第91話 誘拐2

-数分後

@ガラルドガレージ


 ガレージの隅で男を椅子に縛り付け、目隠しをとる。男の前に、ガレージにあったペンチやら、ノコギリなどの工具を適当に並べた机を出しておいたので、相当ビビっている様子だ。

 このまま素直に、吐いてくれればいいのだが……。


「な、何だお前達は! こ、ここここんな事をして、タダで済むと思っているのか!?」

「御託はいい。俺の質問に答えろ……さもないとどうなるか……分かってるだろ?」

「ヒィ!」

「で、お前達は誰の差し金だ? 何故うちのモニカを狙った?」

「た、頼まれたんだ!」

「誰に?」

「そ、それは言えない……」

「話にならんな」


 わざとらしく、ペンチを持つと、カチカチと音を立てる。


「爪から始めるか? それとも歯? 目?」

「や、やめてくれ! 依頼だったんだ! 雇い主は知らない! 本当だ!!」

「ふぅん、依頼……ねぇ」


 男の胸元を漁ると、見慣れたものが出てきた。そう、レンジャーのドッグタグだ。ランクはDで、名前はキールと言うらしい。


「Dランク、キール……何でレンジャーが誘拐に加担してるんだ?」

「ゆ、誘拐? 何のことだ? 俺らは、脱走した奴隷の娘を捕まえに来ただけだ! お前達が脱走した奴隷を匿ってたんだろ!?」

「何ですって!?」

「何だと!?」


 どういう事だ? コイツらは、自分達がしている事が誘拐だと分かっていなかったのか?

 仮にキールの話が本当だとしよう。何者かが、モニカを狙って誘拐を画策した。そして、その為の実働部隊として、レンジャーを雇ったという事か?


「ちなみに、その依頼……どんな内容だった? 詳しく話してくれ」

「あ? ああ、確か『脱走した奴隷を連れ帰れ』とか何とか……」

「で、依頼主は?」

「……知らない」

「おい!」

「ほ、本当に知らないんだ! ……と言うより、よく覚えてないんだ!」

「依頼主の調査ぐらいしろやッ!! お前よくそんなんで、レンジャーやっていけるな!?」


 依頼主とその背景などから、受ける依頼が危険なものか、裏があるものかが分かる事がある。情報は、レンジャーにとって生命を左右する大切なものだ。ガラルドも、基本中の基本だと言っていたはずだが……。


「ヴィクター……多分ほとんどの人は、報酬と依頼内容までしか見てないわよ」

「マジかよ。ガラルドの教えは何だったんだ……。確かに、俺達も金に困ってた時は気にしてられなかったが」

「ん、ガラルドだって……あの英雄ガラルドの事か!? そ、そういやアンタら、ヴィクターとかカティアとか言わなかったか?」

「ん、ああ」

「ヒィィ〜ッ!! 聞いてない……こんなの聞いてないッ!! 何で、“腕潰し”と“乱射姫”が絡んでるんだッ!?」


 どうもキールは、俺達の事を知っているようだ。……何で怯えてるのかは知らないが。と言うより知りたくもない。どうせ、碌でもない風評被害だろう。

 不本意だが、俺とカティアはこの街じゃ有名人だ。幸いにも俺は顔があまり割れていないので、キールは俺たちが分からなかったのだろうか? だが、知っているなら話は早い。協力を頼もう。


「た、助けてくれ! 俺には、結婚前の恋人がいるんだぁ!!」

「落ち着け、何もしない! いいか、お前達は騙されたんだ! お前達が攫った娘は、俺の奴隷だ!」

「な、何だって!? ど、どういう事なんだ!?」

「今、解放する。怖がらせて悪かったな」


 キールを解放して、話を聞く事にする。相変わらずビクビクしているが、話をしてくれるみたいだ。


「俺たちは、数日前に依頼を受けたんだ……。依頼主が言うには、奴隷が脱走したから捕まえて欲しいって……」

「その依頼主、どんな奴だった?」

「身なりのいい……そうだな、金持ちのボンボンって感じの若い男だった」

「で、繰り返し聞くが、そいつの名前は覚えてないんだな?」

「すまん……昔から人の名前を覚えるのが苦手で……」


 人の名前を覚えられない事に関しては、俺も他人の事は言えない。仕方ないか……。どうせギルドで調べられるだろうし、そっちの方が確実だろう。


「で、モニカを攫った後は街中をグルグル回ってから、北部地区に連れてく手筈か。お前達の仕事はそれで終わりか?」

「あ、ああそうだ。……って、何で北部地区って分かるんだ!?」


 モニカの首には、奴隷になった際に取り付けられた、拘束首輪が未だについたままになっている。外す事もできるが、一応はこの街の刑罰でつけられている為、ほとぼりが冷めるまではそのままにしておこうと考えたからだ。

 だが、今回は付けていて正解だった。拘束首輪には囚人の逃亡防止の為のGPSが内蔵されている為、実はモニカの居場所は既に分かっているのだ。モニカの反応は、街中をグルグルと回ると、最終的に北部地区のスラムで止まっていた。


