第137話 模擬戦再び

-昼前

@兵器試験場


 現在、兵器試験場に8機のAMが整列していた。同じカラーリングのAM-5 アルビオンが並ぶ中、1機だけ異彩を放つ機体があった。

 AM-5よりも無骨な印象を与えるボディに、重厚感を放つ装甲、そして頭部の単眼のように見えるセンサーアイ……史上初めて実戦配備されたAMである、AM-3 サイクロプスである。これは、親衛隊隊長であるギャレット・ロウ少佐の機体であり、今回の相手が第一小隊であることを示していた。

 ロウ少佐は、先日の第二小隊と第三小隊の模擬戦の後に、すぐ次の模擬戦の日程を調整していたのだ。


 そして、模擬戦に臨むべく機体に乗り込んだカティアは、ヴィクターとの通信で、先程のティナとの顛末を聞いたのだった。


「まさか、そんな事があったなんて……」

《ああ。流石に模擬戦中は変な行動は取らないと思うが、一応気に留めておいてくれ》

「分かったわ」

《それから、機体の修理はバッチリだ。こっちも、前回の模擬戦の評判のせいか、凄く賑わってるぞ。頑張れよ!》

「ありがとう!」


『これより、模擬戦を開始する! 鉄巨人4機による侵攻を想定。それぞれ規定位置まで進み、待機せよ!』


 審判の指示に従い、AM達が動き出す。カティアも待機位置に移動しようと、機体を動かす。


《今日も勝つぞ! これで勝てれば、日頃の鬱憤も晴らせるというものだ!》

《大丈夫よお姉様! ウチには機体の新人がいるんですもの! キャハハッ!》

《そうだなティナ。カティア、今回も期待してるぞ!》


(ティナの奴……! 覚えてなさいよ!?)



 * * *



-数分後

@兵器試験場


《これより、親衛隊第一小隊と第三小隊による模擬戦を始める! 戦闘開始ッ!》


 模擬戦開始の合図と同時に、例の如くジーナ機が飛び出し、その後をティナ機が追っていく。


《よし、いくぞぉぉぉぉぉ!!》

《待って、お姉様!》


 今回の作戦は、2人1組で敵に当たるものなので、問題は無いのだが、もう少し慎重に動いてくれと思うカティアとエルメアだった。


「じゃあ、私達も行きましょう?」

《はい、カティアさん。……ッ! カティアさん、レーダーを見て下さい!》

「えっ?」


 カティアがレーダーを確認すると、敵側の陣地から1つの光点だけが、こちらに向かって来ているのが確認できた。


「1機? これ、例の隊長のやつ?」

《このままだと、ジーナさん達とぶつかります!》



   *

   *

   *



《ジーナさん、ロウ少佐の物と思われる反応がそちらに接近中です!》

《なに? よし、首級を上げてやるぞ!》


 エルメアからの警告も虚しく、ジーナ機はギャレット機と対峙するべく、自ら反応のある方向へと向かって行く。


《……おいお前、例の新人じゃないな?》

《ロウ少佐、お覚悟ッ!》

《んだよ、ジーナか……。雑魚は引っ込んでな!》


 鉄棒を持ったジーナ機がギャレット機に突撃するが、ギャレット機は30mmアサルトライフルを構えて迎撃する。当然ながら、ジーナ機は多数の砲弾をその身に受ける事となり、撃破判定を貰った。


《くっ……あと少しだったのにッ!》

《真正面から突撃するなんて、馬鹿丸出しだろ……》


 その瞬間、ジーナ機の影からティナ機が鉄棒を振りかぶりながら飛び出して来た。


《それはどうかしら!》

《……お前ら、いつもそれだよな》


──ガキィィィンッ!


