第90話 誘拐1

-翌日 昼過ぎ

@カナルティアの街 マーケット


「ごめんなさい、カティアさん。付き合わせてしまって……」

「いいのいいの……暇だったし、どうせ私も食べるしね!」


 カティアは、キャラバン護衛の仕事を終えて、街に帰ってきていた。本来なら、皆で飲みに行ったりするのだろうが、まだ明るい事と、ミシェルの体調不良でクエント達が帰ってしまった事、そして「乱射姫」を恐れて誰からも声をかけられなかった事が重なり、カティアは暇を持て余していた。

 そして彼女は、依頼を受けるには中途半端な時間だったことと、連続して仕事をする気にもならなかった為、ガレージに帰ることにした。すると、ちょうどモニカが食材の買い出しに行くところだったので、こうしてついて来ていたのだ。


「正直、カティアさんがいて助かります。食材って、結構重いので……」

「まあ、3人……いや、4人分だと結構な量になるかもね。てか、フェイって最近ずっと家に入り浸ってるわよね?」

「あ、その件でカティアさんにお話があるって、フェイさん言ってましたよ? 何でも、あの家に住まわせて欲しいそうです」

「げっ……! いやね、気づいたらフェイ専用のチェストがあったり、食器が用意されてたけど、まさかこういうことだったの!?」

「だ、ダメなんですか?」

「ダメじゃないけど……。ほら……夜のアレが……」

「えっ!? か、カティアさん……いつも寝てるんじゃ……!?」

「あんだけ隣でアンアン言ってて、眠ってる訳ないでしょ! いつも終わるまで眠れないのよ、こっちは!?」

「ご、ごめんなさい! 次からは、もっと静かにします……」

「そういう事じゃなくて……まあ、もう慣れたけどさ。それに、モニカよりフェイの方が……って、違う! ヴィクターが悪いんでしょ!? アレ、何とかならないの!?」

「ま、まあ男性ですし……その、仕方ないのでは……?」

「それにしたって、限度ってものがあるでしょうがッ!?」


 カティアは、毎晩のように隣のベッドで行われている情事に、嫌気がさしていた。はじめのうちは借金の事もあり、ヴィクターに強く出られなかったが、今なら文句の一つくらい言っても良いのではないか?

 そう考えながら、マーケットを回る。


「あっ、カティアさん。ジャガイモが安いです。買っていいですか?」

「え? ええ」

「あっ、あっちでは玉ねぎが……。あっ、こっちのベーコンは品質良さそうですね!」

「それにしても、凄い人だかりね?」

「ああ、この時間は主婦の方が多いんですよ。皆さん、夕飯の食材を買われていくみたいで」


 マーケットの食品を売っている露店は、どこも繁盛していた。昼過ぎの今、家事がひと段落した奥様方が、こうして夕飯の食材を買いに来ている為、マーケットは賑わっていた。

 そして、一度でも安売り宣言がされようものなら──


「キャベツ1玉200Ⓜ︎! 持ってけドロボーッ!!」

「「「「 きゃーッ!! 」」」」


「八百屋の野郎、やりやがったな! 今朝採れたての卵、1ダース200Ⓜ︎だッ! これ以上は下げられねぇ!!」

「「「「 ウォォォォォッ!! 」」」」


 主婦達は、皆押しのけるように安売り商品を奪っていく。安売りにかける人間の執念は、崩壊後でも変わらない。そこには、安売り商品を手にする為の、壮絶な戦場が広がっていたのだ……。


「ウォォォッ! 卵、取ったどォォ!!」

「ッしゃぁぁッ!! にんじんゲットォォ!!」

「……ああはなりたくないわね、モニカ」

「……同感です、カティアさん」


 雄叫びを上げる主婦達を尻目に、少し割高だが良い商品を扱っている露店に向かう。ガレージの生活費は、カティアの借金時代から、ヴィクターの財布から出ている。

 そういう訳で、充分お金に余裕がある為、あそこまで必死に安売りにこだわる必要が無い。むしろ、ヴィクターからも「良い物を買ってきてくれ」と言われているので、ガラルドガレージの食費は、近所の中では一番高くなっているのだった。



