第128話 親衛隊
-昼過ぎ(ヴィクターが車の修理を始めた頃)
@モルデミール軍 親衛隊事務室
親衛隊は、つい最近……具体的には、カナルティア侵攻が始まる前に創設された、比較的新しい部隊だ。
この部隊の特徴は、全員が士官で構成されており、かつ全員が“支配者の腕輪”の所持者である事……つまり、AMのパイロットである事だった。
その任務は、閣下ことデリック・エルステッド総司令官と、その関係者の警護が想定されていたが、カナルティア侵攻に際して不足するであろう、街の防衛戦力の一翼を担う事が期待されていた。
また、各部隊から引き抜かれた、選りすぐりの士官達を後方に確保することで、侵攻作戦での損失や、有事の際の戦力にしようという、軍上層部の思惑があった。
規模は24機のAMから成る一個AM大隊を想定していたが、相応しい人材の確保が難しく、未だに編成は完了していなかった。その為、親衛隊は現在……3小隊、11機という中隊規模に落ち着いていた。
そんな中、親衛隊の事務室にあるソファーでは、3人の若き女性士官達が、向き合うように座って話し込んでいた。
彼女達は親衛隊の中でも、モルデミール軍初の女性士官だけで構成された小隊の隊員達で、主に総司令官の一人娘である令嬢の警護を目的に編成されていた。
だが、モルデミール軍に女性士官がそもそも少なかった事と、親衛隊に足る人物が中々見つからず、小隊を名乗るには後一人欠けている状態が続いていた……。
「……今日も来ない。募集をかけた時は長蛇の列だったというのに……。何故だ、市井からいきなり士官待遇なんて、破格の条件だろう!?」
「ホント、お姉様の言う通りよね! 新設された今がチャンスなのに!」
「そ、それは……」
「むっ……エルメア、何か分かるのか!?」
「えっと……やっぱり、ジーナさんの選考方法が……その……」
「何よ、ハッキリしないわね! お姉様の目が節穴だって言いたいワケ?」
「そ、そんなつもりは……!」
「おいティナ……エルメアは小尉、お前は准尉だ。階級はエルメアの方が上なんだから、言葉遣いには気を付けないとダメだぞ」
「あっごめんなさい、ジーナお姉様っ! エルメアって、いっつもおどおどしてるから、つい忘れちゃうのよねぇ〜♪」
「うぅ……」
「で、エルメア。何か言いかけてたな?」
「えっと……やっぱり条件を緩めて、教育していくというのは……」
「「 はぁぁぁっ!? 」」
ジーナとティナが、エルメアの堅実な提案に思わず声を上げる。
親衛隊の募集をかけた当初は、街中で話題になり、募集所には女性が長蛇の列を作っていた。まあ、その殆どが高給目的や、将校との出会い目的だったりと、動機が不純な者が多かったのだが……。
しかし、選考が厳しい事が知れ渡り、今となっては志願者は殆ど来なくなってしまった。今でも、『アットホームな職場で、優雅な日々を』などと謳った詐欺ポスターを街中に貼ってはいるが、その効果は無いに等しかった。
選考は、親衛隊の任務上必要となる、体力試験や戦闘技能の他に、その人物の動機や、目上の者への言葉遣いなど、厳しくチェックされていた。その上、変に気合の入ったジーナにより、選考基準が引き上げられ、とても一般人が突破できるような難易度ではなくなっていたのだ。
また、警備対象となる総司令官の令嬢……姫様からの「若く見た目が良い女性以外認めない」という要求があり、女性隊員の募集に当たり、容貌までチェックされるようになった。
これらの理由により、親衛隊の募集は大いに難航し、募集開始から現在に至るまで、合格者は一人もいない状況だったのだ。
「ダメだ、姫様の要求に応えなくてはッ! 最低限条件を満たし、かつ我が小隊の戦力になれて、姫様を守れる人物でなければ……!」
「そうよ! 何で私達の部隊に、ブスなんて入れなきゃいけないのよ! マジありえないんですけど?」
「でも……誠実で、戦えて、かつ見た目が良い女性なんてそうそういないですよ……。やっぱり、ある程度妥協して条件を絞って、育てていく方が効率的なのでは……?」
「エルメアだって、見た目は……まあ許容できる範囲内だとしても、戦闘は鉄巨人を降りたらダメダメじゃない! 文句言うのは、お姉様みたいに、全部出来るようになってから言いなさいよッ!」
