第102話 山奥の寒村4
-同時刻
@山奥の村 廃坑前
(何やってるのかしら?)
カティアは、村の裏山の前に来ていた。そこには、何故か村人達が集まっており、皆静かに佇んでいた。
しばらくすると、村長が前に出て、話し始めた。
「今日の収穫は……知ってるだろうが、子供が一人、女が一人、男が一人だ! 最初はどうする?」
(……私達のことかしら? でも収穫? 最初? あの人達は何を言ってるの?)
「子供に決まってる。柔らかそうだ……」
「女も脂がのってて、美味そうだぞ!」
「男は筋が多そうだ。鼠と蛆虫の餌にしよう……」
「ああ……早く食べたいッ!!」
村人達が、ガヤガヤと話し始める。
(一体何を……ま、まさかッ!?)
カティアは、話の流れから大体の事を悟り、冷や汗を流す。
(この人達……食べる気なの、私達の事を!? いくらなんでも、そんな事する?)
しばらくの後、村長が手を叩き宣言する。
「よし決まった! 最初の肉は女にしよう。皆、準備してくれ!!」
村長の宣言に、村人達は無言で作業を始める。
(マズい……早くヴィクターに知らせないと……ッ!?)
──カラッ……カラカラカラ……
この場から離れようと、潜んでいた茂みから出ようとして、カティアは運悪く足元の石ころを蹴飛ばしてしまい、カラカラと石が転がる音が辺りに響いた。
ただでさえ、不気味に静まり返っていた空気が、さらに静かになった気がして、カティアは恐る恐る背後を振り返る。すると、村人達が全員こちらを、ギョロっと血走った目で見つめており、カティアは思わず腰が抜けそうなのを必死で耐える。
「……にく……だ!」
「肉が逃げたぞぉッ! 捕まえろォ!!」
「「「「 ウオォォォォォッ!! 」」」」
「ひぃ……い、嫌ァッ!!」
カティアは、これまでの人生の中で最速の速さで走り、村人……いや、飢えた食人鬼の群れに追われながら、村の中へと逃げ込んだ。
* * *
-数分後
@山奥の村 入口 ヴィクターの車
「……マジかよ、カニバリズムとか実在するのか!? ビックリだよッ!!」
「か、カニ? とにかく、一刻も早くこの村から逃げないと!」
「そうだな。カティアが戻り次第、急いでこの村を脱出だ!」
この村が、レンジャーの失踪に関わっている証拠を得て車に戻ると、ミシェルが怯えていた。話を聞くととんでもない事を知った。
なんとこの村は、外から来た人間を捕らえて喰ってるらしいのだ! 俗に言う、カニバリズムというものだ。
カニバリズムには、宗教や慣習により発生するものと、飢えなどの極限状態で発生するものがある。この村の場合は、村の困窮状態を見るに、明らかに後者だろう。このセルディアでカニバリズムの風習は無いし、鼠や蛆虫を食うなんて事も聞いたことがない。
つまり、俺達は飢えた猛獣の群れに、ノコノコ入って来た羊のようなものだ。……全く冗談じゃない!
『た、助けて〜ッ!!』
「ヴィクターさん! カティアさんが!!」
「やっと帰って来たか……って、追われてるじゃねぇか!」
ミシェルがモニターを見ながら声を上げたので、村の方を見るとカティアが村人達に追われながら、こっちに向かっていた。
『待てーッ!!』
『肉を逃すなぁッ!!』
「……逃げていいかな? カティアを囮にしてさ」
「えっ!? じょ、冗談ですよね!?」
「当たり前だ! ミシェル、射撃開始だ! カティアに当てるなよ?」
「はいッ!」
俺は、車のエンジンをかけると、助手席に置いてあったアサルトライフルを取り、車から降りる。その瞬間、車の砲塔が火を吹いた。
俺は、右膝を地面につけ、左膝を立てて膝射の姿勢を取ると、カティアに近い奴を狙撃していく。村人達は、バタバタと倒れていくが、その歩みを止める気配はない。
──ドドドドドドッ!
──ダンッ! ダンッ!
「た、助けてッ!!」
「カティア、こっちだ! 早くしろッ!」
「はぁ、はぁ……。もう、いや!」
カティアが近づいてきたのを見計らって、射撃をやめ、車に乗り込み出発の準備をする。
「はぁ、はぁ……出してッ!!」
「はいよッ!」
カティアが乗り込むのを確認し、車を急発進させる。
──ギュイン、ブロロロロッ!
