第144話 クーデター
-軍法会議が開かれる直前
@エルステッド邸 邸前
「お疲れ様です」
「「 はっ、モルデミールに勝利を! 」」
「では、行きましょうかカティアさん」
「そうね、サクッと終わらせちゃいましょう!」
エルステッド邸の門を抜けて、カティアとエルメアの二人が中へと入っていく。彼女達第三小隊は、当初の予定通りにミリティシアの警護任務に当たる事になった。
警護は24時間つきっきりで行われ、二人ずつ交代する事になっていた。なので第三小隊の人間は、エルステッド邸の門を素通りすることができた。
「あれ、交代にしちゃ早くないか?」
「そうだったか? それより、軍法会議……俺も行きたかったな」
「今からでも、問題起こせば行けるだろ?」
「馬鹿、兵士は懲罰部隊行きだろうが。俺達は普通の人間と違って、前座で楽に殺されないっての」
軍法会議が始まろうとしていたその時、モルデミール軍基地では普段通り、兵士達が訓練を行なっていたり、警備に当たっていた。
エルステッド邸の門を警備している守衛の兵士達は、軍法会議に行けなかった事に不満を漏らしているようだ。
「すいませ〜ん!」
「ん?」
「何だ……おう、姫様の食事係の坊主じゃねぇか! どうした、昼食はもう済んだんだろ?」
守衛達が愚痴を言っていると、守衛室の窓から呼ぶ声がする。見てみると、いつも姫様の食事を運んでいる少年……ミシェルが、籠を持ちながら立っていた。
「い、いえ……姫様におやつを作るように言われて……。門を開けて頂けませんか?」
「おう、待ってな! しかし珍しいな、なんで屋敷の厨房で作らないんだ?」
「あ……そ、その、ちょうど屋敷の厨房で材料を切らしてて……基地の厨房で作る他なくて」
「へぇ、そんな事があるんだなぁ」
「ほらよ、早く中に入んな!」
「ありがとうございます! ……あっ、そうだ。お一ついかがですか?」
ミシェルは、守衛達に籠の中に入ったケーキやマフィンを差し出した。
「おいおい、これ姫様のだろ?」
「流石にマズいって……」
「いえ、つい作り過ぎてしまって……。それに、これは失敗作で、形が崩れてしまってるんです。姫様にお出しするにはちょっと……」
「なるほどな!」
「そうゆう事なら、俺達に任せな! ……おっ、美味い!」
「甘い物なんて、久しぶりに食ったな! この甘さの中に隠れた苦味がなんとも……」
「それじゃ、僕は行きますね……」
「おう、ありがとな坊主!」
「頑張れよー!」
守衛達はミシェルから差し出された菓子を、何の疑いも持たずに食べる。そして、全てを口にすると、感謝の言葉をかけながらミシェルを見送った。
「そういやさ、さっき通ったあの娘って、例の噂の娘だよな?」
「あの娘?」
「ほら、親衛隊の新人のさ」
「ふぁ〜あ……ああ、あのロウ少佐を倒したって……」
「そうそう。何でもよ、頼めばヤらせてくれるって噂だぜ!」
「……はぁ」
「帰りにここ通ったら、思い切って話しかけてみようかな……って、話聞いてるのか?」
「……zzz」
「お、おい! 居眠りすんな、見つかったらヤバイぞ! む……マズい、何だか俺まで眠い……だ、だめだ……zzz」
守衛達は、守衛室の椅子に腰掛けたまま、不自然に眠りこんでしまった。
同時刻、モルデミール軍基地では異変が生じていた……。食堂で昼食を済ませた者達が、次々と眠気を訴えたり、突如眠りにつき意識を失っていたのだ。
これは、ミシェルによる『飯テロ作戦』の成果である。彼女は兵士達の昼食に、ヴィクターから預かっていた睡眠薬を混入していたのだ。
この行動のおかげで、モルデミール軍基地の警備体制は瓦解した。
もちろん食事を食べなかった者達や、薬が効かなかった者達など、起きている者達もいた。だが、上官が寝ていたり軍法会議でいない事から、どうしてよいか分からない状態の者達が殆どだった。
(おじさん達、ごめんなさい……。さぁ、早いとこカティアさん達と合流しなくちゃ!)
