第141話 進展
-昼過ぎ
@モルデミール 郊外の墓地
モルデミールの郊外には、高級軍人などが死亡後に入ることを許された、墓地が存在した。ミシェルがミリアと一悶着していた頃、この墓地に二人の人影があった。親衛隊第三小隊の小隊長ジーナと、その妹のティナである……。
「……着いたぞ、ティナ」
「……うん、お姉様」
「しばらく見ない内に、雑草まみれだな。……申し訳ありません父様、母様、すぐに綺麗にします!」
二人は、並んだ墓石の前へとやって来ると、生茂る雑草を抜いたり、墓石を磨き始めた。この墓石は、二人の両親のものであった……。
彼女達の父親は、かつてモルデミールの高級将校であった。彼女達の家……エスパリア家は、昔から軍人を輩出してきた名家であったのだが、10年程前に流行った病気により、両親や親族の多くが他界してしまった。その結果、エスパリア家は没落してしまう。
ジーナは自分の家を立て直そうと、女ながらに軍の学校に入り、卒業した。その後士官になり、都合の良い事に親衛隊設立の話が出た。姉を追って軍に入りたがっていた妹のティナも、幼少時に選定の儀を済ませていた事が幸いし、難なく軍へと入れる事もできた。
そして、期待の新人……カティアを編入させる事で、遂に自分の小隊の編成を完了させ、模擬戦ではなんとあのロウ少佐を倒すという快挙を挙げた。さらに、先日には姫様の警護を命じられるまでに至った。
ジーナは完全に舞い上がってしまい、いてもたってもいられずに、こうして両親へ近況を報告しに来たのだった。
「モルデミールは現在、苦しい状況ですが……父上、母上、私はやり遂げます! 必ずや、エスパリア家を復興させてみせますッ!」
「……私はお姉さまがいれば、それでいいのに」
「ん? 何か言ったか、ティナ?」
「何でも無いわ、お姉様。それよりも、お墓参りも済んだし、そろそろ帰ろう?」
「そうだな、そろそろ引き上げるか。……いや、もうちょっとだけいいか?」
(死んだ人間とは話せないのに……。まあ、お姉様のそういう純粋な所が好きなんだけどね)
ティナが帰宅を促したが、ジーナは再び墓石に話しかける。ティナにとっては、墓参りなど無駄な時間でしか無かったのだ。
両親が亡くなった時、ティナはまだ幼かった。だから親と過ごした時間が短く、思い出も少ない。その為に、両親の墓参りに来ても、あまりその実感が無かったのだ。
また両親の死後、没落したエスパリア家を悪く言う者達や、利用しようとする者達を見てきたティナは、心が
ティナは、血の繋がった姉妹であるジーナだけを唯一信頼し、依存するようになった。また、真面目で抜けているジーナを守るために、狡猾で疑い深い性格に育ってしまっていた。
(それにしても、あの女の整備兵……なんかムカつくわね。前の奴らは使えないし、どうしてやろうかしら?)
「そういえば父上、街中で兵士が数名殺されていた事件があったそうですよ」
(……ん?)
「何でも、ギルドの暗殺部隊の仕業だとか……。全く、物騒になって参りました」
「お、お姉様……その話って……」
「ん? ああ……今朝方、基地が騒がしくてな。どうも、街中で兵士の死体が見つかったらしい、それも複数。脱走兵だったそうだが、どうやら殺されていたみたいだな」
「そ、その話……詳しく聞かせて!」
「そ、そうだな……確かその兵士達は、基地の守備兵だったらしいぞ。そういえば、ティナに手を挙げた不届き者も守備兵だったな……」
「ま、まさか……!?」
(実は、襲撃に行った連中が帰って来てないんです!)
(そのおかげで、連中は脱走扱いになって……。こっちも、憲兵から尋問されるわで大変でしたよ!)
