第143話 軍法会議
-数日後 午後
@モルデミールスタジアム
モルデミールスタジアム……崩壊前はスポーツの大会や、各種イベントなどで賑わっていた場所だ。モルデミールのランドマークとも言えるこのスタジアムであるが、2世紀以上の年月を経た現在でも、民衆を沸かせていた。
もっとも、行われているのは『軍法会議』と銘打った公開処刑であるのだが……。
軍法会議……つまりは裁判であるが、判決は容易に決まる。モルデミールでは決闘裁判が導入されており、スタジアムでは罪人達が自らの潔白を証明する為に、軍の兵士達と対峙しなくてはならない。
だが、結果は既に決まっていると言っていい。罪人達が丸腰なのに対し、相手になる兵士達は完全武装しているからだ。
そもそもモルデミールでは、政治もそうであるが、警察権も軍が掌握している。万が一、無罪の者が出てしまうと、軍が不義を犯した事になってしまう。
軍は常に正義でなければならない。結果として、罪人達が勝つ事は出来ないようになっているのだ……。
『これより、軍法会議を開廷するッ!!』
「「「「「 うおぉぉぉぉぉッ! 」」」」」
軍法会議の開廷を知らせる放送がスタジアムに流れ、見物に来た民衆達が興奮した様子で沸き立つ。
『なお、本日はめでたい事にジャミル様の御誕生日である! 慈悲深きジャミル様は、今回の重罪人達に関しては直々に相手をして下さるそうだ! それでは、我らがジャミル様の入場だッ!!』
──ドンッ、ドンッ!
礼砲の音が鳴り響き、軍楽隊が勇ましい軍歌を奏で始める。するとスタジアムの競技場に、着飾った兵士達の行進と共に、1機のAMが入ってきた。
狂犬王子こと、ジャミル・エルステッドのAM-5だ。いつものように火炎放射器を装備しており、ときおり炎を吹き上げては民衆を湧かせている。その様子から、パイロットはこれから起こる事が楽しみで仕方ないのが見て取れる。
通常、偉い人間にめでたい事があれば、恩赦などが実施されるものだが、モルデミールにおいてそのようなものは存在しない。
例え存在したとしても、実施される事はないだろう。何故なら恩赦を与える人間が、一番人を殺したがっているのだから……。
「終わりだ……鉄巨人、それも狂犬王子の機体なんて……」
「なんだよオッサン、昨日までは自分は悪くないとか言って、威勢が良かったのに」
俺の隣にいるオッサンが、AMを見るなり急に顔色を悪くする。コイツは俺と一緒の房に入れられていた奴で、名前は確か……まあ、どうでもいいか。
とにかく、昨日までは『正義の為に死ぬから後悔など無い』とか言ってたのに、急に怖気付いてしまっていた。
「し、知らんのか!? 狂犬王子はな……軍が隠蔽しているが、各地の村々を焼き払い、住民達を虐殺してるんだぞ……それも、楽しみながらなッ!」
「うわ、あの時だけじゃなかったのかよ……救えないな」
「あんな悪魔に殺されるなんて、堪まったものではない! おのれぇ……エルステッド家に災いあれ! 死んでも呪ってやる!」
「まあまあ、落ち着けって」
そんな感じで、しばらくオッサンを宥めながら過ごしていると、司会がイベントを進行させた。
『ではこれより、ジャミル様と戦うことを許された、幸せな罪人達を入場させる! 栄光ある一人目はスティーブ、詐欺罪だッ!』
「なんで!? 俺はただ、支払いを待って欲しいと頼んだだけ……ごぇッ!」
「黙って歩けッ!」
司会が、一人一人の名前と罪状を、簡潔に読み上げていく。名前を読み上げられた人間は、命乞いや抵抗をしながら、兵士達にどつかれながら競技場へと連れ出されていく。
殆どの奴は盗みや詐欺といった、本物の犯罪者達のようだが、最後の方になると趣向が変わった。
『続いて……愚かにも、我らが閣下とモルデミールに弓引いた反逆者共を入場させる! アドルフ・ナングラフ、元モルデミール軍中佐!
