第124話 戦後処理

 内戦……7日間戦争が終結してから、カナルティアの街には各地の村々に派遣されていたレンジャー達が、次々と帰って来た。彼らは街の惨状に愕然とし、自分達が不在の時の街の様子を知って驚いたそうだ。

 ギルドは、支部長の権限により、レンジャー達に日当を支給する事で、街の復興作業に従事させる事を決定した。多くのレンジャーは、割のいい仕事だと喜びながら汗を流したそうだ。



 降伏した自治防衛隊……モルデミール軍の捕虜達だが、カナルティアの街の政治機能が麻痺している状況なので、ひとまず彼らの処遇を決めるのは延期とされた。だが、街の復興に人手が必要な状況だった為、警備隊の厳しい監視の下に、急遽復興作業に駆り出される事となった。

 捕虜達からの人望が厚かったクランプ准将の協力もあり、心配されていた脱走や反抗なども起きず、皆作業に没頭しているそうだ。



 内戦の影響で、カナルティアの街は1週間以上も交易がストップしてしまった。食料の大半を交易により賄っているカナルティアの街では、深刻な食料不足が心配された。

 だが、時を同じくしてガフランク農園連合より大規模なキャラバンが到着した事で、問題は解決された。その後も、追加の大口発注を受けて、ガフランク農園連合は過去最高の売り上げを記録したという。



 * * *



-内戦終結の翌日 朝

@グラスレイク ギルド出張所(仮)


 グラスレイクでは、避難していたギルド職員達が、内戦終結の知らせを受けて、街へと帰る準備をしていた。これから、各地に派遣されていたレンジャー達が帰還してきて、色々と忙しくなる事が予想される為、支部の再開準備をしなくてはならないのだ。


「ほらブレア、カナルティアの街に帰るわよ。皆準備できてるんだから!」

「……フェイ姐さん」

「何かしら、ブレア?」

「帰りたくない! あーし、ここの出張所で受付嬢やるっ!」

「ダメよ、ここには私が来るんだからッ! それに、まだここは正式な出張所じゃないし。大体、貴女ここに来た時は田舎なんて嫌だって言ってたじゃないの!」

「だって、こんな素敵な所だと思わなくて……。この出張所だって、小さな街の支部並の規模あるし、色々とヤバいっしょ! これで、出来たての村とか将来有望過ぎって感じだし!」


 フェイは、将来自分で働く事を見越して、出張所建設に際して様々な要望を出していた。そして、建設した村人達も、本気を出してその要望に応え、その全てが実現されていた。何故なら、フェイはこの村の村長にして神である、マスク様の妻なのだから。その言葉は絶対に近かった。

 ……まあ、勝手が分からずにフェイの指示に従っただけというのもあるが。何せ崩壊前の建材は、素人でもハンマーとドライバーがあれば建物を組み立てられるのだ。多少の無茶も可能だった。


 その結果、グラスレイクのギルド出張所(仮)は、受付用のカウンターに、待合スペース、職員用デスク、レンジャー用の簡易宿泊所、金庫室、医務室、職員用の仮眠室、給湯室にギャレー、資料室、会議室、そしてフェイ専用の執務室などなど……色々と完備されており、もはや出張所ではなく支部を名乗っても差し支えないレベルとなっていた。これには、避難してきた他の職員達も、度肝を抜いていた。

 さらに、村自体は平和そのもの。村人達は、変な宗教(マスク教)を信仰しているようだが、穏やかでお互いに協力し合って生活しており、トラブルも無い。景色も美しいし、住むには理想的な環境だったのだ。


