第65話 二階級特進

-帰還より8日目 朝

@ノア6 正面出入り口


 俺は今日、ノア6を発つ。流石にそろそろ、俺の死亡が疑われかねない。フェイも心配してるだろうしな。

 入り口に車を持ってきて、荷物や装備の点検を終えると、ロゼッタがジュディを連れてきた。


「ヴィクター様、お連れしました」

「……なあ。本当に従う気はないんだな、ジュディ?」

「ふんっ、気安く名前を呼ばないでッ!!」

「アッハイ」


 俺はジュディの洗脳に失敗した……。心を折るように屈辱を与えていたのだが、突然吹っ切れたように本来の調子を取り戻し、それ以降反抗的な態度を取っている。

 それから、「飴と鞭」の飴に当たるロゼッタの話も聞かなくなってしまった。初日は、シュークリームとか上げて上手くいってたのに……。何が悪かったんだ?

 確かに色々とイレギュラーなことはしたが、ちゃんとデータベースにあった、洗脳手段の基本からは外れてはいなかったはずだ。


 ……まあ、嘆いても仕方ない。洗脳に失敗した以上、もう何をやってもダメだろう。ロゼッタの仮説では、ジュディには「耐性」が付いたらしい。要するに、屈辱を与えられる日々に慣れてしまったということだ。……凄いメンタルだな。

 そうなると、首輪があるとはいえ、いつ寝首をかかれるかわかったものではない。残念だが、彼女は処分するほかあるまい。とても……いや、非常に惜しいが。あの身体を手放すのは、本当に惜しい。


「ロゼッタ」

「はい、こちらに」

「……何よ、それ?」

「ああ、金属製の箱だ。元は、空から投下する為の物資を入れるコンテナだったんだが……」

「はぁ?」


 ロゼッタが、台車に乗ったコンテナを持ってくる。人が一人入りそうなそれは、元は空中投下用なので頑丈で、内部は耐衝撃用のクッションが入っている。コンテナの中は、よく兵士達がふざけてこの中で眠っていたので、それなりには快適らしい……。俺は、ジュディをこの中に閉じ込めて、死都に捨てようと思っていた。


 ジュディは、野盗……ガラルドを殺した連中と同じ奴らだ。俺に恭順を誓ったカイナやノーラはともかく、利用出来ない以上は解放するつもりは無い。……ノア6の事を誰かに話されても困るしな。

 といっても、俺の琴線にふれたこの娘を、この手で殺す事も出来なかった。せめて、俺の見えない所で死んでもらおう。


「入れ」

「えっ……」

「箱の中に入れ、ジュディ。お前は凄いよ、あんな目に遭いながら、そこまで反抗出来るなんて。お前には敬意を払う。さあ箱に入れ」


 ジュディを見ると、青ざめてブルブル震えている。……死ぬのが怖いのか? 無理もないが……。


「……ゃ……」

「あー、時間無いから早くしてくれない?」

「……ゃぁ……やだ」

「はぁ……最後まで抵抗するんだな」

「あがががががッ!」


 首輪の無力化装置を作動させる。ジュディは仰向けに倒れ、動かなくなった。


「ロゼッタ、足持って」

「はい」

「……めて……まいの……やだ」

「そうだ、道中うるさいと面倒だな」

「ッ!? むーッ、むーッ!」


 俺は、ジュディの口に猿轡を噛ませて、ロゼッタと共にジュディを箱の中に入れる。せめてもの情けで、毛布を一枚だけ入れて、箱の蓋を閉じ、ロックを掛ける。これでもう、中からは開けられ無くなったはずだ。こうして、ジュディの棺が完成した。

 そして、ロゼッタに手伝ってもらいながら、ジュディの棺を車の荷台に載せ、出発の準備が整った。


「ふぅ、これでよし」

「出発されますか?」

「ああ、ゲートを開いてくれ」

「はい。お気をつけて」


 重々しいゲートをくぐり、外にでる。外のロボット達の様子を見ながら、ノア6の敷地を出ると、俺は死都へと車を走らせた。



 * * *



-約3時間後

@死都 秘密基地前


 ロゼッタと衛星のサポートを受けながら、ミュータントを迂回したり、通行出来ない箇所を避けたりしながら、ガラルドの秘密基地へとたどり着いた。前はもっと早く到着できたと思うのだが、ミュータントの群れが増えたようで、何度も迂回するハメになった……今後、何か対策した方が良いかもしれない。

