第99話 山奥の寒村1

-1ヶ月前

@セルディア北部 山岳地帯


「おーい、レオ! そっちはどうだった?」

「ダメだ、何の痕跡も無かった! というより、生き物の気配がそもそも無い!」

「こっちもダメだった……。ガニーに期待しよう」


 木々が生い茂り、鬱蒼うっそうとした森の中で、二人の男が声を交わす。そして、二人の男の首には、見慣れたドッグタグがぶら下がっていた……。

 そう、彼らはレンジャーだった。彼らは現在、依頼のミュータント狩りに来ていたが、道を外れてしまい、森の中で迷子になってしまっていたのだ。


「……おーい!」

「おっ、噂をすれば……ってやつだな」


 木々の間から、もう一人の仲間が顔を出した。


「ガニー、何か見つかったか?」

「いや……。だが、ちょっと先に村を見つけたぞ!」

「村……こんな山奥にか?」

「……そういえば」

「何だよ、ジョシュ?」


 リーダーのジョシュは、出発する前に滞在した、ふもとの村で聞いた話を思い出した。


「昔、この一帯は鉱業が盛んで、たいそう栄えてたそうだぞ?」

「こんな森しか無いのにか?」

「って言っても、俺達が産まれるずっと前の話らしいが……。今じゃご覧の通り、森になってるがな」

「で、その話がどうしたんだよ?」

んだ。この山奥にも、鉱山関係者の村があったらしい。だがある日、パッタリと鉱物が取れなくなって、人々は次々と山を下りていったそうだが……」

「分かったぞ、ジョシュ! それでもまだ残ってる、頑固野郎が居るって話だな!?」

「そういう事だ、ガニー」

「でも、山の中なんて碌なものがないだろうに……」

「ともかく、何か情報が得られるかもしれない……。行くか」

「そうだな。もう3日も野宿だしな……」

「案内は任せろ! こっちだ!」


 3人は、ガニーの案内で山奥の村へと向かって行く。何か、依頼に関する有力な情報が得られるかもしれないと期待して……。もしかしたら、屋根の下で寝られるかもと期待して……。





 そしてその日、3名のレンジャーが行方不明になった……。



 * * *



-現在

@カナルティアの街 レンジャーズギルド


 新車を導入してから、数日が経過した。フェイや他のレンジャー、警備隊に至るまで、街の色々な人から車について驚かれたが、大分沈静化したと思う。街の新聞に〈ヴィクター、遂に戦争を始めるつもりか〉などと書かれてしまったが、そのおかげか絡まれる事も今のところない。狙い通りだ……。

 いつも、俺のある事ない事を書いている記者には、いずれ挨拶に行くとして、おかげで街の住人達にも耐性がついてきたような感じがする。「まあ、ヴィクターだからね」と納得される事が多いのだ。……不本意だが。


 そんな中、いつもと同じ様に依頼を受けにギルドに来たのだが……。


「アレッタ、何か面白い依頼あるか?」

「ええと、そうですね……。面白いというより、変な依頼ならありますが……」

「変な依頼?」

「ええ。変……というか、不可解というか……。【オカデルの街】はご存知ですよね?」

「いや、多分知らない」

「は、はぁ……」


 “オカデル”という地名は知っている。周囲を険しい山脈に囲まれた、ここ内陸国セルディアの玄関口だ。その地域だけ山脈が途切れている為、大昔はセルディアへの唯一の陸路として、交通・交易・軍事の要衝として栄えていた。

 だが、崩壊後の街の事は知らない。


「ええと、この街の北の方にある街なのですが、そこからの依頼でして……。北の山に、凶暴なミュータントが出たから退治してくれ、という依頼なのですが、ちょっとおかしいんです」

