第66話 集団裏切り事件

 成り行きで、俺はD+ランクにランクアップしてしまった……。予定とは違うが、これはこれで良いだろう。レンジャーズギルドで身分保障ができるのは、正直便利ではある。

 あのオモチャのドッグタグじゃ無くなった事だし、このままレンジャーを続けてもいいかもしれない。


 それに俺には、新たな目的ができた。先日、支部長がこの街に帰って来た際に、乗ってきた航空機……あれは、間違いなく崩壊前の空を飛んでいた、今では遺物と呼ばれる代物だ。なぜあんな物が、崩壊後の空を飛んでいるのか? 

 それに、シスコの護衛をしていた執行官達。連中が装備していた銃も、かつて連合軍の使用していた、“アンバージャック”と呼ばれるアサルトライフルだったのだ。


 ギルドには、それらを運用できるだけの能力があるという事だろうか? だが、それだけの力を持ちながら、街に支部を作り、何でも屋みたいな真似をしているのは何の目的があるのだろうか? 俺の新たな目的は、それらを調査して、危険な事をしでかさないか調べる事だ。

 万一危険な戦略兵器などを運用しようとしていたら、止める……。別に世界を救うだとか、そんなことは考えていない。俺は、結構この崩壊後の世界を楽しんでいる。毎日が冒険のような日々は、崩壊前では決して味わえないものだ。

 思えば、俺が宇宙に憧れたのも、冒険がしたかったからなのかもしれないな……。そんな日々をぶち壊しかねないものは、排除する……自分の為に。


 とは言っても、別に急いでやる必要もないだろうし、ギルドについて調べるにしても、低ランクのレンジャーでは何もできないだろう。まずは、コツコツとランクを上げていくか。

 俺は、手に持ったドッグタグを眺める。俺の名前と、登録したカナルティア支部、発行年月日などが印字されており、裏にはギルドのマークと、D+の文字が印字されている。それが2枚……。

 1枚は死亡した際に他の人間が持ち帰って死亡証明にして、もう1枚は死体に残しておいて、誰の死体か分かるようにするのだ。


《結構な活躍だったと思いますが、それでもDランクなのですね?》

《ああ。何でもいきなりランクを上げると、他のレンジャー達に示しがつかないんだと。二階級特進しただけでも、かなり無理矢理だったらしいからな》

《では、『なんでも屋:ヴィクター』の開業は見送りでしょうか?》

《というより、中止だな。しばらくは、このままレンジャーを続けるかな》

《では、あの二人の教育も中止しますか?》

《カイナとノーラか? いや、教育は続けてくれ。どの道、あの二人は必要になるからな》

《かしこまりました》


 俺は、ギルドの売店で売っていたドッグタグ用のサイレンサー(ゴム製で、ドッグタグの縁に取り付けることで、タグ同士がぶつかって音が出るのを防ぐ物)を、俺のタグに取り付ける。これで、動くたびにシャラシャラ音を立てなくて済むだろう。


「……んっ、うみゅ……ヴィーくん」

「おっと悪い、起こしたか……って寝ぼけただけか」


 俺は、横で眠るフェイに毛布をかけ直してやる。

 あの後、フェイの仕事が終わるのを待って、街東部地区の歓楽街で食事を済ませた後、近くにあったネオンの妖しげな光で装飾されたホテルで1泊する事にした。前にいた宿は、チェックアウトの際に受付のおばちゃんに「ゆうべはおたのしみでしたね」と言われてしまったので、なんとなく気まずかったのだ。今回泊まった所は“そうゆう所”なので、気兼ねなくおたのしみ出来たが……。

 しかし、今後この街で活動していくとなると、どこか拠点があった方がいいかもしれない。フェイ……はだめだ。寮暮らしらしいから、転がり込むことは出来ないな。……まあ、明日考えよう。