「わ、私は元々整備兵なので……そんな、いきなり戦えと言われても……グス……」
「ほ〜ら、そうやってすぐ泣く! 泣けば解決するって思ってんですかぁ〜?」
「おいティナ、言い過ぎだ。エルメアを引き抜いたのは私なんだぞ? すまないエルメア、つい声を荒げてしまった」
「い、いえ……」
「ふんっ!」
エルメアは、ヴィクターの上司となったグエン・アイゼンメッサー技術大佐の孫娘で、つい最近まで技術部で技術士官として働いていた。彼女は祖父に次ぐ天才として、祖父と研究の日々を送っていた。
しかし技術研究の為に、腕時計と自分のAMを持っていた事が災いし、小隊長のジーナに目をつけられて、無理矢理引き抜かれてしまったのだった。
「だがやはり、姫様の身を守るには、然るべき能力を持った人物でなければならないと私は思う! それに、敵は眠らない。この緊迫した状態で、悠長に教育などできないのだ、分かってくれエルメア」
「そうよ! お姉様の言う通りなんだからッ!」
「は、はい。それはごもっともですが……そんな人物が現れるのが、果たしていつになるか……」
「くぅ……もどかしい!」
「私達だって、鉄巨人に乗りたいのにぃ……!」
彼女達は、小隊の編成が完了していないのをいい事に、他の隊から雑用を押しつけられたり、AMでの戦闘訓練に参加させて貰えなかったりと、親衛隊内でも冷遇されていた。また、編成が完了していないので、本来の任務である、要人警護もさせてもらえなかった。
その現状に、軍への忠誠心に燃えるジーナは、不満を抱えていたのだった。その為、こうしてエルメアに当たったり、仲間内で口論になる事がしばしばあった。
そんな中、事務室のドアがノックされた。
──コンコンコンッ!
「ん? 入れ!」
「失礼します! 募兵所より、親衛隊への志願者を連れて参りました!」
「ド、ドモ……ヨロシクオネガイシマス……」
「「「 ッ! 」」」
彼女達が、編成完了がいつになるかと思案していたまさにその時、ここ最近全くと言って来なかった志願者がやって来たのだ。……そう、カティアである。
ついポカンとする一同だったが、小隊長のジーナが我に帰り、募兵所の兵士に応える。
「あ、ああご苦労。戻っていいぞ、後は任せてくれ」
「はっ、失礼します!」
「あの……貴女、本当に親衛隊希望なんですか?」
「ハイ、ドウゾヨロシクオネガイシマス……」
エルメアの質問に、緊張でカチコチになったカティアがそう答えると、ジーナは立ち上がり、入り口で固まっているカティアの元へと飛んで行った。
「うぉっしゃぁぁあッッ! 君、名前は!?」
「カ、カティア……です」
「カティアか、良い名前だ! 良く来てくれたなぁ、うん。じゃあ、早速試験にするとしよう! さあ、座ってくれ!」
「シ、シツレイシマス……」
「何だ、緊張してるのか? 声が硬いぞ♪」
(お姉様……ここ最近で、一番機嫌が良い)
(だ、大丈夫なんでしょうか、この娘……。他の娘達みたいに、酷い事言われないといいけど……)
その後、ソファーに座らされたカティアは、その場で面接を受ける事になったが、ヴィクターのアドバイスや訓練のおかげで、当たり障りなく答える事ができた。
* * *
-数十分後
@モルデミール軍基地 射撃場
「さあ、次は君の射撃技術をテストするぞ♪」
「は、はぁ……」
面接の後、屋外にある射撃場へと連れて来られたカティアは、自動小銃を渡されて、ジーナと射撃位置についた。
「……おい、エルメア。アイツ、どうなのよ?」
「はい、ティナさん……今の所、面接で変な事は言ってないですし、言葉遣いも緊張してるのか多少固いですが、丁寧です。点数も高いし、凄いですよ! それに、可愛いですよね」
「はっ、どうだかね……。確かに顔と身体は悪くないけど、お姉様の足を引っ張る奴かどうかは、この試験で分かる。
「そんな……。私なんかより、ずっと適性あると思いますよ? ……あっ、始まります!」
「さて、お手並み拝見といきますか」
そんな会話をティナとエルメアがしている中、カティアは射撃の準備をする。試験は、数段階毎に設定された距離にある金属製の
「よし、カティア。弾倉を装填し、レバーを引くんだ。ああ、弾倉っていうのは……」
──ガシャコ……ジャキッ!
