第116話 内戦2

-内戦2日目 昼

@レストランベアトリーチェ 厨房


「〜♪」

「あれ、オーナー? 何してるんですか?」

「ハムをスライスしてるのさ」

「いや、見れば分かりますよ。しかもそれ、最高級の奴じゃないですか? こんな状況じゃ、お客さんなんて来ないでしょうに……」

「いや、そろそろ来る頃合いじゃないかしら」

「はぁ?」


 厨房で、ベアトリーチェが塊の生ハムを、鼻歌交じりにスライスしていた。外から銃声が聞こえてくるようなこの状況では、レストランに客なんて来そうにないのにも関わらず……。


「そうだ、手が空いてるならカルボナーラのソースを頼んでもいいかい? 卵も悪くならない内に食べた方がいいだろうし、グアンチャーレも使いかけがあっただろう?」

「ああ、ジェイコブ神父ですね! 任せて下さい」


 しばらく、厨房で料理をしていると、店の中が騒がしくなる。すると、別のスタッフが厨房にベアトリーチェを呼びにやって来た。


「オーナー。ちょっと厄介なのが来店しました」

「分かった、今行くよ。ちなみに、どんな容貌だい?」

「赤いシャツです」

「ああ……じゃあ死んでもらう前に、少しお話ししようかね。悪いけど、マッシュルームをガーリックで炒めてから、この生ハムを詰めといてくれるかい?」

「分かりました。お任せ下さい!」

「頼んだよ!」



 * * *



-同時刻

@レストラン店内


「お客様、困りますよ……」

「だから、俺達は客じゃないって言ってるだろ!」

「でも、確かにいい匂いがするな。なあ、少しくらい食って行っても……」

「なら、お前が分隊長を説得してくれ!」

「じ、冗談だって!」


 店内には、自治防衛隊の隊員が2人、スタッフに詰め寄っていた。彼らは、近隣の店や飲食店に対し、食料の徴発をしに来た部隊の一員だった。


 自治防衛隊は、食料の備蓄は万全の状態にある。にも関わらず、こうして徴発行為を行なっているのは、警備隊に対する兵糧攻めの意味合いがあった。

 警備隊は、丁度備蓄の更新時期にあり、備蓄食料を放出していた。また、誰かが死都の奥の辺境に、村を建設すると言い出した為、本来なら放出しなくて良い物も放出してしまっていたので、備蓄はほぼゼロの状態となっていたのだ。

 その為、自分達が先に徴発を行う事で、警備隊に流れる食料を限りなく抑えてしまおうとしていた。


 そして、隊員達がスタッフに詰め寄る中、店の奥からオーナーであるベアトリーチェが姿を表した。


「これはこれは、本日は当店にようこそいらっしゃいました」

「ん、何だ貴様は!?」

「当店のオーナーでございます」

「そうか、貴様が店主か……だったら話は早い。この店の食料を、全て自治防衛隊に差し出して貰おう」

「あら、当店にはお食事に参られたのではないのですか?」

「ええい! さっきから、何なんだこいつらはッ!? いいから、大人しく食料を差し出せ!」

「おい、あまり乱暴な事は控えろとの命令だぞ!」

「知るか! もう我慢ならん!」


 隊員の一人がベアトリーチェに詰め寄ると、拳銃を突きつけた。


「まあ、怖いですわね」

「だったら、従って貰おうか!」

「はあ、仕方ないですね。……殺ってちょうだい、コイツだけ残せばいいわ」

「「「 はい 」」」


 ベアトリーチェがそう呟くと、周りのボーイやコックが素早く動き、ベアトリーチェに拳銃を突きつけている隊員を素早く複数人で取り囲むと、その首元にナイフや包丁を突きつける。