 ……だが翌日には、この問題が早々に解決してしまう事になるとは予想できなかった。



 * * *



-翌朝

@レンジャーズギルド


「あ、ヴィクター! いつ帰って来たのよッ!?」

「え~っと、カティアだっけ? 何か用か?」


 仕事を探そうとギルドへ行くと、カティアに絡まれた。


「何か用?じゃないわよッ! どれだけ探したと思ってんのよ!? こっちは、わざわざ死都まで様子を見に行ったのよ! ……まあ、すぐ帰ったけど」

「は? 何でまたそんな……」


 俺たち(主にカティア)が騒いでいるせいか、ギルド内の視線が集中する。


「お、おい……あれ!」

「あ、何だよ? あ、あいつは乱射姫か? って事は側にいる男が……!?」

「ああ、多分間違いねぇ! あいつがヴィクターだ!」

「あ、あいつが例の……!?」

「まだ若造じゃねぇか!?」


 周りのレンジャー達は、俺たちを見るなりざわざわと騒ぎ出した。


「チッ、ここだとダメね……。付いてきて!」

「お……おい、引っ張るなよ! どこ行くんだ!?」

「私の家よ! ちょうどいいから、アンタ車出しなさい!」

「勝手に決めるな!」


 カティアに腕を引っ張られて、ギルドの外へと出る。


「おい、さっきから何なんだ!?」

「……あなた、自分が置かれてる状況分かってるの!?」

「はぁ、何の話だ?」

「これを見なさい!」

「何だよ……新聞か?」


 カティアが渡してきたのは新聞だった。大体一週間前の、俺がノア6へと帰還した翌日の日付の物だった。


「あー何々……〈英雄ガラルド・ラヴェイン死す〉か。ガラルドのことが今さらニュースになるのか?」

「今まで公表されてなかったの。アレでもこの街の英雄だったからね……その日から3日間は、追悼のイベントで大騒ぎだったらしいわ。英雄を祀るとか何とか言って……」

「らしい? お前はいなかったのか?」

「……私はその英雄様の弟子だからね。色々絡まれるって分かってたから、死都にアンタを捜す名目で隠れてたの」

「逃げるまでのことなのか?」

「アンタね! パレードの車に乗って、手を振れって言われたらやる!?」

「やらない」

「でしょ! あの支部長のクソジジイめ……今度ふざけたこと抜かしたら、部屋ん中に手榴弾投げ込んでやるッ!!」

「まあ何だ、大変だったんだな」

「アンタも、何で一人で逃げるのよ!! 私も連れてきなさいよッ!! こうなるって分かってたんでしょ!?」

「はぁ!? 俺は関係ないだろ? だいたい、俺は自分がガラルドの弟子だって、大っぴらに言ってないぞ!」

「……それ、続き読んでみて」

「あん?」


〈……英雄の弟子、ヴィクターとカティアの活躍により、死都にあった狼旅団の拠点は壊滅! 捕らえられた人々も、警備隊により無事救出され、現在、南門付近に仮設キャンプを構築しており──(中略)

 ──さらに英雄の弟子ヴィクターの活躍により、事件の首謀者であるパンテン・ルーンベルト、ピート・スカドール両名が捕縛! レンジャーズギルド職員と、自治防衛隊高官によるショッキングな事件となりましたが、英雄の弟子達の活躍で無事に解決! 英雄死せども、その魂は不滅という事を示してくれました!〉


 ……な、何でこんな詳しいんだ? 普段は噂レベルの記事だった筈だ。だが大丈夫……まだ、俺は目立っていないはずだ。こんなの3日もすりゃ忘れられるだろう。

 そう思っていたら、カティアが違う新聞を渡してくる。


「はい」

「……これは?」

「その次の日の新聞」


〈英雄の弟子に迫る! 乱射姫カティアに独占インタビュー!!〉


「……乱射姫?」

「し、知らないわよ! 気づいたらそんな渾名あだなで呼ばれてるらしくて……って、そこじゃない! ここ!!」


〈英雄の弟子に迫る! ヴィクターとは何者なのか!?〉


「……お、俺の特集が組まれてるぅ!?」


〈……残念ながら、今回の取材では、彼が何者なのか、どんな人物なのかはハッキリしませんでした〉


 ふぅ……だよなぁ。あ〜よかった!


〈……明日はヴィクターをよく知る人物への独占取材! 我々は粘り強く、取材を続ける予定です!〉


「いや、諦めろよッ!! 何なんだよこの新聞!!」

「はい、この次の日のやつ……」


〈独占取材! ヴィクターとは何者なのか!?〉


「ほ、本当に取材してるのかよ!? ってか、誰が取材されてるんだ?」



〈……今回は、ヴィクター氏をよく知る人物M氏に取材することができました。以下、会話の抜粋になります。


記者「ヴィクター氏とは、どのような人物なのでしょうか?」


M氏「えっと、そうですね……。何を考えてるか、よく分からないというのが、正直なところですね」


記者「と、言いますと?」


M氏「えっと……普通なら考えられないことを、平気で思いついて実行に移すんです。でも、メチャクチャって訳じゃなくてその……。理にかなっているというか……とにかく、ヴィクターさんの言うことに従えば上手くいくんです!」