 廃墟の街に、大きな金属音が反響する。奇襲を仕掛けたティナ機と、ギャレット機の鉄棒がぶつかり合い、丁度鍔迫り合いの形になったのだ。


《う、嘘……!?》

《別に、この技は新人だけの専売特許じゃねぇんだ。タイミングと敵の動きさえ掴めりゃ、誰だって出来るんだよ!》


 通常、AM同士で鍔迫り合いになるのは珍しい。彼らがAMを操縦する手段であるマニュアル操縦は、基本的には重機利用が目的である。

 例えば、先程のティナ機の攻撃は『伐採動作』を応用したものだ。通常なら木々や藪を払う為に、ハチェットと呼ばれる武装を横薙ぎに払う動作である。だが対象が木から敵の機体になれば、攻撃動作になるという寸法だ。


 鍔迫り合いが発生するには、相手の鉄棒と自分の鉄棒がぶつかる動作で、かつタイミングが合う必要があるのだ。発生するとしたら、ほとんど偶然の産物だろう。

 もし、それを意図的に行えるとしたら、その者は相当な訓練を積んでいるか、天性の才能を持っているか、その両方だろう……。


《くっ……きゃんッ!》


 ギャレット機は、鉄棒を引き抜いて上段に構える。するとティナ機が若干バランスを崩した。

 あまり知られていないが、マニュアル操縦の際に別の動作を入力すると、今行ってる動作を上書きしてキャンセルすることが出来る。

 これは、安全面で言えば改善されるべき、システムの欠陥であった。だが、崩壊前は電脳による操縦が普及しており、マニュアル操縦は作業用の重機であるという、共和国側の名目を維持する目的の為だけに存在していた物だ。その為、改善されることは無かったのだった。


 ギャレット機は、『伐採動作』を『採掘動作』で上書きする事で、鍔迫り合いを解除した。すると、ティナ機は本来の『伐採動作』を継続して、鉄棒を空振りさせる。

 そしてティナ機がバランスを崩した瞬間に、ギャレット機の鉄棒が振り下ろされ、ティナ機の肩に直撃する。この一撃により、ティナ機は撃破判定を貰ってしまった。


《3-1、3-2撃破! 速やかに場外に!》



   *

   *

   *



《か、カティアさん……どどどどうしましょう!?》

「少しは落ち着きなさいよ、エルメア……。ヴィクター、どうしたらいい?」

《幸い、敵は今単独で動いてる。とりあえず、そのまま撃破しちまえ》

「了解!」

《あっ、カティアさん……前方に……》


 エルメアのか細い声に従い前を見ると、今いる道路の直線上に、1機のAM-3が入ってきた。


《おっ、いたいた……。おい新人、聞こえるか?》

「何よ?」

《お前、俺と勝負しろ! 一騎討ちだ!》

「はぁ? まあ、別にいいけど……。エルメア、手を出さないで!」

《そ、そんな……!》

《よし、そうこなくっちゃな! 漢気のある女は、いい女だぜ!》

「……それ、喧嘩売ってるでしょ?」

《いんや? まあいい、いくぞッ!》


 こうして、カティアとギャレットによる一騎討ちが始まった。

 ギャレット機は、鉄棒を握りしめると、カティア機に向けて突撃を敢行した。それは、先程馬鹿にしていたジーナの行動と、全く同じであった……。


──ウィィィヴヴヴヴヴヴッ!


 カティアは、冷静にガトリング砲を放つと、勝利を確信した。今までの敵は、この武装で倒せていたのだ。今回の相手も、捻じ伏せる事ができるだろうと考えていた。

 だが、そうは問屋が卸さなかった……。


──ガガガガガガンッ!


「えっ、効いてないの!?」

《甘いぞ嬢ちゃんッ!》


 ギャレット機は機関砲弾の弾幕の中、大量に被弾する。だが少し動きが鈍る程度で、そのまま動き続け、カティア機に迫って来たのだった。


「ちょっとヴィクター、どうなってるの!?」

《奴の機体……AM-3の装甲はかなり分厚い。その分重いし、動きも鈍重だが正面防御力はAM-5よりも上だ。しかも、奴の機体は更に装甲を増設してるらしいからな……やっぱ、その武器じゃダメだったか……》