 * * *



-1時間後

@ガレージへの帰り道


「ふぅ……家まで後少しね」

「カティアさん、大丈夫ですか? やっぱり重いんじゃ……」

「ああ大丈夫、気にしないで。……でも、これだけ買うなら、ヴィクターに車で運んでもらった方がよかったかもね」

「予定では今日帰られるって、言ってましたけど……」

「案外、もう帰ってたりして」

「ふふ……。だったら、もう少し待ってから、買い出しに出れば良かったですね」


 マーケットでの買い出しを終えた二人は、ガレージへの帰路についていた。


「それにしても、このトートバッグおしゃれね! 買い物カバンなのが勿体ないくらい!」

「ありがとうございます! でも、オシャレ用には大きいですし、本当は革を使いたかったんですけど、そっちはまだ時間がかかるみたいで……」


 カティアは、モニカが作ったトートバッグを肩にかけていた。厚手の布で出来たそれは、シンプルだが作りがしっかりしていて、随所に可愛らしい刺繍がされていて、買い物カバンにしては勿体ない出来だった。


 モニカが言っている革とは、ヴィクター達が狩ってきた鹿やミュータントから得られた皮を、街のタンナー※に依頼して、革に加工してもらっているのだ。

(※タンナー:動物から得られた“皮”をなめして、製品として利用できる“革”へと加工する皮革製造業者のこと)


「レザークラフトって、どんな物が作れるの?」

「そうですね……。私がローザさんの店にいた時は、鞄とかジャケット……銃のホルスターとか、レザーアーマーなんかも作ってましたね」

「へ〜。じゃあさ、革が手に入ったら私にも何か作ってよ! 実は、女性用の装備って少なくてさ……」

「ああ確かに、作るのはいつも男性向けでしたね。女性用装備……良いかもしれませんねっ! 是非やらせて下さい!」


 カティアは基本、防具などはつけていない。精々が、膝や肘にプロテクターをつけるくらいだ。だがこれは、別に金が無くて用意が出来ない訳では無く、カティアの身体に合った物が無いのだ。

 戦闘職の人間は、基本男性だ。需要がない女性用の防具を作る者は、崩壊後では殆どいない。その為、女性レンジャーは、防具を自作したりして工夫するか、防具をつけないという選択を取らざるを得ない。


 カティアは、ジュディとの対決で敗北した事と、ヴィクターが仲間になった事により、自分を見つめなおす必要があると感じていた。

 ジュディとの対決では、ちゃんと防具を装備していれば、結果が変わっていたかもしれない。ヴィクターが来てからは、自分は特に目立った活躍が出来ていない……。

 このままではダメだ。そう考えていた時に、自分を強化出来る手段が現れたのだ。飛びつかない訳はなかった。


「じゃあ、とりあえず採寸だけしときましょうか?」

「えっ!? 前に服作ってもらった時にやったじゃない!」

「いえ、革と布じゃ別物ですからね。色々と、測らないといけないんですよ」

「私、あのジッとしてるの苦手なのよね……」


 カティア達が会話しながら歩いていると、突如目の前にトラックが停車した。トラックと言っても、キャラバン用の大きな物では無く、街中でよく見る幌付きの2トンくらいの物だ。