「何だ、手慣れてるじゃないか。経験者か? これは期待出来そうだな♪」
「が、頑張ります……」
「よし、じゃあいつでもいいぞ。準備ができたら始めてくれ。初めは一番手前の的からだ!」
「は、はい」
カティアは、自動小銃を構えると、的に狙いを定め、セミオートで次々に発砲していく。慣れていない銃の為、はじめは上手く当たらなかったが、カティアはすぐに癖を掴み、ターゲットに命中させていく。その後も、段々と遠距離に置かれた的へと発砲し、その様子をジーナは満足気に眺めていた。
そしてカティアの結果は、現役のBランクレンジャーだけあって、かなりの高成績となった。
「ちょっとちょっと! あいつ、何か凄くない? 全部で何発当てたのよ!?」
「こ、こんな感じです……」
「はぁっ!? 私以上の成績じゃない、どうなってんのよ!?」
記録をしていたエルメアに、カティアの射撃技術に驚いたティナが詰め寄った。
「素晴らしいッ! 凄いぞ、カティア!」
「ありがとう! ……ございます」
「よし、次は体力試験だ! 練兵場に向かうぞ!」
その後、練兵場を走らされたり、腕立てや懸垂、上体起こしなどの基本的な訓練から、格闘の訓練をしていた兵士達に混じり組手を受けさせられたりと、かなり体力的にキツい試験が続いた。
だが、カティアはそれら全てを好成績で突破していき、ジーナの目は輝いていった……。
* * *
-数時間後
@モルデミール軍 親衛隊事務室
その後、無事に試験を突破する事に成功したカティアは、再び親衛隊の事務室に帰って来ていた。
「親衛隊にようこそ、カティア! 今日からここが、君の職場だ」
「よ、よろしくお願いします……!」
「はっはっはっ、固くならなくていいぞ? 同じ女同士、仲良くしよう。私はこの第三小隊の小隊長、ジーナ。階級は中尉だ」
「階級?」
「ああ、軍の中での序列を表すものだ。カティアは今日から准尉になる予定だ。後で人事課に申請しておく」
(そういえば、ノア6でもそんなのがあったわね……)
「ちなみに、妹のティナと同じ階級だ。どうか、仲良くしてやってほしい」
モルデミール軍の士官になるには、軍の教育機関を卒業する必要がある。もっとも大抵の場合、軍の教育機関に入学が許されるのは、親が軍人の者に限られていた。
だが人材不足の今、そうも言ってられなくなってしまった。そこで、教育機関を卒業していない者でも、特殊な技能を持ち、士官待遇に値すると判断される者は、例外として准尉の階級を与える事にしたのだ。
「ティナよ……よろしくね。あんたより年下だけど、ここでは私が先輩だからね! ナメんじゃないわよ!?」
「は、はぁ……」
「じゃあ、私はロウ少佐の元に編成完了を伝えて来る。お前達は、カティアに制服を着せてやってくれ」
「は〜い」
「わ、分かりました」
「えっ? ちょ、ちょっと何してるの!?」
「はぁ? 何って、制服着せるからそのダサい服脱がせてるんでしょ? ほら、さっさと脱いでよ!」
「自分で脱げるわよ! ……じゃなかった、自分で脱げます!」
「……う〜んカティアさん、結構着痩せするんですね。もうちょっとバストに余裕ある方が良いですね」
その後、カティアは制服に着替えて、正式にモルデミール軍の准尉として認められ、親衛隊に入隊することが決まった。
その後、鏡に写った制服姿の自分を見たカティアは、すっかり舞い上がってしまい、基地を歩いていると、周りの兵士達が姿勢を正して敬礼してくる様を見て、自分が偉くなったと錯覚し、高笑いをあげるのだった……。
* * *
-同時刻
@モルデミール軍 参謀本部 会議室
「……なるほど、相変わらず困った息子だな」
「ご……後日、再び該当する村に赴いて、証拠は全て燃やして回る予定ですが、黒焦げになったジャミル様の機体を見た者が多く……」
「では、ジャミルは敵の部隊と戦闘し、傷付きながらもこれを撃退したという事にせよ」
「はっ! 了解致しました! プロパガンダ放送も準備が整っております!」
参謀本部では、デリック総司令官が、村に収穫と言う名の徴発に向かった筈の息子……ジャミルが、敗走して来たという報告を受け、溜息をついていた。
「閣下、その村の住民の処遇はいかがするので?」
「案ずるな、既に抹殺部隊を送らせた。ギルドがやったように見せかけ、何も知らない処理部隊に燃やさせる手筈だ」
