勝者が描くものだからな》
「その口ぶりだと、まだ勝つ気満々に聞こえるが?」
《当然であろう? 兵士が何人いようとも、鉄巨人には
「それはこっちのセリフだな。普段踏ん反り返っている奴が、碌に戦えるとは思えないが?」
《……ふっ、フハハハハッ!》
「何がおかしい?」
《いや、私も舐められたものだな……。私が、何の為に鉄巨人の御前試合を開催しているか教えてやろう。貴様のように、鉄巨人を使って立ち向かう輩に備える為だ! 私はこれまで、何人もの人間の動きをみてきた。そして、独自に戦術も研究していたのだ……負ける要素は無い!》
そう言うや否や、デリック機はアサルトライフルを発砲する。
──ズドドドドドッ!
俺は、左右に小刻みにステップを踏んで砲撃を避けつつ、デリック機へと接近すると、その胸部へ向けて蹴りを放った。
《な、なんだとッ!? 何だその動きは!?》
「おらよッ!」
《ぐっ……!?》
デリック機は、轟音を立てながら後方へ倒れ伏す。
《な、なんだその動きは!?》
「丸腰だから何もできないって思ったか? さっき調子乗ってたのが、馬鹿みたいに思えるな?」
《く……舐めるなよッ!》
デリック機は立ち上がると、アサルトライフルを投棄し、腰に装備していたハチェットを展開する。
《所詮は豆鉄砲! 今度はこちらから行くぞッ!》
デリック機は、ハチェットを構えながら俺に近づくと、大きく振りかぶり、横に一文字に振り抜く。
俺は、その攻撃を跳んで避けると、デリック機の後方に着地する。AMは本来、そのくらいの機動はお手の物だ。崩壊後の人間には無理だが、電脳化している俺にはできる。
そして、そのまま敵機の背中に再び蹴りを放つ。
《これは避けられまいッ!》
「よっと……!」
《なっ……グハッ!?》
「やっぱり、スラスターが使えないとそこまで跳べないな……」
《何だ、何なのだ貴様は!? 例の娘以上に人間離れした……いや、まるで人間の様に振る舞うその動きはッ!?》
「元々、この兵器はそれが利点だったんだよ。人体の拡大と延長……それが、AMの使い方だ」
《な、何を言っている!?》
「お前に話しても仕方ない。悪いが俺も急いでるんでな、さっさとくたばってもらうぞ!」
俺は、敵が落としたハチェットを拾うと、コックピット部に突き立てる。
《こ、これまでなのか……なんとも呆気ない……》
「……最後に聞かせてくれ。何故、カナルティアの街を侵略しようとした?」
《……復讐だ》
「復讐?」
《そうだ! モルデミールは土地が豊かではない。私が子供の頃、大きな飢饉があった……。父は、カナルティアやギルドに援助を求めた! だが、連中は何もしてくれなかった!》
「……それで?」
《父は無能だと糾弾され、クーデターを起こされた。私は、先祖から伝えられていた、巨人の穴蔵へと配下と共に逃げ込んだ。そこで見つけたのだ……鉄巨人や崩壊前の兵器が、無傷で残っているのを……!》
「……」
《私が、それらを伴ってモルデミールに帰還すると、そこは酷い有様だった……。クーデターを起こした将校同士で醜く小競り合いを起こし、挙げ句の果てにはギルドに手を出して、ギルドからの攻撃を受けていたのだ!》
俺が聞いた話だと、軍拡をしてギルドに戦力を供出するよう求めたとか何とかだったが……そんな、裏事情があったのか……。
《ギルドの方では、我々が一方的に悪だとされているそうだが、実際にはギルドこそ悪だ! 我々が苦しむ様を見ていたかと思えば、機を見計らい攻撃を仕掛けてきたのだから!》
「正義とは、常に勝者が描くもの……だったか?」
《そうだ! 私は悟った。モルデミールには、強く……絶対的な指導者が必要だと! そして、どんな事にも勝利できる、絶対的な力を手に入れようとな!》
「それが、今のモルデミールって訳か……救えないな」
《どうかな? 今だって、昔と状況が似ている……。何が起きても不思議ではない……》
「お喋りはこれまでだな……。それじゃ……」
──ブンッ……! チュイィィィ……!