 前回、ここには寄っているので、今回はスルーするつもりだ。


 そういえば、俺がカイナやノーラを洗脳していたのは、この秘密基地が関係している。ここにはガラルドの墓があり、短い間ではあったが俺と彼との大事な思い出がある。

 だが、俺がカナルティアの街へ行く前にこの秘密基地を訪れたら、たった3ヶ月の間に埃が溜まっていたり、テントが崩れていたりとボロボロになっていたのだ。

 そこで彼女達に、ここの管理を任せたいと考えていた。ここに拠点があれば、死都で活動する時も色々と便利だろう。


「あっ、そうだった!」


 車を停めて、荷台を見る。荷台には、ジュディの棺が載っている。ここいらで捨てていくとしよう……。


「よっこらせッ! これでよし!」


 ジュディの棺を荷台から落とすと、ジュディを惜しみながら再び街へと車を走らせる。


「……はぁ、惜しいなぁ。まぁ、ヤれたからいいけど。はぁ……」



 * * *



-数分後

@ジュディの棺


 ジュディは、コンテナの中で死ぬより恐ろしい目に遭っていた。ヴィクターは気付かなかったが、ジュディは極度の閉所恐怖症だったのだ。そんな彼女にとって、箱の中に入れと言われたあの時は、死刑宣告以上の衝撃であり、口を開くのもままならない状態だったのだ。


 実のところ、ヴィクターは洗脳手段を誤っていた。本来なら、カイナとジュディの手段を逆にした方が上手くいっていたのだ。カイナは「恐怖」で心を折られたが、別に「屈辱」でも心は折れたはずだ。

 しかし一方のジュディは、芯が強い為に「屈辱」に対して耐性がついてしまった。だが、閉所恐怖症という事に気付いていれば、彼女もヴィクター達に取り込むことが出来たはずなのだ。

 そして現在──


「むーッ! むーッ!!」

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!! 生意気言ってごめんなさいッ!! 良い子になります! 奴隷にもなります! 何でもします! 出してッ! ここから出してッ!!)


 箱の中の彼女は、既に心が折れていた。だが、ヴィクターはそんな事はつゆ知らず、街へと去ってしまったのだった。


──ドンッ! ドンドンッ!!

──ガコンッ!


「むーッ!? むーッ!!!」

(な、何ッ!? 何なのォ!?)


 突如、外から叩かれたような音が、コンテナの中に響き渡る。一方コンテナの外では、キラーエイプの群れがたむろし、興味を持ったのかコンテナを取り囲み、引っ掻いたり、上に乗って飛び跳ねたりしていた。

 キラーエイプは、何をしても壊れないのがしゃくにさわったのか、箱に対する攻撃が激しくなっていく。


「「「 ウギャア! ギャァッ!! 」」」

(嫌ァァ!! もうやだァァ!!)


※彼女は再登場しますので、ご安心下さい。



 * * *



-昼前

@カナルティアの街


 死都を抜け平原を走り、街が見えてくると、街を囲む壁の前に、何やらテントのようなものが多数確認できた。……祭りか何かだろうか?

 近づくにつれ、それが祭りではない事に気がつく。見たところ、これは難民キャンプのようだった。恐らく、俺が救出した村人達だろう。……すっかり忘れていた。

 何か対策を考えないと、警備隊長のおっさんに申し訳が立たないな。


 その後、門に到着して検問を受ける。……いい加減、プラスチックのタグは嫌だ。ギルドで返却すれば、レンジャーやめられるかな?

 今日は、警備隊長のおっさんは非番らしい。ちょっと寂しいな。そういや、あのおっさん……名前なんだっけ? まあ、おっさんでいいか。野郎の名前なんて聞いてもしょうがない、大事なのはハートだ!


