第135話 敵国の姫君

-模擬戦後

@第一ハンガー


 模擬戦を終えた第三小隊の面々は、一足先にハンガーへと帰投していた。この後は、第一小隊と第二小隊の模擬戦である。今日はもう、彼女達の出番は終わったのだ。

 機体をAM用のラックへと格納し、コックピットを降りたカティアとヴィクターが合流する。


「お疲れさん。この後頑張れよ?」

「えっ、何の話?」

「あんだけ活躍したんだ……質問攻めに遭うのは、目に見えてるだろうが」

「確かに……。って、聞いてないわよ! 何て答えればいいのよ!?」

「適当に動かしたとか、本能で動かしたとか言って、天才を装え。人間、天才には弱いからな」

「はぁ!?」


『お〜い、カティア〜! 戻るぞ、早く降りてこーい!』


「ほら、お前の隊長さんが呼んでるぞ」

「くっ……覚えてなさいよ、ヴィクターッ!」

「あれ? そういや、ガフランクでババ抜きした時の……」

「げぇ……な、何でもないわよッ!」


 カティアはヴィクターと別れると、下に降りてジーナ達の元へと向かう。


 そして、カティアとヴィクターのやり取りの様子を、ジッと見つめていた者がいた。第三小隊の隊員、ティナである……。

 彼女は、カティア達の様子を眺めると、不意に不敵な笑みを浮かべる。


(へぇ……随分と仲良しじゃない。……そうだ、良い事思いついちゃった♪ ふふふ……せいぜい、今はいい気になってればいいわ!)



 ……そしてさらに、ハンガーの陰にてカティアの様子を窺う者達がいた。


 カティアのパイロットスーツ姿を目撃した整備兵達により、現在軍の男達の間では、親衛隊にエッチな恰好をする娘が入隊したという噂が広まっていた。

 彼らは、噂を聞きつけた整備兵や警備兵であり、カティアの姿を一目見ようと息を潜めていたのだ……。


「お、おい! テメェら、俺達を揶揄からかいやがったなッ!」

「普通に制服姿だったじゃねぇかよッ!」

「う、嘘じゃねぇってッ!」

「俺達が見た時は、確かにピッチピチのエロい格好してたんだって!」

「お、おいちょっと待て……あの娘の脚を見てみろ!」

「「「「 むむっ……!? 」」」」


 モルデミール軍のAMパイロットは、皆士官であり、搭乗する際は制服のまま搭乗している。電脳化していない者の操縦では、瞬時に高いGがかかる様な機動が出来ない為、パイロットスーツを着る必要が無い。そもそもパイロットスーツ自体が遺物である為、物も存在していなかったのだ。

 ヴィクターは整備する側の人間であったが、まだ新人ということもあり、パイロット達とそれまで関わることができず、パイロットの服装事情を分かっていなかった。その結果、先日カティアは恥をかいてしまったのだ。


 カティアは選定の儀より帰還してからの一件で、AMに搭乗する際はパイロットスーツの上から、制服を着る様にしていた。しかし、制服のスカートから伸びる脚から、カティアが下に着ている物を窺うことができた。

 そのタイツとも違う不思議な生地は、まさしくあの時のエッチな服装の物だという事は、一度見た者には理解できた……。


「間違いない、あれはあの時の……」

「って事は、あの服の下は……!」

「う、噂は本当だったって事か!?」

「そ……それじゃあ、夜な夜な男を漁ってるのも本当なのか!?」

「お、俺は頼めばヤらせてくれるって聞いたぞ?」

「マジか!?」

「そ、それは知らなかった……」

「お、俺の童貞もらってくれないかな?」


 人の口は軽く、いい加減なものだ。カティアの噂は、いつしか色々と尾鰭おひれが付いてしまっていた。そして、噂を広めたはずの本人達でさえ、デマの噂に流されてしまうのであった……。



 * * *



-昼(模擬戦開始前)

@エルステッド邸 ミリティシアの私室


 時は少し遡り、第二小隊と第三小隊の模擬戦が始まる少し前……。


 基地の敷地内の中でも特に警戒が厳重な区画に、モルデミールの首領である、デリック・エルステッドの屋敷があった。そこでは、ちょっとした修羅場が展開されていた……。


「……いりませんわ」

「姫様、あまり好き嫌いは……」

「今日は食が進まないんですの。さっさと下げて頂戴な」


 総司令官の娘……ミリティシアの部屋では、彼女の昼食の準備が行われていた。ところが、彼女は何かが気に入らなかったのか、一口も手をつける事なく、食事を下げるように命令したのだった。


