第115話 内戦1

 警備隊本部から戒厳令が発せられてからしばらくして、警備隊と自治防衛隊の間で戦闘が開始された。警備隊と自治防衛隊の人員比率は、約5:2の割合で警備隊が優位にあった。

 だが、自治防衛隊は内戦が始まるとすぐに、所有する装甲車や戦闘車両と、それに随伴する隊員からなる部隊を各地に展開し、要所を急襲した。数で勝る警備隊だったが、準備が不十分だったことと、自治防衛隊の電撃的な侵攻により、各地で敗走と分断が起き、戦いは次第に市街戦の様相を呈し始めた。


 また、時を同じくして、カナルティアの街の近くに潜伏していたモルデミール軍の部隊が、野盗に扮して街に攻撃を始めた。街の内部に気を取られていた警備隊は、街の内と外から挟み撃ちをされる形となり、街の出入り口である4つの門の内、北、東、西の3つを放棄するまでに至った。

 さらに、そこから侵入して来た部隊が、各地で警備隊と戦闘になったり、住民に対して徴発という名の略奪を働くなど、現在、街は無法地帯と化していた。



 * * *



-内戦2日目 朝

@カナルティアの街 南門


「来たぞォ! 奴らを街に入れるなぁ!!」

「撃て撃てぇ!」


 南門は、現在警備隊が防衛に成功している、唯一の門である。そして今、この門では警備隊と野盗との間で、戦闘が繰り広げられていた。

 南門は死都に面している為に、ミュータントの侵入を防ぐべく、一番防御が厚い門だ。分厚い城壁と、設置された防御用の兵器により、野盗の侵入を防ぐ事が出来ていた。


 だが、街の中から補給ができない以上、陥落するのは時間の問題となりつつあった。


「何だよアイツら、本当に野盗なのか!? やけに練度が高くないか!?」

「クソッ! 連中を釘付けにすることは出来てるが、いつまで保つか……」

「街の戦況は!? 他の仲間達はどうなってるんだ!?」

「実は残ってるの、俺達だけなんじゃないのか?」

「ハハハ、だったらとっくに背後から撃たれてるだろ!」

「それもそうだな!」

「だが、このままの状態が続くのはまずい。その内、弾が尽きるぞ!」

「どうすんだよ!?」

「へっ! 神様にでも祈ったらどうだ?」


 だが、この膠着状態に一石を投じる者が現れた。


「おい、あれ見ろ!」

「何だ?」


 死都の方を眺めてみると、1台の車がこちらに走って来ているのが見えた。


「あれは確か……ヴィクターさんの車だ! おい、何とかなるかもしれないぞッ!」

「「「 おおっ!! 」」」

「ん? ちょっと待て、あの車……確か、前に乗ってた奴じゃなかったか? この間、ゴツい車と、ゴツいトラックに乗り換えてたじゃないか」

「じゃあ、あれには誰が乗ってるんだ?」


 野盗達も、後ろから迫る車に気がついたのか、車に対して攻撃を始める。

 すると、車は勢いよくスピンして180°回転すると、車体後部を野盗達に向ける。そして、中から黒いフードを纏った人物が飛び出して、勢い良く荷台に飛び乗ると、マウントされている機関銃で野盗達に攻撃を始めた。

 その攻撃は正確かつ効率的で、次々と野盗達は倒れていく。


「……敵じゃないみたいだな」

「多分、ヴィクターさんの関係者だろう。誰かは知らんが、援護するぞ!」

「「「「 おうっ! 」」」」



   *

   *

   *



 しばらくして、門からの攻撃と車からの射撃により、野盗達は数を減らしていき、遂に敗走を始めるまでに追い込んだ。


「勝ったのか? ……うおおお、勝ったぞぉ!」

「よっしゃぁあ!!」

「まだだ! 街の中じゃ、まだ戦闘は続いてるんだぞ!」

「いっけね、そういえばそうだったわ」

「それより、あの車にお礼を言わなきゃな!」


 未だに、遠くで動かない車に手を振って、敵意がない事を伝えると、その車はゆっくりと近づいて来る。

 そして門で車を出迎えると、黒いフードを纏った人物が車から降りて来た。よく見れば、胸の部分が大きく膨らんでいる。女だろうか?


