第142話 逮捕

-数日後

@モルデミール軍基地 監獄 尋問室


 エルメアと博士を、亡命を条件に味方に引き入れてから、ヴィクター達の作戦は大きく進行した。

 数日後に開催される軍法会議をXデーとして、ヴィクターは穏健派の将校宛てに手紙で接触を図り、その内の大半から良い返事をもらう事に成功していた。もちろん、数名は良い返事をしなかった為、秘密保持の為に消えてもらう事になったのだが……。


 味方に引き込んだ将校達には、事前に立案した作戦を伝えていた。それは、軍法会議の際に貴賓席に爆弾を仕掛けておき、出席した将校や、狂犬王子ジャミル、総司令官デリック達をまとめて一掃するというものだ。

 穏健派の将校達は、当然ながらこの軍法会議には不参加である。彼らには貴賓席を爆破した後に、配下の部下を伴って蜂起するよう要請している。つまるところ、クーデターだな。

 そして、もう一人の重要人物であるミリティシアを、その混乱の最中に拉致するというのが、作戦の流れであった。


 ……あったのだが、一つ問題が発生した。それはこの俺、ヴィクター・ライスフィールドが突如やってきた憲兵隊に捕らえられてしまった事だ。

 作戦がバレたのかと焦ったが、どうもあのティナとか言うガキが、ある事ない事チクって憲兵隊を動かしたらしい。俺を捕まえに来た憲兵達も、渋々といった態度だった。

 だから、特に抵抗する事なく捕まってやったのだが……。



「……で、兄ちゃん。本当にこの嬢ちゃんを襲おうとしたのか?」

「冗談キツいな。俺の好みは金髪で爆乳の姉ちゃんだ、そんなガキには興味ないぞ。あっ、金髪って言っても天然の奴な? 染めてる奴は論外だぞ!」

「ぜ、贅沢な奴だな……。だ、そうですが?」

「う、嘘よ! 私は襲われたって言ってんでしょ!」


 尋問室には憲兵の尋問官の他に、カティアとエルメア、ジーナ、そして俺が捕まる事になった原因であるティナがいた。

 尋問室とは言うが、その実態は拷問室のようなものだ。俺は、鞭打ち用の壁に張り付けられながら、尋問を受けていた……。


「この下衆がッ! 私の妹に手をあげるなんて……!」

「だから、やってないっての……」

「うるさいッ! ティナがやったと言ってるだろうがッ!!」


──バチーンッ!!


「イッタッ!!」


 ジーナが鞭を振るい、俺の背中に打ち付けた。皮膚が張り裂けるような、鋭い痛みが襲う。


「こ、困りますよ勝手に! 嬢ちゃんが毎日うるさいから捕まえたけど、その兄ちゃんを捕まえたせいで、アイゼンメッサー技術大佐から猛抗議が来てるんですよ?」

「ちょ、ちょっとジーナ! ヴィクターがやったって証拠は無いのよ!?」

「だ、だがしかし……」

「全く、いい迷惑だな……」

「ッ……このっ!! だいたいカティア、この男はお前の専属だったそうじゃないか!?」

「そ、そうだけど……」

「なら、ちゃんと見ておくべきだったな。まさかこのような不届き者が軍にいるとは……。まさかカティア、庇っているんじゃないだろうな?」

「そ、そんな訳ないでしょ!」

「ならもっと、同じ小隊の仲間であるティナを信じてやれないのか?」

「……」


 少なくともティナは信じられない。そう言おうとしたカティアであったが、ヴィクターが目で耐えるように訴えてきた為に、ぐっと堪えた……。

 そして、カティアが拳を握りしめるのを見て、ティナは口角を上げた。


「へっ、そっくり同じ言葉を返すぜ。アンタも、自分の妹をよく見ておくんだな! それにさ、同じ小隊の仲間であるカティアは信じなくて良いのか?」

「なんだと!? 貴様、言わせておけばッ!」


──バチン、バチーンッ!!