ティナは、先日口封じに消した兵士との会話を思い出した。
間違いない。兵士達を殺したのは、あのムカつく女の整備兵だ。その事に思い至り、ティナの顔から血の気が引いた。
「ああ、すまないティナ! 怖かったろうに、思い出させて悪かった……」
「お姉様、今すぐあのクソ女……カティアの整備兵を捕縛してッ!」
「な、なんだって!?」
「今すぐ! 早くッ!!」
「ど、どうしたんだ急に……?」
「くっ……もういいッ!」
「あっ、おいティナ……どこに行くんだ!?」
「憲兵部よッ!」
* * *
-数時間後
@モルデミール軍基地 憲兵部
「……はぁ」
「だから、さっさと奴を捕まえなさいって言ってるでしょ!」
「お、おいティナ……もういいだろ?」
墓地を飛び出したティナは、直ぐに基地にある憲兵隊の事務所へと駆け込み、すぐにヴィクターを捕縛するよう訴えたが、全く取り合ってもらえなかった。
「早くして、奴はギルドのスパイよ! 間違いないってばッ!」
「……例の事件の犯人は、我々憲兵隊が捜索中です。首を突っ込まないで頂きたい」
「そう言って、前の軍票奪った奴も捕まえてないんでしょ!?」
「……現在、捜索中です」
「ダメじゃん! いいから、さっさと行けよ役立たずッ!!」
「ティナ、それ以上はマズいッ!」
「放して姉様ッ!」
ティナのあまりの暴走っぷりに、遂に姉のジーナがティナを抑える。
「も、申し訳ない。妹は先日の件で気が立ってるんだ」
「先日の件……ああ、嬢ちゃんアレか。基地の中で兵士にレイプされたっていう……」
「されてないわよッ! ふざけるなッ!!」
「貴様、流石に今の発言は姉として許すわけにはいかないぞ!」
「す、すまん……とにかく、憲兵隊は今忙しいんだ。嬢ちゃん達の気が立ってるのは分かるが、あまり仕事の邪魔はしないでくれ!」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「ティナ、帰るぞ。今日は一体どうしたんだ? やっぱり、しばらく家でゆっくりした方がいい」
「くっ……もうどうなっても知らないからッ!」
ティナはこの事件の、いわば黒幕である。バレてはいないだろうが、危険な奴に手を出したせいで、犯人から自分にも報復が来るのは、なんとしても避けたかった。
彼女にとっては、正直放って置けばいい話だった。だがジーナの話を聞いた時、寒気や嫌な予感、部屋の中で虫を見つけたような気分になり、なんとしても不安要素は排除しなくてはならないという焦燥感に駆られてしまったのだった。
恐らく、それはティナの本能が訴えたものだったのだろう。そして、その訴えは正しく、どうにもならない事だった。
彼女は、ヴィクターに手を出してしまった事で、今後の人生を大きく変えてしまう事になるのだった……。
* * *
-日没後
@ アイゼンメッサー邸 リビング
仕事を終えた博士が帰宅すると、自分の孫娘が帰っているのに気がついた。
「おおエルメアや、帰っておったのか」
「……お爺ちゃん、お話があるの」
「ん、なんじゃそうかしこまって……。分かった! 遂にエルメアにも結婚相手が──」
──ガチャリ!
「できた……ぬッ!?」
「静かに。大声を上げたら、引き金を引くぞ」
「ぬぅ……むっ!? おぬし、ヴィクターではないか! 体調は……それより、一体なんの真似じゃ!?」
「ヴィクター君、話が違う!」
「エルメア、少し黙ってろ。博士、話がある……それも大事な……この状況で、あまりふざけた事を話す気はない。分かるな?」
博士がリビングに足を踏み入れた瞬間、隠れていたヴィクターが博士の背後に周り、拳銃を突きつけた。
「わ、分かった……!」
「よし、とりあえずテーブルにつけ」
*
*
*
その後、俺は自分がギルドのレンジャーであることを打ち明け、博士に亡命を勧める話をした。
「まさか、おぬしがギルドの……いや、初めから疑うべきじゃったな。おぬし程の腕前を持つ人間なぞ、そういないからの……」
「で、どうなんだ? 悪いが、亡命するしか生きる道はないぞ?」
「むぅ……」
「何をそんなに悩んでいるんだ? やはり、モルデミールに未練があるのか?」
「いや、未練は無い。じゃが、おぬしはこれまでワシらを騙し続けてきた訳じゃろ? 簡単に信用して良いものか……」