 ブレアにとっては、仕事が少ない上に、住みやすいという理想的な環境だった。多少田舎ではあるが、カナルティアの街まで1日の距離だし、我慢はできる。それに……


「貴女、仕事サボりたいだけでしょ! 今は緊急時だから、ちゃんと働かなくちゃダメよ!」

「うげぇ、だる〜!」

「……アレッタ、ブレアの脚持って」

「は、はい……」

「ちょっ! アレッタ、フェイ姐さん!? 自分で歩く、歩くからぁ! やだ……パンツ見えちゃう! てか見えてるってッ!」


 そう、カナルティアの街に帰ると、とても忙しくなるのは目に見えていたのだ……。


 痺れを切らせたフェイは、アレッタにブレアの脚を持たせ、自身はブレアの身体を持つと、カナルティアの街に帰る為のトラックに連行していった……。




「「 行ってらっしゃいませ、奥様! 」」

「ええ、行ってくるわ。家の事は任せたわね。……いいわ、出して頂戴」

「へい、奥方!」


 フェイは、ヴィクター邸のメイド達に見送られながら、トラックの運転手に出発を命じた。その言動と態度は、すっかり村長夫人そのものであった……。



 * * *



ー同時刻

@街西部地区 警備隊本部


「はい、次の書類ですよ隊長」

「なあ新入り、何だよこの書類の山は!? 一人で処理し切れる訳ねぇだろ!!」

「隊長が調子に乗って、議会を燃やしちゃうからでしょうが! 各方面から説明を求められてるの知ってるでしょう!?」

「わ、悪かったよ……」


 警備隊長、ノーマンのデスクには大量の書類が積み上げられていた。現在カナルティアの街は、議会が焼失した事と、首長が殺された事により、街の政治機能が麻痺している。その為、警備隊長であるノーマンがその代行業務を渋々行っていたのである。

 何故彼かと言うと、議会を燃やした張本人で、ギルドからクーデターにより政権を奪取したと認められてしまったからだ。


「クソォ、建物一つ燃やしたくらいで、何でこんな事しないといけないんだ!? 部下に投げようにも、全員忙しいしよぉ!」

「そりゃ皆さん復興作業やら、巡回で出払ってますからね。自分も手伝うんで、さっさとやっちゃいましょう!」

「くそ……いつもは頼りないのに、事務作業の時は偉そうにしやがって……。あ〜何々、議会の再建見積もりに、レンジャーへの報酬請求書、捕虜の食費の見積もりに、街の被害見積もり……だぁ〜金金金! 数字は苦手なんだよ! てか、皆仕事早すぎだろ、どうなってんだよ!?」

「そりゃ、お金が絡んでますからね」

「つーか、そんな大金どこにも無いぞ!? どうすりゃいいんだ!?」

「う〜ん……あっ、捕まえた商工会の幹部とか議員から、財産を没収するとかどうです? 事件に乗じてかなり荒稼ぎしてたみたいですからね」

「そ、それだぁ!」


 新入りの妙案により、金欠を打破したノーマンは、後に街の議員に推薦され、その後首長に当選し、本当に街の政権を握る事になるのだった……。



 * * *



-同時刻

@ノア6 ジム


 フェイ達がグラスレイクを出発した頃、ノア6にあるジムにて、ジュディ達がトレーニングに興じていた。現在、バーベルを担いだカイナがスクワットをしており、それをジュディが監督していた。

 筋トレが趣味のジュディは、ノア6でロゼッタの教育や、崩壊前の雑誌を読んでいたので、その辺色々と詳しかった。その為、よくこうしてトレーナーのような事をしているのだ。


「ほら、後2回! もっと腰落として……背中は真っ直ぐに! 腰壊れるよ!」

「ぐ……げ、限界っす〜ッ!」

「ほら、後1回!」

「ひぃ……ひぃ……あぁぁッ!」

「はい、お疲れ」


 ジュディは、フラフラのカイナを支えると、パワーラックに担いでいるバーベルを乗せる。


「はぁはぁッ……あ、脚とお尻がガクガクっす……」

「効いてる証拠だよ。じゃ、1分後にウェイト減らしてもう1セットね」

「ひぃぃぃッ!?」


 ノア6のジムには、ウェイトトレーニング用の機器や、各種マシンが完備されていた。内戦が終わったという知らせを受けた彼女達は、今後自分達のチームで自立していく為の準備の一環として、今日一日トレーニングをすることにしたのだ。


「ジュディ、ちょっと見てほしい」

「ちょっと待って、ノーラ。カイナ、ほら時間だよ。そのウェイトであと1セット、さっきより軽いけど姿勢は崩さないようにね!」

「は、はひぃ〜!」

「じゃあ、行こうかノーラ」


 ノーラに呼ばれたジュディは、サンドバッグの前にやって来る。ノーラは、サンドバッグの前で構えをとり、深呼吸をすると拳を打ち込み始めた。

 ジュディはその様子を眺め、ノーラの改善点を指摘していく。


「……ふっふっ!」


──ボスッボスッ!