「で、でも昨日も一昨日もそう仰って、全然召し上がらなかったではないですか!」

「夜はちゃんと食べていますの!」

「で、でも……規則正しく食べないと、お身体に悪いですよ!」

「へぇ……貴女、このわたくしに対して楯突くなんて、中々勇敢ですわね?」

「あっ……」

「今夜の相手は貴女にしますわ。……連れて行きなさい」

「ま、待って下さい! やっ……放してッ!」

「ふふ……活きが良いですわ♪ せいぜい、良い声で鳴くんですのよ?」

「ひぃッ!」


 モルデミールの姫君であるミリティシアは、兄や父と同じく強権的であるのだろうか……。口答えしたメイドを他のメイド達に取り押さえさせると、何処かへ連行させた。


「さて、貴方もさっさと出て行って下さる? むさ苦しいのは嫌いですの」

「……分かりました、失礼します」


 部屋の中で、今まで沈黙を保っていた男が、ミリティシアに一礼すると、食事の乗ったワゴンを押して、静かに退出していった。

 彼は、ミシェルの上司にして、基地の厨房のトップ……通称、鉄人であった。この料理は、全て彼の手によるものだった。



 * * *



-数十分後

@モルデミール軍基地 厨房


 厨房は昼時のピークを迎え、皆、せわしなく働いていた。そして、その中にミシェルの姿もあった……。


「ミシェル、食材の追加だ! その芋の皮を剥いておいてくれ」

「はい!」

「ミシェル、それが終わったら、こっちの炒め物を手伝ってくれ!」

「わ、分かりました!」


 ミシェルは選定の儀の後、これまで許されていなかった兵士用の食事にも関わることができるようになっていた。これで、兵士たちに薬を盛る、仮称「飯テロ作戦」がいつでも実行可能になった。

 この状態に、リーダーのヴィクターは満足していたが、ミシェルはいまいち納得していなかった。彼女は若い故か、もっと目立った事をして、仲間の役に立ちたいと考えていたのだ……。


「……おう、戻ったぞ」

「「「「 お帰りなさいッ! 」」」」


 皆が働いている中、厨房の中に鉄人の声が響く。そして、料理人の一人が鉄人の顔を伺いつつ、声をかけた。


「あれ、鉄人……またダメだったんですか?」

「……ああ。また考え直さないとな」

「姫様……なんでそんなに好き嫌いが激しいんですかね?」

「滅多な事は言うんじゃない、仕事に戻れ」

「す、すみませんっ!」


 鉄人は肩を落としながら、厨房の奥の事務室へと消えていった。その様子を見た厨房の料理人達は、ひそひそと話し始める。


「鉄人……やっぱり最近元気ないよな?」

「そりゃお前、何度も目の前で作った料理をいらないって言われたら、いくらあの鉄人でも堪えるだろ……」

「あ、あの……その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」


 気になる話を耳にしたミシェルは、近くにいた先輩料理人に話しかける……。


「ん? ああ、ミシェルの坊主は知らないのか……」

「知ってたか? 鉄人……今じゃあんな無口だが、ついこの前までは熱血でうるさい程だったんだぜ?」

「そうなんですか!?」

「だが、最近になって姫様専属の料理人が辞めちまって、鉄人が兼任するようになってな……その、あれだ……」

「姫様が食事を食べなくなった」

「そうそう……って、鉄人!?」

「奥に行ったんじゃ!?」

「忘れ物をしたんだ。お前ら、口を動かす暇があるなら、手を動かしたらどうだ?」

「「「 す、すみませんっ! 」」」


 いつの間にか厨房から話し声が消えたと思うと、ミシェル達の背後に鉄人が仁王立ちしていたのだ。他の料理人達は、状況を察して既に作業に戻っていた。

 ミシェルも一礼して持ち場に戻ろうとするが、鉄人に呼び止められた。


「……ミシェル、ちょっと来い」

「えっ? は、はい……」


(おいおい、ミシェルの奴……絞られるんじゃねえか?)