 街に入り、真っ直ぐギルドへと向かう。車を駐車場に停めて、ギルドへ入ると、昼間だというのに結構混雑していた。


「……なんでこんなに混んでるんだ?」

「あっ……ヴィーくんッ!? ヴィーくんだぁ!!」

「ん? フェイ……って、おいおい。仕事中は他人として振る舞おうって言ったのお前だろうが」

「……今は特別なの♡」


 フェイが俺を見つけるなり抱きついてきた。その様子に周囲は騒然となるが、彼女は気にならないらしい……。フェイには、仕事中はイチャつかないでと頼まれていたのだが、まさか自分から破ってくるとは。

 ……ちょっと距離をとったら、大人しくなるかと思ったら、逆効果だったようだ。だが、悪い気はしない。


「なあ、何か混んでないか?」

「たぶん、村に派遣してたレンジャー達が帰って来たのが原因かな?」

「なるほどな」

「お陰で忙しくて大変よ……あっそうだ、支部長がヴィーくんのこと呼んでたわよ!」

「ああ、わかった」

「もう! 突然、居なくなって大変だって嘆いてたわよ!」

「だろうな。……そうそう、フェイも口調なおしとけよ!」

「もちろん! ……おほん。では、付いて来て下さい。ヴィクターさん?」



 * * *



-数分後

@レンジャーズギルド 支部長室


──コンコンコンッ!


「どうぞ」

「失礼します。ヴィクター様をお連れしました」

「入るぞ」


 フェイに連れられて、支部長室に入ると、支部長のシスコと、知らないデブがソファに座っていた。


「ちょうど良かった。さあ、どうぞソファにかけてください」

「おお貴方が、あのヴィクターさんですか!?」

「……誰だお前?」

「おっと、これは失礼しました。私はスカドール家当主……プルートと申します。この度は、私の兄がご迷惑をおかけして申し訳ございません!」

「兄? 誰だそいつ……?」

「ピートです。貴方の車にちょっかいをかけて、あろう事かこの街の中に野盗の拠点を作り、警備隊に怪我人を出した……」

「ああ、あいつか……思い出した。で、なんだ? お前は俺に復讐しに来たとか、そんな感じか?」


 俺は、腰の拳銃に手をかける。


「いえいえ、とんでもない! 貴方には感謝しています。この街の腐敗を取り除いてくれて」

「腐敗? なんだそりゃ?」

「それは、私から説明しましょう。フェイ嬢、ヴィクターさんにもお茶をお出ししなさい」

「はい、分かりました」


 フェイは、俺と目を合わせるとウィンクして、俺のお茶を淹れはじめた。彼女が淹れてくれたお茶を飲みながら話を聞くと、どうやら副支部長とスカドール家が共謀しており、街をめちゃくちゃにしようとしていたらしい。

 俺は、その計画を未然に防いだという事になる。


「自治防衛隊を代表して、お礼を申し上げます」

「そういえば、お前の兄貴はどうなるんだ? 俺が捕まえた奴らの中にいたんだろ?」

「それを今、こちらの支部長と協議していたのです。まぁ、処刑が妥当でしょうね」

「いいのか? 兄弟じゃないのか?」

「……正直な話、彼にはうんざりしていたのですよ。スカドール家の長男なのをいいことに、街で暴れ回り、自治防衛隊もチンピラまみれの愚連隊になってしまった。急死した父上も、兄を可愛がっており、手がつけられなかったのです」

「……アンタはまともなんだな?」

「あのダメ親子が、反面教師になったのでしょうね。いやはや、お恥ずかしい……」


 話を聞く限り、目の前のデブ……プルートはまともな感じがする。聞けばプルートは、以前から自治防衛隊の腐敗に頭を悩ませていたそうだ。邪魔な親と兄弟が居なくなることで、自分が自治防衛隊のトップとなり、これから改革に力を入れていくとの事だ。

 要するに、マトモな良い奴って事だ。警戒して失礼な態度をとってしまったな……少し反省しよう。


「ヴィクターさん。こちらは我が家からの迷惑料です。お納めください」


 プルートは、懐から布に包まれた物を取り出す。包みを開くと、中から金ピカの小さな長方形の板が現れた。その板には、ギルドの紋章が彫られている。

 そういえば、見たことがある。崩壊前は、オリーブレンジャーズが販売していた、投資用の金地金きんじがねだったはずだ。確か崩壊後の現在では100万Ⓜ︎の価値があり、最高額の価値があるとされていたはずだ……。