『た、たわけがッ! このままでは、モルデミールはお終いだ! 何故それが分からないッ!』
『何を言うかと思えば……我らがモルデミールは、永久に不滅だ! 貴様のような敗北主義者は滅するがいいッ! モルデミールに勝利をッ!』
「「「「「 モルデミールに勝利をッ! 」」」」」
重罪人……要は政治犯のような者達は、一人一人より詳細な罪状が述べられる。さらに、マイクを近づけられ、最期の言葉を述べる機会が与えられるようだ。
まあ、その言葉も司会に否定され、民衆がモルデミールコールをして一蹴されてしまうのだが……。
ちなみに今紹介されている奴は、俺と同房だった奴だ。そいつの紹介が終わり、次々と重罪人が紹介されていく。
『最後は……ヴィクター・ライスフィールド!』
……俺の番が来たようだ。
* * *
-同時刻
@スタジアム S席
「閣下、本日はジャミル様のお誕生日……おめでとうございます!」
「うむ……」
スタジアムのS席にあたる部分は、閣下ことデリック・エルステッドと、軍の首脳部達の座る貴賓席と化していた。
そこでは、デリックに対して上級将校達が挨拶をしていた。
「まったく……こんなめでたい日だというのに、穏健派の連中はどうした?」
「決まってる。下で裁かれるのを待っているだろう?」
「ははは、これは傑作だ!」
「そうではない。他にもいるだろう?」
「この際、不敬罪で全員捕らえてしまえばいいものを……」
「まあ、自分達の同類の死を見たくないのであろう」
この場には不自然な事に、穏健派と呼ばれる将校達が一人も参加していなかった。過激派の将校達は、口々にその事を噂し始める。
「諸君……」
「「「「「 !? 」」」」」
「今日は息子の20歳の誕生日だ。皆、よく来てくれた」
「「「「「 はっ! 」」」」」
「残念ながら、今日も我々の仲間だった者達を裁く事になる。だが、彼らの死も無駄ではない。弱肉強食、取捨選択、淘汰……全てはモルデミールの勝利の為に!」
「「「「「 モルデミールに勝利をッ! ジャミル様万歳! 総司令官万歳! 」」」」」
貴賓席の将校達が騒ぎ立てる前に、デリックは皆の前へ出て音頭を取る。すると皆は口を閉ざし、司会の言葉に耳を傾けて軍法会議に集中する。
「おい、来なかった連中は何をしている?」
「それが……どうも警備強化を名目に、配下の兵を集結させているようです。やはり、反逆の兆しでしょうか?」
「……こちらの警備はどうなっている?」
「はっ! 親衛隊、第一小隊および第二小隊がスタジアムの周りを固めております」
「穏健派の連中には、鉄巨人を配備させていないはずだ。それに万が一配備していたとして、親衛隊を突破できるはずもあるまい……放っておけ」
「はっ、了解致しました!」
「何かあれば、例の第三小隊を招集しろ。ギャレットを倒したという、例の娘もいれば何の問題もあるまい」
「その場合、ミリティシア様は如何致しますか?」
「捨ておけ。それよりも、この場を優先しろ」
「りょ、了解致しました!」
デリックは、直属の配下に色々と指示を出すと、座席に座り直した。
『最後は……ヴィクター・ライスフィールド! 此奴はあろう事か、軍人に手を挙げて暴行した!』
(おっと、気が付けば罪人達の紹介が終わる所か。……うん? どこかで聞いた名前だな)
『重罪人ヴィクター、何か言い残す事はあるか?』
『いやいや、司会さんよ……俺の罪状、抽象的過ぎだろうが! もっと具体的に言って貰わないとさ、不公平だろ? 他の連中は、もっと詳しく言ってくれたじゃねぇか』
『な、なんだと!?』
『言えねぇよな? だって、俺何もしてないんだから。冤罪だよ冤罪! ちゃんと調べもせずに捕まえるなんて、お粗末な連中だよなぁ、本当に』
『こ、この……!」
『俺が捕まった理由……軍人に手を挙げたとか言ってるが、まだ15歳のガキだぞ? 俺の好みは金髪で爆乳の姉ちゃんだ! 誰があんなガキ襲うかよ』
──ざわざわ……