俺は、ハチェットの高周波振動装置を起動して、コックピット部に押し当てる。ハチェットが、AMの装甲をゆっくりと侵徹していき、甲高い音がスタジアムに響く。
《……最後に》
「何だ、まだあるのか?」
《私のような人間は、色々と狙われるものでね。真に守りたいものは、敢えて無関心に振る舞うようにしているのだよ……》
「……どういう事だ?」
《そういう事だ……。さぁ、一思いにやれ!》
──グシャッ!
俺は、ハチェットをデリック機に突き立て、地面に縫い付けた。機体は動作を停止し、沈黙した……。
これが、セルディア中に戦火をばら撒いた悪の首領、デリック・エルステッドの呆気ない最期となった……。
「さて、カティア達と合流するか……」
《ヴィクター様……》
《ロゼッタ、どうかしたか?》
《衛星からのデータをリンクします、確認して下さい》
《これは……!?》
俺がスタジアムを出ようと動き出したその時、ロゼッタから通信が入った。彼女から送られてきた情報を確認すると、カティア達の進行ルート上に8機のAMが待ち伏せしている事が分かった。
いつの間にか姿を消していた、親衛隊の機体である。
《マズいな……》
《ヴィクター様、流石にカティアさんだけでは辛いのでは?》
《分かってる! ロゼッタ、至急カティア達にも伝えてくれ!》
《それからもう一つ……そちらに、複数の航空機が接近中です。画像から確認する限り、恐らくギルドのものかと……》
《なに!? 一体どういう事だ!? くそ……急いだ方が良さそうだな!》
俺は、デリック機が投棄したアサルトライフルと弾倉を拾うと、カティア達と合流すべく走り出した。
* * *
-同時刻
@モルデミール市街 とある建物の屋上
「クーデターだって!?」
「逃げた方がいいんじゃないか!?」
「ど、どうしたら……!?」
モルデミールの市街地では、先程のクーデター軍の放送を聞いて、市民達がパニック状態になっていた。
そして、その状況を建物の上から見下ろす者達がいた。博士の配下の整備兵達である……。
「博士達、無事に脱出できたかな?」
「大丈夫だ、信じるんだ! 俺達も最後の仕事に取り掛かるぞ!」
彼らは整備兵の中でも、モルデミールに残ることになった者達である。彼らは、亡命する整備兵達を見送るという重要な使命を持っていたのだ……。
「けどよ、本当にやるのか? こんなの、一生かけても稼げないぞ?」
「バーカ、そんなの明日にはケツ拭く紙にもなりゃしないんだ。景気良くパァーといこうぜ、パァーってよ!」
「いや、分かってはいるんだが……」
「んだよ、分かってないな……。んじゃ、一足先に……それッ!」
「ああっ、勿体ない!」
整備兵の一人が、バケツいっぱいに入った軍票を、眼下の街にばら撒いた。
「お、おいこれ!?」
「金だ! 金が空から降って来たぞッ!」
「拾え、拾えー!」
「あっ、それは俺のだぞ!」
突然降ってきた金の雨に、次々と人が集まり、地面に落ちた軍票を拾っていく。この軍票は、ボリスが強奪してきたものや、カティア達の給料……そして、博士や整備兵達の財産全てであった。
クーデターが成功し、モルデミールがギルドを受け入れる事になると、通貨はメタルとなり、軍票はただの紙切れになってしまう。
ならばいっそのこと、一足先に捨ててしまうと共に、脱出に使ってしまおうと、今回の作戦が考案された。
街中に軍票をばら撒いて、市民達を誘導する。そして、敢えて軍票をばら撒かない道を設定しておけば、そこの人通りが格段に減る。その道を、亡命する整備兵達の乗る車列が駆け抜けて、迅速にモルデミールを脱するのだ。
多くの者は納得していたが、中には金を捨てる事に抵抗感のある者もいるようだ。
──ブロロロロ……
「おっ、来た来た……! お〜い、達者でな〜ッ!!」
丁度、建物を挟んで反対側の道を、仲間達の車列が通過する。それに気がつき、屋上の整備兵が手を振る。
「ええい、餞別だッ! みんな、元気でな〜ッ!!」
「お、やっと決心したか! こうして見ると、綺麗なもんだな!」
その様子を見て、渋っていた男も決心して、軍票をばら撒く。それは仲間達の旅立ちを祝う、紙吹雪のように散っていった……。
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