「と、言うと?」

「まず、報酬が高すぎます。不自然な程に……。それから、他のレンジャーがこの依頼を受けた記録がありますが、どなたも達成出来ていません」

「相手が悪かったんじゃないのか? それに、厄介な相手なら報酬も高くなるもんだろ?」

「そうかもしれません……。ですが、この依頼を受けたのを最後に、行方不明になったレンジャーは既に30人を超えてます」

「なんだってッ!?」

「……今詳細を見たら、オカデル支部も、事態を重く見て調査依頼を出してるそうですが、皆気味悪がって依頼を受けてくれないそうで」

「だったら、“任務”にしてほぼ断れなくすれば良いだろうに」

「それが、向こうの支部長……優柔不断で有名で」

「ヘタレって事か……」


 正直、こんな話を聞いて、依頼を受ける奴はいない。

 だが俺は今、例の新車の性能を試したいと考えていた。目的地は、セルディア北部の山岳地帯……森や川、不整地の斜面など、オフロード性能を試すにはもってこいだ。


「じゃあ、受けるわ。その依頼」

「えっ、本当ですか!?」

「ああ」

「正直助かります。ヴィクターさんのチーム、現在のところ依頼達成率が100%なので、ウチの支部の切り札みたいに思われてるんですよ」

「じゃあ、ご期待に添えるよう頑張りますかね……」

「では、紹介状書くので少々お待ちを……」


 その後、カティアとミシェルに変な依頼を受けるなと怒られてしまったが、いつも通りカティアに高い報酬をチラつかせて寝返らせ、ミシェルには同調圧力をかけて納得させた。



 * * *



-数時間後

@ギルド 受付


「アレッタ! ヴィーくんに怪しい依頼受けさせたって聞いたけど!?」

「フェイさん!? ご、ごめんなさい……やっぱり心配ですよね?」

「はぁ……いい? ヴィーくんはどんな仕事も完璧なの! その依頼について、心配はしてないわ」

「は、はぁ……」

「問題は、場所よ場所ッ! こんな遠くにヴィーくんを追い出して! 私がしばらく、ヴィーくんに会えなくなるじゃないッ!!」

「えぇ……」



 * * *



-2日後

@オカデルの街 検問所


 カナルティアの街から車を走らせること2日、ようやくオカデルの街に到着した。この街は、カナルティアの街と違い、壁などは無いが、軍の基地のように、フェンスで覆われているようだ。

 また、遠くには山脈の切れ目と、そこに広がる荒野が目に入る。


「止まれ! そこの車、止まれぇ!!」


 そして現在、武器を持った男達に車を囲まれている。当然だ、こんなバリバリの武装車両を、調べもせずに街に入れる馬鹿はいない。

 俺は、窓を開けてドッグタグを見せる。その後、偉い奴を呼んでくるとかで待たされることになった。


「ちっ、早くしてよね……。こっちは早くシャワー浴びたいってのに!」

「ここまで野営だったしな……」


 道中、他の村に寄ることも出来たが、金と時間が勿体無かったので、全て通過し、夜は適当な所で野営していた。カティアは風呂好きらしく、初日は良かったが、2日目の今はちょっとイライラしていた。

 ソロ活動していた時は、そこまででも無かったそうだが、仲間ができた今は気になるらしい。別に彼女の体臭とかは気にならないのだが、そこは女らしく気にするのだろうか?


「ちなみに、普通はここまで2日で来れないんだけどね……」

「道中、快適でしたよね! “テトラ君”も面白かったですし。」

「そうだ、続き見せなさいよ!」

「無いって言ってるだろうがッ!」


 カティアとミシェルは、後部座席に座っている。この車のコンソールボックスには、展開式のモニターが設置されているので、後部座席では映画などを観る事ができる。


 道中、二人は「正義のロボット テトラ君」というアニメにハマってしまい、全5シーズン中、2シーズンを観終えてしまっていた。

 このアニメは、連合軍の治安ロボットであるテトラローダーを主人公に、悪の枢軸たる同盟軍の極悪ロボット達と戦う、熱血アニメである。ハッキリ言って、設定やら考証がメチャクチャで、プロパガンダ満載なのだが、何故か子供達からの熱烈な支持を得ていた。


 二人は続きを観せろと、人を殺しそうな勢いでせがんできたが、あいにく映像機器の通信機を搭載するのを忘れてしまい、ダウンロードが出来ないのだ。なので、元から中に入っている映像しか、現在観ることができない。