 居場所は分かっているが、相手の正体が分からない以上、下手に出るべきではない。いつぞやのモニカの父……副支部長のように、権力を振りかざされて、こちらが悪者にされることも無いとは言えない。

 不本意な事に、俺たちのチームには悪い噂しか広まっていないらしいし、そうなってしまうと俺達は社会的に不利だ。


 一刻も早く、モニカを助け出したい思いはあるが、ここは我慢して慎重に行動するべきなのだ。


「で、どうなんだ?」

「あ、ああ。俺たちの仕事は、それで終わり……のはずだ……」

「はぁ……あのな? 怪しすぎるだろ、この依頼。奴隷が脱走したなら、警備隊なり防衛隊なりに届けるはずだろ? それに、依頼主の男……明らかに訳ありだろ!? 普通、女の奴隷を持ってるなら、中央地区の屋敷とかに住んでるはずだろ? 何でわざわざ、縁も所縁ゆかりもないところに連れてこさせようとするんだ!?」

「そ、それは……!?」

「ヴィクター、そんな事よりモニカを助けに行かなきゃ! 場所は分かってるんでしょ!? だったら──」

「待て、まずはギルドだ。……お前も付いて来てくれるよな?」

「は、はいぃ!」



 * * *



-数十分後

@レンジャーズギルド


「何ですってッ!?」

「そういう訳で、ちょっと確認して欲しい。できるか、フェイ?」

「本当はダメだけど、犯罪が絡んでそうだし……この場合、グレーゾーンね。でも、モニカが危ないし……ナイショにしてね!」


 キールのドッグタグを確認し、依頼の内容や、依頼主を調べてもらう。本来なら、依頼に関する事は機密事項だそうだが、フェイがこっそりと調べてくれるそうだ。フェイが俺の女で良かった。

 ギルドの応接室でしばらく待っていると、フェイがやって来た。


「……依頼内容、ただの人探しだったわよ?」

「おい、どういう事だ!?」


 キールに、聞いていた話と違うと詰め寄る。


「ああ! そういや、依頼主に会って話を聞いた時に、奴隷の捜索に変更だって言われたんだった!」

「しっかりしなさいよ、このボケェ!!」

「いでッ!?」


 カティアがキールの頭を殴りつけた。


「ヴィーくん、それからね……依頼主、チェスター・エコーレだった。……少し、厄介よ」

「……どっかで聞いた名前だな? 何だっけ?」

「エコーレ家は、自治防衛隊の会計担当を代々担ってる家よ……。去年ぐらいに代が変わって、今は先代の息子のチェスターが当主をしてるみたいね」

「って事は、当主自ら誘拐を依頼したってわけだな? アホくさ……代理人とか立てられないのかよ」

「しかも、依頼は『家出した妹の捜索』ですって……それがどうして『脱走奴隷の捕縛』になるのかしらね?」

「ううっ……」

「だいたい、依頼内容に食い違いがあるし、追加の報酬とか依頼主から渡されたんじゃないのキールさん?」

「か、金に目がくらんで……つい! 結婚前で金が必要で……!」

「この場合、依頼内容の齟齬や不正な報酬受取でペナルティや罰金が生じるから、覚悟しておきなさい! 次からは相手の事を考えて、まともに仕事をする事ね!」

「は、はい……」


 ギロッと、フェイがキールを睨みつける。

 それにしても、黒幕がこんな簡単に足がつくような真似をするとは、間抜けというかバカというか……。ギルドを信用して、依頼の秘密が漏れないから大丈夫だとでも思ったのだろうか?

 守秘義務があるとはいえ、依頼を受けた人間の口から漏れないとも言い切れないだろうに。いや、待てよ……。


「なあ、揉めてるところ悪いが……その依頼、何人で受けたんだ?」

「俺を含めて4人だ。報酬が高かったから、チームで受けたんだよ」

「……残念だが、お前の仲間はもうこの世にいないかもしれない」

「……えっ?」



 * * *



-数分後

@北部地区 スラムの廃墟


「そ、そんな! こんなの……こんなの酷すぎるッ!」


 モニカは既に移動していたが、気になる事があったので、先程まで捕らえられていたと見られる、スラムの廃墟へとやって来ていた。

 そして案の定、俺が危惧していたように、そこには3人の男の死体が転がっていた。人の口に戸は立てられない……。口を封じるには、殺すのが一番なのだ。


「み、みんな……。俺の結婚を祝ってくれるって……この依頼が終わったら式を挙げる予定だったのにッ! こんなの、こんなの酷すぎるよォ!」


 キールは、仲間の亡骸の近くで泣き崩れている。その後、呼んできた警備隊に現場を任せて、俺たちは作戦会議を開く。


「フェイ、こういう時ってどうなるんだ?」

「明らかに犯罪に関与してるから、依頼主のギルドの口座は凍結の上に、没収ね。それから指名手配っていうのが、大体の流れになるわ。まあ、もう二度と大手を振って日向を歩く事は出来なくなるわね。けど……」

