第104話 ノア6

-2時間後

@ノア6 ヴィクターの私室


 メディカルチェックとかいうのを終えて、私とミシェルは、ロゼッタさんに案内され、このノア6という遺跡の中を見学していた。


「まさか、こんな遺跡が死都にあったなんてね」

「す、凄かったですね!」

「さあ、最後に……こちらがヴィクター様の私室になります」

「ヴィーくんの部屋ッ!?」


 愛しのヴィーくんの部屋……。とても気になる。


 ロゼッタさんが壁をいじると、ウィーン! と言う音と共に、入り口が開く。

 ヴィーくんの部屋は、先程見た居住区画の部屋より大きく、家具などの備品により、未来的な他の部屋よりも、人間らしい生活感を感じる内装となっていた。


 だが、そんな部屋の一角に、先程まで私達が入っていたような機械が、ポツンと置かれていた。ミシェルも気になったようで、ロゼッタさんに質問する。


「……何ですか、これ?」

「さっきまで、私達が入ってた機械じゃないわよね?」

「それは、コールドスリープ装置。ヴィクター様の偉大な発明品であり……全ての始まりでもあります」

「……ヴィーくんが崩壊前から来たって言ってるのと、何か関係あるのかしら?」

「ええ、フェイさん。厳密には、崩壊前から210年もの間、ヴィクター様は眠られていたのです」

「「 210年ッ!? 」」

「ええ。眠りにつかれてすぐに、あの最終戦争があり、世界は崩壊してしまいました。ヴィクター様は、その際も眠られていたんですよ」


 衝撃の事実に、私達は驚愕した。ヴィーくんは、200歳越えのお爺ちゃんだったらしい。……いや、実年齢は22歳らしいけど。


「ねぇ、ロゼッタさん。さっきから、まるで見てきた様に言ってるけど、貴女も眠っていたんじゃないの?」

「あっ、確かに……!」

「いいえ、私は210年間……正確には、ノア6の管理を任されてからずっと、ヴィクター様を見守っていましたよ」

「だ、だとしたら……ロゼッタさんも相当なお婆ちゃんって事に……」

「い、いくらなんでも人間はそこまで長生き出来ませんよ!」

「ええ、その通りです。ですが、私は人間ではありませんので」

「「 ええっ!? 」」

「バイオロイドと言って、身体は人間とほとんど変わりませんが、作り物です。ほら、瞳が赤いでしょう?」

「確かに、そんな人見た事無いけど……」

「に、人間じゃないんですか!?」

「私の本体は、このノア6のマザーコンピューターの管理AI……つまるところ、機械のようなものです。この身体も、ヴィクター様に頂いたばかりで、肉体の年齢はまだ0歳なんですよ?」

「「 …… 」」


 もう、私達は話についていけなかった。あまりにもスケールが大きい話に、頭がパンクしそうだった。

 そしてしばらくすると、部屋にヴィーくんが入ってきた。


「あれ、何やってんだ?」

「はい。一通り見て回り、ヴィクター様の経緯をお話ししたところです」

「あ〜……だから、そんな変な目で俺を見てるのか」

「そういえば、例の回収予定のキャンピングカーとやらは如何でしたか?」

「調べたらさ、俺の欲しいやつ……エクストラモデルで、広告の為の試作品みたいな奴だったんだよね……」

「それでは、パーツのデータが無いのでは?」

「いや。車体は既製品のトラックを流用してたから、問題なくレストアできそうだ。必要な物のデータは送っといたから、用意しておいてくれ」

「承りました」

「フェイさん、二人の話についていけません。本当に住む世界が違うんですね」

「ッ! そうね……」


 住む世界が違う……そんな事、言われたくなかった。けど、そうかもしれない。ヴィーくんの住む世界は、この短い間に垣間見た……いや、見せつけられた。

 ヴィーくんは、ロゼッタさんと話し終えると、ミシェルに話しかけてきた。


「ミシェル。テトラ君のシーズン3、観たいって言ってたろ? 観るか?」

「えっ、観たいですッ! いいんですか!?」

「よし、じゃあ待ってろ」


 ヴィーくんは、部屋の壁一面に映像を流し始める。以前、二人で行った映画館……あれがお粗末に感じるほど、綺麗な映像だ。

 あの時、私ははしゃいでいたが、ヴィーくんは何を思っていたのだろうか?


