第138話 発作
-模擬戦後
@第一ハンガー
「おおカティア、さっきは凄かっ……」
「ちょっとティナ、聞いたわよ!」
「はぁ、何の話?」
「貴女、今朝私の機体に悪戯したでしょ!」
「……チッ」
「ま、待てカティア、落ち着け! 一体何の話だ?」
「今朝、ティナが私の機体を壊してたのよ!」
「まさか……ティナはそんな事はしない! し、しないよな……ティナ……?」
「ぐっ……ええ、お姉様。どうせ、そいつの勘違いでしょ。馬鹿が移るから、早くシャワーに行きましょう!」
「お、おいティナ、引っ張るんじゃない」
「ちょっと! まだ話は終わってないわよッ!」
「ふんっ!」
模擬戦終了後、ハンガーに帰ってきたカティア達第三小隊であるが、カティアが今朝の件をティナに問い詰めた為に、険悪な空気が漂っていた。
カティアが追及すると、ティナはジーナの手を引っ張り、さっさと退散してしまった。
そして、その様子を陰から見守る者がいた。親衛隊隊長のギャレット・ロウ少佐である……。
(少し話したかったが、日を改めた方が良さそうだな、ありゃ……)
「隊長! 親衛隊、全員集合しました!」
「まあ、男しかいませんがね」
「よし、反省会だ! いつもの酒場に繰り出すぞぉ!」
親衛隊の男達は、普段はAMの操縦訓練や、普通の兵士達のアグレッサーを務め、生身での戦闘訓練をして過ごしている。本来なら他にも事務仕事などがあるのだが、それらは全て第三小隊の女達に押し付けている為、彼らには空いた時間が多かった。
では、普段彼らがその時間をどう過ごしているかというと、こうして『反省会』や『隊内の英気を養う』『隊員同士の連携強化』などの名目で、まだ明るい内から飲みに出掛けていたのだ。
彼らにとって都合の良い事に、親衛隊の給料や待遇はモルデミールの中でも、かなり良い方だった。それも毎日飲みに出かけても、お釣りが来る程には……。
「しっかし、まさか隊長がやられちまうなんて……」
「あの新人の娘っ子、とんだダークホースでしたね……」
「ふっ、だがまだまだひよっ子だな。次は負けんさ……」
カティアへのリベンジを決意し、今日の戦いを語るべく、部下達と行きつけの酒場へと向かうギャレットであった……。
* * *
-その夜
@隠れ家
「本当に何なのよあの子! 親の顔が見てみたいわ!」
「お前が言える事かよ……。まあ、とっくに死んでるみたいだから無理な話だな」
隠れ家に帰るなり、カティアが何やらイライラしている。話を聞けば、あのティナとか言う少女に今朝の件を問い詰めたらしい。
まあ、終始シラを切られて、最終的には他の隊員達に宥なだめられたそうだが……。
「まあ、飯でも食べて落ち着け。今日だって、ちゃんと修理できたし、親衛隊の隊長にも勝てただろ?」
「まあ、そうだけど……」
「……勝負には負けたがな」
「もう、いつも一言多いのよッ!」
「まあ、俺も隊長機の動きに集中してたから、他人のことは言えないけどな」
「皆さん、お待たせしました〜!」
「いつもありがとうな、ミシェル。ほら、カティアもさっさと食べようぜ。ほら、制服脱がすぞ」
「ん、よろしく」
俺はいつも通り、カティアの制服を脱がそうとするが、そこで自分の身体に異常が起きている事を知った……。
「……ん?」
「ヴィクター、どうしたの?」
「い、いや……急に手が震えて……」
「本当だ……。えっ、だ、大丈夫?」
カティアは俺の手を取ると、心配そうな顔で俺の顔を覗き込む。
その普段の彼女からは見られない親身な仕草と、急に顔を近づけられた事で、思わずドキッとしてしまう。身体が無意識に興奮し、額からは汗が吹き出し、脈が急に速く強くなるのを感じる……。
「ちょっと、急に震えが強くなったわよ!?」
「だ、大丈夫ですかヴィクターさん!?」
「うっ……」