「……女?」

「先程は、ありがとうございました。急に撃たれてしまったもので……」

「い、いや……礼を言うのはこちらの方だ! 昨日から膠着状態だったんだ。……それで、アンタは一体?」

「私は、ロゼッタと申します」


 女は名乗ると、フードを取る。すると、中からはサングラスをかけた、金髪の美女が現れた。


「道をお尋ねしたいのですが、ガラルドさんのガレージというのは、どちらにあるのでしょうか?」

「ああ、やっぱりヴィクターさんの関係者だったか。それなら、この道を真っ直ぐ行って………」

「……なるほど、ご丁寧にありがとうございます。では」

「あっ、おい! 今、街は内戦状態で……」

「……行っちまった」


 ロゼッタは、ガラルドガレージへの道を聞くと、車に乗り込んで、街の中へと入っていった。その様子を、一同は無言で見守ると、しばらくして動き出した。


「よし、俺達も動くぞ! まずは状況の把握だ! それから、伝令隊を組織して、街の中にいる仲間を集めるぞ!」

「「「「 おう! 」」」」



 * * *



-数十分後

@ガラルドガレージ


「あれ? ロゼッタさん、いらっしゃい! どうしたんですか?」

「モニカさんには、何度か連絡したのですが……」

「えっ、そうだったんですか!? あっ本当だ、腕時計に履歴がこんなに!? すいません、作業中は外しちゃうので気が付きませんでした!」

「作業中? あの……今、この街がどんな状況か分かっていないのですか?」

「えっ、何の事ですか?」


 無事ガレージに到着し、モニカと合流したロゼッタ。彼女は、ヴィクターの要請を受けて、モニカの救出に来たのだが、当のモニカは無事で、しかも事態を把握していない様子だった。


「あの、モニカさん……これまで一体何を?」

「あっ! 見て下さいよロゼッタさん、遂に完成したんです!」


 モニカはそう言うと、作業場に並んだトルソ(胸部だけのマネキン)を指差した。そこには、黒いレザージャケットやレザースーツの様な物が展示されていた。


「これは……以前仰っていた、ワニの革ですか?」

「はい! 凄いんですよ、この素材。ナイフも銃弾も通さないんです!」

「皮革製品で、そこまでの防御力を発揮できるとは驚きですね」

「まあ、ヴィクターさんから頂いた塗料も使ってますけどね」

「まさか、今までこれを作っていたと?」

「はい! 熱中しちゃって、つい……」

「徹夜はあまり褒められることではないですが、凄い集中力ですね……。でも、無事で本当に良かったです」

「そうだ。ロゼッタさん、どうぞ着てみて下さい!」

「これは……私のですか?」


 モニカは、丈の長い黒のトレンチコートの様なレザージャケットを持ってきた。モニカがロゼッタ用に作った防具だ。

 ロゼッタはフードを脱ぐと、その下は強化服だけの状態だった。その上からレザージャケットを羽織ると、下地の強化服の黒色と合わさり、ダークな雰囲気を醸し出す。


「わあ、似合ってますよ! けど、今の季節だと暑いかもしれませんが」

「強化服が体温調節を助けてくれるので、問題ありません。それにしても意外に軽くて、動きやすいのですね。これで防御力が高められるなら、強化服と重ね着するのも悪くないかもしれません」


 モニカが鏡の前ではしゃいでいると、不意にロゼッタがガレージの入り口の方を向いた。


「……モニカさん、ガレージの奥で少し待っていて下さい。恐らく敵襲です」

「えっ、敵ッ!? 一体何を言って……?」

「そうでした。モニカさん、腕時計を確認しておいて下さい。私はちょっと、敵への対応をしてきますので」

「は、はい……えっ、内戦!? そういえば、昨日うるさかったような……。って、フェイさん大丈夫なんでしょうか!?」


 腕時計を確認し、ようやく事態を飲み込んでオロオロするモニカを尻目に、ロゼッタはサングラスを掛け直し、ガレージを出て行った。



 * * *



-同時刻

@ガラルドガレージ前


「……ここが目標のガレージか。よし、作戦通り遺物の回収と、人質の確保を行うぞ!」

「「「「 はっ! 」」」」


 ガレージの前には1台のトラックと、それに随行した自治防衛隊の1個分隊(10人)がおり、ガレージを強襲しようとしていた。

 彼らの目的は、ガレージの中にあるであろう、遺物の回収と人質の確保だ。ヴィクターが遺物を使用しているのは周知の事で、彼の住まいであるガレージには、他にも遺物が存在すると考えられていた。


