第103話 招待

-数日後 朝

@ガラルドガレージ


「じゃあ、反省会やりま〜す!」

「な、何よ急に……」

「どうかしたんですか、ヴィクターさん?」

「今回の遠征で、問題点が見つかったから、対策を練りたいんだよ」


 オカデルの街から帰った翌日、俺は反省会を開くことにした。初の遠征で1週間近い、長い日数を要してしまった訳だが、色々と問題が見つかったのだ。これを機に、今後の対策を練るとしよう。


「まず、飯がマズいッ!」

「そ、そんな……!」

「ああ、すまん! 語弊があるな……ミシェルの飯は美味いんだ。だけど、野外だと調理環境にどうしても限界があるだろ? そういう事を言ってるんだ」

「そ、そうですけど……それは贅沢なのでは?」

「そうよ、ヴィクター。野営で、街にいる時と変わらないご飯が食べられる訳ないでしょ! 我慢しなさい!」


 人間、一度贅沢を味わうと抜け出せないものだ。確かに、野営中に大掛かりな調理はできない。精々、狩ってきた動物を頂くとか、後はドライフルーツとか缶詰になる。

 これが、崩壊前の保存食品ならまだいいのだが、崩壊後の製品は俺の口に合わなかった。ドライフルーツとか、不味くて食えたものではないのだ。


 そんなこんなで、野営中はミシェルの家庭料理が恋しかった……。


「まだ問題があるぞ!」

「何よ?」

「凄く疲れる!」

「……確かに、ずっとヴィクターが運転してたわよね」

「僕達、何も考えずにテトラ君観てました……。ごめんなさいッ!!」


 最悪、車は自動運転とか運転補助システムを使っているので、長旅でも運転による疲れは問題ない。最悪、運転席に人がいなくても目的地に着く。

 だが、そんな状態を人に見られたら大変だ。また変な噂が広まってしまう。


 結果、俺が運転席で運転している振りをして暇を持て余している間、背後から楽しげな声が聞こえてくるという、かえりみられないドライバーをする事となってしまった。俺だって、映画とか観たいのだ! 暇を持て余すなんて、疲れが溜まって仕方がない。


「まだまだ問題があるぞ!」

「今度は何よ!?」

「出先に着いても、宿があるとは限らない!」

「それは、仕方ないのでは?」

「運が悪かったって、諦めるしかないわよね。我慢なさい、子供じゃないんだから……」

「現地の女の子と仲良くなって、宿が無かったら何処でヤればいいんだ!?」

「えぇ、結局それですか……」

「てか、恥ずかしいから、もうあんな事しないでッ!!」


 あの時は受付嬢の好意?により、ギルドの出張所を使わせてもらえたが、いつもそうできるとは限らない。オカデルの街でも、人の出入りが多いのか、高い宿でも客が多かった。

 就寝環境が良くないと、思わぬところで身体に疲労が蓄積し、本来のパフォーマンスを発揮できないかもしれない。それはつまり、生命の危機につながる。


 また、オカデルの街で成功させた様に、ナンパが上手くいった時に、女の子を連れ込める場所が無いのは困る。俺は何処でも構わないが、初対面の女の子は、そうはいかないだろう……。

 俺は紳士的なのだ。その辺はわきまえているつもりだ。


「……カティア、さっきから我慢我慢と言ってるが、いい加減にイラッとしてきたぞ?」

「な、何よ! 事実でしょうが!? 皆我慢してるのよ! いい加減に駄々こねるのはやめて!」

「何だと!? カティアだって我慢出来ない時はあるだろうが!? 自分が我慢してるからって、俺にまで押し付けようとするな!」

「はぁ!? 何の話よ!?」

「性欲だよ!」

「ふっざけんなッ! 女の子に向かって、何言っちゃってくれてんのよッ! 大体、私は経験無いし……。それに、言わせてもらうけどね、あなた毎晩毎晩うるさいのよ! 確かに、我慢してるわよ。こっちの事も考えてくれないかしら!?」