「わぁ、テトラ君だぁ!!」

「ねぇ、ヴィーくん……」

「ああ、悪いフェイ。ちょっと後にしてくれ。ロゼッタ、武器庫で明日の準備をしてくる」

「承りました」

「……」


 ヴィーくんは、そう言うと部屋から出て行ってしまった。そんなつもりは無いとは理解しているが、見捨てられたような気がして、胸が不安でいっぱいになる。


「……ロゼッタさん。お話があります」

「何でしょう、フェイさん? あっ、どうぞお掛け下さい」


 私はテーブルに着くと、ロゼッタさんと対面する。


「私、ヴィーくんの恋人をしているんですけど……」

「はい。伺っております」

「……怒らないの?」

「何故ですか?」

「いや、貴女もヴィーくんのこと好きなんでしょ? そういうこともしてるだろうし、彼が他の女と会うなんて嫌じゃないの?」

「いえ、私はフェイさんに会えて良かったです。街でいつも、ヴィクター様の側にいる人に実際に会えて、その人となりが見れたのですから」

「そ、そう? そんな風に言われるとは思わなかったわ」

「それに、確かに私もヴィクター様とは性的関係がありますが、それを言ったら、ジュディさん、カイナさん、ノーラさんも同様ですよ?」

「えっ!? あ、あの子達も……? まさかとは思ったけど……」


 あの3人も、ヴィーくんと結ばれていたとは思いもしなかった。最近、ギルドで見かけないと思ったら、ここにいたなんて驚いたが……。

 話を聞いたら、あの3人はここでレンジャーの修行をしているらしいが、ヴィーくんとの関係を知り、余計に不安が増してしまった。


「……私ね、なんだか自信無くしちゃった」

「自信……ですか?」

「ええ。ヴィーくんの側に居続ける自信。ロゼッタさんみたいな美人もいるし、他にも女の子がいるでしょ? ……何か、別に私がいなくても……いいんじゃないかと思って……グス……」

「フェイさん……。どうぞ、ハンカチです」

「あ、ありがとう……グス……」


 気がつくと、涙が溢れていた。ヴィーくんが私から離れていく……そんなの嫌だ! そんな事を考えながら泣いていると、ロゼッタさんが優しい声で話しかけてきた。


「……ヴィクター様は、病気なのです」

「……えっ?」

「目覚めたら210年の時が流れ、外に出たら世話になった恩人に先立たれ……ヴィクター様は精神的に不安定でした」

「それって……ガラルドさんの事……?」

「止めなかった私にも原因があるのですが……。そんな中、ヴィクター様は女性の身体に依存する様になってしまったのです……」


 確かに、ヴィーくんの性欲は強い……と思う。けど、まさかそんな理由があったなんて……。


「それに、フェイさんのお気持ちも理解できます。ヴィクター様は、色んな女性と関係をお持ちになりますからね」

「……ロゼッタさんは、不安にならないの?」

「いいえ、全く。ヴィクター様は、いつも私を気遣ってくれますから……。フェイさんこそ、ヴィクター様のことを信じてないのですか?」

「そ、それは!」


 赤い瞳は、自信満々に見える。それだけヴィーくんを信じているのだろう……。この不安な気持ちは、私がヴィーくんのことを信じきれていないだけなのだろうか?

 確かに、独占欲が無いわけではない……。だが、ヴィーくんはお金を持っているし、力もある。村を新しく作ったりしているし、最近だと支部長もBランク昇格を考えているところだ。


 そんな男性を、私如き孤児出身の女が独占するなど、おこがましい……。そんな事は分かっていた。

 だけど、私のことを愛してほしいという想いは、日々強くなっていた。この1週間、ヴィーくんに会えなくて、もしかしてヴィーくんが帰らないのではないかと考えもした。

 それは、私がヴィーくんのことを信じていなかったということの、証明になるだろう……。


「私は……」

「フェイさん。ヴィクター様は、孤独な方です……。どうかこれからは、彼のことを信じ、愛してあげて下さい。きっとその分、ヴィクター様は貴女を愛して下さるでしょうから」

「はい、そうします……」

「ヴィクター様は、フェイさん達と生まれた世界は違うかもしれません。ですが、今生きている世界は同じなのです。今日、この場所を見て不安になったでしょうが、気にする事は無いですよ?」

「そう……ですよね。私、考え過ぎてたみたいです! ロゼッタさん、ありがとう!」


 ロゼッタさんに話して良かった。お陰で、不安だった気持ちも晴れた。そうだ……私達は今、同じ時を生きている……気にする必要は無いではないか!