 もし遺物が敵の手に渡ってしまえば厄介だし、自分達で運用することができれば、多大な戦力となる。ヴィクター達が不在の今、彼らはガレージを強襲して遺物を確保すると共に、万が一の為に、留守番をしているモニカを捕らえて、ヴィクターに対する人質にしようと目論んでいたのだ。


「よし、突入するぞ!」

「分隊長、中から人が!」

「なっ、全員構えッ!」


 自治防衛隊の隊員達が、ガレージの入り口に銃口を向けると、黒づくめの金髪の女……ロゼッタが出てきた。


「金髪の女? 情報では、そんな奴いなかった筈だが……」

「はっ! 確か、金髪の少年がいるとは聞いております!」

「とすると、その身内という線もあるな。よし、情報には無いがコイツも捕らえるぞ。おい、そこの女! 手を上げてこっちに来い!」


 ロゼッタは手を上げると、隊員達に声をかける。


「皆様、何の御用でしょうか?」

「決まっている。家主がいない間に、中の物を頂くのさ。おい、捕縛しろ!」

「「 はっ! 」」

「なるほど。やはり、敵意を持っている……と判断してよろしいですね」


 手を上げながら歩いてきたロゼッタに、二人の隊員がロープを持って近づく。


「さあ、腕を……」


──バンバンッ! バンッ!


「なっ! 全員、撃て!」


 ロゼッタは、素早く拳銃を抜くと、目の前の隊員の心臓と頭を、そして驚いたもう一人の頭を、正確に撃ち抜いた。

 咄嗟の出来事に、他の隊員達はロゼッタに銃口を向け、分隊長の合図と共に発砲した。


──ダダダダダッ!

──バキュンッ! バンバンッ!


「なっ、避けたッ!?」

「何だコイツ!?」


 ロゼッタは、右手に拳銃を構え、左手にカランビットナイフを構えるという、かつて連合軍の特殊部隊が使用した近接戦闘の構えをとる。そして、弾幕の中を物凄い速さで駆けると、隊員達のど真ん中に飛び込んだ。


「クソ、誤射になるぞ!」

「近づいて取り押さえろ!」


 そしてロゼッタは、近づいて来る者をナイフで、離れている者も拳銃で次々と始末していった……。





「ぐ……こんな……筈では……」


 戦いはすぐに決着がついた。最後に残った分隊長も、腹に銃弾を受けて、地面に膝をついた。

 ちなみに、まだ生きているのは丁度ロゼッタの拳銃が弾切れを起こし、トドメを刺し切れなかっただけだった。


「申し訳ございません、本当なら苦しませるつもりは無かったのですが、皆さん思ったよりも動きが良かったもので……弾薬を想定以上に消費してしまいました」

「はっ……本当だったら、今頃死んでたって……ことかよ? まったく……アンタ、何者だ?」


 ロゼッタは、拳銃の弾倉を交換すると、スライドを引いた。そして、分隊長の男の頭に狙いを定める。


「……では」

「待て……と言っても、助けてはくれないんだろ?」

「申し訳ございません。ヴィクター様に、容赦はするなと申し付けられておりまして……」

「だったら……最期に、自分を殺す奴の……ツラぐらい、拝ませてくれよ……」

「……」


 ロゼッタは、片手でサングラスを外すと、男と目を合わせる。

 その容貌は、死にゆく男にとって、まるで女神の如く映った。


「……美しい。死神は女神様だったか──」


──バンッ!


 ロゼッタは、引き金を引いてトドメを刺すと、モニカの待つガレージへと戻って行った。



 * * *



-内戦2日目 昼前

@街北部地区 ウェルギリウス孤児院


「あれ、神父……どこ行くんですか?」

「あん? 腹減ったから、ちょっとビーチェの所で飯食ってくるわ」

「こんな状況なのにですか?」

「アイツの店、年中無休だから開いてんだろ」

「いや、そういう事ではなくて……」


 孤児院の前で、ジェイコブ神父が内戦の中、散歩に行くとでも言うような感じで外出しようとしていた。神父は自慢のバイクに跨り、エンジンをかける。そして、その様子を呆れた顔で見つめる、神父見習いのロイドであった。