「ッ……ぬぁッ!! イッテェ……」

「まだだ! その減らず口、二度と叩けなくしてやるッ!」

「ああちょっとちょっと、それ以上はやめて下さいよ!」

「は、放せッ!」


 ジーナは尋問官に抑えられると、部屋から連れ出されて行った。


「キャハハ、いい気味ね!」

「ティナ、何でこんな事を……!? 私に恨みがあるなら、私にすれば良いでしょ!?」

「知ってる? 本人にやるより、周りの人間を甚振った方が本人にダメージがあるのよ? 本当にその通りね♪」

「くっ……このッ!」

「何、やる気? ここが何処か分かってるのぉ?」

「ティナ、一体何の恨みがあるのよ!?」

「……ふんっ!」

「痛ッ!」


 ティナは、ヴィクターの背中に平手打ちすると、部屋を出て行った。


「なんなの……。それよりヴィクター、大丈夫!?」

「……俺には、SMプレイは合わないってのがよく分かったよ」

「その調子なら大丈夫そうね……」

「まあ、拷問官じゃなかったしな。本職だったら、今頃血塗れだぜ……」

「でも、酷いミミズ腫れよ……」

「ヴィクター君、今手当てするから……」


 エルメアが、俺の背中に軟膏を塗ってくれる。


「し、染みるぅ〜!」

(あのガキ、絶対に許さない……)

「ん、何か言ったかエルメア?」

「えっ、何でもないかな……あはは……」


 一瞬、とてつもない気迫を感じた気がするが、気のせいだったのだろう……。

 エルメアの手当てが終わると、カティアが口を開いた。


「で、これからどうするのよ?」

「士官に対する暴力は、例外なく処刑になります。最悪、その場で銃殺という事も……」

「それって……」

「うわ……んじゃ、さっさと逃げた方が良さそうだな。冤罪で銃殺なんて御免だぞ」

「でも、お爺ちゃんが抗議しているから、すぐには殺されることは無いと思う……でも……」

「「 でも? 」」

「例の軍法会議が近いから、その場にヴィクター君も引き出される確率が高いかな……」


 疑わしい者は、裁判で裁かれるのが筋だ。たとえ、それが裁判という名の公開処刑だとしても……。


「それって、例の公開処刑ショー? マズいんじゃないの?」

「いや、むしろ好都合だ」

「はぁ!? だって、噂じゃAMが出てくるって話なのよ? 生身で勝てるワケ?」

「……その為に、ロゼッタと特訓したからな。お前達は、作戦までに準備しておいてくれ。連絡は腕時計を通じてできるだろ?」

「でも……」

「ったく、今日は疲れる一日だな……」


 話していると、グッタリした尋問官が帰ってきた。


「兄ちゃん、全く災難だったな。……残念だが、お前さん……軍法会議にかけられることになったよ」

「エルメアの予想通りだな」

「ん、アンタらまだいたのか。ほら、さっさと出てってくれ、親衛隊だろうが憲兵隊の領域は侵させないぞ?」

「そ、そんなつもり無いわよ……」

「カティアさん、行きましょう……」


 カティア達が出て行き、俺は牢屋へと連れて行かれる事になった……。



 そして、その様子を廊下の角から見守る男がいた……。


(女共が憲兵隊の所に行くって言うから、何事かと思ったが……何だか面白い事になりそうじゃねぇかよ、おい! 軍法会議か……待ってろよカティア、次は俺が勝つからな!)


