第93話 俺達の理想郷4

-数日後 早朝

@ガラルドガレージ


 モニカ誘拐事件から数日後。今日は、難民達の村……グラスレイクの様子を見に行く。これまで、資材の搬入やらでちょくちょく様子は見ていたのだが、今回はギルド職員であるフェイを連れた、ギルド公式の視察になる予定だ。


 そして現在、俺はガレージの前で今回の視察に同行する予定の、とある人達を待っていた。


「おっ、来たか。おはよう、朝早くから悪いな」

「「 おはようございます! 」」


 俺が待っていた人達……それは、先日取り潰しになったエコーレ家の若い女中メイドさん達だ。といっても、二人だけだが。確か、名前はロザリーさんとジャンヌさんと言ったか。

 この二人、遠方の村から街に出てきて、エコーレ家で働いていたのだが、今回の件で職場を失って行き場が無くなってしまったらしい。流石に申し訳なかったので、俺が声をかけたら、二つ返事でついてきてくれることになったのだ。


「あの、今回は何から何までありがとうございます!」

「新しい働き口を紹介してくれるなんて、本当に感謝してます!」

「いやいや、君達の職場を奪ったのは俺みたいなもんだし、その責任を取らないとね? ……それに、村もまだまだ人手が足りないし。君達が来てくれると、こっちも助かるんだ」


 村は、すでに家が建ち並び、村らしくなってきてはいるが、まだまだ人手が足りない。今後の事業拡大に備えて、彼女達が来てくれるのはありがたいことだった。

 俺は人手を確保でき、彼女達は居場所が得られる……まさにWin-Winの関係といったところか。


「ヴィーくん、お弁当出来たよ〜!」

「ああ、こっちもお客さんが到着したぞ! 準備が出来次第、グラスレイクに出発だ!」



 * * *



-昼過ぎ

@グラスレイク


 途中何度か休憩を挟みながら車を飛ばして、昼過ぎにはグラスレイクに到着することが出来た。元女中の二人には、荷物と共に荷台に乗ってもらったが、文句を言われることは無かった。きっと、二人ともいい子なのだろう。

 本来なら、死都を突っ切った方が早いが、そうすると皆怯えてしまうので、流石に今回は迂回した。


 そして村に到着すると、皆美しい花畑に目を奪われていた。


「はぁ……いつ見てもここは綺麗ね……」

「す、凄いです! こんな所に、私達が住んでもいいんですか!?」

「こんなの初めて見ました! 感動しました!」


 しばらく花畑を見ていると、村の方から見知った男が近づいてきた。


「これはこれは、マスク様……おっと失礼。ヴィクター様、ようこそいらっしゃいました。」

「よう、村長……じゃなくて今は司教だったか……」


 村の入り口に車を停めると、村長を任せた筈の男が出迎えにやって来た。……この男、何故か村長ではなく司教を名乗り、村長は未だに俺のままになっているのだ。

 しかも、村の連中にもそれが定着しているようで、今更覆せなくなってしまった。さらに、何故か俺が例のマスク様だということも、村人達は口には出さないが分かっているらしい……。なんか、もう嫌になりそうだ。


「司教、今日は前にも話していた通り、ギルドからこの村の視察に来たぞ。大丈夫か?」

「ええ、伺っております」

「……司教? 貴方、村長じゃないの?」

「いえいえ、村長はヴィクター様でございます! 私は、村長代理のようなポストを任されております」

「は、はぁ……」


 この男……何故“司教”なのかというと、なんと新たに“マスク教”なる宗教団体を立ち上げやがったのだ。

 宗教といっても、営利目的のクソみたいな怪しいやつではなく、戒律みたいなものも無く、皆んなで助け合いましょう的な協同組合のようなものだったので黙認したが、俺としてはいい気はしない。あの時の自分の行動を後悔した。