「まあ、ごもっともだな。だが、さっきも言った通り、あんた達はギルドの抹殺対象者だ。断れば、話を知った以上、この場で殺す事になる……」
本人が望まなかったにしろ、モルデミールの軍拡に関与していたのは事実だ。断るなら、罪悪感はあるが容赦はできない。
「待って、ヴィクター君…! お爺ちゃんお願い、考え直して!」
「……そういえばお主達、一体どういう関係なんじゃ?」
「えっ……いや、それはその……」
「さっきまで抱いてたぞ」
「な、なんと!?」
「ブッ……ちょっ、ヴィクター君……!」
「隠しても仕方ないだろ? そういう訳で、俺とエルメアはそういう仲だ」
エルメアとは、この一夜(と日中)のうちにかなり仲良くなれた。……色んな意味で。
彼女とは武器やメカニックの話で盛り上がり、崩壊後におけるAMの改造や、新たな小火器の開発等の議論に花を咲かせた。
その結果、俺の事を「ヴィクター君」と呼ぶようになってしまった。同じように、殆ど無理やり抱いたフェイも、俺の事を「ヴィーくん」と呼ぶ所を見るに、何らかの法則性があるのかもしれない……。
どうせこの調子じゃ、俺とエルメアの関係がバレるのも時間の問題だ。後で聞いてないと文句を言われるくらいなら、さっさと伝えてしまった方が良い。
まあ、案の定驚いているようだが……。
「ヴィクターよ……本当に良いのか? エルメアは、24じゃぞ? 行き遅れなんじゃぞ!?」
「お爺ちゃん、あんまり大きな声で言わないでっ!」
「は? 何か問題あるのか?」
その位の年齢なら、崩壊前なら適齢期だ。成人して、貯金もできたし、そろそろ……と考えるのが、一般的だった。大昔は、晩婚化や少子化やらの問題があったらしいが、電脳化による基礎教育期間の短縮化が、全てを解決した。
結局、経済的に余裕が無ければ、結婚も子供もできないのだ。社会進出が早くなれば、それだけ経済的余裕を確立する時間が早くなる。社会進出を早くするには、教育期間を短縮すれば良い。
電脳化用マイクロマシンを開発した人間は、本当に尊敬する。
話は逸れてしまったが、俺はエルメアの年齢に抵抗は無い。むしろ、ちょっと年上のお姉さんとか、先輩の女の子って感じで気に入った。それに、ハーレムには年下しかいなかったので、丁度よい。
確かに、崩壊後の世界では行き遅れなのだろう。昨夜、ミシェルと同い年の娘(14歳)が結婚すると言っていたし、フェイ(21歳)も気にしていたくらいだしな……。
「とにかく、エルメアは俺が貰うぞ。いいな?」
「ヴィクター君……♡」
「むむっ、なんと心が広い男じゃ! 決めた、ワシは行くぞ。その、グラスレイクとやらに連れて行ってくれ! それと、エルメアをよろしくたのむぞヴィクター!」
「よし、交渉成立だな。じゃあ早速、博士には手紙を書いてもらおうか」
「手紙?」
「穏健派の将校を味方につけるんだ。博士の名前なら、従ってくれる奴も多そうだしな」
「なるほどのぅ……確かに、ワシの名前は使えるかもしれん……」
実際、博士が味方についてくれるのは大きい。軍は、階級制であると共に、年功序列制でもある。兵士達は新任の指揮官よりも、長年現場で指揮を取ったベテランの隊長について来るものだ。
博士は長年軍に在籍しており、その功績も大きい。きっと名前が役立つはずだ。
穏健派の将校達を味方につけた後は、何かのイベントやら大きな会議が行われる際に、穏健派だけを欠席させる事ができれば、他の連中を簡単に一掃する事ができる。
そして、俺達は晴れてカナルティアへと帰ることができるって寸法だ。
その後、博士に穏健派将校への手紙を書いてもらい、その間にクランプ准将から預かっていた紙を用意する。
この紙には、軍国主義からの脱却などが記された、今後のモルデミールのあり方が書かれていた。穏健派の気を引く事が出来そうだったので、クランプ准将から預かって、コピーしていたのだ。
「後は、将校達が集まる大きなイベントとかが有ればいいんだが……」
「それなら、来週に行われる軍法会議はどうじゃ?」
「軍法会議?」
「軍に逆らった者を公開処刑するイベントじゃ」
軍法会議……本来なら、罪を犯した軍人を裁く場であるが、モルデミールにおけるソレは事情が違う。軍法会議とは、詰まる所『裁判』であるのだが、裁判には古来から様々な方法が用いられてきた。その中でも、『決闘裁判』というものがある。