「じゃあどうすれば良いのよ!?」

《弱点はある、背中だ。ガフランクでも、奴と同じ機体を撃破しただろ? 奴の背後に回り込め!》

「……やってみる!」


 AM-3は、まだAMの戦術が確立していなかった時代の産物だ。その時代のAMには、搭乗員を守るための分厚い装甲が求められていた。

 だが時代が下るにつれて、AMには装甲よりも機動力と継戦能力が重視されるようになった。その結果生まれたのが、カティアが駆るAM-5であった。


 二機の性能を比較すると、AM-3の方がAM-5より防御力で勝るが、機動力はAM-5の方がAM-3より勝る。この一文だけ見れば、単純に撃ち合えばAM-3の方が有利に思われるかもしれないが、それは誤りである。

 AM-3の動力は内燃機関であり、機体の背部側にそれが位置している。その部分は、正面と比べて装甲が薄い為、重大な弱点となるのだ。機動力に勝る機体に、背後を突かれてしまえばどうする事もできない。


 カティア機はガトリング砲をパージすると、鉄棒を握りしめ、ギャレット機に迫る。


《いいぞ嬢ちゃん、そうこなくっちゃな!》

「舐めないでよ!」


──ヴンッ!


「くっ……もらったッ!」

《そうかな?》


──ガキィィィン……ギリギリッ!


「なっ!?」


 二機がお互いの間合いに入った瞬間、ギャレット機は鉄棒を横薙ぎに振り抜いた。

 カティアはその攻撃を後ろに飛び退いて避ける。その瞬間、大きなGがカティアの身にかかるが、パイロットスーツのおかげで、その影響は少なく済んだ。


 そしてカティア機は、攻撃動作が終わったギャレット機の隙を突くように、鉄棒を振り下ろした。

 ところが、ギャレット機もタイミングを見計らったように再び鉄棒を振るうと、カティアの鉄棒と鍔迫り合いになったのだ。


──ギギギッ……ギリギリ!


 鉄棒が大きな音と火花を発して、段々と折れ曲がっていく。そして、カティア機が力負けするように、後ろへと押されていくのだった……。


「ヴィクター、押されてるんだけど!?」

《奴の方が重量があるんだ、このままだと重量差で押し負けるぞ!》


──バコンッ! ガシャン、ガラガラ……


 ヴィクターがそう言うや否や、カティア機の鉄棒が折れ、大部分が地面に転がってしまった。


《終わりだな、嬢ちゃん!》

「ヴィクター!?」

《いや、まだだ。そのくらいのサイズなら、プラズマカッター代わりになる。リーチは短いが、その分身軽になったと思え!》

「言うのは簡単よね!」


 プラズマカッターとは、AMの近接戦闘用武装である。大型のプラズマ切断器で、敵の装甲を瞬時に溶断する事が出来る、人間で言うナイフに相当する武装だ。


 この武装は、モルデミール軍では運用されていないが、カティア機には搭載している。勿論、模擬戦で使用する訳にはいかないが、来るべき実戦に備えて練習するのも悪くない。

 丁度、折れた鉄棒が同じくらいのリーチになる。それに、モルデミール最強と言われるパイロットを倒せないと話にならないと言うのが、ヴィクターの考えであった。


《……何だ、その構えは? てか、まだやる気か?》

「アンタを倒さないと話にならないからね」

《おいおい、随分と功名心が高い女だな……。ま、嫌いじゃないぜ? だが、俺も舐められたモンだな!》


 ギャレット機は、カティア機に向けて連続で攻撃を仕掛ける。カティア機も、隙を突いて折れた鉄棒で突いたり、打ち付けたりするが、どれも有効打にはならなかった。


《いい事を教えてやる、嬢ちゃん! この機体はな、俺の要望で装甲を増設してるんだ。だから、そんなチンケな攻撃じゃ、この機体は倒せないぜ?》

「知ってる……わよッ!」

《なにっ!?》


 カティア機は、ギャレット機の攻撃の隙を突いて、脇を擦り抜けてギャレット機の背後に回り込むと、鉄棒を逆手に持ち、裏拳を叩き込む要領でギャレット機の背部に打ち付けた。


──ドゴンッ!!