「もう少し、実際に相手と対峙するイメージで。アタシとか、ママとか。フェイントを入れて、相手を翻弄しないと、身体の小さいノーラはすぐにやられるよ!」

「う、うん……分かった! ふっふっ!」

「アッパーは、もっと重心を低くして相手の懐に入る! それから狙いは鳩尾か、できれば顎を狙って。敵が男なら、懐に入って膝蹴りで玉を潰すのもあり!」

「……せいやッ!」


──ボグッ!


 ノーラの膝蹴りで、鎖で吊るされたサンドバックが、ゆらゆらと揺れる。


「そう、そんな感じ!」

「ん、ありがとう」

「今ので敵には隙ができるだろうから……」

「後は逃げるなり、ナイフ抜いたり……好きにできるね」

「た〜す〜け〜てぇ〜ッッ!」

「「 ん? 」」


 情けない声がする方を見ると、カイナがバーベルを枕にして床に寝転がっていた。


「……何してんの?」

「カイナ、大丈夫?」

「いや、最後の最後で後ろに倒れちゃって、起き上がれないんすよ……」

「はっ? いや、その体勢なら立てるでしょ、普通に。別に、バーベルに潰されてる訳じゃないんだから……」

「そ、それが……脚がガクガクで、立てないんす! それに、なんだか吐き気が……うぷっ!」

「あ〜、慣れない内に重い奴挙げるとスゲェ気持ち悪くなるよね。しばらく休んでな、ほら……」


 ジュディはカイナを起き上がらせると、近くのベンチに座らせた。そして、ノーラの元でトレーナーを再開する。その顔は美しく、充実している様子だった。



 * * *



-同時刻

@ノア6 会議室


 同じ頃、ノア6の少人数用の会議室に、ミシェルとロゼッタの姿があった。


「お身体は大丈夫ですか、ミシェルさん? あまり無理はされなくても大丈夫ですよ?」

「頂いたお薬のおかげで、大分良くなりました。大丈夫ですロゼッタさん」

「そうですか……。それにしても、ミシェルさんは勉強熱心ですね。他の方達より飲み込みも早いですし、授業のレベルを高めてもいいかもしれませんね」

「が、頑張ります!」

「では、今日は人体の構造について学びましょう。自身の身体のつくりを知る事は、生きていく上で重要な事です」


 体調の悪かったミシェルだが、ロゼッタの処方した薬や、支給された生理用品のおかげで、大分落ち着きを取り戻した。そして、ジュディ達がトレーニングに興じる中、暇を持て余すのも耐えられなかったのか、こうしてロゼッタに授業を頼んでいたのだ。

 今回の授業は保健の科目の予定だったが、ロゼッタはミシェルのレベルに合わせて、より高度な解剖学や機能形態学を織り交ぜながら授業を進める事にした。


 ロゼッタは、モニターに資料を写しながら授業を始め、ミシェルはモニターを食い入るように見つめていた。



 * * *



-内戦終結の翌日 夕方

@街中央地区 ローザ服飾店


 戦いが終わり、休息を取ろうとノア6へ帰ろうとしていた俺とカティアだったが、そうは問屋が卸さなかった。支部長に捕まってしまった俺達は、敵の残党が潜んでいないか、街中をパトロールする事になってしまったのだ。