そして、この惨状を引き起こした犯人が、この金髪碧眼の少女であった事を知る者はいなかった……。
* * *
-数分後
@エルステッド邸 ミリティシアの私室
「……」
「「 …… 」」
ミリアの私室では現在、ジーナとティナがミリアの警護に当たっていた。これまでは、お付きのメイド達に好きに指示を出せたミリアであったが、ジーナ達は四六時中交代しながら常にミリアの事を監視していた。
監視下にあっては、最近の楽しみであったミシェルとの会話も満足にできず、ミリアはストレスが溜まって限界に達しつつあった……。
「……もうっ! ウンザリですのッ!」
「ひ、姫様!? どうかされましたか!?」
「どうもこうもありませんの! 貴女達がいるせいで、わたくしは非常に迷惑なんですの! 窮屈で仕方ありませんわッ!」
「そ、そんな……! い、いやしかし……これは姫様の為に──」
「んなワケあるかですのッ! 本を読んでいる時もチラチラ、食事をしている時もチラチラ、寝ている時も着替える時も、日常生活を常に観察されて正常でいられる訳ないですのッ!」
「あ、あわわ……」
「さっきもミシェルと碌に話せませんでしたの! わたくしの楽しみを返せですのッ!」
抑圧された日々に、遂に我慢の限界に達したミリアが逆上し、ジーナはオロオロと困った顔をする。自分が敬愛し、護るべき存在である姫様……彼女の為に、身近にいられるようこれまで頑張ってきたのに、当の本人は自分達の事を疎ましく思っていたのだ。
ジーナはショックを受けて、頭が真っ白になっていた。
「ちょ、ちょっと言い過ぎじゃない! ……んでしょうか、姫様?」
「……は、何ですの?」
「い、いえ……姫様が窮屈な思いをされているのは分かります。でも、私達も姫様をお守りする為に日々頑張ってるんです。私達にできる事なら何でもします! だから、私達に当たらないで下さい!」
「ティナ……」
「へぇ〜、ふぅ〜ん……」
ティナがジーナを庇うように、ミリアの前に出る。そして、ティナの言葉を聞いたミリアは、ジロジロと二人を……二人の身体を舐めるように見つめる。
「ひ、姫様……?」
「な、なんですか……!?」
「貴女達、確か姉妹でしたわね?」
「は、はい! 私……ジーナと、妹のティナです」
「ふむふむ……まあ、この際だから妥協しますの。流石に連日ご無沙汰だと、身体に毒ですし……ふひっ」
「「 ……? 」」
──ジロジロ……
(姉の方は……中々悪くありませんの。スタイルも良いし、顔も良い。けど正直、歳上なら代えはいくらでもいますわ……)
(ひ、姫様に見つめられている!? もしかして、私に期待してくれているのか? けど何故だろう……以前求婚してきた腐れ将校に、視姦された時と同じ寒気がする……)
(妹の方は……まあ、同い年位でこのレベルなら、中々悪くありませんの。けど、同い年にはミシェルという理想的な殿方がいるせいで、霞んで見えますわ。……まあ、同性で見たらそこそこレベル高い方ですし、我慢しますの)
(こ、この女……気持ち悪い視線で、お姉様を見るな! って、思ったら今度はこっち!? うっ、何か寒気が……何なのコレ……)
(この場合、重要なのは『姉妹』という事ですの! 『姉妹丼』なんて、中々出来ませんの! それも、こんなハイレベルなんて……もっと早く気がつけば良かったですの!)
「……グヘヘ」
「あ、あの姫様……?」
「ティナ、とか言ったかしら? 貴女さっき何でもするって言いましたわよね?」
「えっ……は、はい」
「ふふふ、なら……!」
──コンコンコン!
「ん、何者だ!?」
『カティアよ、交代に来たわ!』
(くっ、今いい所でしたのに!)
ミリアが姉妹にその秘められた牙を剥こうとしたその時、部屋の扉がノックされた。ジーナが扉を開けると、そこにはカティアとエルメア……そして、ミシェルの3人が立っていた。
「なんだ、交代にはまだ早いんじゃないか?」
「そ、そうかしら? まあ、早めの出勤って事で!」
「それに、そこの者は確か姫様の食事係か……食事はさっき済ませたはずだが?」
「ひ、姫様のおやつをお持ちしました……」
「おやつ? そんな物頼んでいたかな……?」
『その声は、ミシェルですの!? 構いませんわ、中に入れて頂戴!』
「はっ、承知しました!」
部屋の中から聞こえたミリアの声に従い、ジーナは3人を中に入れる。
「ああミシェル……一日に二度も会えるなんて!」
「はは、大袈裟だよ……」
「ぬぐぐ……貴様! 姫様に許されているから大目に見ているが、くれぐれも自分の立場を忘れぬ事だ! いいなッ!?」
「は、はい……」
「そこのバカ女、うるさいですの!」
「ば、バカ……うるさい……この私が……!?」
ジーナは、ミシェルがミリアと馴れ馴れしくしているのが気に食わなかった。
ミリアは、ジーナにとって雲の上の存在だ。そんなお方に、自分の容姿を武器に取り入ろうとしている……ミシェルは、そんな風に映っていたのだ。
ジーナはそんな光景に我慢ならず、ミシェルに釘を刺すのだが、その度にミリアに辛辣な言葉をかけられる……これが、ここ最近のルーティンと化していた。
「ミシェル、今日は一体どうしたんですの?」
「……ごめん、ミリア」
──ドシュ!