 二人が必死なのは、崩壊後の世界の娯楽が少ない事が影響しているのだろう。だが現状、続きを観るには一度、ノア6に帰る必要がある。


「そうだ、この際だから砲塔の使い方を教えておくか……」

「砲塔……って、屋根についてるやつよね?」

「そういえば、車の上についてるのって使えるんですか? 飾りじゃないんですよね?」

「ああ、使えるぞ。ほら、コンソールボックスの中にコントローラーが入ってるだろ?」

「……これですか?」


 ミシェルは、ビデオゲーム用のコントローラーを取り出した。RWS(リモコン式)の砲塔用に、ワザワザ新しく操作機器を作るより、既存の物を利用した方が早いし、コストがかからない為、このコントローラーを使うことにしている。予めボタンに、RWSの動作をプログラムしておけば、素人でも動かす事ができるだろう。

 砲塔は、俺が電脳で動かすこともできるが、有事の際は、運転に集中した方がいい。なので、この車の砲塔を動かすのは二人のうち誰かにやってもらう予定だが……。


「……で、ここを押しながら、このボタンを押すと発射できる。発煙弾はこのボタンだ。ちょっと動かしてみろ。ああ、撃つなよ?」

「わぁ、すごいです! ちゃんと外の景色が写ってます!」


──ギュイン! ウィィィン!


「何か、上からウィンウィン音がするんだけど……」

「狙う時は、このレティクルに合わせればいい。距離とかも測って、自動で調整してくれるから、素人でも百発百中だぞ」


 ミシェルがコントローラーの電源を入れると、二人がアニメを観ていたモニターに、砲塔のカメラからの映像が出力される。急に砲塔が動いた為か、検問所の人達の驚愕の表情が映し出されている。


「よし、じゃあこの操作はミシェルに任せるか!」

「えっ、僕がですか!?」

「ちょっと、私は!?」

「カティアは、立派な銃があるだろ? ミシェルより射撃上手いんだから、窓から撃った方がいいだろ」

「ん〜確かに、その方が良いかも……。分かったわ、じゃミシェルよろしくね!」

「えぇぇ!?」


 そんなやり取りをしていると、偉い奴が来て、無事に街の中に入ることができた。



 街は、カナルティアの街よりは小さいようだが、タープやシートの上に露店が開かれ、賑わっていた。そして特徴的なのは、カナルティアの街と違って、街中で走る自動車が多いことだ。


「オカデルの街なんて、しばらく来てなかったわね……。この乾いた空気も久しぶり!」

「僕は、初めてです!」

「何か、車が多いな……」

「あら、ヴィクター知らないの? 車のほとんどは、“外”で作られてるのよ?」


 カティア曰く、この辺りで出回っている自動車は、ほとんどがオカデル回廊の外側……セルディアの外で作られているらしい。カナルティアの街でも、作られてはいるのだろうが、その数は限定的だ。

 セルディアは、周囲が山で閉鎖的な環境だから、外から入ってくる自動車の数が少ないのだと思われる。だから俺の様に、個人で車を持っているのが珍しいのだろう。それに、平地なら馬でも充分だろうしな……。


 それにしても、“外”か……。どうなっているのだろうか? いつか冒険してみたいものだな。



 その後宿を取り、カティアはシャワー浴びに行き、ミシェルは荷物の整理や、仕事道具ばくだんの整備などを始めた。……暴発しないよな?


「じゃあ、遅くなる様なら食事は適当に済ませてくれ」

「はい! カティアさんにも伝えておきます」

「んじゃ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい、ヴィクターさん」


 俺は二人を宿に残し、単身この街のギルド支部へと向かった。



 * * *



-数十分後

@オカデルの街 レンジャーズギルド


「ようようようッ!」

「見ねぇ顔だなァ、兄ちゃん!」


 ……ギルドに入った途端、むさ苦しい男達に絡まれてしまった。カナルティアの街では、治安が良いし、俺の悪い噂が飛び交っていたので、絡まれる事は無かったが、この街ではそうはいかないようだ。

 普通、この状況は災難なのだろうが、今の俺は大歓迎だった。何と言っても、崩壊前では味わえないだろう、無法者との接触……そして闘い……まるで、映画のワンシーンの様じゃないか! それに、2日も運転していて、ちょっと運動したかったしな……。