(俺達じゃなくて良かった~)

(まあ、アイツなら大丈夫だろ。選定の儀もちゃんと生きて帰って来たし……)

(なんにせよ、ついてなかったな……)


 ミシェルは、鉄人に厨房奥の事務所に連れて行かれる事となった。彼女は叱られるのだろうと委縮し、その様子に他の料理人達も同情の視線を向けるのだった……。



 * * *



-数分後

@厨房 事務室


「僕が好きな料理……ですか?」

「……ああ」

「えっと、ハンバーガーですかね……。でも、どうしてそんなことを?」

「お前もさっき聞いたと思うが……俺は最近、閣下の館で姫様の料理を担当している。だが、俺が料理人を担当してからというもの、姫様は俺が作った食事を食べてくれなくてな……」

「姫様……ミリティシア……様ですか?」

「ああ。俺も毎日レシピを考えてはいるが、ことごとくダメだ。姫様と年齢の近いお前の好みなら、何か参考になるかと思ってな……」


 ミリティシア・エルステッド。モルデミールの首領、デリック・エルステッドの娘にして、モルデミールの姫君と言える人物だ。

 ミシェルも、名前だけは知っていたが、どんな人物かは未だに把握できていなかった。


 鉄人は、そのお姫様に食事を食べて貰えるように、日々研究をしていたのだが、未だにその成果は出ていなかった。行き詰ってしまった鉄人は、姫様と年齢の近いミシェルの好物を参考にしようとしていたのだ。


「しかし、ハンバーガーか……」

「やっぱり、偉い人には出せませんよね?」

「うむ……」

「そういえば、姫様の好物ってあるんですか?」

「俺は肉が好きだと聞いた。作る料理にも、毎回肉は入れているんだが……」

「何か他に原因があるとかは……?」

「料理人がそんな事知る訳無いだろ」

「ですよね……。あっ、直接食べたいものを聞くってのはどうですか?」

「それが出来たら苦労しない」

「えっ?」

「お前……噂を聞いたことは無いのか?」

「い、いえ……」


 鉄人は真剣な表情をすると、ミシェルに向き直る……。


「いいか、姫様はな……何人ものメイドを退職に追い込んでる、恐ろしい人だ。さっきも俺の目の前で、メイドの一人を甚振いたぶろうとしててな。本当に、ヒヤヒヤだった……」

「な、なるほど……」

「いいか、姫様は何をするか分からない。そのような御方に、軽々しくそんな事を聞いてみろ……命がいくつあっても足りない。俺達の仕事は、相手の食べたいものを読み取って、栄養が偏らないようにかつ、最高の料理を提供する事だ」

「は、はぁ……」

「……っと、すまん。話が長くなったな、お前は持ち場に戻ってくれ」

「……あの、御相談があります!」

「ん?」



 * * *



-翌日 昼

@エルステッド邸 ミリティシアの私室


 ミリティシアの朝は遅い……というか無い。彼女は夜型の生活を送っている為、一日の始めは少し早めの昼食から始まるのだった。


「はぁ……代理の料理人ですの?」

「はい。現在の料理人が体調を崩したらしく、その代行とのことです」


 昼前になり、ようやく目が覚めたミリティシアは、お付きのメイドから今日の昼食がいつもと違う事を聞かされた。


「そうですの……。まあ、むさ苦しく無かったら別に何でもいいですわ。そういえば、昨夜可愛がってあげた娘はどうしましたの?」

「情け無い事に、今朝の内に辞表を提出いたしました……」

「そう……まあ、良いですわ。次の娘に期待しましょう……」


──コンコンコン!


「噂をすればですわね……入りなさい」

「し、失礼します!」


 ミリティシアの部屋の入り口がノックされ、白い調理服を着たミシェルが、料理の載ったワゴンを押して部屋の中へと入ってきた。

 ミシェルは、先日の鉄人の愚痴を聞いた際に、思いつきで自分に姫様の料理を作らせてくれと鉄人に頼んだのだ。

 当然、鉄人には難しい顔をされたが、ミシェルが選定の儀から無事に帰還できていた事と、鉄人自身が心労により正常な判断力を削がれていた事から、彼はミシェルに一度任せてみる事にしたのだった。