「し、失礼しましたッ! 流石は閣下です!」
「息子の不始末だからな。では、今後の戦略を練るとしようか……」
総司令官がそう言うと、諜報部の将校が手を挙げて、発言を求めた。
「閣下。諜報部より、カナルティアに潜入させていた諜報員からの報告書がまとまりました。残念ながら、作戦の様相を最後まで探っていた者は未帰還となりましたが、作戦開始直前の敵情はお手元の資料にまとめてあります」
「ふむ……カナルティアに進撃させた、鉄巨人部隊はどうなったのだ?」
「カナルティアまでの道中に、部品や機体の一部が散乱しているのを、パトロール部隊が見つけました。恐らく、ギルドの攻撃かと……」
「……やはり、不自然だな」
「はっ、と言いますと?」
「それだけの戦力があるなら、何故奴らは報復に来ない? 私なら、即刻攻め落としに出向くが……」
「鉄巨人を撃破した兵器が、そう簡単に使用できないのでは? もしくは、こちらの攻撃で損傷したとか」
「いずれにせよ、詳細を知る為には、もう一度カナルティアに諜報員を送り込む必要があるでしょう」
彼らは、自分達の戦力と作戦に自信を持っていた。だからこそ、今回の侵攻作戦の失敗は全く想定しておらず、今後の対応についても未だに各部署で混乱している状態だった。
だがそんな状態でも、意見が割れて軍が二分されたり、内紛が起きないのは、総司令官を中心とした独裁体制のおかげでもあったりする。
「……そういえば、帰還した諜報員の話に、気になるものがありました」
「ほう、話してみよ」
「はっ! 何でも、レンジャーの中に遺物を自由に使いこなし、異常なまでの戦闘力を持つ者がいるとか。侵攻作戦を担当した者が、大変警戒していたそうです」
「レンジャーというのは、ギルドの傭兵の事か? だが遺物を使いこなすとは言え、所詮個人の戦力など限度があるであろう?」
「はい。しかし、該当する人物は、フランベル大佐の部隊と交戦したと考えられておりまして……」
「奴がマーカスを倒したと?」
「その可能性は高いかと……」
会議室は、諜報部の発言で騒然とする。
「馬鹿な、鉄巨人だぞ? 生身の人間に勝てるものか!」
「フランベル大佐は、断っていなければ親衛隊を任された程の腕前だぞ? そんなのに、歩兵が敵うものか!」
「……静まれ!」
「「「 ……ッ! 」」」
「にわかには信じられん。だが、そういう人間がいると仮定して、そんな奴が工作員としてこちらに潜り込んできたとしたら……どうなる?」
「こ、この基地には、車両多数、鉄巨人も数十機あります。もし、全部使い物にならなくなれば、我が軍は戦力の大半を失う事になるかと……」
「き、基地の通信施設を万一破壊されますと、各地との連絡が途絶えるだけでなく、我が軍の戦術にも影響が出ます!」
「お前達は、先日の配給所襲撃を忘れたのか? あれがギルドの仕業だとしたら、工作員が既に潜入しているという事にならないか?」
司令官の一言に、再び会議室は騒然となる。
「だ、大至急、親衛隊の編成を完了します!」
「よい。急募の部隊で、いざという時に連携が取れるとも思えん、編成は急がせるな。既に中隊規模はあるのだろう?」
「はっ、了解致しました!」
「それから諜報部……そのレンジャーとやらの情報は調べたのだろうな?」
「はっ! ヴィクター・ライスフィールドという名前だそうです!」
「ほう、面白い名前だな。いつか、教えてやりたいものだな……
* * *
-数十分後
@モルデミール軍基地 兵器試験場
モルデミール軍基地の外れには、AMや戦闘車両用の試験場が併設されており、主にAMによる訓練が行われていた。
現在、試験場は親衛隊の貸切の時間となっており、第三小隊以外が訓練を行なっていた。ちょうど訓練がひと段落したのか、隊員達がAMを降りて談笑している。そこへ、車に乗ってやってきたジーナは、キョロキョロと辺りを見渡し、とある人物を探す。
「おっ、これはこれはジーナ中尉じゃないですか? もしかして、俺に逢いに?」
「ば〜か、誰がテメェの相手なんかするかよ!」
「そんな事より、ここは危ないぜ? 女は帰りな」
(くっ、こいつら……階級は私の方が上だと言うのに! ……だが、そう言っていられるのも今の内だ!)
