第106話 衝撃の事実

-夕方

@ノア6 車両整備場


「……これで良しっと」


 俺は工具から手を離すと、軽く伸びをする。結構弄ることが多く、熱中してしまったようだ。

 一体何をしていたのかというと、バイクのレストアをしていたのだ。


 俺は、ノア6にアポター(例のキャンピングカーの名前)を持ち帰ってすぐに、レストアを開始した。といっても、トラックの部分と、その荷台に当たるキャビンを切り離し、あとは整備用の機械が、設定通りに作業してくれるのを待っていればよい。

 必要なパーツは既に作成済みなので、トラックの部分だけなら今日明日中に、作業が終わる事だろう。


 ちなみに、今俺が使っている車や、以前乗っていた車も、俺が1から全て手作業で組み上げたというわけではない。ちゃんと組み立て作業をしてくれる機械があるので、それらを利用している。全部一人で、かつ手作業でやっていたら、とても数日で組み上げるのは不可能だ。

 まあ、機械がやってくれるのは大まかな部分だけなので、細かい所は俺が手を入れたり、チェックしたりする必要がある。これは、工場で自動車を作る時も変わらないはずだ。


 ひとまず、アポターの整備は機械に任せる事として、すっかり暇になってしまった俺の目に、アポターの車体後部に積まれていたバイクが映った。

 最初はてっきり、見本のレプリカか何かだと思っていたのだが、何と本物だったのだ。せっかくだから、使わない手はない。バイクは乗った事が無いが、この際に挑戦するのも悪く無いなと思い、レストアする事にした。

 このバイクはアポターと違い、ちゃんとした既製品だったので、製品のデータをダウンロードして、ノア6でも部品を製造できた。また、アポターと違い部品数も少なかった為、ささっと部品を取り揃えて作業することにしたのだ。


 その結果──


──キュキュキュドルンッ! ドッドッドッ……


「よっしゃ、動いた!」

「ヴィクター、何やってんのさ?」

「おお、ジュディか。見てくれ、暇だからバイクをレストアしてみたんだ!」

「いや、暇だからって、気軽にできる事じゃないでしょうが……。それに、普通はそんなすぐには直せないよ?」

「そうかもな。それより、ジュディはこんなところで何やってるんだ?」

「今日の反省でもしようかと訓練場に行ったんだけど、カティアがうるさくてね……」

「ああ、なるほど。今、ロゼッタに遊ばれてるのか」


 昨日、カティアにロゼッタが最強だぞと教えてやったのだが、信じてもらえなかった。なので、ロゼッタに実力を見せてやるように伝えていたのだ。今頃カティアは、訓練場で息を荒げていることだろう……。


「カティアの奴、どんな感じだった?」

「……何か信じられないような、呆然としてる感じだったよ」

「あ〜、何か想像できるわ……」

「で、納得できないのか、何度も再戦を申し込んでた」

「諦めの悪い奴だなぁ……。カイナ達は?」

「ヴィクターに貰った武器を弄ってたよ。色とか塗り直してた」

「ああ……悲しいなぁ」

「はぁ?」


 俺の傑作ウェザリングが剥がされている最中だったか……想像したら悲しくなってきた……。やっぱりお下がりじゃなくて、新品を与えた方が良かったか?

 まあ、過ぎたことは仕方ない。とりあえず、バイクで風を感じれば気も紛れるだろう。


「そうだジュディ、今からこのバイクの試乗しに行くから、ついてきてくれるか?」

「あいよ」

「あ、あの……あ、ヴィクターさん!」


 整備場の入り口から、ミシェルが顔を覗かせる。


「ん、ミシェルか。どうした?」

「あ、いえ……ジュディさんの姿が見えたので……」

「ん、アタシ?」

「随分と好かれたな、ジュディ?」

「まあね。で、ミシェル……何か用?」

「い、いえその……ジュディさんとお話ししたいなって……」


 こ、これは!? 年上のエロいお姉さんと、思春期真っ盛りの少年……同じ屋根の下、何も起きないはずがなく……。いや、させないけどね?

