第139話 内部協力者
-朝
@親衛隊事務室
「よし揃ったな、これより朝礼を始める!」
「……ちょっとジーナ、ティナはどうしたの?」
「その件なのだが……昨夜、ティナが暴漢と化した兵士に襲われた」
「「 えっ!? 」」
「幸いにも、駆けつけた憲兵に助けられ無事に済んだが、ショックを受けたらしくてな……。今日は兵舎で休んでいる」
「そ、そんな事が……」
「怖い……」
カティアは、昨日のティナとの決着をつけようと意気込んでいたのだが、出鼻を挫かれる形となった。むしろ、憎い相手であるティナを心配するほどだった。
この事件が、ティナによる自作自演であるとも知らずに……。
「大丈夫だ、ティナは強い子だ。すぐにまた元気になるさ! それよりも、良い知らせがあるぞ!」
「良い知らせ?」
「ああ! 我々、第三小隊が遂に認められたぞ! 姫様の警護任務が許されたんだ!」
(姫様……って、確かミシェルが接触してる娘だったわね……)
「着任は3日後だ! 皆、出勤早々にすまないが、それまでは休みとなった。もちろん、その分の給料は出るそうだ」
「えっ、休みなのに貰っていいの!?」
「ああ、経理から前借りしてきた。ほら、配るぞ」
ジーナは、カティアとエルメアにクリップで纏められた軍票を配る。
「こ、こんなにたくさん……!」
「やった! ……けど、いまいち価値が分からないわね」
「今日から第三小隊はしばらく休暇だ。羽を伸ばしてくるといい」
「ジーナはどうするの?」
「私は、ティナの側にいてやるよ。実家も暫く開けてるから、掃除に戻るつもりだ。ではすまないが、失礼させてもらうぞ二人とも!」
ジーナはそう言うと、事務室を出て行った。そして部屋の中には、急に休暇を突きつけられたカティアとエルメアの二人が残された。
「……急に言われてもね」
「カティアさん、何かご予定は?」
「いや、特には……。エルメアは?」
「私はお爺ちゃ……古巣で、機械を弄りながら過ごそうかと……。まだ終わっていない研究とかもありますので」
「……あっ、そうだ! エルメア、もし良かったら街に出かけない? この紙切れ、全然使ってないから溜まってるのよね」
「軍票ですか? 確かに、私も結構溜まってますね……」
「じゃあ決まりね! 一緒に買い物行きましょう!」
「い、今からですか!?」
「もちろん! さ、早く早く……!」
「お、押さないで下さい! 分かりましたから……!」
今朝、ヴィクターに内部協力者の確保を急かされていた事を思い出したカティアは、エルメアに外出を提案した。
カティアは、内部協力者にはエルメアが相応しいと考えていた。他の二人と比べてまともだし、模擬戦でもパートナーだった。それに、あの二人は実の姉妹なので、そもそも協力者に仕立てるのが難しいので、最初から候補になかったのだ……。
協力者を作るには、まずはその人と仲良くなる事が重要だ。その為には、買い物や食事などが良い機会になるだろう。そう考え、カティアはエルメアと街に繰り出す事にしたのだった……。
* * *
-昼過ぎ
@第一ハンガー
本来なら、今日は大きな仕事は無いはずだった。だが、そんな日に限って急な仕事が入るものだ。
何かというと、例の親衛隊の隊長が、自分の機体のカスタマイズを要求したのだ。隊長機の担当は博士がしているのだが、俺にも手伝うように言われてしまった……。
なんでも、機体がもっと速く動ければカティアには負けなかったと言ってきたそうで、少しでも速く動けるように、増設していた装甲を取り外すことにしたそうだ。
本来であれば、軍の機体をパイロットの好き勝手にカスタマイズするなど、許される事ではない。崩壊前でも許されなかったはずだ。
だが、この機体のパイロットであるギャレットという男は、テストパイロット的な役割も担っているらしく、機体の改造が容認されているらしい。そして、改造に伴う機体のデータを、博士が模擬戦などから得ているそうだ。
そんな事情を知りながら、俺は今、博士達と機体の装甲を取り外す作業に参加している。それにしても、俺は隊長のライバルともいえるカティアの専属なのだが、俺が関わっても良いのだろうか?