 ちなみに、神父の目的地はレストラン・ベアトリーチェ。“ビーチェ”は、“ベアトリーチェ”の愛称だった。


「ロイド〜、手伝って欲しい事が……って、二人共何してるんですか〜?」

「メリア、神父が出かけるってさ」

「えっ、危ないですよ〜! ……って、神父なら平気ですね〜。どこに行くんです〜?」

「ベアトリーチェさんの所だって」

「あっ、神父……ベアトリーチェさんの所に行くなら、お土産忘れないで下さい〜!」

「ん、土産? なんだそりゃ?」

「ちょっと待って下さい〜!」


 シスターのメリアは、教会の中に戻ると、弾薬箱を何箱か抱えて来る。


「お、重いです〜ッ!」

「メリア、あまり無理はダメだよ。ほら、手伝うから」

「ふぅ、助かりました〜! ロイド、ありがとう〜」

「じゃあ神父、これ持っていって下さいね」

「ふん、なるほどな……確かに、土産ってのも悪くねぇわな。んじゃ、ちょっくら行って来るわ!」

「一応、気をつけて下さいね」

「あん? ロイド、誰に言ってんだゴラァ!」

「そうでしたね」

「んじゃ、留守は頼むわ!」


──ブロロロロ……


 神父は、自慢のバイクに弾薬箱を積むと、街中央地区にあるレストラン・ベアトリーチェに向けて、バイクを走らせた。


「神父ったら、ベアトリーチェさんの事、心配してたのですね〜!」

「ふふ……昨日から、ソワソワしてしてたもんね」

「でも、ベアトリーチェさんのお店、中央地区ですよ〜。大丈夫なのですか〜?」

「まあ、あの人の所は大丈夫なんじゃないかな。それよりも、手伝って欲しい事って?」

「あっ、そうでした〜! 寄宿舎の窓に、板打ち付けるの手伝って下さい〜!」

「板? 何の為に?」

「本で、危ない時にやってました〜。今がその時です〜!」

「メリア、多分それ風が強い時とかじゃないかな? 別にやらなくていいと思うよ……」

「そうなのです〜?」



 * * *



-数分後

@街の道路 自治防衛隊の検問


「……暇だな」

「そう言うな。これも、全てモルデミールの為になる筈だ」

「そうか? まあ、ドンパチするよかマシなのかね」


──ブロロロロ……


「ん、おいあれ!」

「何だ? ……バイクか、街の住民かな? 野盗に扮してる奴らには見えないな」

「一応、止めて確認だな」

『そこのバイク、止まれ!』


 カナルティアの街は現在、主要な道路の多くを自治防衛隊に掌握され、至る所に検問が設置されていた。検問には、大体5名程の隊員が割り当てられており、最前線で警備隊と戦っている者達と比べて、暇を持て余していた。

 そんな彼らだったが、道路の向こうから1台のバイクが近づいて来るのを確認し、メガホンで停車を呼びかけた。


「……あれは神父か? 教会の人の服だな」

「聖職者がこんな所に何の用だ?」

「死体の弔いとかかな?」


 そんな事を話しつつ、一人が道路の真ん中に立つ。当然止まると考え、話を聞こうとして……。

 だが、バイクは止まる事はなく、乗ってる神父は拳銃を抜くと、道路の真ん中に立った男に発砲した。


──ズドンッ、ズドンッ!


「どけぇ! 通行の邪魔だろうがッ!」

「なっ、アイツ撃ってきたぞ!?」

「車の影に隠れるんだッ!」


──ズドンッ、ズダンッ!

──ブロロロロ……


 隊員達は、突然の事に驚き、自分達が乗っていた車の影に隠れる。バイクに乗った神父は、走りながら何発かこちらに撃ち込んでくると、そのまま走り去って行った。


「な、何だアイツは!?」

「聖職者が武装してるとか、この街はどうなってるんだよ!」

「それより、仲間が一人やられたぞ! 本部に連絡しよう!」

「お、おう!」


──ジジジジジ……


「ん、何の音だ?」

「おい、足元ッ!!」

「あん?」


 隊員達が足元を見ると、車の下からコロコロと、導火線に火が付いた手榴弾が転がってきた。


「「「「 ぎょえぇぇぇぇッ!! 」」」」


──ボカーンッ!!


 背後から聞こえてくる爆発音に、さして気にする様子も無く、ジェイコブ神父はバイクを走らせるのだった。





□◆ Tips ◆□

【ペドラー】

 ジェイコブ神父のバイク。かつて、カティアのイタズラで倒された過去がある。

 ギルド製で、崩壊前の技術が導入されている。だが、既に廃盤モデルとなっている為、パーツが高くつくらしい。廃盤になった理由は、崩壊前の技術を取り入れている為整備が難しく、整備できる人間も少なかったから。


[排気量]1200cc

[モデル]BMW R1200GS

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