「「「 えっ……!? 」」」


 まさか代理の料理人というのが、客観的に見て少年のような者だとは思わなかったのだろう。部屋にいた者達全員に、驚きが走る。

 皆が呆然とする中、気の強そうなメイドの一人がミシェルに対して言葉をかけた。


「り、料理人はどうしました? 姫様が召し上がる食事は、作った本人が持って来る事になっているはずですが?」

「あ、はい。ぼ……私が作らせていただきました!」

「何ですって……あの男は一体何を考えているのですか!? こんな若輩者に姫様の食事を用意させるなど! ……姫様、如何なされますか?」

「……」

「……ひ、姫様?」


 メイド達がミリティシアを見ると、彼女はソワソワした様子で、両手で口元を押さえたまま硬直していた。


「あ、あの……姫様?」

「えっ、ああ……ごほん! メイド達全員、この部屋から出て行きなさい!」

「「「「 ええっ!? 」」」」

「聞こえませんでしたの? 全員、今すぐ出ていくんですのよッ!」


 ミリティシアはハッとすると、部屋にいるメイド達全員に、部屋から出て行くように命令した。その命令を受けて、メイド達は不思議そうに顔を見合わせながら、ゾロゾロと部屋を後にする。

 突然の事に、ミシェルが呆気に取られていると、ミリティシアがベッドから降りて、ミシェルの元へと駆け寄って来た。


「貴方、名前は!?」

「えっ、えと……ミシェルです」

「ミシェル! 素敵な名前ですのね!」

「あ、ありがとうございます……」

「私は、ミリティシア・エルステッド……まあ、存じてますわよね。貴方、歳はいくつですの?」

「14です……」

「まあ、私と同い年なんですのね! それよりも、食事の用意をして下さる?」

「えっ、食べて頂けるんですか!?」

「あら、食べたら何かまずいのかしら?」

「いえ……すぐに準備します!」


 ミシェルはワゴンに乗った食事を、部屋の中にあるテーブルの上に並べて準備をする。そして、ミリティシアはその様子を、熱い眼差しで見つめていた……。



   *

   *

   *



「あの、姫様……やっぱり僕じゃなく、メイドさん達の方がいいのでは……」

「あら、嫌なんですの?」

「そ、そんな事は……!」

「それから、私わたくしの事は“ミリア”と呼べと申したはずですわよ、ミシェル?」

「ごめんなさ……ごめん、ミリア」

「そう、それで良いんですのよ♪」


 ミリティシアはミシェルの事が気に入ったのか、ミシェルを同じテーブルに座らせると、食事中の話し相手になるよう要求したのだ。

 そして、自分の事を愛称である「ミリア」と呼ぶ事を許し、堅苦しい敬語を禁止した。


 ミシェルは、何故こんな事になったか不思議だったが、本来の目的である要人からの信頼獲得と、情報収集に勤しむ事にした。


「あの、食事はどうかな? 口に合う?」

「んっ……とっても美味しいですわよ♪」

「良かった……。鉄人の料理が気に入らないって聞いてたから、心配だったんだ」

「ああ、その事ですの……。別に、あの男の料理は嫌いじゃないんですのよ?」

「えっ、ならどうして!?」

「……聞いて下さるの?」


 ミリアは食器を置くと、ミシェルに向き直る。


「長い話になりますわ……。まず、私はかごの鳥なんですの」

「か、籠の鳥?」

「ええ。生まれてから、殆どの時間をこの館で過ごし、する事と言えば読書くらい……」

「閣下から大事にされているって事?」

「そんな事ありませんわ! 父様とは、年に数回顔を合わせる程度……あの方の頭には、軍と兄様の事しかありませんわ! 私なんて、殆ど軟禁みたいなものですのよ? 唯一の楽しみと言えば、食事の時くらいでしたのに……」

「でした……?」


 ミリアは、悲しげな表情を浮かべると、ポツリポツリと話しだした。


「爺や……その鉄人とかいう男の前任者は、食事の時に色々と面白いお話をしてくれましたの。私はそのおかげで、楽しく食事の時間を過ごすことができましたわ。退屈な時間の中で、唯一の楽しみでしたの。けれど、最近になって彼は高齢を理由に辞めてしまって……」