「お前達、第一小隊の者だな? ロウ少佐はいるか?」
「おろ? 何かジーナちゃん、いつもと違うね。何かいい事でもあった?」
「……私は中尉だ、言葉づかいには気をつけてくれ」
「マジか、いつもならブチ切れてるのに……」
「けっ、つまんねーな!」
ジーナが男性隊員達に囲まれていると、制服を着崩した一人の男が近づいて来た。
「おっジーナか? 一体どうしたんだ?」
「「「 隊長、お疲れ様ですッ! 」」」
男の登場に、先程までふざけた態度を取っていた隊員達は姿勢を正し、男に敬礼する。男は、親衛隊の隊長……ギャレット・ロウ少佐であった。
「待たせたなお前ら。燃料補給は終わった、あともう一戦やろうぜ!」
「「「 お供いたしますッ! 」」」
「で、ジーナは何の用だ? この試験場に、第三小隊の用は無いはずだろ?」
「くっ……ゴホン! 報告します! 本日、第三小隊の編成が完了しました」
「おいおいマジか! お前、選考基準を馬鹿みたいに上げてただろ? そんなスゲェ女が見つかったのかよ!?」
「はい。つきましては、我々も明日から鉄巨人での訓練に参加させて頂きたく……」
「……ダメだな」
「……えっ?」
「お前達の訓練参加は許可できないな。新人が入ったのはいいが、まだそいつ“選定の儀式”済ませてないんだろ?」
「あっ……」
「そいつの機体が無い以上、お前達はまだ編成完了とは言えねぇな。まあ、冬になれば儀式もやりやすくなるだろうし、それまでは座学でもさせとくんだな」
「ま、待ってください! せめて、我々だけでも……!」
「おいお前ら、機体に乗り込め! 訓練を再開するぞ!」
ギャレットは、制止するジーナを無視すると、自分のAMに乗り込み、他の機体と共に試験場へと歩いて行った。
その様子を、ジーナは拳を握り締めながら見上げていた。
「こうなったら、多少無理をしてでも……!」
* * *
-翌朝
@モルデミール 隠れ家
「かっ……は……ぐ、ぐるじい!」
「おいカティア、何でそうなるんだよ!?」
軍の朝は早い。全員が自宅通いになったので、毎晩情報交換することができる事は都合が良かったが、全員で出勤するとなると、どうしてもバタバタするものだ。
カティアが制服に着替える際に、ネクタイが締められないと言うので、結び方を教えてやったのだが、何故か自分の首を締め上げてしまったらしい……。何をやってるんだか。
仕方ないので、結び目を解いて、カティアを解放してやる。
「ぷはっ……あ〜、死ぬかと思った……」
「何でそうなるのか、教えて欲しいくらいだ」
「大体、ネクタイって首絞まって嫌なんだけど」
「その代わり、お前でも偉そうに見えるんだ。我慢するんだな」
「何よそれ! 私じゃ役者不足だって言いたいの!?」
「おい、そんな事よりさっさとネクタイを締めろ。遅刻しても知らないぞ?」
「あっ、ヤバ! ……グエッ! ダズげで……!」
「あ〜、もういい。俺が結んでやるから、じっとしとけ!」
カティアのネクタイを結んでやると、カティアは制帽を被り、ドヤ顔を向けてくる。
「……なんだよ?」
「ふふん、何か言う事あるんじゃない? 上官に対して」
「はぁ……今日も良くお似合いですね、准尉殿」
「でしょ! う〜ん、やっぱり権力って最高ね! 相手に無理矢理、好きな事言わせる事が出来るんだから♪」
「ん? いや、正直似合ってるぞ。もし崩壊前にお前が軍にいたら、口説いてたかもしれない」
「えっ!? そ、そうかしら……そっか……」
「……いや、何本気になってんだよ、冗談に決まってるだろ?」
「なっ!? くっ……このクソ野郎ッ!」
