第129話 選定の儀

 モルデミール軍での身分を手に入れたヴィクター達一行は、その後それぞれ順調に周りに溶け込み、情報を収集していた。

 ヴィクターはモルデミール軍の兵器事情を、ミシェルは食事の量から敵の規模を割り出したりと、ここ数日でかなりの情報を手に入れる事ができた。


 ひとまず、第一の目的である敵情視察は完了したといえるが、まだ第二の目的である敵首脳部の暗殺が残っていた。だが、その為に必要な情報がまだ揃っておらず、まだ具体的な行動計画が立てられずにいた……。



 * * *



-数週間後 昼

@モルデミール軍基地 食堂・士官席


 基地の食堂には、一般の兵士達の席とセパレーションで隔てられた、士官用のテーブルがある。現在そのテーブルの一つで、午前の勤務を終えたカティア達、親衛隊第三小隊のメンバーが、揃って昼食を食べていた。

 カティアもこの数日で慣れたのか敬語が抜け、いつもの調子で隊員達と接するようになっていた。


「……そろそろいいんじゃないか?」

「何がですか、ジーナさん?」

「いやな、そろそろカティア准尉を“選定の儀”に向かわせても良いのではないかとな……」

「「 ッ!? 」」

「モグモグ……ん、私がどうかしたの?」


 ジーナの発言に、カティア以外の全員がお互い顔を見合わせた後に、カティアの事を見る。だが当のカティアは話について行けず、食事を頬張りつつきょとんとしていた。


「ったくコイツは……相変わらず緊張感が無いわね!」

「嘘ですよね、ジーナさん!? まだカティアちゃんは、入ったばかりなんですよ? しかも、この状況で選定の儀に向かわせるなんて……護衛も用意できないのでは……」

「何よエルメア、お姉さまの考えに反対だって言うの!?」

「落ちつけ、ティナ」

「はい、お姉さま♪」

「その、選定の儀って何なの?」

「ん、知らないのか? ああ、カティア准尉は元々軍人でなかったからな、無理もないか……」


 そう言うとジーナは、制服の袖を捲り上げて、露わになった左腕をカティアに見せる。そこには、カティアも持っている、電脳不適合者向けデバイスである通称“腕時計”がつけられていた。


「これがなんだか分かるか?」

「腕どけ……ええと、“支配者の腕輪”だっけ?」

「そうだな。これは、鉄巨人を動かす為に必要なものだ……まあ、中には鉄巨人じゃなかった、かわいそうな奴もいたらしいがな。カティア准尉は、まだ持っていないだろう?」

(持ってるけどね……)

「これは、“巨人の穴蔵”と呼ばれる場所に赴いて、手に入れる必要があるのだ」

「何だか、物騒な名前ね?」

「ああ、崩壊前の遺跡でな……この遺跡を発見した事で、我々を妬んだギルドは、先代の総司令官を暗殺したと言われている」


 ジーナが言う“巨人の穴蔵”とは、崩壊前に連合軍が使用していたバンカーの事で、ここから発掘された兵器が、モルデミールを軍事優先へと突き進ませていく要因となった。

 もっともモルデミール内では、自分達に都合の良いように情報が改変されたり、解釈されているようだ。


 “選定の儀”とは、このバンカーに赴いて、腕時計とAMを取ってくる事を指しており、主に軍関係者とその子弟が行う、選ばれた者が行う儀式となっていた。


「あそこには、腕輪を授けてくれる機械と、鉄巨人が眠っている。私とティナは、父が軍人だった関係で子供の時に連れて行かれて、こうして所持しているがな……。選定の儀とは、この腕輪と鉄巨人を持ち帰る事で、親衛隊の一員となるには、絶対に必要な儀式なのだ」

