第95話 クエント騒動2

-数時間後

@カナルティアの街 西門


 あれから、南、東、北と門を周ったが、クエントに関する情報は得られなかった。得られないなら、それはそれで、街から出ていないということなので、良い事なのだが、そう都合良くはいかないみたいだ。


「あっ、ヴィクターさんじゃないですか!?」

「ええと……誰だっけ?」

「自分は、スラム襲撃の際にお世話になった者です! あの時はご協力、ありがとうございました!」

「ああ、あの時いた奴か。だったら話が早いな」

「えっ?」

「あの時一緒にいたレンジャー……クエントを探してるんだが、何か心当たりはないか?」

「クエントさんですか? そういえば昨日、この門を通りましたよ」

「何ッ!? その話、詳しく教えてくれ!」

「ええと、何やら暗い雰囲気で、話しかけても無反応でしたね……。遠出をするには小さなバイクに乗ってたので、依頼か何かですかね?」

「バイクか……。ミシェル、クエントってバイクなんて持ってたのか?」

「い、いえ持ってないです。乗り物なんて買うお金が無いですよ。……いや、でも最近は結構稼いでたので……まさか!?」

「……次に行く場所が決まったな」


 どうも、クエントはバイクで街を出て行ったらしい。しかも、奴はバイクを持ってなかった。という事は、この街でバイクを調達しているはずだ。


 調達した店で、バイクのスペックを聞き出す。そうすれば、クエントの行動半径が割り出せる筈だ。無闇に追いかけるより、ここは慎重に追跡した方がいい……。



 * * *



-数十分後

@北部地区 自動車屋


 街の北部地区は、工場街だ。スラムやブラックマーケット、孤児院などで忘れがちだが、ここは小さな町工場や、工場、倉庫が集中しており、街の製造業を担っている所だ。

 そして現在、俺達はギルド系列店の自動車屋を訪れていた。


 クエントは、銃などの自分の身の安全に直結する物は、ギルド製の信頼性の高い物を選んでいた。旅に出る時のバイクも、おそらくギルド製の物を使っているはずだ。

 そう考えたのだが、ドンピシャだったらしい……。


「ええ、確かにそのお客様なら、ウチでバイクを購入していかれましたね。ほら、ちょうどコレと同じモデルです」

「カタログとかあるか? スペックが知りたいんだが……」

「ええ、もちろんです! そのお客様も、昨日即金で買われていったんですよ! ……人気なんですかね?」


 店員から、バイクのスペックを聞く。意外なことに、かなり燃費が良い。聞いた通りのスペックだと、街の外に出て他の村や町で燃料を補給すれば、かなりの距離を移動できてしまう。

 バイクの航続距離内には、いくつも村があり、もう何処に移動したか分かったものではない。すでに1日経っているし、追うのは困難だろう。


「それで、如何ですお客様? 今ならエンジンオイルをお付けして、お安くできますよ?」

「いや、すまない。バイクを買いに来た訳じゃないんだ」

「そ、そうなのですか……。では、自動車なんかは如何ですか?」


 店員が指差す方を見れば、懐かしい物があった。ガラルドが乗っていたものと、同モデルの車だ。だが、それならノア6で組み直せば、手に入れることができるし、今の車より性能が落ちてしまう。

