第113話 対AM戦
-数分前
@狼旅団 本陣
《修理完了しました、エンジン始動します!》
「やっとか、このポンコツめッ! こんな時に愚図りやがって!」
《マーカス旅団長、我々はこの後どうすれば?》
「リロイ達がやられちまった以上、ガフランクの占領は不可能だ! 作戦は失敗。お前達整備班は、モルデミールに撤退しろ!」
《旅団長は!?》
「俺? 俺はその前に、リロイ達の弔い合戦だ。……仲間がやられて黙ってられるかよッ!」
《了解です! ……皆の仇、よろしくお願いします!》
「おう。任せとけ!」
《ご武運を!》
マーカス旅団長が搭乗したAM……AM-3 サイクロプスが立ち上がり、戦場に向けて走り出した。体高が10m程ある為、そのストライドは大きく、かなりのスピードがでる。機械の巨人が農園を駆け、大地が振動する。
本来なら、リロイ曹長達に先立って、このサイクロプスで罠を踏み潰しながら前進する予定だった。だが、エンジントラブルの為に、出発が遅れてしまったのだ。この後実施される予定の、カナルティアの街での作戦開始も近いことから、今更延期も出来ない。
仕方なく、副官のリロイ曹長を先に出撃させたが、サイクロプスの修理でもたついている間に、リロイ曹長からの通信が途絶。他の団員からの通信も、次々に途絶えていき、マーカスは出撃出来ない事に苛立ちを感じていた。
そして、しばらくエルハウス農園に向けて走っていると、モニターに惨状が映し出される。
見覚えのある車両が炎上して、煙が上がっていたり、動かなくなっていたりしていたのだ。さらに、その近くには、同じく見覚えのある人間が倒れ、動かなくなっていた。
「な、何があった……!? おい、誰かいないのか!? 俺の部下で生きてる奴はいないのかッ!?」
《……ザザッ》
マーカスは、無線で仲間に呼びかけるも、無線機からは、虚しいノイズの音だけが聞こえてくるだけだった。
「クソッ! 一体何が……。ん、アイツは!?」
マーカスは、農園の丘の上に1台のトラックが停まっているのを発見する。
「アイツは……まさか、ガフランクに残ってやがったのかッ!? くそ、これは計算外だ。今になって思えば、キャラバンが動いたとは聞いたが、奴が立ち去った報告は無かったな。……なる程、射程外から狙い撃ちって訳か」
マーカスの駆るサイクロプスは、その場で膝立ちになると、装備しているバトルライフルを構える。これはかつて、遠距離での射撃戦や、大口径を活かして、榴弾などで敵の陣地を砲撃する為に用いられていた装備だ。敵の機関砲よりも、射程距離は長い筈だ。
敵が射程外から撃ってくるなら、こちらも同じことをするまでだ。モニターが、目標であるトラックに狙いを定め、ロックオンした事を告げる。
「ロックオン。リロイ達の……仲間達の分だ! 喰らえッ!!」
──ッドガン!!
砲撃により、機体が揺れる。だが、放たれた砲弾はマーカスの思惑を外れ、突如トラックが移動をはじめたせいで、狙いが外れてしまい、砲弾はトラックの近くの地面を抉った。
崩壊前のFCS(射撃統制システム)は、長い年月の末に電子回路が荒んだり、センサーが故障していたりと、経年劣化を起こしており、遠距離だと今の様に、砲弾が目標からずれてしまう事が多々あったのだ。特に、移動目標となるとその命中率は格段に落ちる。
「クソッ……この距離でもズレるのか! 崩壊前の装置は信用出来ないな!」
今度は、手動で狙いを定めようとするマーカスであったが、目標のトラックは移動を開始してしまった。
「動くんじゃねぇ、狙えねぇだろうがッ!」
──ピピピピピ……ブーッ! ブーッ!
「何だこりゃ、また故障か!? ん? ……何だありゃ?」
突如コックピット内に、アラームの様なけたたましい音が鳴り響く。故障を疑ったマーカスであったが、トラックから火の球のような物が、二つほどこちらに飛んできているのを確認した。
『警告、ミサイル接近』
「なんだと!? 敵の攻撃なのか!?」
モニターから告げられた不穏な言葉から、トラックから放たれた物が、自身に向けた攻撃である事をマーカスは悟った。マーカスはサイクロプスを立ち上がらせ、回避行動に移る。
2本飛んで来たミサイルの内、一本は避けるまでもなく明後日の方向に飛んで行き、一本は直撃コースだったのを避け、さっきまで自分がいた地点の地面が爆発した。
「他愛ないな、敵も遺物なんだろうが、あまり頼り過ぎもよくな……」
──ズガンッ!!