「そうだ司教、この二人がこの村に移住したいそうだ。空いてる家はあるか?」

「「 よろしくお願いします! 」」

「ええと、3日程お待ちいただければ、新たに建てられますが……」

「はぁ、3日ですって!? ヴィーくんどういうこと!?」


 普通、家は3日では建たない。だが、グラスレイクに来たばかりの彼らには、一刻も早く住む場所が必要だった。

 そこで、俺は裏ワザを使った。ノア6で、村の建築やら経営について考えている時に、ロゼッタが持ってきてくれた雑誌に『時代は別荘!誰でも持てる別荘特集』なる物があったのだ。


 その雑誌には、運搬できるトレーラーハウスやら、ハンマーとドライバーだけで建てられる、ブロック組み立て式の家など、様々な家が紹介されていた。

 そして、巻末には「セルディアにて、見本市を実施中!」という、とあるメーカーの広告があった。そして、実際に現地を見に行ったところ、幸いにも使えそうな物が残されており、司教達を使って、トラックでそれらの物をピストン輸送したのだ。


「ああ、崩壊前の基礎を使ってるから、基礎工事が要らないんだ。だから、工期が短縮できるんだよ、フェイ」

「そ、そうなの? 私も詳しい事は分からないんだけど、まさかそんなに短くなるなんてね……」

「それに、家って言ってもトレーラーハウスとかもあるしさ。村人達も、ほとんどがこれに住んでるぞ」

「トレーラーハウス? 何それ?」

「あー崩壊前の家の一種で、車とかで引っ張っていける家の事だよ。ちょうど良く、死都で大量に見つけたんだ」

「へー、面白いわね。それにしても、ヴィーくんって博識ね♡」

「ええと、皆さま。ここでは何ですから、聖堂にてお話ししませんか?」

「ああ、悪いな司教。案内してくれ」


 様々なトレーラーハウスを中心とした、独特な雰囲気を醸し出している村を抜け、レンガ造りの大きな建物へと入る。この建物は、“聖堂”と呼ばれており、マスク教の総本山らしい。

 ……まあ、実際には村の集会所のようなものなのだが。


 この聖堂、見た目は石レンガ造りの頑丈な建物だが、実際は多孔質構造の高強度軽量建材を使用した、ブロック式の建物であり、建築に5日とかかっていない。

 説明書では、完成まで10日前後が目安になっていたが、村人達は総出で、真っ先にこの建物の建築に取り掛かり、あっという間に完成させてしまったらしい。


 また、聖堂の正面は広場になっており、その中心に“マスク様の石像”を設置する予定だそうだ……。一体、どんな像になるのやら。



 その後、聖堂内で村の近況報告を受けた。現在、村人は全員が住むところを得て、仕事を模索しているところだ。俺は、この間のジェイコブ神父との会話を参考に、色々と事業を考えており、いくつかは既に実行に移していた。



①テンサイ(甜菜)の栽培

 現在、何人かは畑を耕して、俺がノア6から持ち出したテンサイを育てている。テンサイは、根から砂糖を作ることができ、その搾りかすと葉は、家畜の飼料にもなる。

 また、花の無い冬期の蜂の餌は、テンサイから取れた砂糖水を使うことが出来る為、養蜂との相性が良さそうだ。

 テンサイは、本来なら栽培が難しい植物だが、俺がノア6から持ち出したテンサイは、品種改良済みのものなので、崩壊後の素人でも特に問題無く栽培ができるだろう。



②養蜂

 考えていた養蜂だが、いまだに手付かずだ。というのも、蜜蜂の入手が難しく、入手先もよく分かっていない為だ。養蜂家の話では、蜜蜂は可能な限り同じ種類の花から蜜を取る習性があるらしく、グラスレイクの花畑は、蜜源となる植物の種類が豊富なので、様々な花由来のハチミツが生産出来そうとの事だった。