「それから、フェイさんにもう一つ、お願いがあります」

「な、何ですか?」

「ヴィクター様と、いつか子供を作ってほしいのです」

「あっ、はい。何なら、今すぐにでも作りますよ? ……って、急にどうして!?」

「先程も言いましたが、私は人間ではありません。バイオロイドである私は、ヴィクター様と子を成せないのです」

「そ、そうなの!? そ、それは可哀想。……あっ、ごめんなさい!」


 そんな事が!? 愛する人との子供が作れないなんて、あまりにも可愛そうではないか。

 思わず声に出してしまったが、ロゼッタさんは怒っていないようだ。


「お気になさらず。事実ですから……」

「それで、私にヴィーくんとの子供を?」

「ええ。愛する方の血を分けた子の誕生は、喜ばしい事です。繁殖は生物の使命ですからね」

「は、繁殖……!?」

「それに、ヴィクター様の知識や技術を継いだ子供達が世界に広がっていけば、崩壊後の世界の復興につながるはずです」

「あ、それ素敵ですね!」

「という訳でこの世界の為にも、フェイさん達には、いつかヴィクター様の子供を産んで頂きたいと考えているのです」

「分かりました、任せて下さいッ!」


 私は、ロゼッタさんの手を取ると、固く握手を交わした。おそらく、これから一生の付き合いになるのだから……。

 そして、握手を終えた私の中で、今後の人生計画が練り直される……。



 * * *



-1時間後

@ノア6 医務室


「んっ……あれ、ここは?」

「目が覚めた?」

「……ジュディ? ……はっ!?」


 先程、何故か気絶してしまったカティアは、ロゼッタによるメディカルチェックを終えた後、ベッドに寝かされていた。

 そして目覚めると、そこには死んだはずの人間が、心配そうに自分を見ているではないか。


「あ、貴女死んだはずじゃ……!?」

「勝手に殺すな! ……生きてるよ、ヴィクターに拾ってもらったのさ」

「……」


 カティアの胸中は複雑だった。ジュディは同じ孤児院で育った仲間であり、野盗に身をやつした敵でもある。それに、死んだと思っていたら生きていたのだ。


 ジュディは、カティアに自分達の経緯を話した。ヴィクターに拉致され、狼旅団からは足を洗った事……今はこのノア6で生活している事……そして、今は幸せである事……。


「そうだったの……」

「ああ、だから昔と同じように……!」


──パァンッ!


 カティアがジュディの頬をはたき、ジュディの頬が赤く染まる。


「昔と同じように……ですって!?」

「……カティア?」

「野盗になるなんて! 人に迷惑かけて! それで元通りの関係なんて、無理に決まってるでしょ!?」

「……ッ!」

「大体、どうして……どうして相談してくれなかったのよ……!」

「カティア……ちゃん?」

「黙ってどっかに行って……再会したら野盗になってたのよ? 大事な友達が! その時の私の気持ちが分かる!?」

「ごめん……ごめんねぇ……。うぇぇん!」

「グスッ……な、泣かないでよ。……私だって……うぇぇんッ! 良かったぁ……ジュディとまた会えて、本当に良かったッ……!」


 カティアとジュディは抱き合い、泣き出してしまった。

 その光景を、俺とカイナ、ノーラの3人で、監視カメラを通して観ているが、カイナとノーラもつられて泣き出してしまった……。


「うっ……ぐす……いい話っす〜ッ!!」

「すんすん……かんどーした」

「えっ……な、泣くほどか?」


 しかし、カティアとジュディが泣くなんて珍しいな。映像は保存してあるから、カティアがうるさい時に黙らせる為に使おうかな……。


「よし、じゃあそろそろ食堂に行くか」


 今日は、皆揃って昼食を食べようと考えていた。歓迎の意を込めた、昼食会のようなものか?

 カティア達は、崩壊前の料理を食べたことが無いから、きっと喜ぶだろう。



 * * *



-1時間後

@ノア6 食堂


 食堂で、歓迎の食事会を開いた。といっても、料理は機械が作ってくれるので、やったことと言ったら、内装を飾り付けたくらいだが……。


 そうして始まった食事会だが、皆俺の期待通りに楽しんでくれている。崩壊前の料理には、食材が手に入らない為に、今では作る事が出来ない料理もある。ミシェルも料理に興味があるのか、ロゼッタやジュディに色々と聞いていたみたいだ。


 ……そういえば意外な事に、ミシェルはジュディの事がお気に入りみたいだ。先程から、積極的に色々と話しかけている。

 以前からミシェルは、女性に興味が無いように思えたが、そんな感じは無さそうだな。心配し過ぎだったようだ。やはり男子たるもの、エロい身体には惹かれるよな。

 ま、ジュディは俺の女だから、ミシェルにはやらんがな!