「……つまり、私もその儀式を受けて来いって事? エルメアが止めてたけど、何かあるの?」

「ああ。あそこには、とあるミュータントが生息していてな……かなり危険なのだ……。ああ、思い出したくもない!」

「ど……どんなミュータントなの?」

「うっ、それは……。すまんエルメア、話してやってくれ」

「は、はい……。巨人の穴蔵には、“岩グモ”と呼ばれるミュータントが生息していまして……その、見た目が……」

「ああ、なるほどね……。まあ、気持ちは分かるわ」


 確かに、クモが苦手な女子は多い。クモ系のミュータントはレンジャーの間でも、使える素材が少なく気持ち悪い見た目から、不人気な討伐対象として有名だ。

 カティアにはそこまでの忌避感は無いが、他の女性にとってはそうでは無いのだろうと、この時のカティアは思っていた。


「クモなら大丈夫よ? 私、そこまで苦手じゃないし……」

「いや、カティアさん……岩グモは普通のクモじゃないんですよ」

「ああ……。大きくて、奇怪で、カサカサしてて……」

「うぷっ……オエッ……」

「おいティナ、大丈夫か!? すまん、この話はもうやめよう」

「ごめんなさい、お姉さま……ちょっと気持ち悪い……」


 ティナは顔を青くして、えずきそうになっていた。ジーナに背中をさすられて、少しはマシなったようだが、もう食欲が無くなったのか、その後食事に手をつける事は無かった。


「とにかくカティア……君には、選定の儀に向かってもらう。午後はその説明と、儀式の事について教える。……すまない、ティナを医務室に送って来る。エルメア、片付けは任せたぞ」

「は、はい……お大事に……」


 ジーナは席を立つと、ティナを支えながら食堂から出て行った。


「カティアさん、本当に大丈夫なんですか? とても危険ですよ?」

「ん? まあ、大丈夫でしょ。クモ系の奴なら、何回か戦った事あるし」

「戦った事があるって……カティアさんって、ここに来る前は家の手伝いをしてたって言ってましたけど、何をされてたんですか?」

「んぐっ!? え、ええ〜と……その……。あっ、そういえばジーナとティナの残したやつ、食べちゃわない?」

「えっ? そうですね、勿体ないですしそうしましょう」

(ふぅ〜、何とかなった〜)

(……カティアさん、何者なんでしょうか? ティナさんが怪しむのも、分かる気がします)



 * * *



-その夜

@モルデミール 隠れ家


「う〜ん、この情報だけじゃな……」

「ごめんなさい……。僕ももう少し、情報を集められたらいいんですが……」

「いや、ミシェルは良くやってるさ。お陰で、敵の大体の人数は把握できたんだ。とりあえず、一つ目の任務は完了したじゃないか」

「でも……」

「俺は敵の兵器、ミシェルは敵の規模……ちゃんと役割分担して、お互い結果を出してるだろ? まあ、その内機会があるだろうし、気長にいこう」

「は、はい。そうですね、焦ってバレたら大変ですしね!」


 隠れ家にて、一足早く帰って来た俺とミシェルが、得られた情報を交換し、壁に書き出していく。今や隠れ家の壁は、探偵や警察を描いた映画よろしく、捜査ボードと化していた。

 本来、こんな事をする必要は無いが、カティアやミシェルでも、情報を整理しやすい様にする為や、作戦会議がしやすい為、こうして書き出す事にしたのだ。


 壁の捜査ボードには、要人の相関図や基地の見取り図、部隊配置や警備状況などが書き出されているのだが、肝心の要人のデータが少なかった。

 とりあえず、敵の首領はデリック・エルステッド総司令官なる人物なのは分かっている。そして、息子と娘がおり、どうも息子の方は、先日俺が撃退したAMに乗っていたらしい。街中で流れるプロパガンダ放送では、敵と激戦を繰り広げたとか何とか言っていたが……。


「……う〜ん、やっぱりカティア次第か」

「僕たちだけじゃ、やっぱり限界がありますよね……」

「要人の行動予定なんかが手に入れば、今後の作戦が立てやすいんだがな……」


 そう呟いたその時、隠れ家の入り口の方で、車が停まる音がした。恐らくカティアの送迎だろう。


「ミシェル、壁を隠せ!」

「はい!」


 流石にこのまま晒しておくと、何かの拍子にカティアの送迎をしてる奴とかに見られる恐れがある。俺がミシェルに指示を出すと、彼女は簡易的に作ったカーテンで、捜査ボードを隠す。