 そして、停車したトラックから一人の男が降りて来て、カティア達の進路を塞いだ。


「……何? ナンパならお断りよ!」

「お前じゃない。そこのお前、奴隷だな?」

「えっ!? えっと……」

「……残念だけど、人違いよ。モニカ、行きましょ!」


 カティアは、モニカの手を取って歩き出す。


「待て、小娘ッ!」

「やっ……!」


 男が手を伸ばし、モニカの首に巻かれていたスカーフを取った。そして、モニカの奴隷の証である拘束首輪があらわになる。


「ふん、やっぱりな……」

「何やってんのよッ!!」

「ぐわぁッ!?」


 カティアは、回し蹴りを男の顔に叩き込んだ。男は膝をついたが、すぐに立ち上がると、トラックに向けて呼びかけた。


「うう……間違いない、コイツだ! 全員出て来い!」


 すると、トラックの荷台から2人の屈強な男達が降りてきて、カティアの前に立った。


(……まずい。囲まれてはないけど、圧倒的に不利だ)


 男が3人……対して、こちらは女が2人。しかも、戦えるのは私だけ。さらに、武器は護身用の拳銃のみ。

 でも、モニカは守ってみせるッ!


「モニカ、下がってて!」

「は、はい!」

「いくぞ!」

「「 おうっ! 」」


 モニカを下がらせた途端に、男達はカティアに突っ込んで来る。相手に銃を使われなくて助かった。

 接近戦なら、何とかモニカが逃げる時間を稼げるかも……と思ったら、荷台から降りた二人は、カティアの横をすり抜けて、モニカを二人がかりで押さえて、トラックへと引っ張って行く。


「や、やめて! 離してくださいッ!!」

「あっ、ちょっと! 待ちなさいッ!!」

「へへ、俺を忘れちゃ困る……なぁ!」


 男は、カティアに摑みかかる。だが、カティアは身を屈めて避けると、男の足を払うように蹴りを放つ。


「うおっ!」

「邪魔よッ!」

「グエッ……!」


 男は、バランスを崩して転倒する。そして、倒れたところに、カティアに脇腹を蹴られ悶絶する。


「くそッ、出すぞ!」

「待ちなさいッ!!」


 トラックは、カティアに倒された仲間を見捨てて、道路にタイヤ痕を残しながら、急発進する。そして、モニカを乗せたまま道路を曲がり、カティアの視界から消えた。


「何なのよ、アイツら!? モニカ……早く、助けに行かないとッ!」


 でも、どうやって? それに、今倒れて悶絶してる男はどうする? こんな時に、ヴィクターと車があれば……!

 そしてタイミングよく、見慣れた車がカティアの近くで停車した。


「おい、カティア。何してんだ?」

「ヴィクター! ちょうどいい所に!」



 * * *



-少し前

@カナルティアの街 南門


「あっ、ヴィクターさん、お疲れ様ですっ! 隊長、ヴィクターさんですよぉ!」

「よう、弟子! ん? 何か、痩せたか? スッキリしたような、ゲッソリしたような分からねぇ顔つきだぞ。体調悪いのか?」

「いや、元気だ。……多分」


 昨日のハーレムパーティーのせいで、疲れが無いと言えば嘘になる。筋肉痛も、まだ残っているしな。

 そういえばハーレムと言えば、面白い話がある。


 閉じた大きな箱の中に、一匹のオスのラットを、数匹の発情中のメスと共に入れると、オスは直ちに全てのメスと繰り返し、果てるまで交尾を続ける。

 最終的にオスは疲れ果て、メスたちがオスを小突いたり舐めたりしても、オスは反応しなくなる。だが、ここに別の新しいメスを箱の中に入れると、オスは我に返り、その新しいメスと交尾を始めるのだ。


 何が言いたいかと言うと、ラットも人間も同じ哺乳類だったって事だ。タイプも性格も違う女の子が、4人もいたのだ……ついはしゃぎ過ぎた。

 ロゼッタを抱き続けて依存症気味になり、その後、ロゼッタへの負担と依存を是正する為、色々な女の子を脅したり(フェイ)、拉致したり(ノア6の3人)、購入したり(モニカ)と、俺の女性は増えているが、そろそろ自重した方が良いかもしれないな……。