「あ……あの二人共、落ち着きましょう!」


 俺とカティアの言い合いに、ミシェルはオドオドしている。


「お前、寝つきが良いって言ってただろうが! 大体うるさいのは俺じゃなくて、アンアン言ってる女共の方じゃないのか?」

「な、なんて奴なの……! フェイとモニカを一体何だと思ってるのよ!?」

「大事な女だが? 大体カティア……お前だって、いつも聞き耳たてながら一人でモゾモゾしてただろ?」

「ッ!? なっ……なななッ!」

「ミシェルがいて、最近はご無沙汰なんだろうが、押し付けは良くないよな?」

「ヴィクターさん、何の話ですか?」

「ッ! 何でもない……何でもないのよ、ミシェル!」

「は、はい……」


 ミシェルは現在、カティアと一緒に寝ている。というのも、ガレージの半2階の生活空間に余裕が無く、ミシェルのベッドを置くスペースが無いのだ。

 ……まあ、俺の特大ベッドが原因でもあるが。

 それに、ミシェルも申し訳ないからと言って、俺がベッドを買ってやると言っても固辞してきた。


 その為、現在カティアは一人で寝られる環境にない。そうなると、気持ちがたかぶっても何も出来ずに、悶々とすることになるのだ。


「だが諸君、諦めるにはまだ早いぞ! 全て丸っと解決出来る手段が、俺にはあるッ!!」

「……へー」

「ほ、本当だったら凄いです……!」

「ああ、これならミシェルの寝床も用意できるぞ?」


 俺の計画……それはキャンピングカーだ。以前、グラスレイクの資材を調達する際に、死都のキャンプ用品の見本市に、良さげな車が残されていた。

 少々問題があり、回収してなかったのだが、あれをレストアすれば、これらの問題が解決できる筈だ!


「ヴィーくん、ただいまっ! ……あれ、何か取り込み中だった?」


 フェイが帰ってきて、俺に抱きついてきた。今日も夜勤明けか……今度、支部長に文句を言ってやろうか?


「フェイ、仕事は?」

「ヴィーくんが帰ってきたから、休みにしてもらったの。今日から3日、お休み! これでこの1週間の遅れを取り戻せるわね!」

「遅れって何だよ……でも丁度いいな、フェイも連れて行くか」

「またグラスレイクに行くの?」

「いや……俺の実家みたいなところかな」

「実家……? えぇッ!?」

「えっ、それ私たちも行くわけ?」

「僕達もついて行っていいんでしょうか?」

「ああ、是非来てくれ。一応、フェイのも含めて全員分のを用意してあるんだ。ほら」


 3人に、“腕時計”を渡す。今回は、皆をノア6に招待するつもりだ。ここまできたら、俺達はもう運命共同体だ。もう、俺の秘密を暴露してもよいだろう……。

 というか、いい加減に知っておいてもらわないと困る。事あるごとに、はぐらかしたりするのとか、もう面倒くさい。それに、コイツらに暴露して、その後他の人間に話したところで、絶対に信じてもらえないだろうしな。


「コレ前にも付けたけど、まさかまた死都に行く気? 流石に、帰ってきて早々はやめない? ……ってか、実家ってどんな所にあるのよ」

「腕時計のような……でも違う? 何ですか、これ?」

「ヴィーくんからのプレゼント!? ありがとう!」


 皆、思い思いに感想を述べているが、渡した腕時計をつけてくれた。作業していたモニカも呼び、全員で車に乗り込む。

 以前とは違って、全員が座席に座っているのは壮観だな。


「やっと新しい車で出かけられるわね、乗るの楽しみだったの!」

「そりゃ良かった! ……まあ、もう一台新しい車が来る予定だけどな」

「えっ……?」



 * * *



-数分後

@カナルティアの街 南門


 門を出ようとした時に、いつものおっさんに絡まれた。だが、その表情はどこか硬い気がする……。


「よう弟子! 車を新しくしたとは聞いたが、随分とゴツイな! よくこんな車があったな。どこで見つけたんだ? オカデルの街か?」

「いや、死都でちょっとね」

「そうか……。そういや、村の方はどうだ?」

「おかげさまで、順調だよ。……それより、何かあったのかおっさん? 浮かない顔だな?」

「いや……気にするな、何でもねぇよ」

「そういえば、自治防衛隊との合同訓練ってのはどうなんだ?」


 以前ボヤいてた事を話題に出したら、おっさんはしばらく考えた後、話してくれた。


「まあ、お前ならいいか。ここだけの話……連中が組織改革をしてるのは知ってるよな?」

「ああ、いい事じゃないのか?」

「確かに、組織としてはマトモになりつつある。だが、訓練していて気づいたが、今の自治防衛隊員の多くが、この街の人間じゃない」

「どっかの村から移住してきた奴って事か? 身寄りのない移住者に職を与えるのは、いい事だと思うが」

「そう思うか? だったらいいが……素人集団にしては、やけにお互いの意思疎通がスムーズで、連携が取れてるんだ。しかも、自治防衛隊は前はそこまで規模は大きくなかったが、今じゃ以前より大所帯になってる」