カティアとミシェルが、心配そうな顔をこちらに向けてくる。二人共、魅力的な女性だ……。
カティアは普段の行動や性格などを抜きにしたら、綺麗な緑色の瞳が特徴的な可憐な女性だし、ミシェルに至ってはボーイッシュで俺好みの金髪だ。
だが、俺には彼女達に手を出す訳にはいかない。カティアは恩人であるガラルドの養女だし、ミシェルはまだ未成年だ。
それに、そういう目的で仲間にしたジュディ達とは違い、彼女達は純粋に?レンジャーとして仲間になってくれている。俺に対して好意があるとしても、一線を超えてしまうと、もう今のような人間関係を維持することができなくなる恐れがある……。
「な、何でも無い! カティア、悪いが着替えは自分でやってくれ」
「ちょっと、どうしたのよ?」
「溜まってるんだよ!」
「はぁ!?」
「ミシェル、悪いが俺は寝室で食わせてもらうぞ」
「わ、分かりました……」
食事を寝室の机に運ぶと、俺は悶々とした気分の中、一人寂しく食事を取ることにした。
《……手の震えに、感情の不安定ですか》
《ああ。このままじゃ、カティアとミシェルを襲いかねない。最悪、ロゼッタに来てもらうかもしれない》
《日常に影響が出てしまっているので、やはりヴィクター様はセックス依存症で間違いなさそうですね》
《でも、この数週間は大丈夫だったぞ?》
《何か他に夢中になれるものはありませんでしたか? その存在が、今まで発作を抑制していた可能性があります》
《……あるな》
《また、任務の進行に伴い、不安が増している事も影響しているかと》
《なるほどな》
《一応、偵察ヘリコプターなどの準備をしておきます。何かあれば、すぐに飛んで参ります》
《悪いなロゼッタ。それじゃ、おやすみ》
毎日の日課である、ロゼッタとの電脳通信を終えると、俺は食事をかき込んだ。
こんな日は寝付くまでに時間がかかるに決まっている。明日に影響が出ないように、さっさと食事を片付けて、早めに寝るとしよう……。
(ぐぇ……ぐ、ぐるぢぃ……!)
(カティアさん、大丈夫ですか!?)
(ねぐだいが、首に……!)
……ドアの向こうから何やら聞こえてくるが、そっとしておこう。
* * *
-同時刻
@兵舎の裏
モルデミール軍の基地には、兵士や士官が寝泊りするための兵舎が立ち並んでいる。その一つ、士官用の兵舎の裏に、夜の闇に紛れながら、士官の制服を着た一人の少女がやって来た。
すると、タイミングを同じくして、兵舎の影から一人の男が出てきた。
「て、ティナさん大変ですッ!」
(ちょっと、静かにしなさいよッ! 見回りの憲兵に見つかりたいの!?)
(す、すいません!)
(それよりも、何でアイツの整備兵がピンピンしてんのよ!? お陰で恥かいたわよ!)
(そ、その件なんですが……実は、襲撃に行った連中が帰って来てないんです!)
(何ですって!? じゃあ、金だけ持って逃げたって事!?)
(そのおかげで、連中は脱走扱いになって……。こっちも、憲兵から尋問されるわで大変でしたよ!)
ティナは、男にヴィクター襲撃に関するクレームをつけていた。この男は、ヴィクターを襲撃した不良軍人達を斡旋した者で、ティナから報酬を受け取る事で、色々と汚ない仕事を行なっていたのだ。
(……で、他に使える奴はいるの?)
(い、いえ……その……。襲撃に、使える奴は全員投入したので……)
(チッ! じゃあ、新しい奴は?)
(口が固くて、使える人間はそうそういなくて……準備するには時間が……)
(そう、分かった。はい、これ今回の報酬ね)
(えっ!? 失敗したのに、貰ってもいいんで?)
(ええ、よく働いてくれたしね)
(あ、ありがてぇ!)
男は、ティナから軍票の束を受け取ると、汚い笑みを浮かべる。やっぱりガキはチョロいな……などと思っていると、ティナが話を続けた。
(……で、この話を知ってるのはアンタだけってことでいいの?)