「えっ……なん、ですの……これ……?」
「なっ、姫様ッ!?」
ミシェルはミリアに近づくと、籠の中からヴィクターから預かっていたダートピストルを取り出した。そして、ミシェルが引き金を引くと、空気圧で麻酔薬の入ったシリンジが飛ばされ、ミリアの肩に命中した。
麻酔薬がミリアの体内へと注入されていき、ミリアの意識は遠のき、その場に倒れそうになる。
倒れる直前に、ミシェルがミリアを抱きかかえ、そっと床に下ろしてやる。
「ミシェ……ル……?」
「ごめんね、ミリア……」
「貴様ァ、姫様に何を……!」
──バシュッ! ビリビリビリッ!
「んギャァァァァッ!!」
そして、ミシェルを取り抑えようと動き出したジーナに、カティアがピストル型のスタンガンを発射する。ジーナの身体に電極の針が刺さり、ジーナは背中を反らしながら床に倒れ伏した。
「はぁ、はぁ……か、カティア!? 一体……何の真似だ!?」
「……」
「な……何なんだ、それは!? や、やめ……ろっ!?」
カティアは、痙攣して動けないジーナに馬乗りになると、その背中にダートピストルのシリンジを注射した。
「あぅ……」
「悪いけど、寝てて貰うわよジーナ」
「……んの、クソアマァァァッ!!」
「カティアさん、危ないッ!」
「くっ!」
「何なんだよお前はッ!? お姉様に何をしたッ!」
ジーナが意識を失った瞬間、カティアの後方からティナが物凄い勢いで接近し、カティアの頭向けて蹴りを放つ。ミシェルの警告を受けたカティアは、咄嗟に両手で蹴りを眼前で防ぐが、体勢を崩してしまう。
「殺してやるッ! よくも、よくもッ!!」
ティナが腰の拳銃を引き抜き、すぐに撃鉄を起こす。そして、カティアに向けて引き金に指をかけたその時、何者かがティナの腕を背後から掴んだ。
──バキュンッ!
放たれた銃弾は、何者かの妨害を受けたせいで狙いを外し、見当違いの方に飛んでいき、壁に穴を開ける……。
ティナは自分の邪魔をした者に向け、憤怒の視線を背後に向ける。そこには、自分よりも格下であるはずの行き遅れ女……エルメアの姿があった。
「チッ……おい陰キャ、何してんだよッ! 放せッ、そのクソアマ殺せないだろうがッ!!」
「……」
「おい、聞いてんのかッ!? ああ、使えない使えない邪魔邪魔邪魔ッ! いいから早く放せ……あ゛っ!?」
「きゃんきゃん吠えるな、クソガキ……」
エルメアは、普段からは想像も付かない冷たい眼で、騒ぐティナを見下ろす。かと思えば、不意に拳を握り締めると、それをティナの腹部に打ち込んだ。いわゆる腹パンである。
ティナは
「けほっ、けほっ……なっ、アンタも裏切ったの!?」
「……裏切る? 初めから、私は貴女達姉妹の仲間では無いですよね?」
「な、何を……!?」
「技術士官だった私を、拒否したにも関わらず無理矢理親衛隊に引き込んで……かと思えば、やらされる事は雑用ばかり……」
「ぐ、グズが生意気言ってんじゃないわよッ!」
「そしてクソガキには暴言を吐かれ、それを碌に注意しない馬鹿な姉を見る毎日……もう、ウンザリッ!」
「ぐはっ!? ……ゲホッ、ゲホッ!」
「……さっきは水っぽい感じだったのに、殴る場所で感覚が変わる? 面白いですね……ふふふ♪」
エルメアは自分が受けた仕打ちを思い出し、その怒りを拳に込めて、再びティナの腹部に打ち込む。今度は先程とは違い、鳩尾の下辺りに命中する。
ティナは、胃袋が押し潰されたような鋭い感覚に襲われて、反射的に咳き込む。口元からは唾が垂れ、胃液が逆流するような気持ち悪い感覚に襲われ、苦悶の表情を浮かべる。
その様子を見たエルメアは、身体の奥が熱くなるような、これまで生きてきて感じた事の無かった感覚に襲われる。
そして、先程と殴った時の感覚が違うことに興味を示し、再び拳を握り締めると、わざとらしく拳を振り上げた。
「ひっ!?」
「ひっ!? ですか……可愛い声も出せるんですねぇ、ティナさん?」