「……何かあると?」

「俺は疑い深い人間なんでね、弟子」


 カナルティアの街の治安維持組織は、警備隊と自治防衛隊の2つがある。その人員比率は、以前は5:1くらいだったのだが、現在は5:2くらいになっており、自治防衛隊の規模はいまだに拡大しているとの事だ。

 さらに自治防衛隊は、資金力がある為、警備隊より装備が充実している。その為、戦力的にどちらが上になるかは分からない。


 おっさんの言う事も分からんでもないが、力があるならそれに越した事は無い。抑止力になるし、事件が起きた際の対応にも余裕がある。

 あのプルートが改革の中心なのだ、変な事は無いと思う。多分、以前の腐敗した組織の偏見が残っているのだろう。その内慣れるさ。


「ねぇ、いつまで話してるの?」

「おっと、こりゃギルドの……。すまんな弟子、気をつけてな!」

「ああ、待たな!」


 助手席のフェイが顔を覗かせると、気を使ってくれたのか、おっさんは去っていった。



 * * *



-数時間後

@死都 ノア6前


『この先は関係者以外、立入禁止となっております。身分の提示をお願いします』

「「 ヒィィィィッ!! 」」

「やっぱり、最初はそうなりますよね……」

「私も最初は、ヴィクターの言う事が信じられなかったわ……。あれ、モニカは大丈夫なの?」

「え、ええ。実は、以前にも連れて来てもらってて……」

「……ふ〜ん」


 ミシェルとフェイが、接近してきたテトラローダーに怯えている。そして、経験のあるカティアとモニカは、昔の自分を見ているような感じで、怯える二人を見つめている。

 てかミシェル、お前の目の前にいるロボット……お前の大好きなテトラ君の元ネタなんだが……。


『……身分の提示をお願いします』

「ほら、さっき話した通りに、腕時計をそいつにかざしてくれ」


 4人が、テトラローダーに腕をかざし、身分のチェックが完了する。


『……認証。フェイ・ライスフィールド大尉、モニカ・ルーンベルト技術少尉、ミシェル・エルハウス伍長、カティア・ラヴェイン二等兵……ようこそ、ノア6へ』


 フェイには姓が無い為、俺のを使わせることにした。……別に深い意味はない。


「そういえばヴィクター、大尉とか伍長とか名前の後に言われるけど、何なの?」

「ああ、階級の事か? 軍の中での序列を示してるんだ」

「軍? 序列?」

「……レンジャーのランクみたいな奴だな。最低が二等兵で、お前達の中だとフェイが一番上だ」

「ふ〜ん。……って、私一番下っ端じゃない! ミシェルより下ってどう言う事よッ!?」

「ミシェルは、食事に家事と色々貢献してるだろうが! ……まあ昇格はあるから、諦めてくれ」

「ムキーッ!」


 ちなみに、階級も適当につけている。昇格はあるが、多分面倒だから当分はこのままになるだろうな。


「それよりミシェル、こいつらテトラ君と同じロボットだぞ?」

「な、何言ってるんですかヴィクターさんッ! これはテトラ君じゃありませんっ! ミサイルランチャーも付いてないし、シーズン2最終回でついたプラズマキャノンも付いてないですよッ!?」

「そ、そうか……悪かったな……」


 テトラ君シーズン2……あれは酷かった。確かに燃える展開は多く、テトラ君の醍醐味である武装のカスタマイズシーンも多かったのだが、非現実的な……実際には搭載できない様な兵器を、平気で使用していたのだ。……ダジャレじゃないぞ?