「ぐはっ! な、何だッ!?」
『警告! 被弾、機関部に損傷。安全のため、機関停止します』
「なっ、一体何処からッ!?」
敵の使用している兵器が、遺物であると分析したマーカスは、先程の自分の体験も踏まえて、遺物に頼りすぎるのは危険だと再確認していた。
ところが、突如機体後方から大きな衝撃が伝わったかと思うと、サイクロプスの機関が急停止し、膝をついて地面に突っ伏してしまったのだ。
「何だ、何が起きてるんだ!?」
──ピピピ……ブーッ! ブーッ!
『警告、ミサイル接近』
「チクショウッ、こんな訳の分からない事で……!!」
──ドダンッ!!
再びコックピット内に、アラームが鳴り響いた直後、エンジンを再始動して、立ち上がろとしていたマーカスのサイクロプスの背中に、ミサイルが直撃したのだった。
──ブーッ! ブーッ!
『警告! 機関部炎上。誘爆の恐れあり、搭乗員の速やかな脱出を推奨』
「ごはっ……くそ、すまん……皆……」
『警告! 機関部温度が危険域に到達。燃料に引火します。搭乗員の速やかな脱出を……』
「モルデミール……に……勝利を!!」
それが、狼旅団……モルデミール軍機械化遠征旅団、旅団長、マーカス・フランベル大佐の最期の言葉となった……。
* * *
-同時刻
@アポター内
敵の攻撃の後、俺はそのままアポターの移動を継続させ、ジグザグに移動する。あの距離なら普通、百発百中のはずだが、機器が故障やら劣化しているのか、こちらを警告しているのか……。
恐らく、前者だろうな。仲間は殆どやられているのだ。切り札のAMで、弔い合戦って感じか? ともかく、初弾を回避できたのは運が良かったな。
まあ、敵が使用したのは榴弾のようなので、万一直撃コースだった時は、直撃前にアクティブ防護装置のレーザーで撃ち落とすか誘爆させれば、被害はある程度抑えられただろうが。
「ヴィクターさん! この後どうするんですか!?」
「ミシェル、端末でミサイルを選択しろ。俺の指示通りにやってくれ」
「わ、分かりました!」
助手席に座るミシェルに、助手席の端末を操作させる。これは、車内にもあるRWSの操作端末と同じ物で、車体上部の砲塔を操作する事ができる。
ミシェルにミサイルを選択させて、細かい指示を出す。
「よし、じゃあ奴に狙いを定めろ」
「あっ、ロックオンって出ました!」
「良し、撃てッ!!」
──ボシュッボシュッ!
砲塔のサイドに搭載されたミサイルランチャーから、ミサイルが2発発射される。1発は通常のミサイルで、弾頭は主に成型炸薬などでできている、化学エネルギー弾だ。
もう1発は運動エネルギー弾で、こちらは弾頭が重くて硬い金属でできており、炸薬などが含まれていない。これは、ミサイルが高速で目標に直撃する事で目標を撃破する、運動エネルギーを利用したミサイルだ。
これらミサイルの特徴的な所は、モードを切り替えるだけで、対装甲、対空など幅広い目標に使用できる事で、当然ながら対AMに使用できるモードもある。
陸戦兵器の大半は、正面での撃ち合いを想定して、真正面の防御力が高くなるように設計されている。その為、かつて戦車などを撃破する際は、装甲が薄く、構造上の弱点となる戦車の上面から攻撃(トップアタック)するのが、効果的と言われていた。
だが崩壊前は、戦車の上面防御も考慮されるようになり、AMなどの上面被弾面積の小さい兵器の登場により、必ずしもトップアタックが有効では無くなっていた。
そこで登場したのが、背面攻撃(バックアタック)だ。陸戦兵器の大半は、背面の防御力が低い事が多く、それはAMも例外ではない。
特に敵のAM……AM-3 サイクロプスは、背面部側に機関部が存在する為、弱点となっているのだ。
「あれ、1発どこかに行っちゃいましたよ!? あ、もう1発も避けられちゃいました!」
「大丈夫、作戦通りだ!」
発射されたミサイルの内、化学エネルギー弾は敵への直撃コースを、運動エネルギー弾は明後日の方向へ飛んでいく。
敵は当然、直撃コースの化学エネルギー弾を警戒する。だが本命は、明後日の方向へ飛んでいった運動エネルギー弾の方だ。
敵が弾頭の爆発に気を取られている間に、もう1発のミサイルは、敵のサイクロプスの後方で突如として方向転換すると、その背中目掛けて飛んでいく。
そしてある程度の距離になると、突入用ブースターが点火され、ミサイルの速度が急上昇し、敵の背中に直撃した。
超高速の運動エネルギー弾の直撃を受けたサイクロプスは、着弾の衝撃と共に、誘爆防止の為の安全装置が作動してしまい、機関が停止して地面に突っ伏した。
「て、敵が倒れました! やっつけたんでしょうか?」
「いや、まだだミシェル! トドメにトップアタックモードで、運動エネルギーミサイル発射だ!」
「は、はい! ええと……これだ、えいっ!」
──ボシュ……ボシャー!!