「それにしても、ギャレットの奴め……装甲を増やせと言ったかと思えば、今度は外せと抜かしおって」
「それより博士、俺が参加してもいいんですか? 俺は、そのロウ少佐を破った隊員の専属なんですが……」
「ん? 何を言っておるんじゃヴィクターよ、お前さんの腕前はギャレットの耳にも入っておるぞ。それに、奴はそんなみみっちいことは気にせんわい!」
「確かに、そんな感じの方でしたね……」
「それからお前さんがいると、作業スピードが段違いなんじゃよ。まるでワシが二人……いや、三人以上はいるようじゃ! こんな下らん作業はさっさと終わらせて、ワシは研究に戻りたいんじゃよ」
「はは、それは褒め過ぎですよ……」
そんな会話をしながら、装甲材を外していく。最初のうちは、順調に作業が出来ていたのだが、しばらくすると例の手の震えが現れた。
──ガシャンッ!!
「な、何だ!?」
「どうしたんじゃ!?」
「す、すいません……」
「おいヴィクター、大丈夫か?」
「顔色が悪いぞ?」
突然の手の震えにより、指先に力が入らなくなる。ふとした瞬間に持っていた器具を床に落とし、大きな音が響く。
作業していれば、発作は抑えられると思っていたが、それも限界のようだ……。
周りの整備兵達や博士が、心配そうに俺を見つめている。
「ヴィクターよ、体調が悪いなら無理は禁物じゃぞ? 辛かったら休むのが優先じゃ」
「博士の言う通りだ。給料は出なくなるが、休むのも選択の内だ。俺達は身体が資本なんだからな」
「幸い、しばらくは模擬戦も無さそうだしな」
「……そうですね、しばらく休みを頂きます」
流石に、この状態では皆の足手まといだし、他の作業もままならない。休みを貰って、その内に何とか解決してしまおう……。
* * *
-夕方
@モルデミール 市街地
「にしても、何にも無かったわね」
「今は収穫の時期ですからね……。品揃えが良くなるまで、もう少しかかりそうですね」
収穫とは、要は軍による徴発である。近隣の村々を周り、生産品を半ば強制的に軍が回収する。その後、民衆へと品物が回ってくるのだ。
突如休暇となったカティア達は、街中を回っていたが、どの店も品揃えが悪く、手持ちの軍票を消費できなかったのだ。
──ブロロロロ……
カティア達が歩いていると、道路を何台ものトラックが通過した。その荷台には、何人もの男達が生気の無い目をしながら、すし詰め状態で座っていた。
「何あれ?」
「あれは、志願兵の方達ですね。それにしても、今年はやけに多いですね……」
モルデミールは軍国主義であるが、意外な事に徴兵制ではなく、志願制を採っている。だが、資源や食糧などを軍が独占している為、ほとんどの人間は軍に入りたがる。少なくとも、軍に入れば生活は保障されるからだ。
また最近は、カナルティア侵攻作戦の失敗に伴う焦土作戦の実行により、殆どの財産を没収された村の男達が、軍に入る事を余儀なくさせられていたのだ。
「何か、皆死んだ様な目をしてるわね」
「あまり大きな声では言えませんが、ほとんどの人は入りたくて入る訳ではありませんからね」
「大変なのね。んっ? クンクン……」
「どうしました、カティアさん?」
「何か良い匂いしない?」
カティアは、辺りに漂う良い匂いに釣られて歩いて行く。昼に食べたお店は、軍の食堂と比べると食事が貧相だった上に不味かった為、身体が美味いものを求めていたのだ。
しばらく匂いを辿りながら歩くと、とある酒場の前にたどり着いた。
「ここだ、間違いない!」
「カティアさん、待って下さいよ〜」
「エルメア、この店で豪遊しましょう!」
「この店って……酒場ですか!? わ、私……お酒はちょっと……」
「別に料理だけでも大丈夫よ? 私もお酒は……ちょっと弱いから」
「そ、それに……私、こういうお店に入った事無くて……。あっ、カティアさん!?」