 そして、ドアが不規則なリズムでノックされ、その音を聞いた俺達は警戒を解く。事前に、隠れ家に入る際はノックで中の仲間に合図を送る事にしていたのだ。

 腕時計が使えない事もあるので、この方法は原始的だが効果的な敵味方識別方法だった。


「ただいま!」

「今日は遅かったな。何かあったのか?」

「ええ、ちょっと事前の説明とか色々あってね……。あ〜、疲れた〜……」

「説明? ……まあ、後でゆっくり聞かせてもらうか。ほら、制服脱がせるぞ?」

「ん、お願い……」

「僕、お茶でも用意しますね!」


 帰って来たカティアのネクタイを解き、上着をを脱がせてハンガーに掛ける。カティアがネクタイで首を締めたのと、制服を着たままソファーで寝転んだりしたのを

見かねて以来、カティアの着替えが日課になってしまった……。


「ありがと。いいお嫁さんになれるわよ、ヴィクター」

「いや、いい加減一人でやれよ。いつかお前の事、押し倒しても知らねぇぞ? この数日で、俺も結構溜まってるからな……」

「そういえば、今回は結構我慢できてるわよね?」

「そう言われてみれば、そうだな。……まあ、毎日仕事でそんな暇無いしな。作業とか集中してるし、何かに没頭してると、性欲も薄れるのかもな?」

「へ〜、そんなもんなのね」


 本来なら、オカデルの街の時の様に、現地の女の子を捕まえようと考えていたのだが、仕事でそんな時間はなかった。その上、街中もなんだか辛気臭い様子で、とてもナンパできる環境では無かったのだ。

 どうしても我慢できなかったら、緊急ロゼッタ便でロゼッタにVTOL機で来て貰ったり、任務を中断して帰るなりすればいい。まあ、航空機を目撃されて潜入任務をぶち壊すリスクがあったり、警戒が強化されたので再度の潜入が難しくなるので、これらの手段は最終手段になるが……。


 最悪、目の前の女に手を出すのも考慮に入れるべきか……。だが……うん、やっぱ無いな。


「何よ、人の事ジッと見て……」

「いや、何でもない。それより、さっきの話を聞かせてくれ」


 ガラルドの忘れ形見であるカティアに、そんな事をするのは気が引ける。ここは我慢一択だな。

 幸い、整備兵の仕事は俺の好きな機械いじりだ。何かに没頭して、気を紛らわせるとしよう……。



   *

   *

   *



「選定の儀……ねぇ」

「そうよ。連中、それでAMを手に入れてるみたい」


 その後、カティアから“選定の儀”なる儀式に参加することを聞いた。どうも選定の儀とは、腕時計とAMの調達を指しているらしく、選ばれた士官や、有力者の関係者が行うものらしい。

 腕時計やAMの調達に関しては、整備兵の俺でも詳しい事は分からなかったので、これはその謎を解明する、絶好の機会だった。


「う〜ん、そういう事なら俺も潜り込めればいいんだが……難しいか」

「僕も役立てられればいいんですが……」

「ふっふっふっ、話はまだ終わりじゃないわ!」

「……何だよ?」

「選定の儀は、本当なら大勢で向かうらしいのよ。でも、今回はそんなに人数が出せないから、少人数で向かうんですって!」

「で、それが俺達と何の関係があるんだ?」

「明日、選定の儀に向かう準備をするんだけど、その時に護衛の兵士や、整備兵とかの同行者を決めるの。それでヴィクター達を指名すれば……」

「一緒に参加することができると」

「そういう事よ!」


 確かに、身分が高い奴の護衛やら、古くなったAMを動かす為に整備要員が必要だろう。カティアに同行できれば、俺も選定の儀の謎を解明することができる。


「なるほど、だが直接指名するのはダメだな。何かの拍子に怪しまれるかもしれない」

「あ、確かに……どうしよう」

「いや、手はある。ミシェル、炊事兵でミシェルの後に入った奴はいるか?」

「いえ、いないです」

「俺も一緒だ。つまり、俺達は一番の新入りって事になる。客観的に見れば、一番経験が浅くて使えない人間だ。言い方を変えれば、捨て駒にしても問題ないって訳だ」

「直接ヴィクター達を指名するんじゃなくて、新入りを指名すれば良いって事?」

「そうだ。お前の上官には、軍全体の損失を最小限に抑える為とか言っとけ」

「えっ……なんて言おうかしら……」

「ああ……上官に意見するって、やっぱり難しいのか? とりあえず、台本書いてやるよ。後で、練習しとけよ?」

「本当に? 助かるわ!」


 カティアの話では、直属の上官は優しいらしいのだが、軍は序列が絶対だ。上官に意見具申するには、カティアの話術では難しいのかもしれない。

 俺達が選定の儀に参加する為にも、カティアには頑張って貰わなくては……。



 * * *



-翌日 朝

@親衛隊事務室


「し、正気かカティア!? いや、選定の儀を勧めた私が言うのもアレかもしれないが、流石にそれは無謀だぞ!」

「いや、同行者は最低限で! 整備兵一人と、炊事兵が一人もいれば充分よ!」


 翌日、親衛隊の事務室では、カティアとジーナが選定の儀に参加する人選を話し合っていた。そこでカティアは、昨夜のヴィクターの受け売りを提案したところ、ジーナにドン引きされていた。


「お、おいカティア! お前、昨日の説明を聞いていなかったのか!? 危ないんだぞ? それに、怖いんだぞ?」

「ちょっと待って……ええと……新入りである小官に、そこまでの戦力を軍から割くわけにはいきません……この状況下では、損耗は最小限にすべきです……と」

「そ、それはそうだが……」


(な、何あいつ……自分の事、小官とか言うキャラだっけ?)