 これらの蜜をブレンドし、独自のハチミツを開発するのが目標だが、まずは肝心の蜜蜂を入手しなくてはならない状態だ。



③酒造

 砂糖精製時に出る廃糖蜜を使って、ホワイトリカーを造り、そこから近隣に生えているハーブや、果実などで香りづけして、リキュールを作る。

 ただし蒸留装置などの機器の導入や、当然ながら砂糖の生産が始まるまで、これは手がつけられない。



④製薬

 豊富な植生を利用して、薬効のある薬草を採取してきて、薬を作る。それから、栽培できそうならそれらを増産してもいい。

 ただし、知識を持った人間がいない為、専門家を連れてきたり、育成する必要がある。



 以上が、現在考えている事業だ。問題は色々とあるが、根気よくやっていくしかないだろう。ひとまず、俺が提供した資金のおかげで、冬は越せそうだが、来年はどうなるか分からない。

 何とか、今年中に事業に目処をつけて、来年には軌道に乗せたいところだ。また、この他にも事業を考えていく必要があるだろう。食料などもある程度は自給できるようにしたいしな。


 また、手の余っている者達には、村の整備をやらせている。ひとまず、浄水場と下水処理場を稼働させるのが、現在の目標だ。これにより、安全な上下水道の確保と、燃料精製が可能になる。

 施設稼働に必要な電力は、以前銀行から頂戴した【受信機】で賄うことができるだろう。だが、人手や専門家が不足しており、これも現状難しそうだ。



「報告は以上で……ああ、もう一つありました!」

「なんだ?」

「例の……完成致しました!」

「マジか、早いな!?」

「なんせ、村総出で造りましたからね」

「ヴィーくん、何の話?」

「えっ? ああ、そうだな……村の視察がてら、見に行こうか」

「……?」



 * * *



-数分後

@グラスレイク 村長邸


 俺達は、村の中心から少し離れた、湖のほとりの小高い丘の上にある、大きな家の前に来ていた。これは、村人達が建てると言って聞かなかった、俺の家だ。

 例のブロック式の建物で、見た目はウッドデッキのついた、金持ちの別荘みたいな家だ。……注文しておいたのは、小さな家のはずだったのだが、何故こうなった。もはや邸宅と言えるレベルだ。


「……注文よりデカくね?」

「皆、マスク様の為に……と言って暴走しまして。まあ、この村で一番偉い方の住まいですから、これくらいは……」

「まあ、でも気に入ったよ。ありがとうな」

「勿体ないお言葉……皆も喜びます!」


 想像していたものとは違うが、これはこれで良いだろう。空いた部屋は、倉庫として使えばいいかな?