「大丈夫よ、今の時間ならまだ空いてるでしょ」
エルメアが、酒場に入る事に尻込みしている内に、カティアはさっさと中に入っていく。取り残されたエルメアは、覚悟を決めるとカティアに着いて行く事にした。
店の中はガラガラであったが、意外な事に先客がいた。8人程の男達で、軍の制服を着ているが皆着崩しており、だらしない印象を受ける。
そして、カティア達は彼らに見覚えがあった。親衛隊の男達である……。
「あっ、アンタ達は……!」
「ん〜? おいおい、誰かと思えば……ええと、新入りの……カティアだったか? それにエルメアもいるのか」
「ロウ少佐!? どうしてこんな所に?」
「アンタ達、まだ仕事の時間の筈じゃ……」
「仕事ぉ? ああ、いつもお前達第三小隊に任せてるからな。その時間、俺達はいつもこの店で楽しんでるのさ」
「それって……」
「ちょっと、それどういう事よ!?」
「ジーナには内緒にしてくれよ? まあ座れや……」
ギャレットは、カティア達に席を勧めると、宣言する。
「よし歓迎会だ、こうして話すのも初めてだしな! 皆、この俺を倒した記念すべき女に乾杯だッ!」
「「「「 おおっ! 」」」」
「店主! 店の料理と酒、ありったけ持ってこい!」
こうして、突発的にカティアの歓迎会が催される事になった。
カティアにとって、第三小隊以外の親衛隊員とはあまり接点が無かった。というのも、彼らはいつも事務室を留守にしている為、会う事が無かったのだ。
「ちょっと、さっきの話どういう事よ!?」
「俺達が昼から飲んでるって話か?」
「そうよ! 通りでアンタら見かけないと思ったわよ」
「それか……まあ、理由は色々ある。お前、俺達の給料が他の人間よりも高いのは分かるよな?」
「そりゃあ、まあ……」
「街の連中はな……常に貧乏なんだ。だから、俺達がこうやって金を落とす事で、金を回してやらなきゃならない」
「はぁ……」
カティアは、ギャレットの言葉を聞いて、先程の街中の様子を思い出した。
モルデミールの通貨である軍票は、軍の配給所にて食糧やその他の品物と交換出来る、いわば兌換紙幣の様な存在だ。それ自体が貴金属として価値を持つ、ギルド発行のメタルのような本位貨幣とは、この点で異なっている。
モルデミールの市民は、これらの通貨を用いる事で、軍から卸業者や市民へと、資源が流れる経済体制を築いている。
もちろん不満は多いが、圧倒的な暴力装置である軍には誰も逆らう事が出来ないのだ。
そんな生活に必要な軍票を、市民が得る為には軍に入るか、軍人に商売して得るしか無いのだ。
「……いや、良く考えたら別にこの店じゃなくても良いじゃない。ただ飲みたいだけなんじゃないの?」
「まあ、否定はしない」
「ほら、真面目に聞いて損したわ! それに、私達がアンタらの分まで仕事させられてるなんて、納得できないわよ!」
「まあそう言うな。その分、俺達がクソみたいな軍務を代わりにやってやってるんだからな……」
「「 えっ!? 」」
まさかそのような言葉が、親衛隊の隊長といういかにも軍への忠誠心の高そうな者の口から、軍務がクソという言葉が飛び出した事に、二人とも唖然としていた。
モルデミールでは、軍に反抗的な態度を取ると即刻憲兵に連行されてしまうからだ。カティアもその辺りの事は、ヴィクターやジーナにみっちり教え込まれていた。
「ちょっと、そんな事言って大丈夫なの!?」
「構うもんかよ。ここにいる連中に、軍に対する忠誠心はねぇよ。密告する奴もいない、安心しな」
ギャレットがそう言うと、隊員達は皆頷いた。
「俺達は、隊長に一生ついてくって決めてます!」
「そうだそうだ!」
「隊長が命令するなら、反逆でも何でもしますぜ!」
「おいお前ら、新入りの前で物騒な冗談はそこまでにしておけ」
「「「 へい! 」」」
軍への悪口が大きくならない内に、ギャレットが隊員達を抑える。