 もうすぐフェイやモニカが、避難していたグラスレイクから帰って来るそうなので、丁度良いかもしれない。


「これは酷いな……」

「ここ、前に来たお店よね?」


 中央地区をパトロールしていると、馴染みの店が変貌を遂げているのが目に入った。俺がノア6を出てから服を購入していた店で、モニカの古巣であるローザ服飾店だ。

 店のショーウィンドウには車が突っ込んでおり、そのまま炎上したのか、周りは黒焦げだった。


 店のドアを開けるが、音がしない。いつも『カララン♪』と訪問者を歓迎していたドアベルも、焼け落ちたか吹き飛んだのだろう。


「あら、ヴィクターさんじゃない!」

「ローザ、無事だったか」

「あら、心配してくれたの?」

「まさか。誰が男の心配するかよ。……にしても、酷い有様だな?」

「そうなのよ! 私が手間暇かけて作った子達なのに……。でも安心して、新作だけは大丈夫だったわ!」

「げっ……そ、そいつは!?」


 ローザは、ムキムキなマネキンを抱えると、俺の前に持ってくる。ローザの趣味である、理想のレンジャーを表現したという、パンクで退廃的な世紀末ファッションだ。

 今回は、古タイヤ?にビスを打ち込んだ肩当てと、ぶっとい鎖をクロスしたサスペンダーに、膝当て付きの革ズボンといったスタイルだった。……当然、ほぼ上裸だ。うっ、頭が痛い。


「ねぇ、片付け手伝う? 人呼んで来ようか?」

「いや、大丈夫よ。ありがとうね、カティアちゃん」

「にしても、これじゃ再開までは時間がかかりそうだな?」

「……いや、再開はしないつもり。後片付けをしたら、この街を出ようと思ってるの」

「なに? この惨状に参ったとかか?」

「違うわよ。……元々、旅をしてみたいって気持ちがあってね。旅先で得たインスピレーションを、作品に活かせるんじゃないかって。今回は、その踏ん切りがつくいい機会になったわ……」

「そうか……」

「ヴィクターさん、良かったら一緒に……」

「いや、行かねぇよ!? 何言ってんだお前!」

「そ、そうよ! ヴィクターが居なくなると、私が困るの!」

「もうっ、つれないわね! そうだ、これヴィクターさんの為に作ったの、あげるわ!」

「いや、いらねぇわッ!!」


 ローザは俺にマネキンを突き出してくる。正直……いや、本当に要らないのだが、ローザの圧が強すぎて受け取ってしまった……。後で処分を考えなくては。

 