 もちろん、自重するかは分からないが。



「そう言うおっさんは元気そうだな?」

「まあな。それにしても、最近は忙しくて堪らん。今は良くても、そのうちへばっちまいそうだ」

「おっさんがへばりそうには見えねぇけどな! で、忙しいって、何かあったのか?」

「聞いてくれよ……なんとあの自治防衛隊が、警備隊との共同訓練を申し込んで来てよ。気味が悪いったらありゃしない!」

「共同訓練? 良い事じゃないか?」

「よくねぇよ! あの自治防衛隊だぞ? 金持ちのボンボンとか、その取り巻きが、調子に乗ってチンピラ紛いの事してるのがお似合いなんだよ!」

「……いや、そっちの方が迷惑だろ!?」


 自治防衛隊……街の中央地区の治安を担っている彼らは、新しく隊長になったプルート・スカドールを中心に、組織改革を進めていた。

 今まで誰もしていなかった、隊員の基礎訓練を徹底させ、最近では街中で、彼らが隊を組んで走っている光景をよく見るようになった。そして、それら訓練の一環として、類似組織の警備隊との共同訓練を持ちかけてきたと言う訳だ。


「確かに、昔とは比べ物にならいくらい、マトモな組織になった。だが、どうにもキナ臭いというか……怪しいというか……」

「またですか、隊長? ヴィクターさん、気にしなくていいですよ。何かを怪しむのは、隊長のいつもの癖ですんで」

「んだと新入り!」

「あいたッ!」

「まあ、プルートが優秀なんじゃねぇか? 話を聞く限りじゃ、マトモそうだし」


 その後、おっさんと新人君と別れて、門をくぐる。しばらくガレージに向かって走っていると、突如暴走した小型トラックが前に躍り出て来て、スレスレですれ違った。


「うおっ……あっぶねぇなオイッ! もう少しで事故るとこだったぞ!」


 悪態をついたところで仕方ない。崩壊後には、学習装置も無ければ、教習所もないのだ。さっきのトラックは、きっと初心者が乗っていたのだろう。……超危険じゃん。エアバッグとかも、崩壊後だからちゃんと動作するか不安になるぞ!


 そして、しばらく走ると、見慣れた人物がオロオロしているのを見つけ、そばに停車する。カティアだ。

 近くには、ジャガイモやら玉ねぎが転がっている……。買い物した物を落として、焦ってるのか?


「おいカティア、何してんだ?」

「ヴィクター!」

「……い、痛たたた」

「うん?」


 よく見れば、カティアの近くでうずくまっている男がいる。……まさか、また何か問題を起こしたのか、コイツは!?


「た、大変よヴィクター!」

「……そうみたいだな。ついに一般市民に手を上げちまったか」

「えっ? ……ち、違うから! それよりも……」

「すいません、ウチのモンが……。大丈夫ですか?」

「何してんのよヴィクター! そいつ誘拐犯の一味なのよ!?」


 カティアがそう言った瞬間、男はナイフを抜いて俺に飛びかかってきた。突然の事に驚いたが、男の手首を両手で掴み、手首を捻ってナイフを奪い取る。

 そして、奪ったナイフを逆手に持つと、男の背後に回り、手首を捻り上げながら、首筋にナイフの刃を当てる。


「ッ!? いでで! クソッ、何なんだお前らは!?」

「喉を切られたくなかったら、動くんじゃねぇ! で、カティア。何があったんだ? この男は何だ?」

「モニカが攫われたのッ! 他にも仲間がいて、トラックにモニカを乗せて、そのまま……」

「何だってッ! ……で、コイツは?」

「モニカを攫った連中の一人……。私がボコったら、仲間に見捨てられたって感じ。ヴィクター、早くモニカを助けに行かなきゃ!」

「まあ、慌てんな。まずはこの男と、たっぷりお話ししようか」


 男を縛り上げ、目隠しをしてから荷台に乗せる。そして、そのままガレージへと帰還した。

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