決闘で勝利した者が無罪、敗れた者が有罪となる単純なものであるが、モルデミールではこの方式を採用しているそうだ。
『決闘』とは言うが、逃げ惑う被告側を、武装した兵士達が処刑するという、殆ど公開処刑のようなものらしい。
軍法会議は、街のシンボルである崩壊前のスタジアムで行われ、多くの市民が見物に訪れるらしい。恐らく、不満を抱える市民に対する、程の良いガス抜きと、軍の力を知らしめる思惑があるのだろう。
「でも、ただの公開処刑だろ? そんな事で、将校が集合するとは思えないが……」
「ヴィクター君、次の公開処刑の日程は、閣下の御子息……ジャミル様の誕生日なの。その日は、全ての幹部将校が招待されて、盛大に行われるらしいよ……」
「なるほどな。じゃあ博士、手紙に次の軍法会議には欠席するよう書いてくれ!」
「分かったぞい!」
その後、書き上げた手紙を封筒に入れて、封をする。後で、該当する者達に届けるのだ。
「よし、じゃあ博士とエルメアは、その日までに荷物をまとめてくれ。あと、博士は信頼できる奴を何人か引き込んでおいてくれ」
「ふぉっふぉっふぉっ、任せておけ! それと……ワシはいつ、ひ孫の顔が見れるのかの? 待ち遠しくて仕方がないわい♪」
「も、もう……お爺ちゃんったら……♡」
「あ〜、今はその気は無いかな。それにフェイとか、ジュディもいるし……」
「「 えっ……!? 」」
「……ん?」
「ヴィクター君、それ……どういう事?」
「いや、ハーレムって言うのかな。俺、他にも女がいるだろ?」
「……知らない」
「あれ、言ってなかったか? 確か……6人か。エルメアは7人目かな? そういう事になると、他の娘達が暴走するかもだから、ちゃんと避妊はするよ」
「「 …… 」」
突然、静寂に包まれる……。あれ、俺何かやっちゃいました? 崩壊後は、そういうのに寛容だと聞いていたが、モルデミールではもしかしてそうでは無かったのかもしれない……。
「は、はは……そう、だよね……そういえば、カティアさんも可愛いし、他の娘もきっと……」
「待て、カティアとはそんなのじゃないぞ、エルメア!」
「孫……いや、義孫になるのかの? 7人いるとなると、ひ孫は一体何人できるんじゃ!?」
「いや、避妊するって言ってるだろうが!」
いくら崩壊後でも、交際者に他の女がいるとなれば、それは驚くに決まっている。
アイゼンメッサー家に、若干の混乱は起きたが、任務完了まで大きく進展した。後は準備を整えて、軍法会議の日が来るのを待つだけとなった。
エルメアを、身辺整理の為に置いておく事にして、俺は隠れ家へと帰ることにした……。
* * *
ー数十分後
@隠れ家
「ただいま〜」
「帰ったわね、ヴィクター。首尾はどう?」
「上々だ。カナルティアに帰る日も近いぞ」
「お帰りなさい、ヴィクターさん……」
「何だミシェル、体調でも悪いのか?」
「いえ……いや、聞いて下さいよッ!」
「うおっ……ど、どうした?」
隠れ家に帰ると、ミシェルがソファーでグッタリとしていた。話を聞くと、例のお姫様がミシェルに欲情してしまい、散々追いかけ回されたそうだ。……どんなお姫様だよ。
「そういえば私、今度そのお姫様の警護するのよね……」
「あと、数日の辛抱だ。頑張れ、ミシェル!」
「は、はい……うぅ、カティアさん早く来て下さい……」
「はは……」
「それより、そこまでミシェルの事を気に入ってるなら、連れ出すのも簡単そうだな」
お姫様……ミリティシア・エルステッドは、ミシェルの精神衛生上、殺すのではなくギルドに引き渡す事にした。まあ引き渡した後は、すぐにギルド前の広場に吊るされているだろうが……。だが、俺達が手をかけるよりはマシだろう。
ミシェルもまだ子供だ。知らない他人は殺せても、ある程度仲良くなった者を殺める覚悟はまだ無いのだ……。
「よし、ミシェルにこれを渡しておく。後で訓練しよう」
ミシェルに、ダートピストルを渡す。これは、俺がジュディやカティアを眠らせたり、賞金首を眠らせたりするのに使っていた武器だ。
麻酔薬の入ったシリンジを飛ばす事ができるので、もしお姫様が逃げ出そうとした時の保険にはなる。
「よし、あと少しだ。任務を成功させて、カナルティアに帰るぞ!」
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