「な、何をッ!?」

「……んぐッ!? かひゅッ……がッ!」


──ゴキリッ! ……ドサッ


 そして、取り囲まれた隊員の背後から、何かが砕けるような、折れた様な音が聞こえた。その直後、隊員の足元に相棒の身体が前のめりに倒れて来た。

 その首は180°回転させられており、前のめりに倒れたにもかかわらず、自分の顔を見上げていた。


「ひっ!」

「当店で武器を抜くのは禁止しております。これは預からせて貰いますね?」


 ベアトリーチェは、取り囲まれた隊員から拳銃を奪うと、今度は逆に隊員の頭にその拳銃の銃口を突き出す。


「あ、相棒を殺したのか!? な、何てことを……!?」

「はぁ……。アンタ達、この街の人間じゃないんだろう? だったらこの店には来ない筈だよ」

「な、何だと!?」

「ま、いいさ。ああ、質問には大人しく答えた方がいいよ? じゃなきゃ、身体の先から挽肉にされるからね」

「ど、どういう意味だ!?」

「さ、特別席に1名様ご案内だよ。連中の正体とか、目的とか、知ってる事は全部吐かせてちょうだい」

「「「「 かしこまりました 」」」」

「ま、待て! おい、やめろーッ!!」


 隊員の男は、店の奥へとスタッフに連れて行かれた。彼はこれから、スタッフによる厳しい尋問を受ける事になるのだった。


『おい! まだ終わらないのかッ!?』


 そして、店内で一悶着あった後、店の外からそんな声が聞こえてきた。


「あら、まだお仲間がいたの?」

「ええ、外に10人弱ほど。どうします、オーナー?」

「ここは、責任者の出番かしらねぇ」

「お一人で行かれるんですか?」

「ええ、私の得物を持ってきてちょうだい」

「はい。一応、上の階の窓に援護要員も配置しておきます」

「あら、気が効くわね。よろしく」



 * * *



-数分後

@レストランの店先


「遅い! おい、後はこの店だけか!?」

「はい、隊長! 他の店は徴発済みで、既にトラックにも積み込んでおります!」

「仕方ない……おい、誰か見に行ってやれ!」

「その必要はありませんわ」

「ん? 誰だ貴様は!?」

「このレストランのオーナーでございます」


 レストラン・ベアトリーチェに徴発に向かった二人組の帰りが遅い事に、気が短い隊長は苛立っている様子だ。

 そんな中、身なりのよい婦人が店の入り口から出てきた。その手には、布に包まれた何かを持っている。


「何の用だババア?」

「当店自慢の鉛弾です。どうぞ、御賞味あれ」

「隊長ッ! あのババア、銃をッ!?」

「なっ!? クソッ!」


 ベアトリーチェは、手に持った布の包みを解くと、中からは巨大なシリンダーがいくつも並んだ回転式弾倉を持つ、散弾銃が現れた。


──ドンッ、バンッ!


「た、隊長がやられたぞ!?」

「怯むな、撃ちかえ……あがッ!」

「また一人やられたぞ!」

「隠れろッ!」


 ベアトリーチェは、自治防衛隊に対して、容赦なく発砲していき、前に出ていた隊長の男は散弾の餌食になってしまった。

 隊員達は、突如降りかかった散弾の雨に、トラックなどの遮蔽物に身を隠す他無かった。当然、抵抗しようと頭を出した者もいたが、身体に複数の穴を開けられた死体となった。


──ダンッ、ドンッ! ……カチッ!


 しばらく、銃声が鳴り響いたが、撃ち続ければ弾は切れる。ベアトリーチェは、その場に弾切れの散弾銃を放ると、背中から伸びる棒状の物に手を伸ばした。


「服が汚れるけど……まあ、仕方ないか」



 銃声が止むと、生き残った隊員達は一瞬顔を見合わせ、一斉に飛び出した。


「撃て撃てッ!」

「突撃だぁ!」

「うおおおッ!」


 だが、先程までベアトリーチェが立っていた店の前には、誰もいなかった。


「ど、どこへ行ったんだ!?」

「探し出せ!」

「店の中か!?」


──ザシュッ! ビシャァ……


「おい、見つかったか!?」

「いや、いない! やっぱり店の中じゃないか?」


──シュィィン……ザシュッ!