「邪魔だ。男と絡む趣味は無いぞ」

「あ? 舐めてんのかコラァ!」

「ボコるぞコラァ!」



   *

   *

   *



「か、勘弁して下さいッ!!」

「い、命だけは……!」

「お前ら弱すぎだろォ! そんなんで、よく絡んでこれたな!?」

「「 ヒィ! すんませんッ!! 」」

「はぁ……勘弁してやるから、とっとと失せな」

「「 ひょええ〜ッ!! 」」


 ……速攻で勝負がついた。準備運動にもならなかったわ。その後、ギルド内で注目を集めた為、受付嬢が注意しに来た。ちょうど良かったので、アレッタから貰っていた紹介状を渡し、この支部の支部長と面会し、情報を提供して貰ったり、例の調査依頼を受注した。

 ついでに、案内してくれた受付嬢を口説いてみたが、ダメだった。……2日ヤってないので、溜まっているのだ。カティア達を置いてきたのも、実はどこかで解消できないかと思っていた事もある……。


 支部長との面会を終え、ロビーに戻ると、レンジャーのお姉さんに絡まれた。


「ねぇ、あなた……さっきはすごかったね?」

「だろ? ところでお姉さんは? 俺に何の用かな?」

「いやね……あの二人、私とパーティー組んでたんだよ。お陰で仕事がパァになりそうなんだけど……責任とってほしいなぁ……なんて」

「見てたんなら、アイツらが悪いって分かるだろうが! でも、責任……ねぇ……」


 お姉さんを視る。俺よりちょっと年上だろうか、いい感じにフェロモンが出ている感じがする。それに、かなり活動的なのか、小麦色に焼けた肌も中々悪くないな……。


「な、何さ? 急に人の事をジロジロ見て……」

「……ねえお姉さん、この後暇? ちょっとお茶でもどうかな? もちろん、お詫びに奢るからさ」

「何、もしかしてナンパ? まぁ、お茶じゃなくて酒なら付き合ってあげてもいいよ。……もちろんあなたの奢りでね?」

「よっしゃぁ、決まりだ! じゃあ、行こうか!」

「えっ、本当に!? 私、結構強いよ?」

「ふ〜ん、なら勝負しようか?」

「勝負?」

「お姉さんが勝ったら、受けてた依頼の報酬分のお金を、俺が出す」

「えっ!? も、もし私が負けたら?」

「ヤらせろ」

「ぷっ……何それ? いいよ、かかってきなよ……坊や?」



 * * *



-数時間後

@オカデルの街 ヴィクター達の宿


 先程取った宿の部屋に帰る。


「よう、ただいま!」

「ヴィクター、遅かった……わね……」

「……あの、ヴィクターさん。その担いでる女性は?」

「う〜ん……貞操を掛けた勝負に敗れた、哀れな負け犬ちゃんかな?」

「しょ、勝負?」

「貞操……って、ヴィクターあんたまさか!?」


 俺の背には、先程俺との飲み比べに敗れたお姉さんが背負われていた。お姉さんも中々強かったが、俺の方が強かったみたいだ。

 若さが違ったかな? …って言うと、確実に怒られるな。


「ま、まりゃ……まりゃまけてにゃい……ヒック!」

「って事で、急遽空いてた隣の部屋を取ったから! じゃ、おやすみ!」

「あっ、ちょっとヴィクター!」

「ま、まて……しゃっきのひゃなし……ほ、ほんき!?」

「本気に決まってるだろ? いい加減、覚悟しな」

「わりゅかった……あやまりゅかりゃ……!」

「ダメダメ、今夜は寝れないからね負け犬ちゃん?」

「……」

「い、行っちゃいましたね、カティアさん……」




 その夜、カティア達の隣の部屋からは、黄色い悲鳴が響き渡った。


(あぁっ! も、もう……ゆるしてぇ……♡)


「……カティアさん」

「……なあに、ミシェル?」

「お酒って怖いですね」

「なに、嫌味? でも、そうね。ミシェルも将来は気をつけなさいよ……」

「そうします……」


(あっ! や、やめ……そこは……いやぁ♡)


「てか壁薄すぎじゃない、この宿!?」

「それでも、ガレージよりはマシじゃないですか?」


 夜は更けていく……。





□◆ Tips ◆□

【オカデルの街】

 セルディア北西部、カナルティアの街の北北西に位置する街。周囲を山脈に囲まれたセルディアの玄関口である、オカデル回廊の出入り口に位置し、セルディア外との交易が盛ん。

 一方で、街の規模はカナルティアの街と比べると小さく、治安もそこまで良くはない。

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