『肉が逃げるぞぉ!』
『まぁ〜てぇぇッ!!』
「「 ヒィィィッ!! 」」
まるでホラー映画の如く迫って来る村人達に、二人は怯えている。そんな彼らも、車にはついて来れないのか、しばらく走ると、彼らの姿がバックミラーから消えた。
「はぁ、はぁ、し……死ぬかと思った!」
「こ、怖かったです……」
「ヤベェ所だったな」
「そうだ、ヴィクター。アイツらなんだけど……」
「ああ、知ってるよ。人喰いなんだろ? 拾った手帳に書いてあった……。それからコレだ」
俺は、カティアに布袋を手渡す。中には先程回収した、ドッグタグなどが入っている。
「……これは!?」
「ああ。多分、失踪した奴らの物だろうな」
「じゃあやっぱり、あの村が……!」
「ああ、一刻も早くギルドに報告しないとな!」
* * *
-夕方
@麓の村 ギルド出張所(小屋)
《プリオン病……ですか?》
《ああ。多分、山奥の連中はそれに罹患してたんだろうな》
《あまり聞き慣れない病ですね》
《そりゃあ、崩壊前には殆ど見られない病気だったからな》
《今情報を確認しましたが、確かにヴィクター様が仰る通り、プリオン病の一種のように感じます》
《それにしても、こういう病気って、なんか不思議だよな?》
《と言いますと?》
《何か、共喰いに対する罰というか……自然の摂理に反するような事はしちゃいけないんだなって》
《そうなのかもしれませんね》
山を下り、麓の村に到着した俺達は、真っ先にギルドの出張所へ向かった。小屋の扉を開けると、受付嬢が顔を赤らめてこちらを見てくる。
「あっ……♡」
「よっ!」
「あの、もう終業なんですが……また泊まるんですか? ほ、本当はイケないんですけど、どうしてもって言うなら……♡」
「それより、重要な話だ。依頼の調査で分かった事がある。大至急で対応してほしい!」
「えっ!? わ、分かりました!」
その後、依頼は停止され、オカデルの街にも連絡……詳しい話は、俺達が支部でする事になった。
受付嬢には、事のあらましを話したのだが、昨日とは違って、是非泊まっていってくれと懇願された。まあ、怖かったのだろうな……。
で、再び出張所に泊めさせてもらい、今夜こそはこの受付嬢と最後まで!と意気込んでいたのに、カティアとミシェルがベッドに潜り込んで来た。
流石に狭かったので、床にマットを敷き、エアマットを敷いて皆でくっついて寝ることになった。……正直、暑苦しい。
……何だろう、崩壊後の人達ってホラーが苦手なのだろうか? カニバリズムとかは、ホラー映画でよく見る内容だ。流石に、俺も実物は初めてだったし、驚きはしたが、そこまで怖がる事だろうか? まあ、スリル満点だったのは確かだが。
「だ、だってヴィクターさん! まだあの人達……あの山にいるんですよ!?」
「や、山降りてきたらどうすんのよッ!」
「こ、こここ怖い事言わないで下さいよぉ〜!」
まあ、その心配は分かる。だが、車でかなりの距離がある上に、あの不整地だ。川も超える必要がある。とても、あの痩せた身体で山を下りられるとは思えない。
この村に依頼を出しに来た時は、かなりの無理をしたはずだ。それに──
「まあ、しばらくは下りてこないさ」
「な、何でそう言い切れるんですか、ヴィクターさん!?」
「だって、逃げる時に食料は供給したろ? 今頃、パーティーでもしてるんじゃないかな?」
「えっ……そ、それって!?」
「ちょっとヴィクター! お願い、怖い事言わないでッ!」
「ヒィィッ! 私も街に帰りたいです、配置換えを要求します〜ッ!!」
* * *
-その夜
@山奥 食人鬼の村
村の広場では肉が焼かれ、村人達はそれを勢いよく頬張っている。バーベキューか何かに見えなくもないが、肉を焼いている近くでは人間の死体が解体されていた……。
「諸君! 今日は肉に逃げられ、村の仲間を失ってしまうという散々な一日だった……。だが、同時に福音でもある! 仲間達の犠牲により、我らは腹を満たす事ができるのだから!」
「「「「「 ウリイイイッ!! 」」」」」
「さあ、腐らぬ内に、全て食べ尽くすのだぁ!!」
村人たちが食べているのは、先程ヴィクターとミシェルにより撃たれて死亡した、同じ村の同胞の遺体であった。
皆、口には出さないが、ヴィクター達には感謝していた。口減らしと、食料供給をしてくれたのだから……。
「あの依頼はもうダメだな。この肉で食い繋げる内に、また山を下りなくては……。それにしても、まさか逃げられるとは……。くく……これだからレンジャーを呼ぶのはやめられないッ!」
村長は、身体を震わせて、病的な笑みを浮かべる。
彼らにとって、レンジャーを呼ぶのは、当然食料供給の意味がある。依頼を出しておけば、食料が自分からやって来るのだ……やめられるはずがない。