記者「なるほど……。英雄の弟子、ヴィクターは稀代の戦術家であると。他に、彼の人柄なんかを教えて頂けますか?」


M氏「とっても優しい人です! 僕も何度も助けて貰ったし、僕が体調崩した時は師匠と一緒に薬を買ってきてくれたりしました」


記者「ほう、とても素晴らしい人物なのですね!」


M氏「それから凄く強いんです! アーマードホーンを一人で倒しちゃうし、賞金首のアジトに一人で乗り込んじゃうんですから!」


記者「聞くところによれば、執行官二人を相手に勝利したそうですしね」


M氏「それから……あっ、これは」


記者「大丈夫です。匿名ですから、バレませんって……(笑)」


M氏「そ、そうですかね(笑) えっと、ヴィクターさん……敵には容赦が無いというか」


記者「何かあったのですか?」


M氏「えっと、前に敵の情報を持ってる悪い人を痛めつけて情報を聞き出したり、降参した敵の人の腕を折ったりしてましたね(笑)」


記者「敵に厳しいのでしょうか? それともサディスト? う〜ん、何だか良く分からなくなってきました! 次回は、別の方に聞いてみます!」


 次回は、ヴィクターの活躍を間近で見た人物に取材!!〉



 俺は新聞をクシャクシャにすると、地面に叩きつけた。


「……週刊誌かゴシップ誌かよッ! 何だよ(笑)って!? ちっとも笑えないわッ!!」

「新聞なんて、そんな物よ?」

「つーか、ミシェルっ! ミシェルだよな、コレ!? あいつ、何取材とか受けてんだよッ!?」

「……ミシェルだけじゃないわよ?」

「な、何だと……!?」

「はい、これ」


 ……俺は絶望した。何とカティアから渡された新聞全てに、俺の特集が組まれていたのだ。

 〈期待の若手レンジャーQ氏〉が「ヴィクターは女好きだぞ(笑)」とか、〈警備隊の鬼隊長〉が「あいつは俺が育てた!(笑)」とか、〈美人な受付嬢F〉が「ヴィーくんはケダモノ♡」とかインタビューで答えていた。……俺には誰が誰だかよぉ〜く分かった。フェイはいいとして、他の奴らにはキッチリお礼参りしないとな……!


 そのインタビュー特集の結果、最終的に俺は新聞にて「よく分からない謎の人物」として扱われるようになってしまった。……まあ、俺の行動が招いたことではあるのだが。


 さらに、新聞には俺がD+レンジャーに昇格した事が載っていた。どうやら、俺の昇格はギルドで公表していたようだ。……あのジジイも、後で覚悟しとけよッ!!


「……なるほど、俺は一躍有名人って訳だ」

「まあ、街の人の気持ちも分からないでもないけどね。英雄を失って、新たな英雄を求めてるって所かしら?」

「それが俺か? 勘弁してくれ……」

「で、いい? ここからが重要なんだけどね……」

「な、何だよ?」

「あなたは有名になったわ。他のレンジャー達は、あなたを自分達のチームに引き入れようと接近してくる。あなたに寄生したり、利用しようとする連中がね?」

「う、うわぁ……」

「それにランクはD+だから、下手に高ランクじゃない分、手が出しやすいのも魅力ね。しかも、確実にDランク以上の活躍をするのが目に見えてるからね」


 嫌過ぎる……。だいたい、知らない奴となんか組みたくないな、信用できないし。よく一緒に仕事をする、クエント達は良い奴らだが、他の連中もそうだとは限らない。

 ……いや、訂正しよう。インタビューで裏切りやがって! もう誰も信じられないッ!!


「お、俺はソロでやってくぞ!? 他の奴はお断りだ!!」

「で、相談なんだけど……。わ、私とチーム組んでみない!?」

「結構です。今、ソロでやってくって言ったよな!?」

「なっ! そ、そこら辺の奴よりは活躍するわよ、私!?」

「いや、別に俺一人の方が活躍できると思う」

「なんですって!? 相当な自信家ね!」

「……いや、事実じゃん。お前も俺が救出したよね?」

「くっ……そ、そうだけど! わ、私と組めば、他の連中を追い払うのに使えるわよッ!」

「別にお前がいなくても追い払えるわ! ……いや待てよ?」


 そういえば、カティアは先程「私の家」と言っていたな……。もし、そこを使わせてもらえるのであれば……拠点にできれば、便利なのではないか?

 正直、家を買うまでの手続きやら何やらが面倒くさそうだしな!


「なあ、カティア。お前、自分の家持ってるのか?」

「えっ? ああ、厳密にはあのエロオヤジの家だけどね」


 なるほど、ガラルドの家か。それは、興味あるな……。


「よし、じゃあとりあえずそこに向かうとするか! 車取り行くぞ!」

「あっ、ちょっと待ってよ! 急にどうしたのよ!?」

「気が変わったんだ。とりあえず、お前の家で話そう。案内してくれ」


 カティアを車に乗せると、ガラルドの家に向けて走り出した。

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