 そう思いながら、男……ギャレット・ロウ少佐は踵を返した。口元に笑みを浮かべながら……。



 * * *



-数分後

@監獄 牢屋


「うわ、汚ねぇな……こんな所でしばらく過ごさないといけないなんて、ゾッとするな」

「う、うぅ……」

「ん?」


 入れられた牢屋の隅を見ると、一人の男が座っていた。この房の先客だろう……挨拶しておくか……。


「どうも……この房に入れられたヴィクターだ、よろしくな!」

「……くない……私は、悪くない……」

「まあまあ、悪いことした奴は大抵そんな事言うモンだって」

「な、何だと! 私はただ、モルデミールの未来を憂いて閣下に意見しただけだッ! それなのに……」

「モルデミールの未来だ? 何言ってんだ、アンタ?」

「わ、私は……ついこの間まで、参謀本部にいた将校だったのだ! 閣下が焦土作戦に舵をとるのに黙っていられず、意見したらこの様だ……」

「ああ、アンタ穏健派だったのか」


 穏健派の将校の何名かは、接触を図る事ができなかった。というのも、既に処刑されていたり、この男のように連行されていたからだ。

 現在、このような恐怖政治により、穏健派は意見を言えずにいる。クーデターへの誘いが順調だったのは、この状況に嫌気がさしているのもあるのかもしれないな……。


「まあ、安心しろよ。モルデミールの未来は明るいさ」

「な、何を言ってるんだ君は……?」

「まあ、近いうち分かるさ」



 * * *



-同時刻

@第一ハンガー


 この日、本来なら休日の者も含めて、整備兵全員が集合していた。というのも、博士から今後のモルデミールについての話があったからだ……。

 ヴィクターには全員に話すことは止められていたが、博士にとっては全員が可愛い部下達だ。どうしても話しておきたかったのだ。


 突然の話に皆困惑したが、博士に人望があった為か皆黙って聞いていた。亡命の話も、ヴィクターが連行された事で、軍への怒りが高まっていた事もあり、皆納得していた。

 彼らの多くは、ガフランクやカナルティアへの遠征の為に、友人や同僚を失っている者が多い。特にガフランク遠征では、上官の計らいで撤退してきた整備兵達が、敵前逃亡の罪で今でも強制労働させらている者達がおり、整備兵達には軍に不満を抱いている者が多かった。

 そして、先程のヴィクターが連行された一件は、彼らの火に油を注ぐ事となったのだ。


「もう、軍は信用できねぇ!」

「俺は博士の話に大賛成だ!」

「けどよ、博士と一緒に行ける奴は限られるんだろ?」

「博士、逃げる奴らは良いとして、残る奴はこれからどうすればいいんです?」

「た、確かに……」

「話を聞いてれば、残る連中はハズレくじになりそうだよな……」


 整備兵達は、亡命の話は理解したが、もし残ることになった事を考え、不安を感じているようだ。


「いや、亡命したから楽になる訳では無いぞ? 当然、働いてもらう事になる。しかも逃げる先は、つい最近できたばかりの村らしいからの……苦労するのは目に見えとるわい」

「え〜、それ聞いちゃうと俺は残りたいな……恋人もいるし」

「俺も家族がいるしな……」

「それでも、オイラは博士について行きますぜ!」

「俺もだ!」


 博士が亡命する際に、整備兵の何名かは連れて行くことができるが、全員を受け入れる事は出来ない。亡命先のグラスレイクにはそんな余裕は無い。

 それに、彼らの技術力は今後のモルデミールの復興に不可欠だ。全員を受け入れてしまうという事は、モルデミールの技術を潰すに等しい。

 その為、ヴィクターは整備兵達の亡命に制限をかけていたのだ。


「亡命組はいいとして、残留組はこれから具体的に何をすればいいんでしょう?」

「ふぉっふぉっふぉっ、ちゃんと考えておるわい! ほれ、アレを見るのじゃ」


 博士が指差す先には、モルデミール軍の制式車輌である“ウルフパック”があった。


「アレがどうかしたんですか、博士?」

「車と無線通信機……ワシらはアレを普通に使っているが、カナルティアじゃ珍しいらしい。こんな便利な機械、皆欲しがるとは思わんか?」

「「「「 ……!? 」」」」

「ヴィクターが言うには、会社?とか言うのを立ち上げて、事業を展開するらしいぞ」


 カナルティアの街において、自動車はギルド製の高い物か、セルディア外の物を買うしかない。もし近隣で製造できれば、その分輸送費が安くなり、安価になる。そうなると、間違いなく売れるだろう。