 まあ、ただの警備ロボが、同盟軍の多脚戦車といった、強大な敵と戦う為には必要な措置だったのだろうが、視聴者の間でも賛否両論だった。当然、子供達は大絶賛で、ミシェルも同じ意見の様だ。

 反対派の俺とは話は合わないだろう……この話題は振らない様にしよう。



 * * *



-数分後

@ノア6 正面出入口


「お帰りなさいませ、ヴィクター様」

「……ヴィクター、ここ何? それにあの美女は誰?」

「ヴィーくん……貴方は一体……」

「ヴィクターさん?」


 モニカ以外の全員が、不安な顔で俺を見てくる。


「前にも言ったが……実は俺、崩壊前の人間なんだ」

「「「 ……はぁ!? 」」」


 3人の素っ頓狂な声が響く。


「ちょっ……あの話、本当だったの!?」

「た、確かに……いつも知らない遺物を使いこなしてましたし、話が本当なら納得できます……でも!」

「そんな……ヴィーくんが……!?」

「俺は、最初から本当の事を言ってたぞ? 信じなかったのはお前達だ」

「じゃ、じゃああの美女は? あの人も崩壊前の人なの?」


 カティアがロゼッタを指差す。


「はじめまして、皆様。ロゼッタと申します」

「あ、どうも……」

「ロゼッタも……まあ、そんな感じだな。俺の家族みたいなものだ。厳密には“人”ではないけどな」

「か、家族……ヴィーくん、そんな……」


 その時、ノア6の奥からカイナ達が様子を見に来た。


「あれっ? 誰かと思ったら、カティアにフェイさんじゃないっすか!?」

「久しぶり」

「……カティア」

「……え?」


 カティアは、3人を見ると固まってしまった。と思いきや、しばらくすると、これまでに見た事が無いくらいに震え、怯え出した。


「ジュディ……カイナ……ノーラ……? 何で、何で……死んだはずなのに、どうして……」

「何言ってんだカティア。そりゃお前の勘違いだぞ?」

「って、ご主人様! カティアがッ!」

「ん? おい、カティアどうしたんだ!?」


 気がつくと、カティアは床に倒れて気を失っていた。


「皆、コイツを医務室へ! ロゼッタ、丁度いいからカティアとフェイ、ミシェルの3人のメディカルチェックを頼む」

「承りました。お二方、どうぞこちらへ……」

「ヴィーくん……」

「ええと、この人について行けばいいんですね?」


 フェイとミシェルは、ロゼッタについて行く。特にミシェルは、持病がある為、何とかしてやりたかった。

 これで今日、治療が出来るはずだ……。



 * * *



-数分後

@ノア6 医務室


「……あら?」

「な、何ですかロゼッタさんッ!?」

「ああ、ごめんなさい。気にせず、そのままポッドの中で寝ていて下さい、ミシェルさん」

「わ、分かりました……」


(……変ですね。何故、“男性”になってるのでしょうか?)


 ロゼッタは、ミシェルのメディカルチェックをしている最中、カルテ入力の際に、腕時計のミシェルの性別データが誤っている事に気がついた。

 データだと、ミシェルは男ということになっているが、今目の前にいるのは、明らかに少女であった。


(意図的なものでしょうか? ですが、チェックの際に誤りが見つかると、色々面倒な事になりますね……。ヴィクター様の手を煩わせる事になりかねないですし、私の手で訂正しておきますか)


 ロゼッタは、ミシェルの腕時計を操作して、データの編集を行う。そして、ミシェルの性別データを男性から女性に変更しようとして、気がつく。


(もしや、性同一性障害の方でしょうか? もしかして、これはワザと? 本人に確認してみましょう)


「ミシェルさん」

「はい、何ですか?」

「あなたは女性ですよね?」

「えっ!? ……は、はい。見ての通りです……」


 ミシェルは現在、メディカルチェックを受ける為に、下着……ショーツだけになっている。明らかに、少女の身体である。


「そうですか。では年齢は15歳で、名前もミシェル・エルハウスさんでお間違えないですか?」

「そ、その……本当の年齢は14歳です……」

「あら、そうなのですか。次からは、ヴィクター様に嘘はつかないようにお願いしますね? チェックの際に、嘘が発覚すると、ミシェルさんの安全が保障できませんので」

「ご、ごめんなさい……! そんなつもりは無くて……」

「はい。腕時計のデータは修正しておきましたので、これで大丈夫ですよ。……では、次は内臓を診ますので、そのままの姿勢で動かないで下さい」

「あっ、お願いします……」


 その後、何事も無かったように検査を続けるロゼッタであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る