 いくらミシェルといえど、ジュディはやらないぞ! ジュディは、ロゼッタの次くらいにお気に入りの女だからな……。俺にそんな(寝取らせ)趣味は無い。悪いが諦めてもらうぞ!


「そう……悪いけど、今からちょっとヴィクターと用があるから、また後にしてくれる?」

「あ……はい、分かりました……」


 あっ、何かシュンとしてる……。

 ミシェルはしっかり者だが、多感なお年頃だ。これが原因で、ミシェルのトラウマになってしまうかもしれん。それで、料理の腕が落ちたら目も当てられないな……。


「そうだ、暇ならミシェルも来るか? これからバイクの試乗をするんだ」

「あ、そのバイクかっこいいですね! 是非僕もご一緒させて下さい!」


 結局、ミシェルも一緒に連れて行く事にした。何だかんだ、俺はミシェルに甘いかもしれない。そういえば、初めて車の助手席に乗せたのもミシェルだったな。まさか、ノア6に招待する仲にまで発展するとは思わなかったが……。


 その後、俺達は兵器運搬用のエレベーターで地上に出た。俺は、夕陽で赤く染まった空の下バイクに跨ると、心地よいエンジンの振動を感じながら、ギアを落とし、エンジンを軽く吹かしてクラッチを繋ぐ。


「よっしゃ、行くぜッ!!」



 * * *



ー数十分後

@死都 ノア6近辺


「もう、バイクなんて乗らない!」

「ま、まあまあ……最初から上手くいく奴なんていないって」

「ジュディはどうなんだよ? お前、初めてだって言ってたろ! 何でそんなに乗りこなせてるんだよッ!?」

「す、拗ねないでよヴィクター……」


 人には、向き不向きがある。いくらマイクロマシンによる教育支援があった崩壊前の人間であろうと、向いていない事はできないものなのだ。

 ……結論から言うと、ズッコケた。事前に、バイクの乗り方などは電脳に学習させていたのだが、俺には向かなかったらしい。ギアチェンジにもたついている内に、ちょうど道路のひび割れに乗り上げてバランスを崩し、そのまま無様に転倒してしまった。……痛い。


 で、俺が痛みに悶えている間、試しにジュディをバイクに乗せてみた。そしたら何と、バイクは初めてだというのに、自分の手足のように乗りこなしてしまったのだ。さっきもアクセルターンとか披露してたし、本当にバイクに乗るのが初めてなのか疑わしいほどだった。

 ……これが才能ってやつか。なんだか、バイクに跨るジュディがカッコよく見える。もとが良いのもあるが、何だか楽しそうな表情なのだ。



「……ジュディ、そのバイクお前にやるよ」

「えっ……い、いいの!?」

「お前……乗ってる時、凄い楽しそうな顔してたぞ? 使われないで埃をかぶるより、ジュディに使ってもらった方がいいだろうしな」


 バイクは、崩壊後の世界でも割とポピュラーな乗り物だ。電動の未来的なデザインでも無い限り、目立つ事も無さそうだし、ジュディが使っても問題無いだろう。


「あ、ありがとうッ! も、もうちょっと走ってきていい?」

「ああ、好きにしていいぞ」

「やった! お礼はベッドでたっぷりするから!」

「おい、ミシェルの前でそういう事は……」


──ブロロロロ……


 ジュディはバイクに跨ると、走っていった。


「ジュディさん、カッコいい……!」

「そ、そうだな……」


 ミシェルに、先程の言葉は耳に入らなかったようだ。恋は盲目ってやつか? ……いや、この場合は難聴か。



 * * *



-数時間後

@ノア6 食堂


「ようカティア。その様子じゃ、こっぴどくやられたみたいだな?」

「何なのよ、あのオッパイお化けは!? 全然攻撃が当たらなかったんだけど!」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