「く、くぅ〜ッッ!!」
エルメアは、ティナを
「こ、この……ぶっ!?」
「あはは! この……何ですかぁ!? 自分の立場分かってるんですか? ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇッ!?」
部屋の中に、バチンバチンと乾いた音が響く。しばらくすると音は鳴り止み、荒い吐息と弱々しい吐息が聞こえてきた。
「はぁ、はぁ……痛い。叩く方も痛みを伴うって、本当なんですね……」
「かひゅー……かひゅー……」
「ああ、そうだ……ちゃんと働かないと、ヴィクター君に怒られちゃうや」
「……も……やべ……い゛ッ!?」
エルメアは、ティナの顔面にビンタを何十回も叩き込むと、力尽きて呼吸を整える。ティナの方は顔面を真っ赤に腫らした上、鼻血を垂らし、口元からは血が滲んでいた。
そしてエルメアは、思い出したかのように胸元からシリンジを取り出すと、乱暴にティナの肩に叩きつけた。ティナは全身に痛みを感じながら、深い眠りに落ちていった……。
「え、エルメア……?」
「こ、怖い……!」
「はっ!? か、カティアさん、ミシェルさん……違う、違うんですッ! こ、これはその……!」
「エルメア……今度から、何か気に障った事があったら言って。謝るから」
「僕、エルメアさんを怒らせないように頑張ります!」
「ま、待ってくださいッ! これは、身体が勝手にというか……自分でもよく分からなくて……!」
(( それが、問題なんだって……))
「お、お願いですから、ヴィクター君には黙っててくださいッ!」
「わ、分かりました!」
「ま、任せなさい!」
* * *
-数刻後
@モルデミール軍基地 通信施設
「ふぁ〜あ、暇だな……」
「今日は、軍法会議だしな。仕事はそう無いだろうさ」
モルデミール軍基地の通信施設では、当番の通信兵達が
通信施設は、モルデミール各地の駐屯地やAMといった兵器に対して、直接通信をとることができる場所だ。つまり、モルデミール本部からの指令を各地に飛ばす事ができる、重要な施設なのだ。
とは言え、平時は各地からの定時報告を受ける位で、暇を持て余しているのが現状だった。特に、今日は軍法会議の日……問題が生じる事は無いと思われた。
「ん? おい、まだ定時報告が来てない駐屯地や部隊が多くないか?」
「お、言われてみれば確かに……」
「皆、浮かれてるんじゃないか? 上官がこっちで、軍法会議を観てるとか……」
「あ〜、ありそうだな」
「まあ、とにかくこっちから連絡……」
──ブロロロロッ!
──ドスン! ドスン!
「……してみ……な、なんだなんだ!?」
定時報告が無い駐屯地や部隊が多い事に疑問を抱き、通信兵達が連絡を取ろうとしたその時、突如地面が振動し、外から大きな音が聞こえてくる。
皆、心当たりはある。軍の車や装甲車……そして、鉄巨人のものだ。
だが何故……? そう思う兵士達だったが、突如通信施設の扉が開かれると、完全武装した兵士達が雪崩れ込んできた。
「動くなッ!」
「両手を頭の上に置き、地面に伏せろッ!」
「な、なんだなんだ!?」
「お、おい! 一体なんの真似だッ!?」
「この施設は、我々クーデター軍が掌握した! 貴様らも、大人しくしていろ!」
「同じ仲間同士だ……無駄な殺生は避けたい」
「それでも抵抗するなら……」
──ガシャ!
「ひぃぃ! し、従いますぅ!」
「ぼ、暴力反対〜!」
「クーデター万歳〜!」
「よし、連れて行け!」
通信兵達が、他の兵士達に連行されて外に出る。すると、施設の前のかつての滑走路の上を、車や装甲車、そしてAMが基地や市街地に向けて大量に走っていく様子を目撃した。
そして、定時報告が無かった理由を悟るのであった……。
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