《撃破判定……やるじゃねぇか》

「はぁ、はぁ……動きが激しいと、やっぱり苦しい……。でも、これで私の勝ちね!」

《……いや、お前の負けだ》

「はぁ?」

《か、カティアさんッ!?》


 ギャレット機を撃破し、高Gによる疲れから息を整えていたカティアであったが、その時エルメアの悲痛な声が聞こえてきた。


「どうしたの、エルメア!?」

《か、囲まれてます……》


 カティア達が戦っている間、他の第一小隊の機体はいつの間にか移動しており、気がつくとカティア達がいる道路の先と後ろを塞ぐように立っていたのだ。

 そして、カティア達に向けてアサルトライフルを構えて、狙いを定めていた。周りは廃墟のビルや建物が並び、カティア達は完全に退路を失っていたのだった……。


「……ヴィクター、どうしよう?」

《やられたな。あの隊長、始めから一騎討ちに勝っても負けても良い様に、お前をここに誘い込んでたみたいだな》

「……やられた」


 その後、第一小隊の十字砲火を受けて、カティア機とエルメア機は撃破判定を受け、模擬戦は第一小隊の勝利で幕を閉じたのだった……。



 * * *



-同時刻

@エルステッド邸 ミリティシアの私室


──ズガァァンッ!

──ダダダダダッ!

──ドゴォォン……!


「……せっかくミシェルが来ているのに、今日は何だか騒がしいんですのね?」

「えっと、確か模擬戦やってるらしいよ。鉄巨人が戦ってるんじゃないかな?」

「あ〜嫌ですわ、殿方って本当に戦いがお好きですのね。も、もちろんミシェルは別ですのよ?」


 カティア達が戦っている時、モルデミールの姫君であるミリティシアの私室では、ミシェルが彼女と二人きりで食事の相手をしていた。


「そんな事よりもミシェル……今日の私を見て、何か言う事はありませんの?」

「えっ? う〜ん、可愛いけど……ミリア、寒くないの?」

「さ、寒……ですの……?」


 ミリアはミシェルを誘惑するべく、年齢には不釣り合いなベビードールを身に纏っていた。勿論、街着の方ではなく、下着として用いられる、レースやシースルー素材を多用した扇情的な物だ。

 同い年である思春期の男の子なら、とても会話どころでは無い筈なのだが、ミシェルは女の子である為、全く関係無かった。むしろミリアの格好が、下着だけで寒そうに見えるのだった。


(お、おかしいですの……。確かにあの本…… 『男の子の落とし方 実践編』通りにしてますのに!)

「ミリア、どうかした?」

「い、いえ何でも無いですの! オホホ、ミシェルの作る物は美味しいですわ!」

「そう、良かった!」

(眩しい……笑顔が眩しいですのよ、ミシェル! 私、もう……♡)


 ミリアがミシェルの笑顔に酔いしれていると、急に背筋に寒気が走った。


「ん? ……へくちっ!」

「ミリア、やっぱり何か着た方が……」

「だ、大丈夫ですの!」

「そ、そう?」

(し、仕切りに上着を着るように言う……という事は、ミシェルは私の格好に欲情してるに違いないですわ! 寒くても我慢……あと少しで、ミシェルの温もりを肌で感じることが出来るハズですのよッ!)



   *

   *

   *



「じゃあ、また明日ね〜」

「はい……ですの……」

「あっ、それから今日はもっと寒くなりそうだから、やっぱり服を着た方がいいよ」

「……そうしますわ」


 結局、その後何も起きる事は無く、ミシェルは食べ終えた食器を片付けると、ワゴンを押して部屋を後にした。


「……おかしい。おかしいですの! まさか、私に魅力が無い!? そ、そんなバカな……!?」

「ミリア様、どうかされましたか!?」

「ミリア様は、我々の太陽です! 魅力に溢れておりますよ!」


 ミリアが鏡を見ながら嘆くと、ミシェルと入れ替わりで入って来たメイド達に慰められる。


「……こうなったら、奥の手を使いますの!」

「ま、まさか……あの……!」

「い、いけません! あの本は禁書です! いくらミリティシア様でも……」

「うるさいですの! 黙っていればバレませんの! 次の本…… 『男の子の落とし方 破戒編』を持ってこいですのッ!」


 自分が去った後のミリアの部屋が、何やら騒がしいなと思いながら、自分の貞操が狙われているとも知らずに、ワゴンを押すミシェルであった。

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