発射されたミサイルは、そのまま地面に沿うよう低空飛行していき、ある程度の距離で急上昇する。そして、そのまま上空で方向転換したかと思うと、突入用ブースターが点火され、眼下で立ち上がろうとしていたサイクロプスの背中を、まるで地面に縫い付けるように突っ込んでいく。
背中にミサイルが直撃したサイクロプスは、再び地面に突っ伏した後に炎上し、その背中からは黒い煙が上がっていた。
「あ〜、ありゃもうダメだな。爆発するわ……」
「倒したんですか?」
「多分な」
すると案の定、サイクロプスは爆発して、その機体をバラバラに四散させた。
「……何か、呆気なかったですね」
「まあ、今回は運が良かったからな」
ミサイルのバックアタックは、敵の後方の空間が開けていないと使えないという弱点がある。
それに、敵の戦術ミスも重なった。そもそも、AMは都市戦などで運用されるべきであり、特に機動性に乏しい第一世代型AMは、開けた場所では戦車やミサイルの餌食になってしまうのだ。
また、今回はパイロットが電脳化しておらず、マニュアル操縦だったのも幸いした。動きが緩慢だったし、プログラムされた動作しか出来ない為、動きが読み易かったのだ。
これが、連合軍のパイロットなら、ミサイルを避けられてしまい、反撃されていた筈だ。
「今回みたいに、兵器は使用する環境で活躍できるか否かが決まる。テトラローダーを使う時も、注意してくれよ?」
「はい、勉強になりました!」
「……よし、帰るか!」
「はいっ!」
正直、どうして敵がAMを運用できるのかとか、機体がどうなっているのか気になる所ではあるが、今はエルハウス家で指揮を執っているマシューに、勝利を報告するのが先だろう。
俺は、アポターをエルハウス農園に向けて、走らせた。
* * *
-その夜
@エルハウス農園 邸前広場
「ガフランクの勝利に、乾杯ッ!」
「「「「「 乾杯ッ! 」」」」」
マシューの音頭と共に、祝宴が開かれた。
エルハウス邸の広場は、自警団の駐屯地と化していたのだが、それがそのまま宴会会場に早変わりした。そこへ、避難してきた住民達も合わさり、まさにお祭り騒ぎとなったのだ。
エルハウス家からは、料理や酒が振る舞われ、皆踊り出したり、馬鹿騒ぎをして楽しんでいる。
「まだ早いが、まるで収穫祭みたいだな」
「収穫祭?」
「ああ、毎年秋にやるんだ。作物の無事の収穫を祝ってな。……そうだ、その時はヴィクターも是非来てくれ、歓迎するよ!」
「ああ。その時はミシェルも連れて行くさ」
「それは楽しみだな! それと、ジュディさん達も是非連れて来てくれ!」
「ジュディ達? ああ、あいつらも活躍してるしな」
「絶対だぞ!」
「まあ、ともかく……俺達の勝利に!」
「ああ、勝利に!」
俺とマシューは、グラスを合わせて乾杯する。
「会長! こっちにも来て下さいよ!」
「まったく……。すまん、呼ばれてるみたいだ、行ってくる」
「人気者は大変だな。気にするなよ、俺も適当に楽しむからさ」
「ああ、また後で話をしよう」
マシューは色々な所から引っ張りだこなようで、しばらく話せそうになさそうだ。
会場をブラブラしていると、カティアを見つけた。どうも、若い男達に囲まれているようで、何やらニヤニヤしている。
「いや〜、君みたいな可愛い娘、ガフランクにはいないよ!」
「えっ……そ、そう?」
「そうそう。やっぱり都会の娘は色っぽいな〜!」
「ねぇ、君なんて言うの?」
「……カティア」
「カティアちゃん! いい名前!」
「良かったら、乾杯しよう? お近付きの印にさ」
「う、うん……」
ナンパか? まあ、カティアも黙っていれば、かなりの上玉になるからな……。ナンパしてる奴らも、カティアの本性を知ったらビックリするだろうな。
……って、酒飲んでんじゃねぇよッ!!