「なんだか意外ね……。皆、ジーナみたいに忠誠心の塊だと思ってたわ」
「……奴は、軍が何をしてるか知らないんだ」
「へ?」
「お前、収穫には参加した事は……無いよな。あれは酷いもんだ」
「収穫?」
「周りの村とか農園まで出張って、無理やり作物を奪ってくんだ。時に、反抗する奴を見せしめに殺したりしてよ……ひでぇもんだぜ」
カティアは、モルデミールに来る時に、村をAMが襲っている場面を思い出した。
「そんな事して、皆逃げてくんじゃないの?」
「何だ、知らないのか? モルデミールの勢力圏には、いくつも小さい駐屯地がある。夜逃げしようとしても、すぐ見つかって捕まっちまうだろうよ」
カティアは知らなかったが、ヴィクターは衛星を使うことで、そういった地点を全て回避していたのだ。
普通なら、集団で逃げ出そうとしたり、怪しい者がいれば、即刻捕まってしまうだろう。
「お前達は知らないだろうが、俺達は収穫やら新兵の教育に駆り出されたりしててな。そういう惨状を散々目にしてきてる……それはもう、ウンザリな程な」
「そうだったの……」
「だからお前らも、ジーナみたく夢見がちな女にはなるなよ? アイツは良い所の出だから、そういうのが分かって無いんだ」
「気をつけるわ、ありがとう」
「まあ、少なくとも俺の話を落ち着いて聞けてるあたり、大丈夫だろうよ。……それよりもだ。お前、鉄巨人の操縦誰に習った? いや、習っただけであの動きはできるもんじゃない。何だアレは? まるで人間の動きだったぞ」
ギャレットは急に真面目な顔になると、カティアにAMの操縦について問いただした。これにはエルメア含め、皆気になったようで、口を閉ざしてカティアを見つめる。
「え、えと……その……」
「「「「 …… 」」」」
「それは……」
「「「「 それは……!? 」」」」
「失礼しますッ! 料理とお酒、お待ちッ!」
カティアが言葉に詰まっていたその時、タイミングよく食事が運ばれてきた。皆、テーブルを片付けたり、配膳したりと、話が流れる。
「まあ、酒でも飲みながらゆっくり聞くさ。ほら、お前達も飲めよ!」
「い、いや……お酒はちょっと……」
「ごめんなさい、ロウ少佐。私もお酒は……」
「なんだよ、つれないな……。エルメアはともかく、カティアもなのか? へへっ、まだまだお子ちゃまだな!」
「な、何ですって!? 別に飲めるわよ!」
「お、言ったな? ほら、飲んでみろよ」
「ロウ少佐!? カティアさん、あまり無理は……」
「大丈夫よ、別に飲めない訳じゃないから!」
カティアはそう言うと、差し出されたグラスを奪い、一気に飲み干した。
「おお、良いっ飲みっぷりじゃねぇか!」
「いいぞ!」
「ヒューヒュー!」
「隊長を倒した奴は、やっぱそうでなくちゃな!」
そう言うと、男達はカティアのグラスにジャンジャン酒を注いでいく。
* * *
-夜
@隠れ家前
「んじゃ、エルメアは一人で帰れるんだな?」
「はい。ロウ少佐、ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だぜ……。何か悪かったな。そいつにはもう、酒は飲ませないからよ」
「そうして下さい……」
「んじゃ、博士によろしくな!」
──ブロロロロ……
ギャレットを乗せた車が走り去っていく。
結局、あのまま酒をたらふく飲まされたカティアは、隊員達にダル絡みをしまくった後に、完全に眠ってしまった。いつもなら暴れていたのだろうが、今日のカティアはエルメアにべったりくっついていた為か、大人しかった。
そして、カティアが眠りについた段階で飲み会はお開きとなり、カティアの住まいまで親衛隊の車で運んで貰ったのだった。
「カティアさん、しっかりして下さい!」
「でっか〜い、ロゼッタ並み〜」
「ちょっ、服の中に手を入れないで下さい! あっ、そこは……!」