 それに、俺が求めているのは4人とか5人乗りの車だし、自分で乗る物は、ノア6で作った物の方が良い。悪いが却下だな……。


 さて、フェイの仕事が終わるまで、まだ時間がある。もう少し、調べるとしよう……。



 * * *



-夜

@ガラルドガレージ


 結局、自動車屋を出た後も、継続して街中を調査したのだが、クエントらしき人物が、食糧と弾薬等の旅で必要になる物を買い込んでいた、という事くらいしか分からなかった。

 もし、その人物がクエントだったとしたら、購入した食糧の量からして、かなりの遠出を想定しているようだった。


 だがやはり、俺達だけでは限界があった。何処へ行ったかまるで検討がつかないのだ。ここは、フェイに期待するしか無いな……。



「ただいま、ヴィーくん! ……んちゅ♡」

「ん……お帰りフェイ」

「全く、人の家だってのに……」

「あ、あわわ……!?」

「わー、ダメです! ミシェルにはまだ早いですッ! 見ちゃダメですッ!!」

「モニカ、ミシェルの目を塞いでも今更じゃない?」


 フェイがお帰りのキスをせがんできたので、答えてやる。……確かに、ミシェルにはまだ早そうに見える。

 だが、本当に15歳ならあと1年で成人(崩壊前の成人は16歳)だし、ミシェルの1こ上のノーラだって、この間女になったばかりだ。いい加減に、慣れてもいいだろう。

 ミシェルはイケメンだし、今後女子から言い寄られる事も多そうだしな。


「で、フェイ……何か分かったか?」

「ええ。……というか、当事者を連れて来たわ」

「当事者?」

「ほら、入って来なさい!」


 フェイが入り口に向けて声を掛けると、タンクトップにホットパンツという、露出度の高いだらしない格好の女がトボトボと入って来た。あのギャル受付嬢の、ブレアだ。


「ど、ども……」

「ほらブレア、ヴィーくん達に説明しなさいッ!」

「はい……」


 ブレアは、ポツリポツリとこの事態の真相を語り始めた。



   *

   *

   *



「……要するに、クエントはブレアに愛の告白をしたが、ブレアはそれを断った。で、クエントは自棄やけになって、何処かに消えたと」

「何それ、馬鹿じゃないの?」

「……」


 クエントが姿を消した理由……それは、失恋だった。そういえば、前からブレアに告白するしないで優柔不断だったが、遂に決行したのか。……結果は残念だったようだが。

 周りを見れば、皆呆れている。ミシェルに至っては、死んだ魚のような目をして俯いている。


「そういやブレア、何で断ったんだ? あいつも最近、稼ぎがいいだろうに」

「そ、そうだけど……その……今まで色んな奴に媚びってたけど、マジになられたのって初めてで……」

「は?」

「その……胸がドキドキして……耐えられなくなって、それでつい……」

「はぁ!?」


 何だ、コイツ? こんなん、俺の知ってるブレアじゃないぞ!? 何、顔赤らめてモジモジしてるんだよ。まさか、こんなに初心ウブだとは思わなかったわ……。


「ヴィーくん、ブレアは後悔してるらしいの……クエントに謝りたいって。本当はOKだって伝えたいらしいの」

「ちょっ! フェイねぇさん、恥ずかしいんですけど!」

「本当、青春って感じね〜♪ あのブレアに春が来るなんて、先輩として応援してるから!」

「姐さん……!」


 何が先輩だよ、フェイ……。お前もついこの間までは、堅物の処女だったろうが!

 とは流石に突っ込まなかったが、俺はある違和感に気がついた。


「あれ、そういえばフェイ。クエントの足取りとか分かったのか?」

「いいえ? どこかの支部とか、出張所で依頼を受けたり、ギルド管理の街に入ったりしたら、履歴が残るけど、そんなの無かったわ。ってことは、まだ街中にいるんじゃないの?」

「いや、それが……。あいつ、この街を出て行ったらしい。目撃証言もある……」

「えっ……それ本当なのヴィーくん!?」

「残念だが、マジだ。」


 はっとしてブレアを見ると、先程のノロケた態度から一変、顔を青くして絶望の表情を浮かべていた。


「えっ……嘘……でしょ? あたしの、せい?」

「ぶ、ブレア……大丈夫よ、貴女のせいじゃないわ……多分」

「そ、そうだよ……なぁ、カティア?」

「うぇ!? そ、そうよそうよ! 全部、クエントがナヨナヨしいのが悪いのよ! ねぇ、ミシェル?」

「おま……ばっか……!」


 カティアめ……よりにもよって、何故ミシェルに振るんだ! 傷を抉るんじゃない!