 だが正直なところ、俺は崩壊後の世界の通貨である、“メタル”の価値感をいまいち掴めていない。というのも、今のところかねに困ったことが無いのだ。


「くれるのか? じゃあ、お言葉に甘えて」

「……驚かないのですか?」

「ん、何が?」

「いえ、普通の方はコレを見たら驚くものですから……。随分と冷静なんですね?」

「ああ、いや驚いてるぞ? ちょっと感情が表に出づらいだけだ」


 実際は驚いていない。だって、価値が良く分からんからな。確かに、きんは崩壊前も超高価な物だったが、そこら辺の機械にも使われていたし、身近といえば身近な貴金属だし。

 とにかく、くれるというならプルートのメンツの為にも貰っておくとしよう。


「そうですか……。今後、貴方に仕事をお願いする事もあるかもしれません。その時は、よろしくお願いしますね?」

「ああ、任せといてくれ! 心づけありがとうな」

「では、私はこれで……」


 その後、プルートが退室し、シスコの事情聴取が始まった。


「さて、ヴィクター君。カティアさんからも話は聞いていますが、事件の経緯を話して頂けますか?」

「ああ」


 俺は、カティア救出とそれに伴う村人たちの救出、及び野盗達を捕縛した事を話した。それから、街に帰って来て副支部長が執行官を差し向けて来たので、反撃した事を話した。……もちろん、正当防衛だと声高に主張して。


「……なるほど。にわかには信じがたいですね。本当に、貴方一人で全部やったのですか?」

「信じないならそれでいいさ」

「いえ……。少なくとも、執行官二人を殺す事なく制圧できる力があるのは、こちらでも把握してますので。他の事も信じざるを得ないでしょうね……」


 実際は、ロゼッタと二人だったのだが、そんな事は話す訳はない。


「さて、今回の褒賞の話をしましょうか」

「ん? 報酬なら既に貰ってるぞ?」


 フェイに目をやると、顔を赤らめてモジモジしている。……かわいい。


「いえ、報酬ではなく褒賞です。貴方の活躍が多大なものだったので……まあボーナスみたいなものですね」

「そうか。で、何をくれるんだ?」

「はい。驚かないで下さいね?」


 正直、話が長くなって飽きてきた。そろそろおいとまして、受付でレンジャー登録抹消と、今後のフェイの予定を聞きたいのだ。デートとかセックスしたいしな。


「もったいぶらずに、早くしてくれないか? 俺も暇じゃないんだ」

「おっと、これは失礼しました。フェイ嬢、こちらに」

「……どうぞ」


 フェイは、トレーを支部長の元に持ってくる。その際、フェイは俺に向かって意味深な笑みを浮かべた。

 トレーには、ドッグタグが載っているようだ。……って、まさか!


「ヴィクター・ライスフィールド君。君を特例措置で、D+ランクレンジャーに昇格させます。おめでとう!」

「はぁ!?」


 パチパチパチと、シスコとフェイの二人の寂しい拍手が、支部長室に響きわたる。


「おい、Fランクは1年以上活動しないと、ランクは上がらないんじゃないのか? それにEをすっ飛ばして、二階級特進ってどういうことだよ!」

「いえね、こちらの受付嬢のリーダーをしてくれているフェイが、いたく君の事を気に入ってね?」

「人事に私情を挟んでいいのかよ!?」


 フェイは、「私やったよ、褒めて褒めて!」と言いそうな顔をしている。……そういや、ピロートークでそんな話をしたな。それで、変に気を使ったのか!?


「……まあ、それもありますが、ギルドとしてもこれだけ功績の大きいレンジャーを、そのままにはできないのですよ」

「そうか……。まあ、わかった」


 俺は、首に吊るしていたプラスチックのタグと、トレーに載ったスチール製のドッグタグを交換する。


「お似合いですよ」

「ありがとう、フェイさん」

「今日の用事はこれで終わりです、お疲れ様でした。貴方が捕まえてきた野盗は、バザールの後にお支払いできると思います。それではフェイ嬢、送って差し上げて下さい」

「はい。ヴィクター様、どうぞこちらに」


 フェイにつられて、支部長室を出る。支部長室を出た途端、壁際にフェイを追い込む……俗に言う、壁ドンってやつだ。


「なっ、何!? ヴィーくんどうしたの!?」

「フェイ、何か支部長に言った?」

「えっと……ヴィーくんみたいに、これだけ活躍しているレンジャーが、Fランクなのはおかしいのでは?……って。そしたら、支部長が真剣に考え出して……」

「なるほど。それで、この後空いてるか?」

「あっ、それなら夕方まで待って。その後なら空いてるから……♡」


 フェイの余計な言葉が、この事態を招いたのは分かった。夜は空いてるらしいから、今夜はお仕置き……いや、お礼をしないとな。

 とにかく、これでレンジャー辞めなくてもいいかな?

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