「悪かったよ。でも、似合ってるのは本当だ。もっと胸張って歩けよ」
「た、大変です皆さん! 表に車が停まりました!」
俺とカティアがふざけていたその時、ミシェルが部屋に飛び込んで来た。どうも、敵の車両が隠れ家にやって来たらしい。
ミシェルの言葉を聞いた俺達は、武器を手に取ると、窓のカーテンの隙間から外を伺う。隠れ家の前には、一台の車両が停まり、中から制服を着た3人の女が降りて来た。
「……車両は一台、敵は3人だ。……ん? 全員女だな」
「あ、あれは……」
「何だ、カティア?」
「親衛隊の人達よ。私が出る!」
「分かった、窓から見張ってる。もしもの時は援護する、気をつけろよ?」
「分かった!」
「ミシェル、チャッピーの準備だ! いざと言う時は、シャッターをブチ破って突撃させろ!」
「わ、分かりました!」
カティアは、用心しながら隠れ家を出ると、女達の元へと歩いて行く。その様子を監視しつつ、俺は耳を澄ました。
「おはよう、カティア!」
「お、おはよう……ございます。えと、どうしてここに?」
「いや、聞けばカティアの家は街の郊外というではないか。しかも、兵舎の利用申請はしなかったのだろう? だったら、ここまで迎えに来れば、基地まで歩く時間をお前の教育に充てられると考えたのだ!」
「は、はぁ……」
「つまり、あんたの為にわざわざお姉様が迎えに来てあげたワケ! 感謝しなさいよね!」
「あ、ありがとうございます?」
「さあ、乗った乗った! ……よし、エルメア出してくれ」
「は、はい!」
──ブロロロロ……。
カティアは、女達と車に乗り込むと、そのまま連れて行かれた。話の内容から察するに、仲間が迎えに来てくれたらしい。どうも親衛隊は、かなり優遇されてるらしいな。
だが、女だけの小隊と聞いていたが、さっきの連中の中に、ミシェルと同い年くらいの娘が混じっていた気がするが、大丈夫なのだろうか? それだけ、人材不足が深刻なのだろうか? ……今後、その辺もしっかり調査するとしよう。
「あの、カティアさん……大丈夫なんでしょうか?」
「ああ。多分、迎えが来ただけみたいだな」
「迎えですか? わざわざ基地まで送迎してくれるなんて、凄いですね!」
「それでアイツが調子に乗らなきゃいいがな。……おっ、もうこんな時間か。ミシェル、俺は先に出るぞ? 戸締りよろしくな!」
「あっ、はい。いってらっしゃい!」
俺は、モルデミール軍の基地へと歩き出した……。
□◆ Tips ◆□
【親衛隊】
デリック・エルステッド総司令官の警護を名目に創設された、AMの大隊。要人警護の他、モルデミール軍基地の守備や、周辺警戒などを任務とする。
カナルティア侵攻作戦が発動する以前に新設され、未だに編成中である。目標は24機編成だが、現在はまだ半分に満たない、11機しか揃っていない。隊員は、各地に展開する部隊や士官候補の中から、模擬戦などでAMの戦闘成績が高い者を引き抜いて集めている。基本的に、高性能機である“AM-5 アルビオン”を乗機としている者が多いが、これは希少な当機を後方に温存する為の方策でもある。
指揮官は、ギャレット・ロウ少佐。
【親衛隊 第三小隊】
モルデミール軍初の、女性士官だけで編成されたAM小隊。親衛隊の小隊の一つで、他の小隊とは違い、女性だけで編成されている。その性質を活かし、総司令官の令嬢……ミリティシア・エルステッドの身辺護衛役を担う予定。
候補者が確保できず、ほぼ活動停止状態にあった。小隊長は、ジーナ・エスパリア中尉。
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