「じゃあ、後でモニカを連れて来るわ。挨拶くらいしときたいだろうしな」

「あら本当に? しばらくはこの街にいる予定だから、いつでも来て頂戴。あっ、その時はそれを……」

「いや、着ないからな?」

「もうっ! ……でも、来てくれてありがとうね」

「ああ、じゃあまたな」


 ローザに別れを告げて、店を出る。


「どうするの、それ?」

「……ガレージに置いて来るか」


 ムキムキなマネキンを抱えているのを、街の住民から変な目で見られながら、俺達は夕陽が差す街を歩き出した。



 * * *



-同時刻

@モルデミール軍参謀本部 会議室


「それは本当なのか?」

「はっ! 未だに侵攻部隊から連絡がありません。恐れながら、カナルティア侵攻は失敗したと見る他無いかと……」

「フランベル大佐に続き、クランプ准将まで……」

「な、何という事だ……。何年もこの為に準備していたというのに」


 カナルティアの街の北東……モルデミールの参謀本部では、重苦しい空気が漂っていた。

 長年、準備に準備を重ねてきたカナルティアの街への侵攻作戦……それが、大失敗に終わったのだ。


 その軍事的損失は大きく、モルデミール軍は再編を迫られる事となった。


「騒々しいな、諸君」

「「「「 か、閣下ッ!? 」」」」


 そんな重苦しい空気の中、中年のとても偉そうな男が会議室の中に入って来た。その瞬間に、全員椅子を立ち、直立不動の姿勢を取る。

 閣下と呼ばれたその男は、空席となっていた上座の豪華な椅子に、当然のように腰掛ける。


「総司令官に、敬礼ッ!」


 男が腰掛けると、全員が上座に向けて敬礼をする。敬礼を受けた男は、腕を上げて応えると、全員席に着いた。


「諸君、話は聞いた。確かにこの失敗は大きい……だが君達の仕事は、過去を嘆く事ではない。今後に備える事だ、違うかね?」

「「「「 仰る通りであります、総司令官! 」」」」


 上座の男は、モルデミールの最高権力者にして、今回のカナルティアで起きた一連の事件を引き起こした張本人……デリック・エルステッド総司令官であった。


「今回は、私の人選ミスも一因だろう。確か……プルートとか言ったか?」

「いえ、奴が閣下の期待に応えられない無能だったのです。閣下が気に病む必要はございません!」

「奴の事はもうよい。さて、今後我々はどう動く?」

「はっ! カナルティアの街や、ギルドからの報復に警戒すべきでしょう!」

「前者は街の復興で手一杯で、しばらくは大丈夫なはずだ。だが、後者は警戒が必要だな……」

「その為にも、兵力の拡充が必要かと。引き続き、軍は募集を続けると共に、市井の取り締まり強化により、兵員を補充致します!」

「それから、そろそろ収穫の時期ですので、近隣の村へと収穫部隊を派遣します」

「今回の収穫は徹底的にやれ。ギルドが攻めて来た時に、奴らが得る物は無いようにな……」

「そ、それは焦土作戦という事ですか!? し、しかし……」

「しかし……何だね?」

「あっ! い、いえ……その……恐れながら、それは余りにも……それでは住民達は冬が越せなくなるかと……」

「自分達の犠牲がモルデミールの勝利になるのだ。名誉な事であろう? それに、冬という先の事より、敵の来襲という喫緊の課題に対処すべきだ、違うかね?」

「し、しかし……」

「はぁ、もう良い……憲兵、コイツを連行しろ。大局を見極められん愚か者は要らん、次ので裁いてやれ!」

「「 はっ! 」」

「なぁッ! ま、待って下さい閣下! ……クソ、大局を見極められないのは貴方だ!」

「黙れ、不敬だぞ! 大人しく連行されろ!」


 反論した者が、控えていた憲兵に連れて行かれる様を、会議室にいる者達は固唾を飲んで見守り、総司令官は邪悪な笑みを浮かべていた。


「ああそうそう、息子のジャミルが暴れたがっていてね。適当な村へ、収穫に連れて行ってやってくれ」

「「「 り、了解しました! 」」」


 総司令官……それは、かつて連合軍のトップを示す肩書きであり、ヴィクターの持つ現在の肩書きと同じであった……。



 * * *



-同時刻

@Bar.アナグマ


「……いらっしゃい。」

「良かった、この店は無事だったんですね。まあ、貴方がいれば大したことは無かったですかね?」

「……客じゃなかったら、帰ってもらうだけだ。」


 夕陽が差す中、バー兼ギルドの武器屋であるBar.アナグマに支部長が訪れていた。

 7日間戦争中、この店にも略奪に来た者達がいたが、その全てを店主のボリスは撃退していた。その為、店は以前と変わらない様子だった。


「……何の用だ、デロイトさん?」

「任務です。今回の任務で、君のマイナス査定を見直しできます。やって頂けませんか?」

「……断る」

「ええっ!? せ、せめて話だけでも……」

「……ダメだ」

「ど、どうしたんですか? 以前は、B-ランクなのを恥じていたじゃないですか?」

「……気に入ったんだ、この店が」

「……なるほど。君にこの店を任せてるのも、罰則の一環でしたしね」


 ボリスは、普段バーテンダーをしているが、現役のレンジャーである。Bランクという、高ランクレンジャーなのだが、昔起こした事件によりランクにマイナスが付いてしまった。

 その罰則として、ここBar.アナグマの管理を任されていたのだ。


 彼は当初、マイナス査定を解除する為に仕方なく店主を引き受けていたが、次第に情が移ったのか、店主の仕事を続けたいと考えるようになっていたのだ。


「君さえ良ければ、このままこの店を任せてもいいですよ?」

「本当か!?」

「ええ、それが不服でまた暴れられると困りますからね。ただし、任務を引き受けてくれるのが条件です」

「……聞こう」


 支部長は、任務の詳細をボリスに話すと、店を出て行った。残されたボリスは厳重に店を閉めると、ガレージに停めてあったバイクに跨り、走り出した。


「……先に行ってるぞ、ヴィクター」

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