「ふかふか……」
「ほら、もうすぐなんですから! ……カティアさん、同居してる人とかいますか?」
「むにゃむにゃ……」
「はぁ、失礼しますね……」
エルメアは、カティアの制服を弄って、家の鍵らしき物を見つける。そして、隠れ家の鍵を開けると、カティアに肩を貸しながら中に入って行った。
そこで襲われる事になるとは知らずに……。
* * *
-同時刻
@隠れ家 寝室
休みを貰った俺は、急いでロゼッタに連絡を取った。このままでは、精神的におかしくなりそうだった。
だが、残念の事に機体トラブルの為、偵察ヘリの調整に時間がかかるとの事だった。
別に、他の航空機でも来ようと思えば来れるのだが、機体が大きかったり、敵のAMのレーダーに引っかかってしまう恐れがあった。
その点、偵察ヘリはステルス性が高い上に高速なので、こうした事にうってつけなのだ。だが機体数が少なく、他の機体は使う予定が無かった為に、保管処理してしまっている。
少なくとも、今夜中には解決できない事は理解できた。
「ヴィクターさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。額から汗が止まらないし、目も霞んできた」
「あの、僕で良ければお相手しますから……」
「ミシェル、頼むからそんな心が揺れる事言わないでくれ!」
「でも、そんな辛そうなヴィクターさん、見てられませんよ!」
ミシェルとは、例の女の子発覚事件後にある約束をしている。それは、成人(16歳)になるまでに、自分が好きな相手ができなければ、俺が責任を持ってミシェルをハーレムに加えるという事だ。
本来であれば、ミシェルの家のしきたりだと、彼女の裸を拝んだ時点で夫婦になってしまうらしい。以前、彼女は律儀にそのルールを守り、俺に迫ってきた。
だが、ミシェルはまだ未成年だし、そういう判断力に欠けている筈だ。そんなルールに縛られて、俺以外に好きな相手ができても結ばれないなんて、悲しい事は回避したい。そこで、心変わりしないか確かめる為に、猶予期間を設けたのだ。
「それに、この前ガフランクに帰った時に聞きましたけど、同い年の子は今年結婚するんですよ? 崩壊前はどうだったか知りませんけど、何も問題ないですよ!」
「……いや、ダメだ! ミシェル、頼むから自分をもっと大事にしてくれ」
「ヴィクターさんも、人の事言えないですよ!」
などとやり取りしていると、カティアの腕時計の反応が近づいて来るのを感じた。窓の外を窺うと、車が去って行き、カティアが誰かと歩きながら近づいているのが見えた。
どうもカティアの体調が悪いように見える。
「ミシェル、カティアが帰ってくる。しかも、誰かと一緒だ。出てくれるか?」
「は、はい!」
一応警戒して、拳銃を手に取る。相変わらず震えている。いざという時は、ゼロ距離まで近づかなくては……。
*
*
*
「ご、ごめんください!」
「は、はい! あっカティアさん、一体どうしたんですか!?」
「お酒を飲み過ぎたみたいで……えっと、貴方はカティアさんの弟さん……かな?」
「い、いや……遠い親戚です……。それより、お水持ってきますね!」
「お、お願いします」
カティアを運んできたエルメアは、ソファーにカティアを寝かせると、何気なく家の中を眺める。すると、不自然に大きなカーテンがかけられているのを見つける。
(……なんだろう?)
エルメアは、好奇心旺盛な女性であった。少なくとも、他人の家のカーテンや家具を勝手に触っても良いのだろうかと考えるより先に、手が出てしまう程には……。
エルメアがそのカーテンを少しめくると、壁一面にモルデミール軍の将校の写真や名前、基地の見取り図などが貼ってあり、様々な書き込みがされていた。それはエルメアにとって、とても不気味に映った。
「な、何……これ……!?」
──ガシャン!