「あっ、その……ごめんなさい、変な事言って……」

「いえいえ、どうかお気なさらないで下さいカティアさん」


 夕飯を食べに、俺達は食堂に集合していた。カティアがゲッソリした顔で佇んでいたのを見るに、ロゼッタの実力を理解できたのだろう。


「ご主人様、これ見て欲しいっす!」

「……カイナ、何だそれは?」

「どうっすか? お洒落になったっすよ!」


 カイナは、俺が渡したアサルトライフルを掲げて見せてくる。悲しい事に、俺の最高傑作だったウェザリングは、見る影もなくなっていた。


 全体的にカラフルな動物柄……おそらく斑点のあるサメの柄に、グレネードランチャーの銃口には、サメの顔と口の様な物がプリントされていた。

 いわゆる“痛銃”というものだろう。……まあ、気に入っているのならいいのだろうが、あまり目立つのは避けてもらいたいな。


「カイナ、あまり目立つのは……」

「あっ、ちなみにちなみに拳銃はこんな感じっす! スライドをメタリックに赤く塗ってみたんすよ!」

「……そうか。楽しそうで何よりだよ」

「あ、ノーラの銃も塗ってあげるっすよ?」

「弄ったらコロすから」

「ひっ、ノーラ……そんな睨まないでほしいっす!」

「カイナ、食堂に武器を持ち込むな。置いてこい」

「り、了解っす〜!」


 カイナは、慌ただしく食堂を出ていった。もう、説得は諦めた。カイナの目が輝いてたのだ。曇らせたら罪悪感に苛まれるかもしれない……。


「フェイとモニカは何してたんだ?」

「う〜ん……ナイショかな♡」

「……何だよ」

「フェイさんの服を作ってたんです。といっても、フェイさんの採寸とか、デザインの話し合いしかしてないですが」

「楽しみにしててね、ヴィーくん!」


 その後、カイナが帰るのを待って、皆で夕食を食べた。



   *

   *

   *



 食事が終わった後、ロゼッタから大浴場の女湯が使えるようになったと報告を受けた。ノア6のリソース管理の一環で、これまで無駄な女湯は閉所していたのだ。

 ロゼッタ達は男湯を使えばいいし、俺に裸を見られても今更だろう。だが、今回はカティアとミシェルがいる為、臨時で女湯を解放する事にしたのだ。


 大浴場の話をしたら、皆興奮していた。ノア6の大浴場は帝国式とかいうので、裸で入るタイプだ。何でも、裸での付き合いが、相手との信頼と絆を深める事ができる……らしい。当然、同性間に限るがな。

 俺のハーレムで、キャットファイトが始まるのは勘弁してほしいからな。皆には仲良くしてもらいたい。



 * * *



-1時間後

@ノア6 大浴場男湯:更衣室


「どうしたんだ、ミシェル? 先に入っちまうぞ?」

「は、はい……」


 服を脱いで、裸になる。ミシェルはどうも抵抗があるらしい。確かに、崩壊前でも抵抗のある人間はいたが、同性だけのヌーディストビーチに来たとでも思えばいい。慣れれば、どうって事はないはずだ。


 ……何故か、あのゲイ教官を思い出してしまった。最近ではすっかり忘れていたというのに!

 思い出の中でじっとしていてくれ。いや、もう二度と出てくるな!


 そんな事を考えつつ、ミシェルを置いて先に大浴場に入る。それにしてもミシェルの奴め、しれっと女達に混じって女湯に入ろうとしやがった。気持ちは分かるが、甘いぞミシェル。イケメンなら許されるかもしれないが、覗くならスマートにやるべきだ。

 手本を見せてやろう……と言っても、ミシェルは電脳化してないからダメか。まあ、俺だったらこうする。


 俺は事前に女湯にスタンバイさせておいた、小型偵察ドローンのスカウトバグと、電脳との接続をはじめる。


(おおっ……こ、これは!?)