ヴィクターの発言に、スタジアムは騒然となる。これまで、罪人達は自分の正当性を主張したり、諦観していたり、命乞いをしたりする者が多かったが、挑発する者はいなかったのだ。
面白い人物の登場に、民衆は期待を寄せ、貴賓席には緊張が走る。
『き、貴様! 何を……』
『そういえば、ジャミルとか言ったか? アイツ、髪の毛大丈夫か? この間、村を焼き払ってたから、奴の機体の燃料タンクを吹っ飛ばしてやったんだ。黒焦げになったらどうしようかと、俺は心配でよぉ』
『な、一体何の話をしている!?』
『聞こえなかったか? ジャミルが村を焼き払ってたから……』
『もういい、やめろ! そいつからマイクを取り上げろ!』
『あっ、何すんだよ!』
兵士が、ヴィクターのマイクを取り上げる。だが既に、ヴィクターの発言で民衆には動揺が走った。多くの者が、ジャミル機が黒焦げになりながらモルデミールへと帰還してくるのを目撃しているのだ。
表向きは、敵との戦いで負傷した事になっているが、普段から嘘っぽいプロパガンダ放送などを聞かされている民衆は、多くの者が信用していなかった。どうせ、事故を隠しているのだろうと考えていたのだが、衝撃的な話をヴィクターから聞かされてしまった。
にわかには信じ難い話だが、辻褄は合う。確かに機体は焦げていたし、近ごろ近隣の村々から死んだ目をした志願兵達がやって来ているのだ。
何より、司会がヴィクターの話を遮った事が、事実を隠しているように見えてしまった。
『て、適当な嘘を並べるんじゃない! ジャミル様は高貴なお方だ! 貴様と違って、そのような……』
『お、お前かぁッッ!? あン時は、よくも俺様の邪魔をしてくれたなぁ!!』
『……えぇ』
司会が、場の空気を直そうとするが、ジャミル機のスピーカーから突如怒りの声が発せられた。この時点で、ヴィクターの発言の正当性が証明されてしまった……思わず、司会も呆れた声を発する。
『テメェ! ぶっ殺してやるッ!!』
ジャミル機が兵士達の制止を聞かず、火炎放射器から炎を吹き上げながら、ヴィクター達罪人の元へ走り出した。
その様を見ていたデリックは、一人口角を上げると、席を立った……。
「な、なんと……!」
「か、閣下……一体どうしたら!?」
「閣下、一体どちらに!?」
「慌てるでない、お前たちはここで見ていろ。奴は私が始末をつけてやる!」
(ヴィクター・ライスフィールド……以前の報告にあった、敵の要注意人物の名前だ。まさか、既にモルデミールの中に侵入していたとは……。ふふ、だが奴には私が直々に引導を渡してやる。勝者は一人なのだ!)
* * *
-同時刻
@モルデミールスタジアム
先程のやりとりと、タダならぬ雰囲気から、民衆達も次々に逃げ出していく。皆、とばっちりはゴメンだし、秘密保持の為に何をされるか分からないのだ。
『殺す殺す殺す殺すッ!』
「「「「 あわわわわ…… 」」」」
『どけ、邪魔だッ!!』
──ジュボワァァァッ!
「「「「 ギャァァァァッ!! 」」」」
ジャミル機がこちらに走ってきて、固まっていた罪人達を焼き払った。連中は本物の犯罪者なので、正直助ける気は無い。一足早く、地獄の苦しみを味わって貰おう……。
「お、お前は一体……」
「おうオッサン、死にたくなけりゃ離れてな。穏健派の連中には、これから働いて貰うんだからな!」
「あっ……む、無茶だ! 鉄巨人に素手で挑むなんて!」
「諦めたらそこまでだぞ! アンタがしようとしてた事は、そんなもんなのか?」
「だが、しかし……!」
俺は重罪人達から離れるように、スタジアムを走り出した。
『おいこら、待ちやがれッ!』
「よし、馬鹿は扱いやすくて助かるな」
『んだとテメェ!』
「……AMの集音性、忘れてたわ」
背後を窺うと、思惑通りにジャミル機がついて来た。
そして、ある程度走った所で俺は立ち止まり、クルリと後ろを向いた。
『ンだよ、鬼ごっこは終わりか? なら死ねやッ!』
──ジュボワァァァッ!