「ひっ!?」
大きな音に振り返ると、ミシェルが水の入ったコップを落とし、エルメアを見つめていた。
「み、見ちゃいました……!?」
「ご、ごめんなさい! 悪気はなくて……」
「た、大変ですヴィクターさん!」
*
*
*
ミシェルの呼ぶ声に寝室を出ると、士官の制服を着た女とミシェルが向き合っていた。女は俺の方を見ると、まだ家に人がいた事に驚いているのか、ギョッとしていた。
「どうした、ミシェル!?」
「壁の捜査ボードを見られました!」
「マジかよ!?」
「あ、あの……私はこれで!」
「あっ、待ておい!」
「チャッピー、お願い!」
「ひぃっ!? な、何……これ……!?」
女は急いで隠れ家を出ようとするが、ドアを開けると、その場で立ち尽くしてしまった。何故なら、逃げようとした先には、夜間の警備用に配置していた、黒い布を被ったチャッピーがいたからだ。
女にとっては、得体の知れない化け物が、突如目の前現れた感じだろうか?
俺は女に近づくと、肩を掴み、家の中へと引き摺り込んだ。
「嫌ッ! は、離してください!」
「大人しくしろ! ミシェル、結束バンド持ってこい!」
その後、太いプラスチック製の結束バンドで女を後ろ手に縛る。
「ご……ごめんなさい! 許して下さい! 助けてッ!」
「お前は何者だ? 何しに来た!?」
「か、カティアさんと同じ部隊の者です……。カティアさんが酔って寝てしまったので、送りに来たんです……」
「カティアが? アイツ、酒は飲むなとあれ程言ったのに……」
ソファーを見れば、カティアが気持ち良さそうにグースカ寝息をたてている。
「……お願いします、ここで見たものは忘れます! 誰にも言いません! だから、お家に返して……グスッ、うぇぇん」
「いや、そう言われてもな……」
秘密を守るには、殺すのが一番だ。だが、酔ったカティアを送り届けてくれて、その仕打ちは酷すぎるだろう。
しかも、カティアと同じ部隊という事は、彼女も親衛隊だろう。そういえばこの女、毎朝カティアを迎えに来る車を運転していたような気もする……。腕時計もつけているし、間違いないな。
エルメアって名前だったかな? ……確か、博士の孫娘だ。そうなると、殺した時に色々と面倒な事になる。最終的に殺すとしても、今はまずい。だが、このまま解放することもできない。カティアの奴め……いつも厄介事を持ち込みやがって……!
「グス……どうして……私はただ、カティアさんを送り届けに来ただけなのに……ふぇぇ」
(ヴィクターさん、この人……何とかできませんか? 流石に可哀想ですよ……)
(う〜ん……じゃあ、内部協力者にするか。少なくとも、カティアよりは内部情報に詳しいだろうしな)
この女……エルメアを内部協力者に仕立て上げれば、少なくとも現時点で殺す必要はなくなる。もちろん、裏切らないという確信を得る必要はあるが……。
「秘密を知られた以上、選択肢は二つしかない。死ぬか、俺達に協力するかだ」
「ひっ……助けて、助けて下さい! 何でも、何でもします!」
「へぇ、何でも……ねぇ……」
「グス……ひぅ……」
何でもする……その言葉に、思わずエルメアの顔や身体を眺めてしまう。
手入れしていないのか、髪が少しモッサリした感じだが、ちゃんと手入れすれば良い感じになりそうだ。顔も、よく見れば悪くない。しかも、胸囲はロゼッタ並みにありそうだった……。
俺は無言でエルメアの肩を掴むと、寝室へと歩かせる。
「あっ……な、何を!?」
「ヴィクターさん、まさか……」
「ミシェル、悪いが今日は寝室使わせて貰うぞ」
「やっぱり……」
「……君、さっき何でもするっていったよね?」
「えっ……?」
──キィィ……バタン!
*
*
*
あれから数時間後。寝室が騒がしくなり、ミシェルは床に野営用の寝袋を敷いて、カティアを寝かせると、自分も近くで眠る事にした。
(んっ、んっ……んあっ♡)
「……ヴィクターさんのバカ」
「むにゃむにゃ、ガトリングほう……はっしゃ〜!」
(は、激し……もっと優しく……ひぃん♡)
「敵げきは〜、えへへ……すぴー」
「カティアさん、楽しそうだな……僕も頼んだら、AMに乗せてもらえるかな?」
そんな事を考えつつ、ミシェルは耳と目を閉じた……。
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