「けど?」

「相手が自治防衛隊の人間でしょ? いつもなら、抗議やら嫌がらせとかしてきて、捕まえると色々と面倒な事になるのよ……。まあ、今回はモニカが絡んでるから、そうも言ってられないけどね!」

「よし、フェイはギルドでその手続きを頼む。俺達は、後ろ盾を得てくる!」

「後ろ盾……?」

「そのチェスターとか言う奴は、自治防衛隊の人間なんだろ? だったら、そのトップに話をつけてくる」



 * * *



-数十分後

@街中央地区 スカドール家


 スカドール家当主、プルートの執務室に老齢の執事がドアをノックして、中へと入っていく。


──コンコンコン!


「……何ですか?」

「失礼します。プルート様に、面会を希望されている方が来ておりまして。お引き取り頂いた方がよろしいでしょうか?」

「客? ……その客というのは、どんな奴だ? 名乗らなかったのか?」

「ヴィクターと申すレンジャーです。レンジャーには勿体ない、いい車に乗っていましたな……」

「ヴィクター……まさか、あのヴィクター・ライスフィールドか!?」


 プルートは若干の焦りを感じて、動揺する。


(何故奴が……一体何の用だ? まさか、我らの計画が事前に看破されたと言うのか!? くっ、ギルドを甘く見ていたか!?)


「プルート様? 顔色が優れないようですが、お客人にはお引き取りいただきましょうか?」

「いや……分かった。彼をここに連れて来てくれ」

「承りました」


 執事は部屋を出ると、ヴィクター達を迎えに行く。そして、部屋の隅で待機している自身のボディーガードであるボードンに指示を出す。


「ボードン、何があるか分からん! お前は、俺が合図したらヴィクターを殺れ……確実にな」

「へい!」

「……いいか、決して油断するな。奴は、単独で狼旅団の拠点を潰し、執行官2名を無力化しているんだぞッ!」

「へ、へいッ!」

「よし、じゃあそこに控えていろ……」


(奴はギルドの刺客なのか? だがまさか、あんな化け物を寄越すとはな……。シスコ・デロイト……なんてジジイだ……。ギルド評議員ともなると、勘が鋭いな)




 プルートが盛大に勘違いし、ヴィクター達を警戒しているとも知らずに、ヴィクター達は屋敷の中を案内されていた。


「うわ〜、すっごーい! 金持ちの屋敷って、初めて入るけどこんな感じなのね。」

「崩壊前の建物だな。個人宅にしては、よく手入れされてる」

「さすがお客人、お目が高い! この屋敷は、この街で一番美しいと言っても過言ではありませんぞ!」


 執事に案内され、ヴィクター達はプルートの部屋へと入る。


「これはこれはヴィクターさん、いつぞやはどうも……。本日はようこそいらっしゃいました!」

「突然、邪魔してすまないな。……ところで、その本棚の裏に隠れている人は、アンタの知り合いか?」

「なっ!? え、ええ……ボードン出てきなさい。」


 壁の本棚が開き、中からボードンが出てくる。


「何だ、てっきり泥棒とか暗殺者とかかと思っちまった。ボディーガードみたいな人だったんだな、すまん!」

「い、いえ……まさか、お気づきになるとは思いませんでしたが……」


 ボードンは後ろ手に拳銃を握ると、プルートの目を見る。プルートは、ボードンに目配せして、制止する。


(プルート様……いきますか?)

(まだだ! 奴が油断するまで待て!)


「それで、本日はどういったご用件ですか?」

「……単刀直入に言う。アンタの力を貸して欲しい!」

「うちのモニカが、貴方の部下に誘拐されたのよ!」

「……ん?」


 ヴィクター達が、何を言っているのか分からないプルートであったが、話を聞くと自分達の計画が露呈している訳ではないことが分かった。


(ふぅ、焦った……。やはり、計画は前倒しで行くべきか。それにしても、チェスターの奴……アイツのせいで、計画がパァになる所だったぞ! この落とし前は、きっちりつけさせてもらおう。それに、計画を前倒しにするにしても、自治防衛隊の財布の紐は、僕が握っていた方が都合がいい……。邪魔者には退場して頂くとしよう)



「……話は分かりました。ヴィクターさん、是非協力させて下さい!」

「助かる! やっぱりアンタはいい奴だな!」

「自治防衛隊のトップとして、組織の腐敗は許せませんからね」

「すごい、貴方本当にスカドールの人間? 今までの奴とは大違いね!」

「おい、カティア。失礼だぞ!」

「お気になさらず、ヴィクターさん。褒め言葉として受け取っておきます」

「よし、モニカを助けに行くぞ!」


 無事にプルートに、モニカ救出に関する協力を取り付けることができたヴィクターであった。だがこの一件が、後に街を大混乱に陥れる、大事件の勃発を早めてしまった事など知る由もなかった。

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