『ヒャッハーッ!』
ジャミル機が火炎放射器を構えて、俺のいた場所に向けて火焔を放つ。
ジャミル機が火炎放射器を構える動作をした時点で、俺は加速装置を起動しつつジャミル機に疾走して肉薄し、機体を伝いながら登っていく。
火炎放射器は、燃える液体の噴流を飛ばすものだ。地面に当たったり壁に当たると、その液体が跳ねたり広がったりするが、発射口付近は火焔流が収束している為、接近すればその効力圏から逃れるのは容易だ。もちろん、熱いのは変わらないし、加速装置が無いと厳しいかもしれないが……。
今回は、敵がマニュアル操縦であり、動きが鈍重なのも幸いして、難なく避ける事ができた。
『ん……な、なんだ!? どこ行った!?』
──カシャン……プシュー!
「な、なんだなんだ!? ぶっ!」
「ほら、降りろ」
「な……うわぁぁぁ、ぎゃふん!」
俺は、ジャミル機の背中……コックピットの背後に乗ると、機体ごとに設定されている緊急コードを入力し、コックピットを強制的に解放する。そして、中に乗っていたジャミルをぶん殴ると、地面へと蹴落とした。
俺は一応、連合軍のトップだ。AMの緊急コードくらい、楽に知る事ができる。
俺がロゼッタと訓練していた、対AM戦術。それは、敵のコックピットを強制的に開き、中のパイロットを殺すというものだった。
その為には、動いているAMをよじ登る必要があり、訓練中はほとんど失敗していた。前腕と体幹の筋肉が、めちゃくちゃ鍛えられた気がする……。
本来ならあまり実用的では無い戦術かもしれないが、AMに対抗する兵器が無い場合の保険の為に、訓練はちゃんとやっておいたのだ。
それに、AMの動きが遅い崩壊後なら、このように充分に通用する。
『よし、作戦成功だな』
「ってぇぇぇ! 何がどうなってやがる! テメェよくも……って、何で俺の機体を動かせるんだ!?」
俺はジャミル機を乗っ取ると、パイロットデータを書き換えた。これで、ジャミル機は俺の機体……ヴィクター機に転職した。
『なんだぁ? クソみたいに機体がガタガタじゃねぇか……まあ、崩壊後だし仕方ないか』
「おい!」
『それと、なんだこりゃ? こんな実用性皆無のクソを、よくもAMの主武装にできたな』
「おいってば!」
『あっ、スピーカーつけっぱなしだったわ……丁度良いか』
俺はジャミルを見下すと、宣言する。
『ジャミル・エルステッド! 貴様を虐殺と略奪の戦犯として、火刑に処す!』
「何だとぉッ!?」
『テメェが殺した人間の苦しみを味わえッ!』
──ジュボワァァァッ!!
「ンギャァァァァ、いだい! いだいぃ!!」
燃やされると、熱さより痛みを訴えるようだ。まあ、どうでもいいか。
俺は、スタジアムの真ん中……俗に言うS席を見ると、火炎放射器のタンクを引きちぎる。そして、タンクに亀裂を入れると、S席目掛けて火のついた火炎放射器を放り投げた。
タンクは破裂し、S席はナパーム弾の要領で爆発炎上する。これで、過激派の将校とデリック・エルステッドを一掃できたはずだ。
足元を見ると、ジャミルが火ダルマになりながら悶絶していたので、踏みつけて楽にしてやる。
「ギャァァァッ!! あっあっあ゛ッ!?」
──ドシンッ……
「……終わったな」
《それはどうかな?》
「ッ!?」
──ズガガガガッ!
これからの撤収の事を考えていると、突如スタジアムの入り口から砲撃を受けた。そこには、1機のAMが立っていた……。
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