 チラリと他の奴を見れば、カティアが盛りつけられた料理をドカ食いしている。どうも、オムライスがお気に入りみたいだ。何回もお代わりしているが、その調子だと確実に太りそうだな……。

 確かに、米はセルディアじゃあまり育ててなかった作物だし、崩壊後の世界じゃ珍しいのか。


「そういえば、結局なんでカティアは気絶したんだ?」

「んぐっ!? そ、それは……」


 ノア6に来てすぐ、カティアはぶっ倒れた。ロゼッタが心因的なものだと言っていたので、気になったのだ。


 で、話を聞いたら、どうもジュディ達が怖かったようだ。カティアは、ジュディ達が既に死んだものと思っていたらしい。

 カティアも、レンジャーとして活動しているので、当然人を殺める機会もあった。そして、崩壊後の人間らしく、人を殺した事に関して、精神的なダメージも少なく、今まで死んだ人間のことを考えた事も無かった。


 だが、死んだはずの人間が生き帰るというのは、とても恐ろしかったらしい。それも気絶するほど。自分が殺した人間が、再び自分に襲いかかってくるような気がして……。

 まあ、考え過ぎというか、ホラーが苦手というか……今じゃ、誤解が解けて仲良くなっているようだが。


「あっ、ヴィクターさん。後でテトラ君の続き、観せて下さいね!」

「あっ、ミシェルずるいわよ! 私も観たい!」

「まずは、その腕時計の使い方を教えるから、その後だな。それが使えれば、自分で観たいのが観れるようになるぞ」

「「 本当 (ですか)!? 」」


 腕時計には、当然リモコン機能もついている。部屋の壁に、映画やテレビ番組を投影する操作もできるのだ。

 この機器の操作方法は、今後ロゼッタに教えてもらう予定だ。


 その後、モニカからノア6の面々へ、服のプレゼントがあり、ロゼッタとジュディ達がその場で着替えて、ちょっとしたお披露目会になった。

 ジュディの生着替えは、ミシェルには目の毒……いや、保養になっただろうが、俺からのプレゼントだな。



 * * *



-1時間後

@ノア6 ブリーフィングルーム


 その後、カティア達はロゼッタによる講習会に行き、俺とジュディ達三人娘は、明日の作戦会議を行うことにした。

 明日は本来の目的である、キャンピングカーの回収に赴く予定だ。


「今回は、お前達三人の初の実戦投入になる。おそらく、ミュータントとの戦闘になるだろうが、ロゼッタに教育されたお前達なら大丈夫だ。期待してるぞ!」

「「「 はいッ! 」」」


 ロゼッタから聞いている話では、崩壊前ならまだ不合格だが、崩壊後の今なら及第点だろうとのことだ。だが、ロゼッタの基準は「電脳化された特殊部隊を相手に、単独でいかに立ち向かうか」なので、かなりハードルが高い。

 そのおかげで、訓練はかなりスパルタだった。あのおっぱいが無かったら、絶対に挫折してたな……。


「ご主人様、しつも〜ん!」

「何だ、カイナ?」

「回収する車って、どんなやつなんすか? 間違って穴開けたらマズイっすよね?」

「ちなみに、対象に穴を開けたら、辛い罰があるからそのつもりで」

「辛い罰……って、何すか?」

「……聞きたい?」

「や、やっぱ遠慮しておくっす!」


 キャンピングカーは、どうせ後からレストアと改造をする予定なので、多少銃弾が当たっても問題ない。だが、彼女達の任務遂行能力の向上を図るべく、今回は条件を付けさせてもらった。

 今回はキャンピングカーだが、もし人質救助などの場合、人質を傷つけてはならない。モニカも一度誘拐されているし、今後何が起きてもいいようにしておきたいのだ。


 ちなみに、罰は当然性的な内容だ。罰と称して、普通なら抵抗されることを強要して、エッチのハードルを下げる。

 まあ罰が有る無しどちらにせよ、俺の利益にはなる。


「で、どんな車なのさヴィクター?」

「待ってろジュディ、今写すから……」

「映画?」

「違うぞノーラ。これは、プロモーションビデオ……要は広告だな」


 ジュディに促され、俺はとある会社のキャンピングカーの宣伝映像を、スクリーンに流し始めた。

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