「ヴィーくん、この建物は?」

「ああ、俺の家……いや、別荘になるのかな?」

「えっ、これヴィーくんのお家なの!?」


 その時、フェイの頭が高速回転し、フェイの夢である「湖畔のログハウス、子供いっぱい」が、「湖畔のお屋敷、子供いっぱい」に変化した。

 そして、その内の湖畔のお屋敷が実現した以上、残すはヴィクターとの結婚と子作りのみとなったのである。


「……ヴィーくん♡」

「うおっ!? 急に抱きついてきて、どうしたフェイ?」

「えへへ、何でもな〜い♡」

「そうだ。君達の家だけど、どうしようか?」


 色々と置いてけぼりにしてしまったが、連れて来たメイドさん二人の家をどうするかまだ決めていない。


「ヴィーくん、こんなに大きなお家だと、維持とか管理が大変じゃない? 彼女達に住んでもらうのはどう?」

「……ああ、確かにそれはいい考えかもな」


 家というものは、人が住んでいないとダメになってしまうものだ。せっかく、村人達の好意でこの家を頂いたのだ、大事にしなくてはな……。

 それに、また新しく家を建てるというのも、手間がかかるし、彼女たちも遠慮してしまうだろう。


「……という訳で貴女達、この家に住んでみるのはどうかしら? それとも、住み込みは嫌?」

「えっ……。ほ、本当に良いんですか!?」

「私達、前の職場も住み込みだったので、問題ないです。むしろ、その方が良いですッ!」

「決まりね。ヴィーくんも、それでいい?」

「ああ、大丈夫だ。給金とかは、後で相談しよう」


 こうして、俺は意図せず自分の邸宅と、その管理人を手に入れてしまったのだ。


「じゃあ、そういう訳で……。これから頼んだわよ、貴女達」

「「 はい。お任せ下さい、奥様!! 」」

「あ、何か良い! 良いわ〜それ♡」


 ……なんかもう、住み込みの女中といった雰囲気が出ているが、大丈夫だろうか。


「司教も、二人には色々やらせてみて、合った仕事を見繕ってくれ」

「はい。お任せ下さい!」


 その後、フェイと村の代表者達で、ギルドの出張所の設計について会議を開いていた。ギルドの施設には色々と基準というものが有るそうで、あーでもない、こーでもないと話し合っていた。

 確かにギルドの施設となると、受付台やら、金庫やらが必要になるだろう。パソコンなども置きたいだろうし、色々と要求はありそうだな。


 会議は俺の出る幕じゃなさそうだったので、俺は村の畑などの様子を見てきた。……そして、畑といえばビニールハウスとか、水耕栽培とかもある事に気がついた。

 そう考えたら、育てられない物は無いんだよな……。まあ、今後色々と考えてみよう。



 その夜、新たな住人の歓迎会が開かれ、ささやかながらの酒と、ご馳走が振舞われ、村人達は楽しんでくれたみたいだ。

 連れてきた二人も、村人達は受け入れてくれたみたいだし、何とかやっていけるかな?


 そして、早速新築の邸宅で一夜を過ごすと、明日の朝にはフェイと帰ることにした。



 * * *



-翌朝

@ガラルドガレージ


「カティアさん! 起きて下さいッ!」

「んあッ!? ……ふぁ〜あ、どうしたのモニカ? ヴィクター帰って来たの? 早くない?」


 本日、特に予定の無かったカティアは、ヴィクターが帰ってくるまで二度寝を決め込む事にしていた。ランクが上がってからは、稼ぎが良くなったので、たまにはダラダラしてもいいだろう。

 そう思っていたら、モニカに起こされた。時計を見たが、ヴィクターが帰ってくるには早すぎる時間だった。


「あっ、カティアさん。また下着姿! 早く服を着て下さいッ!!」

「何? どうしたのよ?」

「お客さんですッ!」

「客!? だ、誰よ! ああ、服どこやったっけ!?」


 客だって……一体誰が?

 急いで服を着て、ガレージに降りる。そして、ガレージの入り口を出ると、そこには見知った人物が立っていた。


「あら、客ってミシェルの事だったの? どうしたの?」

「……カティアさん……ぼ、僕どうしたら……」

「……ミシェル? ちょっと、貴方大丈夫? 何で泣いてるのよ!?」


 モニカの言っていた客というのは、ヴィクターのチームと付き合いがある、ミシェルであった。

 だがミシェルは泣き顔で、その自慢のイケメンフェイスを歪ませており、様子がおかしかった。


「ミシェル、一体何が……!? と、とりあえず中に入って!」

「グス……はい、お邪魔します……」


 ミシェルを中に入れて、詳しい話を聞こうとするカティア。だがミシェルは、何も話そうとせず、カティアに一枚の紙を手渡した。


「こ、これ……」

「何これ、手紙?」


 カティアは、ミシェルから紙を受け取って、中身を見る。そこには、とんでもないことが書かれていたのだ。


「な、ななななんじゃこりゃああッッ!?」





□◆ Tips ◆□

【受信機】

 連合陣営の電力供給システム。衛星などにより、宇宙空間で発電された電力を、無線送電にて受け取る為の機器。

 送電方式は重要機密とされており、機器のブラックボックスも多い。その性質上、利用は公共施設や、軍の兵器等に限定されていた。

 兵器に搭載されると、ほぼ無限の活動時間を与える事になる。ちなみに、開発会社はテトラローダーを開発した会社で、自社製品であるそれらにも、小型の受信機が搭載された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る