他にも、今日のように企みに気がついたレンジャーによる反撃で、村人が殺される事も期待していた。……というよりむしろ、こちらの方を皆望んでいた。
外から来た人間の方が、肉も多く、脂も乗っているが、すぐに食い尽くされてしまう。
村人達は、常にお互いに極限状態にあり、誰かが誰かを殺し、肉を喰らおうものなら、村人達全員で殺し合いになるのは目に見えている。その為、お互い常に監視し合っており、仲間というより、食料を巡る競争相手なのだ。
だから、今回のように競争相手を減らしつつ、食料を手に入れられる方が、村にとっては好都合だったのだ。ちなみに、彼らはもう病気であり、人間を食べることしか頭にない状態だった……。
彼らは、変わらずにこの村で人を待ち続ける……飢え死にし、最後の一人になるその時まで……。
* * *
-翌日
@オカデルの街 レンジャーズギルド
翌日……麓の村を出発し、オカデルの街に戻って来た。麓の村の受付嬢からは、当然引き止められたが、この村に護衛をつける提案と、山奥の村の掃討を支部長に提案してくることを約束した。
そして約束通り、支部長にその事を提案したら、ペコペコ頭を下げながら、すぐに取り掛かってくれた。
聞いていた話だとヘタレのはずだが、話を聞けば、どうも俺がアレッタに貰った紹介状の効果が大きかったようだ。
紹介状には、カナルティアの街支部長、シスコ・デロイトの署名があり、シスコはギルドの評議員とかいうお偉いポストに就いているそうな……。それで、ペコペコしてたようだ。まあ、結局はヘタレだな。
その後、受付で報酬を貰い、ロビーでカティア達と今後の相談をする。
「どうする? 今日も前の宿でいいか?」
「そうね……。もうすぐ夕方だし、今日はこの街で一泊するのがいいかもね」
「ミシェルはどうだ?」
「はい、僕もそれでいいです。……あの、良かったら街を見て回りませんか? 僕、この街初めてなので」
「確かに、それはアリだな」
俺もこの街は初めてだ。見て回るのも面白いかもしれない……。まあ、治安には気をつけて、観光がてら飯を食うとするか!
「よし、じゃあ宿取ったら街を回るか! ついでに飯でも食おう」
「それ良いわね! 賛成!」
「ありがとうございます、ヴィクターさん!」
街を周り、あのお姉さんに会えるかと期待したが、そんなことは無かった……。現実はそう甘くはないな。
カナルティアの街に帰るまで、行きと同じなら後2日かかる……。俺はその間、性欲を我慢できるのだろうか?
* * *
-同時刻
@カナルティアの街 スカドール邸
「遂にこの時が来ましたね……」
「ええ、準備に準備を重ねました。いよいよですね、使者殿……」
スカドール家の屋敷、現当主プルートの執務室では、二人の男が会談を行っていた。プルートと、使者と呼ばれている男である。
「ですが、急に作戦を変更するなんて驚きましたよ、プルートさん。どういった心境の変化があったので?」
「いえね……この前、作戦が露呈したかと焦った時がありましてね……。ああ、ご心配なさらずとも、私の思い違いでしたがね」
「ほう……それで?」
「で、考えたのですよ。我々が成すことは何か……と。それは、最終的な作戦……カナルティアの街の占領です。その為には、我々の作戦が察知される訳にはいかない」
「なるほど」
プルートは、コップに水を入れて、グイッと一気に飲み干すと、自らの計画を饒舌に語る。
「以前の作戦は、大部隊で規模の大きい村を占拠するものでした。ですが、それでは怪しまれる上に、兵站もバカになりません」
「以前の話では、略奪で済ませる予定でしたね?」
「ですが、別に村を占拠する必要は無いのです。要は通商破壊と、街の戦力であるレンジャー達が分散できればいいのです。その後は、私が閣下から預かった兵でこの街を……という訳です」
「して、変更するにあたっての利点は?」
「事後処理が楽になります」
「事後処理……ですか?」
「ええ、後になって野盗が大勢いても、厄介なだけです。村毎に対処できる、ギリギリの人数を攻め込ませる事で、村の戦力で野盗を処理してもらいます」
「確かに……後になって、勝手に動かれるとこちらも厄介ですね。プルートさん、よく気がつきましたね」
「……ですが、一つだけ捨て置けない要所があります」
「“ガフランク”ですか?」
「ええ。あそこの食料はバカになりません。抑えれば、こちらの力になります。ここだけは、通常よりも多く……こちらが勝利できる戦力を送る予定です」
使者は、ワインボトルを開けると、二つのグラスに中身を注ぎ、一つをプルートに手渡す。
「ああ! 注がせてしまい、申し訳ありません!」
「いえいえ、私から作戦の成功を祈ってという事で……。閣下に勝利を!」
「閣下に勝利を!」
チンッ!という、乾杯の音が部屋に響いた。
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