 俺の目の前には、総勢6名の女体が織りなす楽園が広がっていた。


(……あれ、一人足りない。ロゼッタはどこだ?)


 そう思ったその時、目の前にロゼッタの顔がアップに映し出された。どうやらスカウトバグを発見され、捕まったらしい。


《……あの、ヴィクター様?》

《なんだ、ロゼッタ?》

《何をされているのですか?》

《覗きだけど》

《でしょうね。ですが、見たかったら言ってくださればよろしいのでは? 皆さん、拒否はされないと思いますが》

《う〜ん、これはこれでアングラな感じがして、また趣があるというか……まあ、そういうことだ》

《……よく分かりませんが、ミシェルさんを連れて行かれたので、てっきりミシェルさんとお楽しみになられているかと思っておりました》

《いやいや、俺にそんな趣味(男色)は無いって!》

《そうなのですか。モニカさん達が、ミシェルさんの事を心配されてたので……。確かに、崩壊前なら未成年との性行為は事案ですしね》


 何か、会話が噛み合ってないような……。何でモニカがミシェルの心配を?

 そういや、未成年と言えばミシェルの奴……本当に15歳か? 後1年で、崩壊前なら成人になる。崩壊後の現在では、既に成人に当たるのだろうが、それにしては成長が遅いように見える。


《ミシェルの奴、メディカルチェックの時に異常は無かったんだよな?》

《はい。多少、検査値が怪しかったものもありましたが、全て正常値内です。内臓にも異常は見られませんでした》

《う〜ん……小さいのは体質かな? だが、あの持病は気になるな》

《持病? 何の事ですか?》

《ミシェルの奴……月に1度くらい、腹が痛くなって、熱出して寝込むんだよ。内臓に異常が無いとすると、何か心因的なものか?》

《ああ、それでしたら……》


[ロゼッタさん、何してるんですか?]

[フェイさん……いえ、虫が飛んでたので]

[胸デカッ!? え……そんなの抱えてて、何であんなに動けたのよッ!]

[コラ、カティア失礼でしょ!!]


 ロゼッタが何やら言いたげだったが、フェイとカティアが話しかけてきて中断されてしまった。


《また後で聞くよ。そのスカウトバグは捨てておいてくれ》

《承りました》


 スカウトバグとの接続を切ると、備え付けの洗い場で身体を洗い、湯船につかる。そして、浴場入り口の扉が開かれる音がして、ミシェルが入って来た。


「お、ミシェル遅かった……な……」

「あ、あの……そんなにジロジロ見ないでください……!」

「……えっ……お前、ミシェル……なんだよな?」

「そうですよッ!」

「お、おまおまおま……お前、女の子だったのかよッ!?」


 俺の目の前では、金髪碧眼の少女が手で要所を隠しながらモジモジしている。あのミシェルがまさか、女の子だったとは……。正直驚きだ。

 いや、今になって考えてみれば、『ミシェル』は地域にもよるが、男女両方でも違和感無い名前だ。持病だって、今になって考えれば、女性の生理の症状に類似している。さっきも女湯に入ろうとしていたが、あのミシェルが覗き目的で入るなんて、そんな馬鹿な事をするはずが無かったのだ。


「な、何で今まで隠してたんだ? 何か、知られちゃまずい……他人には話せない秘密が……!?」

「ち、違います! そんなんじゃ……」

「ならどうして?」

「女ってバレたら、色々と舐められると思ったんです……。ほら、僕って小柄な方ですし……。ただ、幸いこの見た目で勘違いする人が多くて。それで今まで、勘違いしてる人には訂正してこなかったんです」