(へっ……ええ、そうですが? 秘密厳守が売りなんでね)
(それは良かった……。今までご苦労様)
ティナは男に悪戯っぽい笑みを浮かべると、急に大声を上げた。
「キャァァァッ!! たすけてぇぇッ!」
「なっ、何をするんだ!?」
「この秘密がバレる訳にはいかないの。アンタには消えて貰うわ、キャハハッ!」
「こ、このクソガキッ!」
「大体、失敗してる癖に斡旋料が貰えるとか本気で信じてたワケェ? どうせ、ガキだからチョロいとか思ってたんでしょ? ハメられた気分はどう? キャハハ♪」
ティナが叫んだ事により、周りが騒がしくなり、ホイッスルの音や、軍靴の走る音が聞こえてくる。
──ピーッ!
「あそこだッ!」
「捕まえろッ!!」
「クソッ、離しやがれッ!」
男が逃げる間も無く、あっという間にティナ達のいる兵舎裏に憲兵達が集まってくる。憲兵達は先程聞こえた悲鳴と、兵舎裏に男と少女という状況から、男が悪いと判断して捕縛した。
そして、ティナが士官である事に気がつくと、憲兵の隊長が状況を説明するようにティナに求めた。
「准尉、どうされたんです?」
「そ、その男に襲われて……お金も奪われました……」
「なっ、違うッ! 俺はソイツに頼まれて……ガッ!」
男は無実を訴えようとするも、憲兵の一人にライフルの銃床で殴られてしまった。そして、憲兵が男の服を検査すると、先程ティナが渡した軍票の束が出てきた。
「隊長、これがあの男の服から出てきました!」
「ち、違う! それは……グハッ!」
「……間違い無いな。これより簡易軍法会議を執り行う。判決、上官への暴力と強姦未遂、及び強盗の罪で銃殺刑に処す!」
「なっ……ま、待て! 話を……」
──ズダン、ズダンッ!
隊長はリボルバーを抜くと、手際良く男の頭と心臓に銃弾を撃ち込んで、刑を執行する。その様子を見て、ティナは口角を上げるのだった……。
* * *
-翌朝
@隠れ家
「ヴィクター、大丈夫なの?」
「……マズいかもしれない」
「それだったら休んだ方が……」
「いや、大丈夫だ。今日は仕事もそんなに無いはずだ……。それから、お前はさっさと内部協力者を作れ! この調子じゃ、いつまでも終わらないぞ!」
「何よ! 私のせいって言いたいのッ!?」
「……」
「いや、何か言ってよ! ……ご、ごめんなさい。あてはあるから、今日アプローチしてみる」
「頼んだぞ」
カティアを見送ると、俺も出発の準備を済ませる。結局、昨夜は悶々として眠れなかった……。
今日は、模擬戦後の機体整備位なので、特に大きな仕事は無いはずだ。これが原因で、何か起きたら恥ずかし過ぎる。
やはり、ロゼッタ召喚を真剣に考えるべきか……。そんな事を考えつつ、俺も基地へと出発することにした。
* * *
-同時刻
@モルデミール軍基地 人事局
親衛隊第三小隊の小隊長……ジーナは、基地に出勤して早々に人事局へと呼び出され、局長から嬉しい報告を受けていた。
「そ、それは本当ですかッ!?」
「ああ。親衛隊第三小隊には、当初の設立目的通りミリティシア様の警護任務を担当してもらう予定だ。編成は完了しているようだし、昨日の模擬戦でも負けはしたが、あのロウ少佐を打ち破ったのが評価されたようだな」
「あ、ありがとうございますッ!」
「まあ正直なところ、昨夜君の妹が被害に遭ったように、この基地の中にも不届き者がいる恐れがあるのだ。残念なことに、基地内の警備をこれまで以上に引き上げなければならなくなったのが実情だ」
「それは……」
「……妹さんの様子はどうかね?」
「はい、若干元気がありませんが問題ありません! エスパリア家の女は、そんな事では屈しませんから!」
「そ、そうかい。君のそういう所、亡くなったお父上にそっくりだよ」
「ありがとうございます! 局長も、父が話していた通りチョロ……お優しい方ですね!」
「褒めてないよね、それ!? 奴め、友人だったと思ったら……まあいい、警護任務は3日後からだ、それまで英気を養っておくように」
「はっ、失礼しますッ!」
ジーナは局長に敬礼すると、上機嫌な様子で部屋を出て行った。
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