 また無線通信機は警備隊や、レンジャー達が欲しがるだろう。


 ヴィクターはその需要を見越して、彼らの技術を活かそうとしていたのだ。彼らが職を得られれば、それだけ経済が回り、戦後のモルデミールの発展に繋がるはずだ。

 もちろん、その分の配当が目的でもあるのだが……。しかし、モルデミールが今より豊かになれば、今のセルディアの情勢は落ちつくはずだ。


「別に、今生の別れにはなるまいて……。落ち着いたら、お互いまた会う事もできるじゃろう」

「そ、そうですよね!」

「何か、ワクワクしてきたぞ!」


 こうして、モルデミール軍の技術部でも、着々と準備が進められる事となった。



 * * *



-同時刻

@モルデミール支配下のとある村


 現在、モルデミール支配圏内に存在するとある村にて、炎が燃え広がっていた。そして、燃え盛る炎の中心には、火炎放射器を装備した1機のAMが立っていた……。例の狂犬王子こと、ジャミル・エルステッドの機体である。


 その村は収穫部隊の兵士達に包囲され、燃え盛る村の広場には、逃げ場を失った住民達が集められていた……。

 

「ジャミル様、住民達の誘導完了しました。何処に退避させましょう?」

『ご苦労……よし、これから反逆者の処刑でも始めるかなぁ!』

「んなっ!?」

『ヒャッハーッ!!』


──ジュボワァッ!


 ジャミル機の火炎放射器が住民達に向けられると、強烈な火焔が放たれ、住民達を焼き始めた。辺りには住民達の悲鳴や断末魔の叫びが響き、さながら地獄の様な有様となった。


『ヒャハハ! やっぱり、鉄巨人はこうでなくちゃ! 模擬戦なンてバカバカしい……兵器は人を殺してナンボなンだよ!』

「ジャミル様、避難させるのではなかったのですか!?」

『あン、何だって?』

「何も全員殺さなくても……これじゃ虐殺です!」

『さっきも言ったよなぁ? コイツらは反逆者……反逆者は殺さないとなぁ!』

「しかし……」

『ほら、耳を澄ましてみろ? ん〜、良いねぇ! やっぱり人は燃やすに限る! 生きたまま燃やすとさ、もがき苦しむ姿が視覚を、悲鳴が聴覚を、そして肉を焦がす匂いが嗅覚を楽しませてくれる! 最高の娯楽だよなぁ!?』

「く、狂ってる……!」


 収穫部隊の隊長は、ジャミルの狂気に恐怖した。そして、炎の中から幽鬼の如く這い出してきた住民を見て、他の兵士達に命令を下した。


「も、もう見てられん! お前達、せめて早く楽に死なせてやれ!」

『あっ! なに余計なことしてンだよッ!!』


 兵士達は燃え盛る住民達に向けて発砲し、介錯していく。その様子に、ジャミルは隊長に怒りを露わにする。


『テメェ……よくも俺の楽しみを……!』

「ジャミル様、貴方は狂っている! 人間じゃないッ!」

『……へぇ?』

「燃やされるなんて、あんなの……人の死に方じゃありませんよ! よくあんな事が平気で出来ますね!? 少しは、死んでいく者の苦しみを理解して下さいッ!」

『ん〜、なンかさ……お前の言葉には、説得力が足りないンだよなぁ』

「ジャミル様ッ!」

『やっぱりさ、説得力を増すにはさ……自分が体験しないとダメだよなぁ!?』

「な、何を……!?」


── ジュボワァッ!


「ギャァァァァッ! あっ、あっ、あぁぁぁぁッ!!」

『ヒャハハハ! おい、今どんな感じだ? 教えてくれよ、えぇ!? 生きたまま燃やされるって、どんな気分なンだ?』

「もう、殺してぐれぇ!!」

『おっと……コイツみたいになりたくなけりゃ、手を出すんじゃねぇぞ?』


 火だるまにされた隊長が、兵士達に介錯を頼む。兵士達は銃を構えようとするが、ジャミルが無慈悲にそれを止める……。


『ヒャハハハハ、今日も楽しかったなぁ! 軍法会議が楽しみだぜ!』

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