「なるほど、俺もまんまと引っかかってた訳か。クエントの奴は? 知ってたのか?」

「多分、気づいて無かったと思います。洗濯とかも、全部僕がやってたので……。ただ、モニカさんには気づかれちゃいましたね」


 なるほど、モニカはミシェルの事情を知っていたのか。確かに一緒に洗濯とかしてたしな……。服とか下着とか、そういうので気がつく機会もあるし、モニカは職人だし、身体を見た時点で気がついていたかもしれない。


 確かにミシェルの言う通り、レンジャーの世界で女性は不遇な環境にある事が多い。というか、崩壊後の世界では、女性の立場は全体的に低いのだろう。ジュディ達も、碌な収入が得られなかった為に、野盗になったと言っていたしな……。

 男と勘違いされるのを活かしたのは、ミシェルなりの知恵なのだろう。


「……なるほど、事情は分かった。もう隠してることは無いよな?」

「あの……実は僕、13歳の時に家出してきて、レンジャー登録の時に引っかかっちゃうので、1歳サバ読みしてました。ごめんなさいッ!」


 と言う事は、ミシェルは現在14歳か……。にしても、その歳で家出って、何があったんだ? ……いや、聞くのは野暮だな。自分から話してくれるまで、待つのが正解だろう。


「あ〜、今から女湯に移動するか?」

「いえ、もう脱いじゃったので……大丈夫です」

「そ、それもそうか。使い方は分かるか? 湯船に入る前に、そこで身体を洗ってくれ」


 ミシェルに、浴場の使い方を教えながら、チラチラと身体を見る。こんな小さな身体で、今まで大変だったのだろう。何があったのかは知らないが、彼……じゃない、彼女は大切な仲間であることには変わらない。

 俺に出来る事があれば、手は惜しまないつもりだ。


「あの……あんまりジロジロ見ないで欲しいです……」

「……すまん」


 チラチラ見ていたつもりだが、いつのまにかジロジロ見ていたらしい……。男だからね、そんな気は無いけど気にはなるからな。


(あっ、でもちょっとヤバいかも……)


 俺のタイプは爆乳で金髪のお姉さんだ。年下の、それも未成年など眼中にないはずなのに、何故か下半身は反応する。ミシェルが金髪だからか? 全く、生命の神秘だな……。

 俺はミシェルに説明を終えると、ジャグジーに移動する。ここなら泡で隠れる上、ジェットバスによるマッサージで、気持ちを落ちつかせる事ができるはずだ。




 しばらくつかっていると、ミシェルがこちらに近づいてくる。……せっかく落ち着いてきたのに、何でわざわざこっちに来るんだ!?


「あ、あの。ご一緒していいですか?」

「あ……ああ、どうぞ?」

「失礼します……」


 ……何でわざわざ近くに座る? 確かに灯台下暗しと言うが、そういうことか?


「ミシェル、どうだこの浴場は?」

「凄いですね! こんな広い所にお湯を張るなんて、正直無駄だと思いましたけど、これは病みつきになりますね。このお風呂も、泡がシュワシュワしてとても気持ちいいです!」

「そりゃ良かったな」

「「 …… 」」


 き、気まずい……。さっさと出るとするか。


「ヴィクターさん……」

「ん?」

「……シないんですか?」

「な、何を!?」

「僕の故郷だと、女が裸を見せるのは家族だけです。意味わかりますか?」

「……つまり、ミシェルは俺の妹みたいな存在になったって事か?」

「とぼけないで下さい! 責任とってもらいますよ!」

「やめろ、事案になるだろうが!?」


 突如、ミシェルは俺に飛びかかってきた。

 俺の脳内では[連合軍士官による、未成年の少女への暴行事件が発生し、犯人は憲兵隊に身柄を拘束されました]という、架空のニュース記事が浮かんでいた。崩壊後なら許されるのかもしれないが、さすがに未成年者に手を出すのは気が引けるのだ。