「それは……悲しいですね」

「仕方ありませんわ。で、新しく来た男は、余所余所しい態度をとって……」

「確かに、ミリアの事を怖がってたね」

「先程の籠の鳥の例えではないですが、なんだか餌を食べているような気分になりますの。楽しかった筈の時間が、苦痛になってしまったんですの……」

「そうだったんだ……。確かに、嫌な気分だと食欲も湧かないよね」

「分かってくれて嬉しいですわ、ミシェル。それに、あんなむさ苦しい男に、怯えた目で見つめられてたら、気分が悪くなりますの!」

「ああ、確かにあの人……ちょっと汗臭い感じするよね」

「本当ですの! その点、ミシェルは歳も同じで話しやすいですわ♪ そ、それに……♡」

「それに?」

「……いえ、何でもないですわ!」


 ミリアは顔を赤らめる。幽閉された姫君と言えど、年頃の娘である。同い年の男の子……それも金髪碧眼のイケメンが近くにいれば、思わず惹かれてしまうのも無理はないのだろう。

 ……といっても、実際にはミシェルも女の子なのだが。


「あっ、そういえばさ……どうしてミリアは怖がられてるの? メイドさんが何人も辞めてるって聞いたけど……」


 ミシェルは、話を聞いていてふと疑問に思った事を、ミリアに問う。


「ああ、その事ですの……。それは、悲しい誤解ですわ。偶々、家族に不幸があったり、おめでただったりが重なっただけですわ。ほら、女の子には色々ありますでしょう?」

「そうだったんだ……」

「……それとも、ミシェルは信じてくれないんですの?」

「い、いや信じるよ!」

「そう、良かった。……ふふっ」


 その後、ミリアの食事が終わると、ミシェルは食器を屋敷の厨房に戻して、基地へと帰っていった。その道中、ミシェルは隠し持っていた腕時計を確認して、先程の会話が録音出来ているか確認する。


(よし、ちゃんと腕時計に録音できてる!)


 ミシェルは、先程のミリアとの会話を全て録音していた。会話の中には、有益な情報が含まれていたので、後にヴィクター達のモルデミールでの活動が、大きく飛躍する事になるのだった。


(無断で動いちゃったけど、ヴィクターさん何て言うかな……。怒られないといいけど……)


 一方で、スパイとしては上出来だったミシェルであったが、その心の中は承認欲求と後悔が渦巻いて、複雑な気持ちであった……。



 * * *



-数分後

@エルステッド邸 ミリティシアの私室


 ミシェルが去った後、ミリアはベッドの上で枕と戯れていた。


「ああ、ミシェル! なんて素敵なのッ!」


 ……ミリアは、ミシェルに完全に魅了されてしまっていた。ミリアは、枕をミシェルに見立てると、枕に抱きついてゴロゴロと身をよじらせる。

 そして、しばらくして落ち着きを取り戻したのか、ふっと真顔になり、先程の反省を始める。


(まさか、あんな素敵な方がこの世にいらっしゃるなんて……。驚きましたが、『男の子の落とし方 基礎編』に書いてあった通り、二人きりになる事と、不幸な過去を語って同情を得る事、愛称呼びまではいけましたわね……。この調子で、必ずあの子をこのベッドに引き摺り込んで見せますわ!)


 ミリティシア・エルステッド……彼女は、別に悲劇のヒロインでも何でも無かった。

 その本性は、バイセクシャルであり、長い軟禁生活で性癖が歪んだ人物だった。そして、父や兄譲りの狡猾さと冷酷さを秘めていたのだ。


 彼女は、ミシェルの前では猫を被り、哀れな姫君を演じていたのだ。辞表を書いたメイドも、ミリアに昨夜(性的に)喰われた結果、再起不能に陥ってしまったというのが真相であった。


「失礼します、姫様。頼まれた本……『男の子落とし方 実践編』をお持ち致しました」

「ああ、そこに置いて下さいな」

「……それで姫様、今夜のお相手はいかが致しますか?」

「身長が150cm位で、若い金髪の娘はいるかしら? 瞳はなるべく青色で、スレンダーでボーイッシュな感じの娘がいいですわ!」

「……該当する者はおりませんが、近い者ならいます。ですが茶髪の上に、まだ研修中です」

「それで構いませんの! その娘にカツラ被せるなり、脱色するなりして私の所に連れて来なさい!」

「わ、分かりました。すぐに手配致しますッ!」


(ふふふ……ミシェル、必ず落としますわよ!)


 二人の出会いにより、今後ミシェルの貞操は大きく揺るがされる事になるのだった……。

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