「って、酒飲んでんじゃねぇよッ!!」
「うわっ、ヴィクターどしたのッ!?」
「どしたのじゃねぇ!! お前は飲酒禁止だって言ってるだろうが! 何、飲まされそうになってんだよッ!」
「あっ。……で、でも……ちょっと位なら大丈夫じゃない?」
「ダメです!」
俺とカティアが揉めていると、ナンパ野郎達が話に入ってきた。
「まあまあ、ほら付き合いもあるし、少しは飲んでも大丈夫でしょ」
「そうそう。こんなめでたい時に、一杯も飲まないなんて、勿体ないよ」
「そ、そうよね! ほら、グラス返しなさいよヴィクター!」
「……カティア、今何か武器持ってるか?」
「えっ? うんと……このナイフ位かな?」
俺は、カティアの手からナイフを奪い取ると、その手にグラスを渡した。
「ちょっと、何!?」
「預からせてもらう。お前達……後悔するなよ?」
「「「 ? 」」」
その後、カティアは皆に囃し立てられ、グラスの酒を飲み干した。その後も、どんどん酒を飲まされて、遂に乱射姫が覚醒してしまった。
「……ヒック!」
「あれ、カティアちゃん。顔赤いよ、大丈夫?」
「らいじょ〜ぶれ〜すッ!」
「ベロベロじゃん! あっちで休んだ方が……」
「しゃわるなぁ〜!」
「ぐはっ……!」
ナンパ野郎の一人が、腹に拳を突き立てられ、地面に膝をついた。
「か、カティアちゃん!?」
「カティアは〜、つよいこ! げんきなこ! だから、みんなやっつけ〜るの♪」
「あがっ!」
「うごっ!」
「あべしっ!」
カティアはその場で暴れ出し、周りの男達を次々と殴り飛ばしていく。
「何だ、喧嘩か?」
「お、いいぞ嬢ちゃん! やれやれ〜!」
その光景に、いつの間にか野次馬が湧いてきて、何故か盛り上がり出した。
「何の騒ぎ、ヴィクター?」
「ジュディか。ほら、あれがさ……」
「って、カティア! 何やってんのよ!?」
「よっ! ジュディ、たのしんでるぅ?」
「カティア……まさか、酔っ払ってるの!? 何でお酒飲んじゃうのさ!?」
「いぇい♪」
「全くこの娘ってば……」
「ジュディ、かくごぉ〜!」
「なっ! ちょっと、何すんのよ!」
「りべんじ!」
カティアは、ジュディに殴り掛かる。ジュディは、それを捌くと、カティアを突き離して距離を取る。
その光景に、周りの野次馬達も大騒ぎする。
「いいぞ、女同士の戦いだ!」
「俺は、あの赤毛の嬢ちゃんに賭ける!」
「じゃあ俺は、あの栗毛の嬢ちゃんだ!」
「「 ジュディさ〜ん、頑張って〜! 」」
よく見れば、野次馬の中にメビウスとモーリスの姿が見える。止めろよ、エルハウス家の人間だろ!
「ジュディ、こうなったら仕方ない。適当に観客を楽しませたら、カティアを気絶させろ」
「なっ!? アタシは見世物じゃ……」
「おりゃぁぁ!」
「ッ! この……カティアちゃんのバカァ!」
「頑張れよ!」
その後、カティアはジュディによって気絶させられ、会場は大いに賑わったのだった。
* * *
-同時刻
@カナルティアの街 スラムの廃墟
「……既定の時間ですが、まだ連絡がありませんね」
「もしや、フランベル大佐が裏切ったのでは?」
「いえ、それは無いでしょう。彼は熱心な愛国者でしたからね」
「では、やられてしまったのでしょうか?」
「……恐らく。まあ、まだわかりませんが」
カナルティアの街の北部地区と、東部地区の狭間に広がるスラムの廃墟。そこで、二人の男の密会が行われていた。彼らは、カナルティアの街の北東に位置する、モルデミールという街からの工作員だった。
一人は、プルートから『使者殿』と呼ばれている者で、もう一人はその部下のようだ。
「とにかく、最悪の事態を想定して動きます。貴方は先にモルデミールに帰還しなさい。私はまだやる事がありますからね」
そう言うと、使者と呼ばれている男は、テーブルの上に置いてあるリボルバーを手に取り、シリンダーを開き、弾が装填されているかを確認すると、それを腰のホルスターにしまった。
「了解しました。では、どうかお気をつけて」
「ええ」
部下が廃墟から出て行き、使者はため息をつく。
「はぁ……全く、上手くいかないものですね。長い事準備してきたというのに……。まあ、プルートさんには期待するとしましょうかね」
そう呟きながら、使者は廃墟を出て、スラムの闇の中へと消えて行った。
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