 ミシェルを見ると、モニカの膝の上に人形のように乗せられて、モニカに頭を撫でられている。その面持ちは暗い……。


「ミシェル……大丈夫、大丈夫だからね……?」

「……ありがとうございます、モニカさん。でも、ハッキリしました。あんな師匠、こっちから願い下げです! 僕にも、皆んなにも迷惑をかけて! せいぜい頭を冷やしてくればいいんですよッ!! だいたい、あの人はいつもいつも……!」


 あのミシェルが、ついにおかしくなってしまった! クエントに対して、色々溜まっていたのだろうか? 怒り出したと思いきや、急に泣き出したりと、感情が不安定らしい。

 ブレアも、床にへたり込んでシクシク泣いている。……コイツの責任と言えなくもないが。


 ミシェルの方は、モニカが話を聞いたり、ハグしたり、頭を撫でたりしながら、ミシェルを宥めていた。……モニカ、ミシェルの事が気に入ったのかな? 何か複雑な気分だ。


 ブレアの方は、フェイとカティアで慰めている。全く、騒々しい一日だな。勘弁してくれ!!



 * * *



-2時間後

@ガラルドガレージ


「……メシ買ってきたぞ。もう夜遅いけど、腹減ってたら食ってくれ」

「あ、お帰りなさいヴィーくん」

「で、二人はどうした?」

「疲れて眠ってるわ……」


 正直、修羅場はゴメンだし、ブレアを慰めるなら同じ女性がいいだろうし、ミシェルはモニカが何とかしてくれそうだったので、俺には出る幕が無かった。

 なので俺は外出し、Bar.アナグマにて、人数分の軽食をテイクアウトで貰ってきたのだ。ついでに、ほとぼりが冷めるまで少し飲んで来た。


 ソファーを見るとブレアが寝ており、ミシェルはカティアのベッドに寝かされているようだ。


「で、ヴィクター。ブレアはいいとして、ミシェルはどうするのよ?」

「そうだなぁ……」

「あの、ヴィクターさん。ウチで預かってはいけませんか?」

「ちょっとモニカ、この家は私のだからね!」

「あっ、そうでした……つい!」

「何だモニカ、ミシェルの事が気に入ったのか?」

「は、はい……。ミシェル、すごく可愛くて、色んな服が似合いそうだなと……。あっ、ごめんなさい!」


 一瞬モニカから、ローザが俺に試着をせがんで来た時のような、邪悪なオーラを感じた……。ミシェルをここで預かったら、モニカの餌食なってしまうかもしれないな。

 だが、現状ミシェルに居場所は無いのだろう。ミシェルは、崩壊後の世界における俺の少ない知人の一人なので、力になってやりたい思いはある。


 しかし、このガレージで預かるにしても、クエントが帰って来るのがいつになるか分からないし、そもそも帰って来るか分からない。

 精神的に帰って来れないかもしれないし、何処かで野垂れ死んでしまっているかもしれないのだ。


「なあ、フェイ。この場合って、ミシェルの扱いはどうなるんだ? 師匠と離れ離れだが、チームとして登録されたままなのか?」

「いや、一定期間一緒に活動してないと、登録は抹消されちゃうわね。それか、ミシェルも吹っ切れたみたいだし、自分からチームを抜けちゃうかもね」

「そうなると、フリーなんだよな?」

「ちょっと、ヴィクター……まさか!?」

「まあ、本人次第だな……」



 * * *



-翌日

@ガラルドガレージ


 人間、眠ってしまえば感情が落ち着くものだ。ブレアは、大分回復したようで、フェイとギルドへ出勤して行った。

 だがその一方で、感情が落ち着いた事で、感情がたかぶっていた時の行動を後悔する者もいる……。


「ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさいッ!」

「いいよ、気にすんなミシェル」

「そうよ、あんな奴ほっときましょ!」


 ミシェルは目を覚ますなり、こうして平身低頭している。何とか宥めて、いつもの調子に戻ってもらってから、俺達のチームに招待した。


「どうだ? 悪い話じゃないだろ?」

「それは……。願ってもない話ですけど、本当に僕なんかがいいんでしょうか? 役に立つとは思えませんが……」