(な、何かを読んでるような気が……)


 カティアとジーナが大声で話していた為、近くの机で事務作業をしていたティナとエルメアも、思わず目を向けて、耳を立てる。

 エルメアは気がついたようだが、カティアはヴィクターが書いた台本の紙を取り出して、それを音読していたのだ。ちなみにカティアは、ヴィクターが書いた台本を練習することなく、昨夜は爆睡していた……。


「それと……同行者は、新人で充分です」

「な、何だと!?」

(( ……なっ!? ))

「ええ、何々……小官の調べによれば、整備兵と炊事兵にそれぞれ入ったばかりの新兵がいるようです? 新兵なら、損失時の被害は最小限に抑えられます。この二名を同行者とし、少人数で選定の儀に臨めば、人員も車両も損耗は最小限で済む筈です」

「よ、よくそこまで調べたな……?」

「ジーナ小隊長……」

「な、なんだ急に改まって!?」

「自分ならやれます。必ずや、選定の儀を無事に済ませ、帰還します。やらせて下さい」

「……」

(……あっこれで台本終わりだ)


 カティアが台本を読み終えると、事務室内は静寂に包まれた。そして、ジーナが深刻な目でカティアを見つめてくる。


(ヤバっ……何かしたかな?)

「……カティア准尉」

「は、はい!」

「貴様の覚悟……素晴らしい、感動した! 私はお前に、賭けてみようと思う! すぐに上に掛け合ってくるッ!」


 カティアの迫真の演技おんどくにより、心を動かされたジーナは、事務室を飛び出していった。……彼女は真面目な軍人であるが、それゆえに少し抜けている残念な女性だった。


「……ッ!? あ、あの……ムグッ!?」

(おい……黙ってろ!)

(ティナさん!? このままだと、カティアさんが……!)

(良いじゃん。あんたもアイツの事、何か怪しいと思ってたんでしょ? 少人数で、しかも新兵で充分だなんて言う死にたがりは、このまま岩グモの餌にしましょ)

(それは……!)

(このまま、もしあいつが選定の儀を終える事ができれば私達の利益になるし、帰って来なかったらそれはそれ。怪しい奴が居なくなるだけじゃない、違う?)

(うっ……で、でも……)

「ティナ、エルメア、何コソコソしてるの?」

「え? な、なんでもない! それより選定の儀、せいぜい頑張んなさいよ? きゃははッ!」

(うぅ……。何も言えなかった)


 ティナが高笑いする一方、カティアの事を不審に思いつつも、一応仲間なのだからとその身を案じるエルメアであった……。



 * * *



-昼

@モルデミール軍 第1ハンガー


 俺がAMの整備作業をしていると、整備兵の一人が声をかけてきた。


「よおヴィクター、そろそろ飯行こうや!」

「うっす、ゴチになりますパイセン!」

「ははっ、おいおい勘弁してくれよ……」

「いやいや、半分冗談みたいなもんですって!」

「半分マジじゃねぇかよ……」

「そういえば、この機体……親衛隊の機体なんですよね? 他の機体と違いませんか?」


 俺は先程まで博士に頼まれて、親衛隊所属のAMの整備作業をしていた。何でも、腕の駆動系に故障が生じたらしい……。まあ、それは直ぐに修理できたのだが、問題はこの機体がAM-3 サイクロプスだという事だ。

 親衛隊所属機は、いずれも第二世代型のAM-5 アルビオンだったので、何故1機だけより旧世代機のサイクロプスが親衛隊所属なのかと、違和感を感じていたのだ。


「ん? ああ、そりゃロウ少佐の機体だな」

「ロウ少佐?」

「なんだ、知らないのか? ギャレット・ロウ少佐……親衛隊の隊長にして、今のところ軍で一番の腕前の巨人乗りだぞ! 今でもあの御前試合を思い出すな……」

「ああ、あの!」

「ったく、新入りがそんな有名人の機体を弄れるなんてな。お前はついてるな、ホント」


 親衛隊の隊長の事など知らないが、空気を読んで知ったかぶりをする。


 AMにおいて、世代間の戦闘力の格差は大きい。第一世代型が、第二世代型と対峙したらまず勝てない。

 だが、この整備兵の話から察するに、そのギャレットとかいう男は、その不可能を可能にするらしい。相当な腕前なのだろう。もっとも、崩壊後の世界でAMがどのように戦うのか知らないから、何とも言えないのだが……。