「ん? なっ、何だこ……ッ!?」

「どうし……ッ!!」


──ザシュッ! ドシュッ……コロコロ……


「おい、何かあったのか?」


 トラックから飛び出して、ベアトリーチェの姿を追っていた隊員の一人が、背後から聞こえる妙な音に気がつく。そして、仲間に声をかけるが、反応がない。


「お、おい! ……まさか!?」


 急いで周りを確認すると、他の仲間が全員倒れており、辺り一面血の海と化していた。仲間達は皆、何かに斬られたような傷を負い、その命を散らしていた。

 何名か首が無い者がおり、気がつくとコロコロと仲間の首が隊員の足元に転がってきた。


「う、うわぁッ!!」


 隊員が驚き、腰を抜かしたその時、その隊員の首が胴体から切り離された。


──ザシュッ! ……ボトッ


「ふぅ……。ちょっと衰えたかしら?」

「オーナー!」


 店の中から様子を伺っていたスタッフが、店の外に出てきて、ベアトリーチェの元に駆け寄る。

 ベアトリーチェは、全身に返り血を浴び、その手には長い柄を持つ、大型の刃物が握られていた。


「終わったわ。後片付けを手伝ってくれるかい?」

「全く……肝が冷えましたよ」

「まあ、窓から見守って貰ってたからね。怖いもの無しだよ。 」


──ブロロロロ……


「おや、来たみたいだね」


 バイクのエンジンの音が、遠くから聞こえてくる。見れば、ジェイコブ神父が近付いて来ているのが分かった。

 ジェイコブ神父は、店の前にバイクを停めると、ベアトリーチェの元に歩いていく。


「来るのが遅かったか? ……ったく、何て格好してんだよビーチェ」

「あら、昔を思い出すでしょ? 昔みたいに、目の前で着替えてやろうかい?」

「けっ! ババアの裸なんざ、頼まれても見たくないな!」

「あらそう? そこらのババアよりは、若々しいんじゃないかしら?」

「……そうだな」

「そういえばジェイク……こんな時に何しに来たのさ? もしかして、私の事が……」

「まさか! 腹減ったから、飯食いに来たンだよ!」

「へ〜、そうなの。フフフ……」

「何笑ってんだよ!」

「何でも? それより、今日のご注文は?」

「いつものやつ。それから、今日は肉……生ハムって気分だな!」

「だと思った……。マッシュルームの生ハム詰めならすぐに出せるわ。ガーリックで炒めたやつね」

「おう、そいつも貰おう! あと、土産があるんだ……バイクに積んである」

「土産って……これ、弾薬かい?」

「ああ、入用だろ?」

「そうね、丁度使った所だしね。助かるよ。さ、ジェイクを店の中に案内して」

「はい、オーナー。神父、どうぞこちらへ……」


 ジェイコブ神父は、スタッフに案内され店の中に入っていった。


 『カナルティアの街で最も安全な場所は?』と街の人間に聞けば、『ギルド』や『街の議会』と答える者が多いだろう。だが、少し年配の者に聞けば、この店……レストラン・ベアトリーチェを挙げる者がいるだろう。

 カナルティアの街は、今でこそ治安の良い街ではあるが、数十年前はそうでは無かった。

 そんな時代……このレストランは、元Aランクレンジャーであるベアトリーチェを筆頭に、高い戦闘力を持つスタッフを抱え、客の安全を保障することで、売上を伸ばしてきたのだ。