「ミシェル……自分を卑下するもんじゃない」

「で、でも……」

「もちろん、俺達のチームに入る以上、役には立ってもらうぞ?」

「そ、それはもちろんです! 何でもしますッ!」

「ん? 今何でもするって言ったよね?」

「えっ……」

「ちょっと、ヴィクター! ミシェルに変なことしないでよね!!」

「冗談だよ。そうだな……とりあえず、俺達の食事の用意とかを頼もうかな」

「へ……?」


 ミシェルは、料理ができる。……それも、かなり上手だ。普段、ガレージの食事はモニカとフェイが用意しているのだが、その味は辛口に言えば普通だ。

 二人共、崩壊後の基準なら相当料理上手なのだろうが、俺が崩壊前の出身だからか、二人の料理に感動するような事は無かった。


 だが以前、秘密基地にてミシェルの料理を食べた時は、素直に美味いと思ったのだ。間に合わせの食材しか無く、調味料も限られていた状況で、あの料理を作り出せるのだ……普段は、もっと凄いに違いない!


「食事の準備、家事の手伝い……下っ端の基本だろ? これが出来るなら、ウチに置いてもいい」

「ヴィクターさん、条件が優し過ぎです。ダメですよ、これじゃあ……」

「それから俺達のチームに入る以上、お互いに遠慮しない事。このチームでは、家族みたいに接して欲しい……まあ、最低限の限度はあるがな。カティアを見ればわかるだろ? コイツを反面教師にすればいい」

「ち、ちょっと! 私が遠慮してないみたいじゃない!」

「してないだろ? ……借金とか」

「もう返したでしょ! いつまで引っ張るつもりよ!?」

「うふふっ」

「……ミシェル?」

「ふふ……分かりました。はじめのうちは慣れないと思いますが、どうぞよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくねミシェル!」

「よし、じゃあ早速登録に行くか!」


 その後、ミシェルはクエントのチームから抜け、正式に俺達のチームの一員となった。そして、この出来事が後に、ミシェルの人生を大きく左右する事になるのだった。



 * * *



-1週間後

@どこかの町の食堂


「はいよ、兄さん。……何だい、浮かない顔して」

「ああ、ちょっとね……」

「兄さん、表のバイクで旅してんだろ? 旅人ってのは、細かいことは気にしないもんだと思ってたけどねぇ……」

「まあ、色々とあったのさ……おばちゃん」


 クエントは、ひたすらにカナルティアの街を離れ、自らの故郷に向かっていた。

 故郷に帰れば、可愛い妹達が待っている。そういえば、もう何年も会っていない。最後に会った時は、小さかったが、大きくなっているのだろう。彼女達に会えば、失恋し傷ついた心も癒えるはず……そう信じて、彼は一人旅を始めたのだ。


「ほら、しゃんとしないか! 飯でも食えば、気も紛れるってもんだろ? それに、ウチの料理はここいらじゃ一番美味いって、評判なんだ。兄さんも食ったらビックリするよ!」

「ああ、元気出たよ。ありがとう、おばちゃん!」

「そりゃ良かった、じゃあ冷めない内におあがりよ!」


 元気な女将さんだな……。そう思いながら、料理に手をつける。


(ん? う〜ん、ミシェルの料理の方が美味いな……。今考えたらミシェルの奴、レンジャーじゃなくて、料理人目指した方が良かったんじゃないか? そういや、ミシェル……元気にやってるかな?)


 その後他の街にて、路銀を稼ぐ為にギルドを訪れた際に、彼はミシェルが自分のチームから抜けたのを知った。そして、彼は傷心の中、違う街の受付嬢に一目惚れしてしまい、セクハラをして怒られることになるのだった……。





□◆ Tips ◆□

【クエントのバイク】

 クエントが失踪する際に、即金で購入したバイク。ギルド製。旅に出るには、比較的小型ながら、頑丈さと燃費は折り紙つき。

 カラーは、オリーブドラブとブラック。


[モデル]ホンダ・CT125

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