「おい、ヴィクター! ヴィクターや、おるか!?」

「ん? どうしたんだろうな博士、あんなに慌てて……」

「さあ? 俺、行ってきますね」

「ああ、先に飯行ってるわ!」


 俺達がダベっていると、ハンガーに博士の声が響く。どうも、俺を探しているらしい。


「博士、どうしたんだ? 腕は直したぞ?」

「何!? あれは、1週間はかかる見込みじゃったんだぞ!? それを……って、それどころじゃないわ! ついて来い!」


 博士に連れられ、ハンガーの外に出て人気の少ない場所へと連れて行かれる。


「……よく聞け、ヴィクター。お前に、選定の儀に参加するよう命令が来た。何でも、親衛隊に新しく入隊した小娘に受けさせるらしい」

(おっ、カティアの奴……上手くいったな)


 その後、博士の口から選定の儀の話や、段取りなどを説明された。一通り喋り終えた博士は、おもむろに俺の肩に手を置くと、ワナワナと震えだした。


「すまん……ワシも猛抗議したんじゃが、命令は覆らなかった……」

「は? いや、そんな事しなくても……」

「クソ、親衛隊めッ! ワシから孫娘を奪ったと思ったら、次はこれかッ! 期待の若者を……こんな、なんたる仕打ちじゃあッ!」

(うわっ、めんどくさ)

「……ヴィクターよ、必ず生きて帰るんじゃぞ!? 危なかったら、その小娘を殺してでも帰って来い、これは命令じゃ! いいな!?」

「は、はぁ……」


 この爺さん……しれっと反逆的な事を言っているが、誰かに密告でもされたら大変な事になりそうだな。人気が無くて良かった。

 何か、博士の大袈裟な反応なのが気になるが、孫が親衛隊に引き抜かれたとか言ってたから、それで気が立ってるのだろうか?


 とまあそんなこんなで、俺も正式に選定の儀に参加できる事になった……。



 * * *



-同時刻

@モルデミール軍基地 厨房


「……持ってけ。食材は配給所で申請しろ」

「は、はぁ……。あ、今日の賄いは?」

「安心しろ、後は俺がやる。今日は、最後の夜を家族と過ごせ……」

「えっ、最後!? それってどういう……」

「じゃあ、達者でな……」

「えぇ……」


 ミシェルは、厨房で鉄人に呼び出されるなり、選定の儀への参加を命じられた。そして、野外用の調理器具などを持たされると、厨房から摘み出されてしまった。


「さ、最後って……どういうことなんですか!?」


 ミシェルの困惑した声が、廊下で響く。



 ちなみに、昨夜のカティアの話で、選定の儀が危険だという話は無かった。その為、ヴィクターとミシェルは周囲の反応がおかしい理由を、選定の儀が始まるまで知る事は無かったのだった……。





□◆ Tips ◆□

【AM-3 サイクロプス】

 数々の試作の果てに完成した、初の量産型AM。第一世代型AMで、元となった作業用パワードスーツの出力を向上させ、装甲を施し、専用の武装を装備させて完成した。その結果、ガッシリとした無骨なデザインとなっている。その名の通り、頭部にメインセンサーやカメラが一点に集中しており、単眼の巨人のように見える。

 動力は、発電用の高性能ガスタービンエンジンとバッテリーの併用。駆動系に一部、油圧機構を採用しているのも大きな特徴。

 崩壊前、連合軍では既に退役しており、予備兵器として保管されていたが、闇ルートで流れた本機が、同盟陣営の内紛やテロで使用されていたりと、AMの中でも一番仮想敵である同盟と戦っていた機体といえる。



【AM-5 アルビオン】

 第二世代型AM。第一世代型と比べて、最初から戦闘目的で開発されている。電力受信機の搭載により、ほぼ無限の稼働時間を持ち、同時に内燃機関の廃止により、被弾時の安全性の向上と、軽量化による機動性の向上が実現した。また、スラスターを用いた限定的な飛翔能力を獲得している。

 第三世代型が主流になりつつあった崩壊前の世界でも、第三世代型への更新がなかなか進まずに、まだまだ現役であった所も多い。

 ノア6にも数機が保管されている。また、モルデミール軍親衛隊にて、多数機が運用されている。

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