 その為、レストラン・ベアトリーチェに手を出してはならないというのが、この街の常識となっていた。

 だが、今の自治防衛隊……その多くは、この街の出身では無かった為にその事を知らず、彼らは虎の尾を踏んでしまったのだった。



 * * *



-数時間後

@レストラン・ベアトリーチェ 店内


「モルデミールゥ?」

「そう、連中そこからの侵略部隊らしいのよ」


 食事の後、ジェイコブ神父とベアトリーチェは、今のカナルティアの街の様子を話し合っていた。


「何で知ってんだよ?」

「聞いたのさ、連中の一人を捕まえてね」

「なるほどな……。まあ、引退した俺達には関係無い話だな」

「本当にそう? 子供達が危険に晒されないか心配だわ……」

「そん時は、ヴィクターの奴の村にでも世話になるとするか」

「何だい、それ?」

「ああ、ヴィクターってのは……」

「ヴィクターさんは知ってるよ! ウチにも来るしね。そうじゃなくて、村って何さ?」

「知らないのか? アイツ、死都の向こう側に新しく村つくってるらしい」

「……大丈夫なの、それ?」

「話を聞いてる限り、かなり上手くいってるみたいだぞ? よく俺に相談に来るしな」


 グラスレイクの話になったその時、店の外が騒がしくなる。


『おい、これはどういう事だ!?』

『仲間の死体が並べられてるぞ!』


 先程、スタッフ総出で死体の片付けや、周りの店に徴発された食料などを返しに回った。だが、徴発部隊から連絡が途絶えた以上、敵も確認に来るのは当然の事だ。


 そして、レストランの入り口が勢いよく開けられ、自治防衛隊の隊員達が中に入って来る。


「おい! 表の状況を説明しろ!」

「一体何があったんだ!?」


「……さっき関係無いって言ったが、馴染みの店を荒らされるのは気にくわねぇよな」

「あら、手伝ってくれるの? シャワー浴びちゃったから、助かるわ♪」

「いや、手伝えよ! テメェの店だろうが!」


「な、何をする!」

「グハッ!」


 店に入って来た男達が、スタッフに拘束されるのを眺めながら、ジェイコブ神父はアサルトライフルを、ベアトリーチェは長柄刀を担ぎ散弾銃を持つと、入り口に向かって歩いて行った。



 * * *



-同時刻

@カナルティアの街への街道 アポター車内


 ガフランクを出発して、1日と少し。翌朝には街に到着する予定だ。

 ロゼッタからの連絡で、モニカの無事は確認できた。だが、ガレージに自治防衛隊の部隊が襲撃に来た事から、フェイの救出は様子見にして、ロゼッタにはモニカとガレージの護衛を頼んだ。


 現在アポター車内では、スクリーンに軍事教練用のビデオを映して、戦闘に関する勉強会を行なっていた。具体的には、市街戦やCQBといった内容だ。

 それが終わると、今度は作戦会議に移る。これまで得た情報を整理すると、自治防衛隊がクーデターのようなものを起こしたと推察される。

 ガレージを襲撃したり、ギルドを制圧していることから、少なくとも自治防衛隊は俺達の敵になるだろう。


 正直、トップのプルートがそんな事をするなんて信じられない。何かあったのかもしれない……。

 話をする機会があれば色々聞いてみたいが、油断はできない。敵になる以上、冷徹になる必要があるのだ。


「とりあえず、ロゼッタに必要そうな装備と補給物資を持って来て貰ったから、ジュディ達はそれを受け取れ。その後は、命令があるまで待機だ。」

「「「 分かった(っす)! 」」」

「私達は?」

「フェイの救出だ。ギルドに向かう!」


 その後は、各自で武器の整備などをしつつ、充分に休みを取って、戦いに備える事にした。





□◆ Tips ◆□

【レストラン・ベアトリーチェ】

 カナルティアの街中央地区に存在する、高級レストラン。アモール料理の他に、オーナーが若かりし時に世界中を旅した際に学んだ、各地の料理を楽しむことができる、崩壊後の世界では珍しい店。

 かつて、カナルティアの街の治安が悪かった時代に、客の安全を保障することを売りに、有力者や金持ち相手に売上を伸ばし、現在に至る。

 この店の売上の一部は、ウェルギリウス孤児院に寄付され、スタッフも孤児院出身の者も多い。

 元Aランクレンジャーである、オーナーのベアトリーチェを始め、料理人から給仕に至るまで、この店で働いている者は皆高い戦闘力を誇る。



【ディーテ】

 ベアトリーチェの所有する回転弾倉式散弾銃。レンジャー時代に、腕の良いガンスミスから譲り受けた物。

 銃床は無く、グリップとフォアグリップを用いて保持する。装弾数は非常に多いが、その分弾倉が大きくなっている為に、他の散弾銃に比べて重い。その為、ほぼ腰だめで撃つ事になる。


[使用弾薬] 12ゲージ

[装弾数]  24発

[モデル]  マンビルガン



【長柄刀】

 ベアトリーチェの所有する、長柄の刀剣。日本の『長巻』の様な武器。

 レンジャー時代に使用していたらしく、吊るされた豚の胴体を一撃で真っ二つにできる程、非常に切れ味が良い業物。今でもたまに鍛錬しているそうで、普段から手入れはしているらしい。

 全長927mm、刃渡り560mm、柄367mmで、刃は片刃。


[モデル]Cold Steel “Thai Machete”

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