「これでも食らえ!」

「ひゃあッ! 冷たいぃ!」

「ハハハ、これで頭を冷やすんだな!」


 何とかミシェルを振り払い、ジャグジーを抜け出した俺は、洗い場のシャワーを冷水にして、追ってきたミシェルに浴びせる。ミシェルは堪らずにジャグジーに戻ると、顔だけを湯船から出して、こちらを睨んでくる。


「……酷いです」

「魅力的な話だが、あと2、3年は早いな! 俺は先に出るが、ちゃんとあったまってから出ろよ!」


 俺は、ミシェルより一足先に出ると、更衣室でバスローブを羽織る。


《……ロゼッタ》

《はい》

《ミシェルの事、知ってたのか?》

《はい。ヴィクター様には、自分から話すとミシェルさんが仰ってたので、黙っておりました》

《そうだったのか。……それで、まだ入ってるのか?》

《はい。女湯は、皆さんあと1時間位出られないのではないでしょうか》

《ノーラはいるな? 頼みたい事があるんだが……》



 * * *



-その夜

@ヴィクターの私室


「ほ〜、化けるもんだな」

「私もびっくり。こんなキレイに染まるなんて……」


 俺の目の前には、金髪碧眼に姿を変えたノーラが立っていた。本来ならノーラは黒髪なのだが、ロゼッタに指示して染めさせた。染めると言っても、染毛料なので一時的な物だし、ダメージも少ない。

 ちなみに瞳の色は、カラーコンタクトだ。


「じゃあ、ご主人様。お仕置き始めて」

「待て、俺の事は今夜だけ『ヴィクターさん』と呼ぶように」

「えっ?」

「それから、基本敬語を使うように。それが今回の罰だ、分かったか?」

「……分かりました、ヴィクターさん」


 正直、ミシェルと混浴して、ちょっと興奮してしまったのは確かだ。何か間違いが起こってはならない。崩壊後でも、事案はダメだ。

 ノーラは、背格好がミシェルに近い。彼女ならこのたかぶりを鎮めてくれるはずだ。都合良く、お仕置きすることになってたしな。




「んっ、んっ……ごしゅ……ヴィクターさん、激しい♡」

(これは、ヤバイかもしれない……!)


 ミシェルとヤってるような背徳感と、ノーラをミシェルに見立てることの罪悪感が興奮を増長させる。病みつきになりそうだ。



 * * *



-同時刻

@スカドール家 執務室


「商工会の掌握、完了致しました」

「ご苦労、下がっていいぞ」

「はっ!」


 プルートは、部下からの報告を受け、ソファーに深く腰掛ける。


「……これでもう、後には引けなくなったなボードン」

「……元より覚悟はできてます!」

「正直、もう少し準備しておきたかった所ですがね」

「あの、ヴィクターとかいうのはどうするんです?」

「もちろん、対策は練っています。とりあえず、消えてもらう予定です」

「というと?」

「奴をガフランクに送ります。当然、道中にも罠を張ります。たとえ無事に着いたとしても、待っているのは……」

「なるほど。無事だったとしても、確実にこの街には帰って来れないと……?」

「ふふふ……ああ、この街を閣下に献上する日が待ち遠しい!」


 月明かりに照らされる、カナルティアの街を眺めながら、プルートは口角を上げた。





□◆ Tips ◆□

【グロリアス SC518-1200】

 老舗オートバイメーカー、グロリアス社製の大型バイク。スクランブラースタイルのバイクで、最新鋭のコンピューターによる天候・路面状況把握による走行の最適化と、ABSやトラクションコントロールといった機能により、ライダーをサポートしてくれる。

 ストリートからオフロードまで、どんな道でも卓越した走りを見せる、業界最古参のグロリアス社が自信を持って送り出した逸品。

 ヴィクターが乗りこなせなかった為、ジュディが貰い受け、現在ジュディの愛車になっている。


[排気量]1200cc

[モデル]Triumph Scrambler 1200 XE

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る